ウサギマフラーの彼女
因幡雄介
第1話
高校に登校している途中で、
「なあ。高校生にもなって、ウサギマフラーはないんじゃないか?」
俺が言ったとおり、雪紐はウサギマフラーを必ずしていた。
学校に行くときも、授業中でも、プライベートでもだ。
彼女は小学生のときから、ウサギマフラーを身につけている。
もはや彼女の肉体の一部だ。
一年中つけているので、夏は暑くないのか心配になる。
透き通るような色白の肌で、クールな美少女なのは認めてやるが。
雪紐は片足をわざと「ダンッ!」と鳴らし、
「別にいいでしょ? 好きなんだもん」
いつもの回答『足ダン』だ。
ウサギは怒っているときとか、仲間に危険を知らせるときなど、警戒しているときに『足ダン』をするらしい。
小学生だったらかわいいかもしれないが、高校生になってもやってる。
彼女の癖になっていた。
マフラーにはウサギの絵がびっしり描いてるし。
おたがい十六歳になったけど、雪紐は幼い感じがする。
「じゃ、先に行くから」
学校の門が近づくと、雪紐はさっさと学校の中に早足で向かう。
冷たくなったもんだ。
成長すると男女の意識が芽生えたのか、中学生ぐらいからそっけない態度だった。
学校の行きと帰りは付き合ってくれても、それ以外は見向きもしてくれないし。
俺の鼻が何かの臭いを察知した。
――……またか。
俺は首を曲げて空に顔を向け、両目を閉じる。そして開ける。
学校が燃えている。人間もだ。
校内にいる生徒、外にいる生徒、先生、建物。
あらゆるものが赤い火を空に舞い上げている。
――深呼吸だ。深呼吸しろ……。
俺は息を吸い込み、深く吐く。
これはすべて幻覚だ。自分でも自覚はある。
精神科医までにはかかっていない。症状はひどくない。両親にも言っていない。
めまいと吐き気がしてくるけど、すぐに治まる。
「よう色男。今日もひとり寂しく登校だな」
俺の肩が強くたたかれ、肥満体型の友達が話しかけてきた。
幻覚が消え、体調が元に戻る。
赤々としていた火も消火され、建物と人間が通常通りとなった。
いつもの日常を取り戻した。
友達はけげんそうな顔つきをし、
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
俺は頭を振ってごまかした。
高校に入ってからの友達だが、アニメや漫画の話が合うやつだ。
俺はわざと迷惑そうな表情をしてやり、
「『色男』って言うのはやめろよ。俺はモテたことないよ」
「うそつけ。お前と同じ小学校だったってやつに聞いたけど、バレンタインになったらチョコたくさんもらってたみたいじゃないか。俺がもらったのは『呪いのわら人形』だぜ? もう『近づかないで』っていうメッセージ付きでな」
友人は汚く「がははっ!」と笑う。
「そりゃ、うらやましいな。別にチョコがほしかったわけじゃないしな」
俺はあきれながら言葉を吐いた。
チョコがほしかったのは、雪紐兎本ただ一人だ。
彼女からチョコをもらえるのなら、飛び上がって喜んだだろうに。
「それに中学生ぐらいから、チョコもなくなったよ。俺は女の子に避けられてるし」
「うん? なんだよ色男君。知らないのか?」
「何が?」
「――『首絞め女』のうわさだよ。お前の中学生のときの同級生だったメガネのやつから聞いたんだけどよ。お前を好きになった、女の子の家の部屋に、縄を持った女がやってきて、ギリギリ首を絞めるんだってよ。お前に近寄らなくなったら、首絞めが終わるんだと」
「はあ? なんだよそれ?」
「お前のことが好きな誰かさんの『生き霊』なのかもなぁ~。がははっ!」
友人はさっさと学校の廊下を歩いていく。
生き霊ってのは、生きた人間の思いが霊になってうろつくってやつか?
――俺は誰にも恨まれるおぼえは……。
雪紐の顔が脳裏でチラつく。
いやいや、まさか。
彼女が俺に好意を寄せたことなんて一度だってない。
でも……もしかしたら。
「ちょっと待ってくれ!」俺は友人に声をかけ、
「なあ、高校生にもなって、ウサギマフラーをしている女の子をどう思う?」
「ああ~。ふっふっふっふぅ~」友人は何を思いついたのかニヤつき始め、
「色男君。そいつが『生き霊』の正体だ。早く別れることをオススメするぜ。メンヘラ女はこええぞぉ~」
友人の体験談なのか、指で俺の肩を押す。
「……マジかよ」
俺は雪紐じゃないことを神様に願っていた。
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