第15話
「す、すごい……これが限界突破の恩恵……」
アレから熱くなった思いを発散する為に二時間かけてモンスターを求め、ひたすら目につく個体を剣で狩り続けたのだが。
まだ二時間しか経っていないのに、──もう五十体のノルマを終えてしまった。
今までなら五時間かけて、やっと達成できるラインだったのに。
先ず強化された持久力が、昨日と比較して全く違い過ぎた。
ずっと激しい動きをしているのに、まったく息が上がることなく一分間の小休止だけで消費した分の体力が回復できるのが大きい。
次に敏捷力だけど、こちらも昨日までと全く違った。
身体のキレが一段と増し、離れた場所にいる敵との距離を詰める時間が短くなった。
その二つの要素によって、時間の大幅な短縮に繋がったのだ。
それも大体一時間で二十五体倒したという恐ろしい戦果。単純計算で二倍以上の効率アップだ。
昨日〈デュラハン〉と戦う前の自分では、想像もしていなかった領域。
しかも凄いのは、その二つだけではなかった。
『ギャシャアアアアアアア!』
背後から不意打ちを仕掛けてきた、二体のゴブリンの剣や槍が迫って来る。
来るのは感知能力で分かっていたので、俺は両腕をクロスさせて防御の姿勢を取った。
両腕に突き刺さったように見えた武器は『強靭値』によって強化された身体に阻まれて半ばからへし折れた。
とんでもない現象に、戦意喪失したゴブリンは慌てて逃走しようとする。
地面を強く蹴る事で、俺は宙を舞うように飛んだ。
二体の前に先回りし、手にした剣でまとめて首を斬り飛ばす。
もはや第一エリアのモンスターでは、全く相手にならない圧倒的なステータス。
更に倒した相手が純白の光になり、自分の身体に経験値として吸収される度に強くなる実感を得られた。
「レベル100を越える恩恵が、こんなにも凄いなんて……」
加えて未だに、昨日〈デュラハン〉を相手に使用した力は使用していない。
素のステータスでコレなら、あの黒衣や黒剣が加わったら第二エリアのボスモンスター〈キング・スネイク〉ですら相手にできそうな気がする。
そのような事を考えていると、周囲の雰囲気が一変した。
風が止まり、鳥や虫達の鳴き声がピタッと聞こえなくなる。
強い威圧感が肌にビリビリ伝わり、今ここに強大な何かがやって来るのを知覚する。
この時点で今までなら、全力の逃走を行ってきたけど今回は違う。
「丁度良いタイミングで来てくれたな、第一エリアのボス〈ジャイアント・ブルーイン〉!」
振り向いた先には、このエリアの名を冠した主である全長三メートルの巨大な熊がいた。
体毛は鉄のように硬く、大きな手から生えている五本の爪は鉄すら切り裂く事が可能。
Gランク狩人では、逆立ちをしても勝つことができないFランクの怪物。
倒せば初心者卒業と言われてる、最初の難敵である。
『ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
空気が振動する程の雄叫びを上げながら、巨大な熊が真っすぐに突進してくる。
流石にアレの攻撃を、正面から受けるのはヤバそうな気がした。
愚直に迫って来た巨体を前にした俺は、その場から高く跳躍してギリギリ頭上を跳び越える。
同時に抜刀したロングソードを、隙だらけの背中に一閃した。
「──!?」
すると硬い体毛に阻まれて、振り下ろした刃が簡単に弾かれた。
やはりGランクの剣でアレにダメージを与えるのは厳しい。
予想していた結果に、俺は焦ることなく冷静に地面に着地する。
攻撃を避けられた〈ジャイアント・ブルーイン〉は、そこから反転して此方に向き直る。
今度は四つん這いではなく、巨体を起こして此方を見失わないように狙いを定めた。
「ハハハ、流石にスキル無しの攻撃じゃ、その体毛を切り裂くのは難しいか……」
これならば、練習相手にはちょうど良い。
意識を集中して、昨日と同じように周囲の魔力を集めようとした俺は、
「……アレ? どうやって力を使うんだっけ?」
ここでようやく、最も肝心となる力の使い方を全く知らない事に気が付いた。
昨日〈デュラハン〉と戦った時は、完全に意図して使っていたわけではない。
全て覚醒した力に、身を任せて振るっていただけなのである。
そしてどうやら、この力はただ意識するだけでは発動する事ができないようだ。
念じても周囲から、一滴も魔力が集まらない現状に少しずつ焦りが生じる。
不味い、これは非常に不味いぞ……。
雲行きが怪しくなってきた中、かと言って調べ直してきますわと言って逃げられるような状況ではない。
地面を強く蹴った敵は右手を大きく振りかぶり、一気に目の前まで迫って来た。
「ぬわああああああああああああああああああああああ!?」
情けない悲鳴を上げながら、大熊の右薙ぎ払いに対し地面を転がって回避する。
そこから身体を素早く起こすと、続く左の薙ぎ払いを後ろに大きく跳んで避けた。
昨日までの自分だったら、二回とも敏捷が足りなくて死んでいたかもしれない。
冷や汗を流して、次々に繰り出される猛撃を回避する事に専念する。
幸いにも素早さは此方が上らしく、攻撃が放たれてから届くまでに避ける事ができた。
でもこのまま避けているだけではジリ貧だ。
どうする。どうしたら発動する事ができる……っ!?
力の使い方を模索しながら、ときおり間に大木を盾にして時間を稼ぐ。
そもそも力が発動したのは、自分の心臓が止まった時だ。
ならば死亡することがトリガーになると考えられるけど、もしも違った場合はムダ死になる可能性もある。
これは余りにも、リスクの方が高すぎると思った。
「あああああもう! なんで力の使い方を聞かなかったんだよ俺のバカ!?」
昨日の抜けていた自分を叱責し、ボスの鋭いタックルを全力のダッシュで避ける。
後方にあった大木は、大熊の大質量を受けてつまようじの様に簡単にへし折れた。
ふぅ……危ない危ない。
後数秒ほど反応が遅れていたら、ミンチになるところだった。
額の汗を拭いながら、必死に逃げまくっている俺は思考を巡らせる。
先ずは落ち着いて考えよう。
特殊な能力の引き金は、二次元では昔から大抵決まっているモノだ。
それは強い願望だったり、特定のアクションをする事だったり、或いは特定の人物がカギになったりするパターン。
この三択が大いに考えられるけど、実は全て先程から試して失敗に終わっていた。
強くなりたい、金持ちになりたい、敵を倒したいはダメだった。
構えの問題化かと思い、色々と剣を構えてみたけど全て失敗に終わった。
頭の中に聖女様の事とか、アスファエルの事とかエステルの事とか大切な人達の事を思い浮かべてみた。
しかし一番可能性が高いこれも、力を発動するまでに至らなかった。
一体どうしたら、発動する事ができるのか。
周囲の自然を巻き込みながら、一時間ほど迷惑な鬼ごっこを繰り返していると、
「ヤバ……っ」
逃げた先で不運にも、四人の下級狩人パーティーと遭遇してしまった。
ネコミミを生やした、二十代の獣人美女
耳が長いのと綺麗な金髪が印象的な、十代の美少女妖精族。
皮膚に鱗っぽいのがある、青髪の綺麗な二十代の魚人族の美女。
茶髪で身長が百三十程度しかない、見た目がロリっぽい小人族。
実に多種多様で、こんな状況でなければ異世界ばんざーいって言いたくなる容姿端麗な女性達。
『ゴアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
「「「「え、エリアボスッ!!?」」」」
彼女達の視線は目の前に現れた俺ではなく、後方に引き連れて来た〈ジャイアント・ブルーイン〉に注がれた。
パッと装備を見たところ、女性パーティーのランクはGとFランクしかいない。
誰一人として、エリアボスに対抗できそうな狩人はいなかった。
全員予想もしていなかった絶望的な状況に、女性達は揃って顔を真っ青にする。
半狂乱になって、バラバラに逃げ出さなかったのは奇跡だった。
(──不味い、巻き込んだ彼女達を守らないと!)
胸に抱くのは、自身の根底にある誰かを守ってヒーローになりたい願望。
それは生前の最後に、少女を守る為に自らの死すら
頭の中が一瞬にして、彼女達を守るという思考で埋め尽くされると。
あんなにも苦労したのに、その〈英雄願望〉がトリガーとなったらしい。
この世界を覆う負の魔力が、求めに応じて『器』たる自身に集まる。
魔力を変換し身に纏ったのは、先日と同じ上下が統一された黒衣。
オリビアの秘密厳守を意識し、付属していたフードを目深まで被る。
それから自分達を、まとめて切り裂く為に上段から振るわれた大爪を見据え、
「ふっ!」
全力で跳躍して、両腕をクロスさせて受ける。
あのEランクモンスター〈デュラハン〉の魔剣すらへし折る程の強度を見せた衣服は、正面から衝突した瞬間に〈ジャイアント・ブルーイン〉の攻撃を全て防ぎ切り、逆にヤツの大爪を粉々に砕いて見せた。
自慢の爪を砕かれた大熊は、有り得ない現象に動揺して後ろに下がる。
その致命的な隙を逃すほど、自分は甘くはなかった。
「付き合ってくれてありがとう、ここで鬼ごっこは解散だ!」
力の使い方を理解した以上、こいつはもう不要の存在だ。
自身の〈願望〉を強く意識し、更に漆黒の粒子を長剣に集める。
着地と同時に地面を蹴ると、手にした漆黒の剣を下段から上段に振り上げた。
たったその一撃で、鉄を弾く体毛ごと巨体が真っ二つになった。
「うへぇ……これチート過ぎるだろ……」
剣を振り抜いた姿勢で、血の一滴も出さない威力に思わずドン引きする。
だけどここで、不意にビシッと何かに亀裂が入るような音がした。
慌てて手にしていた剣を見ると、刃に僅かな亀裂が入ったのが確認できた。
この現象から導き出せる答えは、ただ一つだけ。
……これは不味い。力が強すぎて鉄製の剣じゃ耐えられないっぽい。
でも新品の武器をダメにしたショックを、ここで受けている場合ではなかった。
何故ならばエリアボスを一撃で倒した自分に、今まさに背後から助けた者達からの熱い視線がグサグサと突き刺さっているからだ。
頭の中にはオリビアからの警告が思い浮ぶ、力の使用を見られたので素性がバレるのは非常にまずい。
「あの──」とやや熱っぽい声を掛けられると、大熊が純白の光となって爆散するのに乗じて俺は一目散にその場から逃走した。
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