第13話

 気が付くと、そこは馴染み深いベッドの上だった。

 カーテンの隙間から朝の光が中に差し込み、外の大通りからは早朝活動をする狩人達や、この世界で生まれた住人達の活動する音が聞こえる。


 壁に設置されているボロボロの円盤型時計は、現在七時を指していた。

 外が明るい事から、今の時間が早朝である事が分かる。


 昔から朝が強いタイプではないので、少しだけぼんやりする時間を設ける。すると霞が掛かった思考が段々とハッキリしてきた。

 一体どうやって、自分はこの宿に帰って来たんだろう?


 昨日の記憶が、全く定かではない。

 狩りに出かけた自分が覚えているのは〈デュラハン〉と戦って気を失ったら大聖堂の医療室で目を覚まして──


「そうだ。そこで俺は、あの聖女様と……」


 一つ一つ思い出していく事で、忘れかけていた記憶を鮮明に思い出す事ができた。

 あの視線の主が聖女様であり、更には毎日菓子を贈ってくれていたのも彼女だった事。

 しかも最後には、婚約者の関係にまでなったのだ。


「は、ははは、流石に夢だよな。いくらなんでも、あんな主人公的な展開は有り得ないだろ」


 全て思い出して、顔が熱くなり慌てて首を左右に振って否定する。

 きっと心の底にある願望が、夢という舞台で形になっただけだ。期待するな、期待した分だけがっかりするから。

 乾いた笑い声を出しながらベッドから立ち上がり、念の為にステータスを開く。


「ほーら、やっぱりアレは……ひゃく、さんじゅうはち?」


 目の前に現れたのは、予想していた現実を突きつける残酷なレベル90。

 ではなく、限界を超えたレベル──138だった。


 んんんんんんんんんんんんんんんんん?

 まさか、バグったのかな。


 ステータスの数字は絶対的で、例え『神』であっても変えることはできない。

 その事を知りながらも画面を消すと、再び呪文を唱えて目の前に表示する。

 再度目の前に現れたのは、先程と同じ限界を超えた数字だった。

 どれだけ目を凝らしても変わらないし、どんな角度から見ても変化する事はない。


「つまりアレは夢じゃ、ないってこと……ぶへ!?」


 過去最強の敵〈デュラハン〉と戦い、それに不思議な力で勝利したこと。そして聖女様と婚約者の関係になった事も。

 全てが夢でなかった事を証明する希望の数字を前に、動揺の余り足を滑らせた俺は盛大に尻もちを着いた。


「痛い……っ。でも痛いって事は、夢オチじゃないってこと!」


 これが事実なら、その後に起きたアレも夢じゃない事を意味する。

 床にぶつけた尻をさすりながら立ち上がり、周囲を注意深く見回した。


「……えーっと、気絶した後の記憶が全くないんだよな。一回だけ無意識で水を飲みに起きた気がするけど、アレをどこに仕舞ったんだ?」


 パッと見たところ、身の回りに例のアイテムは見当たらなかった。

 ムダな物が全くないこの場所で、あんな大事なモノを無くすのは少し考えにくい。

 だとしたら考えられるのは一つだけだ。


「アイテムボックス、オープン」


 右手を上げて、魔力が無くても使用できる魔法の名を口にする。

 すると目の前に、ステータスとは別のモノが表示された。


 半透明の四角形のウィンドウ画面、その中には三つの文字が刻まれている。

 これの名称は、先程口にした『アイテムボックス』。


 たった五枠しか収納スペースがないけど、どんなサイズでも入れられる上に収納した物の時間を止めて劣化も防ぐ事ができる優れもの。

 しかも裏技として食べ物をバッグに詰め込んでおけば、永久保存できるので貧乏な自分にとっては最強の節約魔法と言える。

 現在自分のボックスには食料を入れたバッグ、彼女の手紙を入れたバッグと、例の〈極光の王〉からの手紙が入っていた。


 王の手紙をタッチして取り出すと、中身を開いて確認してみる。

 二枚折りされている上質な紙には、一分一句昨日と全く同じ内容が記されていた。


「俺と聖女様が、婚約者……」


 手にしているのは、自分と彼女を繋ぐ唯一の証拠。

 最上位の狩人であり国民的人気を誇る美少女と、かたや国民の誰もが最弱だと肯定する最底辺の狩人。

 もはや並べて語る事すら失礼になる、圧倒的な身分差だった。


「しかも手紙のやり取りをしていた相手なんて、なんだこれラブコメだったのか……?」


 半年間のやりとりをした手紙は、捨てずに全て大切に鞄の中に入れて、アイテムボックスに保管している。

 ボックスから鞄を取り出した俺は、その中にある彼女の手紙に改めて目を通した。

 内容は応援するメッセージから、好意をつづったものまで沢山ある。

 これ等はけしてお世辞とか、冗談ではないと思う。


 もしかして、もしかしてなのだが聖女様と俺は両想い……。


「いや、そんな奇跡があるわけないか」


 勘違いしてはいけない。あんな美少女が好いてくれるなんて、天地がひっくり返っても有りえないのだから。

 自分に言い聞かせていると、外から『SEIZYO! SEIZYO!』と運動部のような掛け声が聞こえて来た。

 窓から恐る恐る覗き見る。そこには真白な司祭の姿をした異種族の男女達が、綺麗に整列をして行軍する様子が確認できた。


 アレは聖女様を慕う者達が集い結成した、いわゆるファンクラブ〈聖女守護隊〉。

 奴等は敬愛している聖女様に対する、一切のけがれを世界からはらう事を志しとしている。

 例えば精巧な人形や写真などの所持をしている者の存在が発覚すると、問答無用で襲撃をして改心するまで付きまとう程の危険な集団だ。


 この事が奴等にバレたら、総力を挙げてのは間違いない。

 殺されるのではなく心を殺しに来るのは、この国では他の狩人に対する殺人未遂は極刑に処されるから。

 奴等もバカではない、極刑になると聖女様を推すことができなくなるので物理的には絶対に手を出さないようにしている。


 でも流石に大集団にずっと囲まれるのは、精神的にも肉体的にもしんどい。

 眼下の道を走る魑魅魍魎ちみもうりょうと化した狩人達の姿を思い浮かべ恐怖に震えた。

 とにかく絶対に奴等には、婚約者の事はバレないようにしないと。


「……って、あれ? なんか手紙がもう一枚あるぞ?」


 覚悟を決めていたら、王の手紙に重なる形で更にもう一枚ある事に気が付いた。

 昨日貰った時は、間違いなく手紙は一枚だけだったはず。

 広げて確認したら、それはメイドのオリビアからだった。


『──カムイ様が気を失ったので手紙を残しておきます。

 貴方の能力は秘匿しなければいけないものです。ですから他の狩人達に詳細を話す事は許されません。

 先日交戦された〈デュラハン〉の件と共に、くれぐれもお口には


 全てを読み終えた後、最後の忠告に背筋が寒くなった。

 なんで「お気を付けください」の部分だけ、赤文字で書かれているんだろう。


 しかもこれ血文字ではないか。

 余りにも不穏すぎて、すごく怖い。

 もしかして破って他の人に喋ったら、彼女に処されるのだろうか。

 昨日の嫌悪感全開の顔を思い出すと、嬉々として殺りに来る姿が容易に想像できる。

 相手が「死刑なんて知らない、オマエを殺して私も死ぬ!」なんて言われたら正直どうにもならない。


「取りあえず今日のノルマをクリアして、それから今後の事を考えようかな……」


 今回の件は口に厳重なチャックをする事を心に決めて、一先ず狩りに出かける事にした。

 使い慣れた装備を求めて部屋を見回すと、装備立てに掛けられた皮装備一式を見つける。


 だが急所を守る鉄のブレストプレートには、大きな風穴が開いていた。

 更に周囲をいくら見ても、新調したばかりの長剣が無い事に気が付く。


「な、なななな……」


 ポーションを入れたポーチだけ転がっているのを発見し、忘れていた緊急事態に身体が小刻みに震えた。

 なんでこんな事になっているのか、そんな事は考えるまでも無かった。

 脳裏に思い起こすのは昨日の〈デュラハン〉との戦い。


 あの時にブレストプレートは魔剣に貫かれて、剣は最後の一撃で木っ端みじんになった。

 つまり今の自分は、戦う術が両手の拳しかない状態。当然だが素手で戦う怪物狩人は、この世界では指で数える程度しか少ない。その戦える狩人達は全員Aランクであり上級狩人達ばかりであった。


「ぬぐああああああああああああああ、ヤバい! 山に登る前に装備を買わないと!!」


 想定外の大出費に、色々な問題が一気に頭の中から吹っ飛んだ。

 今後のやりくりを考えて、しばらくは水だけの生活になりそうだと頭を大いに悩ませるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る