17:最下位(ポーン)、再開(リスポーン)、再会(リーサル・ウェポン)

 これは、友灯ゆいの持論なのだが。

 人間は、意図的にも無意識にも、相手をランク付けし。

 何度かのテストのすえに、カテゴライズする生き物である。


 

 例えば。

 仕事とか、血縁とか、趣味とか、コネとか。

 なんらかの関係、関連性のい、まったくの初対面。

 そうやって、見ず知らずの誰かと邂逅し。

 ルックスや声、財力などを勘定に入れない場合。

 大多数の人間は、相手を、ヒエラルキーの最下位としてカウント、認識する。



 無論むろん、それは友灯ゆいにも当て嵌まる。  

 コンタクトを済ませ、『トクセン』に招き、共に職務に奔走し、時に食卓を囲み、同じ目標を達成し。

 そんな、濃密な1年を丸ごと失った以上。

 如何いかに店長といえど、友灯ゆいは丸腰。 

 いくら人のい『トクセン』スタッフたちでも、出会い頭からは、好印象には取らず、上位にも置かれまい。



 それでい、と友灯ゆいは思った。

 自分が仕出かした不始末とはいえ、あんな最低最悪の夜を経て、合わせる顔がかったからだ。

 英翔えいしょうも気にしていたが、二人には特に、申し訳かった。

 拓飛たくとにはテーブルを投げ付け、いつもヘラヘラしている詩夏しいなから笑顔を絶やしてしまった。

 弁明の余地はいし、悔やんでも悔やみ切れない。


 

 けど。

 だからといって。  

 だからこそ。



 無視するわけにはいかない。

 野放しには出来できない。 

 宙ぶらりんのままでは、いられない。

 曖昧模糊として二の足を踏んでいては、同じてつを踏むだけ。



 ちゃんと、向き合わねば。


 

「……し」



 深呼吸し、目的の場所へと足を踏み入れる友灯ゆい

 向かう場所は、ただ一つ。

 強者たちの待つ、オフィスである。



「ごめんください。

 先程ご連絡を差し上げた、三八城みやしろ 友灯ゆいと申します。

 こちら、名刺です。

 あと、つまらない物ですが、よろしければお召し上がりください」

「がははははっ!!

 態々わざわざすまねぇな、ねぇちゃん!!

 あいつなら今、外で一服してるぜぇ!!

 声掛けやってくんな!!」



 差し入れを渡すと、棟梁はなんとも豪快に笑った。



 なんというか。  

 ここまで元気に応対されると、緊張してるのが馬鹿馬鹿しく思えて来る。



 棟梁の言葉を頼りに、オフィスの外に出る友灯ゆい



 探していた拓飛たくとは、思いのほかぐに見付かった。

 ブルー・シートを広げ、以外にもフルーツ・サンドと紅茶を嗜んでいるではないか。

 


 中々にギャップのる光景に、友灯ゆいは堪らず吹き出してしまった。

 そういえば詩夏しいなは元々、彼が劇団員をしていた遊園地のレストランで働いていたとか。

 その頃から恐らく、二人はい仲だったのだろう。



「初めまして。

 あたしは、三八城みやしろ 友灯ゆい

 本日は、あなたをスカウトに上がりました。

 守羽すわ 拓飛たくとさん」



 営業スマイルを送ると、拓飛たくとも立ち上がり、会釈する。   



「初めましてっス。

 守羽すわ 拓飛たくとっス。

 ご多忙の中、足をお運び頂き、あざっス」

「……うん?」   



 あれ?

 この、妙に礼儀正しい、大人おとなしい拓飛たくとくん、誰?

 他の兄弟、たっけ?



「大丈夫っスか?

 どこか、具合でも?」

「え!?

 あ、いや、全然!!

 ちょっと、思ってた感じと違ってたから、戸惑ってるだけ!!」

「あー。

 やっぱり、驚くっスよね?

 大体の人は、そうなんっスよ。

 みんな、自分を、父とダブらせるんで。

 店長も、そうっスよね?

 さっき、父にお会いしたみたいっスし」



 どうやら、都合良く勘違い、解釈してくれたらしい。

 後ろめたいが、この場は素直に流れに乗っておくことにした。



「……そ、そう!

 そんな感じです!」

「だと思ったっス。

 えず、座るっスか?

 立ち話もなんスし。

 あと、かったら、一緒に召し上がってくださいっス。

 手前味噌になるっスが、自分の彼女のスイーツ、絶品なので。

 三八城みやしろさんは、スイーツはお好きっスか?

 多くの女性はスイーツを好むと聞き及んでるっスが、全員とは限りませんし。

 無理強いはしないっスが、もし、苦手とかアレルギーとかでなければ。

 こっちは、まだ自分も、手と口を付けていないので」

「あ……は、はい……。

 大好きです……。

 頂きます……」



 依然として違和感いわかんを拭えないが、スイーツ欲に負け、従う友灯ゆい



 ひょっとして、あれだろうか?

 歴史のみならず、性格まで改変されたのだろうか?



 などといぶかしんだあと友灯ゆいは素直に白状することにした。

 無論むろん、少しは偽装した上で。



「……すみません。

 実はあたし、前に拓飛たくとさんを拝見して。

 失礼ながら、もっと弾けたお方とお見受けしたのですが」

「あー、それで。

 通りで、先程から不思議なお顔をされていたわけっスね」

「どんな顔!?」

「お気になさらず。

 で、その件なんスけど」



 素直な所はそのままに、拓飛たくとは優雅に紅茶を嗜む。



「……会って早々に、自分語りというのも、アレっスが。

 自分、幼少の時に、喘息で死にかけたことりまして」

「えっ!?」

「っても命辛々からがら、助かったんスけどね。

 こんなガタイなので、信じてもらえるかはなはだ怪しいんっスが。

 昔は、病院暮らしだったんっス。

 おまけに、活字も苦手で。

 なので、く絵を書いてたっス。

 病気が治って、どんな悪にも屈しない、つえぇヒーローになった、自分の絵を」

「……もしかして、それで……」

「はい。

 けど、理由は他にもるっス。

 あの状態でると、兄さん……兄者が、安心してくれるんっス。

 入院している時も、そうでした。

 つえぇ自分を演じていると、兄さんは決まって、笑ってくれるんっスよ。

 いつもは、気不味きまずそうにしている、兄さんが。

 無論むろん、そんなふうに振る舞えるのも、病状が落ち着いている時だけっスけど。

 それが、すげうれしいし、どうしようもなく楽しくって。

 で、気付きづいたら未だに、そのくせが抜けなくなってしまって。

 兄さんのみならず、知り合いがると、無意識に、つえぇモードに入るようになってしまったっス。

 こんなふうに自分が笑っていると、周囲の皆さんは決まって、悩みなんざ吹っ飛ばしてくれるので」

「なるほど……」

  


 思い返してみれば、拓飛たくとが騒いでいる時は決まって近くに、紫音しおんを始めとした誰かがた。

 以前、最初に声を掛けた時も、紫音しおん璃央りおが居合わせていた。

 彼がすこぶる元気なのは、周囲を安心させ、笑わせるためだったのだ。

 決して、無駄などではなかったのだ。



さいわい自分は、ある日、病から解放されたっス。

 おまけに、病気にも寒さにも暑さにも睡魔にも負けない、常に万全な体に進化したんっス。

 それだけで飽き足らず、どれだけ食べても太らないし、満腹にもならないし、かといって空腹にもならないし飢餓感もい、バリ健康体なんっス。

 家内安全ならぬ、かなり安全と言うべきか。

 バレー・ボールのピンが頭に降って来ても、ビクともせずケロッとしてて。

 保健室に行かずシレッと教室に戻り、先生を驚かせたことほどなんスよ。

 回復も含めて、そうなった理由は、謎に包まれたままなんスが」

「ま、まぁ……。

 健康になったのなら、良かったんじゃないですかね……」

くありません。

 自分だけが助かっても、意味がい。

 この世には、難病に苦しんでいる人達が、まだまだるんっス。

 その人達を励ますためにも、自分はもっと、強くなりたいんっス」



 友灯ゆいは、感心した。

 拓飛たくとが、新記録の樹立と特訓に明け暮れるのに、そんな真面目まじめな意図が隠されていようなどとは、知りもしなかった。



 思った通り。

 璃央りおや、紫音しおんにも深堀りしていなかったが。

 自分は、こと二人に関して、特に無知ぎたのだ。



「なので今回の誘い、すっげーうれしかったんっス。

 自分の、皆のヒーローになるチャンスが、また自分に訪れるなんて、夢のようっス。

 丁度、父を手伝いつつ、新しい仕事を探していた所なんで」

「じゃあ……!!」

「自分でければ、一緒に働かせてしいっス」

「是非!!

 よろしく、拓飛たくとくんっ!!」

「こちらこそっス。

 隊長殿どの



 やはり、どうにもコレジャナイ感はいなめないが。

 こうして友灯ゆいは、拓飛たくとの勧誘に成功した。



「して、隊長殿どの

 姉さんと兄さんには、すでに声を?」

「あー、うん。

 あたしの相棒、君の新しい同僚が、すでにスカウトに向かってるよ」

「それなら、良かったっス。

 あの二人には、是非とも幸せになってしいっスし」

「……?」



 双子の兄と、その妻。

 二人の幸せを願う、誠実な弟。



 そこだけ切り取れば、ありふれた構図である。

 しかし、友灯ゆいには、それだけに映らなかった。

 


なにか、るの?」

「ええ、まぁ。

 にしても、慧眼っスね。

 流石さすが、隊長殿どのっス」



 面映おもはゆそうに頬を掻きつつ、拓飛たくとは語る。



「……昔、病気で死にかけてたって言ったじゃないっスか。

 その時、どうやら自分、『初恋も出来できずに死ねるか』って、寝言かなんかで言ってたらしいんっスよ。

 で、それを耳にした兄さんが、その……」

「……女装したの?」

「そうなんっスよ。

 しかも、バッチバチにガチってて。

 それくらいい人なんスよ。

 他の人が、なんてーかは知らないし、アンチなら捻じ伏せるっスが。

 自分にとっては、自慢の兄なんっスよ」

い話じゃん」

「そう思うのは、隊長殿どのい人だからっスよ。

 このエピソードを明かすと、何人かは引き攣るんで。

 まぁ、そういうふうに言ってくれる気がしたので、話したんっスけど」



 今度はマカロンを食べ進めつつ、拓飛たくとは続ける。



「兄なんっスけど。

 小学生の時に、初恋の人が出来できて。

 元々、あまり人と仲良くなりたがらない兄だったんっスが。

 そんな兄が初めて、自分に教えてくれたんっスよ。

 前の席の人が、意味で気になるって」

「もしかして……リオ様?」

「やっぱり、ご存知なんっスね。

 ご名答っス。

 二人は、出席番号が近かったことで知り合ったんっス。

 俗に言う、幼馴染ってやつっスね」

「そうだったんだ」

  


 筋金入りでは、あると思っていた。 

 しかし、まさかそこまで入れ込んだ関係だったとは。



「じゃあ、その時から、付き合ってたの?」

「いや。

 恋人同士になったのは、高校に入った辺りからっス。

 なんてーか、まぁ……色々、って。

 いや、まぁ、ここまで出会い頭で勝手に曝け出しといてなんスが。

 最低限のプライパシーは、身内として保持しなきゃなんで。

 えず、苦労したってことだけ汲み取ってくださいっス」

「……そだね」

 


 友灯ゆいは、追求を止めた。

 基本的に素直な拓飛たくとが、誤魔化したレベルだ。

 向こうにとっては日の浅い自分が、軽々しく聞いてい内容ではないのだろう。

 もっとも、彼の言う通り、今の時点でも大分、オープンにしている気がするのだが。

 後で二人に怒られないことを切に願おう。



「そんなこんなで紆余曲折、苦節を経て、ようやく結ばれた二人っスが。

 まだ挙げてなかったけど、結婚式も秒読みってタイミングで、働いてた遊園地の閉園が決まって。

 別に、それを咎めるもりはいんっスが。 

 流石さすがに、あんまりだなぁと。

 なので二人には、自分の得意分野を活かせる、安定した仕事に就いてしいんっスよ」

「それで、さっき……」

「そうっス。

 二人の最大の理解者、結婚式のスピーチも任せてもらえると自負しているので。

 自惚うぬぼれかもっスけど」

「盛り上がりそうではるかな。

 余興として」

「結構、ぶっちゃけるっスね」

「君には負けるよ」

「当然っス。

 自分は、すべてに打ち勝つ、つえぇ男っスから」

「ポジティブだな!?」

「どうせ生きるなら、楽しんだもん勝ちっスもん。

 ただでさえ自分は、幼少の時点で充分、苦しめられたっスし。

 てなわけで」



 食べ終え、ティッシュで口を拭き、合掌する拓飛たくと

 友灯ゆいが慌てて続くと、彼は立ち上がり、頭を下げた。

 


「『条件』だなんて、偉そうに言うもりはいっスけど。

 二人を、どうか、幸せにしてしいっス。

 これから、後付で増えるかもっスけど。

 現状、自分が隊長殿どのに求めるのは、それだけっス。

 そのためなら自分も、出来できる限り尽力するんで」



 出会ったばかりの相手と、食事をし、苦労話を明かし、身内のためこうべを垂れる。

 誰でも、誰にでも出来できことではない。   



 守羽すわ 拓飛たくと

 彼は、本当に強い。

 身も、心も。

  


「……分かった。

 あたしも、出来できる限り、手を尽くす。

 だからさ、拓飛たくとくん」



 立ち上がり、上半身を戻させ、友灯ゆいは手を差し伸べる。



あたしだけじゃ足りんから、一緒にさ。

 二人を、幸せにしよう。

 大事な、大事な、君の家族を」



 今度は、間違えない。 

 逃げないし、見逃さない。



 かならず、幸せになるんだ。

 みんなで、一緒に。



「……うっス!!

 つえよろしくするであります、隊長殿どのぉ!!」 

「これこれ、これだよっ!!

 これを、待ってたんだよぉっ!!」



 ようやく『知り合い』になれたからか、つえぇモードになる拓飛たくと



 まさか、これを切望する日が訪れようとはなぁ。

 などと思いつつ。



 こうして友灯ゆいは、拓飛たくとのスカウトに成功。

 リベンジの初陣を、勝利で飾るのだった。





詩夏しいなさんさぁ。

 そろそろ、スイーツ以外も作ってみないかなぁ?」

「残念、だけどぉ。

 シィナが、惹かれるのわぁ。

 お菓子、だけなのぉ、ですぅ」

「そっかぁ。

 誇りを持ってるのは素晴らしいんだけどさぁ。

 そうは言っても、材料費がさぁ。

 あと、サービスにしては、量とクオリティが釣り合ってないかなぁ」

「お気遣いぃ、お構いくぅ。

 パルフ◯の、ま〜姉ちゃ◯もぉ。

 してた、からぁ。

 その内ぃ、大繁盛だいはんじょぉ、するためのぉ。

 必要ひつよぉ経費けぇひぃ、先行せんこぉ投資とぉしぃ、だぁ」

「じゃあせめて、和菓子にしよっかぁ。

 ここ一応、和食レストランだからさぁ」

「悲しい、かなぁ。

 シィナわぁ、大のぉ、和菓子嫌いぃ。

 なの、だぁ」

「我が家、嫌いなのかなぁ。

 好きでいてしいなぁ」

「可もくぅ。

 不可もくぅ」

「どっちかなぁ。

 まぁ、っかぁ」

「……」



 厨房で繰り広げられる、フワフワした喧嘩。

 


 それを見ながら、友灯ゆいは思った。

 いきなり『ほのぼぉの』にまで来たのは、攻め過ぎたかもしれないと。



「わぁ。

 デリシャスそうなぁ、ご新規さんだぁ。

 いらしゃいませぇ。

 空いてるお席に、どぉぞぉ。

 おねぇさんぅ、マシマシにぃ、スイートだからぁ。

 今日きょぉわぁ、全部ぅ、タダでぇ。

 特別ぅ、だよぉ」

「勝手に決めないでしいなぁ」

「お気持ちだけ受け取っときます。

 きちんと、お支払いするので」

「おいしろぉ。

 ごゆっくりぃ」

詩夏しいなさんさぁ。

 ゆっくりでもいから、そろそろ戻って来なぁ」

「パパのぉ、鬼ぃ。

 その内ぃ、バリカタにぃ、退治するぅ」

「用心しておこうかな。

 それと、そこのお嬢さん、アレかな?

 さっき、電話くれた。

 悪いけど、ちょっと待ってくれるかな?

 もう少しで閉店だし、そろそろ落ち着くと思うから。

 話なら、その後にしてしいな。

 それまで、内の料理食べるなり、スマホ弄るなりして、待っててしいな。

 無論むろん、お題はもらおうかな」

「パパのぉ、ドケチぃ」

「だから、なんでかなぁ?

 面白いなぁ」

「でしょぉ。

 シィナ、おいしろいのぉ」



 ……よく、生存競争で勝ち残れてるな、この店。

 これが日常茶飯事な辺り、色々と不安なんだが。



 などと思いつつ、友灯ゆいはテーブル席に腰掛け、メニューを拝見。

 えず、オススメらしいドデカツ定食をオーダーした。



 食事を済ませた後。

 明日の仕込みを済ませるべく、父が裏に下がり。

 残業で遅れた恋人みたいに、詩夏しいなが隣に座り、身を寄せ、何故なぜか胸で腕を逮捕して来たため



 身動きが取れぬまま、超至近距離で。

 友灯ゆいはマンツーマンで、彼女と接することになった。



「あははぁ。

 もしかしてぇ、マシマシにぃ、ド緊張きんちょぉ?」

「……してる……」

「あははぁ。

 バリカワァ」

「『バリカタ』みたいに、言わないで……」



 ほぐそうとしてくれているのか、頭を撫でてくれる詩夏しいな

 軟式のテニス・ボールみたいな柔らかい感触の胸に、友灯ゆいは危うく目覚めそうになる。



 余談だが、彩葉いろはを連れて来なくて本当に良かった。

 この場に彼女がたら今頃、確実に修羅場になっていたことだろう。



 それはそうとして。

 やはり時期尚早だったと、友灯ゆいは後悔していた。

 そこまで情報収集も済ませぬまま、ぶっつけで挑むなんて、愚の骨頂。

 もっと、きちんと調べてからにすべきだった。

 やろうと思えば、いくらでもリサーチ出来できたというのに。



 拓飛たくとの件は、普段の彼が大人おとなし目だったから、どうにかなっただけ。

 対する詩夏しいなは、先程から平時となんら変わらない。



 これでは、忠実に今まで通り、平行線。

 あの、悪夢の一日、マイナスからのスタートではなくなった、というだけではないか。

 しかし、ここで退くわけにも……。



「ねぇ、ねぇ、おねぇさん。

 おねぇさんわぁ、知ってるぅ?

 シィナのぉ、名前の、由来ぃ」



 などと思案したいたら、向こうから話題を提供してくれた。

 それも、返答次第では円滑にコミュニケーションを図れそうな類の。



 友灯ゆいは、少し考えた。

 しかし、いくら捻出しようとしても、かなわなかった。



「あははぁ。

 おねぇさん、マジおいしろぉ、い人ぉ」



 再び、友灯ゆいの頭を撫でる詩夏しいな

 どうやら、返答をもらえず機嫌を損ねた、といったこといらしい。

 


「じゃあぁ。

 おねぇさんのぉ、バリカワなぁ、困り顔にぃ、免じてぇ。

 シィナからぁ、ヒントをぉ、サービスサービスゥ」



 言いざまに、口でドラム・ロールを開始する詩夏しいな

 その再現度は、お世辞にも高いとは言えず、なんとも緩かった。



「シィナのぉ、パパのぉ、旧姓きゅぅせぇ」



 ……つまり、アレか?

 パルフ◯で言う所の夏海◯海的な、脱力系ラノベみたいな感じか?

 あるいは、下読み男子と投稿女子的な、寒々しい感じか?

 言うなれば、『決して離婚はしない、名前では損をさせない』という、不退転の決意というべきか。



 とどのつまり。  



「それもう、答えじゃん!!」



 しばらく押し黙っていた友灯ゆいが、ようやっと彼女に向けてしゃべった。

 悦に入ったらしく、詩夏しいなはチパチパチパと拍手する。



「やたぁ。

 やっとぉ、お話出来できたぁ。

 シィナァ、おぉ手柄ぁ」

「はっ……嵌めたなぁ!?」

「シィナのぉ、トラップにぃ、いらしゃいませぇ。

 ちなみにぃ、本当ほんとぉわぁ。

 PCゲームからぁ、でしたぁ」

「しかも、詐欺ったなぁ!?

 なにからなにまで、嘘ばっかじゃん!!」

「おいしろなぁ、パティシエだけにぃ。

 話作りも、おいしろぉ」

「座布団一枚!」

「やたぁ。

 またのお越しをぉ」

「来んわっ!!

 あと、さては元ネタ、アリアズ◯ーニバルだな!?」

正解せぇかぁい。

 ご褒美ほぉびぃ」

あたしを攻略しようとすんな!?

 言っとくけど、難易度バグってるからな!?

 それでいて、個別ルート行ってもバッド・エンド一直線かもだかんな!?」



 またしても、されるがままにナデナデ攻撃を受ける友灯ゆい

 距離感が近過ぎるのも、考えものである。



 完全に詩夏しいなの策略であったものの。

 普通に話せるようになった友灯ゆい

 ゆるふわ系の詩夏しいなに、こんな一面がったとは知らなかったが、これはチャンスである。

 ここから、会話の糸口を……。



 と、友灯ゆいが切り出さんとした、その時。



「『アレキシサイミア』。

 ってぇ、知ってるぅ?」



 再び、詩夏しいなが話を振って来た。

 料理の知識のい彼女から、そういった専門用語が繰り出されるとは思えない。

 よって、その線で探り当てるのは無謀。



「……ごめん。

 分からない」

「あははぁ。

 だよねぇ。

 簡単にぃ、言うとねぇ。

 シィナわぁ、『失感情かんじょぉしょぉ』なのぉ。

 病院びょぉいん先生せんせぇに、そぉ診断されたぁ。

 他にも、色々ぉ、ハンディなのぉ。

 自分の名前もぉ、忘れそうなまでにぃ」



「……。

 ……え」



 平時の笑顔で、普段のトーンで、フワフワ、ホワホワした雰囲気で。

 とんでもない爆弾を、投下する詩夏しいな

 


 その異常さから、友灯ゆいは察した。

 今度こそは、詐欺られてなどいないと。



「……感情がい。

 って、こと?」

「んぅん。

 ことわぁ、るんだぁ。

 でもぉ、分かんないのぉ。

 心とかぁ、想像そぉぞぉ力とかぁ。

 シィナにわぁ、く、分かんないのぉ。

 だからぁ、今でも、こんな感じぃ。

 少し前までぇ、誰とも、お喋りぃ、出来できなかった、からぁ。

 みんなにぃ。ハブにされてた、からぁ。

 誰も、シィナとぉ。お喋り、してくれなかった、からぁ」

「……」



 こんなこと、本来なら最低だと自覚している。

 店長にあるまじき態度だと、承知している。

 それでも友灯ゆいは、どこかで詩夏しいなを卑下していた。 

 一部の少女漫画やケータイ小説みたいな口調だなぁ、と。



 ここに来てようやく、それが如何いかおろか、理不尽、恥ずべき行為だったのか痛感した。

 彼女は、恐らく遊園地で働くまで、コミュニケーションという物に触れられなかった。

 それでは、人間性など育つはずい。

 おまけに、他にも障害がる。

 いくら精神的に幼いままでも、悪しざまに突くことなど、出来できようものか。

 


「でもぉ。

 ある日、シィナにねぇ。

 魔法がぁ、掛かったのぉ」

「……魔法?」

「んー。

 シィナわぁ、頭、くないからぁ。

 得意とか、特技とかぁ、かったけどぉ。

 お菓子の、作り方だけがぁ。

 分かるように、なったのぉ。

 それも、ぁっくさん

 あとぉ、自分の、気持ちもぉ。

 段々ぅ、分かるようにぃ、なったんだぁ。

 どうしてかわぁ、今でも、分かんない、けどぉ。

 それで、シィナ、バーッて、バーッてなってぇ。

 パパと、ママにぃ、プレゼントしたのぉ。

 そしたらぁ、二人共、笑ってくれてぇ。

 シィナをぉ、ぃっぱい、褒めてくれてぇ。

 そこで、初めて、分かったんだぁ。

 シィナの『心』は、これだぁって。

 みんながぉ、シィナに届けてくれる、言葉や、反応はんのぉや、笑顔ぉ。

 それこそが、シィナの『心』なんだぁ、って。

 シィナの、周りのみんなの、おいしろがぁ。

 そのまま、シィナに、直結するんだぁ、って。

 だからぁ」



 友灯ゆいの手を取り。

 飛び切りの笑顔を、詩夏しいなは咲かせる。



「だから、シィナわ、笑うのぉ。

 楽しぃとか、うれしぃとか、分かんない、けどぉ。

 シィナが、笑えばぁ。みんなも、きっとぉ、笑ってくれる、からぁ。

 そしたら、シィナもぉ。

 晴れて、幸せぇ、だからぁ」



 詩夏しいなは、自分の感情を認識するのが難しい。

 ゆえに、周囲を介することで、気持ちを理解するのだ。

 つまり、彼女にとって知人とは、自身の心を映す鏡のような物なのだ。



 だとすれば。

 慰労会の席で、彼女の目の前で、詩夏しいなの恋人である拓飛たくとを気絶させた時。

 友灯ゆいの前で、初めて詩夏しいなが絶望した時。

 あれは、さらに重い意味を持つことになる。



「……っ」



 今この場で土下座したくなる気持ちを、友灯ゆいは強引に律した。

 そんなことをすれば、性懲りもく、詩夏しいなを傷付けることになる。

 かえって逆効果ではないか。



 今の自分は、詩夏しいなの心の鏡。

 壊れても、不格好でもいけない。

 ちゃんと、していなければ。



「おねぇさんぅ。

 さっきぃ、パパから、聞いた、けどぉ。

 おねぇさんわぁ。

 シィナを、スカウト、するのぉ?」

「そう。

 そのためあたしは、ここに来たし、今もる」

「だったらぁ。

 めて、しぃ、かなぁ。

 シィナわぁ。

 みんなを、不幸ふこぉに、する、からぁ。

 遊園地ゆぅえんちだってぇ、潰したしぃ」

「……っ!

 それは別に、あなたの所為せいじゃっ……!!

 結果的に、そうなったってだけで……!!」

「んーん。

 シィナが、原因ぅ。

 いきなり凸ってぇ、雇ってもらって、破壊したぁ。

 いつも、そぉなんだぁ。 

 小学しょぉがくでも、中学ちゅぅがくでも、高校こぉこぉでもぉ。

 みんなぁ、シィナをぉ、煙たがってたぁ。

 シィナわぁ、疫病やくびょぉ神なのぉ。

 シィナが、るとぉ。

 みんなぁ、不幸ふこぉになるぅ。 

 みんなが、ないとぉ。

 シィナわ、笑顔になれない、けどぉ。

 シィナが、なきゃぁ。

 みんなは、笑顔でられるのぉ。

 だからぁ。シィナわぁ、そっちに、行けないのぉ。

 こうでもしなきゃ、シィナわぁ。

 誰とも、つながれない、からぁ」



 だから、ここにるというのか?

 オーダーされてもいない、メニューにもない、色々とそぐわないのに。

 デザートと笑顔を、振り撒き続けるというのか?

 その場限りの気休め、社交辞令のために?

 そういう形で求められることでしか、幸せを、心を感じられないと?

 残されたり、断られたり、厚かましく文句言われたりもしてるのに?

 一方的に提供ギブする、見返り《テイク》のい形でしか、誰かとつながれないと?

 単なる『い人』というだけの間柄で、満足だと?


 

 エイトや詩夏しいなみんなもらってばかりだった。

 前回までの、自分みたいに?



「……つながってるよ」

「おねぇ、さん?」

つながってるよ!!

 そんな真似マネ、しなくても!!

 詩夏しいなちゃんは、きちんと!!」



 自身の胸に手を当て、立ち上がり、友灯ゆいは主張する。



あたし拓飛たくとくんもスカウトしたの!!

 彼、あなたの作ったお弁当を、すご美味おいしそうに食べてた!!

 あたしだって!

 あなたと関わって、しゃべって、不幸だなんて、思ってない!!」

「二人がぁ、い人、だからぁ。

 中にわぁ、意地悪さんだって、るぅ」

「そんなの、身をもって熟知してる!!

 でも、だからこそ!!

 一人っきりでなんて、ちゃいけないんだよ!!

 そういう、いざって時、助け合うためにも!!

 一緒じゃなきゃ、駄目ダメなんだよ!!」

「シィナわぁ、誰も、助けられないぃ。

 助けられてばっかわぁ、いやぁ」

詩夏しいなちゃんは、いつも助けてくれる、くれてるよ!!

 だからこそ、今でも拓飛たくとくんは、詩夏しいなちゃんと付き合ってるんじゃん!!

 ママさんは分かんないけど、パパさんだって!

 喧嘩してばっかでも、困らされる一方でも、ワガママ放題でも!! 

 なんだかんだで、一緒にてくれてるんじゃん!!

 事情知ってるから、そんなにトゲトゲしてないんじゃん!!

 それに、あたしだって!!」



 勢い余って、要らぬことまで言い掛ける友灯ゆい

 そんな彼女を、詩夏しいなが不思議そうに眺める。

 


「……おねぇさん、だって。

 なぁに?」

「いや、そのっ……!!

 ……話してて、楽しかった!!

 楽しいんだよ、ちゃんと!!

 詩夏しいなちゃんと、一緒にるのがっ!!」

「それわぁ。

 おねぇさんと、シィナがぁ。

 まだ、出会って、浅いからぁ。

 ここの、お客様達と、おんなじぃ。

 おねぇさん、だってぇ。

 その内、シィナをぉ、嫌いになるよぉ」

「ならない!!

 あたしは、詩夏しいなちゃんを嫌わないし、詩夏しいなちゃんの敵にもならない!!

 絶対ぜったいに、味方であり続ける!!

 詩夏しいなちゃんが、あたしを好いてくれている限り!!」



 肩で息をして、断言する友灯ゆい

 


 詩夏しいなは、目を丸くした。

 そこまで向き合ってくれる人間が、初めてだったのだ。



「……なんでぇ?

 なんで、そこまでぇ。

 してくれる、のぉ?」



 友灯ゆいは、少し考えた。

 このまま、真実を明かしてしまおうかと。



 しかし、踏み止まった。

 彼女は、想像力、読解力に欠けるタイプ。

 それを抜きにしても、あんな話を、初対面で振るべきではない。



「……あたしにも、たの。

 詩夏しいなちゃんみたいな、知り合いが。

 そういう子と、ずっと接して来たの。

 1年間だけね」



 仕方しかたく、友灯ゆいは一部始終を説明した。

 無論むろん、必要とあらば多少の誤魔化ごまかしはするが。

 こうすることでしか、彼女の信頼を勝ち取れそうになかったのだ。 


 

「正直、苦手だった。

 むしろ、嫌ってた。

 大多数がするみたいに、あしらってた。

 あたしだけじゃない、みんなやってるじゃん、こうするしかいんだ、って言い聞かせて。

 でも、ある日……その子に、取り返しのつかないことをした。

 ……ううん。みんなに、最低なことをした。

 詩夏しいなちゃん、さっき、言ったよね?

 自分は、不幸と破壊をもたらす、『疫病神』だって。

 あたしも、同じ。 

 あるいは、それよりひどいまであるかもしれない。

 大切な人達を、みんなとの居場所を、っ壊した、『破壊神』だ。

 あたしの無知、身勝手の所為せいで。

 だから、もう……あんな思いは、二度と御免。

 したくないし、させたくないし、させられたくもない」



 思い返してみれば、今だって、そう。

 自己満足のために、みんなは記憶を無くし、再び自由を奪われ、蘇らせられ、自分にたずさわることを強要されている。

 その所為せいで一度、自分に裏切られているというのに。

 自分が出しゃばらなければ、多少は楽しい、平和な毎日を送れたかもしれないのに。



 敵に打ち勝つため、というのも勿論もちろんるが。

 結局の所、単なる罪滅ぼしの面が強い。

 自分は、自分のために、まだなにも知らない、真っ白で真っさらな仲間達を巻き込んで。

 またしても、さらにレートの上がった、無謀な賭けに出るというのだ。

 


 我ながら、呆れる。

 自分は一体、どこまでクズなのかと。



 でも。

 それでも友灯ゆいは、戦う。

 勝ち続けなくてはならないのだ。



 本当の自由を、幸福を、奪い返すために。

 今度こそはみんなと、真に結ばれるために。



詩夏しいなちゃんが、じぶんを把握するのが大変なら。

 あたしが、あなたの心になる。

 あなたの笑顔ばっか映す、依怙贔屓とご都合主義極まりない、折れても折れても倒れない、傷付いてもぐに修復する、頑強で最強な鏡になる」



 腰に手を当て胸を張り、友灯ゆいは誇らし気に断言、宣言する。



「それに、安心して。

 あたしの仲間は、揃いも揃って、曲者くせもの揃い。

 みんなして、面倒で、迷惑で、一筋縄じゃいかない。

 詩夏しいなちゃんが言う『不幸』になんか負けない、底抜けに明るい、楽しい、おいしろな人達だから。

 きっと、詩夏しいなちゃんのことも、受け入れてくれる。

 多忙を極めながらも、あなたを見守ってくれる。

 店長のあたしが、保証する。

 それに、大丈夫。

 内の店、近くに警察署もるし。

 今の時代、身の危険を感じたら防犯上、ぐに通報してことになってるから。

 万が一にも、意地悪さんに、心にもないこと言われたら、ぐに言いな?

 速攻で駆け付けて、ヤクザキックお見舞いして。

 そんで絶対ぜったい詩夏しいなちゃんを、全身全霊で守るから。

あたしの友達を、侮辱すんな!!』、って啖呵切る。

 んでもって、その後、今度は拳を突き出して、上から飛び乗って、やっつけて、警察署に突き出して、くさい飯食わせてやる」

「それわぁ、やり過ぎじゃあ?」

「あー、いの、いの。

 そういう手合いは、いくら言ったって無駄なんだから。

 最初から実力行使あるのみだよ。

 ただでさえ女は、何かと報われないんだからさぁ。

 それくらいの役得がきゃ、やってけないって。

 この町ただでさえ、ダメとのエンカ率おかしいし」

「論点ぅ、逸れてるぅ」

りにって、詩夏しいなちゃんに言われるとは思わんかった!!」

「あははぁ。

 ひどぉい。

 でも……んー。

 おねぇさん、好きぃ。

 シィナの直感ぅ、めずらしく、サエサエだぁ。

 話したのがぁ、おねぇさんで、美味おいしかったぁ。

 おねぇさんとなら、シィナもぉ。

 おいしろく、笑えそぉ。

 シィナの、ペコテン、満たされたぁ」

「それじゃあ……!!」

「んー」



 友灯ゆいに抱き着き、ソファに押し倒し、安堵し切った表情で、詩夏しいなげる。



「『チィフゥ』。

 シィナを、デリシャスに、よろしくねぇ。

 おいしろに、調理してぇ。

 マシマシに、笑顔にしてぇ。

 マンテン通り越して、マウンテンにしてねぇ」



 相変わらず、意味の通らない言葉。

 それでも、友灯ゆいには伝わった。

 彼女は今、自分を認めてくれたのだと。



「……任せろ。

 こちらこそ、よろしく。

 その……『詩夏しいな』」

「あははぁ。

 シィナ、初めてぇ。

 お呼ばれされ、ちゃったぁ」

「名前のこと、呼び捨てのこと、仲間としてのことぉ!!

 決して、それ以外でも以上でもなぁい!!」

「どっちでも、ぃやぁ」

くないっ!!

 履き違えんなっ!!」

「マジ、おいしろぉ。

 それより、チィフゥ。

 シィナ、眠いぃ……。

 おやスピー……」

「この流れで!?

 しかも、もう寝てるし!!

 本当ットに自由だな!?

 うぉぉぉ、起きろぉ!!

 せめて、あたしを解放してくれぇぇぇ!!

 このままだと、色々と不味まずいんだぁぁぁ!!

 てか、若庭わかばといい、彩葉いろはといい、詩夏しいなといい!!

 なんあたしの周りの同性は、、怪しい、百合っぽいのばっかなんだぁぁぁぁぁ!?」



 静かな店内に、友灯ゆいの絶叫が虚しく叫ぶ。



 そんなこんなで。

 友灯ゆいは、晴れて拓飛たくと詩夏しいなの勧誘に成功。

 程無くして、英翔えいしょうからは璃央りお紫音しおん彩葉いろはからはオカミさんと若庭わかばを引き入れた報告を受ける。


 

 こうして『トクセン』は、再結成に向け、動き出したのだった。 





 自分から志願しておいて、今更だが。

 保美ほび 彩葉いろはは、奥仲おくなか 若庭わかばが嫌いである。



 それはなにも、「彼女が自分に次いで(あるいは、それ以上に)友灯ゆいにベタベタしてるから」とか。

 そういう、メンヘラ染みた独占欲や、子供っぽい嫉妬などだけではなく。

 自分のルーツ、トラウマにちなんだ、口に出すのは躊躇ためらわれる、根深くドロドロした理由で。



 成り行き上とはいえ、そんな自分が進んで、この場にる。

 改めて考えてみても、矛盾している。

 が、今更、手ぶらでは帰れまい。

 女にだって、二言はいのである。

 


 と。

 そんなふうに切り替えたにもかかわらず。

 彩葉いろはは、出端を挫かれかける。



新凪にいなちゃんが?」

「ああ。

 家事で目をマイナスした隙に、逃げたらしい。

 状況から判断するに、家出や、衝動的な理由ではないらしいが。

 無論むろん、スマホの類いも持たずにな。

 いずれにせよ、ファースト・コンタクトは取るべきではない。

 そもそもターゲットが、二人揃って、捜索に当たっているのでな」



 友灯ゆいの元にスカウト結果が届く、少し前に。

 スマホ越しに届いた、悪い知らせ。

 彩葉いろはは、眉間に手を当てた。



 まさか、こんなイレギュラーに見舞われるとは。

 正直、こうなる危険性も視野には入れていたが。

 それは、あくまでも『いつか』であって、『今』ではないのだ。



 まったく、本当ほんとうに。

  


「……どこまでも、イライラさせてくれる」

「気持ちは分かる。

 だが、落ち着け。

 岸開きしかいが今、奥仲おくなか 新凪にいなを探している。

 そろそろ、居場所を特定出来できる」 



 なにやら、微妙に勘違いされたらしいが。

 好都合なので、彩葉いろはは伏せていた。   

 しばらくして、ピコンピコンピコンという機械音が、電話越しに響いた。



たぞ。

 自宅から程近い薬局、『マツモト・ウキョヒロ』だ」

なにその、『光る闇医者と甲虫の魔法使いと宇宙せんべい屋をごちゃ混ぜにした、3大特撮コンボ』みたいな名前。

 なんか、落ち着かない。

 てか、薬局?

 あんな小さい子が、なんで、そんな所に?」

「分からん。

 だが、急げ。

 また撒かれたら、辿れるか分からん。

 岸開きしかいも、二人を誘導し、落ち合わせる。

 彩葉いろはは、一足早く、娘と接触せよ」

「オッケー。

 そっちは任せた」



 通話を終え、彩葉いろはは一路、薬局へとダッシュする。

 珠蛍みほとの送ってくれた、地図を頼りに。



 彩葉いろはが到着した頃。

 タイムリーに、新凪にいなが店内から出て来た。

 何故なぜか涙目だった彼女は、彩葉いろはを見付けた途端とたん、抱き着いて来た。



 これまでなら、「なにったのか」、真意を問いている。

 しかし、今は、そうは行かない。

 何故なぜなら、自分を含む4人以外、1年分の記憶を失っている。

 二人は現在、なんの面識もい、丸っきりの初対面なのである。

 少なくとも、彩葉いろはの認識では。



 にもかかわらず、迷わず、縋りつかれた。

 ともすれば、こっちの方が異常事態かもしれない。



「……イーちゃん?」

「!?」



 かと思えば、今度は名前を呼ばれた。

 それも、数日前までと同じ、新凪にいなしか使っていない愛称で。



 これは、流石さすがにおかしい。

 確か社長によって、『トクセン』のスタッフの記憶は消されたはず……。



 ーー待てよ?

 はたと、彩葉いろはは胸騒ぎを覚えた。

 そして、気付きづいた。



 従業員の孫、娘であっても。

 新凪にいなは、『トクセン』のスタッフではない。



 つまり。

 やつの明示した、「記憶を消す対象」には、含まれていない。

 新凪にいなは、『トクセン』と、その従業員のことを、覚えているのだ。

 その理屈だと、留依るい明夢あむ結愛ゆめ、そして友灯ゆいのご両親も記憶を奪われていないのだ。

 栞鳴かんなや棟梁を始めとした、マツケ◯のキャストは、グレーだが。



 いやはや、恐ろしい。

 なんと、ガバガバなことか。

 まさか、こんな落とし穴、抜け穴が存在するとは。

 まだ他の面々と再会する前に、見抜けたのがさいわいだった。

 そうでなければ、うにひと悶着起こしていただろう。

  


 そこまで来て、彩葉いろはは悟った。

 どうして新凪にいなが、危険を顧みず、寿海すみ若庭わかばを振り切ってまで、単独で薬局にたのか。

 その、真のわけを。



「もしかして……。

 お母さん達の記憶を、治そうと……?」



 新凪にいなは、まだ未就学児。

 おまけに、状況が状況。

 病院になんて行っても、門前払いのすえ、連れて帰られるのが関の山。

 仮に、医者との面会が叶っても、拙い語彙力で伝えられる内容ではない。

 そもそも、新凪にいなはまだ、状況を理解してもいないし、それだけの読解力さえ、残念ながら持ち合わせていないだろう。



 一体、どれだけ辛く、怖かったことか。

 ある日いきなり、母親と、懐いている祖母が、職場や同僚のことを忘れ。

 無職であるがゆえに、祖母に遊んでもらい。

 定職に就け笑顔を見せるようになった母が、再び疫病神扱いに逆戻りし。

 いく友灯ゆい英翔えいしょうことを話しても、信じてもらえず。

 しまいには、一縷いちるの望みを賭け、こんな小さな体で、孤独に旅立とうなどと。

 どう考えても、並大抵の度胸ではない。

 


「……なんだか、へんなの……。

 バーバも、マーマも……。

 ユーちゃん、エーくん、しらないって……。

 きっと、わるいびょうきなの……。

 だから、ニーナ……おくすり、ほしくて……。

 でも、ニーナ……おかね、なくて……。

 そういうおくすりも、ないって……。

 ニーナ……なにも、できないの……

 わるいこなの……」

新凪にいなちゃん……」



 がらにもく、もらい泣きしそうになる彩葉いろは

 彼女は、感情的になりそうなのを抑え、新凪にいなの背中をポンポンッと叩く。



「……そんなことりません。

 新凪にいなちゃんは、い子です。

 お仕事で今まで、何人も見て来ましたが。

 新凪にいなちゃんが一番いちばんい子。

 一等賞ですよ。

 少なくとも、昔の私に比べたら、余程よほど

 て……実際の所、今も大して変わりませんけど」



 彩葉いろはの白衣に当てながら、新凪にいなは顔を横に振った。

 


 否定してくれると思った。

 自分を頼ってくれたのは、単に『宛が見付かったから』というだけではないのだと。

 自惚うぬぼれかもしれないが。



「やっぱり、い子ですね。

 ご褒美に、特別に、ことを教えます。

 ここまで頑張った新凪にいなちゃんにだけ、いち早く。

 新凪にいなちゃんの求める薬。

 バーバとマーマの思い出の、魔法の薬。

 それを、私の相棒が、作ってくれました」

「……ホント?」

勿論もちろんです。

 今まで私が、新凪にいなちゃんに嘘吐いたことりますか?」

「……おもちゃ、かしてくれなかった。 

 イーちゃん、『なんでもさわっていい』って、いった」

「そ、それは、まぁ……。

 時と場合によります」

「いまも、うそついた。

 イーちゃん、うそつき。

 でも、かっこいいうそつき。

 だから……ニーナ、しんじる」

「あ、ありがとうございます?

 私は、スパイとかではな……くもないですが……」



 出会った日のことを持ち出され、複雑な胸中ながらも一応、感謝はする彩葉いろは

 大人の意地を見せつつ、彩葉いろはは取り繕う。



「もう少ししたら、バーバとマーマの思い出は治せます。

 ただし。その為には3つ、大事なお約束がります。

 1つ。それまで、ユーちゃんたちの話を我慢すること

 2つ。今回みたいに、勝手になくなったりして、バーバとマーマを困らせないこと。 

 3つ。次にお出掛けする時は、バーバやマーマ、あるいは私と一緒にこと

 この3つを守ってくれるなら、きっとぐに、すべて、元通りになりますよ」

「いつ?」

「それは、新凪にいなちゃんや、バーバたちの頑張り次第です」

「……あやしい」

「こ、今度ばかりは、ホントですよー。

 だなー、そんなー。

 人を、嘘きみたいに邪険にしてー」

「じーっ」



 顔を離し、セルフ効果音付きで、彩葉いろはにジトを向ける新凪にいな

 不用意な発言は慎むのが、彩葉いろはの鉄則だが。

 こういう無垢な眼差しには逆らえず、彩葉いろはは、ポリシーを捻じ曲げる。



「……明日、とか?」



 彩葉いろはから言質を取り、満足気に笑う新凪にいな

 末恐ろしい一面を見せられ、こんな幼子に根負けさせられ、彩葉いろはのプライドはズタズタとなった。



新凪にいなぁぁぁぁぁ!!」



 不意に轟いた、金切り声に近い叫び。

 振り向けば、若庭わかばが、こちらへ駆け寄って来ていた。


 

新凪にいな!!

 一人でお外になんて出たら、危ないでしょ!?

 マーマも、お義母様も、どれほど、心配したと思ってるの!?

 なんで、こんなことしたの!?」



 到着して早々に、新凪にいな彩葉いろはから引き離し、問い詰めようとする若庭わかば

 それを、彩葉いろはが制した。



「……待ってくださいよ。

 その言い方は、ひどぎます。

 そんなにまくし立てちゃ、萎縮して、理由なんて明かせませんよ。

 そもそも、『怒鳴る』のと『怒る』のとでは、似て非なる、雲泥の差なんですよ。

 てか、叱る前にず、自分の非を詫びるべきですよね?

 新凪にいなちゃんが家を飛び出したのは、母親である、あなたの監督不行届きです。

 それと、新凪にいなちゃんのそばた私を、もっと疑うのが自然では?」

 


 若庭わかばとは知り合いですらないのを忘れ、普段のように小猫被りもせず、つい素面で接してしまう。



 こういう所だ。

 若庭わかばの、こういう母親、大人としての未熟さが。

 彩葉いろはは、大嫌いなのだ。



 向こうにとっては見ず知らずに該当する彩葉いろはに、挨拶もしに、出会い頭にダメ出しされ。

 それでも怒らずに、若庭わかばは不思議そうな顔をした。

 どうやら、さほど響いてなかったらしい。

 この場合、一体どちらの運が悪かったのか。



「……そうですね。

 おっしゃる通りです。

 失礼しました。

 そして、重ね重ね、すみません。

 あなたは……?」

新凪にいなちゃんの友達です」

「なるほど。

 それは、失礼しました。

 新凪にいなを助けてくださり、ありがとうございます」



 ……今ので、納得し、気を許すのか。

 年齢差も、共通項も、出会ったけさえも、不鮮明だというのに。

 まぁでも、反省はしたらしいし、これ以上は耐えるとしよう。

 


 彩葉いろはは、若庭わかばを糾弾したくなった。

 が、理由に理解を示さぬまま、一方的に罵倒するのは、主義に反する。

 それでは、若庭わかば新凪にいなにしているのと同じ。

  


 ゆえ彩葉いろはは、恥を忍んで、自分語りをすることにした。



「……ご両親が?」

「はい。

 物心が付く前に、他界しました。

 父は、身篭ってぐ、交通事故で。

 病弱だった母も、私を産むと同時に、この世を去りました。

 元より、命を賭して、私を出産する覚悟だったらしいですけど。

 なので私は、幼少の時分から、祖母に厳しく躾けられ、縛られて続けて来ました。

 それはもう、時代錯誤なほどに。

 もっとも、中卒と共に勘当され、天涯孤独となり、高校さえ満足に行けぬまま、地獄のバイト生活に明け暮れましたが」



 近くのベンチに座り、まだ友灯ゆいにすら話していない秘密を、若庭わかばに語る彩葉いろは

 ちなみに新凪にいなは、目と手の届く所で、合流した寿海すみに遊んでもらっている。



 余談だが。

 前述の通り現在、彩葉いろはに身内はない。

 従って、セール前日に復帰した際の『お見合い云々』は、すべてサクシャスが設定した、真っ赤な嘘である。



「だから、ムカつくんですよ。

 さっきみたいな、一方的な親を見ると。

 っても、私の言い分も大概ですけどね。

 こんなの、単なる私の憂さ晴らし、自己満足、リベンジ、過去改編もどき。

 若庭わかばさんにも新凪にいなちゃんにも、なんの関係もいのに。

 本当ほんとう……嫌な女ですよね」



 今日は、涙腺の調子が悪い。

 またしても、彩葉いろはは思わず泣きそうになった。

 こういうメソメソした自分が嫌いだから、小猫被りの擬態を身に着けたというのに。


 

 自分のメンタルは、本当に不安定だ。

 だからこそ、友灯ゆいに憧れたのだろう。

 あれだけ悲惨な目に遭ってなお、懸命に生きよう、抗おうとする、ひたむきさに。

 ドロップ・アウトし、あと少しで人生クランク・アップ寸前だった、自分とは対象的に。



 などと自己嫌悪に浸っていると、隣から啜り泣きが聞こえ。

 まさかと思い振り向けば、若庭わかばがハンカチで涙を拭っていた。



 感情移入しぎて、声も出ない若庭わかば

 呆れて物も言えない彩葉いろは

 次第に彩葉いろはは、笑えて来た。



 一通り話して、スッキリしたのか。

 それまでのムカムカが、綺麗さっぱり無くなった。

 


 ようは、自分の決め付け。

 目の前にるのは正真正銘、善人だった。

 ただ、それだけだった。

 あとは、今まで全員にして来た通り、こっちが割り切り、合わせさえすればい話なのだ。



「なぁに言ってるんだい」



 油断していたら、ふと、オカミさんに頭を撫でられた。

 彩葉いろはとしたことが、無防備過ぎた。

 


「あんたは、飛び切りにい女だよ。

 露悪的にる舞ってるだけの、偽悪的な人間。

 うちの孫娘が、証人さ」

「イーちゃん、いいこ!!」

「だそうだよ。

 今まで運悪く、周囲に恵まれなかっただけさ。

 言っても分からない手合いなんざ、無視すればい。

 ちゃんと話せる相手だけ、大切にすればいんだよ」

「……オカミさん……」

なんだい。

 あたしを知ってるのかい」

「……有名人ですから」

「やれやれ。

 顔が割れぎるのも、考えものだねぇ。

 それより、彩葉いろはちゃん。

 なにか、お返しをさせておくれよ。

 新凪にいなを見てくれていた、謝礼として」



 オカミさんの言葉に、若庭わかばもヘドバンでうなずく。



 別に、図ったわけではないが。

 これは、チャンスなのでは。

 そう思い、彩葉いろはは切り出す。



「では、お二人とも。

 私の、同僚になってください」

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