第2話

 昼休み。


 教室に向かう生徒が通りすぎていく。

 俺は生徒の話し声が聞こえるなか、中学生のとき同級生だったメガネの男子学生を捕まえていた。

「『首絞め女』? ああ。お前のことを好きになった女の子の家に出るってやつか?」

 メガネの男子が廊下の天井を見上げながら言う。

「マジか? そんなうわさあったのか?」

 俺は声がうわずった。

「なんだ知らなかったのか? まあ、そんなこと言っている女子は数人ぐらいだったしな。そんなに大きなうわさでもなかったからな」

「『首絞め女』のことを言った女子たちの名前ってわかるか?」

「いいや。知らん」メガネは首を振り、

「この高校で見たことなかったから、別の高校に行ったんじゃないか?」

「そうか……」

 俺は途方に暮れた。

 中学時代の女子をしらみつぶしに探すわけにはいかない。

 早くも経路はたたれた。

「たぶん、お前に振られた腹いせだと思うぜ。気にしなくていいんじゃないか」

「いや、俺は、女の子と付き合ったことなんてないし、告白もされたことない……」

「そうだったのか?」

 メガネの男子生徒の信じられないといった顔つき。

 俺モテてたか?

 うれしいのか、悲しいのか……。

「あっ、すまん。引き留めて」

「ああ。いいよ」

 メガネの男子生徒は、俺に手を挙げると、教室へ戻っていった。


 俺は立ち尽くしていた。

 雪紐本人に、「女子たちの家に行って首を絞めたか?」なんて聞くと、百パーセント嫌われそうだしなぁ……。


「あっ、草加部君!」


 肌が日焼けしてて、快活そうな女子が手を振って近づいてきた。

 春風奈々はるかぜななだ。

 この高校では美少女の部類に入ってもいい。

「勉強を教えてくれてありがとう! 居残りしなくてよかったぁ~」

「ああ、うん。よかったよ」

「お礼に今日の授業終わったら、ハンバーガー食べにいかない? 新作のシェイクおごるから!」

「あ~……うん」

 春風の元気風に当てられて、迷いが生まれてしまった俺。

 断るのも悪いし、彼女の誘いにのってみようか……。


 ――ん?


 春風の首に赤い跡がある。

 首を絞められたような……。

「その首の跡は?」



「ああ? これ? 笑わないで聞いてくれる? ――昨日の夜にさ、女の子に首を絞められたの」



 春風が首を手でさすっている間、俺の体がこわばる。

「冗談! じょ~だんだよ! 私の悪夢だと思うんだけど、黒い影みたいな女の子が、縄で私の首を絞めてたんだ。朝起きたら首に赤い跡ができてたってわけ。虫にかまれたと思うんだけど」

「だっ大丈夫か?」

「へーきへーき! ねえ、それよりさ! ハンバーガーショップに行こうよ!」

「うっう~ん、あっ」


 積極的に、前に出てくる春風の向こう側で、廊下の壁から体を半分出して、俺をながめている雪紐がいた。


 感情のこもらない細い目が俺を責めてる。

「どよ~ん」とした幽霊みたいな態度に、俺の開いた口がふさがらなかった。

 ――やばい!

 雪紐とは別に付き合っていないにもかかわらず、あせる俺。

「ごっごめん! 気持ちだけでうれしいよ! じゃ!」

「あっ! ちょっと!」

 俺は手を合わせ、春風に謝ると、廊下の壁の奥に隠れた雪紐を追った。


 廊下の壁をのぞくと、彼女はいなくなっていた。

 と、思ったら、さらに向こうの廊下の壁から体を半分出して、こちらを見つめている。

 ――ウサギみたいに速いなっ!

 雪紐が草食獣なら、俺は肉食獣か。

 彼女を食べようとは思わないけど。

 雪紐がいるであろう壁に到着すると、また遠くの壁から俺をのぞいている。


 妙な追いかけっこを繰り返したあと、たどりついたのは学校の裏庭だった。


 雪紐は背中を向けて、やっと俺を待っていてくれた。

「はあ! はあ!」

 俺は汗だくだが、雪紐は荒い呼吸すらしていない。

 体力すごいな!

「逃げるなよ、どうしたんだ?」

「――彼女のこと、好きなの?」

 雪紐が片足を「ダンッ!」と鳴らす。お怒りだ。

 ウサギマフラーがざわついてやがる。

 俺は後頭部をかき、

「勉強を教えただけだよ」

 あいまいな返事。

 雪紐のことは好きだけど、とげとげとした態度に、俺は素直になれない。

「付き合えば、彼女と」

「いっいや、彼女とはなんでもっ!」

 雪紐の突き放した態度に、俺が声を張ると、花壇の花が音を立てた。


 おかっぱの女子が逃げ出している。


 しまった。花に水でもやってたのか。

 他人から見れば、痴話げんかしてるみたいだし。

「あのな、俺は……」


 遠くでサイレンが聞こえた。

 焦げた臭いが充満する。

 花壇に植えられた花に、一つ、また一つと火がともる。


 ――今はやめろっ!


 俺は手のひらで自分のほほをたたいた。

 幻覚がたたき落とされる。

 今回は立ち直りが早い。


 雪紐に続きを言おうとするが、彼女はいなくなっている。

 ――逃げるのが速すぎだろ、ほんとにウサギみたいだな。

 俺は学校の帰りに、雪紐を捕まえることにした。

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