第16話 俺は女神とファミレスで食事をする。


「えっと、このダイナマイトハンバーグの200グラムを一つと、ビッグバンステーキの300グラムを一つ。どちらもサラダバーセットなんだけど、ビッグバンハンバーグのほうはライス大盛でお願いします。タレはダイナマイトハンバーグのほうが和風おろしで、ビッグバンステーキのほうはザイセリアオリジナルでお願いします。それと、ドリンクバーを二つ。以上です」


 てきぱきと注文するファイナ。

 彼女が店員を呼んだのだが、まさか注文までしてくれるとは思わなかった。


「注文慣れしている感じだったが、天界にもファミレスがあるのか」

「あるわけないじゃない。神々が住まう天界よ。地上という俗世間とは違うのよ」

「そうか。そうだなよな」


 でも、人生ゲームやサッカー盤は売ってるんだよなぁ。


「でもファミリーで行かないレストランならあるけど」


 ファミリー抜いても充分、俗世間だろ。


「その、ファミリーで行かないレストランによく行ってるから、注文慣れしているわけか」

「それもあるけど、ザイセリアはよく来るから」

「よく来るのかよっ? ザイセリアに」

「うん。勇者候補を訪問している途中にお腹空いたとき、よく利用しているわ。ザイセリアのほかにはナクドマルドだったり日高亭、あと、からよっしとか。どこも安いからお財布に優しくてめっちゃ助かってる」


 零細企業の営業かっ。

 つーか使ってる日本円、魔法で作ってないだろうな。


「なあ、ちょっと教えてほしいんだけど、天界ってどういうところなんだ? ファイナは地上のことはよく知っているけど、俺は天界のことを良く知らないからさ」

「そうね。料理くるまで時間あるから教えてあげる。天界っていうのは――……」


 俺がファイナから聞いた天界のあれやこれやは、こんな感じだった。


 

 ・天界は別次元にあり、宇宙空間には存在しない。

 

 ・天界は銀河に対して一つ存在し、ファイナのいる天界は、地球も含めた太陽系が属する天の川銀河系を担当している。


 ・天界の広さは無限だが、その活動範囲は極めて局所的であり、その規模は北海道ほど。


 ・天界に住む神の数は、推定で三二〇〇万。そのほとんどが天の川銀河系を平穏に保つための仕事に従事している。


 ・天界には天界カンパニーという唯一無二の会社があり、抱える部署は一万を超える。当然、異世界部はそのうちの一つである。


 ・地球のほかにも知的生命体のいる星は無数にあるが、異世界を救える勇者がいるのは地球のみ。


 天界には明確な序列が存在し、唯一神>超神>烈神>高神>男神・女神>聖獣と続く。ちなみにアポロンは烈神の一人。


 ・神の寿命は二五〇〇年から五億年とばらつきがあるが、それは神の序列によって変わってくる。女神の場合は二五〇〇年から三五〇〇年。


 ・ファイナローゼの年齢は三二三歳だが、人間の年齢に換算すると一七歳。



 話を聞き終えたあと店員が丁度、頼んだ食事を運んできた。


「なるほど。天界ってところがよくわかった」

「そう? なら良かった。細かいところまでは話してないけどね」

「でも、思った通りファイナは一七歳か。俺と同い年なんだが、生きてる年数ははるかに上なんだよなぁ。なんか複雑だな」

「天界年齢なんて気にする必要ないわよ。私を一七歳と見てくれていいから。だって、そうでしょ? 一平を異世界に行かせるまでの間しかいなんだから」

「いや、それは違うだろ」

「え? どういうこと?」

「俺が異世界に行かないまま仮に八〇歳になったら、ファイナは人間年齢で二一歳くらいだぞ。さすがに二一歳のファイナを一七歳として見るのは無理だろ」

「そんなに一平と同居する気ないんだけどっ! ……一年くらいだけならいいかなって思ってるけど」


 やけに悠長だな。

 一年くらいだけならと言うが、それはそれで結構――いや、かなり長い気がするが。さっさと俺を異世界に転移させて、次の勇者候補の家に訪問したくないのだろうか。それってつまり。

 

「ファイナ、やっぱりお前、俺のこと好――」

「きじゃないからっ! 最悪を想定して一年を期限にしているだからっ! 一平と長く一緒にいたくて一年とか言ってるわけじゃないんですけどー! い、一平が今すぐ異世界に行きたいっていうならすぐに連れていってもいいわよ。行くのっ? 行かないのっ? さあ、どっちっ!?」

「じゃ、行くか。異世界」

「え……?」

「え? じゃないだろ。異世界に行くっていったんだよ」

「ち、ちょっと急にどうしたのよ? 行かないの確定路線って言ってたじゃない」

「気が変わったんだよ。なんか急に異世界救いたくなってきてさ。よっしゃ、早速お願いできるか。オッパニアの魔王をぶった斬ってやるぜ。ファイナとは今日で最後になるが、しょうがないよな」


 呆然としていたファイナの顔に、明らかな狼狽が浮かぶ。

 麗炎の女神は自分を落ち着かせるかのようにコーラを飲むと、言った。


「あ、慌てなくてもいいわよ。料理頼んじゃってるんだし、食べてからもう一度、ゆっくりじっくりたっぷり考えてみて。本当の本当おぉぉぉに、自分は異世界に行きたいのかどうか。もしかしたら今はまだ行きたくないって心変わりするかもでしょ? ね?」

「心変わりする前に行かせるべきだろ。俺は今、猛烈にオッパニアを救いたいんだっ。早く天聖陣を出せ。行くぞ、異世界っ」

「え……で、でも……」

「――なあんてね、冗談だよ、冗談。異世界に行かないのは確定路線。それは変わらない」


 ファイナの慌てうろたえていた表情が、安堵のそれへと変わっていく。


「も、もう驚かせないでよぉっ! 本当に今すぐ行くかと思ったじゃない。これから一平との同居生活を楽しもうって思っていた矢先に、くだらない冗談はやめてよねっ」

「……え?」

「……あ」

「ん? 今なんて――」


 顔から火を噴くファイナが、いきなりビッグバンステーキに噛り付く。


「う、うわぁ、おいしいーっ。肉がめっちゃ柔らかくてジューシーっ。ほ、ほら、一平も早く食べなさいよ。冷めたらおいしくないわよ。あ、店員さーん、すいませーんっ。マルゲリータピザも注文していいですかっ? そうだっ、コーラなくなっちゃったから、おかわりしなくっちゃ」


 ドリンクバーのほうへ向かうファイナ。

 帰ってきたら彼女に言わなければならない。


 お前が頼んだのは、ダイナマイトハンバーグのほうだろうと。

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