第20話

 フェスティバルとは、数百年に一度だけ起きる祭りの事。

 それを引き起こすのは、主に第十エリアでの生存競争に負けたSSランクモンスターである。


 上位の存在が下位エリアに移動すると、それだけで色々と大きな問題が生じる。

 例えばモンスターが十体以上の集団で行動をしたり、上位存在から少しでも遠くに逃れようと隣のエリアに移動するのも、その大きな影響の一部分だ。


 これを放置していると、当然だけど狩人達に甚大な被害が出る。

 だから上級ギルド達は結束して、この元凶を討伐する為に団体で遠征を行うのだ。


 誰がどう考えても緊急事態、場合によっては狩人達に甚大な被害が出てしまうケースも多々ある。

 それなのにどうして、この大討伐の名称が英語で『フェスティバル』──日本語に訳すと『祭り』となっているのか。

 理由は孤立しているSSランクという莫大な経験値の塊を、負の魔力が薄い浅瀬で相手する事ができるからだ。


 この世界には、モンスターの命の元となる負の魔力が満ちている。

 狩人と天使達はプロテクトで守られているが、それが無ければ呼吸をすることすらできない。


 だが保護されていても、負の魔力はエリアの奥に進む事で濃度が増して心身に大きな負荷を受ける事となる。

 つまりモンスター達には、その逆の現象が起きるのだ。


 魔力の薄い環境に産まれて来たモンスター達は環境に適応しているが、深層で活動するモンスターにとっては他のエリアは酸素が薄すぎる。

 大幅に弱体化する事は免れない。今回のケースを一言で表すのなら、正に相手はまな板の上の鯉。

 Sランク以上の狩人達が、円陣を組んで調理する大食材である。


 ちなみに中級ギルドが付いて行く理由としては上級ギルドがSSランクモンスターの相手をしている間、他のモンスター達に邪魔をされないように護衛する為である。

 高い報酬を得られるしSランク狩人達の戦いも見れるので、これに参加しない中級以上のギルドは殆どいない。


「まぁ……参加できない俺には、全く関係のない話だけど……」


 一週間前に全体報道で知った祭りの到来に少しだけワクワクしたが、参加する資格を持っていない現実を突きつけられた俺の心は呆気なく打ちのめされた。

 しかし、いつまでも落ち込んではいられない。


 そんな暇があるのなら、今は一つでもレベルを上げなければ。

 同業者達によって整備された道を歩いていた自分は、ようやく森を抜ける事に成功すると、


 ──初めて訪れた第二エリアの地面を両足で強く踏みしめた。


 森と山しかない第一エリアと違い、目の前には写真でしか見た事が無い広大な草原が広がっている。

 見える範囲内では背の高い緑の植物がいくつかあるくらいで、それ以外の自然物は一つもなかった。


 この地は基本的に一年を通して気温が極端に変化する事は一度もなく、雨期と乾期が二か月に一回交互にやって来る。

 今月はまだ乾期なので、レインコートなどの雨具を用意する必要が無いのが救いだった。


 愛読している冒険譚に記載されている内容だと、雨期は滑りやすい足場に視界が雨で制限されるため狩場にするのは余り推奨しないらしい。

 二つの顔を持つ第二エリア、その名は──〈スネイク・タンドラ〉。

 Fランクの狼型モンスターが徘徊し全長八メートルを超えるEランクの大蛇、〈ポイズン・スネイク〉がエリアボスとして君臨している二つ目の狩場。


「うわぁ、ここが第二エリアなのか……」


 まだ第二エリアだからなのか、魔力の負荷は全く感じない。

 見える範囲内では既に何組かの下級狩人が、体長二百センチ以上はある〈アッシュウルフ〉を複数体相手に戦いを始めている。

 ここにいる皆は〈フェスティバル〉に参加できない弱小ギルドの狩人ばかり、実力が足りない悔しさを武器に乗せて眼前の敵にぶつけていた。


 Fランクの狼型モンスターは動きが素早い為、一体の相手に時間を掛けてしまうとポップした他の個体がやってきて囲まれてしまう。

 だから重要となるのは、素早く且つ無駄なくモンスターを倒す手際だ。

 ギルドに所属してパーティーを組む狩人にとっては連携を学べる適度な相手なので、この戦場にいる狩人達はわざと余裕をもって対応できる数に増やしながら戦っている。


 別名〈輪舞〉と名付けられているパーティーの訓練法は、遥か昔に〈極光の王〉が考案した物の一つだ。

 こういう風に王達が作り上げたものは、現代でも全ての狩人を助ける知識として活用されている。


「さて、目立つわけにはいかないから隅っこの方で俺もレベリングに勤しむかな」


 今日はいつもの皮装備にローブを纏って、顔は見えない様にフードを目深まで被っている。

 ──どうして俺だとバレないようにするのか一から説明すると。

 負の魔力を扱う能力は他言無用である事から無駄なリスクを避けるためにも、この第二エリアで〈スキルゼロ〉の自分が姿を晒して狩りはしない方が良いと判断したから。


 別にバレてもスキルの事は口にしなければ問題はないのだが、余計なのに絡まれるのは面倒だし相手をするだけ時間のムダ。

 俺の最初の目標は婚約者である聖女様の横に、並び立つにふさわしいSランク。

 遥かなる高みを目指して、今は強くならなければいけないのだから。


 そんな事を考えていると、いつの間にか〈アッシュウルフ〉十体くらいに囲まれていた。

 感知能力で徐々に一体ずつ増えているのは把握していた。警戒しながらも敵がこんな数になるまで放置していたのは、先日エリアボスを倒してレベル170に至ったステータスがどれくらい凄いのか確認するためだ。


 複数人で組めば余程の事がない限りは手こずる事はないと、本にも記載されている低ランクモンスター〈アッシュウルフ〉。

 一般狩人ならば通過点にすぎないコイツを相手に、真昼間から死にかけたのは後にも先にも自分だけだろう。


 単体の強さは人族基準だと、Fランクでレベル50を越えていればソロでも戦える程度。

 すなわち今のこのレベルなら、余裕をもって相手をする事が出来る。


「良し、行くぞ!」


 先日の力の行使で破損したアイアンソードは、出発する前にエステルの店で新調する羽目になった。

 新たな相棒の鋼で作られたスチールソードを鞘から抜いた俺は、近くにいた敵に突進して左から右に刃を振り払い〈アッシュウルフ〉を両断する。その一撃が合図となって、周囲で様子見していた〈アッシュウルフ〉達は同時に飛び掛かってきた。

 統率の取れた狼達の突進は、まるで訓練された軍隊のようだった。


 前後左右から迫って来る恐ろしい光景は、二日前の自分なら抵抗する事すら出来ずに飲み込まれて食い殺されていた事だろう。

 だけど今ここにいる自分は、そんな二日前とは文字通りレベルの桁が一つ違う。


 心に刻まれた牙が皮膚に食い込む恐怖に、震える足を剣の柄で叩き臆病な自分に喝を入れる。

 そうして前を向いた俺は、感知能力で敵の層が薄い場所を狙い突進した。


 剣を握り締め、一体を切り殺して舞うように次の敵を切り捨てる。

 刺突技は動きが止まるし、刃が敵に突き刺さって次のアクションが取れなくなるので絶対にやらない。


 小説の中で何度も読んだ〈紅蓮の王〉の戦法を厳守し、拙いながらも〈紅蓮王剣術〉の一端を再現して見せる。

 足を止めるな、動き続けて常に考え続けた者のみが戦場を制するのだ。


 幸いにも強化されたステータスで『王の理論』を実行するだけの動きと、更には敵の攻撃を見て回避する事が可能となった。

 それが感知能力と合わさることで、敵の動きと位置を把握する余裕が生じる。


 これまで培ってきた技を駆使し、一体ずつ着実に切り捨てていく俺は、

 更に十体増えて、合計二十体まで増えていた〈アッシュウルフ〉達を全て倒すことに成功した。

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