18:和解、挽回、大全開

 翌日。

 新たに『トクセン』にスカウトされた6人は、一同に会した。

 友灯ゆいの指示により、彼と英翔えいしょうの自宅に招かれたのである。



「あははぁ。

 璃央りおちゃんと、紫音しおんくんだぁ。

 おひさぁ」

「1ヶ月くらい、会ってなかっただけじゃない。

 元気そうで何よりだわ、詩夏しいな

「ご無沙汰してます、詩夏しいなさん。

 いつも、弟がお世話になってます」

「いえいえぇ。

 こちらこそぉ」

「はーっはっはっはぁっ!!

 こうもつえぇ早く、また揃えられるとはぁ!!

 つえうれしい限りでありますなぁ!!」

「そうね。

 でも、あたし達の挨拶は、この辺にして」



 すでに近しい間柄だった4人は、再会の喜びを分かち合い。

 程無くして、少し離れた場所にる親子に、璃央りおが声を掛ける。



「シナリオ担当の、信本しなもと 璃央りおです。

 そっちのフワフニャが、スイーツ部門の小美おい 詩夏しいな

 こっちのノッポが、アトラクの守羽すわ 拓飛たくと

 そして、ここにおわすのが、守羽すわ 紫音しおん

 あたしの、最愛のアクターです」

「ご、ご丁寧に、ありがとうございますっ!

 奥仲おくなか 若庭わかばと申しますっ!!

 主に料理を受け持たせて頂きますっ!!」

「同じく、奥仲おくなか 寿海すみだよ。

 長年、サービス業を営んで来た。

 顔馴染みには、『オカミさん』で通ってる。

 みんなも、そう気軽に呼んでおくれ。

 生憎あいにく、特撮の知識は薄いが。

 かったら、仲良くしておくれ」

「自己紹介、痛み入ります。

 話は、簡単に聞いてます。

 以後、お見知りおきを。

 特に、若庭わかば

 既婚者同士、ねんごろになりましょう」

「は、はいっ!!

 喜んでっ!!」



 顔合わせ会の前から、すでに打ち解けつつある、2つのグループ。

 そのさまを陰で見守り、ほくそ笑んでから、友灯ゆいが6人に声を掛ける。



「ごめーん。

 お待たせしましたぁ」



 さも遅刻したように装い、肩でしていた息を整え、友灯ゆいは笑顔を向ける。



拓飛たくとくん、詩夏しいなちゃん以外は、まだでしたよね。

 お初に、お目に掛かります。

 あたしが、『トクセン』の店長で、アパレル担当の、三八城みやしろ 友灯ゆいです。

 こんなことを出会い頭、皆さんに明かすのはお恥ずかしいですが。

 8年間、東映に身を置いてはいましたが、特撮についてはズブの素人です。

 なので、互いのポストとか年齢とか気にせず、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」



 取り繕わずに自白しつつ、お辞儀する友灯ゆい

 あまりのオープンさに一同、面食らってしまう。



「……随分ずいぶん、明け透けね」

「ちょっと色々、ってね。

 嘘くのも、片意地張るのも、もうめたんだ。

 だって、馬鹿らしいし、疲れるだけだし。

 っても、極力だけど」

「面白い女ね。

 気に入ったわ。

 あたしは、信本しなもと 璃央りお

 これからよろしく、店長。

 このあたしを勧誘したんだもの。

 ちゃぁんと使いこなしてご覧なさい」

「……守羽すわ 紫音しおん、です。

 その……よろしくです、店長……」

「はーっはっはっはぁっ!!

 守羽すわ 拓飛たくとで候っ!!

 改めて、つえよろしくでさぁ、殿とのぉ!!」

みんな、バリカタに、おいしろそぉ。

 小美おい 詩夏しいなだよぉ。

 よろしくねぇ、チィフゥ」

奥仲おくなか 若庭わかばですっ!!

 浮浪だった所を拾って頂き感謝します、店長さん!!

 不束者ですが何卒、よろしくお願い致しますっ!!

 精一杯、『トクセン』と皆さんに尽くしますっ!!」

「同じく、奥仲おくなか 寿海すみだ。

 金銭的にも、知識的にも、家族の為になるチャンスだから、来た。

 これから世話になるよ、店長」

「おうっ!!」



 各々おのおのが差し出した手を握り、健闘を誓い合う友灯ゆい

 


 手応え、り。

 紆余曲折を経て、今度こそ快調な滑り出しを、友灯ゆいは切れたのだった。



 もっとも。

 これから、大荒れになるのだが。



「そだ。

 みんなに、プレゼントを持って来たの。

 うちお抱え、異次元のメカニックの開発した高性能デバイス。

 お近付きの印に、良かったら、是非。

 皆のイメージに合わせて、カラーリングもして来たから」



 言いざまに、友灯ゆいは鞄から6つのアイテムを出す。

 トケータイに酷似した、なにやら小さい鍵の付いた新装備である。

 


「『アクセル』。

 人類にさらなる『加速』を導く、『ブレスレット』型のアイテム。

 ソーラーだし、バッテリー長持ちするし、軽いし、頑丈だし、防水だし、排熱バッチリだし、映像を映し出せるし、色んな機器のリモコンにもなるし、バーコード読むだけで買った本やDVDを電子で持ち運べるし、ルーターとしても機能してるからギガ知らず。

 今の内に、試遊しとくといかも。

 それ自体が、『トクセン』のカード・キーになってるし。

 近々、『トクセン』で大々的に発表、販売する予定だから」

「す、すごい……!!

 こんなハイテクな物を、タダで頂けるなんて……!!」

「いや。

 そんなレベルじゃないでしょ。

 スマート◯ォッチすら凌駕してるじゃない。

 これを、一般向けに販売する?」

「うん」

「何回払いで?」

「一括」

「……いくらで?」

「一諭吉くらいかなぁ?」

「スマホ会社、経営破綻させられるわよ!?

 それも、同業他社でもない、ぽっと出によって!!

 こんなん、誰だって乗り換えるに決まってるじゃない!!

 てか、そんな凄腕の発明家が、なんだって一介のホビー・ショップに務めてるってのよ!?

 あと、その鍵みたいなの、なにっ!?」

「アクセです。

 ストラップみたいな物です。

 えず、使ってみて。

 ボタン押すと、フィットするから」

「やっぱり、っ壊れ性能じゃない!!

 リアル変身ベルトみたいになってるじゃない!!」

「壊れてるのかい?」

「違う!!

 あ、こら、紫音しおん、あんたって子は!!

 ろくにチェックもしてないのに、不用意に触るんじゃないわよ!!

 爆発でもしたら、どうするのよ!?

 あたしが手厚く介護するだけよ!!」

「過保護だよ、リオねぇ

「あんたが保護対象ばりに尊いからよ!!」

「平気だよ、リオ様。

 ほら。すでに装着済みのあたしも、この通りピンピンしてるし」

「店長のだけ特別製かもしれないじゃない!?

 怪しい鍵も付いてないし!!

 あと、妙に馴れ馴れしいわね!?」

「はーっはっはっはぁっ!!

 そういうことでしたらぁ、つえぇ自分に、つえぇお任せあれぇ!!」

「あんたは、かっとビングばっかしてないで、もっと自分をたっとびなさいよ!!

 いしのまき観光大使じゃないんだから!!

 いのち、だいじに!!」

なんだい。

 本当ほんとうに、なんともいじゃあないか」

「お義母かあさまぁぁぁぁぁ!?」



 と、こんな調子で騒がしくなったが。

 数分後、どうにか全員、着用に至るのだった。

 


 6人のセーブ・データを、引き継ぎするためのアイテムを。



「あぁ……おいたわしや、お義母かあさま……!!

 不出来な娘を、どうかお許しくだ

 ……あれ?

 店長さん?」

「ここ、は……。

 ボスの家の、前……?」

「あれぇ?

 シィナわぁ。

 どぉして、ここにぃ?」

「自分達は……今まで、なにを……?

 確か、宴の席の、真っ最中だったはず……」

「記憶が……錯綜さくそう、してる……?」

「一体、なにがどうなっているんだい?

 教えておくれよ、店長」



 その場にた全員が、友灯ゆいへと説明を求める。

 ほんの少し前……仲違いする直前までの、いつも通りの、慣れ親しんだ様子で。



 感極まり、友灯ゆいは思わず泣きそうになってしまった。

 しかし、どうにか耐え、平静を装って振る舞う。



「いきなり、ごめん。

 ううん。今回だけじゃない。

 みんな……本当に、ごめん。

 でも、謝罪の場は、別に設けてる」



 涙腺が限界だったので、友灯ゆいは6人に背中を向け、げる。



「付いて来て。

 全部、ちゃんと説明、釈明するから。

 これまでと、これからのこと

 今度こそ、包み隠さずに」





 すで英翔えいしょう珠蛍みほと彩葉いろはが待機済みのリビング。

 先日、凄惨せいさんな有様となった因縁の場所にて行われた会見。

 現実離れし過ぎた内容に一同、困惑した。

 


「以上が、今までの真実。

 そして、これからの現実」



 アクセルをパワー・ポイントのように活用しての説明を終える友灯ゆい

 疲労を隠せない彼女に、英翔えいしょうが無言で、ペットボトルの紅茶を渡し。

 友灯ゆいも、お礼を述べつつ受け取るも一旦、テーブルに置く。

 ありがたくはあったものの今は、とてもではないが、そんな気分でも空気でもなかった。



「これを踏まえた上で。

 改めて、みんなに謝罪する。

 本当ほんとうに、ごめんなさい。

 いくら、敵の罠だったとはいえ。

 あの時も、それまでも。

 散々さんざっぱら、振り回して。

 迷惑、かけまくって。

 裏切って、傷付けて。

 挙げ句の果てに、性懲りも無く、あたしの独断専行に巻き込んで。

 みんなを、あれだけ困らせ、呆れさせたのに。

 みんなはもう、平和なルートを過ごせたかもしれないのに。

 本当ホント……ガチのクズだよね、あたし

「そ、そんなことっ!!」



 友灯ゆいをフォローしようとした若庭わかばを、璃央りおが制した。

 そのまま璃央りおは、腕組みをし、壁に凭れながら、友灯ゆいを睨む。



「そうね。

 いくら、あんな、不可抗力でしかない事情がって、ボス本人も途中まで知るよしかったとはいえ。

 やってことと、悪いことる。

 ボスの暴走も、英翔えいしょうの暴走も。

 結局の所、ボスのメンタルが起因してるんだから。

 目先の目標を失い、店長としての役目も奪われ、意気消沈していた背景を考慮したとしても、ぐに許されることではないわね。

 まぁ、かくいうあたしも、あんまり偉ぶれないけれど」



 自嘲し、璃央りおは真顔で友灯ゆいを眺める。


 

「で?

 あたしみんなが協力するかいなかは別問題として。

 これから、どうするもり?

 あたしたちはまだ、あなた自身の方針、抱負を語られていない。

 お聞かせ願おうかしら?

 今、この場で」



 壁から離れ、自分の足で立ち、真意を問う璃央りお

 一方、友灯ゆいは押し黙った。


  

 立ち返ってみれば。

 これまで友灯ゆいは、自分の心と向き合ったことなど、ほとんかった。

 ただ、姉の真似マネをしていただけだった。

 英翔えいしょうと喧嘩するまで、まるで己を見ていなかった。

 


 全員が、固唾を呑んで、友灯ゆいに意識を傾けた。

 英翔えいしょうですら、手出しをしようとしなかった。

 リンクを解除していても、察せられたのだ。

 こればっかりは友灯ゆいが、自分だけで選択すべきだと。



「……知っての通り。

 あたしは、正真正銘のクズだ」


  

 一同が注目する中、友灯ゆいが始めたのは、単なる自分語りだった。

 しかし、璃央りおは落胆しない。



 そこにたのは、数分前ではなく、1年前に出会った、友灯ゆいの仲間だったから。

 ネガってるだけの人間ではないことを、彼女のあきらめの悪さを、熟知している。



「家事は何一つ出来できない。

 カリスマも、知識も、品性もい。

 メンヘラでものぐさで強情っ張りな、救いよういエゴイスト。

 こんなん、クズ以外の何者でもない。

 ……でも。

 エイトも、ケーも、彩葉いろはも。

 そんなあたしを、また、選んでくれたんだ。

 あたしと、馬鹿バカげた戦いに身を投じる選択肢を、チョイスしてくれた。

 リンクの切れたエイトにはもう、あたしに付き従う理由も、義理もいのに。

 新しいテキスターを見付けることだって、可能だっただろうに。

 えて、そうしなかった。

 あたしの我儘に笑顔で、無表情で、シニカルに、付き合ってくれた。

 ……こんな、ダメダメで最低な、あたしだけどさ。

 だからこそ折角せっかくもらえた分は、きちんと返したいんだ。

 信頼とか、期待とか、優しさとかに。

 ちゃんと、応えたいんだ。

 こんな恥ずかしいこと、人前で口にするのははばかられるけどさ。

 そういうのに打算く有り付けたのは、あたしにとっては、奇跡以外の何物でもないから」



 握り拳を正面に掲げ、友灯ゆいは宣言する。



「今度こそあたしは、自分の願うあたしを体現させたい。

 クズクズでも。

 自分の、皆の希望を叶える、輝けるクズに。

 そんな『星屑』に、あたしはなる。

 来てくれた人も、冷やかしの人も、遊びや暇つぶし目的の人も。

 働いてくれるスタッフも、オンラインのみ利用する購買層にも、『特トーク』だけ楽しんでるリスナーにも。

 特撮に、『トクセン』に関わった全員の夢を、リクエストを。

 あたしは、実現させたい。

 みんなと、一緒に。

 勿論もちろん、一部の、悪どい手合いは別として」



 手を戻し、こうべを垂れ、友灯ゆいは訴える。



「無理難題吹っ掛けてるのも、虫が良過ぎるのも、百も承知です。

 その上で、お願いします。

 根性にだけは、自信と定評のあたしを。

 欲張りで、意地っ張りで、見栄っ張りなあたしを。

 どうか、助けてやってください。

 あたしの守りたい物を、一緒に守ってください。

 もう一度だけ、あたしにチャンスをください。

 もう一度……あたしを、仲間に。

 みんなの『店長』に、してください」



 誠意なんて言葉を、語るもりはい。

 そもそも、振り翳せるだけ持ち合わせているかも、はなはだ怪しい。

 

  

 それでも、友灯ゆいは頼み込んだ。

 なけなしの誠意を、振り絞って。

 


 わらにもすがる姿に、戸惑ったのだろう。

 狼狽ろうばいすら出来できないままに、各々おのおのが顔を見合わせた。



「まだ、足りないんじゃなくって?」



 友灯ゆい以外の視線が、璃央りおに注がれる。

 腕組みをしつつ、彼女は続ける。



あたしは別に、ボスだけでもいけれど。

 それだと、誰かが悲しむ、納得しないかもしれないわ。

 だから、英翔えいしょう

 あんたも悔いてるなら、歓迎されてもい。

 多少、困らされても、ちゃんと謝罪がって、この場で和解するなら、やぶさかでもない。

 みんなを養うだけの備蓄なら、余裕ではないけれど。

 待遇も、そんなに変えない。

 明るくアット・ホームでフレンドリーでクリーンでオール・グリーンな職場環境を、新たに構築したってい。

 あとは、あんたの態度次第。

 そうじゃなくって?」



 意味深に微笑む璃央りおの言葉により、今度は英翔えいしょうが、一同の気を引いた。



 憎まれ役を買ったのだ。

 これで英翔えいしょうは、友灯ゆいにすら奪われない、参加券を得た。

 璃央りおによって、やり直す絶好の機会を与えられたのだ。

 いつぞやの、意趣返しに乗せて。

 

 

 器用なのか不器用なのか、分からないが。

 璃央りおは、もう怒っても恨んでもいなかった。

 

 

いくら、ボスの趣味全開だろうと。

 ゼロワ◯的な意味で、シンギュラリティに達したばかりとはいえ。

 あんた、一端の男だし。

 それ以前に、あんたはボスのトコシエで、同居人で、元心の翻訳者で、妄想の相手で、相棒でしょうが。

 後方、西馬◯コ面気取って、いつまでも黙秘権行使しおってからに。

 大事な相手が、ここまで一方的に叩かれて、恥ずかしくも悔しくもないの?

 それとも、なに

 この場にはない、こども店長ばりに、苛烈にディスって、愛しのユーさんを泣かせてあげましょうか?

 そうまでして、意図的にゼツメライズされないと、意見すら真面まとも出来できないっての?」



 中々に酷い言葉で、焚き付ける璃央りお

 悪意こそいが、文面だけなら、ただの嫌な女である。


 

 ここまで虚仮こけにされ、黙っていられるほど。

 英翔えいしょうは、ロボットではない。



「……違うよ。

 ちゃんと、口出しもする。

 確かに、俺は所詮、ロボットだけど。

 友灯ゆいさんの無言のフォロワーじゃない。

 ちゃんと……ジリツ出来できる」


 

 並び立ち、皆を一望しながら、英翔えいしょうは話す。

 命令でも、願望でもなく。

 あくまでも、自分の心で。



「……テーブルぶつけて、ごめん。

 ……笑顔を絶やさせて、ごめん。

 ……思い切り蹴らせて、ごめん。

 ……嫌われ役やらせて、ごめん。

 沢山たくさん沢山たくさん……ごめんなさい。

 こんな、俺でかったら、もう一度だけ。

 ……友達になって、くれませんか?」



 頭を下げ、タイルを見詰める英翔えいしょう

 気付けば、そこに、璃央りおの靴が映った。



「……馬鹿は休み休み言って頂戴ちょうだい

 ここまで嫌がらせされて、怖がらされて、困らされて。

 人間じゃないとまで、明かされて。

 作り物、偽りの関係だって知らされて。

 友達云々すら、プログラムだってげられて。

 一度は、あそこまで徹底的に突き放されて。

 ……比喩でも大袈裟でも被害妄想でもなく、ガチのマジでリアルに殺されかけて。

 今更、そんな関係に。

 なにも知らなかった、疑いもしなかった頃に、戻れるわけいわ」

「……っ」



 なんとなく、予知していた。

 自分は、友灯ゆいみたいにはいかないだろう、と。



 友灯ゆいみんなに嫌われたのは、自分が余計な提案をした所為せいだ。

 おまけに、彼女と違って、物理的にもみんなを苦しめている。

 なにより、自分は機械。

 どんなに取り繕っても、人間ではないのだ。

 これでは、仲直りなんて、出来できる道理はい。



 などと思っていたら。

 唐突に、璃央りおが抱き着いて来た。



「……紫音しおん型ロボットでラッキーだったわね、あんた。

 これなら、二重の意味で、不倫にはならないもの。

 本当ほんとう……憎めない、贅沢者め。

 精々せいぜい、感謝、享受なさい。

 こんなサービスめったにしないんだからね。

 世界広しといえど、紫音しおん以外には、あんたくらいよ。

 このあたしが、殿方に、それも自分から引っ付くなんて。

 あとは精々せいぜい拓飛たくとくらいかしらね。

 まぁ結局の所、愛する紫音しおん絡みなのだけれど」

璃央りお、さん……?」

「鈍い男ねぇ。

 心に気を取られぎなんじゃなくって?

 少しは、ここも働かせなさいな。

 こー、こー、も。

 そんなんじゃ、女はなびかないわよ。

 あーでも、そのくらいのがボスにはおあつらえ向きかしらねぇ」

「リオ様、ひどい!!」



 一旦、英翔えいしょうから離れ、彼の額を指でツンツンと突き。

 揶揄からかわれ、涙目になっている友灯ゆいの反応で悦に入り。

 涙を流しながら、璃央りおは再び、英翔えいしょうをハグした。



「……さっきの、続きだけれど。

 あれだけのことったのに、身も心も、あんたの闇落ちも許してる以上。

 今更、『友達』に後戻り、逆戻りなんて、出来できないわ。

 だって……そんなの、もう、『親友』でしかない。

 でしょ?」

「……親、友?」

「知らないのね。

 なら、仕方ないわね。

 このあたしが、特別に教えて進ずるわ。

 流れとか都合で、一緒にるんじゃない。

 プライベートで、予定を取り付けられて。

 なるべくなんでも話せて。

 ドタ参加やノー・プランで遊びに出掛けられて。

 互いの趣味について、一思ひとおもいに話し込めて。

 美味おいしい物を、好きなだけ食べに行けて。

 特に用事も目的も業務連絡もく、何時間でもRAINレイン出来できるし、グループとかも作れて。

 ピンチの時は、かならそばで、互いに助け合えて。

 嫌な部分が見えても、好きな部分で上書き出来できて。

 解釈違い、行き違いが生じても、互いに非を詫びれて、折衷案で折り合いを付けられる。

 そんな、関係性のことよ。

 ようは、友達の上位互換。

 拓飛たくとの言葉を借りるなら、『つえぇ友達』って所ね」

「……つえぇ、友達?」

「そうよ。

 それで?

 この、世紀のイケビジョオー、璃央りおさまに認められた、今の気分は如何いかが?」

つえうれしい」

よろしい。

 その殊勝な心掛けに免じて、今回だけは、不問に処するわ。

 今後も再犯、再発防止に努めなさい」

「ん」

「てなわけで、ご褒美タイム終了。

 抱き心地が劣る、ちょっとゴツゴツしたパチモンは、熨斗のし付けてお返しするわ。

 ほら、ボス、仕事なさい」

本当ホントに酷いっ!?」

「酷い……。

 重い……」

あたし台詞セリフぅ!!

 早く降りろやぁ、エイトォ!!」

「隙りぃ!!」

「有り」

彩葉いろはぁ!!

 ケー!!

 お前等やぁ!!」



 いきなり離れ、かと思えば友灯ゆい英翔えいしょうを押し付ける璃央りお

 どさくさに紛れて合法的に友灯ゆいに触れるとあって、嬉々としてのし掛かる彩葉いろは

 同じく、彩葉いろはに構って欲しい岸開きしかい

 辺りはたちまち、お笑いムード一色と化した。



「さて、と」



 パン、パン、と手を叩き、璃央りお紫音しおんたちの方へと振り向いた。



「てなわけで。

 残念だけれど、あたしも裏切らせてもらうわ。

 悪く思わないで頂戴ちょうだい

 で、紫音しおんは強制参加として。

 みんなは、どうしたいかしら?」

「……もぉ。

 リオねぇの、ウマシカさん。

 そんなの……断る理由、いよ。

 それと、エーくん相手とはいえ、ボクの許可無く男に触った以上。

 後で、罰ゲームだからね」

「同じくです!!

 微力ながら、私もお手伝い致しますっ!!

 今度こそ、初期からお役に立ってみせます!!」

生憎あいにく、転職先は見付かってないんだよ。

 それに、新凪にいなをがっかりさせたくないからねぇ。

 私も、残留するよ」

「はーっはっはっはぁっ!!

 つえぇ自分が、更につえ後世じぶんになるつえぇチャンス!!

 みすみすよえぇ見逃すほど、自分はよえぇ愚かではありませぬぞぉ!!

 ここで腹を決めねば、男じゃあねぇぇぇぇぇ!!」

「シィナもぉ。

 さっきの話ぃ。

 すごく、おいしろそうだったしぃ」

「結構。

 だそうよ、ボス。

 それじゃあ早速、食事しながら再度、ブリーフィングでもしましょうか。

 この、『URユーレア計画』とやらについて」

「その前に、助けろぉ!!」



 友灯ゆいの叫びにより、なんとか引き離し、掘り起こしに成功した後。

 男性陣や詩夏しいなが料理を並べる中。

 先程ほど英翔えいしょうに渡された紅茶で、友灯ゆいは一服した。





「さて、と。

 じゃあ早速、確認したいのだけれど」



 彩葉いろはの用意したレジュメを、食べ進めながら璃央りおが持ち上げる。



「ライオン◯リーナーとか、アイちゃ◯とか、ハネジロ◯とか、人型セブンガ◯とか。

 他にも、特撮の関連グッズや、そうでもない物まで。

 ここら辺を、本気で造ると?」

岸開きしかいならば、プラス可能だ」

「ええ、そうでしょうね。

 あんたなら、現代の最新家電なんか用意に超越出来できるでしょうね。

 なんたって、近未来のパラレル地球から来た、疲労知らずのロボットなんですから。

 問題は、そこじゃないわ。

 アクセルの件も、そうだったけど。

 こんなチート商品が、最安価で叩き売られちゃ、他の会社は商売上がったりじゃない。

 冗談でもなんでもく、経済崩壊を招くわ」

「ならば、もっと色々と考えればい。

 岸開きしかいの知る所ではない。

 それは、現代の金融事情、ギャランティの問題。

 一部の悪徳な富裕層が自壊、自戒すれば済む話」

「そんな簡単にはいかないから、未だにデフレ脱却出来できてないし年々、税金が跳ね上がり、毟り取られてるんじゃない。

 郷に入っては郷に従いさないよ。

 ちょっと、ボス。

 あんたからも、なんとか言って頂戴ちょうだい



 話にならないので、友灯ゆいに助けを求める璃央りお

 友灯ゆいは、少し考えてから、答える。



さっきも、軽くは話したけどさ。

 この世界は謂わば、あたしために作られた。

 って、設定なんだよね」

「……だから?」

あたしために作られた設定せってぇ。

 どう使おうが、あたしの自由じゃろがい」

岸開きしかいは、すでに郷に従っている。

 マスターこそが今、この世界のルール、すなわち郷である」

「あんたたち……」



 クズりを全面に押し出され、物も言えない璃央りお

 一方、友灯ゆい珠蛍みほとは、目配せもく、拳を突き合わせている。

 いくなんでも、親しくなりぎというか、ギャップ有り過ぎである。 



「まぁ、この件は、もういわ。

 確かに、事情が事情だし、なりふり構ってられないものね。

 じゃあ、次の件だけど。

 この、『常仲じょうちゅうヒーロー』ってのは?」

「文字通り、今までにい、『トクセン』限定、オリジナルのヒーローだよ」

ようは、あたし達流の、破牙神ばきしんライザ◯ね。

 それを、常駐させようと?」

「可能だ。

 すでに、新規のスタッフも確保した」

「そう。

 私の親友、明夢あむ栞鳴かんな留依るいも、『トクセン』に入ってくれることになったの。

 それと、リオ様達が一緒に仕事してた、劇団員さんたちも。

 丁度、まだ就活中でさ。

 全員、オファーを受けてくれたよ」

「おぉ!!

 それは、つえぇ真でやんすかぁ!?」

つえぇ真。

 っても、マツケ◯の頃はさておき。

 1年前までのあたしことほとんど知らないから、ナゾトキーは、まだ使えなかった。

 ようは、ホンノウンの一件には当分、ノー・タッチでいてもらもりだけど。

 他に追々、話せるにしても、あたしの家族、知り合いくらいかなぁ。

 総勢50人弱と、大所帯でもあるしさ。

 そっちについては当分、くれぐれもオフレコでね?

 特に、拓飛たくとくん」

「はーっはっはっはぁっ!!

 あい委細承知仕りましたぁ!!

 つえぇ皆さんとまたつえぇ働けるのであれば、自分はなんでもつえぇ構いませぬ!!」

ちなみにオーディションで、ショーや握手会、ダンスとかをしてもらう。

 紫音しおんくんや拓飛たくとくんだからって、贔屓はしないからね?」

「必要無いわ。

 うち紫音しおんなら、どんな仕事でも役でもマルチにこなせるもの」

「は、恥ずかしいけど、そのぉ……。

 ……頑張り、ます」

「陰ながら、応援してる。

 あと、遊園地の飲食店の人達も、来てくれるって。

 こっちも、全員。

 ちょっとした対価は、求められたけどね」

「対価?」



 可愛かわいらしく小首を傾げる紫音しおんに、意味深に微笑ほほえみ。

 頬杖をつきつつ友灯ゆいは、詩夏しいなを見た。



「『詩夏しいなちゃんの特製スイーツ食べ放題権』。

 だってさ」

「っ……!!」



 思わぬ展開に、にやけ面のまま、詩夏しいながフリーズする。

 隣に座る彼氏が、即座に舞い上がる。



「おぉ!!

 つえかったですなぁ、詩夏しいな殿どのぉ!!

 皆、詩夏しいな殿どのつえぇお菓子を、詩夏しいな殿どのとまた共につえぇ働くことを、つえぇ切望しておられて!!」

「……うんっ……!!

 うんっ……!!

 シィナ、今、今ぁ……!!

 マシマシ、バリカタに、スペシャリテ……!!」



 いつも緩い詩夏しいなにしてはめずらしく、感情を声に乗せる。

 つまり、『すこぶる幸せ』ということだと、友灯ゆいは受け取った。



 当然である。

 ひとりぼっち、嫌われていると信じ込んでいたのに。

 ここまで、求められていたのだから。

 


 照れるから、えて伏せたが。

 それを聞いた友灯ゆいも、目頭が熱くなったのだ。



 それにしても。

 改めて見ても、中々にお似合いのカップルだ。

 どちらも、誰かの笑顔が見たくて、変わったのだから。



 食べ過ぎる、作り過ぎるというだけではない。

 二人が惹かれ合ったのは、そこにるのかもしれない。



「上々。

 それで、ボス。

 スーツは、岸開きしかい保美ほび、ボス。

 演出は、団長達がなんとかしてくれるとして。

 脚本は?」

「『オリオン』に頼む予定。

 っても、オファーはまだだけど」



 オリオン。

 その名前を出され、璃央りおは渋面となった。

 

 

 そして、思った。

 ボスはボスでも、ラスボス級だったと。

 エリアボスみたいに、簡単にはなせないと。


 

「オリオン?

 って、何方どなたさんですか?」

「リオ様たちの所属していた、劇団の脚本家。

 っても、それ以上の情報は不明で、あたしもコンタクト取れなかったけど」

「ミステリアスな方ですね。

 ……あれ?

 でもさっき、店長さん、『スタッフは全員、確保した』って」

「これから、スカウトするってこと

 元同僚で、同じ脚本家なら、連絡先くらい知ってるでしょうし。

 てなわけで、よろしくね?

 リオさま



 手を合わせ、拒否権もく頼み込む友灯ゆい

 それは璃央りおの目に、明らかに試しているように映った。



「……ええ。

 分かったわ。

 交渉してみましょう」

「やりぃ!!」

「良かったぁ。

 これで、安泰ですね、お義母様」

「そうだねぇ」



 若庭わかばに肯定しつつ、寿海すみは横目で璃央りおを眺めた。

 なにかを察した、眼差しで。



 簡単な話し合いも終わり、どんちゃん騒ぎを始める一同。  

 賑やかな宴の席で、ただ一人。

 紫音しおんだけが無言で、テーブルの下で、璃央りおの手を握っていた。





 これからの『トクセン』の照らし合わせが済んだあと

 璃央りお紫音しおんは、帰宅していた。

 なお、他のメンバーは、有志により、未だに豪邸でお祭り中らしい。

 しかも、明日は遊園地メンバーも合流するらしい。

 一体、何次会目なのやら。 

 


 そんな中、自分達だけが帰っては、水を差すのでは?

 そう思い、友灯ゆいに確認したが、袖にされた。



「色々、溜まってるでしょ?

 二人は、特に」

 と、いやーな感じの笑顔と共に。


 

 ……分かっている。

 色々の中に、『業務』以外の物も含まれていることも。

  


 それは、もう。

 確かに自分達は、未挙式ながらも夫婦。

 しかも、契約でも偽装でもなく、小学生の頃から両片思い、高校生からは晴れて相思相愛だった、幼馴染である。

 そして、普段の言動や外見、自称はさておき、自分達は一組の男女。

 そこに、セール&キャンペーン中の、数ヶ月分のお預け期間の記憶が上乗せされ。

 気付けば無意識の内に、ベッドの上に体が引き寄せられていれば。



 ようは、まぁ。

 ことである。



 おまけに、あれだけ精神的に幼く、失礼ながらも、恋愛経験も浅い友灯ゆいに見抜かれ、あまつさえ気遣われるとは。

 これを恥と捉えず、なんとしよう。



「……不覚だわ。

 紛れもく、一生物の黒歴史……。

 穴がくても、入りたい……」



 これからは、そういう言動は控えよう。

 ちゃんと、仕事しよう。

 そう、今更ながらに、璃央りおは誓った。



璃央りお

 お風呂、上がったよ」

「え、ええ!!

 おかえりなさい!!」

「……?

 どうしたの?

 なんだか、変だよ?

 お風呂だって、別々だったし」

「な、なんでもないわっ!!」



 細く、引き締まった肉体美に、思わず喉を鳴らしかける璃央りお

 ついでに言うと、タオルをポンチョ巻きしている紫音しおんは、いつ見ても破壊力抜群。

 普段ならば、飽きもせず、その尊さ、愛しさ、可愛さについて、怪文書染みたレポートをアドリブでしたため、紫音しおんに提出している所だ。



 すでにドライヤーも済んでいる紫音しおんは、璃央りおの横に座り。

 ポスッと、彼女の肩に頭を載せ、目を閉じた。



「大丈夫。

 ぼくも、い大人、所帯持ちだから。

 璃央りおの心の準備を無視してまで。

 いきなり、召し上がったりはしないよ」

「……」


  

 天変地異を起こしていた璃央りおの脳内、胸の内。

 それが、一気に引き、雲が晴れた。



 こういう時、染み染みと思う。

 自分の男を見る目は、微塵も間違っちゃいなかったと。



「……そもそも、あんたの主食は、あたしのリアクションと、絶景たる美ボディだけでしょうが。

 だからといって、さほど不満も無いけれど」

「多少は、るんだよね」

「そりゃそうよ。

 このリオ様とて所詮、一人の女。

 枯渇とは無縁の、パトスはるわよ。

 けれどね、紫音しおん



 紫苑の頭に自分のを乗せ、肩を抱き寄せ、璃央りおは断言する。



「だから、なんだってのよ。

 すべてを承知で、あたしは受け入れたのよ。

 あんたのことも、あんたと二人だけで歩む未来も。

 ……常日頃、二言目には、惜しげもく披露してるはずよ。

 あたしは、あんたさえれば、どこへでも行くし、どこでだって生き残れる。

 男の子も、女の子も、孫もらない。

 無性愛者だろうと、関係無い。

 あたしを愛してくれる紫音しおんが、あたしそばで、はにかみ笑顔でてくれさえすれば。

 あたしはもう、最強で完璧なのよ。

 そのためあたしは、イケビジョオーになったのだから。

 そこら中の女子よりも可愛くなることで、誰の好意も寄せ付けまいとし。

 目覚めた同性が近付こうものならジオンになって、視覚外しかくから、場合によっては下半身を蹴っていた。

 そうまでして恋愛、老若男女を拒絶していた、あんたと釣り合うために。

 あたしの、涙ぐましい弛まぬ努力を、他でもない、あんたが否定しないで頂戴ちょうだい

「……うん。

 ありがと」

「危うかったわね。

 そこで『ごめん』なんて寝言ほざこうものなら、あたしの恋も冷めてたかもしれないわよ?」

「そしたら、また着火するんでしょ?」

「当たり前よ。

 このあたしを、誰だと思ってるのよ。

 天下無敵の紫音しおんガチ信者、信本しなもと 璃央りおさまよ。

 あたしの狂愛を、舐めるんじゃないわよ」

「自分で言うかなぁ、全部」

「言わせたのは、あんたでしょうが」

本当ホント、酷い人だなぁ、璃央りおは。

 まぁ……だからこそ、っとけないんだけどね」



 角度を変え、上目遣いで紫音しおんは言う。



「こうしてると、思い出すね。

 出会ったばかり、小学生の頃。

 目を閉じさせられた僕の前で璃央りおが、自分の髪を切った時のこと

「だって、ひたすら拒否られるのが我慢ならなかったんですもの。

 だから、あたしの髪、女の命を捧げることで、あんたの気を引いて、なおかつ責任取らせようとしただけよ」

「ホント……やっぱ酷い人だよ、璃央りおは」

「そうよ。

 こっ酷く、い女なのよ」

「矛盾してるし、言いたいだけだよね?」

「そんな瑣末なことは、どうだっていのよ。

 現に、そんな奮闘もってか、あんたは今、あたしに服従してるんだから」

「そこまで尽くしてるもりもいんだけどなぁ」



 苦笑いしたあと紫音しおんは尋ねる。



「キャップから、頼まれた件。

 どうするもり?」



 この質問を予測していた璃央りおは、目を閉じ髪を掻き分け、強気に返す。


 

「決まってるわ。

 オーダーには答える。

 それが、あたしの流儀だもの」

「ちゃんと、分かってる?

 それってさ」



 紫音しおんの唇に、上から奇襲をかける璃央りお

 二つの意味で口封じを済ませ、同時に彼の注意を引き付ける。



「……心配には及ばないわ。

 ちゃんと、分かってるもの。

 あたしの力だけじゃ、成し遂げられないことも。

 ボスから任されたタスクをこなすには、他に誰の力が必須なのかも」



 今一度、紫音しおんにキスをし、ベッドに静かに押し倒し。

 璃央りおは、懇願する。



「……紫音しおん

 あたしに、協力なさい」

「……逆じゃないかな?

 立場も、体位も、カップリングも」

「『性別』について流したのは、賞賛に値するわ。

 それはそうと、紫音しおん

 大人おとなしく、観念なさい。

 あたしに従う他に、あんたに道は無いはずよ」

「相変わらず強欲、強引、豪胆だね」

「当たり前よ。

 これくらいじゃなきゃ、あんたとはやっていけない。

 リードしなきゃ、気持ちを伝えなきゃ、あんたに逃げられるのが関の山だもの。

 出会ったばかりの頃のように」

「もしかして一生、引き合いに出される?」

「恨むべきは、あたしじゃないわ。

 黒歴史を粗製乱造していた、自分自身の方よ」

「……あの頃のぼくが相当に擦れていたのは事実だけどさ。

 未だに根強く、根深く残った古傷を抉るのは、なんだかなぁ」

「問題無いわ。

 あたしが最速でオペすれば済む話だもの」

「マッチポンプって知ってる?」

「ええ。

 あたしの心を滾らせ、あたしの乾きを潤わせる存在。

 つまり、あんたのことよ」

「もう、どうにも止まらないんだね」

「分かってるなら、早く」

「そうだね。

 けど、その前に、最終確認」



 紫音しおんを包むタオルを、剥がしにかかる璃央りお

 その手を制し、自身の胸、心臓へと、紫音しおんは運んだ。

 試すような、探るような、眼差しで。



「もう一度、二人で一人の脚本家、『オリオン』になる。

 つまり、ぼくと相乗りする。

 そう解釈して、期待して。

 自惚うぬぼれて、構わないんだよね?」

「……不服?」

「服が不要になりつつあるのは、璃央りおの方。

 っていうのは、冗談だけど。

 本当ほんとうに、いんだね?

 璃央りおのポリシーとプライドを、またぼくが捻じ曲げても。

 脚本家として大成しつつあった璃央りおを連れ戻した時でさえ、冷戦状態になったのに」

「脚本家?

 それを言うなら、『便利屋』『掃除屋』でしょ?

 大改造のあとしまつを押し付け、性懲りも無く駄ニメ、お遊戯会を粗製乱造し続ける、傍迷惑な、肩書だけの監督、プロデューサーにとっての。

 おかげでこっちまで、『死神』『疫病神』だのと言われたのよ。

 その弊害で何度、別名義うらあかを作ったことか」

「一部では、『最後の良心、砦』とも呼ばれてたけどね。

 ていうか、脱線してる所、悪いけど。

 本当ほんとういの?」



 璃央りおに向けて、両手を伸ばす紫音しおん

 意図を取った璃央りおは、彼の体に着地し、抱き着く。



仕方しかたいじゃない。

 確かに、ストーリーは全部、あたしが手掛けたいし、他の脚本家なんてお呼びじゃないわ。

 でもあたし、アクションはからっきしなんだもの。

 おまけに数年前までは、表現力はさておきオリジナリティーすら微妙で、原作付きしかオファーされなかったし」

「あまつさえ、璃央りおのルックス頼りの、予算もスタッフもカツカツな状態でね」

本当ほんとう、あの頃はひどかったわ。

 そんなにアレってんでもないでしょうに」

「良く言えば独特、悪く言えば猛毒なだけだもんね。

 精々せいぜい、『付き合いたてなのにスキンシップを拒む理由は、彼女が手の目だったから』とか、そんなレベルだもんね」

「だって、普通にいやでしょ?

 そんなの」

「そうだね。

 発展性がい、一発ネタ、出オチがぎるって意味でも、いやだね」

さっきから随分ずいぶん下手ヘタなフォローねぇ」



 滑り込ませた手で、紫音しおんの背中を軽く抓る璃央りお

 ギブ、ギブと言うように、紫音しおんは笑いながらベッドを弱く叩いた。



「もういのよ、ぎたことは。

 経緯や原因は定かじゃなかったけど。

 あたしだって、今は真面まともに作れるようになった。

 アクション面なら、あんたがカバーしてくれるわ」

「任せて。

 その為に、ぼくも語彙力を磨いたから」

「……改めて考えても、恐ろしいわね、あんた。

 拓飛たくとと違って、それが全部、独学、独力だなんて、未だに信じられないわよ」

「元々、素質はったんじゃないかな?

 小学生の頃から、そこそこ動けたし」

「同級生のみならず、ロリコン教師にまで大立ち回り、無双してたのが、『そこそこ』?」

「もういよ、ぎたことだし」

真似マネするんじゃないわよ」

「マネージャーは?」

「強制」

「しょうがないなぁ、璃央りおは」

「そうよ。

 あんたがしくてしくて、しょうがないのよ。

 具体的には、特に今」

「うん。

 いよ。

 召し上がれ」

「違う」



 グルッと一回転する、二人の体。

 そのままわざと組み敷かれ、璃央りおげる。



あたしが、あんたに平らげ、堪能するのよ」

「……一周して格好かっこいね。

 今日も今日とて」

「お嫌い?」

「最愛」

「合格」

「知ってる」



 さっきとは逆に、今度は紫音しおんが、璃央りおを攻める。

 彼女を、一糸纏わぬ状態にしようと、魔手を迫らせる。



「ところでさ、璃央りお

「なぁに?

 まだ、なにるっての?

 てか、いつまで据え膳させるわけ?」

「これから僕達は、オリオンとして、『トクセン』のヒーロー・ショーのシナリオと設定を用意しなきゃだよね?」

「そうね」

「でもそれって、常駐だよね?

 年間通しての、大掛かりな仕様だよね?」

「そうよ。

 本家にも劣らない、子供騙しにならない、老若男女に好かれる、新世代のシンボル。

 それだけの物を、それだけのクオリティで、あたしたちは最速で生み出さなきゃならない。

 だから今は、そのための充電を」

「確かに、それも大事だけどさ。

 明日は、劇団員の人達、遊園地のスタッフさん達と初顔合わせでしょ?

 なのに、拓飛たくと詩夏しいなさんもるのに、同僚だった僕達が同席、なにもしないんじゃ。

 格好も示しも、付かないんじゃないかな?」

「……紫音しおん?」

ついでに言うと、そんな大事な席に、企画書の一つも満足に仕上げてないんじゃ。

 哀れ、名折れなんじゃないかな?」

「待って?」

「付け足せば。

 あれだけの規模で実現するには、一つだけじゃ足りないよね?

 二つ、三つ……五つくらいは、必要だよね?」

「いや、本気で待って?

 あんた、まさか……」



 物凄く悪い予感がして、縋る璃央りお

 対する紫音しおんは、無邪気に笑い。



璃央りお

 確かに僕達は、子供は作れないけどさ。

 クリエイターとしてなら、話は別だよね。

 作品なら、いつでも、幾つでも生み出せるよね。

 明日でも、明後日でも、明々後日でも。

 なんなら今、直ぐにでも」

「あぁぁぁぁぁ!!」



 頭を過ぎった最悪の流れが的中し、璃央りおは堪らず、情けない悲鳴を上げる。

 彼女の体からもベッドからも降りた紫音しおんは、テーブルの前に立ち。

 爽やかかつ甘やかに、情け容赦の無い声をかける。



「前払いは、これくらいで充分でしょ?

 さ。早く、こっちに来て」

「あ、あああああ、あんた!!

 嘘でしょネタでしょタチの悪い冗談でしょぉ!?

 普通、ここで流す!?

 そんな簡単に、シフト出来る!?

 りにって、このタイミングで!?

 やっとこさ、満たされそうだった、この状況下で!?

 あんだけ言って、言わせといて!?」

ぼくは、最初から、その腹だったよ。

 でも、それじゃ璃央りおがスイッチしないだろうから」

あたしを騙して、その気にさせようとしたってのぉ!?

 紫音しおんくせに、生意気よ!」

「見抜けなかった璃央りおにも、責任の一端は有るよね?

 ていうか、そういうの、いから。

 早く、ここに座って。

 さもないと、ぼくが味わえないよ?」

「鬼!!

 悪魔!!

 人でなしロクでなし甲斐性無し!!

 最近は鳴りを潜めてたくせに、こんな時にばっか発現するなんて、最低最悪!!

 この、『絶対零奴』!!」

「僕の小学生時代の二つ名呼び、しないでよ。

 璃央りおは、悔しくないの?

 あのキャップに、あそこまでお膳立てされて」

「そうだけど!

 それは、心の底から、そうだけどぉ!」

「じゃあ。

 ぼくたちがセレクトすべき選択肢は、決まったも同然だよね」

いやよぉ!!

 今だけは……今だけは、仕事なんて忘れたいぃ!!

 なんもかんも度外視して、ひたすらに没頭、没入したい!!

 紫音しおんの海で溺れたいのよぉ!!」

「残念だけど、その提案は、没だよ。

 きちんと、デザートは用意するから。

 でも、ずは創作の海で、一泳ぎしよっか。

 準備運動なら、済んだことだし。

 大丈夫。ぼくかならず、璃央りおの手を引っ張ってあげるから」

「ならあたしは、あんたの足、引っ張ってやるぅ!!」

「……色々、恥ずかしくない?

 開き直りとか、発言とか」

「うっさい、バーカ!!」

「ほら、ほら。

 ダダ捏ねてないで、やるよ」

いやぁぁぁぁぁ!!

 こんな状況で、お姫様抱っことか、いやぁ!!

 紫音しおんの、バーカ、バーカ!!

 嫌いっ!!」

ぼくは、好き」

あたしもよ、超どあほう!!」

「人を、怪しげ一家みたいに言わないでしいなぁ」

「もうちょっとだったのに……!!

 あとちょっとで、ご馳走に有り付けそうだったのにぃ!!」

「もうちょっと、頑張ろっか。

 無銭飲食、出来できないもんね。

 ちゃんと、対価を払わないと、ね」

「しゃんなろ〜!!」

「じゃあ、妥協案。

 企画一つ完成する毎に、ぼくの肌がチラ見せされて行く。

 で、どう?」

「やったら〜!!

 それそれ、おりゃおりゃ、よぉっしゃぁぁぁぁぁ!!」

「決まりだね。

 じゃあ、時間も無いし、ライブ感重視ってことで。

 えず、プロット書いて。

 シナリオは、台詞セリフだけ連ねてって。

 設定は、同時進行で固めて、後で必要によって補填、ブラッシュ・アップしてこ」

「んっ!!」



 ブラインドタッチによる高速タイピングにより早速、一つ目を仕上げる璃央りお

 思いっ切りヤケになっているが、紫音しおんは流しつつ、企画書を受け取り、読み進める。



「……これ、劇団員時代に、宴会芸でやってたネタだよね?」

「リブート!!」

「……まぁ、いや。

 あとで、団長やみんなに、許可取るなら」

「肩!!」

「はいはい。

 お好きにご覧ください。

 でも、次からは新作ね」

「ケチ!!」

「文句言わないの。

 あと、なんで片言?

 ラブコ◯みたい」

「コスパ!!」



 こんな調子で、次々にアイデアを出し、脱稿する璃央りお

 紫音しおんも、チェックをしつつ、脱がされつつ、アクション部分を書き足して行く。



 そうこうする間に、夜が明け。

 文字通り精根尽き果てたので、PDFにして送信だけ済ませ結局、不参加となり。

 そのまま、どちらからともなく、眠気に誘われ卒倒。

 互いが目を覚ましてからは、違う意味で、今度こそ寝るのだった。





 常仲じょうちゅうヒーローの案が纏まり、全員の顔合わせも済み。

 オープンまで、オリエンテーション、準備を行い。

 同じく初心者のはずなのに、何故なぜすでに貫禄がこといぶかしまれつつ、レクチャーし。 

 同時並行で親睦会も開き、経歴や枠組みを超え、プライベートでも会うようになり。


 

 そうして、1ヶ月を過ぎた、オープン前日。

 これから大事な予定が有るというのに、時間になっても、友灯ゆいが一向に現れず。

 業を煮やした彩葉いろはが、彼女を連れて来るべく、休憩室を訪ねていた。



 案のじょうというべきか。

 我らが『トクセン』の主は、机に突っ伏し、呑気に眠っていた。



 いつもなら今頃、溜息ためいきき。

 悪戯、交渉材料に使うべく寝顔を盗撮し。

 そして、膝の辺りを軽く蹴って、起こしている。

 普段の友灯ゆい相手であれば、彩葉いろはは、きっとそうしている。



 けれど、今回は違った。

 状況も、状態も、まるで異なっていた。



 日々、激務に追われているとか。

 昨晩、特撮マラソンしていたからとか。

 緊張のあまり、眠りが浅かったからとか。

 彼女が今も寝ているの理由は、そういった、可愛かわいい、微笑ほほえましい類いではないのだ。

 それを、この一年でいやというほど、思い知らされた。

 


 彩葉いろはは、何とも言えない心境となった。

 またか。またしても、自分を捨てていたのか、と。

 その証拠サインとして、こういう時お決まりの、書きかけのノートが広げられたままだ。

 おかげ彩葉いろはは、それをひそかに「デス◯ート」と呼ぶに至った。



「ホント……しょうがないなぁ、友灯ゆいは。

 私がないと、なーんにも出来できないんだから」



 なんて、冗談めいた様子ようすで、ダメ女のテンプレ発言をする彩葉いろは

 満更でもないのが、悔しくもあり勲章でもあり、複雑だった。


 

 仕方しかたい。

 少しくらい、穏やかに、普通に接してやるか。

 そうみずからに言い聞かせ、彩葉いろは友灯ゆいの体を、そっと揺らす。



「司令。

 そろそろ、起きてください。

 みんな、待ちくたびれてますよ」

「……んぅ……。

 ……もぉ、ちょっとぉ……」

「ていっ」

「あ痛ぁっ!?」



 寝起きの悪さを発揮した友灯ゆいに、空かさずデコピンを御見舞い。

 気分はさながら、友達以上恋人未満のお隣さん、幼馴染である。

 


まったく。

 駄目ダメじゃないですか、司令。

 店長が、そんな体たらくじゃ困ります。

 それを差し引いても、ルーズなのは悪印象でしかないですよ」



 前屈みになり、人差し指を立て、コテコテのポーズで叱る彩葉いろは

 余談だが、このポーズには一体、どんな意味がるのだろうか。

 友灯ゆいは、軽く目元や口元を拭いつつ、照れ笑いした。



「いやぁ、面目無い。

 ごめんね、彩葉いろは

 いつも、起こしに来させちゃって」

「気にしないでください。

 私が、自主的にやっているだけなので」

「ありがと。

 なんか知らんけど最近、妙に居眠りが多くってさぁ。

 おまけに、落ちるまでの記憶まで飛んじゃっててさぁ。

 流石さすがに、無理が祟ったのかなぁ」

「そうですよ。

 少しは、セーブしてください」



 我ながら殊勝な態度で臨んでいると、友灯ゆいが不思議そうな目で彩葉いろはを見た。



「……も一つ、ごめん。

 あたし彩葉いろはを怒らせるようなヘマ、した?」

「え?」

「なんてーかさぁ。

 今となっては、あたし達の前で彩葉いろは大人おとなしい時って大抵、感情的になってるって、学習したし。

 もしそうなら、謝るよ」



 ……この女は、本当ほんとうに。

 普段、愚鈍なくせに、どうしてこう、余計な時にばかり、余計なことに気付きたがるのか。

 もっとも、こと稚児ややこしくした一因は、自分にも、きにしもらずだが。



 まったく、自分という人間は。

 やれ面倒だ億劫だとのたまいつつ何故なぜ、率先して厄介事を引き受けたがるのか。

 まるで、誰も手を挙げない弊害で、空気を読み、興味もメリットも必要性も仕方しかたく、クラス委員に立候補してるような気分だ。

 ……実際、学生時代は、モロにそういうタイプだったが。

 むしろ、交友の皆無なモブいクラスメイトに、他薦されていたが。

 確か、「前にやってた」とか「見た目も性格も学級委員ぽい」とかで。



だなぁ。

 私は、相手と気分によって、態度を切り替えられるんですよ?

 今は、そういうモードってだけですよ」

本当ホントに?

 あたしなにもしてない?」

「ええ。

 なにも」

「神に誓って?」

「ホビー神とカラー神とユイ神に誓って」

「最後、何!?

 いや、やっぱ全部!」



 ツッコんだあと友灯ゆいは妥協した様子ようすを見せた。

 これ以上は、管なりけむなり巻かれるだけと察したのだ。

 別に勝負してたわけでもないのに、彩葉いろはは少し得意気になった。



 しかし、それによって、話題がくなってしまった。

 それなら、さっさと合流すればいのだが、友灯ゆい椅子いすから離れようとしない。

 どうやら、空気が悪くなっているのを、引き摺っている模様もようだ。



 しょうがないなぁと、彩葉いろははスマホを持ち、友灯ゆいの隣に腰掛け、頬杖をつく。

 また矛盾してる、と自覚しながら。



「幸か不幸か、まだ時間はります。

 折角せっかくなので、もう少し歓談しましょうか。

 最近、ゆっくりした時間は取れませんでしたし。

 皆さんには、私から連絡を済ませときましたので」

いの?

 てか、平気?

 あと、なんて連絡したの?」

「『司令が、カビゴ◯も格やといった熟睡っりで、寝相が最悪でハンド◯ピナーばりに高速回転してて、いびきがマンドラゴラ並みで、鼻提灯で浮遊してて、おまけに睡拳の有段者と発覚し応戦するも苦戦を強いられ、あまつさえよだれ目脂めやにと寝癖が酷過ぎて、とてもじゃないけど顔出し出来できない有様なので、ちょっと整えて来ます』と」

「もうそれ一生、不眠で隔離されなきゃいけない人種じゃん!!」

「心配には及びません。

 ここまで荒唐無稽なら、拓飛たくとくんや詩夏しいなさんですら、鵜呑みにはしないでしょうし」

「いいや、信じるね!

 あの二人なら、ず信じるね!」

「……なんで、そんな、妙で不必要な所でばっか、全幅の信頼を寄せてるんですか。

 しかも、私じゃないし」

「えー?

 私これでも、彩葉いろはには一目、置いてるもりだけどー?」

なんか、しゃくです。

 言わされた感ヤバいですし。

 どうせなら、二目置いてくださいよ。

 それはそうと」



 友灯ゆいの向う脛を的確に狙い、軽く蹴る彩葉いろは

 じゃれるのに飽きたあと彩葉いろはの視線は自ずと、友灯ゆいのノートへと注がれた。


 

「まだ、付けてたんですね。

 ホンノウン攻略ノート。

 すでにリサーチは済んでいるし。

 今後の方針は、もうほぼ決まったも同然なのに」

「あー、うん。

 相手が相手だし、ことことだからさ。

 こうでもしないと、落ち着かないんだ。

 少しでも、効率と勝率を上げなきゃだからさ。

 なんたって、あたしたちの敗北は、特撮の消滅と同義。

 大仰でもなんでもなく、文字通り、その通りだから。

 それにあたしには、黒歴史ぎる前科もるし」



 彩葉いろはは、友灯ゆいの心中を取ること出来できた。

 けれど、それだけ。

 ほんの一片だけ、垣間見えただけ。

  


 だから、なにも言えない。

 今の自分には、「分かる」だなんて、軽々しくは寄り添えない。

 そんな、傷の舐め合いみたいな、軽いだけの存在にはなりたくない。

 彼女の背負っている重責を熟知している以上。



 けど、大人になったりをして引くのも面白くない。

 ゆえ彩葉いろはは、憎まれ口を叩く。


 

「そんなだから、気絶しちゃうんですよ。

 去年、私がなくなったばかりの頃みたいに」

「うっ……」



 当時を思い出し、バツが悪くなる友灯ゆい

 一方、彼女の鼻をちょこんとつついた彩葉いろはは、ご満悦である。


 

「……それ引き合いに出すのは、ズルくない?」

いやなら、しっかりしてください。

 司令に落ち度さえければ、私だって不承不承、口をつぐみますよ」

「はーい……」



 ……まるで分かってないな、この女。

 そう思いつつも表情には出さず、彩葉いろはは愛想笑いで誤魔化ごまかした。

 と、今度は友灯ゆいから攻めて来る。


 

「それ言ったら、彩葉いろはだって大忙しじゃん」

「私が、ですか?」

「そうだよ。

 リペもそうだし、明夢あむの『トクセン』紹介動画にも出ずっぱりで、なかばレギュラーだし」 

仕方しかたいですよ。

 他に首尾よく回せそうな適任、適合者がないんですから」

「またまたぁ。

 そうは言いつつ、ちやほやされるの、満更でもないんじゃないのぉ?」



 ……人の気も知らずに、あっけらかんとまぁ、好き放題、言ってくれおってからに。

 


「あはは。

 何言ってるんですか。

 そんなわけいじゃないですか。

 あれも、業務の一環です。

 立派なお仕事ですよ、し・ご・と」

「嫌いじゃないくせにー」

「うるさいなぁ、ブチ◯しますよ」

「だよねぇ。

 ……ん、今、なんて?」

「冗談ですよ」



 てのが冗談だけど。

 ようは、本心だけど。



「待って!?

 今サラッと、恐ろしいこと、言わなかった!?」

「さーて、ぼちぼち行きましょうかー」

彩葉いろは、ごめん、ごめんて!!

 もう言わないから、あんまり茶化しぎないから!

 お願い、許して、このとーり!!」


  

 流石さすがに度が過ぎたと悟ったのか、浮気や浪費がバレたヒモみたいに謝る友灯ゆい

 こういうのに弱いのを知って、下手に出て来るのだから、本当ほんとうに悪趣味だ。



「もういです。

 それより、そろそろ」 

「なら、良かった。

 そうだね、行こっか」



 機嫌を直したふうに装い、促す彩葉いろは。    

 彼女に押され、友灯ゆいも賛同する。


 

 そうして、二人で起立し、友灯ゆいがドアを開けた頃。

 


「……司令」

  


 彩葉いろはが、友灯ゆいを呼び止めた。  

 反応し、友灯ゆいも後ろを振り返る。   



「……心配ご無用です。

 司令には、私が付いてますから。

 司令が、どれだけ忘れっぽくても、お寝坊さんでも構いません。

 私が、なんとかしてみせます。

 思い出させるのも、起こして差し上げるのも、私が引き受けます。

 私が必ず、何度だって、呼び起こしてみせます。

 だから、ご安心ください。

 司令は、今の司令のまま、突き進んでください」



 彩葉いろはは無意識に、正面へと拳を突き出す。

 活でも入れたかったのだろうか。



 友灯ゆいは、ややポカンとした後、吹き出し、腹に手を当て笑った。


 

「ありがと。

 よろしくね? 彩葉いろは

「お任せを。

 ただ、その代わりといってはなんですが。

 私からの提案を、無条件で呑んでしいんです」

「提案?

 どんな?」

「『手段はいとわないことに、是非を問わない』。

 それだけ、確約してください」

「はぁ」



 しっくり来てなさそうな面持ちで暫し考え、友灯ゆいは答える。

  


「分かった。

 命に関わらなければ、なにやったっていよ」

「……随分ずいぶん、あっさりしてますね。

 てっきり、もっと長考なさるかと」

なんだかんだで、滅多めったことはしないでしょ」

「まぁ、そうですけど。

 分かられてるみたいで、ちょっと面白くないです。

 それはそうとして、司令。

 了承した以上、引っ込みはつきませんよ?

 策なら、もうるんですからね」

「策?」

「『力尽ちからずく』です」

「……つまり?」

「『ぶん殴る』」

「ドラえも◯、ダメ絶対ぜったい!!」

「おや?

 店長ともろう方に、二言がるとでも?」

「内容までは伏せてたじゃん!! 

 無効だ、無効!」

本当ホント、てんで懲りてませんね、司令。

 ちゃんと契約してなかった所為せいで一度、失望と絶望の憂き目に遭わされたというのに」

「冗談だよね!?

 さっきの、冗談だよね!?

 ねぇ!?」

「さぁて。

 どうでしょうね」

彩葉いろは〜……。

 勘弁してよぉ〜……」



 ……分身みたいな物とはいえ、自分は英翔えいしょうくんをん殴り、ヤクザキックまで噛ましといて、よく言う。

 それに、勘弁してしいのは、こっちの方だ。

 一体、自分はいつまで、こんな嫌われ役を買わされなくてはならないのか。

 全部、目の前の女の、自己犠牲精神が旺盛ぎるのが原因だというのに。

 こっちだって、心身共にノーダメではないし、四六時中も庇い切れるとは限らないのに。



 まぁ。

 とかなんとか言って結局、やはり自分は、こういうポジションを守り続けるのだろう。

 明日も、明後日も、その先も。

 未来永劫、三八城みやしろ 友灯ゆいの立役者に。



「しっかしなぁ。

 やっぱ妙案、いもんかねぇ。

 なんてーか、こう……もうちょっと盤石を期したいってーか……」

すでに、非の打ち所はいと思いますよ。

 私としては、これだけのトラップを司令が、たった一人で講じられたという事実の方が、妙ですけどね」

あたし、やれば出来できる女だから!

 クールでさえいれば、そこそこ閃けるのよ!

 今は、エイトだってるし!」

「……私と二人っきりでる時に、恨み深き競合相手の名前、出さないでくださいよ」

なにその、束縛と嫉妬強めのヤンデレ彼女みたいなの!?

 てか、エイトは相棒だし、彩葉いろはは同性の親友じゃん!」

「まぁ、そうですけど。

 私の恋人は、あくまでもホビーとカラーだけなので。

 残念ながら司令は、そういう対象としては見られません、悪しからず」

「ねぇなんあたし、サラッとフラれたの!?」



 歩を進めつつ、談笑する二人。

 片時だけとはいえ、特等席を独り占めし、得も言われぬ居心地いごこちのまま、高揚感と幸福感に浸る彩葉いろは

 


 ふと、横に並ぶ友灯ゆいが、足を止める。 

 そして、目を爛々と輝かせる。



 彩葉いろはは、直感した。

 また例の、だ、と。



「そうだ!

 いっそのこと、最初から」


  

 そこまで言った途端とたん友灯ゆいの両目からハイ・ライトが消失。

 そのまま、麻酔銃でも撃たれたようにフラフラと揺れ、倒れる。



 ぐ様、彩葉いろはが背中を受け止め。

 そのまま座り、膝に寝かせ。

 眠らされた友灯ゆいの寝顔を、弱く抱き締めた。



 彩葉いろはは、友灯ゆいの着けるアクセルを睨む。

 思った通り、恨み深きデバイスは、かすかに発光していた。

 しかも、脈絡がぎた所為せいで、間に合わなかったパターンだ。



 つまり最早、友灯ゆいですらあずかり知らなくなった、くだんの作用が働いてしまったのだ。

 それも、今度は彩葉いろはの目の前。

 この件で、断トツで割りを食っている、彼女の眼前で。



本当ホントにさぁ……。

 い加減にしてよ、友灯ゆい……。

 そりゃあ色々、アレだけどさぁ……。

 こんなこと、力説しても、一笑に付されるのが関の山だろうけどさぁ……。

 これでも、私さぁ……。

 大して、強くないんだよ……。

 リペと同じだよ……。

 ただ、隠すのと直すのと組み合わせるのに長けてるだけ……。

 割と、メンブレしやすいんだよ……?

 何十年も真面まともに人と関わって来なかったばっかりに、精神がっ壊れてるだけなんだよ……?

 言う程、器用ってんでもないんだよ……?

 私だって、一人の人間……。

 友灯ゆいが、こうなる度に……。

 馬鹿バカの一つ覚えみたいに逐一、傷付いてるんだよ……?」



 馬鹿バカ

 人の話に少しも耳を傾けない、筋金入りエゴイスト。

 しょうもない、どうしようもない、おお馬鹿バカ女。

 私みたいなサブ・ヒロイン枠には、決まって振り向かないハーレムの主。

 


 友灯ゆいになんて、出会わなければかった。

 運命なんてガンスルーして、ひたすら自分の為だけに生きればかった。

 なにも知らないまま、呑気に自由に、適当に過ごしているべきだった。



 そしたら、こんな思い、しなくて済んだのに。

 こんな、辛くて、悲しくて、寂しくて、やり切れなくて、割り切れなくて、申し訳い気持ちになんて、回避出来できはずなのに。

 


「お願いだからさぁ……。

 これ以上、わがまま、言わないからさぁ……。

 他は全部、黙ってて、あきらめて、譲歩してあげるからさぁ……。

 早く、自由になってよ……。

 こんな戦い、とっとと終わらせてよ……。

 責任取って、こんな私を、助けてよぉ……」



 彩葉いろはは、泣いた。

 声を殺し、心を殺し、思いっ切り泣いた。



 そして、数分経った頃。

 彩葉いろはのメンタルは、信じがたい速度で超回復した。

 こういう時だけは、自分のアレな精神面に、素直に感謝してやりたくなる。

 


「……友灯ゆい

 私、本気だから。

 記憶を取り戻すためだろうと、眠りから覚まさせるためだろうと、それ以外でも。

 友灯ゆいが間違ってると、判断したら。

 私が、強火に言って聞かせてやらなきゃってなった時は、必ず。

 流れや印象だけじゃなく、有志で立候補する。

 友灯ゆいを、打ちのめす。

 他のみんないくら、あぶらっこ扱いしても、関係い。

 ロジハラだろうと、江頭2:5◯だろうと、関係い。

 私だけは友灯ゆいに、お小言、物申してやる。

 それが、私のロール、私のジョブだから。

 きらいたければ、きらってよ。

 どうせ切られまではしないって、知ってるから。

 だから、せめて」



 友灯ゆいの髪を撫で、眠り易いように首の角度を調整し。

 姉を通り越し母になった心持ちで、静かに涙しながら、彩葉いろはげる。



「今だけは。

 どうか今だけは、ゆっくり休んで。

 目覚めるまで、私が友灯ゆいを守ってみせるから。

 起きてからも、上手いこと、対応して、つないでみせるから。

 万が一、またみんなが、友灯ゆいを見限ったとしても。

 私だけは絶対ぜったいそば続けるから。

 傍観者じゃなく、有事には助太刀に入る仲間として。

 今度こそ、必ず」





 数分後。

 目覚めた友灯ゆいは、これから出番を控えた面々の前に立つ。



「さて。

 みんなも知っての通り。

 いよいよ、明日から、『トクセン』は本格始動する。

 それに差し当たって、これから大事な用がる。

 当初の目算では、店長のあたし、カメラの明夢あむ、裏方のエイト、ケーがれば事足りる。

 と思ってたんだけどさ。

 ちょーっと、そうも言ってられなくなっちってさぁ。

 うちの脚本家の所為せいで」

「クオリティを意識した結果、本来のあたしの持ち味を活かそうとした結果よ。

 あたしは、ただ期待に沿っただけだわ。

 恨むなら散々さんざん、煽り散らした自身にして頂戴ちょうだい」 

「最初から二人構成の台本用意しといて、それはキツくない?

 リオさま

「……何言ってるの?

 あたしのバディ物好きを把握して、そのオーダーを出したのは、他でもないボス」



 璃央りおが困惑していると、彼女の隣に立つ彩葉いろはが、ギロッとした目で、肘で小突いた。



「え、あたし

 ……そうだったっけ?

 ……ごめん。

 全然、記憶にいんだけど……」

「あー、いや、違うのよ、ボス。

 いや、でも、違わなくもないというか、あー……」



 少し言い淀んだ後、髪を掻き分け腕を組み、いつも通りになる璃央りお

 同時に、「分かってますよね?」と言わんばかりに横から璃央りおを凝視する彩葉いろはが、妙に引っ掛かった。

 といっても理由は、友灯ゆいには皆目、掴めないのだが。



「失礼。なんでもいわ。

 かく

 その方が盛り上がる、インパクトがるじゃない。

 あたしは元々、ト書きに頼らない、台詞セリフベースの方が合ってるのよ。

 それに、何より。

 騒いで、困らされて、ツッコんでツッコまれてなんぼ。

 そもそも、そういう人種でしょ?

 うちのボスは」

「……」



 く分からないが、気にし過ぎだったらしい。

 友灯ゆいも、璃央りおに倣う。



「言ってくれるねぇ。

 間違っちゃいないのが悔しいけど」

「撮影を受け持つ明夢あむに、その役割まで負わせるのは酷。

 それに、新鮮かつ素直なガヤがった方が、ヤラセ感がく、没入感が出る。

 加えて、本人は生粋の初見好き。

 この辺は流石さすが、実況好きとでも言うべきかしらね。

 そんなこんなで、彼女にはツッコミ、聞き込みに徹してもらうべきと判断したわ。

 勿論もちろん、カメラを止めずにね」

「うん。

 それについては、もうい。

 あたしも正直、今回の台本、すごく気に入ってるし。

 で、そろそろ本題に入ろっか。

 問題は、『誰があたしのサポートに入ってくれるのか』ってことだ」

「本番数分前に、それが議題に挙がる方が問題よね。

 ちなみに、あたしは真っ平ごめんよ。

 これ以上、紫音しおんと片時も離れたくないわ。

 それに、進行確認もしなきゃだし」

「……槍玉に挙げられそうなことしといて、何食わぬ顔で言う?

 リオねぇ



 紫音しおんの言及はさておき。

 確かに、それが問題だった。



 英翔えいしょうは、虫食い算。

 紫音しおん拓飛たくとたちは、スーツ。

 璃央りおは、もう言った。

 詩夏しいなは、天然。

 若庭わかばは、ネガティブ寄り。

 といった具合に、それぞれ異なる意味でメディア向けではない。


 

 視界のお姉さんモードの岸開きしかいならワンチャンだが、ロジハラも懸念される。

 そもそも、英翔えいしょうと共に裏方業務が控えている。



 かといって、出会って日も浅い新メンバーたちや、長年の親交のる友人たちに頼むのは気が引ける。



 となれば、残る候補は二人に絞られる。

 万人受けかつ万人向け、臨機応変な安牌ベテラン、オカミさんか。

 あるいは、黙ってさえいれば淑女な、人当たりの彩葉いろはか。



 どちらに頼むべきか友灯ゆいが思考を巡らせていると、不意にオカミさんが挙手する。

 ひょっとして、みずから立候補してくれたのか、と友灯ゆいが淡い期待をする。

 が、その希望は儚く潰された。

 オカミさんの、めずらしい渋面によって。



「実は、昨日の時点で璃央りおちゃんに、打診を受けていてねぇ。

 私としても、協力を惜しみたくないが」



 と、オカミさんが話していると、不意に何者かが、彼女の足にしがみついた。

 スタッフ特権により、開業前に特別に遊びに来、今は休憩室で待機中だったはず新凪にいなである。

 確か、結愛ゆめと一緒に遊んでいたはず

 どうやら、こうなることを予測し、こっそり逃げて、近くに潜んでいたらしい。



新凪にいな!?

 いつの間に!?

 すみません、うちの子が!」



 ぐ様、娘を止めようとする若庭わかば

 が、オカミさんが目で制し、新凪にいなの頭を撫で始めた。



「バーバ、ニーナのー!

 みんなのバーバ、やー!」 

「とまぁ。

 昨日、璃央りおちゃんとの通話を聴かれてから、この調子でねぇ。

 ここで働く分には我慢出来できたが、流石さすがに動画、全世界というのは、無理だったらしくてねぇ。

 すまんが、堪忍しておくれよ、みんな

 この子は、私の宝。

 やっと与えてもらえた、掛け替えのい財産なんだよ。

 新凪にいなの願いは、なるべく叶えたいんだ」

「ニーナのじゃないバーバ、やーなのぉ!」

「大丈夫だよ、新凪にいな

 バーバは、新凪にいなだけの物だからね?

 安心おし。

 ね? だから、泣かないでおくれ?

 新凪にいなの可愛いお顔を、バーバに見せておくれよ」



 新凪にいなを離し、抱っこするオカミさん。

 ぐずっていた新凪にいなは、そのままオカミさんの胸へと抱き着いた。



 一同、沈黙。  

 純朴な少女の、こんな健気な所を見せられてまで無理を押し通せる胆力は、この場の誰も持ち合わせていなかった。



「いえ。

 いんですよ、オカミさん。

 こっちこそ、無茶を言おうとして、すみませんでした。

 新凪にいなちゃんも、ごめんね?

 大事なオ……すみません、今だけ許してください。

 バーバを、奪おうとして。

 新凪にいなちゃんとあたしは友達なのに、酷いことしちゃって」



 オカミさんに近付き、非を詫びる友灯ゆい

 飾らない気持ちが伝わったらしく、埋めていた顔を戻し、新凪にいな友灯ゆいと向き合った。



「……ううん。

 ニーナも、ごめんなさい。

 おしごとの、おじゃま……」

「ぜーんぜん。

 これくらい、邪魔の内にも入らんから。

 平気、平気。

 むしろ、もっと甘えちゃいなよ。

 その方が、オ……すみません、やっぱりもう一度だけ、勘弁してください。

 その方が、バーバもきっと、喜んでくれるよ」

「ああ。

 勿論もちろんさ。

 それから、店長。一々、許可を取らんでい。

 悪意も他意もいのは、ぉっく分かってるさ。

 だからといって、連呼されるのは、面白くないけどねぇ」

「以後、気を付けます、程々にします、なるべく新凪にいなちゃんる時だけにします」

よろしい。

 ところで、店長。

 もう一つ、頼みがるんだが。

 このまま、新凪にいなを同席させても、構わないかい?

 この子もだが、私も少々、離れがたくてねぇ」

「ええ、勿論もちろん

 あと、結愛ゆめちゃんも誘って、キッズ・エリアで話しましょう。

 それなら、退屈も窮屈もしないでしょうし。

 てか、最初から、そうすべきでしたね」

「恩に着るよ。

 じゃあ、行こうか、新凪にいな

「おうちー?」

「それは、もう少し我慢してくれるかい?」

「ニーナ……がんばるっ!」

い子だねぇ。

 ありがとねぇ、新凪にいな

 じゃあ、ご褒美をあげないとねぇ。

 というわけで、詩夏しいなちゃんや」

「シィナに、お任せぇ。

 ニィナちゃん、やーい。

 シィナ、謹製きんせぇ。

 あまぁい、あまぁい、お菓子を、どぉぞぉ」

「わーい!

 おねーちゃん、ありがとー!」

「どぉいたましてぇ。

 こちらこそ、ごちそぉさまぁ」

「ほんじゃうち、ちょっと、ちゃちゃっと、結愛ゆめ連れて来るし」



 こうして一段落し。

 結愛ゆめも合流し、二人を見守りながら、話し合いは進み。



「となると、まぁ。

 残るは、私だけですね」


 

 結果、彩葉いろはに白羽の矢が立った、という顛末になった。



「必然ですよね。

 アドリブ利く、軌道修正も可能、話も合わせられる、空気を読む、華も有る。

 そりゃ、私が打って付けですよね」

「そういうことよ。

 頼んだわよ、保美ほび

「……台本の時点で、明らかに私寄りの口調、キャラ付けにしといて、よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。

 最初っから、オカミさんに断られる想定だったくせに。

 てか私、ケーちゃんと司令、英翔えいしょうくん以外の前では、まだ大人おとなし目でしたよね?

 ケルってる時以外は」

「あんたの偽装工作なんて、1年前からお見通しよ。

 それに、あたしは、プロの脚本家、クリエイターなのよ?

 シナリオ、進行を任された以上、省エネなんて、あたしが許さないわ」

本当ホント、初見殺しもい所ですね。

 まぁ、本性バレしようと、外野は変わらないみたいですが。

 正直、ちょっと興醒めだし、微妙です。

 もっと、驚いたり蔑んだり、ハブにしたり。

 あるいは、解釈違いによる内部分裂からの、『俺だけは君の味方だよ』とかいう、偽善的かつナルシーな、テンプレ感違い誰得ワンチャン。

 みたいな、ドロドロ展開も期待していたんですけどね。

 まぁ、されたらされたで、袖にしますけど」

うちの男性陣を、そそのかそうともたぶらかそうともしてんな。

 全員、そこまで柔ちゃうわ」

「ですね。

 本当は、このまま皆さんの困り顔を拝ませて頂きたいんですが。

 ま……生憎あいにく、そんな願望に従ってられる余裕はりませんので。

 今回は、これくらいで満足、騙されといて差し上げます。

 精々せいぜい、便利に使ってください。

 私にまで恥を掻かせないでくださいよ、司令」

「うん。

 ず、あたしがトチる前提で話すの、止めよっか」



 互いに憎まれ口を叩きつつも、硬い握手を交わす二人。

 本当ほんとうにチグハグな、それでいて信頼の置ける、困った同僚である。



 なにはさておき。

 こうして、やっと役者は揃った。

 


「それじゃあ、司令。

 景気付けかつ見返りとして、一言お願いします」



 反撃とばかりに、無茶振りする彩葉いろは

 んにゃろぉ、と思いつつ、友灯ゆいは全員の目を惹き付けながら、胸を張って堂々とする。



「知っての通り。

 あたしは特撮に関して絶賛、猛勉強中だ。

 だから、こういう時、どんな言葉で締めればいのか分からん。

 まぁみんなも、去年のセールん時に経験済みだろうけどな」

「さぞかしひどかったんだろうね」

「エイトお前、後で校舎裏な」

「分かった。

 どこの?」

真面目まじめか、そのまま取んなっ!!」



 その場に居合わせなかった英翔えいしょうとのやり取りに、誰ともなく一同、吹き出した。

 自虐で空気を緩和し、友灯ゆいは仕切り直す。



「とまぁ、そんなわけで。

 その上で、今のあたし出来できる最大限のネタで、盛り上げたいと思う。

 全員、心して乗っかるように。

 仮にスベっても、賑やかせるように」

「わー、楽しみー。

 一体どんな至高の極寒ギャグを披露してくれるんでしょうねー」

彩葉いろは、後で店舗裏ぁ!!」

「わー。

 暴行沙汰で炎上して経営不振、人間不信になって立ち行かなくなって私に一生、隷属されればいのにー」

「決めた。

 たった今から、ここが店舗裏だ、ゴラァ!!」

「来いよぉ!!

 ほら、来いよぉ、どうしたぁ!!

 もっと熱くなろうぜ!!」

「やったらぁ!!」



 暴論を振り翳し、暴力を振るわんとする友灯ゆい。 

 キャラ崩壊してまで誘う彩葉いろは



 砂糖仕立ての少女の祈りみたいな茶番を展開しつつ、スタッフ達に止められ、軽く折檻される二人。

 咳払いし、再び気を取り直し、友灯ゆいが音頭を取る。


 

「こん中にあたし同僚ダチ消されてんのに、迷惑だって思ってる奴いる?

 あたしの人生も仕事も職場も相棒も滅茶苦茶にされたのに、ひよってるやついる?

 いねぇよなぁ!?

 サァクシャス、潰すぞぉ!!」



 店長としても、女性としても、元ネタ的にも、色々とスレスレな振り。

 しかし、友灯ゆいの性格にベストマッチしたスピーチ。

 これを受け、大なり小なり呆れつつ、全員が手を上げ、同調する。


 

「1時間後が、決戦だ!

 オカミさんと若庭わかば詩夏しいなちゃんは、新凪にいなちゃんと結愛ゆめちゃんの付き添い!

 エイト、ケー、リオ様は、裏方!

 紫音しおんくん、拓飛たくとくん、団長さんたちはアトラク!

 明夢あむは、配信!

 そして最後に、彩葉いろはあたしと相乗り!

 以上!! 各自、行動開始!」

『おう!!』



 友灯ゆいの指示の元、動き始める一同。



 そして、1時間後。

 拓飛たくと紫音しおんの父に頼み込み、最速で作ってもらったショー用の特設ステージに。

 数分後、友灯ゆいは立つのだった。



「ところで、店長。

 その、『サクシャス』ってのは、なんだ?」

「……あ」



 団長も含め、まだ説明責任を果たしていなかった面々に、事情を話してから。

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