13:誤解、瓦解、大不正解
1ヶ月もの長期に及ぶキャンペーン、セールの同時開催の慰労会。
及び、伸びに伸びていた、
その2つのイベントは、
祭りの席という大義名分が
「いやぁー!
どうにがなっで
「そうね。
ボスが最初に提案した時は、色々と疑ったけれど。
まぁ、結果オーライって
ところでボス、
「
「そうゆうこった!
今日は、とことん呑むぞぉ!!」
「……言っとくけど。
前みたいなのは、勘弁だからね?
もし仮に酔っ払ったら俺が、問答無用で部屋まで強制連行するからね?」
「エイトの、ドケチ!!」
「ドケチで結構。
ほら、これ呑んで。
「エイト、好きぃ!!」
「はいはい、俺も。
「エイトが、呑ませてっ!」
「ルール違反……では、ないか。
空気に酔ってるとはいえ、頼んだの本人だし。
じゃ、りょ」
「あと、肩枕っ!!」
「ん」
「あー!!
「しからば、
「壊さないでね!?
潰さないでね!?
お願いだから、頭を載せるだけにしてね!?」
「
甘っっったるくて、耐えられん。
にしても、アンテナ広いし万能ね、
「……音頭の前から終始、ボクの
寝転がりながらも優雅に振る舞う
「
あんたの枕と対応が極上の
「
いつも通り、一周して
ところで、次は
「
「
「入荷し次第、ロット買いするわ。
取り置きだけしといて
ただ、連絡は結構。
タイミングなら熟知してるし、後で
あんたは黙って、未開封のまま、キープだけしときなさい」
「言われずもがな。
次のオーダーは? ボクだけの王子様」
「アイスを頂けるかしら?
あんたへのハートが冷めない
「そう言うと思って、用意してた。
はい、あーん」
「無理。
口移し」
「……
「だからこそ有意義、有効なんじゃない。
「……もぉ……。
仕方ないなぁ……。
リオ
「にしても、分かってないわねぇ。
まだまだ、お勉強が足りないみたい。
そろそろ、特別講師としての役目を果たす頃合いじゃないかしら?
具体的には、今夜にでも」
「……かもね」
余談だが、再教育を施されるのは、彼女の方である。
「はーっはっはっはぁっ!!
過去最長の、唐揚げタワー!!
ご覧
「むむむぅ。
これはぁ、タワーってるねぇ。
シィナもぉ、負けないぞぉ。
シュー・クリーム
「た、食べ物で遊ぶんじゃありません!!
お行儀が悪いですよっ!!
特に、
証拠として、撮り抑えますからね!!
記念じゃなく、あくまでも証拠として!!」
「
結婚式のぉ、
「わ、私ったら、
ご、ごめんなさいっ!!
「じゃぁあぁ、
「な、なんて
私……感激しましたっ!!
喜んで、お供致しますっ!!
一生、付いて参りますぅっ!!」
「……改めて、確信したよ。
この職場は、私が
1時間
10人とは少し離れた場所から眺めつつ、ちびちびと静かに味わうオカミさん。
案の
人様の前で、こんな
「あら、あら
そんな中、新たなる客人の声。
一見、『トクセン』とは関係の
いや。
その姿は、どことなく
「あ……
「久し振りね、
「そこは、せめて『元気に』って言ってよ!?
てか、どうしたの!?
驚きながらも、その表情には喜びが如実に出ていた。
一方、おっとりとした調子で、
「
「あ……。
ご、ごめん……。
それもそだね」
「相変わらず、そそっかしいんだから。
愛しいったらありゃしないわね」
「だ・か・らぁ!!
せめて、『
あらぬ誤解を生むって、いつも言ってるでしょぉ!?」
「そう、その顔。
それが見たかったのよ。
「『諧・謔・心』!!
「とまぁ、こんな感じで、
改めまして、株式会社『
以後、お見知り置きを」
「こらぁぁぁ!!
妹を
「ごめんなさいね、
皆さんと打ち解けるには、これが手っ取り早かったのよ。
あーん。でも、そうやって真っ赤になってる
「だ〜か〜ら〜!!」
「あ。
ご安心ください。
私の、そういう意味での興味対象、遊び相手は、
他の皆さんにとっては、人畜無害なので」
柔和な雰囲気からの、まさかのドSっ
無理も
「で?
話を戻すけど。
一体、どうしたのさ?
「ご挨拶に伺ったのよ。
これからお世話になる、『トクセン』の皆さんに」
姉妹の久々の再会。
そんな、
瞬間、宴会ムードが一気に張り詰めた。
「……『これから、お世話になる』、って……!
もしかして、
「ええ。
急な
まさかの、追加戦士。
それも、特撮の有識者、経験者の即戦力。
思わぬ展開に一同、沸き立つ。
しかも、今の時点で、掴みはほぼ完了。
歴史上初、『
どうやら、違わぬ人物らしい。
「
目を輝かせ、特に歓迎する
その
が。
対する
ここに来て、何人かは悟った。
どうも、雲行きが怪しいと。
先程から
「……
ちょっと、ごめん」
「え?
あ……うん」
暗い面持ちで、妹を離し。
改めてスタッフ達の前に、
これから、全員に指示、指揮する者として。
「……改めて、自己紹介させて頂きます。
本日付けで、『トクセン』の『新店長』に着任致しました、
皆さん、色々と、思う所は少なからず
明日より、『アパレル担当』として働く妹共々、何卒。
……どうか、
複雑そうに、けれど大人として気丈に述べ、一礼する
その姿は、とても悲痛そうだった。
こうして、始まった。
文字通り、最悪の一日が。
明かされた、衝撃の真実。
それも、この場に
そんな現状が余計に、一同を困惑させた。
「店……。
長……?」
思考のみならず世界、時間すらも停止したかの
最初に起動した
一挙手一投足にまで注目されながら、
「……なーんだ!!
いやぁ、心配して損したよぉ!!
てっきり、おめでたかと思ったじゃーん!!
あーでも、この御時世、実の家族とはいえ、今のはナンセンスかぁ!!
ごめん、撤回!!
でも、あれか!!
新しい店長の誕生って意味では、さほど間違ってないか!!
なんちって!!
ほら、
どう見ても、チャンス・タイムじゃん!!
いつもみたいに、『祝え!!』とか、『ハッピーバースデー!!』とか、言ってよ!!
相変わらず、元ネタは分からんけどさぁ!!」
体を小刻みに揺らし、声を震わせ、瞳を滲ませ。
明らかに、虚勢を張っていると。
「ユーさん……」
堪らず、近寄ろうとする
が、それよりも先に
「……ごめん、エイト。
普段はともかく、これから
……紛らわしいし、
言葉では突き放しつつ、
自分は、迫られるのを
自分と、
「ってもまぁ、エイトなら心配
普段はボーッとしてるっぽいのに、ちゃんと切り替え出来るとか、
しかし、袖で拭い、
「
そんな、しみったれた顔してないでさ!!
もう、
別に、降格しただけで、クビってんじゃないんだからさぁ!!
それに、アパレルやりたかったのは事実だし!!
この前、触りだけ、
正直、店長なんて
冷静に考えてみれば、言う
それに
「〜っ!!」
そんな彼女を、
彼女の泣き顔を、弱い姿を、覆い隠すみたいに。
「もう
もう、分かったから……。
一番辛いのは、
そんな所見せられたら、私達だって、キツいから……。
だから……もう、
「……っ!!」
膝を降り、声を抑え、静かに泣く
彼女に合わせ、
続いて、
最年長の
よく頑張ったねと、労う
そんな光景を見た瞬間。
可視化されていない、分厚く真っ赤な、一本の線。
堪忍袋が、切れるのを覚えた。
「っ!!」
激情に駆られ、
その形相は、いつに無く歪んでおり。
沸騰した怒りが、全面に出ていた。
「……新しい店長だとか。
実績だとか、実力だとか、実の家族だとか。
そんなのは、どうでも
……
……泣かすなよぉ!!」
言葉でも、態度にでもなく。
初めて、声に感情を乗せる
それだけには抑え切れず、右手を振り翳し、
彼女も、目を閉じず逸らさず、甘んじ受け入れようとする。
「
「
暴走する
が、止めにかかった二人にさえ手を出し、
いや。
そんな生易しい、生温い物ではない。
敵意の先に
ーー紛れも
「……邪魔を、するな。
もう、『友達』でも『仲間』でも『同僚』でもない……。
単なる、騒々しいだけの……『害虫』だぁっ!!」
料理の乗っていたテーブルを掴み、ちゃぶ台でも持ち上げるかの
絶望しかけている
「
お願い、だからっ……。
泣き疲れたのか、ショックがでか過ぎたのか。
だが、
無理で、無駄だった。
彼の耳には、入らなかった。
完全に、怒り狂っていた。
「お前
どうして、誰も文句を言わない?
どう考えても、間違ってるのは、そいつだろ?
ただ突っ立ってる、隠してるだけの役立たず共め。
お前
全員、とっとと消え失せろ。
さもなくば……
別のテーブルを握り、再び投擲せんとする
完全に暗黒面に落ちていた彼が、不意に倒れ、床に伏せた。
「……口惜しい。
が、
足刀により、強制的に
彼に指示を出した
「……教えて
どうして、ボスじゃ
年間売上、1億円以上。
先月まで、ボスにしか知らされていなかったとはいえ。
社長に課されたノルマなら、達成した
「『そのやり方がハイ・リスク、ともすればノー・リターンだったから』。
以上が、社長の見解です」
「だったら。
それは、社長の口から直接、
ボスの姉で人格者であるあなたを、スケープ・ゴートとして立てている。
新事業の試運転、いつでも潰しの効く先遣隊、替え玉として、ボスを利用した。
「そう解釈してくれて、結構です。
現に、その通りでしょうから。
「
この1年、
あなたの実妹が、その程度の存在だとでも?」
煽りでしかない、明確な挑発。
それは、誰の目からも明らかだった。
「そんな
そんな
その点も重々、承知の上の
それまで防戦一方だった
「私だって、何度も社長に問い詰めた!!
でも、あの手この手で封じられた、躱された、そもそも歯牙にも掛けられなかった!!
しまいには、『
私には、こうするしか……従う他、
愛する妹を、その仕事を、姉として最大限、守る
露見した、新たなる秘密と、姉の心。
それを知った上で、彼女を糾弾する
この場の誰にも
静粛な空気の中、
一触即発と思いきや、違った。
彼女の憤怒の矛先は、
「……心にもない
けれど、お
あなたが、信用に足る人物だと立証
惜しむらくは……新しい店長としては、別問題って
ジオン」
目配せと共に呼ばれ、ジオンは無言で
社長に直談判すべく、『
「お止しなさい。
私ですら
おまけに、
社長には全部、お見通しだったのよ。
あなた
その上で、私を派遣した。
私達は、社長に関する情報を大して与えられないまま、与えられたタスクを
ここに私が来た……いいえ。
あなた達が『トクセン』と連なった時点で、後手に回っていた。
「この
そんな言葉で
「『言葉』じゃない。
メンチを切る両者。
が、やや
話は終わりだ、話にならない。
そう言いた
「復唱させないで
それは、そちら側だけの理屈。
「……綺麗ね。
でも、それだけ。
徹頭徹尾、綺麗でしかない、綺麗事。
まるで、マニフェストだわ」
「
それまで受け身だった
今度は
「『店長』としてじゃない。
確かに、ここを訪れた時、この場に立っていた時、私は『店長』だった。
でも数秒前、あなたに拒絶された時点で、そうではなくなった。
私は今、『
あなたの、際限
「……
あんたも、寝かせとくべきだった」
「どうして分からないの?
これからも『トクセン』に所属する
しかも、
余計な悩みの種を摘み取れるのよ?
好きな
妹の
「それはボスが、自分の選択した道を、自分の手で切り開いた末に、自分の力で叶える物。
てんでボスを好いていない、好かれてもいない誰かが導いた、道を引いた先に
それこそ、綺麗なだけの綺麗事じゃない。
悩みの種と共に、自由の実まで切り取ったんじゃ意味が無い。
汗と泥に
それこそが、
簡単純に大安売りしてんじゃあねぇわよ。
アイドルの棒読みばりに軽々しくて、聞き逃しそうなまでに響かないのよ、お嬢さん」
「……あなた、お
この世は、
いつまでも理想だけを語って、楽に気楽に生きてるんじゃないわよ」
「理論武装して振り翳してる人間に説かれたくないわ。
おまけに同性とはいえ今時、女性に年齢を開示させようなんて、遅れてるわね。
これから同僚になる相手のプロフィールすら未把握なんて、それ以前の問題で、ほとほと呆れ果てるわ。
それと、少なくとも、あんたよりかは一端のレディーを務めてる
行き遅れ」
「その発言も、頂けないわね。
結婚マウント取りたいなら、せめて妻ではなく母になってからになさい」
「
彼氏
「……どうやら、壊滅的に反りが合わないらしいわね」
「そうね。
もっと穏便に済ませたかったのに、残念だけれど」
張り合い、睨み合う両者。
最早、探り合いは用済み、殴り合いは秒読み。
無粋、不用意に入り込んでも、巻き込まれるだけなのは、火を見るよりも明らか。
正に、一触即発といった雰囲気だった。
自分の
大好きな人達が、争っている。
自分が弱い、情けないばっかりに。
そんな現状が、
こうなった以上、
きっと、
であれば、自分が取るべき選択肢は、一つである。
「っ!!」
一時だけでも全員の気を引き付けるには、充分な効力を発揮。
「て、店長さんっ!!」
ドア付近に
次いで、
「オカミさんは、
「任せておきな。
二人共、責任持って見ておくとも」
言及せずとも、
そんな
やはり、自分の人選、見る目は間違ってなどいなかったと。
「ええ、お願い!!
大至急、それぞれボスを追うわよっ!!」
「図らずも、やっと意見が一致したわね。
こればっかりは、同意するわ。
こんな夜更けに単身、外になんて出られちゃ、おちおち説得も
言葉とは裏腹に平静を装い、
そこには、彼女のIDが明記されていた。
「今は、少しでも協力者が
「……」
バッチバチに喧嘩した手前、複雑ではある。
が、背に腹は替えられず、
彼女を、『トクセン』のグループに招待した。
「ちょっ……!?
嫉妬と驚きの入り混じった
そうこうしてる間に、
つまり、これを作戦の内。
マウントなり手柄なりを得る
術中に嵌り、見事に出遅れてしまった。
「あいつ、ピンキリいけ好かないっ!!
行くわよ、
「はいっ!!」
「うん……!!」
「プラスした」
が、その行く手を、遮られた。
いつの間にか目覚めていた、
「退きなさい!!
あんたにまで構ってる暇、
現状、理解してないっての!?
大体、ジオンの蹴りをモロに食らって、
気絶慣れしてる
自身の唇に人差し指を当て、無言で黙らせる
その指で右の側頭部を触り、目を瞑り、やがて開き。
「……こっち」
と、牽引し始めた。
「……今度は、
暗がりに誘い込んで、一人ずつ、確実に仕留めようとでも?」
彼女の義兄を傷付けた以上、無理も無い。
他の三人も同感らしく、
「……別に。
そんな、魂胆は
ただ、証人にしたいだけ。
この、俺だけだって」
4人に一瞥もくれないまま、
どっちでも、どうでも
ただでさえコンプレックスの巣窟である、この『トクセン』において。
中でも取り分け業が深いのは、彼。
「……」
やや意表を突かれてから、三人も準じた。
※
1秒でも早く休める静かな場所を、欲した結果か。
はたまた、「
真相は、定かではない。
それを解明するには、今のメンタルでは
理由は、どうであれ。
最低だと、我ながら思う。
きっと何人かは今頃、自分を探して、夜の街を彷徨っているだろうに。
本人は、素知らぬ顔で、呑気に部屋で寛いでいると来た。
おまけに、心配してくれる同僚からの着信すら
自分が逃げ、
「……みっけ」
自己嫌悪に陥る中、ふと同居人の声が聞こえる。
「……『互いの部屋は、無許可で入らない』。
じゃ、なかったっけ?」
「……
それに、今日に限ってはセーフ。
招いたのは、
「じゃあ、いーや。
それはそうと」
スマホを確認する素振りも見せずに、
これまでに
「
「提案」
「どんな?
言ってみなよ。
近付こうとする
「……俺の、話し相手にならない?
そしたら、そんじょそこらじゃ相手にならないお給料を、確約する」
「……それ……」
「ん。
出会ったばっかの頃に、
「じゃあ、
どうなるかなんて、目に見えてるだろ」
「そうでもない。
「……っ!!
それはっ……!」
「違う?」
「違……わない、けどさ……」
社長に与えられた店長という肩書を、社長に奪われ。
アパルト担当と掛け持ち
社長に対し、要所要所で覚えていた疑念が、確信めいて来て。
いつ路頭に迷っても不思議ではないまでに、追い詰められて。
店長としても特撮ファンとしても明るい
これまでみたいに、また姉に
とどのつまり。
こうして、姉が店長として現れた以上。
今の自分には、居場所が
自業自得の部分も、多かれ少なかれ
ここまで軽んじられた都合上、遅かれ早かれ、自分は切られる。
ならば、一年という節目で切り
このままボロボロ、グダグダと慢性、惰性的に働いても逆効果。
このままでは、リライ◯の冒頭みたいな感じになってしまうだけではないか。
……いや。
そうじゃない。
そもそも、そんな
自分には、信頼の置ける雇用主にして、気の置けない同居人。
エイトが、
絶対零度に達していた心が溶かされ、彼女の両目に黒い光が宿った頃。
その
いつの間に、ルール違反。
などと一瞬、思ったが、
彼が気まぐれなのはデフォルト出し、パートナー・シップが更新されつつある手前、彼の機嫌を損ねるのは思わしくない。
「……別に、俺から多くは求めない。
時間も、日程も、金額も、好きにして。
トッコウ……特撮講義じゃなくても、構わない。
俺は、ただ、
ううん……それも、ちょっと違うかも。
アニメでも、音楽でも、ゲームでも、グルメでも、身の上話でも、
ユーさんと一緒にさえ
ユーさんが、俺で笑顔になってくれれば。
それだけで、きっと。俺は、満足
意図的に、
それは、
「……
ただでさえ、都合
「失敗から学ばず、
そんなんじゃ、『リベンジ』とは言わないよね」
「この、青天井知らず……」
「……重複してない?」
「そういう内容なんだから、
「つまり、ユーさんのお眼鏡に適った。
交渉成立と?」
「早いわ、気が」
増長している
飽きて解放したタイミングで、
「……本気だから。俺。
あんな場所に、
明日から『トクセン』は、社長に牛耳られる。
ユーさんの夢が、キャリアが、尊厳が、居場所が、踏み躙られる。
俺……そんなの、耐えられない。
他の
少なくとも俺は、ユーさんを見捨てないし、ユーさんから離れない。
俺も、『トクセン』辞める。
俺は、ただユーさんを助けたかっただけだから。
ユーさんの
お金だって、
だから、ユーさん。
……
「『い』、多いぞ?」
「訂正する。
「今ので二世二代だな」
「
茶化して
「……俺を、選んでください。
他の誰かじゃなく、俺こそを、俺だけを求めてください。
俺なら、ユーさんの望みを、
どこまでも、ユーさんに付き従い、付き合います。
どうか、俺にチャンスを与えてください」
本来の立場とは、まるで正反対に懇願する
きっと、いつもの
いつもの
「……ユー、さん?」
そのまま、ボーッとした調子で尋ねる。
「……
「ん」
「……
騙したり、蹴落としたり、しない?」
「しない」
「……
「してる」
「……ちゃんと長生き、してくれる?」
「シナナーイ。
ユーさんが、お望みとあらば」
「
「ユーさんが望んでさえくれれば、ワンチャン。
でも、ユーさんの
「……
「一気、一気、一気、フェニックス」
謎音頭が始まった。
どうやら、「早く返事しろ」という催促らしい。
店長だから。
ノルマがまだだから。
大人だから。
姉みたいになりたいから。
そんな建前で、今までスルーして来たが。
店長ではなくなり。
ノルマも達成し。
背伸びしていただけ、てんで無力だと、思い知らされ。
姉に、
ここまで、ナーフされた以上。
現状、断る動機は
「……取り敢えず、1ヶ月……」
人差し指を立て、恥を忍んで了承する
正座し、体をプルプルと震わせ、穴があったら入りたい衝動に襲われ。
ひたすら、
が、来ない。
いつもだったら、この辺りで「ん」とか「りょー」とか言っていそうなのだが。
「……ボス……」
などと不審がっていたら、思わぬ方向から思わぬ人物の声が届いた。
目を開け振り返れば、ドアの辺りに佇む
盗み聞きをされてのだと察し、
「騙したの!?」
「本気だったよ。
本気で、ユーさんをスカウトした。
だからこそ今一度、思い知らせる必要が
ユーさんの相棒が。
ユーさんにとって最も不可欠なのは、誰なのかを」
ベッドから降り、
それまでとは打って変わった、重く凍えたトーンで。
「俺は別に、ユーさんだけでも
それだと、ユーさんが悲しむ。
ユーさんに
多少ユーさんを困らせても、ちゃんと理由が
待遇も、そんなに変えない。
増築したって
あとは、
先程の件で完全に見限ったかと思ったが、情状酌量の余地は
そうだ。
先程、思い付いた案で、今こそ勧誘しよう。
いっその
何も、『トクセン』だけが職場じゃないと。
あそこまで社長の魔の手が及んでおり、
だったら、今の『トクセン』は切り捨て、代わる場所を新たに設けた方が賢明、健全だ。
前にエイトが作ってくれた、『特トーク』で稼ぐという方法も
あのイベントを乗り越えられた
そうじゃなくても、エイトだったら、
正直、信頼度だけで言えば、
「そうだよ、
一緒に、やり直そうよ!
新しい、環境で!
今度こそ、自由にさ!!」
爛々とした瞳で、
その両目は、
「……そうね。
どうやら、間違っていたのは、
訂正するわ、ボス。
いや……
「ーーえ」
続け
見れば、またしてもジオンの足により、
「エイトォ!!」
駆け寄り、顔色を確認する
が。
それはそれとして、面白くない。
「……
「こうでもしないと、また邪魔張りされるからよ」
座り込んでいた
彼女の悲痛そうな顔の方が、
お
「……『働かずとも、家事をせずとも、話を聞かずとも、お金が
そんな、降って湧いた案件を、了承する?
冗談、
汗水垂らして、
切り詰めても、切羽詰まっても説破して、ジリ貧でも続けるのが、生活でしょ?
あんな契約条件を出されても断って、家事とかだけお願いして、それでも働いて、人間関係も修復して、ノルマを達成して。
こちとら、退職覚悟で臨もうとしたのよ。
だのに、
今のあんた……失格だわ。
人間としても、大人としても。
……店長としても」
「あ……」
確かに、モデル並みの長身ではあった。
でも、それだけじゃない。
自分が、どん底まで落ちたのだ。
失墜し、零落したのだ。
「ま、待って!!
違うの!!」
「違わないっ!!
たった今、身を
社長の、
こんな人間に、まんまと
「お願い、リオ様!!
話を、聞いて!!」
「『1ヶ月の間に、社長や姉を説得するか、転職する
あんたの顔は、『1ヶ月』なんて言ってなかった!!
あんたは『一生』、
あんたは……。
泣き崩れ、床にへたる
駆け寄ろうとするも、ジオンに足を首筋に立てられ、
まるで、鋭く尖った、不気味に光るナイフでも突き付けられた気分だった。
「すみません、司令。
今度ばかりは、無理です。
こんな司令は、司令じゃない。
控え目に言って幻滅、失望しました。
今の、あなたは……てんでキュートじゃない。
こっちは、生活が掛かってるんです。
かといって、一攫千金狙う胆力もコネも強運も持ち合わせていない。
その上で必死に生きて、戦って、抗ってるんです。
そんなに楽したいなら、二人だけで勝手に、好きにすれば
ベットとオッズが桁違いな、補償の薄いギャンブルに、私達まで巻き込まないで」
彼女にまで見限られるとは思わず、
そのまま足をぶつけ、ベッドに仰向けになる。
嫉妬なんかじゃない。
紛れもなく、軽蔑。
自分は、
視界が。世界が、グルグルする。
前後不覚に陥り、色んな
掴めたのは、2つの音だけ。
自分の元を去る、トボトボとした、
これまで築き上げて来たコミュニティが、音を立てて崩れていく音。
……いや。
知覚
「ユーさん」
自分を包み込んでくれるエイトの、心臓の音。
「……
ユーさんと一緒に……二人だけに、なれた」
あれだけ『友達』に固執していたのに。
あんなに、
こんなに悲しい、空しい
しかも、満面の笑みと、大量の
……分かってる。
こんなの、間違ってる。
どう考えても、正しいのは
最後の最後まで足掻いて、クビになってから、自分は『トクセン』を去るべきだった。
そしたらきっと、こんな
新しく、真っ当に就職した
でも、もう遅い。
こうなっては、
一時の迷いとはいえ、取り返しはつかない。
自分には、もう、エイトしか
エイトさえ
「エイト、ごめん。
バック・ハグする
「一生……一緒に、
二人からすれば、いつも通りのやり取り。
でも、今日はニュアンスが異なる。
平時の、トコシエ的な感じではない。
もっと自堕落で、
一つの誤解が導き出した、一つの瓦解と、一つの不正解。
その重さを噛み締めながら。
※
数時間後。
目覚めた
そういえば、
恐らく、部屋に戻ったのだろう。
「……」
鏡に映る
まさか、たった一日、たった一回で、ここまで失うとは思わなかった。
あれ程までに大切だった場所を、あんなにも
「っ!!」
タイルに手を付き、泡の付いていない体と顔に、ひたすらシャワーを浴びせる。
こうすれば、水に流せる気がしたが……やはり、無駄だったらしい。
「……
どうかしてる……」
シャワーを止め、湯船に入る。
そのまま、自分に命じる。
こうなったら、取り返し、引き返しなんて不可能。
説明不足だったとはいえ、自分が、自分で選んだんだろ?
そろそろ、割り切れよ。
「……
割り切れなど、しない。
どれだけ試しても、思い出が、後悔が消せない。
ゼロにもマイナスにも、てんでなってくれない。
楽しかったのだ。
断じて、姉の模倣でも背伸びなどでもなく。
あくまでも自分の希望で勝ち取った居場所、仲間との時間が。
生まれて最初に、あそこまで自主的に打ち込んだのが。
遠ざかった日々が、
「……やっぱ、
ちゃんと話そうと、
別に、また一緒に働きたいってんじゃない。
そんなのは、どの面下げてって
未練がましいし、言い訳めいているのも、百も承知。
それでも自分は、
姉との確執を、自分の本音を。
となれば。
次は、どうすべきか。
今更、また『トクセン』で働きたいなんて、虫が
かといって、それらしい場を
リスキーなのは変わらず、根本的な解決に至っていない。
せめて、常連様
その
「……『トクセン』、潰すぞぉ。
……とか?」
今の『トクセン』を無くし、姉と社長を撤退させ、新たに株主になった
これならば、
「……いや。
最初の計画よりも莫大な予算が飛んでる。
しかも、後から二人に訴えられたら、勝ち目が
話は変わるが。
どうやら、本気で不調らしい。
きっと、火照っているのだろう。
にしても、だ。
自分の部屋から町が一望
「
などと零しつつ、
やや
煙が、もうもうと立ち込めている。
煌々と揺らめく赤が、辺りを捕食し、どんどん広がって行く。
しかも、その場所は。
「っ!!」
今しがた目に焼き付けた現場……『トクセン』に向けて。
※
例えば、未確認生命体4号が最初に赤く変身した教会だったり。
話やキャラは
CGや、それに見立てた演出や効果ではなく、実際に彩られた風景。
ーー炎によって。
「なん……で……」
火元は、彼女の職場『トクセン』。
暗転した店内で真っ赤に照らされた横顔は、彼女の相棒であり、放火犯と
「……っ!!」
自身さえ脅かされそうになりながらも、決死の覚悟で飛び込む
当然ながら、消防の知識や経験などゼロに等しい。
仮に同僚だったとしても、先程の仲違いを含めずとも、ここまで即断即決はしないだろう。
そもそも、経緯や理由は不鮮明だが、自分の大事な仕事場を焼き払わんと欲す相手など、本来なら助けるに値しない。
それでも、
中に
他者はともかく彼女にとっては単身、着の身着のまま火事場に突っ込むには、充分
玄関から程近い場所に
彼の手を掴み、引っ張ろうとする
が、続いていた順調な流れが、そこで断ち切られた。
少し前まで来ていた、彼の服が。
見慣れた
自分が触れているのは、長さや形が酷似しただけの、無機質で剥き出しの紛い物。
ただのーー鉄だった。
「ユーさん……。
……ごめん……」
今日という一日中、あらゆる物を
再会した姉が憎み
ここまで立て続けに
絶望し
もうこれ以上、驚く
そんな感想を、
が。どうやら今日の自分は、とことん認識が甘かった
この期に及んで、自分はまだ、戦慄している。
目の前の、エイトを模した何者かが、呼吸困難な状況の
次々に引火する炎から火の粉が発せられ、
瞬く間に顔面に広がり、細く端正な彼の顔立ちが一転。
人体模型にもマネキンにも似付かない、骸骨染みた姿となる。
赤い瞳を輝かせ、煙ではなく蒸気を発し、オイリーな機械音を響かせる。
その姿は、控え目に言ってロボット、贔屓目で見てもホラーだった。
「……っ!?」
突如、
怪力自慢の
民間人の
が、叶わなかった。
自分の声を届けるより早く、物凄い瓦礫音が耳を
発生場所は、『トクセン』の店内。
先程まで自分が、
生き埋めになる所を、救われた。
こんな時まで、彼に面倒を掛けさせてしまった。
代償として、
「ぇぃ……
ぉ……?」
煙で気管支が本調子ではなく、精神的にも肉体的にも
信じたくなくて、受け入れたくなくて、体も心も痛くて顔も上げられず、
「ぇぃぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
嘆き、悲しみ、憤り。
声という声を出し。
それでも依然として、消化し切れない激情。
ハンマーで叩かれでもしたかの
バーナーで
スペースジャンプ700回したっぽい感じで、気分が悪い。
それでも、
そこで、
ひょっとしたら、やはり全部、夢なのかもしれない。
全社員やエイト、
今にも向こうから、フリップを持った
あの機械仕掛けのエイトだって、
嘘の
もし
そんなIF展開を切に願い、
ぼやけた視界で地面を捉え、スロー再生みたいな速度で
やにわに不穏な音を捉え、視線だけ上を向ける。
傾いていた看板の関節が外れ、案の定、真っ逆さま、一直線に、猛スピードで、こちらに迫って来ていた。
店の看板たる店長のポストから落とされた自分を目掛けて、店の看板が落下とは、
あぁ……どうやら
残念な
今の
エイトを失った以上、この世界に未練なんて、
きっと自分やエイトの死も、玄野に隠滅、隠蔽されるのだろう。
丁度、今日の飲み会で自分がされたみたいに、あたかも最初から決まってた
そして、
フィジカろうとしたり、困って拒んでる割に存外ノリノリだったり、売れないアレな物を造ったり、清楚な外見で発狂したり、勘違いで
そんな、突飛で賑やかで、荒々しくて慌ただしい危なっかしい日々を、今まで通り送るのだろう。
それを思うと、不安で、
そして
大切な居場所を
そんな自分が、際限無く情けなく思えてならなかった。
あー、そっか……。
エイトも、こんな気持ちだったんだなぁ……。
だから、あんな
「
……ごめん……」
数秒後。
寝静まった真夜中に、『トクセン』の前で再び、轟音が鳴り響いた。
誤解、瓦解、不正解。
追って、後悔。
ゴールは、全壊。
姉と社長に、店長の座を奪われ。
やっと仲良くなれた同僚
一緒に暮らしていた相棒は、砕け散り。
1年近く勤めていた職場は、全焼した。
こうして、この日。
これまで
考え得る限り最悪の、絶望的な幕引きで、前半戦は締められ。
分岐点を経て、物語は後半戦へ移行。
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