第16話

 大聖堂〈セラフ・カテドラル〉。

 ノルマ報告で資金を得る場所。ランクアップの条件を教えてくれる場所。


 医療施設を兼ねて、そして何よりも──美しい天使達がいる楽園のような場所。

 中に入ると参拝者用のベンチは一つもなく、そこには広い空間と奥の方に受付用の大きなカウンターが設置されている。


 カウンターの向こう側には黒白のシスター衣装を身に纏ったロリ系から熟女系まで。

 様々な天使達が座り、目の前にいる狩人達の対応をしていた。

 フロアには他にも、資料を手に雑談しながら歩く天使達もいる。


 すれ違うと彼女達は必ず笑顔で「お疲れ様です」と挨拶をしてくるものだから、奥手男子な俺は「ど、どうも……」とドギマギさせられた。

 相変わらず美人だらけで、どこを見ても落ち着かない空間だった。


 だけどいつまでも、彼女達に怯んでいる訳にはいかない。

 ここに足を運んだ理由は天使ウォッチをする為ではなく、ノルマ達成の報告と〈デュラハン〉の報酬についてアスファエルに聞く為なのだから。

 天使達の中から目的の人物を探していた俺は、ようやくフロアに姿を現した金髪碧眼の美少女を発見すると真っすぐ彼女に駆け寄った。


「おお、ソウスケよく来たのじゃ!」


「こんにちは、アスファエル。えっと、ちょっと良いかな」


「分かった、わしの後について来るのじゃ」


 全て察した彼女に案内されて、大聖堂の一階に設けられている個室に案内された。

 中に入るとそこは、自分の泊っている部屋の二倍くらいの広さ。

 加えて大きなテーブルとソファー、それと観葉植物が設置されている。


「ここは主に四大ギルドのリーダー達を呼ぶ際に利用する部屋なのじゃ。外に音は一切漏れることはない完全防音室になっているのじゃ」


 彼女が此処に案内してくれた理由は、他の者には聞かれてはいけない内容を話す為だろう。

 アスファエルの気づかいに感謝しながらも、促されてボロ屋のベッドよりも上質なソファーに腰掛ける。

 隣りに座った彼女と視線が合うと、その美貌が眩しくて自分は思わず下を向いてしまった。


 半年も交友しているのに、未だにアスファエルの顔を直視できない。

 いつも顔を合わせているけど、本当に外見が可愛すぎる。これで数百年生きてるとかチートだ。

 しかも彼女は天使の中でも、五本の指に入る程の『美』の持ち主。


 一年に一回行われる人気投票では第三位を記録し、酒場では男性達から踏んでもらいたいと毎日話題に出てくるほどだった。

 いつものように直視できなくて目を反らす俺を、彼女は「可愛いのじゃ」とからかいながら目の前に半透明の四角い画面を出現させた。


「さて、手早く済ませよう。今日の討伐数は……に、二百一体!? 内訳はGランクが二百で、残りの一体がFランク詳細は……っ」


 半透明の画面に〈ジャイアント・ブルーイン〉の名前が表示された。

 それを見たアスファエルは、指を上げたまま硬直してしまった。


「Gランクでエリアボスを単独撃破、これを記録に残したら大変な事になるのじゃ……」


「……そ、そうだな。確実に大騒ぎになると思う」


 エリアボスに関して、適性ランク以下で討伐する事は絶対に不可能。

 今回の件で説明するなら、Eランクの〈ジャイアント・ブルーイン〉にソロで挑む最低ランクはE以上と定められている。

 過去にGランクが挑戦した履歴はあるけど、その狩人達は例外なく死亡した。


 これは他のエリアボスも同じで、格下が勝利した記録は一つもない。


 未だ前例のない偉業を、最底辺の〈スキルゼロ〉が成し遂げたと広まるのは不味い。

 国中が大騒ぎになるのは目に見えているし、それは力を隠さねばならない自分にとってメリットはない。

 アスファエルは個人記録の処理を済ませて、報酬の一万二千セラフをテーブルの上に出現させた。


 エリアボスの報酬は、Fランクでも一万ほど貰える。

 受け取って中身を確認した後、財布の中に仕舞いながら彼女に今朝の事を質問した。


「財布に昨日の報酬が入ってたんだけど、アレってアスファエルがやってくれたの?」


「ソウスケはいつもギリギリの生活をしているからな、お金が無いと大変だと思ったから他の天使には内緒で処理をしたのじゃ」


「装備を買わないといけなくなったから本当に助かったよ。……それで一つだけ疑問に思ったんだけど、〈デュラハン〉の報酬が二倍入ってたのはどうしてだ」


「既に予想はしていると思うが、イレギュラーな個体だったからじゃ。過去に隣のエリアに移動したモンスターが出現した際に、報酬が二倍だったからそれを適用したのじゃ」


「あー、なるほど。そういう事だったのか」


 そういう事なら、この一万は大切に生活費として使おう。

 残りはもちろん剣の修繕とか、予備を購入するのに使う予定だ。


 まったく、まさか武器が『力』に耐えられないなんて。

 こんな贅沢な悩みを抱える事になるのは、この新しい人生で全く予想もしていなかった。

 百五十体の雑魚モンスターを相手に、ずっと気を遣いながらも酷使しまくった長剣の柄を撫でる。


 剣が意思を持っていたら、絶対に虐待だと訴えられていただろう。

 ここは異世界だ、そういう相棒がいてくれたらきっと楽しさが増すだろうな……。

 そのような物思いに耽っていたら、隣にいる少女が身体を寄せてきた。


「ふふふ、力の事はオリビアから聞いてたがあの〈スキルゼロ〉が本当に強くなったとは。この半年間ずっと、ソウスケがソロ活動しているのを応援していた身としては、夢のような出来事なのじゃ……いかんいかん歳を取ると涙腺が」


 目の前にある記録を眺めながら、彼女は心の底から俺の活躍を喜んでくれる。

 お世辞なんかではなく、それも自分の事のように。


 スキル無しの自分を最初からずっと気にかけてくれていたアスファエルは、この世界ではエステルと同じ数少ない心を許せる友人。

 涙を指で拭う美少女の姿に胸が熱くなると、俺は勇気を振り絞って顔を上げた。


「……今まで自暴自棄にならずにいられたのは、アスファエルが熱心に色々と教えてくれたからだよ。エステルの店を紹介してくれたり、図書館でモンスターの事が詳しく乗っている本をオススメしてくれたりとか、他にも女性に慣れるための特訓とか色々さ……」


「ソウスケ……」


「ありがとう、キミが居なかったら今は無かったと思う。だから此処から上を目指す俺を、これからも見ていて欲しい」


「まったく女たらしめ。聖女の婚約者になったばかりなのに、他の女性にアプローチしたら怒られるぞ?」


「そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……」


 異性と付き合った事のない自分が、まさかこんな事を言われる日が来るとは。

 予想外の返しに動揺していたら、アスファエルは他の者にはけして見せない悪戯をする際の小悪魔的な笑みを浮かべた。


 あ、なんだろう。あの顔はすごく嫌な予感がする。

 半年前からあの顔をした彼女には、色々と悪戯をされてきた。

 中にはそこそこセンシティブな内容もあって、何度天使ではなく悪魔なのではないかと思った事か。


 本能が警告して、この場から逃げるよりも先に彼女が動く方が早かった。

 立ち上がろうとした俺の腕を掴み、アスファエルはそのまま強く胸に抱き寄せる。


「あ、アスファエルさん!?」


「この世界には一夫一妻制なんてものは無いし、ハーレムを目指して活動する狩人様も沢山いる。天使も大天使様に許しを貰えば、狩人の妻になる事を許される。ソウスケが良ければ、わしはお嫁さんになっても良いんじゃよ」


「ちょ、それは流石に冗談だよな」


「さて、どうじゃろうな」


 彼女は俺を逃さないように、腕に絡みついてかつてない程に真剣な顔をする。

 冷静に考えるのなら冗談の割合が高い。悪戯好きな彼女の性格を考えるならば信用できない。

 だけど珍しく真顔だ。もしも本気だった場合に、適当に断ってしまうのは不味い気がする。


 どっちだ。今回は一体どっちなんだ。

 でも婚約者ができて翌日に、違う女性のアプローチを受けるのはゴミではないか。

 告白された事が無いので、この場合どんな回答をしたら正解なのか分からない。


 とてつもないストレスで今にも吐きそうだった。

 力を使った負担も残っているので、何だか目眩までしてくる。

 知恵熱が出そうなレベルで悩み、やはり聖女様の為にも断ろうと思い口を開いたら、


「なーんて、冗談に決まってるじゃないか!」


 彼女はあっさり手を離して、ソファーから立ち上がった。

 その手には一体どこから取り出したのか、以前見た事のある『ドッキリ成功』の看板が握られていた。

 喉まで来ていた言葉の行く先が、絶妙なタイミングでキャンセルされて詰まってしまう。


 分かっていた事ではあるが、安心したような残念なような。

 複雑な感情を抱かされた俺は、目の前にいる小悪魔に抗議の目を向けた。

 アスファエルは睨まれても動じず、得意そうな笑みを浮かべる。


「どうじゃ、ドキドキしたか?」


「いや……うん。すごく、ドキドキはしたんだけど……」


「ダメじゃよ。これから聖女に会うのだから、この程度の事に狼狽えてはいかんのじゃ」


 これも異性に慣れるための特訓、と受け取れば良いんだろうか。

 過去屈指のドッキリに何とも言えない顔をしていたら、アスファエルは姉のようなノリで俺の頭を軽く撫でた。


「おめでとう、ソウスケ。諦めなかったからお主は、力を得ることができた。諦めなかったから、未来の希望を掴み取る事が出来た。どん底から這い上がる切っ掛けを引き寄せたのは、この半年間ずっと諦めなかったお主の努力があったからだ」


 彼女の手の感触に身を委ねながら、この半年間の事を脳裏に思い起こす。

 何で自分なんかが転生したのか、全く理解する事ができなかった。この世界は何で自分なんかを選んだのか意味が分からなかった。半年間ものあいだ出口のない暗闇を、道しるべもなく永遠に彷徨い続けていた。


 支えてくれていたのは三つの温かい光だけ。周りからどれだけ冷たくされても、ずっと足元を照らしてくれる光があったから自分はつまづいて転ぶことがあっても立ち上がる事ができた。

 三つの光の一つ。担当天使でこんな自分をほっとけないという理由だけで、何度もサポートしてくれたアスファエルは満面の笑顔でこう言った。


「──良くぞ頑張った。わしはこれからも、お主の活躍を全力でサポートするのじゃ」


「ありがとう、アスファエル」


「うむ、言いたい事も言えたしの。わしはそろそろ仕事に戻るのじゃ」


「……うん、俺も城に向かう事にするよ」


 薄っすら浮かんだ涙を気付かれないように拭う。

 ソファーから立ち上がり、一緒に個室の扉から出ようとした時だった。

 左腕の袖を彼女に引っ張られて、その場で立ち止まると、


「そのまま城に行くのは不味いだろう、このフードを頭に被る事で認識を阻害するアイテムをあげるのじゃ」


「ちょ、アスファエルこれって……!?」


「未来の英雄様に投資じゃ。有り難く使うがよい」


 この半年もの間、困ったことがある度に何度も助けてくれた姉のような天使様。

 彼女は別れ際にお一つで今の宿代十年分の、恐ろしく高価な灰色のローブをプレゼントしてくれた。

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