第24話 ファイナをファイナと呼べるのは、彼女にとって特別な人だけらしい。


「ここが私が住んでる家だよ。日本家屋っていうんだけど、和の落ち着いた雰囲気と木の温かみがあって、居心地がすごくいいんだ。開放的な広間で畳転がりゲームやってもいいし、あと縁側でゆっくりお茶を飲むのもいいかも。入って、入って」


 お前の家かよ。


 とあきれる俺をよそに、アイシアを招き入れるファイナ。

 褒めてくれてるのはいいが、広間=畳転がりゲームはやめてくれないか?


「本当に素敵な家ですわ。天界の家々が無機質ならばこちらの家は生命の息吹すら感じますね。家を形作る木もそうですが、庭の木々、その庭に生息する虫や植物。その全てがそう思わせるのでしょう」


「庭には池があって鯉もいるよ。あとで見せてあげるね」


「……」


「まあ、鯉もいるのですか。それは是非とも拝見したいですね」


 アイシアが土間でレザーブーツのような靴を脱ぐと、丁寧に揃えたのち大広間へ進む。同じくレザーブーツに似た靴を脱いでいたファイナだが、一つは横になっていて、一つは倒れていた。


 なるほど。あいつの言った通り、女神も人間同様その性格は多種多彩のようだ。

 ま、アイシアの醸し出す雰囲気から、すでにその違いは分かっていたが。

 

「ここが大広間。ねえ、アイシアも畳転がりゲームやる?」


「畳転がりゲーム、ですか? さきほどもそのようなことを言っていましたが」


「だー、こらこら、ファイナ。アイシアにそんなくだらんゲームをやらせるなっつーの。アイシアの一点の曇りもない神聖性を汚しちゃいかん」


「わたくしは別に構いませんよ」


「ですよねぇぇえええええええっ!? いやいや、止めたほうがいいってっ。そういうキャラじゃないのは分かってるから。はい、終わり終わりしゅーりょーっ」


 俺は強引に畳転がりゲームを阻止する。

 するとファイナが不満顔で近づいてきた。

 

「一平にアイシアの何が分かるのさ。そういうキャラじゃないっていうけど、アイシアはね――」


「アイシアは、なんだ?」


「ううん。ごめん、なんでもない」


 絶対、なんでもあるだろ。

 すげー気になるんですけど。


 当のアイシアはいつの間にか大広間からいなくなっていた。どこだろうと探してみれば、台所にいた。興味津々に色々と見ているが、天界との違いが珍しいのだろう。


 あ。


 俺はそこで気づく。

 今日から自炊をするはずだったことを。昨日の晩飯はファミレスにしたが、今日もファミレスというわけにはいかない。

 


「なんの材料もないしな。買いに行くしかないな」


「どうかしたのですか? 買いに行くとか聞こえましたが」


 独り言がアイシアに聞こえていたようだ。


「晩御飯を自炊しなきゃいけないんだが、それを忘れててさ。材料も何もないから今から買いに行くんだよ」


「まあ、そうなのですか。その買い物にわたくしもついていってよろしいでしょうか?」


「えっ、アイシアが? 別に構わないが、いいのか?」


「ええ。地上のスーパーマーケットに興味があったので、丁度良かったです」


「そっか。じゃあ、行くか」


「え? なに? どこに行くの?」


 そこにファイナが現れる。

 俺がアイシアと一緒にスーパーマーケットに材料を買いに行く旨を話すと、彼女も行きたいと言い出した。


「ファイナはアルバイトを探してろって。今日中に電話して面接の日時まで決めるって話だろ。履歴書も買ってきてやるからさ」


「うー、分かった。でも私、何をしたらいいんだろ。そっから悩むんだけど」


「ファイナは明るくて元気だし、接客がいいんじゃないか。近所のナクドマルドとかフォーティワンアイスクリームとかさ。渡したフリーペーパーに載ってたぞ。……ん? どうした?」


 ぽかんと口を開けて俺を見ていたファイナが、慌てたように視線を逸らす。


「な、なんでもない。じゃあ今、一平の言ったどっちかにするね」


「おう。固定電話使っていいからな」


「はーい。いってらっしゃい」

 


 ◇



 外は夜の帳が下りようとしている。

 早いところ、買い物を済ませなくては。

 そもそもメニューも決めてないことに気づいたところで、


「たった一日過ごしただけとは思えないほどに、二人は仲がよいのですね」


 となりを歩く厳雪の女神が、前を向きながら話しかけてくる。


「え? そ、そうか」


「ええ、そうですよ。さきほどの会話には全く壁というものがありませんでした。わたくしも少々驚いています。仕事一筋だったファイナが、人間と同居するって話を聞いたときと同じくらい」


「仕事一筋だからこそ俺と同居してるんだろ。俺が異世界に行く気になった瞬間に転移させるんだからとか息巻いているしな。まあ、異世界に行く気なんてゼロだけどな」


「本当にそんな理由で、天界の女神が人間の男性と同居するとでも思っているのですか?」


 アイシアが足を止め、俺の目を直視する。

 冷気が凍らせたかのように、俺の両眼がその場に固着する。


「……違うのなら、なんなんだよ」


「あなたも分かっているはずです。実際、あなたはファイナが同居を申し出てきたとき、もしかしたらと思ったのではないですか?」


「あいつが……ファイナが、その、俺のことを好きだっていうのか?」


「それをわたくしが肯定するわけにはいきません。ファイナが自分の口で言ったのならともかく」


 今の誘導尋問なんだったのっ?


「で? この話はどこに着地するんだ?」


「女神は人間の精神の奥底まで視ることができます。否。視たくなくても視えてしまうのです。つまりファイナは一平さんの、を視て同居を決めたのです。それが答えなのです」


「ごめん。よく分かったようで分かんないや。でも、ファイナが俺のこと悪く思っていないならそれでいい。あいつが俺の異世界転移を諦めて帰るまで、そばにいさせてやるだけだ」

 

 ファイナは、その期間は一年以内と言った。

 では一年以内に俺が異世界に行かないことが分かったとき、彼女はどうするのだろうか。そして俺はどう行動するのだろうか。

 

「ファイナをファイナと呼べるのは彼女にとって特別な人だけです。それがもう一つの答えかもしれませんね。さ、買い物です。あそこですね、スーパーマーケットは」


「あ、ああ」


 俺の双眸がようやく彼女の束縛から解放された。

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