第3話 俺は畳の上でスタ―女神と勝負する。
「うわぁ、中もすっごい広いじゃん! それにこの木の温かみが、なんか落ち着くっていうか、心休まるっていうか。でも一平の家って、ほかの家に比べてもやけに古風ででかくない? こういうの和風住宅っていうんだっけ」
「日本家屋だよ。昔ながらの家ってやつだ。俺の御先祖様が裕福な庄屋でな。だからこの家はこんなにも古風でばかでかいんだ。まあ、古いとはいっても何度か改修工事をしているから見た目以上に丈夫だぞ」
「へえ、いい感じいい感じ。あっ! あれ、もしかして畳ってやつ? それがこんなに敷き詰められてるとか、すごーいっ!」
ファイナローゼが、土間の先にある大広間の畳の上をどたどたと走り回る。
「全然、落ち着いてねーじゃんかよ。ったく」
かくいう俺も小学生のころは、よく畳の上ではしゃいだもんだ。
友達呼んで、横になって転がって誰が向こう側に着くのが一番早いかを競争したっけな。まあ、小学生だからこそできたくだらない遊びだ。
「ねえ、一平。勝負しない? 横になって転がってどっちが向こう側まで早くつけるか」
こいつの脳は小学生レベルだったか。
「やるかよ。そんなガキみたいなこと。お前、曲がりなりにも女神だろ。もうちょっと女神らしく振舞ったほうがいいんじゃないのか」
「ちょっと曲がりなりにもって何よ。私は異世界部勇者召喚科のスター女神よ。不完全ではなく完全なの。それに女神らしくって、一平の女神観とか押し付けないでくれる? 女神だって人間同様その性格は多種多彩なんですー」
異世界部勇者召喚科って、会社かよ。
急に天界の神話性が色あせていった。
「ふーん」
俺は三文字で済ませると、大広間から去ろうとする。
すると肩をむんずとつかまれた。
「畳転がりゲームまだなんだけど」
振り返ると、本気モードのファイナローゼ。目力がすごい。
そんなにやりたいのかよ。
「はあ。お前って奴は……。一回だけだぞ」
「最大で三回よ。格ゲーだって三本勝負でしょ」
格ゲーやらレイヤーやら、どこで覚えたんだか。
「分かった。それで満足するならやってやる。だが、相手が悪すぎるぞ。俺が小学生のとき強すぎてなんて呼ばれていたか教えてやる。〝回転くるりんぱ王〟だ」
「ぷっ、だっせっ」
「小学生のセンスだからっ!」
「ちょっと練習させてもらえる? じゃないと平等じゃないでしょ。回転くるりんぱ王さん。ぷっふぅぅ!」
「ええぃ、笑うなっ」
一〇分後。
「ごめん。一平。回転しすぎて気持ち悪いから休憩してからでお願い。おぇ」
一〇分後。
俺がトイレから戻ってくると――、
「よっしゃ、勝負するわよ一平。転がるコツは掴んだわ。序・破・急よ、序・破・急。これで絶対勝てるわっ」
序破急? 日本の音楽・舞踊・演劇などで採用される理論用語だ。
噛み砕いて言えば、ストーリー構成法――〝序〟は始まりを意味し、〝破〟で話を展開させて〝急〟で一気に盛り上げるという、小説や漫画でも使う伝統的な構成テクニックだ。
その序破急を畳転がりゲームでどう応用する気なんだろうか。
ふと、となりのファイナローゼを見ると、「序破きゅ~、序破きゅ~」と言いながら、体をひねっていた。
俺とファイナローゼがスタート地点で横になる。スタートの合図は庭にある
俺は最高のタイミングで転がり始める。
良かった。体がまだ覚えていた。回転くるりんぱ王の称号は伊達じゃない。俺のスピードに磨きがかかる。
「序破きゅ~っ、序破きゅ~っ、序破きゅ~っ、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序破きゅ~、序……きゅ~、序…………序……………ょ………ゅ~……」
俺の圧倒的な速さにより、ファイナローゼの序破急の声がどんどんと遠ざかっていく。そしてゴールにたどり着く俺。当然のように勝ったのは俺だった。
「よっし、一勝っ」
一二秒遅れでファイナローゼがゴール。
「はぁ、はぁ、はぁ………………。じ、序破急めっちゃクソなんだけど」
だろうな。うん。
なにがどうして序破急で体ひねって俺に勝てると思ったんだ、お前は。
「三本勝負っていったけど、本当にやるのか? 次も勝てる気しかしないぞ。しかも今の一回目でエンジン掛かってきたから、もっと差が開いてお前は間違いなく惨敗する」
「そ、そんなのやってみなくちゃ分からないでしょっ。ほら、さっさと二戦目始めるわよ。絶対、一平の鼻を明かしてやるんだからっ」
「はいはい。それじゃ位置に着くぞ」
からの二戦目。鹿威しの竹が石を叩く。
先よりも明らかに早いスピードで、俺は畳の上をくるくると回り、ゴールへとたどり着く。どれ、あの威勢のいい女神とどれだけ差がついたかと後ろを見れば、そこにファイナローゼはいなかった。
「あ、あいつ。どこにいったんだ?」
「ここよ」
ゴールの奥から声が聞こえる。
そこには両手の拳を腰に当てて仁王立ちしている、勝ち誇ったような顔の女神がいた。
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