第14話

 最底辺の俺は貧乏だ。

 Gランク程度のモンスターは一体辺りの報酬が二十セラフしかなくノルマをこなしたとしても、手元に入って来るのは五百セラフくらいしかない。

 そこからレベリングで五十体を追加で倒しても、一日に稼げるのは最大で千セラフ程度。


 毎日の宿泊費と食費を抑えても、装備の出費が大きくて贅沢はできなかった。


 昨日までの手持ちの全財産は、五千セラフほど。

 武器や防具で安くても軽く五千~一万以上は飛ぶので、この所持金では全く余裕がない。


 オマケに昨日は、ノルマ分しか稼げていないのがヤバかった。

 今回はせいぜい武器を買って終わり、と思っていたのだけど。


「あれ? なんか手持ちが、四倍以上になってる気が……」


 財布を開くと、現在の全財産は昨日の報酬で二万五千五百セラフ程に増えていた。

 二万に関しては、恐らくだけど例の〈デュラハン〉討伐だと思う。


 Eランクモンスターの討伐報酬は一万セラフだったはずだ、二倍くらいになっているけど一体何があったんだろう。

 考えられる要素としてはアレがイレギュラーなモンスターであった事、それで報酬が通常よりも上乗せされたのかもしれない。


「……後でアスファエルに確認しておこうかな。万が一手違いだったら不味いし」


 いくら資金に困っているからと言って、手違いで入ってきた金を使う気には到底なれない。それに一万くらいなら武器と破損したブレストプレート程度は買いそろえる事ができる。

 真っ直ぐ行くと第一エリアに出る大通りを歩き、左右に立ち並ぶ狩人に役立つ商品を販売する店のラインナップから、俺は古い道具屋を発見すると迷わずに足を運んだ。


 店の名前は〈エステルの武具店〉。

 最初に支給された装備がすぐにダメになった時、アスファエルからオススメだと紹介された店だった。


 年季の入った木製の扉を開き中に入る。外見と同様に、店内はあまり広くはない。

 スペースを最大限に活かす為に、壁際にぴったり設置された棚。


 その上には値札が付いた武器や防具が、綺麗に並べて置いてある。

 ちゃんと定期的に掃除がされているので埃は一つもなく、店の外見と違って店内には清潔感があった。


 奥にあるカウンターに目を向けると、店の商品を全て自作した主が座っているのが確認できた。

 大きいローブと仮面で身体を完全に隠す、年齢生別不明の小人族。


 赤色の前髪をフードの中から覗かせ、仮面の奥には真紅の魔眼が輝く。

 誰が見ても怪しさ満点で、真夜中に遭遇したら絶対に悲鳴を上げるくらいに迫力満点。

 どう考えても不審人物にしか見えない彼と視線が交差すると、


『おはよう、お兄ちゃン!』


 中性的な幼い声で、彼は右手を上げいつものように快く迎えてくれた。


「おはよう、エステル」


 軽い挨拶を返した俺は店の中を歩き、いつも利用している格安商品が並ぶ棚に向かう。

 そこで見つけた、馴染み深い武器とブレストプレートを手にレジまで足を運んだ。


『おやおやおやおヤ? つい最近剣を買ったような気がするけど、物持ちが良いお兄ちゃんがこんな短期間で買いに来るなんて珍しいネ。しかもブレストプレートまで買うなんて、ただ事じゃないネ』


「あ、あははは……ちょっと色々とあってさ。レア個体のコボルドに〈武器破壊〉を食らって、新調したばかりの剣を折られてブレストプレートも穴をあけられたんだよ……」


 正直に〈デュラハン〉と戦って貫かれ、オマケに図鑑にも載っていない特殊な力を使用したら折れたとは言えない。だから以前に図書館で読んだ、レア個体の特徴の一つを買い替える理由として使った。

 エステルはそれを、疑わずにすんなりと受け入れてくれた。


『ほほう、半年でレア個体と二回も遭遇するなんて、お兄ちゃんは幸運の持ち主でハ?』


「半年もボッチ活動しているのに、幸運とは一体……」


 レアモンスターとエンカウントする確率は、実はかなり低い。

 例えば相手がスライムだったとしても、第一エリアをくまなく探して出会える確率は恒常ガチャで、ピックアップされていないお目当てのキャラを引き当てる事よりも難しいだろう。


 仮にレアなモンスターとエンカウントする運が良いとしても、その代償が〈スキルゼロ〉は余りにも大きすぎないか?


 心の中で苦々しく思いながら、エステルに一万を支払って剣と防具を装着した。

 具合としては、昨日使用していたのと全く変わっていない。

 でも新品の装備を入手した俺の童心は、内心では大きく弾んでいた。


 やはりいくつになっても、こうやって新しいモノを手にする瞬間は嬉しい。

 親に買ってもらった洋服を翌日に着ていた前世の記憶を懐かしく思いながら、縦長の姿見に映る自分の平凡な容姿を満足げに眺める。


『ふふ、良い顔してるネ。雰囲気も前より良くなってる、なんか良い事でもあったのかナ』


「え? そ、そう見えるか?」


『ウン、今にも小躍りしそうなくらいにハ。もしかして、レベル100が目前かナ?』


 相変わらず勘が鋭い、これも魔眼の力か。

 エステルに指摘されて、顔には一切出さずに心の中で感心してしまう。


 とはいえ、自分が新たに目覚めたこの力──〈限界突破〉に関して詳細を話す事は出来ない。


 興味深そうな顔をするエステルになんて答えるか頭の中でいくつか考えた結果、俺はその中から差しさわりのない言葉を選ぶ事にした。


「よくわかったな、そろそろランクアップが近いんだよ」


『うんうン! それは実に喜ばしい前進だネ!』


 まるで自分の事のように手を叩いて喜び、エステルは身に着けている仮面を指先で叩く。


『もしもお兄ちゃんがランクアップしたら、その時はチョットだけ素顔を見せちゃおうかナ?』


「え……、誰にも見せた事ないんだろ。良いのかそんな事で見せちゃって」


『半年経つんダ。そろそろ秘密の一つくらい、共有したくなる付き合いでショ。今までボクは魔眼にビビッときたら、それに従って生きて来たんダ。この選択は間違いじゃないと思ってル』


「……なるほど、それなら楽しみにしておくよ」


 エステルは〈魔眼〉に従って、これまで自身の行いを判断してきた。

 一つ例を挙げるなら、アスファエルに紹介されて出会った当時から『兄呼ばわり』されているけど、当然だが彼と俺の間には実際に血の繋がりはない。


 兄呼びする理由は、彼が〈魔眼〉に従って自然に出た言葉がそれだったから。

 正直何それって感じだけど、そういう特別な力をもたない俺には理解できない領域だ。


 呼ばれる度に背中がむず痒くなるけど、この半年間ずっと頑なに止めようとしないエステルに自分が諦めている現状である。


「さて、それじゃそろそろ出発するかな。ノルマ以上をこなさないと生活がヤバいんだ」


『いつもお兄ちゃんは、ギリギリを生きてるネ』


「最底辺狩人なんてこんなものさ、いつかは沢山稼いでボロ宿を卒業して、この店に売っているS級装備を買えるくらいになってやるからな!」


『ほほう、でもS級装備はランクSにならないといけないゾ。果してお兄ちゃんは稼げるようになったとしても、そこまでランクを上げられるのかナ?』


「ぐふぁ!」


 クリティカルヒットした一撃が、深く自分の胸に深く突き刺さり膝をつく。

 ……そう、そうなのだ。


 この世界で強い装備は、相応のランクに達していないと使用ができない。

 正に金で強さを買う、ブルジョア対策が存在しているのだ。


 だから力が足りない部分を、強い武器や防具でお手軽に補う戦法は使えない。

 腕の良い鍛冶師は基本的にはB級以上しか作らない為、エステルみたいに下級狩人が装備できるようにギリギリの性能を作り販売してくれる存在はとても貴重なのである。


『ふふふ、でもお兄ちゃんならいつか成し遂げそうだよネ。期待して待ってるゾ』


 そう言って彼は、店の一角に存在するS級武器達を一瞥いちべつする。

 同じ方角を見た俺は、思わずごくりと息を呑み込む。


 最上位の武器達は、昨日戦った〈デュラハン〉とは比較にならない威圧感を放っている。

 今は手にする事はできないけど、いつかは相棒として共に戦地に立ちたい──憧憬しょうけい達。

 それに背を向けると、俺はやる気に満ちた目で第一エリアに向かった。

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