第23話 氷の魔法を使ったあの美女は、どうやらファイナローゼの友達らしい。


「あー、めっちゃおいしかったー。企業努力のたまものなんだろうね。まずかったらほかのカフェにお客が流れちゃうだろうし。天界にも唯一天界カフェがあるけど、味がいまいちなんだよね。競う相手もいないから努力してサービスを向上していこうという気持ちがないんだと思う」


 天界カフェとやらをディスるファイナ。

 天界はもしかして、民間という概念がないのだろうか。だとすれば、天界=国が提供するサービスが全てということになる。それでは確かに、今より良いものを提供しようという向上心も生まれないかもしれない。


「〝一番高い八二〇円〟のチーノフラッペだからな。おいしいに決まってる。なにせ、〝一番高い八二〇円〟のチーノフラッペだからな」


「うん、そうだねっ」


「……」


「ん? どうかした?」


「いや、別に」


 天界には皮肉という概念もないのだろうか。


「このあと、どうしよっか? ゲーセンとかカラオケとか、どっか寄ってく?」


「三六〇円しかないくせに何言ってんだよ。ゲーセンはともかく、カラオケは三六〇円じゃ足りないだろ」


「一平からアルバイト代の前借りすれば大丈夫」


 フリーペーパーもめくってないのに、何言ってるのっ?


「まだ何のアルバイトするかも決まってないのに前借りとか、なんのギャグだよ。ほら、そこの薬局の前にフリーペーパー置いてあるから――」


 と、薬局に視線を向ける俺。

 

 完全なる火事である。


 ま さ か。


 俺はゆっくりとファイナに顔を向ける。火事を見て呆然としている麗炎の女神が、俺の視線に気づく。


「ファイナ……。お前、燃やしたのか?」


「も、燃やすわけないじゃないっ! 言われると思ったけれどもっ。えーっ、でも、どうしたらいいのっ? めっちゃ燃えてるじゃんっ。え? バケツリレーしたほうがいい??」


「んな地道な作業で鎮火するかよ。多分、誰か通報していると思うけど、一応、俺もしておくか」


「あ、待って」


 消防署への通報を制止するファイナ。どうしたと聞けば、彼女は燃えているドラッグストアの上空を指さす。そこにはとてつもなく大きな氷が浮いていた。


 ――アイスシャワー――


 何か聞こえたその刹那、巨大な氷が粉みじんに砕けたかと思うと、薬局に向かって降り注いだ。それは、開いている窓や入口からも大量に入り込み、火事は一瞬にして消え去った。

 

 叫びながら、薬局へと入っていく一人の男性。するとしばらくして、女性を抱えて出てきた。女性は意識を失っているが、どうやら生きてはいるようだ。男性がまるで北極にでも行ったかのようにガチガチ震えているのが気になるが、本当に良かった。


 それはそうと、今のは間違いなく――

 魔法の存在を受け入れている俺だからこそ、それが魔法だと確信できた。


「有給を取ってあなたに会いに来てみれば、さっそく地上で魔法を使うことになるとは。勝手が少々違くて冷やし過ぎてしまいましたが、犠牲者が出なかったので良しとしましょう」


 谷の湧き水のように澄んだ声が背後から聞こえる。

 見向く俺は、その女性を見て息を飲んだ。


 凛とした佇まいの細身の女性。

 青いドレス風の着衣が肢体を包み込み、頭には羽のような髪留めがあった。そしてその顔は、まるで陶器のようにきれいで整っていて――。絶世の美女という安易な表現で事足りるほどに、まるで欠点がなかった。正に女神、である。


「アイシアっ。来てたのっ? でもよく私がここにいるって分かったね」


「シヴァの鼻に頼ってきたの。あの子、友達の匂いは絶対忘れないから」


「そっか。そうだったね。でも本当に有給取って来てくれたんだ」


「当り前でしょう。大事な友達に一大決心をさせた例の彼に会わないわけにはいきませんから。ところでファイナ。その恰好は一体?」


 アイシアと呼ばれた女神が、ファイナロの制服姿に怪訝を示す。恰好もそうだが、色々と同じ女神には見えない二人だった。

 

「あ……。そうだった。えっと説明するね、これは――……」


「そういう経緯があったのですね。だからといって地上の学校まで通いだすとは――ふふ、ファイナの仕事への熱意にはいつも驚かされます」


「へへ、一応、エース女神なんで私」


 アイシア。

 確か、異世界部・異世界探索課に配属されてる女神だったか。

 服の色と氷を扱った魔法から推するに、冷たい系の魔法を扱う女神にちがいない。さきほど口にしたシヴァはおそらくイフリートのような聖獣だろう。今は周囲に見当たらないが、精霊界に戻っているのだろうか。


 ふと視線を感じて前を向けば、アイシアがこちらをじっと見つめていた。

 すると近づいてくるアイシア。なぜだろう。緊張で体が硬くなる。


「あなたが勇者候補の山田一平さんですか?」


「は、はい。そうですっ。私が勇者候補の山田一平ですっ」


「ぷっ。何そのかしこまった態度、うけるーっ。アイシアは私と同じ人間年齢一七歳だよ。もっと普通にしなよ」


 マジか。

 友達とは聞いていたが、やけに大人びているから年上かと思った。


「そうですよ、一平さん。ファイナと同じように接してくれればいいですよ。自己紹介がまだでしたね。わたくし、〝シヴァを従いし牙氷がひょうの魔法を操る厳雪げんせつの女神アイシア〟ですわ。今後ともお見知りおきを。一平さん」


「ああ、改めて山田一平だ。よろしくな、アイシア」


 俺はアイシアの差し出した手を握る。その手は白魚のようにきれいだった。無意識に視線を少し上にあげたとき、ああ、しまったと思った。


「ほぎゃああああああああああああああっ!!!」


 俺の体に電流が流れる。


「ち、ちょっと一平、なんで神雷の裁き食らってんのっ?」


「……イ、イイイ、い、いや、そ、それワワワワワ……」


 アイシアのおっぱいがファイナのよりも大きいなって思ったからです。 


 とは言えない俺だった。

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