第8話 俺は女神のパンツを発見し観察する。


 俺は外に出した物をざっと確認。

 タオルが数枚、透明のポーチに洗面用具、パジャマのような服、化粧品らしきアイテムが数点。そして――


   


 お待たせしました。いや、お待たせしすぎたのかもしれません。

 という声が、その魅惑の絹から聞こえたような気がした。


 紫色で花の刺繍を施した、ややエレガントなブラジャーとパンツ。ファイナにはやや大人っぽく思えるが、女神という神聖性を考慮すれば、相応しいとも言える。そのほかにも下着は数点あるが、系統は全て同じようだ。

 

 下着を眺めて思ったのは、ファイナが本当に俺と同じ屋根の下で暮らすのだということ。女神との同居を、どこか信じきれない自分がいたのだが、ブラジャーとパンツのセットが決定打となった。


「待てよ? ということは、あいつ、家の風呂に入るのか。お洒落なライオンの吐水口もジャグジーもない、古臭い五右衛門風呂だけど大丈夫か」


 これもファイナに聞けばいいかと、俺は急いで片づけを始める。

 片づけている最中に帰ってきたら説明がやっかいだなと思ったが、幸い、ファイナが現れたのは全てを終えたあとだった。


「ただいまー」

「お、おう」

「あ、荷物、運んでくれたんだ。重かったでしょ?」

「ま、まあな。本当に何が入ってんだよ、あれ」

「別に隠す必要もないんだけど、ほら、見られたくないものだってあるし? だから私が戻ってきたら教えてあげようとは思っ――」


 ファイナが自分の部屋を覗いた瞬間、彼女の言葉が途切れる。


「ん? どうかしたのか?」

「私のパンツが落ちてる」

「は……? パンツ?」

「うん。私のパンツがあそこに落ちてる」


 ファイナが指を向けた先を俺も見る。

 畳の上にパンツがぽつんと落ちていた。俺が最初に見た紫色のパンツだ。

 

 ちゃんとバッグにしまったはずなのに、なぜだ? ……そうか、急いでいたから忘れてしまったのか。しかしなんだってパンツなんだよ。落とすならバラエティゲームとかもっと別のにしろよ。百歩譲ってブラジャーだろ。なのに、俺のバカ、バカバカバカっ!


「見たんだ。私のバッグ」

「いや、その、これには訳があって……」

「開けたんだ。私のバッグ」

「違う違うっ、そんなことはしていないっ」

「漁ったんだ。私のバッグ」

「よよよ、よしっ、こうなった経緯を今からちゃんと説明するから聞いてくれッ!!」


 イフリートよ。お前の所為だということを全て話すからな。

 怒られるのは――俺じゃなくてお前だっ!!


 そのとき、顔面蒼白(のように見えた)のイフリートがてくてくと歩いてファイナの足元に行く。するとファイナが「どうしたの? イフリート」としゃがんで、精獣の顔に耳を寄せた。


「なになに、うんうん。一平が急にいやらしい顔でバッグを漁ったかと思うと、パンツとブラジャーを見つけて裸の体に身に着けだした。オレは必死に止めようとしたけど、一平がそれ以上動いたらファイナのパンツを食べるぞと脅してきたので、近づけなかった――と」


 嘘吐かれた上に、変態属性たっぷり付与されとるっ!!


「イ、イフリートッ、おま――」

「ぐる♪」

「――一平。一回、燃えとこっか」


 ファイナが嗤う。すると、大気が振動し、歪み、不気味な音が鳴り始めた。魔力的なものが増長、或いは肥大化しているのが肌感覚ではっきりと分かる。まるで最強の炎魔法を使うかのように、ファイナの上にあげた右手が禍々しい黒炎を纏い、そして――……。


「ぁ」


 ぷつん。

 

 俺は死の恐怖から意識を失ったのだった。



 ◇ 



 結局、俺はファイナの怒りの炎で燃やされることはなかった。

 意識を取り戻したあと、


〈なんてね。異世界に転移させる勇者を燃やすわけないじゃない。そんなことしたたら、私、天界法で罰せられちゃうもん〉


 ――などと、麗炎の女神は笑ったが、あれは本気だったような気がする。

 

 それとどうやらファイナが俺を燃やすのを止めた理由に、イフリートの体を張った制しもあったようだ。

 つまり、ご主人様のマジモードを見てイフリートは焦ったのだ。自分の非を認めたくなくて俺に罪をなすりつけたものの、まさかファイナが俺を焼き殺そうとするとは思っていなくて。

 

〈イフリートが必死になって私を止めたのよ。バッグの中身が飛び出たのはオレのせいだから一平を焼き殺すのは止めてくれって〉


 イフリートがねぇ。


 そういえばファイナは、イフリートの言葉を理解していた。日本語とは別に天界語でもあるのだろうか。俺には「ぐるるるるぅ」という、犬の唸り声のようにしか聞こえないが、いずれファイナのように話せるときが来るのかもしれない。

 

 ――それはそうとイフリート。

 俺を助けてくれてありがとうな。お前が体を張って、ファイナの魔法を制ししてくれたおかげで俺は命拾いし

 いや、おめーのせいだからっ! 

 元々、おめーのせいで殺されそうになってっからっ!


 あぶないあぶない。普通に感謝するところだった。その舐めた真似をした精獣は今、縁側ですやすやと寝ている。鼻の中に梅干し突っ込んでやろうか。

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