第11話 俺はプロレスをしたいと頑なになる。
「スポーツねぇ。いいぞ。土曜日のこの時間はいつも暇でジョギングしてたくらいだからな。それでどんなスポーツやるんだ?」
「一平は何がいい? 誘ったの私だから一平が決めてもいいかなって思ってる。とりあえず言ってみて」
二人で行うスポーツか。
それだと限られてくるが、そもそも道具や場所はどうするのだろうか。道具で俺が持っているのはせいぜい、サッカーボールとバドミントンのラケットくらいだが、それなら近くの市民公園でできそうだ。
あるいは市立体育会館にいけば、ボルダリングとかもできたはずだ。特に道具も必要としないし、登り方のコツさえつかめば、けっこう楽しめるのではないだろうか。天界の女神様が必死に壁をよじ登る姿も、ある意味レアな光景ではある。
なので俺は言った。
「プロレスをしよう。俺は今、ファイナとめちゃくちゃプロレスがしたい」
「プ、プロレス?」
「ああ、プロレスだ。体を密着させて技を掛けたり掛けられたりさ。いい汗掛けると思うぜ」
ファイナの表情から笑みが消え、戸惑いが乗る。
だがその戸惑いは刹那で霧散し、顔を赤らめて激しい狼狽へと変わった。
「プ、プロレスは、だめよ。だってあれはスポーツっていうか、そのエンターテインメントでしょ? し、真剣勝負じゃなくて、言葉はあれだけど、八百長っていうの? だから、ねえ、もっと別のちゃんとしたスポーツにしない?」
「いや、プロレスがいい。そもそもプロレスは例え八百長であっても、〝体を使い、運動している〟以上、スポーツではないとは言い切れない。逆に言えばスポーツと捉えることもできる。だから俺はファイナと汗だくになってプロレスをしたい」
「そ、そんなの屁理屈じゃないっ。競技じゃないんだから、やっぱりスポーツじゃないわよっ。プロレスはいやっ。ほかのにしてっ!」
「じゃあ、相撲にしよう」
「す、相撲……?」
「ああ。体を使い、運動して、競技でもある相撲ならいいだろ。肌と肌を密着させて相手の動きを読み合う駆け引き。力勝負だけではない面白味が相撲にはある」
「で、でも相撲は……ほ、ほら、女性は土俵には上がれないし」
「それは神事である大相撲だ。それ以外の相撲は完全なるスポーツ。女子相撲も然り。だから相撲にしよう。体と体をぶつけあって、いい汗をびっちゃびっちゃ飛び散らせようぜ」
サムズアップする俺。
「う……」っと言葉を詰まらせるようにして、ファイナが俯く。ややあって、恥じらいからなのか揺動する双眸を俺に見せながら、麗炎の女神はこう口にするのだった。
「わ、分かったわよ。相撲でいい」
「嘘だぴょん」
「……え? 嘘だぴょんってどういうこと?」
「だから、プロレスも相撲も俺がやりたいってのは嘘だってこと」
「……なんで嘘なんて吐いたのよ」
「いや、最初は素直にバドミントンにしようかと思ったんだけどさ、プロレスって言ったらどんな反応するのか気になっちゃってさぁ」
「ふーん。……で?」
なんか暑くなってきたな。
日差しが強くなってきたか。
「いや、予想通りの反応だったよ。恥ずかしさに顔を赤くして、あたふたしちゃってさ。そりゃそうだよな。男とプロレスって言ったら、ちょっとアレだもんな」
「ふーん。……で?」
マジで暑いな。
今日って午後から猛暑だっけ?
「だからさすがにプロレスは、スポーツじゃないとか何とか言って拒否するだろうと思ってからの~相撲。我ながらうまい流れを作ったと感心したね。俺って策士ぃ」
「ふーん。……で?」
あれ? 汗が止まんないんだけど。
猛暑っていうか酷暑か。
「完全なるスポーツである相撲を断るには、さてどう出てくるかと構えていたら、ファイナが相撲を了承しちゃってさ。予想以上にうまくいきすぎて驚いているかも」
「ふーん。……で?」
ヤバいでしょ、この暑さ。
異常気象で熱波が襲ってきてる?
「意地悪なことしちゃったかなって今反省してるんだけどってマジで暑くて死ねるんだけど、なんでこんなに暑――」
ファイナが燃えていた。
正確に描写すると、スーパーサ〇ヤ人ゴッドみたいなオーラを体中から発していた。
「女神を辱めるなんていい度胸じゃない」
「あ、あれ? 怒ってる? やっぱり怒ってる?」
「さあ、どうかしらねぇ。怒ってるのか、憤りを覚えているのか、怒髪天を衝いているのか、堪忍袋の緒が切れているのか、多分、そのどれかだと思おうわ」
つまり怒ってらっしゃるっ。
「ごめんっ。ちょっとやり過ぎた。調子に乗り過ぎたことを謝るっ。本当にごめんっ」
「今更謝っても――もう遅いのよっ」
「え……?」
ファイナが素早く俺の背後に回る。
すると後ろから俺の腰に手を回すと、そのまま持ち上げた。
「食らえ、〝48の殺人技〟の一つ――
俺の体が後ろへと倒れる。
刹那、そのまま後頭部から床に叩きつけられた。
「ぐはああぁぁぁぁっ」
炎の魔法じゃなくて、プ、プロレス技、かよ……っ。
強いじゃないか、ファイナ……――。
俺は再び、意識を失った。
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