第6話 俺は彼女の作った麻婆豆腐を食する。


 ファイナの料理の腕が、母親に比類することを期待してなどはいない。

 だが、味気ない出来合いのものではく、料理がおいしいって評判のファイナによる手作りのマーボー豆腐だ。

 

 同居も悪くないな。


 気分をよくした俺は、スーパーでちょっと高めの材料を買い込んで我が家へと戻る。ファイナに材料を渡すと、彼女は「ちょっと待ってて。すぐ作るから」と母親のエプロンを着用。

 

 麗炎の女神と母親の、奇跡のコラボレーション。

 俄然、マーボー豆腐への期待感の高まる俺。

 鼻歌を口ずさんで順調そうなファイナ。

 居間の食卓で待つこと二〇分。

 「できたよ」と女神の声。

 食卓に置かれる一品。

 全てが黒かった。

 ナニコレ?


「……ファイナ。これはなんだ?」


「何ってマーボー豆腐だけど。ちょっと焦げちゃったけど、味は保証済み。さあ、食べて食べて」


 いいもの作った感満載のファイナ。

 絶対、鍋に材料ぶち込んで燃やしただけだろっ。下からの火力か、上からの炎の魔法か知らんけども。


 しかし言葉は慎重にな、俺。

 俺のために作ってくれた料理だぞ。ファイナはこのう〇こみたいなマーボー豆腐をマジでうまくできたと思っているが、その理由はなんだ? この見た目だぞ。

 ん? 確か――……。


 ――私が作った料理はおいしいって評判――

 ――味は保証済――


 って言ってたよな。


「ファイナの作った料理っておいしいって評判なんだよな。だから味の保証だってできてる」


「そうだけど、どうかした?」


「ファイナの料理を褒めたのって誰なのかな。例の友達? それとも別の誰か?」


「え? イフリートだけど」


 イフリート??


 俺が首を傾げていると、ファイナが「ああ、まだ紹介してなかったよね」と目を瞑り、右手を上げた。


「精獣イフリートよ。汝の主たるファイナローゼの名において命ずる。その身を我が眼前にて顕現せよ――ル・イン」


 魔法の詠唱のようなものを唱えるファイナ。すると右手の周囲に球形の魔法陣的なものが発生して、その中から何かが出てきた。

 

 巨大な炎の手。こんなものがそのままこちらに出てきたら、俺の家は間違いなく崩壊する。心底焦った俺の横で、


 「あ、違うっ、ル・イン・ディフォルメモードっ!!」


 と言い直すファイナ。


 右手が一瞬にして小さくなったかと思うと、魔法陣の中から何かが飛び出てきた。

 犬でも猫でもない、目付きの鋭い小型の四足動物。頭から生えた、ヤギのように大きく逞しい二本の角。後ろになびくライオンのようなたてがみ。

 その全てが赤く、全体の造形はまるでゲームに出てくる小型モンスターのようだった。


「なんだ、こいつはっ!?」


「イフリート。私の精獣よ。普段は精霊界にいるのだけど、一平に紹介するから召喚したの」


 ファイナが、イフリートと呼ばれた精獣の頭をよしよしと撫でている。

「ぐるるるるぅぅぅ」と嬉しそう?な声を出すイフリート。

 

 女神や魔法の実在を知った俺が、この生物の顕現に驚くことはない。だから幾分冷静な俺は、マーボー豆腐のことを忘れてはいなかった。


「ファイナ。さっき、イフリートが料理を褒めたっていったけど、イフリートの好物はなんだ?」


「なんでもだよ」


「え? なんでもって?」


「だから、イフリートはなの。気持ち悪い植物とかグロい虫とかも生きたままおいしそうに食べるんだ」

 

 その好き嫌いのないイフリートが、真っ黒いマーボー豆腐をがつがつ食べている。それはそれはうまそうに。見ていると、本当に美味かもと思ってしまう豪快な食いっぷりだ。


「あ、イフリートっ、それは一平のために作ったものだから食べちゃダメだよっ」


 イフリートを止めようとするファイナを俺は全力で止める。


「だー、いいんだいいんだ、ファイナっ。いきなり召喚されてかわいそうだし、腹いっぱい食べればいいさ。よぉし、いい子だ、イフリート。残さず綺麗に食べるんだぞ」

 

 がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつっ。


「お、いい食べっぷりだ。そうだ、自己紹介。俺は山田一平。これからよろしくな」


「ぐるるるるるぅぅぅ」


「ふふふ。イフリートは優しい一平が好きみたいね。でも良かった。一平のこと食べなくて」


 いや、人間も食べることあるんかいっ!


「さ、さぁてと、マーボー豆腐食べ損ねたし、今日は添加物たっぷりのカップラーメンにしておこうかな」


「ごめんね、一平。今日の晩御飯に別の作ってあげるから許して」


 そうくるのは予想できたっ。


「気持ちは嬉しいんだけどさ、両親からはちゃんと自炊しろって言われているから、今日の晩御飯から自分で作ろうと思ってるんだ」


「えー、そうなんだ。でも自炊できたほうがいいよね。異世界に行ったときに、そのスキルが役立つときがあるかもだから」


 行かないけどな、異世界。

 そして俺は知ってしまった。


「じゃ、カップラーメン作るわ」


「はーい。また機会があったら私の料理を作ってあげるね。〝イフリートに評判〟のとってもおいしい料理っ」


 ――ファイナの駄女神ポイントが料理にもあったことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る