23:最後の逆襲策

 妹の友灯ゆいは昔から、妙に直感が鋭かった。

 言い当てられドキッとさせられた経験が、確かに何度かった。

 


 だが、と優生ゆうは思う。

 ここまでとは、想定外。  



 いな……ここまで計算くな人間など、この世に生まれづるものか。



 完璧なプランだった。

 完璧である、はずだった。

 完璧でなければ、ならないのだ。

 完璧に、しなければ。


 

 そうでないと、イメージンが呼べない。

 さもなくば……母と妹に、申し訳が立たない。



「っ……」



 平静を装い、頭を働かせる優生ゆう

 この程度をなすなど、造作もい。

 こんな局面なら、何度も越えて来た。



 仕事と同じだ。

 予期せぬイレギュラーが発生しても、毅然とした態度で、平等に対応すればいだけのこと

 どこも難しいことい。



 目の前の障害を取り除く。

 ただ、それだけ。

 自分がリセイドになったのは、そのためでもあるのだから。



「『三八城みやしろ 友灯ゆい

  森円もりつぶ 英翔えいしょう

  岸開きしかい 珠蛍みほと

  全員、消えなさい』」



 名指しし、命じる。

 それだけで、三人は消滅した。



 ホンノウンを取り込み、リセイドとして覚醒した優生ゆうの新たな能力『マニューアル』。

 読んで字のごとく、『Holy−Zoneホライズン』にてすべてのルールを実現し、『マニュアル』通りに『リニューアル』するスキル。

 言うなれば、地球鬼のような類いである。



 この技を出され、友灯ゆいたちは強引に、この世からのログ・アウトを余儀なくされた。



 優生ゆうとて、心をいためない訳ではない。

 だが、今のままでは、真面まともに話せそうにい。

 それに、イメージンが現れないのは、きっと、徹底的な排除を怠ったのが原因だ。

 しからば、イメージンと話をつけ、友灯ゆいたちを蘇らせたあとに直接、問いただせばい。

 なにも、急ぐことではない。



あめぇよ。

 色々となぁ!!」



 またしても、友灯ゆいの声。

 振り向いた頃には、優生ゆうの左手を、友灯ゆいのオーセイバーが貫通していた。



「がっ……!?」


  

 振り払い、下がる優生ゆう



 さいわい、ダメージは負っていない。

 あの武器には、ルーンセイ◯のような特性がったはず

 確か、『声に宿る感情、コエナジーを吸収し、力に変える』とか。

 その場合、『物体を擦り抜け、感情だけを吸い込む』とか。



 はたと、優生ゆう気付きづいた。

 だが、遅い。



友灯ゆい、あなた……!!

 ……ホンノウンを……!?」

「そうだよ。

 っても、流石さすがに肉体自体は取り込めなかったがな」



 友灯ゆいが持つオーセイバーが、赤い光を宿す。

 それを見下ろしながら、友灯ゆいは告げる。



「気分はどうだ? マスルオ。

 引っ越し早々になんだが。

 助けてやったお詫びに、ちょっと力、貸せ」

無論むろん、拙者とて報いたい所存。

 だが、人間よ。

 それは不可能だ。

 生身の人間が、拙者の力を宿す?

 そんなことをしてみよ。

 お主の体なぞ、一瞬で燃え尽きてしまうぞ?」

「心配すんな。

 それも見越した上で言ってんだ。

 いから、うだうだ言ってねぇで、さっさと協力しやがれ。

 お前がやるべきことは、ただ一つ。

 大人おとなしくあたしに従ってだけいりゃあ、それでーんだよ」



 優生ゆうは、流石さすがに動揺した。

 自分の妹が、進んで焼け焦げようとするなど言語道断、冗談でしかい。

 そんな所を無力に拝まされるために、この30年あまりを過ごして来たわけでは、断じてない。



「……っ!!

 させないっ!!」



「こっちの台詞セリフよ!!」

「ユヒの邪魔はさせない」

「超すいあせーん、マジ体ロックしあーす!!」

「以下同文!!」



 マニューアルが通じない手前、力づくで止めにかかる優生ゆう

 が、それより早く、どこからともなく現れた結貴ゆき留依るい明夢あむ栞鳴かんなに組み付かれてしまう。

 こうなることを予測し、1年前にすべてを明かし、協力を仰いでいたのだ。



「あなたたち……!?

 なにを……!?」

「見ての通り、愛娘のサポートよ!」

「超行くっしょ、ユヒ!!」

「ド派手に決めろ、ユヒ!!」

「頑張れ、ユヒ!!」

「ウルトラ任せろぉ!!」



 四人のおかげで、隙の出来でき優生ゆう

 母と幼馴染にサムズ・アップし、友灯ゆいはオーセイバー、マスルオを再び眺めた。



「ってーわけだ。

 そろそろ本気で黙って手ぇ貸さんかい、ゴラ。

 ぼちぼち、有無を言わさずに使ってやんぞ?

 おぉ?」

「……あい分かった。

 そこまで豪語するならば。

 試してみよ、ヘボンノウン!!」

「抜かせ、ドアホンノウン!!」



 悪口の応酬をしつつ、真っ赤に瞬くオーセイバーを構え、頭上に掲げる友灯ゆい

 刹那せつな、炎の渦が彼女を覆う。

 明らかになにかを焼いている音を発しながら、友灯ゆいおぼしき黒いシルエットが、不意に炎を切り裂く。



 業火の中から現れたるは、甲冑に包まれた騎士。

 赤を基調とし、金色の差し色が入り、マントを纏う、どこかシックな、凛々りりしき姿。



「うっひょー!!

 ホントに変身出来できちまったー!!

 くぅ〜!!

 たまんねぇぇぇぇぇ!!」

 


 を、秒で台無しにする中身。

 


 一頻ひとしきはしゃいだあと、急に冷静になり。

 友灯ゆい格好かっこ付け始めた。



「『炎』と『本能』を司る『王』。

 っなっと、『ホンノオー』って所か」

「詰まらん」

うっせだぁってろ!

 全員、離れろ!!」



 剣を小突き、そのまま優生ゆうに向ける。  

 ホンノオーの周囲に火の玉が生まれ、ターゲット目掛けて一直線に駆けて行く。

 友灯ゆいの命令を受け、四人はすでに離散、行方を眩ませていた。



「くっ!」



 難く回避する優生ゆう

 が、避難した先の地面が光り、続けざまに火柱が奇襲。

 即座にバリアーを張り、そのまま上空へと舞い、時間稼ぎに図る。



 攻撃を逃れながら、優生ゆうは脳をフル回転させる。

 やはり、どうにも妙だ。

 先程から友灯ゆいは、綿密に仕掛しかけて来ている。

 まるで、最初からすべて知り尽くしているかのように。



 だが、そんな能力は友灯ゆいに備わっていない。

 それを宿しているのは精々せいぜい、エンジン。

 バディ絡みのことなら瞬時に検索出来できる『ラヂエル』くらいだ。

 しかし、秘密主義者の友灯ゆいことだ。

 英翔えいしょうにリンクで見抜かれ、ラヂエルは封印しているはず

 なのに、何故なぜ



「決まってんだろ」

 マントで飛行、追い付いて来た友灯ゆいが、剣を振り下ろす。

「んなもん、うに解いてっからだぁ!!」



 叩き付け、かと思えば回り込み、再び切り飛ばす。

 繰り返されるそのさまは、まるでピンボールのようだった。



「おらぁ!!」



 優生ゆうを追い込み、地面に落とす友灯ゆい

 追い詰められた姉とは対象的に、余裕綽々と着地した友灯ゆいは、種明かしを始める。



すでに調査済みなんだよ、ワナビゲーター。

 あんたの秘密も、計画も、今の考えも、すべて。

 大喧嘩の果てに、あたしの支配から解放され、エイトの『ラヂエル』が目覚めた時点でな。

 あたしは元々、大根女優。

 裏を返せば、『下手ヘタな演技が上手い』ってこった。 

 これを逆手に取って、あんたを油断させた。

 全部フラゲした上で、1年前からあたしは、臨んでんだよ。

 この決戦になぁ!!」

「だから……なんだって言うのよぉ!」



 リセートを使い、シャット・ダウンを試みる優生ゆう

 だが、通用しない。

 友灯ゆいは依然として、止まらない。



「勝てるって、言ってんだよぉ!!

 今のあんたにだって、なぁ!!」



 オーセイバーに炎を纏わせ、斬撃にして飛ばす友灯ゆい

 さま、バリアを張り、防ぐ優生ゆう



「指摘された通りだ。

 確かにあたしは、配慮が足りねぇ。

 いっつも後先考えずに突っ走るし、てんで周りを顧みねぇ。

 その対策を、あたしなりに編み出そうとした、けど。

 考えるのは、止めた。

 いくら逡巡しても、分からんもんは分からん。

 持って生まれた性格なんて、そう簡単にゃ変えられねぇ。

 だから初期段階で、あたしのブレーキを、余さずエイトに一任した。

 あたしには、エイトって知恵袋が付いてる。

 それだけで、かったんだ。

 これでもう、余計なもんに捕らわれたりしねぇ。

 アクセル役のあたしは……ひたすら我武者羅に、驀地まっしぐらあるのみだぁ!!」

巫山戯ふざけないで!!

 そんなの、ただのペンディング、ていい現実逃避じゃない!!」

巫山戯ふざけてなんかない!!

 考えて、考えて、考え抜いた!!

 去年までのあたしの情報を網羅して、それでも足りなかった!!

 だから、逃避した先に転がっていた、あんたの用意してくれた、都合のい現実を利用した!!

 それだけのことだぁっ!!」



 突っ込み、バリアーを壊してみせる友灯ゆい

 後退あとずさりした優生ゆうに向け、さらに続ける。



「生まれつき失明者だった彩葉いろはには、カラフルな世界を。

 ゴースト・ライターとして仕立て、祭り上げられていた璃央りおには、イマジネーションを。

 無性愛者の紫音しおんには、性別という括りく、人として、心から互いを敬愛出来る相手と、勇気を。

 子供の頃、病気で死にかけていた拓飛たくとには、頑強で無病息災な体を。

 味覚障害者でアレキシサイミアの詩夏しいなには、ありとあらゆるレシピと、自らの心を。

 不妊症の寿海すみさんには、血の繋がりがいだけの、本当ほんとうの家族を。

 極度の騙され、不幸体質だった若庭わかばには、永住出来できる居場所を。

 エイトとケーには、本当ほんとうに信頼し合える、最高のバディを。

 才能の芽を、エク・シードを、可能性とチャンスを根こそぎ奪った罪滅ぼしに。

 これだけの環境を、現状打破する力を、あんたはあたしに提供してくれてた。

 逆に言えば……あんたは、あたしに補填しぎたんだ!!

 さながら『自分を止めてくれ』『自分の心の翻訳者、本心になってくれ』!!

 そう、言わんばかりになぁ!!」

うるさい……!!

 うるさい、うるさい、うるさい!!

 ……うるさぁぁぁぁぁいっ!!

 かなうものか……!!

 今の、私に!!」



 友灯ゆいの確信めいた言葉をノイズ扱いし、掻き消さんと、声を荒げる。


 

「『三八城みやしろ 友灯ゆいぃ!!

  私の前から、消えろぉ!!』」

「消えるか、馬鹿バカあねぇ!!」



 再び、マニューアルを仕掛ける優生ゆう

 が、やはり変わらない。  

 またしても自分は、妹にいのをもらってしまう。



「『三八城みやしろ 優生ゆう、隔離されろっ!』」



 仕方しかたく、自分に命じる優生ゆう

 命令通り、自分は亜空間に閉じ込められ、ようやく一人きりとなる。



 優生ゆうは、本格的に訝しみ始めた。

 どうにも不可解だ。

 何故なぜ友灯ゆいには発令されない?

 


 同時に複数のルールを設け、相手を否応なく絶対服従させるなど一見、最強に見えるマニューアルだが、弱点が3つある。

 一つ。「口で言わないと発令されない」

 二つ。「固有名詞をフルネームで呼ばないと相手を絞れない」。

 三つ。「名前、脳内イメージがと一致しないと効果を与えられない」。

 これらをクリアしないと、中途半端にしか発動しないのである。



 それを踏まえた上で、自分は条件を満たしたはず

 だのに、何故なぜ

 あの場にたのは紛れもく、本人ではないか。

 あそこまで酷似しているなど、他にはエンジンくらいしか。



 ……エンジン?



「……まさかっ……!?

 ……最初から……!?」

「その『まさか』だよ、卑怯者ぉっ!!」



 時間差で嗅ぎ付けた友灯ゆいが、上空から優生ゆうを斬り掛かる。

 いな。正確には、遠距離で操る友灯ゆいに派遣された、彼女を模した遠隔・無人ロボスーツこと、エンジンが。



 剣撃を避けながら、優生ゆうは頭を回す。

 通りで、マニューアルが発動されず、ホンノウンの業火にも耐えられたわけだ。

 何故なぜなら、目の前にいるのは、友灯ゆいの代役ンであり、固有名詞を持たないロボット。

 自分が同一人物、本人と認識している以上、相手が別人であれば、条件をクリア出来できない。

 おまけに、ホンノウンの力を宿している都合上、理性に訴えるかけるのは愚策。

 理性を極限まで抑えている上に、自分の中に眠るホンノウンの力は、すでに妹に取られつつあるのだ。

 これでは、効果が薄まるのも自明の理。

 しかも向こうのバックには、『友灯ゆい絡みの情報なら全すべてを手に入れられる』、現状、最高峰のブレイン、英翔えいしょうが付いている。

 例えば、『友灯ゆいの姉 居場所』とか、その程度の検索ワードで、どこに逃げてもヒットされ、絶賛Wリンク中の彼から友灯ゆいに共有されてしてしまう。



 ならば。



「『三八城みやしろ 友灯ゆい!!

  攻撃を、めろぉ!!』」



 どこにようが、関係い。

 この世界は、すでに自分の手中。

 支配下である以上、抗う術はい。


 

 はずなのに。



なんなのよ、あなたはぁ!?」



 いよいよもって、コメディ染みて来た。

 割とでもなんでもく、下手ヘタをしなくても、一部の特撮よりすごことをしている現在。

 しかも相手は、戦闘のプロなどでもなく、ただのショップの店長。

 だというのに、さなが虚仮こけおどしだと主張するふうに、ここまで虚仮こけにされ。

 流石さすが優生ゆうも、変顔、醜態を晒し、悶絶しかける始末。

 最早、考える気力さえ尽きていた。



 別に、この世界から特撮が消えなかったわけではない。

 本当ほんとうに木っ端微塵にデリートされた。

 惜しむらくは、マニューアルの範囲が『Holy−Zoneホライズン』、つまり『この世界の地球』までという点。

 ようするに……『別次元の地球』、及び『マルチ・バースで作られた作品』は、彼女のテリトリーに入らないのだ。



 それを逆手に取り、珠蛍みほとに空間転移装置を作らせた友灯ゆい

 すでにパラレル世界でも璃央りおたちが、特撮を広め流行らせている。

 その模様もようを、友灯ゆいの脳内とエンジンに届ける。

 ゆえに、彼女の中では未だ、特撮は健在なのだ。



 これこそが、『宇宙からリッキーが撃ったのと似たような感じ=URユー・レア作戦」、その真髄である。

 そのお陰で、友灯ゆいは、どうにか正気を保つ算段を立てたのだ。



 結貴ゆきに向けて友灯ゆいが言った言葉に、偽りはい。

 シリアスがたない父から生まれた友灯ゆい

 そして、そんな友灯ゆいをモデルとして反映し、作られた英翔えいしょう

 二人は果てしなく、ハードな場面が似合わない。

 どんな逆境さえ途端とたんにシュールにしてしまう、本物の天才なのである。



なんで……なんでなのよぉ!!

 あたしは、完璧だった!!

 たった一人でも生きて行ける、完璧な存在のはずなのにぃ!!」

「だからだよ、あねぇ」



 地団駄を踏み、駄々っ子のごとく振る舞う優生ゆうと、クールに相手する友灯ゆい

 どちらが姉で妹なのか分かりづらい状況で、友灯ゆいは告げる。



あねぇは、最初から完璧だった。

 だからこそ、それ以上に強くはなれなかった。

 あたしの予想を、超えられなかった。

 皆にビシビシ鍛えられメキメキ成長した、あたしに勝てなかった。

 人間なんて本来、そんなもんなんだよ。

 完璧じゃないから勉強して強くなるし、完璧じゃないからミスって正すし、完璧じゃないから助け、補い合う。

 あねぇは徹頭徹尾、完璧だからこそ、完璧じゃないなりに完璧に近付こうとしてるあたしたちに負けたんだよ。

 それこそ、完璧にな」

「……認めない。

 認めてなるものですかっ!!」



 崩れ落ち、地面を叩く、意固地な優生ゆう

 本当ほんとうに、どっちが歳上なのか分からない。



 だが、無理もいのかもしれない。

 優生ゆうは生まれつき、人格が形成されていた。

 それはつまり、友灯ゆいの指摘通り、精神的な成長さえ、今の今まで必要がかったということ

 しかも、生まれたばかりの清らかな心を、キープしたまま。

 自分を自分たらしめん『完璧』が破られた以上、ペースを崩されても不思議ではないのだ。



「……なんで、『完璧』じゃ、『一人』じゃ駄目ダメなのよ。

 どの分野でも、大体そうじゃない。

 フィクションでも、音楽でも。

 シナリオだとか、作画だとか、ボーカルだとか。

 メインで注目、取り上げられるのはいつだって、決まって一つだけ。

 他の要素なんてとどのまり、いくらでも替えの効く、単なるお飾り、オプションにぎない。

 私は、それがいや

 どうしても、許容出来できない。

 バッシングも、絶賛も、すべて一人で、甘んじて受け入れたい。

 力を借りた誰かに、迷惑なんて掛けたくない。

 気を許せたかもしれない人に、罵詈雑言なんて浴びせたくない。

 そんな愚行を披露するくらいなら、私は一生、一人で構わない。

 だって私は、なんでも一人でこなせるんだから。

 なんなら、ソロどころかアカペラですら真価を発揮出来できるアーティストにだって、なってやるわよ」



 孤独宣言し、中々にっ飛んだ、色んな過程を素っ飛ばした理論を武装し、泣きじゃくる優生ゆう

 なまじ一人ですべ出来できる手前、こういう脆い側面もあわせ持ってしまったのだ。



 やれやれとなかば呆れつつ、友灯ゆいしゃがみ、優しく頭を撫でる。



「……あのねぇ、あねぇ。

 そのアカペラの人だって、厳密には一人じゃない。

 作詞家や作曲家、支えてくれる家族や友達、刺激し合えるライバル、ステージを手掛けてくれる演出家。

 色んな関係者に支えられて、その上で初めて成り立つ、目立てるんだよ。

 あたしだって。

 なんでも教えてくれるエイトや、いつでも助けてくれるみんなるから、どうにかこうにか、こんな無茶を通せた。

 正直、なーんの保証もない、結果論でしかないけどさ。

 それに、今のあねぇじゃあ、とてもじゃないけど、アカペラでなんてやって行けない。

 今のあねぇの周りには、あねぇの話を聞いてくれるリスナー、歌をヘビロテ、リクエストしてくれるオーディエンス、ペンライトと鉢巻はちまき団扇うちわとライブTシャツと法被はっぴ装備して応援してくれるファンがない。

 そんなんで、どーやって、やって行こうってのさ。

 オーディエンスさえないんなら、アカペラですらないよ」 

「……うっ……」



 りにって、居直って唯我独尊を決め込んだ友灯ゆいに、一番痛い所を突かれようとは。

 流石さすがに、これは我慢ならない。



「分かるものか……!!

 あなたに、私の気持ちが!!」


 

 友灯ゆいを振り払い、性懲りもく上空に浮かび、力を溜める優生ゆう



「分からないからこそ……!!

 分かりたいからこそっ……!!

 もっと話そうって、言ってんだっ!!

 もっと、腹ぁ割って話すべきだってなぁ!!」



 対する友灯ゆいも、負けじと臨戦態勢に入り、オーセイバーに力を込める。



 グダグダになりつつあった、地球と人類さえも巻き込んだ、壮大な姉妹喧嘩。

 それが、ついに終わろうとしていた。



「どうせ、後で復活する!!

 今だけは、今度こそ、滅べ……!!

 ……『死に損ない』がぁ!!」

「死なせなかったのも、コンティニューさせたのも、あんただろ……!!

 ……『生き損ない』がぁ!!」



 ぶつかり合う、意地と意地、ビームと炎。

 つばり合いのごとせめぎ合い、火花を散らし。

 綱引きのように、互いに押し合う。



 優生ゆうは、産まれる前から引かれていたレールの上を、ただ歩いていただけ。

 自分の力で、本気で生きた、生きたいと願ったことなど、一度たりともかった。 

 世界という巨大な殻に籠城しバリアを張り、そこを出ようとも広げようともしなかった。

 激昂げっこうのまま、対抗心剥き出しな友灯ゆいが、不謹慎に言い放ったとはいえ。

 その実、『生き損ない』という評価は、割と的を得ているのだ。



 一方、友灯ゆいは違った。

 なにをしてもあねに遠く及ばず、ひたすら真似マネをし続けた結果、大人になっても相応の振る舞いは出来できず。

 煩悩の詰め合わせみたいな相棒を生み出し、それに甘えた結果、仲間に見放され。

 一度、英翔えいしょうを手放さないと気付きづかないほどに、大事なことを見落とし続け。

 そこまで来てようやく、一直線だったクズルートから逃れ。

 心機一転、本音を見せ合える状態で、周囲とやり直し。

 知識や経験、処世術や感情など、生きる上での力を身に着け直し。

 世界を、見聞を、視野を、輪を広げ。

 完璧には及ばないまでも、岩壁くらいにはなった。



 完璧か、岩壁か。

 完全か、敢然か。

 安全か、健全か。

 全能か、本能か。

 万能か、順応か。

 大義か、正義か。

 至高か、最高か。

 信念か、執念か。

 似て非なるニュアンスの差が、最後に明暗、勝敗を分けた。



 優生ゆうの生み出した光線が、友灯ゆいの放射した炎を打ち消し。 

 そのまま一直線に、友灯ゆいを模したロボットを焼き尽くし。

 今度の今度こそ、周囲一帯には、優生ゆう以外は確認されなくなった。


 

 だが、気を緩めてはいけない。

 恐らく、またしても友灯ゆいのエンジンが攻めて来る。

 あるいは、他の誰かのエンジンが。

 いずれにせよ、警戒しないと。

 そのためにも。



「『地球よ!!

  ……滅べ!!』」



 前述の通り地球さえ、イメージンの創作物。

 そのイメージンに力を授かった優生ゆうからすれば、星を丸ごと滅亡させることなど、朝飯前である。



 そして、友灯ゆいは消えた。

 なすすべく、完敗した。



 少なくとも、優生ゆうの計算では。




 終わることい、真っ暗闇。

 辺り一面、黒に覆われた世界で、友灯ゆいは目を覚ました。



「……ここ、は……?」



「店長さんっ!!

 ……かったぁ……!!」

「これで一安心だね。

 無事でなによりだよ、店長」



 頭の下の柔らかい感触と、顔の表面の柔らかい感触。

 程無くして友灯ゆいは、理解した。

 自分は今、オカミさんに膝枕されながら、若庭わかばの胸に押し潰されそうになっているのだと。



「わ、若庭わかば……」



 彼女の腕をタップし、解放するように頼む友灯ゆい

 若庭わかばは、ぐ様、意図を理解し、彼女から離れ、ヘドバンみたいに頭を下げた。

 


「起こしてくれて、ありがと。

 でも、なんで……?」

「そんなの、考えるまでもない。

 こうなることも、友灯ゆいは最初から予知してた。

 だから、最後のトラップを仕掛けた。 

 でも、怪しまれないよう、その案を封印した。  

 正確には、『閃くまでのバック・アップを宿したナゾトキーで、記憶を上書きし続けていた』の。

 思い付く度に、何度も、何度も。

 そのために、本人すら忘れたまま、気付かぬまま、アクセルにナゾトキーを常備してた。

 そうやって、自分すらもだまし、殺してたの。

 そして今は、存在を完全に抹消される寸前で、逃げたの。

 ケーちゃんが用意してくれてた、敵の効力の及ばない、この世界に」



 二人しかないと思われていたスペースに、他の人物の声。

 が、振り返って確認するより早く、友灯ゆいは全力で、顔面を殴られた。

 声の主である彩葉いろはに。



「い、彩葉いろはさんっ!!」

「いきなり、なにをす」

「うっさい、黙ってろ、理解者、人格者気取りの偽善者、格好かっこしい!!」



 年長者であるオカミさんにまで悪口を飛ばしつつ、彩葉いろは友灯ゆいの胸倉を掴み。

 涙ながらに、罵倒する。



「……なってみろ。

 ここまで心血注いで、面倒見て、ヤキモキ、ハラハラさせられっ放しで!!

 嫌いなのに、大嫌いなのに、忌み嫌えなくて!!

 悔しいし納得いかないけど、嫌いなのに忘れるくらいようはハチャメチャ大好きだし!!

 ブラフとはいえ、事情通ポジだったのに、1年も一緒に、そばといて、なにも出来ずに、呆気無く消されて!!

 気が急いて早期退場、出禁できん食らうくらい、理性壊れる、っとけない存在になりつつあって!!

 相方以外では最初の、心を休められた、もっと知りたい、知り尽くしたいと思った、共通点の多い、記念、専念すべき相手で!!

 最初に設定聞いた時から、感情移入しまくりで、ひがんでばっかの私とは対象的過ぎて落ち込み捲って、あきらめ知らずな所に憧れて、釘付けになって!!

 迷惑、困惑の一辺倒なのに、離れられなくて、目が離せなくて!!

 幾度と無く、ふとした拍子に、みずから進んで記憶を改竄されてっ!!

 その所為せいで、ふとした拍子に齟齬が生じてっ!!

 やるせなくて、立つ瀬くて、許せなくてっ!!

 何度も何度も無茶振りされてるのに、悪い気がしないどころか、誇らしい、喜ばしいくらいで!!

 気付けば、こんな、公開告白みたいな真似マネしちゃってて!!

 安◯としまむ◯みたいになっちゃって!!

 自分でもわけ分かんないまま怪文書口走るくらい、心も体も、あんたで埋め尽くされてて!!

 気付けば私自身が、二言目には馬鹿バカにしてる、勘違い段違い痛々しいサークラになってるって、特大ブーメラン食らってて!!

 いっつも、いっつも、特に今日は、自分を犠牲にしてばっかで、大損してばっかで!!

 こうなるって分かってるのに、大切な親友、戦友が目の前で、性懲りも学習能力もく、モグラ叩き感覚で繰り返し倒されるっ!!

 そんな……そんな生き地獄を2年も、絶えず強要され続けた、この私の身にも、なってみろ!!

 なってみろよ、えぇ!!!

 三八城みやしろ 友灯ゆいぃっ!!」



「いろ、は……。

 ……ごめ」

「謝罪なんて要らない、なんの意味もい、もう聞き飽きた、耳タコ、聞きたくもないっ!!」



 せきったよう友灯ゆいの言葉を食い、彩葉いろはは続ける。

 感情的になった彼女にしてはまれことに、ネタなどは盛り込まず、彼女の言葉だけで。

 


「私は、自他共に認める天邪鬼あまのじゃく!!

 私は、そこにような、突っ立ってるだけの、他のわけ知り顔連中とは違う!! 

 フォローはしてやっても、あんたのイエスマン、フォロワーにだけ成り下がった覚えはい!!

 モヤッたら、その都度、あんたに物申す、余さず叩き付ける!!

 的外れだろうと常識外れだろうと、知ったこっちゃない!!

 これが、『私』という感情、『私』という命だ!!

 だから今、この場で叩きのめす、懲らしめる、見せしめにしてやるっ!!

 いつまでも、私が付いててやれるだなんて買い被んな!!

 私の心は、秋空よりも変わり身早いんだよ!

 今は奇跡的に、そういう気分じゃないってだけで!

 あんたみたいな地雷女、その気にさえなれば、いつでも望んで、こっちから切ってやる!!

 こちとらなんなら今ぐ、この場でっ飛ばしてやりたい、闇落ちして闇討ち、裏返って寝返ってやりたいくらいだ!!

 偶然、運良く、ほんわずかぽっち私に見初められたってだけの分際で、この期に及んで調子乗んな!!

 ぼちぼちヒーロー、鈍感ハーレム主人公気取りもはなはだしい、鼻に付く!!

 自惚うぬぼれんのも、大概にしろ!!

 見捨てられたくなけりゃあ、い加減、周りの被害も、ちったぁかんがみろ!!

 似たような指摘、何度受けりゃ気が、ラーニングが済むんだ、ポンコツ、ダボハゼッ!!

 この、馬鹿バカ馬鹿バカ友灯ゆい!!

 おお馬鹿バカ友灯ゆい!!

 友灯ゆいの……!!

 友灯ゆい、のぉ……!!」



 ついに思いの丈すら吐けなくなり、彩葉いろはひざから倒れる。

 そのまま駆け寄った若庭わかばの手を雑に振り払い、友灯ゆいひざを握ったまま、彩葉いろはは懇願する。



「……こんなこと、言いたくない……。

 こんな、みっともない、女々しい真似マネ、てんで私じゃない……。

 でも、平静じゃいられない……。

 私じゃいられない、形振なりふり構ってられない、キャラさえ作れない……。

 それくらい友灯ゆいことが好きなの、大切なの、守りたいの、不安なの……。

 だから、もう……こんなの、だ……。

 辛いよ、怖いよ、めてよ、早く助けてよ……。

 友灯ゆいには、傷付いてしくない、いつも、いつまでも笑っててしい、私に構ってしい……。

 英翔えいしょうくんの予知さえれば、もう友灯ゆいは苦しまずに済むんでしょ……?

 じゃあ、それでいじゃん……。

 ここまでストイックに自分を追い込まなくても、きっとなんとかなったのに、なんでそこまでするの……?

 なん友灯ゆいが、友灯ゆいだけが、友灯ゆいばっかり、こんなにも頑張らなきゃ、戦わなきゃいけないの……?

 なんで、ここまで言わなきゃ、言われなきゃ、言わされなきゃ、通じないの、伝わんないの……?

 私はただ、友灯ゆいに悲しんでしくないだけなのに……。

 私、もう……耐えられないよぉ……」



 怒りすら失せ、ヘナヘナ、シナシナと崩れ落ちる彩葉いろは

 そんな彼女を、今度こそ、若庭わかばが抱き締めた。

 若庭わかばは、温厚な彼女にしてはめずらしく、微弱ながらも怒っていた。



「店長さん……いいえ、友灯ゆいさん。

 私だって、格好かっこばかりしたくはありません。

 性分だから、こうするしかいというだけです。

 でも……気持ちだけは、彩葉いろはさんと同じです。

 どうか、お願いです。

 そんなに、甚振いたぶらないでください。

 もっと、ご自分を、いたわってください。

 彩葉いろはさんの言葉を。

 新凪にいなの大恩人さまの、心を。

 私達の、気持ちを。

 もっと、信じてください」



 目配せをし、寿海すみ彩葉いろはを預け。

 立ち上がり、面と向かい、大きく深呼吸し。

 テンパってもいないまま、若庭わかばは叫ぶ。



「私達はぁ!!

 決して、あなたを裏切りません!!

 そんな生半可な覚悟で、あなたと共に生きちゃいませんっ!!

 この一年も、前年ぜんかいもっ!!

 あなたと私達だから、一緒に邁進して来れたんですっ!!

 あまり、私達を見くびらないでください!!

 もっと、私達を頼ってください!!

 私はぁ!! 奥仲おくなか 若庭わかばは、あなたが好きですっ!!

 不幸続き、なんの面識も関わりもメリットもい私を、あなたが、励まし、受け入れてくれた、あの日から絶えずっ!!

 あなたのことを、店長として、同世代として、女性として、人間として、来る日も来る日も尊敬しています!!

 これからもずっと、私はあなたに、お仕えし、あなたに尽くします、ただしっ!!

 私を選んでくれた以上、あなたには責任を果たして頂きます!!

 私と、私達と一緒に、是が非でも、責任を取って、あなたには徹頭徹尾、完膚無きまでに、幸せになって頂きます!!

 あなたには、その義務がる!!

 私を『トクセン』に暖かく歓迎してくれた、あなたには!!

 私の不幸な人生を台無しにし、幸せにしてくれた以上、あなたにも!! 

 幸せになってもらわなきゃ、困りますっ!!

 あなたでも、彩葉いろはさんでもないっ!!

 他でもない、私自身がっ!!

 さもなくば、困るんですぅっ!!」



「……わか、ば……」


 

 彩葉いろはと同じく、立てなくなる若庭わかば

 そんな二人を、寿海すみがそっと、包んだ。



「……歳の所為せいかねぇ。

 こういう時、どうしても、言葉に頼らず、楽をしたくなる。

 話さずとも相手に伝わっていると、なんの保証もく、確信してしまう。

 いや……これすらも、単なる言い訳か。

 ようは、ただの照れ隠しさ」



 さらに強く、されど痛くならない程度に彩葉いろは若庭わかばを抱き寄せ。

 かすかに瞳を潤わせながら、寿海すみは静かに語る。



「そんなこんなで、遅れを取っちまった。

 私が言いたいことは、もう代言されちまったよ。

 私の、可愛かわいい娘達によって、ねぇ。

 だから、簡潔に纏めるとしよう。

 私のすべてを、友灯ゆいちゃん。

 あんたに一時、委ねるよ。

 活かすも壊すも、好きにおし。

 だが、壊そうものなら、承知しない。

 無論むろん、あんた自身もだ。

 もう、あんな無茶をするんじゃあない。

 この子達だって立派な、あんたの『家族』だ。

 私に、そう言い切ってくれたじゃあないか。

 率先して家族を泣かせ、それを承知で同じ轍を踏む。

 そんな、道を踏み外し続けた人間の末路が、あんたの姉の今の暴走だろう?

 それを止めようとしてるあんたまで、同類に落ちぶれてどうする。

 そんなんじゃあ、勝てる戦も勝てやしない。

 何十年、何百年隔てようとも、未来永劫、平行線のまま。

 決着なんて、付けられやしないよ。

 私とて、もう年寄りだけどねぇ、友灯ゆいちゃん。

 分かり切った泥仕合になんぞ捧げられる程、命も、自分も、人生も、まだまだ捨てちゃあいないよ。

 私には、まだまだ守らなきゃいけない、可愛かわいい子供達が。

 あんた達がるからねぇ」

「……オカミ、さん……」



 全然、簡潔ではない言葉に、貰い泣きする友灯ゆい



 しんみりとしたムードが流れる中。

 パン、パン、と。手を叩く音が、やにわに響いた。



「はい。

 反省会、終わり」

「忠告をプラスする。

 この空間は時間が歪んでおり、現実世界に比べて流れが遅いが、そろそろ限界だ。

 流石さすがに、敵に勘付かれる危険がる。

 そうなっては、手遅れ。

 この2年のすべてが、水泡に帰してしまう」



璃央りお……。

 ケー……」



 気付けば、メインの女性陣が全員、揃っていた。

 続けて英翔えいしょう紫音しおん拓飛たくと

 それに、他のみんなも。



「あんたたち

 こういう時くらい、もう少し言葉を添えたらどうだい?」 

「結構よ。

 あたしとボスは充分、話したわ。

 それこそ、出番マシマシになったくらいにね。

 まぁ、保美ほびも本来、大差無いけど」

「右に同じ」

「左よ」

「右に同じ」

「ちょっ……!?

 首曲げてまで、正当化しないで頂戴ちょうだい!?

 せめて、体の向きを変えなさいよっ!?」

「この方が、効率的」

あたしの心臓に悪いってるのよぉ!!

 あー、もう、なによ、これぇ!?

 全っ然、戻らないじゃないのよぉ!?」

い気味」

やっかましいわぁ!!」

 


 相変わらず、緊張感のい仲間達。

 おかげで、一気に解れた。



「キャップ。

 最後の、仕上げです」

「はーっはっはっはぁっ!!

 一丁、つえぇど派手につえぇ決めましょうぞぉ!!」

「ユーさん。

 ……行こ」



「あー、はいはい、分ぁった分ぁった。

 でも、その前に」



 寿海すみ彩葉いろは若庭わかばに向き直り。

 友灯ゆいげる。



「確約するよ。

 もう、消えない、消させもしない。

 そんなあたしあたしみんなも、求めてないもんな。

 だから、卑怯なあたしは、これっきりだ。

 次で、本当ほんとうに終わりにする」



 本音と共に、両手を向ける友灯ゆい

 

 

 友灯ゆいの言葉を受け、若庭わかば彩葉いろはうなずき。

 差し伸べられた手を掴み、立ち上がる。



「……今度、だましやがったら、マジで承知しないから」

「そうですよ。

 今まで、不幸続きでも、耐え凌げましたけど。

 そういう不幸は、無理ですからね」

「……うん。

 ホント、ごめん」



 感極まり、友灯ゆいに抱き着く二人。

 しばらくして離れ、全員、割れ始めた上空を見上げ、覚悟を決め直す。



 最後の、決戦に向けて。





 勝った。

 これで本当ほんとうに、完全勝利だ。

 そう、優生ゆうは確信した。



 流石さすがのエンジンも、よもや宇宙用ででもない限り、ここまで追っては来れまい。

 そして生命体である以上、如何いかなる生物も、生身で大気圏外には出られまい。

 


 そう。

 たとえ、自分でさえも。



「っ!?」


  

 優生ゆうは、失念していた。

 焦った結果、勝負を急いでしまった。

 いくら自分の能力でも、宇宙までは範囲外。

 つまり、このまま息継ぎもままならずに、自滅するだけ。



「……?」



 ……出来できている?

 呼吸が?



「ま……まさか……!?」



 友灯ゆいが最初に仕掛け、最後まで遺憾、違和感なく発揮された、最大の絡繰からくり

 友灯ゆいにすら知らせずにいた、幾度とく記憶を消させていた、取って置きの秘策。

 それは、『幻惑』。



 つまり、今までのはすべて。

 U世界を模した別空間で行われていた、ホログラムを多用した、ド派手なマジック・ショー。

 どこぞのミステリオな金魚鉢男も驚きの、一世一代の特大サーカス。

 消された創作たちも、精巧に寄せられたVFX。

 この場に優生ゆうが現れた辺りから、偽の地球に転移させられ、一切の能力を完封されていたのだ。



 彼女がスキルを発揮出来できるのは、U世界限定なのを見抜いて。

 上述の通り、他の世界であれば、ほぼ無敵な優生ゆうの能力すら、無力化される。

 結果、痛々しく格好かっこ付けて叫び悦に入っているだけの、末期の中二病患者にまで成り下がったのだ。



 その確信を裏付けるかのように、パリパリパリと、黒く染まった景色が剥がれて行く。

 卵の殻を剥くみたいに。

 完成したパズルをバラしていくように。

 ガラスが割れ、破片が崩れ落ちて行くように。



 自分が作り上げて来た余裕、バリアみたいに。



「今日まですべあねぇの計算通りだったかもしれない。

 あねぇの唯一の誤算は」



 突如、後方から聞こえる肉声。

 続けて、すでにチャージを済ませている、オーセイバーの待機音。



あたしを、再び誕生させたことだぁっ!!」



 これまで、苦難の連続だった友灯ゆい

 が、おかげで、決して曲げない、負けない、めげないメンタルを勝ち取った。

 落ち着いてさえいれば、あらゆる自体を想定し注意深く臨機応変に対応し得る冷静さを磨けた。

 (今日みたいなケースは例外として)リンクを解除したおかげで、沈着な思考から導き出せる、自分絡みの項目ならすべてを叩き出せる、最強の頭脳に有り付けた。

 その気になれば地球さえ一瞬で、難く滅ぼせるほどの規格外の敵にさえ果敢に挑め、誤魔化ごまかし通せるだけの、戦力と舞台を用意出来できた。



 きちんと非礼を詫び、心を開いて説明さえすれば、ちゃんと分かり会える、最終的には笑い会える。

 そんな相棒が、仲間が、友が、家族が、どんな時だっててくれたから。

 生まれながらに真っ暗な、底無し沼のどん底に落とされていたからこそ、辺りから差し込む、照り付ける光を見付けられた。

 少しでもなにかが違えば、満たされていたら、備わっていたら、恐らく見落としていた。

 

 

 簡単な話である。

 なんでも出来できる、一人でも十二分にやって行ける、お堅い万能超人か。

 はたまた、すべてが不得意なりに直向ひたむき、不器用な本能、煩悩人間か。  

 どちらが、より好かれやすく、取っ付きやすく、惹かれやすく、親近感を持たれやすいかなど、自明の理。

 というか、一考にすら値しない。

 人間とは誰しも溺愛、出来合いの知識で生き、耐え凌ぐ、不完全な生き物なのだから。


 

 逆転の発想だ。

 真面まともに取り合えない相手なら、真面まともに取り扱わなければ良い。

 正攻法ではなく、成功を叩き出せる盤外戦術。

 ぶっつけ本番の卒試ではなく、準備次第で勝てる卒論方式を取った。

 ただ、それだけの事である。  



 優生ゆうように完璧だったら、きっと成し得なかった。

 無才で、無知で、無力で、無頼で、無鉄砲。

 そんな友灯ゆいだからこそ、周囲が気に掛け、注力してくれた。

 故に導き、引き寄せられた敢然たる結果。



 別に、これ自体は『奇跡』なんて大仰な物ですらない。

 優生ゆうが給えた、仲間が授かった『奇跡』染みた力を、今度こそ正しく行使出来できた。

 ゆえに、引き起こせた、呼び起こせた、確約された勝利。

 あれだけのチートを有した仲間と、今度こそ仲違いせず、再び一緒にられたこと

 それこそが、友灯ゆいにとっての『奇跡』なのだ。



友灯ゆいさんっ!!」

「マスターッ!!」

友灯ゆいぃっ!!」

「ボスッ!!」

「キャップッ!!」

殿とのぉぉぉぉぉっ!!」

「チィフゥッ!!」

「店長っ!!」

「店長さんっ!!」

「ミヤさんっ!!」

『ユーちゃんっ!!』

友灯ゆいっ!!』

『ユヒッ!!』

『店長!!』

「嬢ちゃん!!」

「お嬢さんっ!!」

「ボンノウンッ!!」

『行っけぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!』



 相棒、同僚、家族、友人、亜種族。

 どこかで選択肢をミスったら道を違えていた、消されていた、二度と話せなかった、味方になんてなってくれなかったか、およそ50人もの仲間達。

 垣根も、果ては時空さえも超え届けられたエールが、アクセルを介して友灯ゆいの背中を押し。

 応援を糧とするオーセイバーに、更なるコエナジーが降り注ぐ。

 ここまでお膳立てされてなにも感じないほど友灯ゆいは大人じゃない。



「……ったりめぇだ……!」



 ったく、どいつもこいつも……!

 本当ほんとうに、困った連中だ……!

 こんな土壇場で、特大サプライズなんか用意しやがって……!

 さては、はなっからグル、示し合わせてやがったな……!

 マスルオまで、アドリブで合わせやがってやぁ……!

 こっちが、アドリブとかプレッシャーとか、お涙頂戴的な流れに弱いの、熟知してるくせに……!

 ここまで順調にことが運べ、ことに当たれたのだって、ギリのギリギリ、ぶっちゃけマグレなのに……!

 仲間に、そこまで華ぁ持たされちゃあ、こちとら……!!



 覚悟を決め直し、皆の思いの宿った武器を再度、握り締める。


 

「……意地でも是が非でも、決めにゃあならんじゃろがいっ!!」



 一層、輝きを増したセイバーを構え、振り下ろさんとする友灯ゆい

 その表情は、今までにく、精悍だった。

 


「観念しろ……!

 今度こそ、ガチのマジで終わりだ……!!

 ……あねぇっ!!

 はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 はち切れんばかりの声量、熱量で、最後の一撃を放つ友灯ゆい

 渾身、会心の一発が、つい優生ゆうを、正面から捉えた。  



 優生ゆうが、大人の振りをした子供じゃなかったら、太刀打ち出来できなかった。


    

 自分に付きっ切りだった妹の、そんな変身具合を見せ付けられ。

 優生ゆうは、言い知れない心持ちとなった。

 喜ばしく、羨ましく、誇らしく、寂しい。

 複数の、色取り取りの感情が、渦を巻いて混ざり合っている。



 驚きもせず、振り向きもせず。

 目を閉じ、安らかな心持ちで、受け入れる優生ゆう

 今の彼女は、自分には眩しぎる。  

 きっと一目でも触れた途端とたん、網膜が焼け焦げてしまうに違いない。

 正面から直視など、出来できる道理はい。



 次の瞬間、優生ゆうの体はオーセイバーに切り裂かれ。



 勝負は、終わった。


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