第5話 俺は同じ釜の飯を食べた友人を知る。

 

「いくいくいくいくいくいくうううううううううううぅ!! あああん、だめぇ、イっちゃうよおおおおおおおおおっ!!」


 なんだっ? 


 声からしてファイナであることは間違いないが、何がイってしまうのだろうか。


 ファイナがいるのは、ここがファイナの部屋だと案内した母親の部屋。

 母親の部屋といっても、すぐに海外出張する母親は自室にほとんど物を置いていない。置いてあるのはベッドと箪笥にソファにテーブルと必要最低限のもので、内装は無個性に近かった。

 

 そんなこともあり、「えー、いいじゃんっ。これなら私色に染められそう。わーい」と引っ越し先の部屋かのように喜んでいたファイナだったが、何がイってしまうのだろうか。


「あ、あああああぁぁぁんっ!! イっちゃったよぉぉ」


 イってしまったらしい。

 どの部屋もふすまで仕切られていて施錠はできない。俺は恐る恐るファイナの部屋のふすまを、そっと開けてみる。

 ファイナが畳にはいつくばって、尻を上げている。その恰好にぎょっとしたが、どうやらベッドの下を覗いているようだ。


「おい、ファイナ。どうかしたのか。イっちゃったとか聞こえたが」


「うん。大事なピアス落として拾おうとしたら蹴っちゃってさ。それがベッドに下に入って奥までイっちゃった」


「……」


「ん? どうかしたの、一平」


「いや別に。俺が取ってやろうか」


「うん。お願い」


 俺はベッドを持ち上げて少し手前にずらすとそのベッドに乗り、奥までイったらしいピアスを探す。

 あった。本当に奥までイっちゃってたようだ。ピアスには、直径5ミリほどの深紅のルビーらしきものがついている。綺麗だなと思いつつ、俺はピアスを拾うとファイナに渡した。


「ありがと。やっぱ男の人ってこういうときに頼りになるよね。一平がもし来なかったら、ベッド燃やしてたとこだよ」


「燃やして解決とか、最悪の横着だな、おい。……で、そのピアスだけどそんなに大事なものなのか?」


「うん。友達みんなで立派な女神になろうねって決めたときに、魂の欠片で錬成したとても大事なもの。友情と絆の証」


 女神になる前はなんなのだ? という疑問はさておき。

 気になるワードが出てきたぞ。


「ファイナには、同じ女神の友達がいるのか」


「うん、三人いるよ。小さい頃からずっと同じ釜の飯を食べてきた友達で、めっちゃ仲良し――あ、やばい」


〝同じ釜の飯を食べてきた〟って、天界で使う比喩表現か。別にいいけど。


「どうかしたのか?」


「私が一平と同居すること言わなくちゃ。でも、えー、反対されたらどうしようー。人間みたいな超下等生物と住むとか脳味噌腐ってていっそ死んじゃえばいいのにとか言われたらどうしよー」


 帰ったほうがいいんじゃないかなっ。


「ひでーな。全員が全員、そんなことを言う友達なのかよ」


「一つの可能性よ。ま、言わないと思うけどね。あとで荷物取りにいくからそのときに面と向かって伝えてくるね」


「おう」


 ぐうううううううっ。

 と俺の腹が鳴る。


「何? 一平、お腹空いてるの?」


「まあ、お昼だしな。カップラーメン作るけど、ファイナも食べるか」


 両親にはなるべく自炊しろと言われているが、料理というものに全く興味のない俺にその選択肢はなかった。それ相応のお金を置いていってもらっていることもあり、買って済ませるというのが俺の腹の満たし方だった。


「出た、カップラーメン! 添加物たっぷりで体に悪いのが分かっていても便利だから食べてしまう悪魔の食べ物。カップラーメン作った人、罪が深すぎるし、ガルムの餌になったほうがいいと思う」


 謝れ。

 インスタントラーメンを最初に作った安藤百福に謝れ。


「じゃあ、俺だけ食べるってことでいいな」


「ちょっと一平、今言ったこと聞いてたの? あんな悪魔の食べ物を食べてちゃダメって意味なんだけど」


「別に俺は添加物など気にしないが、だったらハンバーガー買ってくる」


「でた、ハンバーガー! 高カロリーで塩分過多なのが分かっていてもおいしいから食べてしまう悪鬼の食べ物。ハンバーガー作った人、業が深すぎるし、フェンリルの餌になったほうがいいと思う」


 謝れ。

 ハンバーガーを最初に作ったフレッチャー・ディヴィスに謝れ。


「じゃあ、何食べればいいんだよ。スーパーの弁当と総菜を最初に作った人も何かの餌にされそうだしさ」


「私が作ってあげる」


「ファイナが? 作れるのか」


「うん。私が作った料理はおいしいって評判なんだから」


 これは嬉しい情報だ。

 ファイナの容姿は女神だからなのか充分に端麗だ。これは俺でなくてもそう思うだろう。ただ、これは偏見かもしれないが、女性であれば料理が得意であってほしかった。その考えに起因するのは、母親が料理を大の得意としていたからだろう。海外出張中の母親の料理を俺はもう、二ヵ月は食べていない。


 ああ、久々に食べてみたいな。

 母親の作った――


「――マーボー豆腐」


「え? マーボー豆腐食べたいの? 私、作れるけど」


「マジかっ。だったらファイナの作ったマーボー豆腐をお願いしてもいいか?」


「いいよ。でも材料とかあるの?」


「自炊しないからないな。今から買ってくる」


「はーい。行ってらっしゃい」

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