第18話 俺は風呂で見つけたアレに心乱れる。
――覗いちゃだめだからね。いい? 絶対の絶っっっ対に覗いちゃだめだからねっ――。
確かにファイナはそう口にした。しかも、お笑いトリオのあの伝統芸を目にした直後に、だ。つまりファイナは、本当は覗いてほしい気持ちを覗くなと念を押すことによって、遠まわしに伝えているということか。
確かに、覗いてほしくても、今日同居を始めたばかりの俺に面と向かって覗いてとは言いづらいだろう。だからこそファイナは、例の伝統芸をうまく活用したというわけだ。
――って、馬鹿か、俺は。
――と思わせてからの~ワンチャンもあるんじゃね?
だってそうだろ。
確かにファイナはあの伝統芸を好ましく思っていないが、俺が好きだということは知っている。そんな俺を前にして、伝統芸を真似たとしか思えない行動に出るだろうか。俺が、〝覗いてもいいのでは?〟と解釈する可能性だってあるというのに。
そうか。
どっちでもいいのだ。
覗きたかったら覗いてもいいし、覗きたくないなら覗かなくてもいいし。
だったら答えは決まっているだろう。天界の女神が五右衛門風呂に入っているというレアシーンを、覗かない馬鹿がどこにいる。俺は生唾をごっくんすると、意を決して――。
「あ、そうだ、一平。もし覗いたら最強の烈火の魔法で燃やすから。なんか、さっき言ったの例のふざけた伝統芸ぽくて、もしかしたら一平が勘違いしちゃうかもって思って。では温まってきまーす」
「う、うん。ゆっくり温まってきてね!!!」
だよな。だよなぁっ!
――四〇分後。
「はぁぁ、めっちゃいい湯だったぁ。一平の言った通り、体のぽかぽかが続いて、こんなの初めてかも」
ファイナが居間に戻ってくる。
彼女はゴッデススーツではなく、ピンク色のパジャマを着ていた。髪と一体化したようなカチューシャも取り外していて、腰まである亜麻色の髪を後ろに流していた。
その様を見る限り、おかしな表現だが、単なる美少女の風呂上りである。今さらではあるが、ファイナと同居しているという現実に、鼓動が高鳴る俺だった。
「ち、ちょっとそんなにじろじろ見ないでよ。恥ずかしいから」
「へ? あ、ああ、ごめん。じ、自分もお風呂に入ってきてよろしいでしょか、隊長っ」
「えー、私が隊長なの? じゃあ……お湯も良い感じに熱いから早めにな、軍曹」
「了解です、隊長っ」
「ふふふ。いってらっしゃい」
俺はそそくさと風呂場へ向かう。
やばいな。まじで普通の美少女にしか思えなかった。パジャマを着る前のいで立ちが、いかにファイナを女神たらしめていたか分かるというものだ。
どこまでも人間っぽい女神だとは思っていたが、あれじゃもう、ただの人間だろ。くそ、あいつ、もっと女神らしくしろよなぁ。不意打ちでドキドキさせんなよ。
俺は素っ裸になると、風呂場に入る。
すると、嗅いだことのない甘~い匂いが漂っていることに気づく。見れば、見知らぬシャンプーやコンディショナーが置いてある。ファイナが天界から持ってきたものだろう。こんなにも甘~い香りを発するとは、一体どんな成分が入っているのだろうか。
使用したい欲求に駆られるが、成分も分からないうちは止めたほうがいいだろうと俺は踏みとどまる。人間に悪影響を与える成分の可能性だってあるかもしれないのだ。それとは別に、ファイナに許可もなく使うのも躊躇われる。
俺は体を洗うためにボディタオルに手を伸ばす。
「ん?」
手を伸ばした先には俺のボディタオルのほかに、またも見知らぬピンクのボディタオル。これもファイナの持ち物だろう。
そう――麗炎の女神が、一糸まとわぬ姿を丹念にごしごしと洗ったボディタオルだ。
ごっくん。と、俺は生唾を飲み込む。
刹那、「ダメだダメだダメだっ」と頭をぶんぶん振って邪念を振り払った。
どうにも落ち着かない。
ここにいると俺が俺でなくなるような、そんなある種の恐怖。俺はいつもより早く体と頭を洗うと、五右衛門風呂の中に入った。
「はああああ、極楽極楽っ」
ファイナが魔法で温めてくれたおかげで、五右衛門風呂の程よい熱さが正に至高そのものだ。
〝早く風呂場からでたほうがいいという俺〟と、〝ちゃんと温まったほうがいいという俺〟が角突き合いを始める。
真ん中を取って、いつもよりちょっと早めに出るかと結論をだしたところで、俺は湯舟の中に浮かぶ〝それ〟を発見してしまった。
「っ!! こ、こ、これは――っ」
一本の縮れ毛が浮いていた。
もしかしてこれはファイナの……。
待て待て待て待てっ! 俺の毛の可能性も十分にあるぞっ。
よし、確かめてみるか。
俺は縮れ毛を手ですくって仔細に確認する。俺のより細い気がするが、そんなに変わらないような気もする。色に関しては黒。俺のはもちろん黒だが、ファイナも黒なのだろうか。髪の色が亜麻色だから同じ亜麻色の可能性が高いが、下の毛も同じだとは限らない。
では匂いはどうだろうか。
俺はその縮れ毛を鼻先に持ってくると――、
「はっ! 変態じゃんっ、俺!」
理性が俺の変態行為をすんでのところで踏みとどまらせる。
いや、匂いでダメなら次は味と考えていた俺はすでに変態なのかもしれない。
あーっ、なんで入る前に湯舟を確認しなかったんだよ、俺っ!!
後悔先に立たず。
ダメだ。もうこんな、自分自身を見失うような風呂には入りたくはない。
俺は縮れ毛を排水口に流すと風呂から出る。そして着替えて居間に戻ると、美少女女神に言った。
「ファイナ。風呂なんだけどさ。悪いんだけど、今度から先に入っていいかな。ごめんっ!」
「なんで謝るの? ここ一平の家だし別にいいよ。言ってくれれば魔法で温めておいてあげる」
「ありがとうっ、ありがとうっ!」
「え? なに、その全力の感謝。気味悪いんだけど」
こうして俺は風呂での安息を手に入れたのだった。
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