13:誤解、瓦解、大不正解

 1ヶ月もの長期に及ぶキャンペーン、セールの同時開催の慰労会。

 及び、伸びに伸びていた、若庭わかば英翔えいしょうの歓迎、親睦会。



 その2つのイベントは、英翔えいしょう友灯ゆいの自宅で行われていた。

 祭りの席という大義名分がくても賑やかな面々が素直になれるスポットは、ここくらいしかかったのだ。



「いやぁー!

 どうにがなっでがっだぁぁぁぁぁ!!」

「そうね。

 ボスが最初に提案した時は、色々と疑ったけれど。

 まぁ、結果オーライってやつよね。

 ところでボス、素面しらふよね?」

三八城みやしろ 友灯ゆいたす自宅。

 イコール解放」

「そうゆうこった!

 今日は、とことん呑むぞぉ!!」

「……言っとくけど。

 友灯ゆいさんはアルコール禁止だからね?

 前みたいなのは、勘弁だからね?

 もし仮に酔っ払ったら俺が、問答無用で部屋まで強制連行するからね?」

「エイトの、ドケチ!!」

「ドケチで結構。

 ほら、これ呑んで。

 水曜姉◯まんがを参考に作った、お酒もどき」

「エイト、好きぃ!!」

「はいはい、俺も。

 いから、ほら」

「エイトが、呑ませてっ!」

「ルール違反……では、ないか。

 空気に酔ってるとはいえ、頼んだの本人だし。

 じゃ、りょ」

「あと、肩枕っ!!」 

「ん」

「あー!!

 ズルいですぅ!!

 保美ほびも、友灯ゆいの肩、借りるぅ!!」

「しからば、岸開きしかい保美ほびの肩をマイナスしよう」

「壊さないでね!?

 潰さないでね!?

 お願いだから、頭を載せるだけにしてね!?」

まったく。

 甘っっったるくて、耐えられん。

 本当ほんとうに変な関係よね、あんたたち

 にしても、アンテナ広いし万能ね、英翔えいしょうは」

「……音頭の前から終始、ボクのひざを独占してる、リオねぇが言う?」



 寝転がりながらも優雅に振る舞う璃央りおに、紫音しおんもっともなツッコミを入れた。



あたしは一切、悪くないわ。

 あんたの枕と対応が極上の所為せいよ。

 あたしはただ、骨の髄まで魅了された、哀れで完璧な駄目ダメ女ってだけ」

清々すがすがしいね。

 いつも通り、一周して格好かっこいね。

 ところで、次はなにをご所望で?」

紫音しおん

気持ちじゅんびが整ってないから、まだだね」

「入荷し次第、ロット買いするわ。

 取り置きだけしといて頂戴ちょうだい

 ただ、連絡は結構。

 タイミングなら熟知してるし、後であたしからおもむくわね。

 あんたは黙って、未開封のまま、キープだけしときなさい」

「言われずもがな。

 次のオーダーは? ボクだけの王子様」

「アイスを頂けるかしら?

 あんたへのハートが冷めないことを、再認識するために。

 あたしだけの、最愛のプリンシパル」 

「そう言うと思って、用意してた。

 はい、あーん」

「無理。

 口移し」

「……みんな、見てるよ?」

「だからこそ有意義、有効なんじゃない。

 むしろ、見せ付け、見せびらかしてあげるのよ。

 いから、早くなさい。

 あたし達の熱情に当てられて、溶けちゃったら勿体無いもの」

「……もぉ……。

 仕方ないなぁ……。

 リオねぇの、ウマシカさん……」

「にしても、分かってないわねぇ。

 まだまだ、お勉強が足りないみたい。

 そろそろ、特別講師としての役目を果たす頃合いじゃないかしら?

 具体的には、今夜にでも」

「……かもね」



 友灯ゆいたちを揶揄しつつも、自分も完全に同類な璃央りお

 余談だが、再教育を施されるのは、彼女の方である。



「はーっはっはっはぁっ!!

 出来できましたぞ、詩夏しいな殿どのぉ!!

 過去最長の、唐揚げタワー!!

 ご覧れぇっ!!」

「むむむぅ。

 これはぁ、タワーってるねぇ。

 シィナもぉ、負けないぞぉ。

 シュー・クリームじょぉでぇ、応戦おぉせんだぁ」

「た、食べ物で遊ぶんじゃありません!!

 お行儀が悪いですよっ!!

 特に、詩夏しいなさん! あなた、パティシエですよね!? 

 証拠として、撮り抑えますからね!!

 記念じゃなく、あくまでも証拠として!!」

残念ざんねんぅ、でしたぁ。

 結婚式のぉ、余興よきょぉとかで用いられるぅ、立派な料理りょぉりなのぉ、だぁ」

「わ、私ったら、なんて無知な……!!

 ご、ごめんなさいっ!!

 なんでもするから、許してくださいっ!!」

「じゃぁあぁ、若庭わかばちゃんもぉ、一緒にぃ、デリシャろぉ?」

「な、なんて寛大かんだいな身心っ……!!

 私……感激しましたっ!!

 喜んで、お供致しますっ!!

 一生、付いて参りますぅっ!!」

「……改めて、確信したよ。

 この職場は、私が真面まともに機能しないと、色んな意味で働かないということを。

 1時間りに」



 10人とは少し離れた場所から眺めつつ、ちびちびと静かに味わうオカミさん。

 


 案のじょうと言うべきか、やはり騒がしい『トクセン』。

 人様の前で、こんなふうに振る舞うなど、とてもではないが不可能である。


 

「あら、あら

 随分ずいぶん、楽しそうね」



 そんな中、新たなる客人の声。

 一見、『トクセン』とは関係のさそうな女性が、ゆったりと現れた。

 


 いや。

 その姿は、どことなく友灯ゆいを彷彿とさせ。



「あ……あねぇ!?」

「久し振りね、友灯ゆいちゃん。

 い子にしてた?」

「そこは、せめて『元気に』って言ってよ!?

 てか、どうしたの!?

 なんで、突然!?」


 

 保美ほびの頭を優しく着地させ、飛び起き、駆け寄る友灯ゆい

 驚きながらも、その表情には喜びが如実に出ていた。


 

 一方、おっとりとした調子で、優生ゆうは苦笑いしつつ、友灯ゆいの唇を指で封じた。

  


駄目ダメよ、友灯ゆいちゃん。

 ずは皆さんに、私をご紹介してくれないと」

「あ……。

 ご、ごめん……。

 それもそだね」

「相変わらず、そそっかしいんだから。

 愛しいったらありゃしないわね」

「だ・か・らぁ!!

 せめて、『可愛かわいい』って言ってってばぁ!!

 あらぬ誤解を生むって、いつも言ってるでしょぉ!?」

「そう、その顔。

 それが見たかったのよ。

 嗜虐しぎゃく心が疼くわぁ」

「『諧・謔・心』!!

 あねぇだって充分、そそっかしいよ!!」

「とまぁ、こんな感じで、友灯ゆいちゃんのお姉ちゃんをやってます。

 改めまして、株式会社『京映きょうえい』のアパレル部門から参りました、三八城みやしろ 優生ゆうと申します。

 以後、お見知り置きを」

「こらぁぁぁ!!

 妹を出汁だしに使うな、こらぁ!!」

「ごめんなさいね、友灯ゆいちゃん。

 皆さんと打ち解けるには、これが手っ取り早かったのよ。

 あーん。でも、そうやって真っ赤になってる友灯ゆいちゃんは、それはそれとして、それはそれは、愛しいわぁん」

「だ〜か〜ら〜!!」

「あ。

 ご安心ください。

 私の、そういう意味での興味対象、遊び相手は、友灯ゆいちゃんだけなので。

 他の皆さんにとっては、人畜無害なので」

 


 柔和な雰囲気からの、まさかのドSっりに、リアクションに困る面々。

 無理もいので、この場は友灯ゆいが預かることになった。



「で?

 話を戻すけど。

 一体、どうしたのさ? あねぇ」

「ご挨拶に伺ったのよ。

 これからお世話になる、『トクセン』の皆さんに」



 姉妹の久々の再会。

 そんな、微笑ほほえましい、けれど少し怖い場面を眺めていた一同にも関わる、思わせり、意味深な発言。

 瞬間、宴会ムードが一気に張り詰めた。



「……『これから、お世話になる』、って……!

 もしかして、あねぇ……!?」

「ええ。

 玄野くろの社長からの特命により、これからは私も、『トクセン』に加わらせてもらうわ。

 急なことだったから私自身、まだ半信半疑だけどね」



 まさかの、追加戦士。  

 それも、特撮の有識者、経験者の即戦力。

 思わぬ展開に一同、沸き立つ。 

 しかも、今の時点で、掴みはほぼ完了。

 歴史上初、『京映きょうえい』にアパレル部門を設立させた猛者として噂はかねがねだったが。

 どうやら、違わぬ人物らしい。



すごいよ……!!

 あねぇがアパレル部門もやってくれたら、心強いよ!!」


  

 目を輝かせ、特に歓迎する友灯ゆい

 その様子ようすを見るだけで、姉に憧れ、尊敬しているのが読み取れた。



 が。

 対する優生ゆうは、それまでの笑顔を曇らせた。

 


 ここに来て、何人かは悟った。

 どうも、雲行きが怪しいと。

 先程から優生ゆうは、自分の役職に一切、言及していない。



「……友灯ゆい

 ちょっと、ごめん」

「え?

 あ……うん」



 暗い面持ちで、妹を離し。

 改めてスタッフ達の前に、優生ゆうは向き直った。



 これから、全員に指示、指揮する者として。



「……改めて、自己紹介させて頂きます。

 本日付けで、『トクセン』の『』に着任致しました、三八城みやしろ 優生ゆうです。

 皆さん、色々と、思う所は少なからずことと存じますが。

 明日より、『』として働く妹共々、何卒。

 ……どうか、よろしくお願い、致します」



 複雑そうに、けれど大人として気丈に述べ、一礼する優生ゆう

 その姿は、とても悲痛そうだった。

 さながら、泣き顔を見られまいとしているふうに。



 こうして、始まった。

 友灯ゆいの人生史上、もっとも酷い。

 文字通り、最悪の一日が。



 明かされた、衝撃の真実。

 それも、この場にない社長ではなく彼女の姉の口から、事後報告。

 そんな現状が余計に、一同を困惑させた。



「店……。

 長……?」


 

 思考のみならず世界、時間すらも停止したかのような感覚に包まれる室内。

 最初に起動した友灯ゆいの第一声に惹かれ、全員の視線が自然と、彼女の方へと注がれた。



 一挙手一投足にまで注目されながら、友灯ゆいは言葉を紡ぐ。



「……なーんだ!!

 なにかと思ったら、そんなことかぁ!!

 いやぁ、心配して損したよぉ!!

 てっきり、おめでたかと思ったじゃーん!!

 あーでも、この御時世、実の家族とはいえ、今のはナンセンスかぁ!!

 ごめん、撤回!!

 でも、あれか!!

 新しい店長の誕生って意味では、さほど間違ってないか!!

 なんちって!!

 ほら、みんな!! さっきまでみたいに、ネタかましてよ!!

 どう見ても、チャンス・タイムじゃん!!

 いつもみたいに、『祝え!!』とか、『ハッピーバースデー!!』とか、言ってよ!!

 相変わらず、元ネタは分からんけどさぁ!!」



 体を小刻みに揺らし、声を震わせ、瞳を滲ませ。

 はたから見れば満場一致で、こう判断されるだろう。

 明らかに、虚勢を張っていると。



「ユーさん……」



 堪らず、近寄ろうとする英翔えいしょう

 が、それよりも先に友灯ゆいに右手を伸ばされ、制された。

  


「……ごめん、エイト。

 普段はともかく、これからあねぇの前で、そう呼ばないで。

 ……紛らわしいし、流石さすがに馴れ馴れしいからさ。

 あたしはさておき、あねぇ……新しい店長には、示しがつかない」



 言葉では突き放しつつ、友灯ゆい英翔えいしょうに近付き、肩に手を置いた。

 自分は、迫られるのをしとしなかったくせに。



 英翔えいしょうは、ここに来てようやく、確かな感覚として理解した。

 自分と、友灯ゆいを隔てる、壁。

 友灯ゆいが以前、口にしていた、『世界の違い』という物を。



「ってもまぁ、エイトなら心配いかっ!!

 あたしの実家に来た時は、普通に名前で呼んでくれてたし!

 ズルいよなぁ、そういう所!!

 普段はボーッとしてるっぽいのに、ちゃんと切り替え出来るとか、なんかこう……なんなんだよ、お前って感じでさぁ!!」



 ついに我慢出来できず、泣き始める友灯ゆい

 しかし、袖で拭い、なお友灯ゆいは、明るく努める。



みんなもさぁ!!

 そんな、しみったれた顔してないでさ!!

 もう、なんの心配もらんから!!

 別に、降格しただけで、クビってんじゃないんだからさぁ!!

 それに、アパレルやりたかったのは事実だし!!

 この前、触りだけ、あねぇにも電話で言われてたし!!

 正直、店長なんてがらじゃなかったんだよねぇ!!

 みんなと同じ、フラットな立場のが、互いに接しやすいしさぁ!!

 冷静に考えてみれば、言うほど、降格ってんでもないってーかさぁ!!

 それにあねぇなら、『トクセン』は最強、安泰だから!!

 あたしをイジるのが好きだったりと、ちょっと子供っぽいけど、仕事はきちんとしてくれるから!!

 無論むろん、特撮にも造詣が深いし!!

 あたしみたいな、無知で無恥なペーペーと比べたら、頼もしさがダンチだからっ!!

 本当ホント……あたしなんかとは、なにもかも、大違っ……」

「〜っ!!」



 ついに喋ることさえ不可能になった友灯ゆい

 そんな彼女を、彩葉いろはが抱き締めた。

 彼女の泣き顔を、弱い姿を、覆い隠すみたいに。



「もうい……。

 もう、分かったから……。

 一番辛いのは、なにも知らされてなかった司令……友灯ゆいなんだから。

 そんな所見せられたら、私達だって、キツいから……。

 だから……もう、いよ……」

「……っ!!」



 膝を降り、声を抑え、静かに泣く友灯ゆい

 彼女に合わせ、彩葉いろはも座る。

 続いて、若庭わかば友灯ゆいを包み。

 最年長の寿海すみが、ポンポンッと頭を撫でた。

 よく頑張ったねと、労うように。

 


 そんな光景を見た瞬間。

 英翔えいしょうの中で、何かが弾けた。

 可視化されていない、分厚く真っ赤な、一本の線。

 堪忍袋が、切れるのを覚えた。


 

「っ!!」



 激情に駆られ、優生ゆうの胸倉を掴み、彼女の体を壁に押し付ける英翔えいしょう

 その形相は、いつに無く歪んでおり。

 沸騰した怒りが、全面に出ていた。



「……新しい店長だとか。

 実績だとか、実力だとか、実の家族だとか。

 そんなのは、どうでもい。

 ……友灯ゆいさんを、泣かすな。

 ……泣かすなよぉ!!」



 言葉でも、態度にでもなく。

 初めて、声に感情を乗せる英翔えいしょう

 それだけには抑え切れず、右手を振り翳し、優生ゆうを殴らんとする。

 彼女も、目を閉じず逸らさず、甘んじ受け入れようとする。



英翔えいしょぉくんっ!!」

英翔えいしょう殿どのぉっ!!」



 暴走する英翔えいしょうを急いで止め、引き離す詩夏しいな拓飛たくと

 が、止めにかかった二人にさえ手を出し、英翔えいしょうは敵意を向ける。

 


 いや。

 そんな生易しい、生温い物ではない。

 さらに鋭くドス黒く、冷たく研ぎ澄まされた、一線すら踏み越えた。        

 敵意の先にる、純然たる悪意。



 ーー紛れもい、殺意を。



「……邪魔を、するな。

 友灯ゆいさんのことを好きにならない人間は、邪魔なんだよ。

 友灯ゆいさんに敵対するなら……。

 もう、『友達』でも『仲間』でも『同僚』でもない……。

 単なる、騒々しいだけの……『害虫』だぁっ!!」



 料理の乗っていたテーブルを掴み、ちゃぶ台でも持ち上げるかのように、ひっくり返し、拓飛たくとに向けて投げる英翔えいしょう

 詩夏しいなを守るべく、庇う姿勢を取り、モロに背中に直撃する拓飛たくと。 

 如何いかに鍛え抜かれた肉体でもダメージは激しく、そのまま崩れ落ち。

 絶望しかけている詩夏しいなをそのままに、若庭わかばによって応急処置を施される。


 

めて……。

 めて、エイト……。

 お願い、だからっ……。

 あたし……こんなの、望んでない……」



 泣き疲れたのか、ショックがでか過ぎたのか。

 真面まともに話せないまま、それでも必死に相棒へと訴える友灯ゆい



 だが、駄目ダメだった。

 無理で、無駄だった。  

 彼の耳には、入らなかった。

 友灯ゆいの思いは、届かなかった。



 森円もりつぶ 英翔えいしょうは、今。

 完全に、怒り狂っていた。

  


「お前もだ。

 なんで誰一人として、反対しない?

 どうして、誰も文句を言わない?

 どう考えても、間違ってるのは、そいつだろ?

 ただ突っ立ってる、隠してるだけの役立たず共め。

 お前も、不要だ。

 全員、とっとと消え失せろ。

 さもなくば……力尽ちからずくで、消し去ってやるぅっ!!」


 

 別のテーブルを握り、再び投擲せんとする英翔えいしょう

 完全に暗黒面に落ちていた彼が、不意に倒れ、床に伏せた。



「……口惜しい。

 が、璃央りおを困らせる者は、何人たりとも、許しがたい」



 足刀により、強制的に英翔えいしょうを眠らせたジオン。  

 彼に指示を出した璃央りおは、いくつもの感情を封印したような声で、優生ゆうに尋ねる。


 

「……教えて頂戴ちょうだい

 どうして、ボスじゃ駄目ダメなのかしら?

 年間売上、1億円以上。

 先月まで、ボスにしか知らされていなかったとはいえ。

 社長に課されたノルマなら、達成したはずよ」

「『そのやり方がハイ・リスク、ともすればノー・リターンだったから』。

 以上が、社長の見解です」

「だったら。

 それは、社長の口から直接、あたしたちに言うのが、『筋』って物ではなくって?

 ボスの姉で人格者であるあなたを、スケープ・ゴートとして立てている。

 新事業の試運転、いつでも潰しの効く先遣隊、替え玉として、ボスを利用した。

 あたしにはさっきから、そう捉えられてならないのだけれど?」

「そう解釈してくれて、結構です。

 現に、その通りでしょうから。

 もっとも私とて、詳しい説明なんて一切されていませんが」

あたしたちが、その程度で切り捨てられる雑魚ってこと

 この1年、あたしたちが付き従い、付いて来た人間が。

 あなたの実妹が、その程度の存在だとでも?」



 煽りでしかない、明確な挑発。

 それは、誰の目からも明らかだった。



「そんなわけ……!!

 そんな馬鹿バカことはずいっ!!」



 その点も重々、承知の上のことだろう。

 それまで防戦一方だった優生ゆうが、せきったかのように、余裕を崩した。


 

「私だって、何度も社長に問い詰めた!!

 でも、あの手この手で封じられた、躱された、そもそも歯牙にも掛けられなかった!!

 しまいには、『あま荒立てる様ようなら、妹を完全に追い出す』なんて、脅迫された!!

 私には、こうするしか……従う他、かった!!

 愛する妹を、その仕事を、姉として最大限、守るためには!!」



 露見した、新たなる秘密と、姉の心。

 それを知った上で、彼女を糾弾することなど。

 この場の誰にも出来できなかった。



 静粛な空気の中、璃央りお優生ゆうの前に立つ。

 一触即発と思いきや、違った。

 彼女の憤怒の矛先は、優生ゆうではなかった。



「……心にもない台詞セリフで罠に掛けて、ごめんなさい。

 けれど、おかげで本心が聞けた。

 あなたが、信用に足る人物だと立証出来できた。

 惜しむらくは……新しい店長としては、別問題ってことね。

 ジオン」



 目配せと共に呼ばれ、ジオンは無言でうなずき、璃央りおの横に移動。

 社長に直談判すべく、『京映きょうえい』本社に向かおうとしていると、皆が察した。



「お止しなさい。

 私ですらあずかり知らない、まったく別の場所に、オフィスと荷物を移動済み。

 おまけに、さっきから音信不通。

 社長には全部、お見通しだったのよ。

 あなたたちの誰か、あるいは総出で乗り込んで来ることも、見越していた。

 その上で、私を派遣した。

 私達は、社長に関する情報を大して与えられないまま、与えられたタスクをこなす他に道はいのよ。

 ここに私が来た……いいえ。

 あなた達が『トクセン』と連なった時点で、後手に回っていた。

 なにもかも、もう手遅れなのよ」

「このあたしが。

 そんな言葉でぎょせるような、情緒に欠けた操り人形だとでも?」

「『言葉』じゃない。

 れっきとした、『命令』よ」



 メンチを切る両者。

 が、ややって璃央りおは、優生ゆうを睨むのを止めた。

 話は終わりだ、話にならない。

 そう言いたに。

 


「復唱させないで頂戴ちょうだい

 それは、そちら側だけの理屈。

 あたしのボスは、依然として、ただ一人。

 真面まともな釈明がい以上、何も変わらないし、誰の指図も受けないわ」

「……綺麗ね。

 でも、それだけ。

 なんの確証も実現性も責任力もともなわない、願望を並べ立てた、フィクションをなぞらえた、周囲を焚き付けたいだけの、あまりにとぼしい。

 徹頭徹尾、綺麗でしかない、綺麗事。

 まるで、マニフェストだわ」

なんですって?」



 それまで受け身だった優生ゆうが、喧嘩腰となる。

 今度は璃央りおが、優生ゆうの誘いに乗る。



「『店長』としてじゃない。

 確かに、ここを訪れた時、この場に立っていた時、私は『店長』だった。

 でも数秒前、あなたに拒絶された時点で、そうではなくなった。

 私は今、『友灯ゆいの姉』として、あなたに命令したのよ。

 あなたの、際限く向こう見ずな、ゴールが不明な見切り発車によって、友灯ゆいが食いっぱぐれるかもしれない。

 さっきも言ったはずよ。

 英翔えいしょうくんの言葉を借りたいわけではないけどね、璃央りおさん。

 友灯ゆいを苦しめるのなら、誰だろうと容赦しない」

「……あたしとしたことが、しくったわね。

 英翔えいしょうだけじゃない。

 あんたも、寝かせとくべきだった」

「どうして分からないの?

 これからも『トクセン』に所属することは変わらない。

 しかも、友灯ゆいはアパレルに復職するのを願ってた。

 余計な悩みの種を摘み取れるのよ?

 好きなことに、好きなだけ専念出来できるのよ?

 妹のての夢が、やっと叶うのよ?」

「それはボスが、自分の選択した道を、自分の手で切り開いた末に、自分の力で叶える物。

 てんでボスを好いていない、好かれてもいない誰かが導いた、道を引いた先にる夢なんて、ただの虚仮威しのパチモン。

 それこそ、綺麗なだけの綺麗事じゃない。  

 悩みの種と共に、自由の実まで切り取ったんじゃ意味が無い。

 汗と泥にまみれ、血涙を流し、傷だらけになって、藻掻き苦しんで、泥濘ぬかるみとも砂漠さばくとも宇宙とも取れる果てしない場所から、懸命に掘り起こし探し当てる、一雫のルシダ。

 それこそが、あたしの信じる『夢』よ。

 簡単純に大安売りしてんじゃあねぇわよ。

 アイドルの棒読みばりに軽々しくて、聞き逃しそうなまでに響かないのよ、お嬢さん」

「……あなた、おいくつ?

 この世は、御伽噺おときばなしなんかじゃ断じてない。

 いつまでも理想だけを語って、楽に気楽に生きてるんじゃないわよ」

「理論武装して振り翳してる人間に説かれたくないわ。

 あたしからすれば、そっちこそ、スーツとシークレット・ブーツで背伸び、大人ってるようにしか映らないわよ。

 おまけに同性とはいえ今時、女性に年齢を開示させようなんて、遅れてるわね。

 これからになる相手のプロフィールすら未把握なんて、それ以前の問題で、ほとほと呆れ果てるわ。

 それと、少なくとも、あんたよりかは一端のレディーを務めてるもりよ。

 行き遅れ」

「その発言も、頂けないわね。

 結婚マウント取りたいなら、せめて妻ではなく母になってからになさい」

さっきにけしかけたのは、そっちよ。

 彼氏ない歴=年齢の、高嶺のドライ・フラワーさん」

「……どうやら、壊滅的に反りが合わないらしいわね」

「そうね。

 もっと穏便に済ませたかったのに、残念だけれど」



 張り合い、睨み合う両者。

 最早、探り合いは用済み、殴り合いは秒読み。

 無粋、不用意に入り込んでも、巻き込まれるだけなのは、火を見るよりも明らか。

 正に、一触即発といった雰囲気だった。



 自分の所為せいで。

 大好きな人達が、争っている。

 自分が弱い、情けないばっかりに。



 そんな現状が、友灯ゆいには耐えられなかった。


 

 こうなった以上、発端ほったんである自分にすら、止められる余地はい。

 きっと、さっきのエイトみたいに、流されるのが関の山だ。

 であれば、自分が取るべき選択肢は、一つである。

 たとえ、それが単なる逃げだったとしても。



「っ!!」



 彩葉いろは寿海すみを振り払い、その場から駆け出す友灯ゆい

 一時だけでも全員の気を引き付けるには、充分な効力を発揮。

 みんなが、一斉に彼女を目で追った。


 

「て、店長さんっ!!」



 さきに反応したのは、若庭わかば

 ドア付近にもっとも近かった彼女は、一目散に友灯ゆいに続く。

 次いで、璃央りおが我に帰る。



「オカミさんは、拓飛たくとを看護しながら、ボスに電話し続けて頂戴ちょうだい!!

 なにか進展ったら、ぐにRAINレインを!!」

「任せておきな。

 二人共、責任持って見ておくとも」



 言及せずとも、寿海すみは汲み取ってくれた。

 怪我けがをした拓飛たくとのみならず、傷心の詩夏しいなも、自分が受け持ったのだと。

 さらにショックを与える危険性がった以上、明言は躊躇ためらわれたが。

 


 そんな寿海すみが、璃央りおはひたすら頼もしく思えた。  

 やはり、自分の人選、見る目は間違ってなどいなかったと。



「ええ、お願い!!

 紫音しおん保美ほび岸開きしかい!!

 大至急、それぞれボスを追うわよっ!!」

「図らずも、やっと意見が一致したわね。

 こればっかりは、同意するわ。

 こんな夜更けに単身、外になんて出られちゃ、おちおち説得も出来できないもの」



 言葉とは裏腹に平静を装い、優生ゆう璃央りおに名刺を渡す。

 そこには、彼女のIDが明記されていた。



「今は、少しでも協力者がしいんじゃなくって?」      

「……」



 バッチバチに喧嘩した手前、複雑ではある。

 が、背に腹は替えられず、璃央りおは即座に登録。

 彼女を、『トクセン』のグループに招待した。



「ちょっ……!?

 優生ゆうさんっ!?」



 嫉妬と驚きの入り混じった彩葉いろはの声により、璃央りおはハッとした。

 そうこうしてる間に、すで優生ゆうかロストしていた。

  


 つまり、これを作戦の内。

 マウントなり手柄なりを得るための、妨害工作だったのだ。

 術中に嵌り、見事に出遅れてしまった。

 ただでさえ、こういう時に友灯ゆいが行く場所に心当たりのりそうな、姉というポジションに位置するというのに。



「あいつ、ピンキリいけ好かないっ!!

 行くわよ、みんな!!」

「はいっ!!」

「うん……!!」

「プラスした」


 

 璃央りおの号令に従い、部屋を出んとする面々。

 が、その行く手を、遮られた。

 いつの間にか目覚めていた、英翔えいしょうによって。



「退きなさい!!

 あんたにまで構ってる暇、いっ!!

 現状、理解してないっての!?

 大体、ジオンの蹴りをモロに食らって、なんでもう起きてるのよ!?

 気絶慣れしてる保美ほびでさえ、1時間はオチるのよ!?」



 自身の唇に人差し指を当て、無言で黙らせる英翔えいしょう

 その指で右の側頭部を触り、目を瞑り、やがて開き。



「……こっち」



 と、牽引し始めた。



「……今度は、なにをしようっての?

 暗がりに誘い込んで、一人ずつ、確実に仕留めようとでも?」



 いぶかしむ璃央りお

 彼女の義兄を傷付けた以上、無理も無い。

 他の三人も同感らしく、英翔えいしょうを警戒する。



「……別に。

 そんな、魂胆はい。

 ただ、証人にしたいだけ。

 友灯ゆいさんに詳しく、求められて、心から信頼されている、唯一の存在は。

 この、俺だけだって」



 4人に一瞥もくれないまま、英翔えいしょうは進む。

 どっちでも、どうでもいと主張するように。

 


 璃央りおたちは、再確認させられた。

 ただでさえコンプレックスの巣窟である、この『トクセン』において。

 中でも取り分け業が深いのは、彼。

 森円もりつぶ 英翔えいしょうを置いて、他にないと。



「……」



 璃央りお紫音しおん彩葉いろはが迷っている内に、岸開きしかい英翔えいしょうならった。

 やや意表を突かれてから、三人も準じた。





 1秒でも早く休める静かな場所を、欲した結果か。  

 あるいは、悪夢から開放されるべく、安らげるベッドをこいねがったのか。

 はたまた、「みんななら見付け、気付きづいてくれる」的な、フィクション染みた感覚にほだされたのか。

 


 真相は、定かではない。

 それを解明するには、今のメンタルでは心許こころもとない。



 理由は、どうであれ。

 友灯ゆいは今、彼女の自室で、ふて寝していた。

 


 最低だと、我ながら思う。

 きっと何人かは今頃、自分を探して、夜の街を彷徨っているだろうに。

 本人は、素知らぬ顔で、呑気に部屋で寛いでいると来た。

 おまけに、心配してくれる同僚からの着信すらうとましく思えた結果、スマホの電源を落としている。

 自分が逃げ、みんなを誘ったというのに。



「……みっけ」


  

 自己嫌悪に陥る中、ふと同居人の声が聞こえる。

 英翔えいしょうは、呼吸も髪も落ち着かせたまま、友灯ゆいに近付く。



「……『互いの部屋は、無許可で入らない』。

 じゃ、なかったっけ?」

「……RAINレインで、もうアポ取ってる。

 友灯ゆいさんが、気付きづいてなかっただけ

 それに、今日に限ってはセーフ。

 招いたのは、友灯ゆいさんだから」

「じゃあ、いーや。

 それはそうと」



 スマホを確認する素振りも見せずに、友灯ゆいは起き上がり、英翔えいしょうを睨む。

 これまでにい、冷たい眼差しで。



なにしに来たの。

 っといて。

 あたし今、滅茶苦茶、不機嫌だから」

「提案」

「どんな?

 言ってみなよ。

 ただし、こっち来るなら蹴飛ばすから」



 近付こうとする英翔えいしょうに、友灯ゆいが足を構える。

 友灯ゆいの言葉に従い、その場に留まりつつ、英翔えいしょうは語る。


 

「……俺の、話し相手にならない?

 そしたら、そんじょそこらじゃ相手にならないお給料を、確約する」

「……それ……」

「ん。

 出会ったばっかの頃に、友灯ゆいさんに断られた案件」

「じゃあ、なんでリベンジしたんだよ。

 どうなるかなんて、目に見えてるだろ」

「そうでもない。

 友灯ゆいさんを取り巻く状況が、あの頃とは一転した」

「……っ!!

 それはっ……!」

「違う?」

「違……わない、けどさ……」



 社長に与えられた店長という肩書を、社長に奪われ。

 アパルト担当と掛け持ち出来できそうな優生ゆうを、店長として遣わせ。

 社長に対し、要所要所で覚えていた疑念が、確信めいて来て。

 いつ路頭に迷っても不思議ではないまでに、追い詰められて。

 店長としても特撮ファンとしても明るい優生ゆうが相手とあっては、自分になんぞ、立つ瀬も勝ち目も、存在意義もくて。

 これまでみたいに、また姉にすべてを持ってかれ、みんなに愛想を尽かされるのが目に見えていて。

 むしろ、クラスが違ったり、スタッフが二人だけだった今までより余程よほど、嫌われそうで。



 とどのつまり。

 こうして、姉が店長として現れた以上。

 今の自分には、居場所がように思えてならない。

 自業自得の部分も、多かれ少なかれるのだろうが。



 英翔えいしょうのスカウトは、渡りに船かもしれない。

 ここまで軽んじられた都合上、遅かれ早かれ、自分は切られる。

 ならば、一年という節目で切りく後任に引き継ぎ、今の時点で身を引くのも、選択肢の一つかもしれない。

 このままボロボロ、グダグダと慢性、惰性的に働いても逆効果。

 むしろ、変な所で退職させられるより、自分の意思で離職した方が、心象がいに決まってる。

 このままでは、リライ◯の冒頭みたいな感じになってしまうだけではないか。



 ……いや。

 そうじゃない。

 そもそも、そんなことを気にする必要なんて、まるでいではないか。



 自分には、信頼の置ける雇用主にして、気の置けない同居人。

 エイトが、るのだから。

  


 絶対零度に達していた心が溶かされ、彼女の両目に黒い光が宿った頃。

 その英翔えいしょう友灯ゆいの隣、すなわちベッド脇で腰掛けていた。

 


 いつの間に、ルール違反。

 などと一瞬、思ったが、友灯ゆいは黙った。

 彼が気まぐれなのはデフォルト出し、パートナー・シップが更新されつつある手前、彼の機嫌を損ねるのは思わしくない。



「……別に、俺から多くは求めない。

 時間も、日程も、金額も、好きにして。

 トッコウ……特撮講義じゃなくても、構わない。

 俺は、ただ、友灯ゆいさんと特撮について話したい。

 ううん……それも、ちょっと違うかも。

 アニメでも、音楽でも、ゲームでも、グルメでも、身の上話でも、なんでもい。

 友灯ゆいさんと……ユーさんと、お話出来できれば。

 ユーさんと一緒にさえられれば、それでい。

 ユーさんが、俺で笑顔になってくれれば。

 それだけで、きっと。俺は、満足出来できる」



 意図的に、わざとらしく、呼称を変える英翔えいしょう

 それは、優生ゆうを見限ったという決意表明。



「……なんで、さらに好条件にしてるんだよ。

 ただでさえ、都合ぎだったのに……」

「失敗から学ばず、なんの改善も進化も施されていない。

 そんなんじゃ、『リベンジ』とは言わないよね」

「この、青天井知らず……」

「……重複してない?」

「そういう内容なんだから、仕方しかたいだろ……」

「つまり、ユーさんのお眼鏡に適った。

 交渉成立と?」

「早いわ、気が」



 増長している英翔えいしょうの頬を引っ張る友灯ゆい

 飽きて解放したタイミングで、英翔えいしょうは真顔でげる。



「……本気だから。俺。

 あんな場所に、友灯ゆいさんを置いておけない。

 明日から『トクセン』は、社長に牛耳られる。

 ユーさんの夢が、キャリアが、尊厳が、居場所が、踏み躙られる。

 俺……そんなの、耐えられない。

 他のみんなの気持ちは、知らないけど。

 少なくとも俺は、ユーさんを見捨てないし、ユーさんから離れない。

 俺も、『トクセン』辞める。

 俺は、ただユーさんを助けたかっただけだから。

 ユーさんのなくなった『トクセン』に、ユーさんのストレスを買ってまでこだわる理由はい。

 お金だって、いくらでも稼げる。

 だから、ユーさん。

 ……一世いっせい一代いちだいのお願い、聞いて?」

「『い』、多いぞ?」

「訂正する。

 一世いっせ一代いちだいのお願い、聞いて」

「今ので二世二代だな」

いから、聞いて」



 茶化して誤魔化ごまかさんとする友灯ゆいの手を握り。

 英翔えいしょうは、ぐ、直向ひたむきにげる。



「……俺を、選んでください。

 他の誰かじゃなく、俺こそを、俺だけを求めてください。

 俺なら、ユーさんの望みを、すべて、無償で叶えます。

 どこまでも、ユーさんに付き従い、付き合います。

 絶対ぜったいに、ユーさんをあきらめません。

 どうか、俺にチャンスを与えてください」



 本来の立場とは、まるで正反対に懇願する英翔えいしょう

 


 きっと、いつもの友灯ゆいなら、すんでの所で一笑に付していた所だろう。



 友灯ゆい、であれば。



「……ユー、さん?」



 英翔えいしょうの胸に額を当て、目を閉じる友灯ゆい

 そのまま、ボーッとした調子で尋ねる。



「……本当ほんとうに?」

「ん」

「……あたしを、裏切らない?

 騙したり、蹴落としたり、しない?」

「しない」

「……あたしに、なんでも打ち明けてくれる?」

「してる」

「……ちゃんと長生き、してくれる?」

「シナナーイ。

 ユーさんが、お望みとあらば」

あたしが望まずとも、長生きしろよぉ……」

「ユーさんが望んでさえくれれば、ワンチャン。

 でも、ユーさんのない世界なんて、未練も生き甲斐もメリットも面白味もい」

「……馬鹿バカ

「一気、一気、一気、フェニックス」



 謎音頭が始まった。

 どうやら、「早く返事しろ」という催促らしい。



 店長だから。

 ノルマがまだだから。

 英翔えいしょうと出会ったばかりだから。

 大人だから。

 姉みたいになりたいから。



 そんな建前で、今までスルーして来たが。



 店長ではなくなり。

 ノルマも達成し。

 英翔えいしょうとも、2ヶ月近く共に過ごし。

 背伸びしていただけ、てんで無力だと、思い知らされ。

 姉に、すべてを奪われかけ。



 ここまで、ナーフされた以上。

 現状、断る動機はい。

  


「……取り敢えず、1ヶ月……」



 人差し指を立て、恥を忍んで了承する友灯ゆい

 正座し、体をプルプルと震わせ、穴があったら入りたい衝動に襲われ。

 ひたすら、英翔えいしょうの答えを待つ。



 が、来ない。

 いつもだったら、この辺りで「ん」とか「りょー」とか言っていそうなのだが。



「……ボス……」



 などと不審がっていたら、思わぬ方向から思わぬ人物の声が届いた。

 目を開け振り返れば、ドアの辺りに佇む璃央りお紫音しおん保美ほび岸開きしかいの姿。



 盗み聞きをされてのだと察し、友灯ゆい英翔えいしょうを問い詰める。



「騙したの!?」

「本気だったよ。

 本気で、ユーさんをスカウトした。

 だからこそ今一度、思い知らせる必要がったんだ。

 ユーさんの相棒が。

 ユーさんにとって最も不可欠なのは、誰なのかを」



 ベッドから降り、璃央りおたちの前に立ち、英翔えいしょうげる。

 それまでとは打って変わった、重く凍えたトーンで。



「俺は別に、ユーさんだけでもいけど。

 それだと、ユーさんが悲しむ。

 ユーさんにくみするなら、歓迎する。

 多少ユーさんを困らせても、ちゃんと理由がって、早めに和解するなら、許す。

 みんなを養うだけの蓄えなら、余裕でる。

 待遇も、そんなに変えない。

 増築したってい。

 あとは、みんなの態度次第」



 友灯ゆいは、一安心した。

 先程の件で完全に見限ったかと思ったが、情状酌量の余地はったらしい。



 そうだ。

 先程、思い付いた案で、今こそ勧誘しよう。

 いっそのこと、『トクセン』のスタッフを一新、総入れ替えするというのも、一つの手ではないかと。

 何も、『トクセン』だけが職場じゃないと。



 あそこまで社長の魔の手が及んでおり、璃央りおたちも難色を示しているなら、尚更。

 だったら、今の『トクセン』は切り捨て、代わる場所を新たに設けた方が賢明、健全だ。

 前にエイトが作ってくれた、『特トーク』で稼ぐという方法もる。

 あのイベントを乗り越えられたみんななら、きっとスパチャがいくらでももらえる。

 そうじゃなくても、エイトだったら、みんなを快適に食べさせてくれる。

 正直、信頼度だけで言えば、玄野くろの社長の比じゃない。



「そうだよ、みんな

 一緒に、やり直そうよ!

 新しい、環境で!

 今度こそ、自由にさ!!」



 爛々とした瞳で、璃央りおたちを誘う友灯ゆい



 その両目は、あまりに眩しく、光に覆われていた。

 璃央りおたちの、曇った顔も一切、映らないほどに。



「……そうね。

 どうやら、間違っていたのは、あたしたちだったみたい。

 訂正するわ、ボス。

 いや……三八城みやしろ



「ーーえ」



 ようやく、有頂天の友灯ゆいにも認識出来できた、拒絶。

 


 続けざまに、隣からなにかが崩れ落ちる音。

 見れば、またしてもジオンの足により、英翔えいしょうが気絶していた。



「エイトォ!!」



 駆け寄り、顔色を確認する友灯ゆい。  

 さいわい、大事には至っておらず、呼吸も安定してはいる。

 

 

 が。

 それはそれとして、面白くない。



「……なんで……!!

 なんで、こんなひどことするのっ!!」

「こうでもしないと、また邪魔張りされるからよ」

  


 座り込んでいた友灯ゆいに近付き、無理矢理、立たせ。

 璃央りおは、友灯ゆいにビンタをお見舞いした。



 彼女の悲痛そうな顔の方が、友灯ゆいにダメージを与え。

 おかげで、反論する気力も言葉も失った。



「……『働かずとも、家事をせずとも、話を聞かずとも、お金がもらえる』。

 そんな、降って湧いた案件を、了承する?

 冗談、めて頂戴ちょうだい

 たとえ、どれだけ危ぶまれても、せがまれても、大金積まれても、非人道的な勧誘には、熨斗のし付けてノーをお返しするのが社会人でしょ?

 汗水垂らして、泥水啜すすって、逃げ水を追い掛けるのが、仕事って物でしょ?

 切り詰めても、切羽詰まっても説破して、ジリ貧でも続けるのが、生活でしょ?

 あたしは、こんな愚行に走る人間を仰いだもりはい。

 なにも知らずとも分からずとも、自分なりに精一杯、懸命に走る。

 あんな契約条件を出されても断って、家事とかだけお願いして、それでも働いて、人間関係も修復して、ノルマを達成して。

 あたしが見込んだのは、社長から取り戻したかったのは、あんたの、そんな姿よ。

 こちとら、退職覚悟で臨もうとしたのよ。

 あたしと引き換えに、あんたが返り咲けるなら、本望だとさえ思った。

 だのに、なによ。

 いくら、こっ酷く袖にされたからって、そこまでブレる、落ちぶれるなんて。

 今のあんた……失格だわ。

 人間としても、大人としても。

 ……店長としても」

「あ……」



 何故なぜだろう。

 璃央りおが、すごく大きく、高く見える。



 確かに、モデル並みの長身ではあった。

 でも、それだけじゃない。



 自分が、どん底まで落ちたのだ。

 失墜し、零落したのだ。



「ま、待って!!

 違うの!!」

「違わないっ!!

 あたしの、とんだ見当違いだった!!

 たった今、身をもって実感させられた!!

 社長の、優生ゆう店長の判断は、何一つ間違ってなかった!!

 こんな人間に、まんまと籠絡ろうらくされていたなんて、自分が情けない!!」

「お願い、リオ様!!

 話を、聞いて!!」

「『1ヶ月の間に、社長や姉を説得するか、転職するだった』なんて、白を切らないわよね!?

 あんたの顔は、『1ヶ月』なんて言ってなかった!!

 あんたは『一生』、森円もりつぶに飼い慣らされる腹だった!!

 なんで……!!

 なんでなのよ、三八城みやしろ!!

 あんたは……。

 あたしはぁ……」



 泣き崩れ、床にへたる璃央りお

 駆け寄ろうとするも、ジオンに足を首筋に立てられ、友灯ゆいは身動きが取れない。

 まるで、鋭く尖った、不気味に光るナイフでも突き付けられた気分だった。



「すみません、司令。

 今度ばかりは、無理です。

 こんな司令は、司令じゃない。

 控え目に言って幻滅、失望しました。

 今の、あなたは……てんでキュートじゃない。

 こっちは、生活が掛かってるんです。

 森円もりつぶくんみたいに、お金持ちでもない。

 かといって、一攫千金狙う胆力もコネも強運も持ち合わせていない。

 璃央りおさんと紫音しおんくんは、夫婦。

 拓飛たくとくんと詩夏しいなさんは、カップル。

 寿海すみさんと若庭わかばさんには、新凪にいなちゃんもる。

 みんな……色々、背負って、耐えて。

 その上で必死に生きて、戦って、抗ってるんです。

 そんなに楽したいなら、二人だけで勝手に、好きにすればいじゃないですか。

 ベットとオッズが桁違いな、補償の薄いギャンブルに、私達まで巻き込まないで」



 かがみ、璃央りおの涙を吹き、抱き締める彩葉いろは

 彼女にまで見限られるとは思わず、友灯ゆいは後退。 

 そのまま足をぶつけ、ベッドに仰向けになる。

  


 嫉妬なんかじゃない。

 紛れもなく、軽蔑。

 自分は、ついに見限られたのだ。



 視界が。世界が、グルグルする。

 前後不覚に陥り、色んなことが分からなくなる。



 掴めたのは、2つの音だけ。

 自分の元を去る、トボトボとした、みんなの足音。

 これまで築き上げて来たコミュニティが、音を立てて崩れていく音。



 ……いや。

 知覚出来できる音が、他にもった。



「ユーさん」



 自分を包み込んでくれるエイトの、心臓の音。



「……みんなに、心から感謝するよ。

 ようやく俺は、自由になれた。

 ユーさんと一緒に……二人だけに、なれた」



 あれだけ『友達』に固執していたのに。

 さっきまで、一緒に楽しく慰労会をしていたのに。

 あんなに、みんなと打ち解けていたのに。



 こんなに悲しい、空しいことを言うなんて。

 しかも、満面の笑みと、大量のうれし涙まで添えて。



 ……分かってる。

 こんなの、間違ってる。

 どう考えても、正しいのは璃央りおたちだ。

 最後の最後まで足掻いて、クビになってから、自分は『トクセン』を去るべきだった。

 そしたらきっと、こんなあやまちはしなかった。

 新しく、真っ当に就職したはずなのだ。

 みんなも納得し、あるいはお供してくれたかもしれない。



 でも、もう遅い。

 こうなっては、すべてが無意味。 自分達の居場所は、もう『トクセン』にはいし、『トクセン』ではない。

 一時の迷いとはいえ、取り返しはつかない。

 みんなと一緒に働くもりだったなんて、信じてなどくれまい。


 

 自分には、もう、エイトしかない。

 エイトさえれば、てくれれば、他にはなにらない。



「エイト、ごめん。

 本当ホント……ごめん、だけどさ」



 バック・ハグする英翔えいしょうに凭れかかり、思考も焦点も安定しないまま、友灯ゆいは懇願する。



「一生……一緒に、よ」



 はたからすれば、単なるプロポーズでしかない台詞セリフ。  

 二人からすれば、いつも通りのやり取り。



 でも、今日はニュアンスが異なる。  

 平時の、トコシエ的な感じではない。

 もっと自堕落で、いびつで、ヤンデレな、てんで笑えない雰囲気。



 一つの誤解が導き出した、一つの瓦解と、一つの不正解。

 その重さを噛み締めながら。

 友灯ゆいは、静かに眠りに就いた。





 数時間後。

 目覚めた友灯ゆいは、自室に備え付けられたバス・ルームでシャワーを浴びていた。

 


 そういえば、英翔えいしょうの姿は見えなかったが。

 恐らく、部屋に戻ったのだろう。



「……」


 

 鏡に映るひどい顔に、思わず失笑してしまった。

 


 璃央りおの言った通りだ。

 まさか、たった一日、たった一回で、ここまで失うとは思わなかった。

 あれ程までに大切だった場所を、あんなにも容易たやすく。



「っ!!」


 

 タイルに手を付き、泡の付いていない体と顔に、ひたすらシャワーを浴びせる。



 こうすれば、水に流せる気がしたが……やはり、無駄だったらしい。



「……本当ホント……。

 どうかしてる……」


 

 シャワーを止め、湯船に入る。

 そのまま、自分に命じる。



 こうなったら、取り返し、引き返しなんて不可能。

 説明不足だったとはいえ、自分が、自分で選んだんだろ?

 そろそろ、割り切れよ。


 

「……馬鹿バカ言うな……」


 

 割り切れなど、しない。

 どれだけ試しても、思い出が、後悔が消せない。

 ゼロにもマイナスにも、てんでなってくれない。

 


 楽しかったのだ。

 断じて、姉の模倣でも背伸びなどでもなく。

 あくまでも自分の希望で勝ち取った居場所、仲間との時間が。

 生まれて最初に、あそこまで自主的に打ち込んだのが。



 遠ざかった日々が、なんとも尊かったのだ。



「……やっぱ、駄目ダメだ」     



 ちゃんと話そうと、友灯ゆいは決めた。



 別に、また一緒に働きたいってんじゃない。

 そんなのは、どの面下げてってやつだ。

 未練がましいし、言い訳めいているのも、百も承知。



 それでも自分は、みんなに話したい。

 姉との確執を、自分の本音を。

 


 となれば。

 次は、どうすべきか。  

 今更、また『トクセン』で働きたいなんて、虫がぎる。

 かといって、それらしい場を英翔えいしょうに提供してもらうってのも、躊躇ためらわれる。

 リスキーなのは変わらず、根本的な解決に至っていない。

 せめて、常連様たちが来易い環境を整えられないと。

 そのためには。



「……『トクセン』、潰すぞぉ。

 ……とか?」



 今の『トクセン』を無くし、姉と社長を撤退させ、新たに株主になった英翔えいしょうの指示、支援で、跡地に新しい『トクセン』を再建させる。

 これならば、あるいは……。



「……いや。

 しよりのしだろ、それ」



 ぐに却下した。

 

 

 最初の計画よりも莫大な予算が飛んでる。

 しかも、後から二人に訴えられたら、勝ち目がい。

 絶対ぜったいに、有り得ない。


 

 話は変わるが。

 どうやら、本気で不調らしい。

 きっと、火照っているのだろう。

  


 友灯ゆいはバス・ルームを出、身支度を整え、髪を乾かし、部屋に戻った。

 


 にしても、だ。

 本当ほんとうに、高い家だ。

 自分の部屋から町が一望出来できるなんて。



本当ほんとうに……とんでもないやつと出会ったなぁ」



 などと零しつつ、友灯ゆいは町を見下ろし。

 ややって、違和感いわかんを覚えた。



 煙が、もうもうと立ち込めている。

 煌々と揺らめく赤が、辺りを捕食し、どんどん広がって行く。 

 しかも、その場所は。



「っ!!」



 友灯ゆいは、無我夢中で駆け出し、部屋を飛び出した。

 


 今しがた目に焼き付けた現場……『トクセン』に向けて。





 例えば、未確認生命体4号が最初に赤く変身した教会だったり。

 あるいは、サバイブする強化フォームの登場回だったり。



 話やキャラは朧気おぼろげだが、子供の頃に何となしに観た、そんなシーンが今もなお、記憶に焼き付いている。


 

 もっとも、大人になった今では、興奮の前に恐怖が先行するが。

 CGや、それに見立てた演出や効果ではなく、実際に彩られた風景。



 ーー炎によって。



「なん……で……」



 友灯ゆいの視界を覆い尽くさんばかりに、闇夜を照らして燃え立つ、一面の火炎。 



 火元は、彼女の職場『トクセン』。



 暗転した店内で真っ赤に照らされた横顔は、彼女の相棒であり、放火犯とおぼしき重要参考人。


 

 森円もりつぶ 英翔えいしょう



「……っ!!」



 自身さえ脅かされそうになりながらも、決死の覚悟で飛び込む友灯ゆい



 無論むろん、水なんて被ってないし、頭を隠すためのシーツや風呂敷、煙を防ぐハンカチやタオルさえ持っていない。

 当然ながら、消防の知識や経験などゼロに等しい。

 仮に同僚だったとしても、先程の仲違いを含めずとも、ここまで即断即決はしないだろう。

 そもそも、経緯や理由は不鮮明だが、自分の大事な仕事場を焼き払わんと欲す相手など、本来なら助けるに値しない。

 


 それでも、友灯ゆいは迷わずに駆け出した。  

 中にたのが、エイトだった。

 他者はともかく彼女にとっては単身、着の身着のまま火事場に突っ込むには、充分ぎる理由である。



 さいわい、英翔えいしょうにはぐに辿り着いた。

 玄関から程近い場所にてくれたおかげである。



 彼の手を掴み、引っ張ろうとする友灯ゆい

 が、続いていた順調な流れが、そこで断ち切られた。



 いのである。

 少し前まで来ていた、彼の服が。

 見慣れたはずの、彼の腕が。



 自分が触れているのは、長さや形が酷似しただけの、無機質で剥き出しの紛い物。



 ただのーー鉄だった。



「ユーさん……。

 ……ごめん……」



 今日という一日中、あらゆる物を友灯ゆいは疑っていた。

 再会した姉が憎みづらい敵として立ちはだかり、社長の底知れなさと面の厚さが本格化し、自分のエゴで仲間に幻滅され、しまいには唯一、信じられる相棒に、職場を壊されている。

 ここまで立て続けに艱難かんなん辛苦しんくに直面する厄日を、悪夢と呼称せずして何と呼ぶ。



 絶望しすべてをあきらめていないだけ、褒めてほしいレベルではないか。

 もうこれ以上、驚くことなどさそうではないか。

 そんな感想を、友灯ゆいは冗談半分で抱いていた。



 が。どうやら今日の自分は、とことん認識が甘かった模様もようだ。

 この期に及んで、自分はまだ、戦慄している。  

 目の前の、エイトを模した何者かが、呼吸困難な状況の最中さなかで、なんでもく喋り始めたことに。



 次々に引火する炎から火の粉が発せられ、英翔えいしょうの頬に付着。

 瞬く間に顔面に広がり、細く端正な彼の顔立ちが一転。

 人体模型にもマネキンにも似付かない、骸骨染みた姿となる。



 赤い瞳を輝かせ、煙ではなく蒸気を発し、オイリーな機械音を響かせる。

 その姿は、控え目に言ってロボット、贔屓目で見てもホラーだった。



「……っ!?」



 突如、英翔えいしょうに突き飛ばされ、外に追い出される友灯ゆい



 怪力自慢の紫音しおん拓飛たくとさえ優に上回るパワーで弾き飛ばされ、洒落にならない勢いでコンクリートに打ち付け、節々を痛める。

 民間人の友灯ゆいが、受け身なんて取れる余裕、知識を持ち得るはずく、ダメージは深刻。



 流石さすが友灯ゆいも一言、英翔えいしょうに物申したくなり、キツい体に鞭を打ち、言葉だけでも送ろうとする。



 が、叶わなかった。

 自分の声を届けるより早く、物凄い瓦礫音が耳をつんざいた。



 発生場所は、『トクセン』の店内。

 


 先程まで自分が、英翔えいしょうと共に立っていた場所。

  


 友灯ゆいは、英翔えいしょうに庇われた。

 生き埋めになる所を、救われた。

 こんな時まで、彼に面倒を掛けさせてしまった。

 代償として、英翔えいしょうが潰されてしまったというのに。



「ぇぃ……

 ぉ……?」

 


 煙で気管支が本調子ではなく、精神的にも肉体的にも真面まともに喋れぬまま、悲しみに暮れかける友灯ゆい

 信じたくなくて、受け入れたくなくて、体も心も痛くて顔も上げられず、友灯ゆいは無我夢中で金切り声を上げる。



「ぇぃぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 嘆き、悲しみ、憤り。

 声という声を出し。

 それでも依然として、消化し切れない激情。



 ハンマーで叩かれでもしたかのように、頭が痛い。

 バーナーでじかに炙られたみたいに、目が熱い。

 スペースジャンプ700回したっぽい感じで、気分が悪い。

 


 それでも、友灯ゆいは向かわねばならない。

 たとえ火の中、水の中、地獄や獄中、ラスダンだろうと、突入せねばならない。

 そこで、英翔えいしょうが待っている限り。



 ひょっとしたら、やはり全部、夢なのかもしれない。

 全社員やエイト、あねぇすら巻き込んで玄野が仕掛しかけた、盛大なドッキリかもしれない。

 今にも向こうから、フリップを持ったみんなが現れるかもしれない。

 さっきの火事だって、岸開きしかいの作ったプロジェクターで投射されているに過ぎないかもしれない。

 あの機械仕掛けのエイトだって、岸開きしかいの奇天烈な新作ってだけかもしれない。

 嘘のけなさそうなエイトや拓飛たくと辺りが今頃、罪悪感に咎められているかもしれない。

 もしすべてが現実だとしても、まだエイトが生きているかもしれない。



 そんなIF展開を切に願い、友灯ゆいは進む。

 ぼやけた視界で地面を捉え、スロー再生みたいな速度で匍匐ほふく前進し、無駄と知りながら手を伸ばす。



 やにわに不穏な音を捉え、視線だけ上を向ける。

 傾いていた看板の関節が外れ、案の定、真っ逆さま、一直線に、猛スピードで、こちらに迫って来ていた。



 店の看板たる店長のポストから落とされた自分を目掛けて、店の看板が落下とは、なんたる皮肉。

 散々さんざん、仕事や人間関係を軽んじた自分に対するツケだとでもいうのだろうか。



 あぁ……どうやら本当ほんとうに、年貢の納め時らしい。

 残念なことに、ドッキリなどではないようだ。

 今の友灯ゆいには、避ける気力や体力、何なら理由さえ残されていない。

 エイトを失った以上、この世界に未練なんて、ってような物。



 きっと自分やエイトの死も、玄野に隠滅、隠蔽されるのだろう。

 丁度、今日の飲み会で自分がされたみたいに、あたかも最初から決まってたふうに装われるのだろう。

 そして、なにも知らないまま、知らされないまま、彩葉いろは璃央りおが新たに切り盛りして行くだろう。

 フィジカろうとしたり、困って拒んでる割に存外ノリノリだったり、売れないアレな物を造ったり、清楚な外見で発狂したり、勘違いでやかましく暑苦しく暴走したり、意味不明なワードを羅列したり、不必要なまでに謝り倒したり、孫バカ拗らせたりして。

 そんな、突飛で賑やかで、荒々しくて慌ただしい危なっかしい日々を、今まで通り送るのだろう。

 それを思うと、不安で、可笑おかして。



 そしてなにより……悔しかった。

 大切な居場所をろくに守れず、いつ切られても不思議ではない状態でしか明け渡せず、その輪の中に入れなくなってしまった。

 そんな自分が、際限無く情けなく思えてならなかった。



 もっとも、もうどうしようもいのだが。



 あー、そっか……。

 エイトも、こんな気持ちだったんだなぁ……。

 だから、あんなこと……。



みんな……。

 ……ごめん……」

  


 ようやく多少、呂律が回り始めた友灯ゆい



 数秒後。

 寝静まった真夜中に、『トクセン』の前で再び、轟音が鳴り響いた。



 誤解、瓦解、不正解。

 追って、後悔。

 ゴールは、全壊。



 姉と社長に、店長の座を奪われ。

 やっと仲良くなれた同僚たちには、見限られ。

 一緒に暮らしていた相棒は、砕け散り。

 1年近く勤めていた職場は、全焼した。



 こうして、この日。

 これまで友灯ゆいが築き上げて来た居場所は、完全に消えて無くなり。

 考え得る限り最悪の、絶望的な幕引きで、前半戦は締められ。



 分岐点を経て、物語は後半戦へ移行。

 すべてを取り戻すため三八城みやしろ 友灯ゆいの猛追撃、逆襲劇が、再始動するのだった。

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