第2話 俺は麗炎の女神と同棲生活を始める。


 我に返ったような女神が声を荒げる。


「なんでなんでなんでなんでっ!? なんで勇者を断るわけっ!? 無敵のスキルだってあるし、現代知識無双だってできるしハーレムだって作れるし、断る意味が分からないんだけどっ!!」


 女神が本気で理解不能かのように、顔を左右に振る。

 今まで断られたことなどなかったのだろう。声を掛けられた誰もが、勇者という役職に歓喜して自ら進んで異世界に旅立っていったのだろう。

 

 つーか毎回毎回、律儀に勇者候補の家に訪問していたのか、こいつは。

 普通、勝手に素質のある奴を召喚するんじゃないのか。

 別にいいけど。


「断る意味が分からないなら教えてやるよ。それはな、


「へ? 異世界に行ったら人生を全うできない? どういうこと??」


 本気で分かっていないのだろう。

 女神の頭の上では、四つのクエスチョンマークがくるくると回っていた。


「一体、今まで何人の人間が異世界に向かった? その人間は旅立った異世界で諸悪の根源をちゃんと消し去ったのか? 途中で異世界と共に消え去ったりはしていないのか?」


「最初は付き合うこともあるけど、最後まで見届けたことはないわ。私の役目は助けを求めている異世界に勇者を送ることだから。で、でもちゃんと諸悪の根源を消し去っているはずよ。それが役目だし……。でも異世界と共に勇者が消えるっていう話は聞いたことがある。大女神様は理由を教えてくれないけれど」


 間違いない。

 現実の異世界転移・転生、召喚も、小説の世界同様に物語を完結できない可能性が非常に高い。


 作者が何らかの理由で書く気を失いエタるパターン。

 書籍化して売れなくて続きが書けなくなるパターン。


 はっきり言おう。

 俺が知っている限り、いわゆる異世界テンプレ物の小説で完結している作品は一つもない。もちろん探せばあるのかもしれないが、圧倒的に未完結作品のほうが多い。

 

 物語が途中で消え去る。その物語の登場人物達も一緒に。

 それは勇者でさえ抗うことのできない、無慈悲にて非情なバッドエンド。

 ほぼほぼ確信していたが、現実でも同じだと知ってしまった以上、俺が異世界に行くことは100パーセントない。


 だからもう一度、はっきりと言おう。


「俺は異世界には行かない。自分の物語をここで完結させたいからな」


「そ、そんな……」


 しゅんとする女神。

 漫画だったら、どんよりとした背景に縦線が入っていそうだ。一瞬、可哀そうだとは思った。だが、異世界に勇者を行かせるだけ行かせてあとのことは知らねっというやり方への憤りのほうが勝った。


「じゃあな。別の奴を当たってくれ。途中で消え去ってもいいっていう勇者をさ」


「……めよ」


「何?」


「だめって言ったの」


「いや、だめって言われてもな。行かないのは確定路線だし」


「あんたを異世界に行かせないと、私のプライドが許さないのっ。今まで530000人を一人も失敗することなく異世界に送り続けてきた、私のプライドがっ」


「530000ってフリーザの戦闘力分かよ。異世界に送りすぎだろ。つーか、お前のプライドなんて知ったこっちゃないし、最初の一人になれて光栄ってもんだ」


「だから――異世界オッパニアに送るまであなたのそばにいる」


 ん?

 んんっ?


「はっ? 今なんてっ??」


「あなたのそばにいるっていったのよ。あなたの家、けっこうでかいじゃない。私が住む部屋とかも余裕で確保できるでしょ。もちろん日当たりのいい南側ね。よし、決まりねっ」


「き、決まりって……両親は海外出張でいないからいいけど――いやよくないだろっ。だって一緒に住むって、それ、だろ」


「そういうことになるわね」


 同居って今日出会ったばかりの男だぞ。しかも人間同士じゃない。

 天界で何不自由なく優雅に過ごす女神と、地上いうカオスで這いつくばって生きている人間。どう考えたって釣り合っていない。なのに、この女神は俺との同居を望んでいる。


 さては――。


「もしかしてお前、俺のこと好きなのか?」


「っ!? ど、どうしてそうなるわけっ? 勘違いしないでくれるーっ、一目惚れなんかしてないしっ。いつでもあなたを異世界に送れるようにそばにいるだけよっ。あなたの気が変わった瞬間をコンマ一秒も見逃さないために。私、あなたを絶っ対530001人目にするんだからっ」


 そんなに顔を真っ赤にして必死に否定しなくても。


「分かった、分かった。でも同居か。しかも俺とお前だけ……」


「あ、エッチなこと考えてるでしょ。ダメよ。人間が邪淫を抱いて女神に手を出したら、神雷の裁きによって耐え難い苦痛を味わうことになるから」


「考えてねーしっ。いや、考えるだけならいいだろ」


「まあね。妄想で楽しむのは自由よ。ということでよろしくね、山田一平君」


 ――こうして俺は。


「何があっても異世界には行かないけどな。それでもいいなら勝手にすればいいさ。えっと……」


「ファイナローゼよ。イフリートを従いし烈火れっかの魔法を操る麗炎れいえんの女神、ファイナローゼ」


「こちらこそよろしくな、ファイナローゼ」


 異世界行きを拒んだゆえに、女神と同居することになったのだった。

 

 ――でも人間相手に押しかけ同居するって、絶対こいつ駄女神だよなぁ。

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