第4話 俺はファイナローゼの笑顔を信じる。

 

「う、うそだろ。俺より早くゴールしたってのかっ?」


「そうね。そうなるわね」


「どうやって俺より早くゴールしたんだ?」


「ふん。どうって私の実力に決まってるじゃない。クソだった序破急の効力が今更効いてきたのかしら」


 ありえない。絶対に。一〇分やそこら練習しただけの素人が、回転くるりんぱ王の称号を持つ俺に勝てるわけがない。

 序破急の効力が今更効いてきただと? そんな話、信じられるか。

 

 何かズルをした?

 そうだ。それしかない。一体、ファイナローゼはどんなズルを……ん?


 鼻をかすかに刺激する、何か焦げた匂い。畳をよく見れば、ファイナローゼが転がっていたはずの場所に、長く一直線の黒い染みのようなものが残っていた。どうやら焦げ跡のようだ。

 

 ――


「なあ」


「何?」


「お前、魔法使ったろ」


「――っ! つ、つつつ、使ってないわよ。ゆ、勇者のくせに負け惜しみは格好悪いわよ、一平っ。あなたは負けたのよ、この私に。おほ、おほ、おほほほほほっ」


 ファイナローゼの顔から大量の汗が噴き出ている。

 嘘が下手らしい。こちらが恥ずかしくなるほどの、うろたえようだ。

 確実にクロだが、いかんせん決定的な証拠がない。焦げ跡にしたって、それがどうしてついたのか分からなければ、知らないで済まされてしまうだろう。


 こうなったら――よし。


「分かった。今回はお前を信じてやる」


「え? いいの?」


「いいのってなんだよ?」


「そ、それは、めっちゃ疑ってたくせに急に信じるとか言うからよっ」


「ふん。まあいいさ。よし、最後の三回戦をやろうぜ」


「いいわよ。これで真の勝者が決まるわねっ」


 ファイナローゼが畳に横になったあと、俺も横になる。

 鹿威しの音を静かに待つ二人。一体、俺達は何をやっているのだろうか。と言う疑問が過った瞬間、コーンッと音がなった。


 三度目も最高のスタート。速度も申し分なし。スポーツの公式競技に畳転がりゲームがあったら、二位を大きく引き離しての一位だろう。――しかし。


「はい。私の勝ちーっ。一平も早かったけど、私の高速回転にはまだまだ及ばないようね」


 ファイナローゼは俺より先にゴールしていた。

 それは分かっていたことで、俺はすぐさま行動に移る。


「おい、ちょっと手を見せろ。知ってるぞ。お前、魔法を使うと手のひらに紋章が浮かび上がるだろ」


「な、なんでそのことを知ってるのよ。はっ! さっきファイアボールを投げたときね。なんて観察眼。く、さすが勇者ねっ」


「魔法を使ったのなら、まだその紋章が残っているかもしれない。さあ、見せてみろ」


 二回戦目では時間が経ちすぎていた。だが今なら、魔法を使った直後だ。手のひらに紋章が残っている可能性は非常に高い。


 ファイナローゼが自分の手のひらを見る。

 純度一〇〇パーセントの〝やばい〟という表情が浮かんだ。


「やだ、見せない」


「見せろ。魔法を使ってないなら見せれるだろ」


「使ってないけど、見せない」


「見せろっ」


 俺は少々強引だが、ファイナローゼの右手をつかみこちらに引き寄せた。


「ちょっと何すんのよ、痛いじゃないっ」


「見せないからいけないんだろ。素直に見せていれば……」


 身長一七二の俺に対して、ファイナローゼは一六〇といったところだろうか。そしてファイナローゼのゴッデススーツは、胸元がけっこう大胆だ。

 

 つまり。

 その身長さでもって俺が密接距離にいるファイナローゼの胸元に視線を向ければ、彼女のふくよかな胸の谷間が覗けてしまうわけで――。

 刹那、俺の体に電流が走る。


「ぎゃああああああああああああああっ!!!」


 俺は畳に倒れて、体を痙攣させた。

 生きているのが奇跡というほどに殺す気まんまんの電流だった。

 

 しかしなんで……ああ、そうか。


「あれ? 神雷の裁きじゃん。でもなんで……はっ! 一平あなた、私の胸見て欲情したわねっ」


「い、いや、欲情まではいっていない。ただ、や、やわらかそうだなぁとは思ったけど、そ、それも邪淫に含まれるのか……?」


「ダメだから神雷の裁き食らってるんでしょっ。もう、一平の変態っ、痴漢っ、強姦魔っ」


「い、言いすぎだろ。あー、まだ体が痺れてる」


「……大丈夫?」


「ダメ、立てねー。今度は胸見ないから手で引きあげてくれないか」


「だったら私のことちゃんと名前で呼んで。さっきからずっとお前お前。私にはファイナローゼっていう名前があるの。ファイナでいいからちゃんと呼んで。そしたら引き上げてあげる」


「――ファイナ。引き上げてくれないか」


「うんっ」


「魔法は使ったのか」


「使ってないよ」


 ファイナが相好を崩す。

 無邪気な、それでいて元気を与えてくれるひまわりのような笑顔だった。


 可愛いやつだな。


 これが俺の嘘偽りない本心なんだと思う。


 ――ファイナが興味津々で別の部屋へと行く。

 俺は麗炎の女神の意識が別のところに向いているを確認したのち、を手に取る。俺は録画を停止して、動画を最初から再生。

 そこには、がっつり魔法を使っているファイナがいた。

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