15:ソフビとフィギュアと求める友灯(あたし)

 至る所に置いてある、現代離れした数々のテクノロジー。

 そのどれもに、否応いやおう無く友灯ゆいは目を奪われた。



 立体映像として画面を投射しているデバイス。

 どこか別の空間へと続いているらしきワープ・ホール。



 そして……トケータイを装着した、ロボット。

 


 ここに来て友灯ゆいは、改めて実感した。

 珠蛍みほとが言っていたのは、全て事実だったのだと。



「……」



 逡巡したあと、眺めていたトケータイを、ロボットに触れさせる。

 瞬間、ロボットのトケータイが呼応。

 そこから魔法陣の様な光が出現、上に移動し、ややスリムになった無機質な体を包み込み。

 


 やがて映像が消えた頃。

 ロボットに替わって友灯ゆいの前に現れたのは、見覚えしか無い相棒。

 破損する前の、英翔えいしょうだった。



「……ん……」



 まるで寝起きみたいな声を出し、目を開ける英翔えいしょう

 そのまま定まらない、ぼんやりした様子で、友灯ゆいを視界に捉えた。



「……ユー……さん……?」



「……っ!!

 エイト……!!

 エイトォ!!」



 堪え切れずに、友灯ゆい英翔えいしょうに飛び付き、彼を抱き締め、押し倒す。

 続いて一旦、体を離し、組み敷いた状態で勢い良く確認する。



「平気!?

 どこも痛くない、おかしくない!?

 あたしこと、分かる!?

 今までのこと、全部、記憶してる!?」

「う、うん……。

 と、思う……?」



 相変わらず、疑問形な英翔えいしょう

 いつもなら少しモヤモヤするのに、今日だけは愛おしく思える。



 会えた。

 やっと、また会えた。

 もう、二度と会えないと思ってた。



 でも、足りない。

 こんなんじゃ全然、伝えられてない、伝わって来ない。



 友灯ゆいは再び、英翔えいしょうを抱擁した。

 中身が機械だなんて思えない程に、彼の体は軽く、柔らかく、暖かかった。



 そんな彼女の様子から、ただ事ならぬ雰囲気を察知した英翔えいしょう

 心当たりを探るよりも早く、彼の備えられた思考回路が、答えを授けた。



 人間ではなかったこと

 友灯ゆいの懐に入り、彼女を絶望の淵に突き落とすためだけに、ピンキリまで彼女仕様に造られたこと

 自分が怒るのは決まって、友灯ゆいがディスられたり、危なくなった時だけだったこと

 部外者の自分が介入した所為せいで、仲良くなり始めた同僚たちに、友灯ゆいが悪し様にされたこと

 友灯ゆいの居場所を守りたい一心で、彼女の職場を焼き払ってしまったこと

 そして、何より。

 


「……そっか。

 ……死んじゃったんだ、俺……」



 何となしに天井を見上げながら、英翔えいしょうが呟く。

 完全に他人事のような調子に、友灯ゆいの中で何かが切れた。



「……だよ……!!

「……ユーさん?」

「……なんだよ、その言い草はやぁ!!」



 背中に当てていた手を戻し、英翔えいしょうの胸倉を掴む友灯ゆい

 その瞳は、いつの間にか涙が溢れていた。



「死んだんだぞ!?

 あだしの目の前でっ!

 あだしの腕の中でっ!

 あだしの職場でっ!

 ……あだし所為せいでぇっ!!

 おめーは、死んじまったんだぞ!?

 跡形も無く、燃え尽きちまったんだ!

 あだしを店長に復任させるために、なあなあに期間を伸ばすためだけに、自分を犠牲にしたんだろ!?

 なのになんで、そんな落ち着いてんだよ!

 なんで、あだしなにも言わないんだよっ!!

 殺された時くらい少しは、あだしを責めろよ!!

 責めてくれよぉ!!

 ……頼むからやぁ!!」

「……そんなこと、しないし、出来できない。

 ユーさんを、なるべく悲しませたくないし、傷付けたくない。

 ……ユーさんを守るのが、俺の使命。

 生まれた意味、存在理由、だから」



 ああ。

 友灯ゆいは、今更ながら痛感させられた。

 自分と英翔えいしょうとの間にそびえる、致命的なまでの見解の相違、余りに大きな認識のズレを。



 そうだ。いつだって、そうだった。

 自分に対するネガティブ、否定的な意見を、ほとんど口にしない。

 どれだけ不満、負担でも、ストレートには明かさない。

 間違いを正すし、ロジハラ気味に切り込んで来るけど、最終的には協力してくれる。

 自分が困ってる時は、決まって空かさず駆け付けてくれる。

 どんなに自分がクズい思考をしていても、絶対に味方であってくれる。

 家事に特撮、言葉に人間関係など、自分のピンチな部分を、いつだって補ってくれる。

 森円もりつぶ 英翔えいしょうとは、そういう風に仕組まれた男だった。



 ここに来て友灯ゆいようやく、真に理解した。

 璃央りおたちに指摘された、自分達の由々しい欠点。

 三八城みやしろ 友灯ゆいにとっての英翔えいしょうが、際限なくイエス・マン、理解者、賛同者、なんでも叶えてくれる都合のい神様であること

 友灯ゆいためなら英翔えいしょうは、友も世界も、友灯ゆい英翔えいしょうすら敵に回すこと

 迷いく淀みく、身も心も全て捧げること



「……ユーさん。

 泣かないで?」



 無関心を装って慈しみながら、友灯ゆいの瞳を指で拭う英翔えいしょう

 


「……誰の所為せいだよ……!」

「……俺?」

「ドアホ……!!」



 こんな時にすら憎まれ口ばかり叩く自分に、嫌気が差す。

 そんな自分さえ甘やかしてくれる英翔えいしょうに、罪悪感が覚えてならない。



「……大丈夫。

 大丈夫だよ、ユーさん。

 俺なら、平気。

 機械だし替え、潰しが利く。

 チップさえ残ってれば、記憶も見た目も、元通りに復元出来できる。

 万が一に備えて、バック・アップだって、用意してる。

 ユーさんのためなら、俺。

 何度、壊されたって構わない」



 この期に及んで、目の前の相棒は一体、何を言っているのだろう。

 さっきから、ことの次第、深刻さ、重要性を、まったく把握していない。

 これじゃあ、何の解決にも至っていない。

 さながら、丸く収まってる風に取り繕えただけじゃないか。



 いや……ここまで来たら最早、罪悪感なんて生易しい、生温い言葉じゃ片付けられない。

 これは、もっと激しく煮え滾る感情。

 紛れもい、憤怒ふんぬだ。



「……い加減にしろよ、お前……!!」

「……ユー、さん……?」

「いつまでも甘ったるい、かったるいことばっか言ってんなってんだよぉっ!!」



 英翔えいしょうの両肩を掴み、彼の背中を床に押し付け。

 激情のままに、友灯ゆいは叫ぶ。



なにが『大丈夫』なんだよっ!?

 いくら『潰しが利く』からって、本当ホントに『潰される』こといだろ!?

 あん時、お前に外に追い出されたあたしかて、潰れたんだぞ!?

 頭も、心も、内臓も、体も、思い出も!

 何もかもが丸ごと、グシャグシャにペシャンコにバラバラに、木っ端微塵に潰されたんだぞ!?」



 そう。潰された。

 英翔えいしょうの化けの皮が剥がれて、炎に飲み込まれ見えなくなって、瓦礫に押し潰されて。

 視界が、世界がグワングワンして、足に力が入らなくなって。

 ぐにでも英翔えいしょうを助けに行きたかったのに、動けなくって。

 そのまま情けなく自分だけ生き延びて、珠蛍みほとに拾われて。

 悔しくて、苦しくて、悲しくて、恥ずかしくて、寂しくて、おぞましくて。

 だのに、被害者の英翔えいしょうが微塵も意に介していないのが、もどかしくて。

 


「替えが利かなくなったら、どうすんだよ!?

 記憶や体、チップやバック・アップ!

 お前を構成する要素が、億が一にも、ほんの一欠片でも消えちまったら!!

 それにあたしや、他の誰かが気付けなかったら!

 どう、責任取ってくれるってんだ!

 あたしに、どう責任取らせてくれるってんだよぉ!!」

「……どうしたの?

 ユーさん。

 ちょっとなんか、いつもと違うよ?

 責任って、なんこと

 なんでユーさんが、俺の責任なんて取らなきゃなの?」



 ほら、まただ。

 また、この繰り返し。

 ここまで言っても、荒げても、知らんり。

 聞いてるようで聞いてないし、効いてるようで効いてない。

 結局の所、根本的な感知、完治には至ってない。

 あたしの心が、全てまでは届いていない。



 例えるなら、今の自分と英翔えいしょうの関係は、歌で言う所のハモリに近い。

 英翔えいしょうが自分に合わせてくれる、無意識に本音を押し込め寄り添ってくれることで、しくも成立させられているに過ぎない。

 いや……彼の優しさ、純粋さに当てられ、きっと自分も、多かれ少なかれ、セーブしている部分がったのだろう。



 でも、もうそれだけでは色々と限界なのだ。

 満たされない、物足りない、どうしようもく腹が立つ。

 英翔えいしょうとの仲を、こんな中途半端な関係で終わらせたくない、我慢したくない。

 もっと、英翔えいしょうと深くつながりたい。

 ハモリではなくユニゾンで、心と言葉を奏で、重ね合わせたい。

 ポジティブだけじゃなくマイナス面も、遠慮く自由に共有したい、ぶつけ合いたい。



 こんな、コンシューマー版みたいなのは、もう懲り懲りだ。


 

 エイトとーーシンクロしたい。



 やにわに、トケータイが発光。

 網膜が焼かれそうなまでの輝きを宿し、開発室全体にまで広がり渡り。

 程なくして、不意に消えた。



「な、なに……?」



 現状が飲み込めず、周囲を見回す友灯ゆい



「あ、あぁっ……!

 あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 一方、突如として発狂する英翔えいしょう

 頭と胸を抑え煩悶し、これまでにい程に感情を声で表す。

 さながら、つい今しがた、心を手に入れたばかりかのように。



 そんな様を見て、友灯ゆいは不覚にも小躍りしそうになった。

 無論、不謹慎なのは承知だが、喜びの方が余り、競り勝ってしまったのだ。



なんだ……なんだよ、これっ……!

 なんで、ユーさんの心が……!?

 リンクが、切れた……!?

 そんな……そんな、馬鹿バカな……!?」

 


 リンク。

 友灯ゆいの心を、英翔えいしょうが把握するための特殊スキル。

 それが、消滅した。



 一体、何故なぜ、このタイミングで、こんな現象が?

 エンジンと同じ世界、技術で開発されたトケータイが、自分の心に応えてくれた? まさか珠蛍みほとは、ここまで計算尽くで、自分にトケータイを授けた?



 いや……真相なんて、どうだってい。

 所詮、自分の足りない頭じゃ、正解かどうかさえ覚束おぼつかない。

 詮索した所で、埒が明かない。



 であれば自分は、目の前のことにだけ専念すればい。

 今はただ、このご都合主義染みた僥倖にあやかればい。



「ユーさん……!

 俺に……俺に、指示を……!

 ユーさんを、助けるための、指示を……!

 今までだって、そうしてたでしょ……!

 いつも心で念じたみたいに、俺に命令してよ……!

 そしたら、俺……応えるから……!

 ユーさんのリクエストに沿って、ユーさん、救ってみせるから……!

 ユーさんのヒーローを、演じ切れるからさぁ……!」



 丁度、この前の慰労会のあと……友灯ゆい英翔えいしょうにした時みたいに。

 その時とは逆に、友灯ゆいに縋る英翔えいしょう

 さっきまでの自分だったら、こんな英翔えいしょうの一面が見られただけで、満ち足りたかもしれない。



「エイト……」



 すべて設定通りだったとはいえ。

 今まで自分は、どれだけの迷惑をエイトにかけて来たのだろう。

 どれだけの苦労を、負担を、心配を掛け。

 自分の所為せいで陥った窮地を、彼に助けられただろう。

 たった数ヶ月という短期間ながらも、きっと自分のあずかり知らない所でさえ、幾度とく支えられて来たのだろう。



 いつだって自分は、救われ、与えられる側。

 エイト基準の物を含めなければ、彼の力になったことなど、ほとんかった風に思える。

 


 大人気、頼り気、可愛気、金気、運気、気量。

 ありとあらゆる『気』を持ち合わせていない自分に、エイトが助力を申し出たことなど、一度たりともかった。

 彼の力になれぬまま、ついに物語は終わろうとしていた。



 が。

 ここに来てようやく、初めてエイトが自分に縋ってくれた。

 リンクの後遺症ではあるが、初めて自分に仰いでくれた。

 こんなにうれしいことは、い。

 


 唯一、惜しむらくは、今の自分は違うこと

 自分と彼を結んでいた陰の繋がりが途絶えたことで変わったのは、英翔えいしょうだけではないこと



「……分かった。

 指示を出すよ、エイト」



 ポンッと彼の肩に左手を置き、即座に営業スマイルを武装。

 そのまま彼の注意を引き付け油断を誘いつつ、右手で握り拳を作り。



「ちょっとドタマぶち抜かせろ」

 


 英翔えいしょうの顔面目掛けて、全体重を乗せた、渾身の右ストレートを放つ。




「え?

 ……え?」



 いきなり殴られ、倒され、頬に手をあてがう英翔えいしょう。 

 外見は映像、中身は機械で実質、無傷ではあったが、それでも衝撃的だった。



 おかしい。

 なにか、妙だ。

 ダメージははずなのに、何故なぜか痛い。

 胸の辺りがチクチク、ジワジワと、なにかを訴えている。


 

 これは、一体……?



「……ちったぁ理解出来できたか?

 それが、人の『心』。

 お前の消えた時にあたしが感じた、『痛み』の一部だ」

「心……?

 痛み……?」


 

 復唱するも、覚束おぼつかない英翔えいしょう

 友灯ゆいかがみ、彼と同じ目線で続ける。



「……いきなり殴って、悪かった。

 でも……こうでもしないと、伝えられなかった。

 あたしの気持ちを、ほん一端いったん、末端でも伝えるには、これしかいと思った。

 あたし、嘘きな上にボキャ貧だからさ。

 最速で本音を伝えるには、行動あるのみなんだよ。

 本当ホント……がらっぱちだよね。

 育ちは悪くないはずなのに、生来の人格の悪さが窺える。

 我ながら、恥ずかしいわ」

「そんなこと……!」 

るんだよ、エイト。

 彩葉いろはとか、特に顕著だけどさ。

 あたしに合わせて作られたからか、みんなは不自然なまでにあたしを高評価してくれっけどさ。

 実際のあたしには、そこまでの技量は備わっちゃいないんだよ。

 みんなからの厚い好意、期待、信頼に応えられるだけのことを。

 あたしはまだ、なに一つ成し遂げていない。

 特撮もそうだし、どうしてみんなが、そこまであたしに尽くしてくれるのかも、なにも知らない。

 それなのに、偉そうに注意したり、虚勢張ったり、付き合いを怠ったり、暴走して倒れたり、あまつさえ崖っぷちで無茶振り強要したり。

 本当ほんとう限り限りギリギリ、どうにかなっただけで。

 人間としても、大人としても、社会人としても、同僚としても、女としても、店長としても、仲間としても。

 あたしは不十分、不適合なんだよ。

 初対面の時点でスッと溶け込める、完璧なあねぇとは、何もかもが劣る。

 でも……そんな、完璧と程遠いあたしだからこそ、みんなに、色々と教えられた。

 特撮とか、みんなの好きな物とか、円滑なコミュニケーションの重要性とか。

 ……心とか」


 

 英翔えいしょうの肩に手を置き、精一杯、優しい眼差しを意識して、友灯ゆいは振る舞う。



「確かに、エイトは機械だ。

 心なんて不可思議な物を、ぐに理解出来できわけなんてい。

 心は、そんな簡単でも単純でもない。

 でもさ……人間だって、同じなんだよ。  命とセットで、産まれた時から多少は備わっているものの、完璧でもなくて。

 誰かと触れ合って、確かめ合って、与え合って、支え合って。

 そんなふうに、時になだらかに、時に劇的に、培って行く、気付きづいて行く、学習して行く物なんだよ。

 初期ステが、0か1か。それだけの違い。

 スタート地点とステージとゴールは、人間も機械も、さして変わらないんだよ。

 冒険して、仲間と出会って、立ち代わって、立ち向かって、立ち会って、立ち上がって。

 そうやって徐々にラベリング、レベリングして行く物なんだよ」



 英翔えいしょうの両手を握り、気持ちを新たに、友灯ゆいは宣言する。



「『この世で一番いちばんあたしを自由にしてくれる』んでしょ?

 エイトも自由でてくれなきゃ、あたし絶対ぜったいに納得しない。  

 遅かれ早かれ、コレジャナイ感を味わってしまう。

 あたしが真に自由になるには、自由なエイトが、最低、必須条件なんだよ。

 ううん……そうじゃなくても。

 あたしは今まで、ずっとエイトに甘えっ放しだった。

 教わって、励まされて、救われて来た。

 今度は、あたしの番。

 あたしが、エイトを助けるターン。

 正直、あたしもまだまだ不案内だけどさ。

 方向音痴同士、心と自由を探す旅に、一緒に出掛けようよ。

 駄弁って、迷って、道草食って。

 まれに喧嘩して、仲直りして、最後には笑い合って。

 そうやってさ。新しく二人で、やってこう。

 生きてこうよ。

 生きてってくれよ。

 この世界でさ」


 

 これが、今の友灯ゆいの精一杯。

 これまで英翔えいしょうにされて来た分の、せめてものお返し。

 正直、他の案もくはないが、この場で実行するには少々、過激ぎる。

 復活し、目を覚まし、心が何たるかを掴み始めた英翔えいしょうには、性急ぎる。

 今の自分の心境上、アンダンテとは言いがたいが、せめてモデラートくらいに留めておこう。

 


「……じゃあ、俺に指示を出してよ」



 などと思っていたのだが。

 どうやら、どうにも、当てが外れたらしい。



 中々の、強情っ張り。

 よもや、ここまで明かしても通じないとは。  

 こうまで頑として、方針を変えないとは。

 流石さすがは、自分をモデルに作られただけはる。



 友灯ゆいは、追い詰められた。

 今度こそ、万策尽きた。

 英翔えいしょうが自分に接する時のような、優しい調子では望みがい。



 しからば、自分に残された術は、ただ一つ。

 モデラートからアレグロに、ペースを切り替えるだけだ。

 これ以上、これ以外の道なんて、今の自分は。



「知るか。

 バーカ」



 再び英翔えいしょうの顔を目掛け、今度はヤクザキックを噛ます友灯ゆい

 ガードも受け身も取れずに、英翔えいしょうはモロに食らう。

 


「はっ……ははっ……。

 はははははははっ!!」



 英翔えいしょうが自分に蹴飛ばされるさまを見て、空気を読まずに、涙さえ流して抱腹絶倒に陥る友灯ゆい



 いや、違う。

 言うなれば、絶倒。

 これまで友灯ゆいの心を、分かってるようで理解していなかった英翔えいしょうに対する、逆襲。

 これまで幾度とく自分に無理と不自由を強いて来た世界に対する、反撃の狼煙のろし



 そんな友灯ゆいの胸中を知るよしく、困惑する英翔えいしょう

 ややあって立ち上がり近付いて来た彼は、玩具を強請ねだるも無視された子供のように顔をしかめた。



 仏の顔も三度までとはいうが、そこまでも持たなかったらしい。  

 今まで友灯ゆいのイエスマンを全うし続けた英翔えいしょうも、流石さすがに今回はキレたらしい。



「な、なんで笑ってられるんだよ!」

「笑わずにいられっかよ。

 ようやっと、解き放たれたんだ。

 あたしも、驚いたんだよ。

 まさか自分が、ここまでクズいなんて。

 困ってる相棒っ飛ばした、こんな時でさえ、声を上げてゲラってるようなエゴイストだなんてさ。

 ちょくちょく、それっぽい言動は取ってたけどな。

 それに、ここまでお前が分からず屋だとも思わなかった。

 こんなに言って聞かせても、まだ問題の本質を理解出来できねぇたぁなぁ」

「訳が分からないよ!

 それより早く、俺に指示を出してよ!

 早く、もっと俺を求めてよ!

 じゃないと俺は、俺でいられないんだよっ!」

「やなこった。

 こちとら、もう飽き飽きしてんだ。

 お前にお守りされてばっかの、自分にな。

 ぼちぼち、自発的に動け」



 友灯ゆいの両肩を掴み、彼女の体を揺らす英翔えいしょう

 友灯ゆいは、英翔えいしょうの胸を突っつき、彼を座らせ、自分も続く。



 友灯ゆいは、完全に開き直った。

 なにもかも、どうでもく思えた。



 もう、い。

 もう、願い下げだ。

 すべて、懲り懲りだ。



 お前の求めるあたしも。

 世界が命じたあたしも。

 店長としてのあたしも。

 同居人というあたしも。

 トコシエ的なあたしも。

 不出来な妹のあたしも。

 大人振ってるあたしも。

 平和主義者なあたしも。

 嘘吐き頑固なあたしも。

 


 全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部。

 この場で根こそぎ、っ壊してやるよ。

 あたしだけが求める、あたしになるために。

 

 

「この際だ。

 こと、教えてやんよ。

 今のあたしはお前の司令塔じゃねぇし、お前に可愛がられる籠の中のお人形でもねぇし、お前にかしずかれる御主人様でもねぇし、お前の嬉しかった事をなんでも共有したがるママでもねぇし、お前になんでも強いる乞食こじきでもねぇし、お前に面倒を押し付け捲るヒモでもねぇ。

 そしてお前は、あたしの神様でも魔神でも◯龍でも奴隷でも使用人でも魔法使いでも執事でもねぇ。

 ロボットではあっても、ネコ型ロボット(友達タイプ)ではねぇ。

 正真正銘、互いに、晴れて自由の身だ。

 中身が機械だとか、知ったこっちゃねんだわ。

 人並みの心ぉ宿してんなら、お前だって一端いっぱしの人間じゃねぇかよ。

 他人の意見なんざ、恥と外聞とセットでかなぐり捨てりゃい。

 少なくともあたしは、構やしねぇよ。

 今まで通り、何も変わらねぇ。

 そりゃ、最初に知った時は、他のも諸々合わせて、驚いたけどさ」



 以前、英翔えいしょうは言っていた。

 直立させるのが困難なアクション・フィギュアより、立たせるのが簡単なソフビの方が好きだと。

 


 きっと、自分達の関係も、ソフビみたいな感じだったのだろう。

 柔軟で、真っ直ぐで、そんなに揺らいだり倒れたりもしない。

 裏を返せば、代わり映えもしない、表向きだけの、背面バック・ボーンやディテールが足りない、退屈で窮屈で鬱屈とした間柄。

 いや……ホンノウンとやらにとっては事実、自分達は単なるコマ、刺激を得るための玩具でしかなかったのだろう。

 


 別に、それが悪いと言うもりは毛頭い。

 現に自分も、彼を目の前で失うまでは、安住していたし、そのまま永住するものかと思っていた。

 けど、彼を亡くし、残酷な真実を目の当たりにした以上、今まで通りにはいかない。

 


 とどの詰まり、自分達の敗因は、双方に『ジリツ性』が無かったためだ。

 友灯ゆいには、家族や同僚を拠り所にしぎず、自分だけで生きて行けるだけの『自立性』。

 英翔えいしょうには、友灯ゆいの意思を度外視し、自分で考え、自分のために行動する『自律性』。

 自分達の、不完全で不健全で不鮮明でいびつな関係は、すべては『ジリツ性』の欠如が由来している。



 英翔えいしょうに出会うまで、設定に流されるままダラダラと生きて来たツケか。

 友灯ゆいには、英翔えいしょうとの付き合いすらないがしろにしていた節が多分にる。

 だからこそ、彼が死ぬまで絶えず見落とし続けていた。

 母に仄めかされ、珠蛍みほとに忠告され、璃央りおに突き付けられ、それでもなお、見逃していた。



 ……いや。違う。

 ずっと、見て見ぬ振りの一点張りを通していた。  

 その方が、好都合だったから。

 そうしなきゃ、生活出来できなかったから。



 どんなに間違った選択をしても、見限られず。

 あそこまでされなきゃ、大切さを見抜けず。

 あまつさえ、自分の所為せいで殺さたのに、微塵も恨まれず。

 しまいには、また何度も死ぬ事を許容されてしまっている。

 


 こんな偽物の縁故えんこが、いつまでもまかり通ってい道理はい。

 いくら肝が据わった(とおぼしい)自分でも、そこまで豪胆じゃない。

 


 い加減、ソフビ同士ではいられない。

 アクション・フィギュアのように、動き出さなくてはならない。



 そのためなら、こんな紛い物のつながりなんて、っ壊す。

 そして、バラバラになったパーツを付け替え、組み換え、並べ替え、フィード・バックし。

 今の自分達に有った関係性を、再構築する。

 丁度、プラモデルのように。



「思い出してもみろ。

 あたし、当初は『話す』ことがメインで組んだはずだ。

 それだけが目的ぎたが故に、最初の頃は、そのギャラまで払われそうなレベルだったろ?

 だってのに、あたしが次から次へと馬鹿バカやって散々さんざん、野放し振り回しっ放しな所為せいで、当初の契約を果たせずにいた。

 いつしか、すっかり目的を履き違えちまったんだ。

 本末転倒もとこだった。

 本当ホント……みっともなくて、いやんならぁ。

 だからよぉ、エイト」



 床に寝そべり、雑念を捨て、友灯ゆいは乞う。



「ロボットとか、オメガとか。

 リンクとか、別世界とか。

 設定とか、ホンノウンとか。

 そういうの諸々、リセットしてさ。

 もっと、あたしと、話してくれよ。

 あらかじめ仕込まれた、検索したての、触りだけの知識とか。

 あたしの心を汲んだに過ぎない、気休めとか。

 そういうんじゃ、なくってさ。

 尖ってても、曖昧でも、ドロドロしててもいいからさ。

 エイトの心を、気持ちを、好きを、感想を、本音を。

 あたしに、じかに伝えてくれよ。

 いきなり、こんなんなって、パニクってるだろうし。

 正直、受け入れるか、受け止められるか、自信はからっきしだけどさ。

 それでも、あたし……ちゃんと、聞けるよう、努めるから。

 エイトの言葉を、エイトの口から、届けてしんだよ。

 設定とかタイプとかじゃなく。

 ずっと隣で人となりに触れて好きになれた、あたし自身の意思で。

 だってあたしたち……二ヶ月前からの、長い付き合いだから」


 

 いつか、英翔えいしょう友灯ゆいに向けた台詞セリフの意趣返し。

 友灯ゆいはスカートを払い、自分の足だけで、自分の力だけで立ち上がる。 



「ここらが、潮時だ。

 この物語の主人公に、そろそろ真面まともな活躍させやがれ。

 い加減、揃ってジリツしようぜ?

 互いに、程々に助け合い、支え合おうや。

 不満も、不安も、不幸も、不測も、不備も、不便も、不憫も、不穏も、不吉も、不良も、不純も、不可解も。

 余さず、隠さず、すべて背負って。

 そうやってさ。生きてこうぜ。

 生きてってくれよ。一緒に。

 な?」



 友灯ゆいは、手を差し伸べる。

 英翔えいしょうは、俯きがちに、今にも体育座りしそうな雰囲気で尋ねる。



「……いの?

 俺みたいな、厄介者」

「厄介具合なら、あたしだって引けを取らねぇよ。

 それに、決めるのはあたしじゃない。

 お前の『心』で決めろ、エイト」

「俺の……『心』?」

「そうだ。

 お前は、どうしたい?

 使命とか指示とか、そんなん忘れちまえ。

 まだ、一緒にたいか?

 こんな、デタラメなあたしでも、選んでくれるか?

 あたしは、大歓迎だけどさ。

 なにより大事なのは、やっぱ、お前の気持ちだからさ」



 なおも下を向き、目線を逸し、英翔えいしょうげる。



「俺……友灯ゆいさんと、一緒がい。

 ずっと、友灯ゆいさんの、そばたい。

 でも……なんで、俺なんか。

 俺……ずっと友灯ゆいさん、騙してたのに」

「お前だって、何も知らなかった、知らされていなかった被害者、犠牲者だ。

 別に、騙くらかしてたってんじゃない」

「仕事も、職場も、同僚も、ち壊したのに」

あねぇを追い出して、『京映きょうえい』を撤退させて、自分が株主になって『トクセン』を再建させて、出来できればイツメンで、そうでなければ新規にスタッフ雇って、あたしを再び店長に返り咲かせるため

 大方おおかた、そんな顛末だろ?

 冷静に立ち返ったら、自ずと読めたわ。

 気持ちはうれしいが、やり方を不味まずったなぁ。

 お前をオーダーした本人じゃない、お前の虫食いプロセスに慣れてない側からすれば、単なるクレイジーで最低な裏切り行為でしかないわ。

 あそこは、お前の職場でもあるし、お前の作ったグッズだってったんだぜ?

 台無しにしようだなんて、そりゃいだろが。

 それについては、猛省しろ。

 あたしが言えた義理じゃないけどやぁ。

 似たようなミスは、二度と繰り返すな。

 あたしも、禊に付き合う」

なんで……なんで、そこまで……」

「お前は徹頭徹尾、あたし好みに作り込まれた理想のバディ。

 お前の不始末、失敗は、とどの詰まり、全てあたしのメンタル、人間性、人柄、監督不行き届き、コミュ不足が起因している。

 自分の趣味嗜好、ないものねだりを反映、投影、転移、増幅して生み出し呼び出した都合上。

 お前に向き合う責任が、どうしたって、あたしには伴う。

 てか、そういう小難しい云々を無しにしても今更、っとけっかよ。

 今日まであたしが、お前にどんだけご厄介になったと思ってんだ。

 お前がなきゃ、あたしの身辺事情はなにも改善されないまま。

 そんで、『トクセン』はノルマ達成出来できんくて、この世界からガチで特撮が消えてたわ。

 分かり切ってるのに、再確認さすなや」



 ようやく迷いが晴れつつあるらしい。

 英翔えいしょうは、縮こまったまま、上目遣いで友灯ゆいを見詰める。



「……出来できるかな?

 ユーさんの心を読めなくなった、指針を失った今の、ただのロボットの俺に。

 普通に、生きて行けるのかな?」

出来できて貰わなきゃ困んだよ。

 あたしまで、現状維持で押しとどめてしまうだろうが」

「それは……だな」

「だろ?

 だったら、やるしかぇよな?」

「てかユーさん、その口調……。

 女の人が荒っぽいのは、どうかと思う……」

「気にすんな。

 お前にだけは気ぃ許してる証拠だ。

 どうせ、これからいやってほど、聞かされんだ。

 じきに慣れらぁ」

「そだね」

ついでに、心配すんな。

 あたしは、こと分かりやすさに関しては、他の追随を許さない程に定評のる女だ。

 リンクなんぞくても、自ずと読み取れんだろ」

「それもそっか」

「うぉーい、否定しろーい」

「めんどい」

だよ。

 ちゃんと言えたじゃねぇかよ。

 常に、そういう感じでいてくれりゃいんだよ。

 その方が余程よほど、気楽だ」

「てか、俺よりユーさんのビフォアフの方が顕著じゃない?

 俺、そんな変わってなくない?」

あたしの口調が直ったのは、お前とのリンクが切れてセーブが解けたから。

 つまり、お前の変化はあたしの物だし、あたしの変化はお前の物だ」

「意味分からないジャイアン理論、割と好き」

「前フリはいから、さっさと取れや。

 恥ずいし、腰も含めて色々と痛いだろが」

「ままー。

 おてて、にぎにぎしてー」

「てめ今、こっちが未婚F1層なの煽りやがったか?

 おぉ?

 っ飛ばっすぞぉ?」

なんか楽しくなって来た」

「歯を、食い縛れ。

 俺は、これからお前を殴る」

「ブゥレイブだぜー」


 

 一度は死別したとは思えない程に通常運転な、何でもない、お巫山戯ふざけまみれたやり取り。



 英翔えいしょうを引っ張り、立ち上がらせたあと友灯ゆいは手を離す。

 自立を宣言し、自律を促した手前、いつまでも握っているのは、何やら違う気がしたのだ。



「お前も知っての通り。

 あたしたちは所詮、ホンノウンとやらの設定、設計したコマ。

 つまり、物だ。

 だからよぉ、エイト。

 居直って、話しまくろうぜ。

 騒いで、叫んで、暴れて、足掻いて、怪文書したためて。

 奴のプランっ壊すくらいに、奴が絶句するくらいに、語り尽くしてやろうぜ。

 これは、あたしたちの物語だ。

 キャラものが語って、何が悪い」

「……悪くないね。

 その提案も、今の主張も」



 英翔えいしょうが、クシャッと笑った。

 


 ここに来て、友灯ゆいは初めて、彼の心からの笑顔を見れた気がした。 



「ユーさん。

 ごめん。

 ありがと。

 ……これからも、よろしく」

「おう。

 こっちこそ色々、ごめん。

 あと、ありがとう。

 これからも、よろしく」



 互いの拳を突き合わせ、微笑み合い、再び誓い合う二人。

 何はとまあれ、これで折り合いはついた。

 


「話は終わったか?」



 突如、割って入る珠蛍みほと

 やや苛々している所から察するに、痺れを切らしてしまったらしい。



「纏まったのなら、次の作戦だ。

 ラスボスに、リベンジ・マッチを申し込みに行く」

「例の、ホンノウンとかいうやつ?」

「そうだ。

 正確には、ホンノウンに取り憑かれた人間。

 ホンノウンに意思をプラスした、織人オリジンだ。

 大方おおかた、目星は付けてるだろ?」

「当たり前。

 ユーさんにかかれば、お手の物」

「リンク切れたんなら贔屓目の過剰アゲ止めぇや、お前。

 あたしの無能さ、舐めんなよ」

「そんな難題いきなり振られたら、さしものユーさんでも解ける訳がい。

 ヒント」

「リンク切れようが口調とキャラ変わろうが、どーあってもあたしに対する絶対ぜったい評価は覆らねぇのな、お前!!

 割と大事な局面だったのに、マジに特に変わらんのな!!」 



 ぐに即興コントを展開する二人に溜息ためいきを零しつつ、珠蛍みほとは答える。



「考えてもみろ。

 特撮に明るくない人間が、特撮の専門店の店長に大抜擢されたのが、そもそも不自然。

 露骨になにか、良からぬ陰謀が隠蔽されている。

 それを踏まえた上で、問おう。 

 三八城みやしろ 友灯ゆいを店長に仕立て上げたのは?」

「……あねぇ?」

「……それは未来、これからの三八城みやしろ 友灯ゆいの別名義だ。

 正確には、未来の三八城みやしろ 友灯ゆいが、必要な場合に限り、時空を超えるトケータイで通話していただけだ。

 といっても、都合がいから一時的に名前を借用したに過ぎず。

 この世界に招かれなかっただけで、元の世界に三八城みやしろ 優生ゆう本人は健在。

 また、最後に現れたのは、ホンノウンが差し向けた偽者らしいが。

 生憎あいにく、正体は不明だ。

 岸開きしかいも、感知していない」

「サラッと物凄い新情報、捩じ込んで来たっ!?」

「普通、考えれば分かるはず

 丁度、1年差という時点で、少しは勘繰れ」

「それ、悪い意味っ!!」



 すっかり呆れ返る珠蛍みほと

 あまりの察しの悪さに、岸開きしかい友灯ゆいの足を軽く踏む。

 


「期待した岸開きしかい馬鹿バカだった。

 では、もっと分かりやすく説明しよう」

「お願いします。

 あと、エイトは猛省が甘ーい。

 っまーーーーーーーーーーーーじで、ええ加減にしろーーーーい」



 友灯ゆいを愚弄し傷付けた珠蛍みほとに殴りかかろうとする英翔えいしょうを羽交い締めにしつつ、促す友灯ゆい

 本当に真面目に聞く気がるのかを疑いつつも、珠蛍みほとは続ける。



「確かに、三八城みやしろ 友灯ゆいを推薦したのは、三八城みやしろ 優生ゆうで相違ない。

 では、三八城みやしろ 友灯ゆいをスカウトしたのは?

 三八城みやしろ 友灯ゆいに難題を押し付け、騙したのは?

 ノルマをクリアした途端とたん、素知らぬ顔で三八城みやしろ 友灯ゆいを降格させたのは?

 この一年で、もっとも上手く、楽に立ち回れそうな、出番の少なかった人間は?

 そもそも、自分のブランドのピンチにもかかわらず、放任主義という体で知らぬ存ぜぬを貫き、ついぞ協力しなかったのは?」

「「ん」」

「指を差すな、最後の部分だけで決め付けなるな不孝者共。

 解体バラされたいか?

 お前たちよりかはコンパクトにマイナスしてるし、与太話をプラスしたのはお前達だ」



 英翔えいしょう友灯ゆい、二人揃って珠蛍みほとを指差す。

 彼女の凄惨な背景を知っておいて、なんと恩知らずな連中か。

 そもそも、こうして再会が叶ったのも珠蛍みほとの配慮の賜。

 彼女の協力くしては、友灯ゆいは何も知らずに火事で死んでいるし、英翔えいしょうのデータも復旧しないままだったのだが。



 岸開きしかいは、効率を重視することにした。

 この二人と話しているのは、どうにも無駄が多ぎる。



「ラスト・ヒント。

 今の虚栄……京映きょうえいの社長は?」

「「……あ」」



 ここに来て、英翔えいしょう友灯ゆいは、やっと理解した。



 真犯人、諸悪の根源たる、その正体を。



「よぉっし、エイト。

 ちょっくら社長、ん殴って来ようぜ」

「りょー」

「コンビニ感覚でラスボス戦に行くな」



 マジでカチコミ仕掛けていた二人を、即座に珠蛍みほとが捕まえる。



なんでだよっ!

 岸開きしかいちゃんだって、憎いんでしょ!?」

「まだ、準備が整っていない。

 奴に再戦を持ち込み、了承させられるだけの知識を、お前達はまだ備えていない。

 すなわち、奴の犯行動機を」

「そんな悠長なこと言ってる場合!?

 大体、どんな理由であれ、自分に意図的に迷惑掛けて来た犯罪者の気持ちなんて、分かりたくもないわ!」

「どこぞの眠りの迷探偵みたいなことを抜かすな。

 どうせ次も外したら、特撮という概念や仲間、森円もりつぶ 英翔えいしょうさえ失った状況で、お前は元の世界に連れ戻されるんだぞ?」

「万事休す!

 痛し痒し!」

「痛いのは、今のお前だ。

 いから、座れ。

 そして、つぐめ。

 岸開きしかいのプランの阻害因子は、何人たりとも許さない」



 トケータイで椅子を操作し、強制的に二人を着席させ、ご丁寧にベルトや錠まで使う珠蛍みほと

 そのまま、有無を言わせずに回転させ、二人の体をモニターの方へ向ける。

 この時点で、友灯ゆいは胸騒ぎがした。



「……ねぇ、岸開きしかいちゃん。

 今から始まるのって、もしかしなくても……」

「お前達の言う所の、トッコウだ。

 ただし、出典元は玄野くろの世界だが」

「デスヨネー」



 案の定な展開に、愕然とする友灯ゆい



 あんな、「初期以外許さないバケモンスター」を生み出した特撮なんて、観たくもない。

 絶対ぜったいろくでもないに決まっている。

 いや、そもそも自分の、玄野くろのへの理解度なんて、珠蛍みほとから聞き齧ったレベルでしかないが。



「わーい、儲けー」

 


 一方そんなこととは露知らず、無邪気にワクワクしている英翔えいしょう

 珠蛍みほとの話によると、あらましは掴めているらしいが、その範囲は果たして、どの程度までなのだろうか。

 ……聞くのが怖いというか、聞くまでもないというか。



 あれ?

 もしかして、リンク解除したのって、デメリットしかかったりする?

 あたしなんか余計なことしちゃいました?



いやだぁぁぁぁぁ!!

 久々の、ともすれば最後のトッコウがこれとか、無理ぃぃぃぃぃ!!」

「……ユーさん。

 そんなに、俺のトッコウが、受けたかったの……?

 ……うれしい……」

「バホォォォォォ!!」

「次に騒いだら猿轡を嵌めるぞ、三八城みやしろ 友灯ゆい

 少しは、森円もりつぶ 英翔えいしょうならえ」

「年齢的にも絵的にもキツいわ!

 てか、その参考対象が絶賛、勘違い街道を驀進ばくしん中なんですけどぉ!?」

ず、大前提として。

 玄野くろの世界の特撮は、この世界の近代アニメばりに粗製乱造されていた。

 それを踏まえた上で、マナーを守って鑑賞しろ」

「はい、いつも通り、こっちの話聞かない、開き直ったっ!

 そしてもう、この時点でオワコン確定なんですけどぉ!?」



 それはそうとして、黙る友灯ゆい



 こうして、地獄の猛トッコウが始まった。

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