第12話 俺はリアルなVR的なのを体験する。


一時間後。


「バドミントンでいいわよ。道具はこっちで具現化するから、一平が用意しなくても大丈夫。あと、ちょっと特殊なシステムになってるけど、バドミントンであることには違いないから」


 ――具現化。

 天聖力という、ある種のエネルギーを物質化するのだろうか。

 もはや、非日常系ラノベを地で行くような俺の物語は、なんでもござれである。


「オッケー。じゃあ、さっそく市民公園に行くか。結構広いからスペース的には大丈夫だと思うけど、ネットがないんだよな。あ、そっか。それも具現化するのか」

「ネットも具現化するけど、市民公園には行かないわよ」

「じゃあ、どこでやるんだよ?」

「ここよ」


 ファイナが指を下に向ける。


「俺の家でかよ。庭でできなくもないが……」

「違う違う。ここはここでも、私が今から発生させる不干渉領域ノット・フィールドでよ。ちょっと待ってて。バッグからノット・フィールドを発生させるスイッチを持ってくるから」

「お、おう」


 詠唱でも始めて、ノット・フィールドやらを発生させるかと思ったが、違ったらしい。すぐに戻ってきたファイナの手にはテニスボール大の真っ白い球体。彼女はそれを何度か捻ったのち、「発生させるわね」と庭に放り投げた。


 すると、スイッチが微振動を始め――刹那、眩い光が拡散した。


「目、目がぁ、目がああぁぁぁっ……って、あれ、眩しくない」

「そういう光だから。目に影響を与える光だったら、投げる前に目を閉じるように言ってるわよ」

「そっか。それでノット・フィールドは……」

「もういるわ」


 周囲を見渡す俺。上下左右どこも白い空間だった。

 

「全方位、真っ白っ。ここ、〝精神と時の部屋〟じゃんっ!」

「え? その〝精神と時の部屋〟のことは知らないけれど、初期設定デフォルトだから真っ白なだけで、カスタマイズはできるわ」

「カスタマイズ?」

「うん。フィールド・アップと言ったあとに、例えば〝月〟って続ければ、ノット・フィールドがデフォルト状態から月に変わるの。でも実際に月に行くわけじゃなくって、一平の世界でいうVRバーチャルリアリティみたいなものね。それも超リアルなやつ」

「マジかよ」


〝俺の世界でいう〟とは言っているが、超リアルなバーチャルリアリティは、映画や漫画の中での話だ。実際には、VRゴーグルで拙いCGを見せられて、そこにリアリティは一切、存在しない。あるのは、所詮こんなものかという失望。


 だからこそ、映画や漫画の主人公に自分を置き換えて、最低限の欲求を満たすしかなかったのだが――。

 どうやら俺は主人公そのものになれるらしい。


「ちょっとやってみるね。フィールド・アップ――月」

「おおっ!!」


 正に一瞬でノット・フィールドは月になった。

 月の表面に立っている俺。地面を触れば、しっかりと伝わってくる月面の感覚。

見上げばどこまでも広がる大宇宙。その中にひと際、大きな星――母なる地球。

 

「こんな感じね。一平もやってみる?」

「やるやるっ、絶対やるっ!」

「幼児かっ。――ではどうぞ」

「よぉしっ。フィールド・アップ――オッパニア。おおっ、ここがオッパニアか」

「え? もしかして異世界に行く気になったとかっ!?」

「いや、どんなとこか気になっただけ」

「それでも前進前進♪」


 余計なことをして期待を持たせてしまったようだ。

 それはさておき、これは普通に面白い。もっと色々なところ場所に変えてみよう。


「フィールド・アップ――KADOKAWA本社。なんか丸い窓あるっ!」

「フィールド・アップ――角川武蔵野ミュージアム。すげえ斬新な建物!」

「フィールド・アップ――太陽。うわ、これが太陽フレア。炎の龍みたい!」

「フィールド・アップ――ピラミッド。頂上じゃん、ここっ。絶景なり!」

「フィールド・アップ――イエローストーン。正に地球の鼓動を感じる公園!」

「フィールド・アップ――アルカトラズ刑務所。ここ脱出した人すごいっ!」

「フィールド・アップ――ペタコロンハピッポ。適当に言ったのに、あった!」

「フィールド・アップ――異世界勇者の墓場。あっちゃダメなやつ!」

「フィールド・アップ――ナメック星。いや、あるのかよっ!」

「フィールド・アップ――ファイナローゼの部屋」



 まるで、どこぞの王宮の一室かのように豪華絢爛けんらんな部屋だった。

 部屋の壁は淡いピンク色をベースに白が差し色で、女神ぃって感じだ。ところどころに観葉植物が置いてありリラックス効果が期待できるものの、その他装飾の煌びやかさが個人的にはうっとおしい。


 壁際には天蓋付のゴージャズ&エレガントなベッド。それでいてガーリーな雰囲気もあり、これまた女神ぃって感じだ。

 よく見ればぬいぐるみらしきものが置いてある。豚のような、猿のような、蛇のようななんとも気色の悪いぬいぐるみだ。ヘタレ具合と染みだらけの外面を見る限り、相当愛用しているのだろう。こんなモンスターみたいな人形と一緒に寝ているファイナの気が知れない。


「うっさいわねっ、ぺっちゃんのことバカにしないでよっ。生まれたときから一緒のぬいぐるみは大事にするものでしょ――って、プライバシーの侵害はやめてくれるーっ! 大体ほかは適当なのに、なんで私の部屋だけ詳細に描写してんのよっ」


「描写ってなんだよ。小説じゃあるまいし」

「いいから私の部屋を早く消して別のフィールドにしてっ!」

「はいはい、分かったよ」


 こうして俺は、自分の通っている高校の体育館をフィールドにすることにした。

 無難だが、プレイに集中するならここが一番だ。

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