12:サイゴの大博打打ち(ゆうしゃ)

 決して、ディスらない。  

 マイナスな意見で落とした場合は、かならず上げる言葉も付ける。

 それが、友灯ゆいと接するさいの、英翔えいしょうの基本スタイルである。



 そんな彼でも、毒を吐かざるを得ない。

 今度という今度は、流石さすがに馬鹿げていると。



「さぁさぁ、安いよ、安いよぉ!!

 超高額商品もワンチャン無料な、なんちゃって閉店セールだよぉ!!

 査定金額アップの特別キャンペーンも、同時並行で実施中だよぉ!!」



 鉢巻を付け法被はっぴを纏い、ソニックメガホ◯やパトメガボ◯、レスキューメガホー◯などで率先して訴求する友灯ゆい

 こんなことを入り口で叫んでいる店長など、英翔えいしょうはお目に掛かったことい。

 完全に、開き直っている。



「いらっしゃいませー!!

 只今、ファミリー割引、割増を実施中です!!

 ご家族の方お一人につき、10%です!!

 是非、お誘い合わせの上、ご利用くださいませ!!」

「写真ですか?

 ええ、どうぞ、どうぞ!

 元より、ホーム・ページにがっつり載せられてるので!!

 但し、悪質な加工をされた場合、アカウント特定の上、しかるべき対応を取らせて頂きますので!!

 うちは、有能な特定班を抱えているので、そのおもりで!!」

「えー!?

 明夢あむのお知り合いの配信者さんなんですかぁ!?

 そういえば以前、コラボで拝見しました!

 ご足労、痛み入ります!!

 はい! もう、バンバン特集しちゃってください!!

 来週からでよろしければ、公序良俗にのっとった範囲内で、動画もオッケーなので!!

 チャンピオンたちとのアトラクションもご用意したので、奮ってご参加してみてください!!

 簡単に楽しませは、致しませんが!!」


 

 家族連れに特撮女子、特撮専門チャンネルの配信者などなど。

 次なら次へと押し寄せる来訪者たちを笑顔で迎え、対応する友灯ゆい

 無論むろん、その間、列を整理するのも忘れない。

 


 そうして並んでいると、やがて英翔えいしょうが先頭に来た。

 それまで笑顔を振りまいていた友灯ゆいは、なにやら勝ち誇った顔で、右手を突き出した。

 まるで、健闘を祈るとでも言わんばかりに。



 英翔えいしょうは、それを挑戦状として読み取り。

 受けて立つ、と言わんばかりに、右手を軽く合わせた。



 言葉は要らない。

 自分達が本格的に話すのは、来月なのだから。



 今は、全力で挑むのみだ。

 あの場では伏せられた、未だに全貌が明かされていない、彼女の言わんとするアトラクションに。

 キャンペーンやセール、それ以外の内容までは明かされていない、迎撃態勢に。



 2月の初日。

 二人の平和な戦いが、こうして始まった。





 店内は、思っていた以上に大盛況だった。

 人と活気に満ち溢れており、悲喜こもごもといった様子ようすである。

 


 いな

 どちらかというと喜び、楽しさの方が勝っている印象を受ける。

 チャレンジとやらに失敗しても、敗者と勝者が熱く握手し、奮闘を称え合っており、溢れんばかりの拍手を浴びているではないか。

 見ていて、なんと心地のい空間か。



「おんやぁ。

 なにやらぁ、デリシャスった匂いにぃ、釣られたらぁ。

 英翔えいしょぉくんだぁ。

 あははぁ。

 おいしろぉ」

  


 フニャフニャ、フワフワした声で呼ばれる英翔えいしょう

 振り返った先には、『トクセン』の名物パティシエの詩夏しいなが、ガイド・マップを持って手を振っていた。



「これぇ、どぉぞぉ。

 シィナの所にもぉ、後でぇ、遊びに来てねぇ。

 マジ大盤おぉばん振る舞い、しちゃうからぁ。

 今日きょぉの割引券ぅ、こっちでもぉ、使えるからぁ」



 持っていた地図を渡し、ユラユラと揺れながら持ち場に戻る英翔えいしょう

 大丈夫だろうか、と眺めていたら、注文の合間を見て駆け付けた若庭わかばに回収、撤収された。

 あれなら、問題かろう。



「もぉぉぉぉぉ!!

 なんで、どっか勝手に行っちゃうんですかぁ!?

 お願いだから、置いてかないでくださいよぉ!!

 私のこと、嫌いなんですかぁ!?」

「あははぁ。

 若庭わかばちゃん、マジおいしろぉ。

 あー、そこのアベックさぁん。

 ちょっとコイバナァ、よろしぃですかぁ?」

「ま、た!!

 また、そうやって、見ず知らずの人に、馴れ初め聞こうとするぅ!!」

「コイバナがぁ、シィナのぉ、エネルギィ」

「でしたら、私!

 私ので良ければ、休憩中かアイドル・タイムにでも、して差し上げますからぁ!!

 ほら、行きますよぉ!!

 オーダーつかえてるんですからぁ!!

 お願いですから、余計なお仕事増やさないでくださいよぉ!!」



 問題りだった。

 が、えず、放っておこう。



 ちなみに。

 ごった返しつつるカウンターは先程から、その道のベテランであるオカミさん。

 さらに、意外や意外、笑顔マシマシな珠蛍みほとがリズミカルに回転させている。

 数日前に友灯ゆいから、「なんか知らんけど協力的になった」と聞き、耳を疑っていたが、どうやら本当ほんとうらしい。

 だからといって、司会のお姉さんばりに明るく振る舞っているのは、両極端というか、土台無理というか。

 一体、何日持つのやら。



 なにはともあれ。

 詩夏しいなからもらったマップを、英翔えいしょうは広げ確認してみる。

 ……冷静に考えて、ショップに地図が有るという時点で中々にアレな気がするが、それは置いておこう。



「イケビジョ脚本家との早押し十番クイズ!

 引っ掛け、サクラ無し!

 1問正解で10%引orアップ!」



「色々ツエーなハソマソと変身RTA勝負!!」



「演技達者な可愛い系細マッチョと、アドリブなりきリクエスト!!」



「激撮! なるべく笑ってはいけない『トクセン』シアター密着24時」



「ガシャポンならぬクーポン!

 お前の運、試してやるぜ!!」



「うたえ、カクメイ!! それが、宿命!!」



「ソフビ×塗り絵の、ヌリヌリ祭り(いずれも支給品です)!

 完成した作品は、お持ち帰り自由!

 セールス出来できたら、さらに減額&増額!!」



「フォト・コーナー!

 劇中を再現した衣装やスーツ、武器で写真を撮ろう!!

 カッコよく撮って、割引or割増ゲット!!」



「……」



 思った以上にっ飛んだ内容に、頭を抱える英翔えいしょう

 えず、通行人の妨げにならぬよう、近くのベンチに座り、熟考する。

 周囲を見回すと、同じように悩ましな人達が散見された。

 ほんのり胸を撫で下ろしたあと英翔えいしょうは再び、マップを眺めた。



 さて。

 最早、ちょっとした遊園地と化したスポットで、どこからツッコむ、飛び込む、切り込むべきか。

 いや……枚挙していては、暇がくなってしまう。

 完敗感は否めないし、遅かれ早かれ確実に非難轟々だろうが、ここは安全圏を狙うべきか。



 璃央りお紫音しおん拓飛たくとは避けるべきだ。

 自分はまだ、特撮にハマってから10年ちょっとと日が浅く、専門的な知識は薄い。 

 ガチ勢からすれば今の自分は、大した装備を与えられていない、農村の村人も同然。

 不用意かつ無防備に歴戦のラスボスを相手取るのは、蛮勇ですらない、単なる無謀だ。

 


 次にソフビ、塗り絵、フォト。

 これは、明らかにファミリー層向けの企画でありコーナー。

 日頃から「空気読めない」などと言われまくっている英翔えいしょうでさえ、そこに割って入る度胸はい。  

 節度る大人として、ここは身を引き、暖かく見守る側に徹するべきだろう。

 さもないと、某リバイ◯大好きキャンペーンのような悲劇を起こし兼ねない。

 査定カウンターを担当しつつ、監督者を務めているだろう彩葉いろはは置いておいて。


 

 となると、残った選択肢は3つ。

 ガ◯使、ガチャ、カクメイである。


 

 恐らくガ◯使は、モニタリン◯的な趣向だろう。

 シアターになんらかのトラップ、ドッキリがほどこされていて、破顔する度に割引率が下がるという寸法に違いない。

 が、外に設置された、肝心の特設コーナーは、当たり前の配慮ではあるが、まるで中が見えない仕様となっている。

 おまけに、同じ挑戦者の笑い声が絶え間く響いている所を見るに、相当の自信と気合が窺い知れる。

 ともすれば一番いちばん、凝っているかもしれない。



 ガ◯使コーナーでポイントなのは、『キャストは誰なのか』という点だ。



 友灯ゆいは呼び込みと巡回その他サポート。

 詩夏しいな若庭わかばはダイナー。

 璃央りお守羽すわ兄弟はチャンピオン。

 オカミさんと岸開きしかいがカウンター。

 保美ほびは査定と、キッズのコーナー。


 

 これだけ見ると、すでに『トクセン』は手札スタッフを失っている。

 にもかかわらず、ガ◯使コーナーは絶賛、営業中。

 カメラなどで事足りている他のブースと違って、規模も規模だけに、無人では成り立たなさそうではないか。



 恐らく、『京映きょうえい』本社か『漫画博まんがはく』から、誰かを一時的に派遣してもらったのだろう。

 となれば、守羽すわ夫妻や拓飛たくとばりの特撮通ということになる。

 一筋縄ではいかないゆえに、かなりの体力を消耗しよう。

 


 以上を踏まえ、ガ◯使は最後にしようと、英翔えいしょうは決めた。



 他に気になるのが、『カクメイ』と名付けられたスポットだ。

 文脈から判断するに、なにやらナポレオ〜ン感が漂っているが、十中八九ブラフ。

 先頭に「うたえ」と書いている辺り、ヒトカラみたいなものか。

 が、あの友灯ゆいが、ファミリー層以外に、そんなシンプルな場所を用意するとは考えにくい。



 推理の結果、英翔えいしょうは大体の予測を立てた。

 彼の見立てが正しければ、『カクメイ』とは、『隠れた名曲』の略称。

 つまり、まだカラオケに収録されていない優れた特撮ソングを、歌詞テロップを見ずに、BGMと記憶とリスペクトを頼りに見事、歌い上げろという催し。



 ここで求められるのは、歌唱力や声量、声質ではなく、あくまでも正確性と再現力。

 精神的、ないしは技術的に歌うのが困難なタイプでも選曲次第で楽しめ、好きだけど歌えなかった神曲を熱唱出来でき上手うまく行けばクーポンまでもらえる。

 出来できた戦略だ。

 これは、中々どうしてくすぐられる。

 是非とも、足を運んでみたい。



 と、その前に。

 ずは、運試しをしてみるとしよう。

 さいわい、従来の物に紛れてクーポン・ガチャも、店内の至る所にセットされているらしい。

 最寄りの所に向かい、その足でカクメイに行くとしよう。



 そう決め、英翔えいしょうは動き出した。



 ちなみに、10連は盛大に爆散したので、一回で止めた。

 まるで、「カクメイ見事に的中させてんなや!!」と、八つ当たりを受けた心持ちとなった。



 続いて、カクメイに向かった。

 睨んだ通り、クーポンそっちのけで、ただただ楽しいだけだった。



 結果、彼が得るべきクーポンは、次に入った仲良し家族の長男が入手。

 なにも知らぬまま勝利した無垢なラッキー・ボーイは、そのまま友灯ゆいにクーポンを届け。

 詩夏しいな若庭わかばに同意を得。

 ダイナー限定で使える仕様にしてから道徳的、模範的、正直者な彼に、友灯ゆいがチケットを返し。

 合流してから、家族全員で心置きく、タダ飯に有り付けたのだった。





 決戦の時、来たれり。



 ガチャで完敗し、目的を忘れカクメイをエンジョイし。

 外に出て、何故なぜか名前を聞かれ、渡されたイヤホンを付け。

 つい英翔えいしょうは、ガ◯使コーナー。

 さもサーカスでも開催されてそうな、巨大なテントへの突入を敢行した。



 想像以上に中は広く、入り口はカーテンで仕切られ、薄暗い。

 恐らく当初は、ここでヒーロー・ショーなどのイベントを開く予定だったのだろう。

 そして、気にはなっていたが、防音完備らしい。

 ひょっとしなくても、珠蛍みほとの仕業だろう。

 先程まで聞こえていた笑い声は、イヤホン越しの物だったか。



 体育館みたいな室内に、椅子いすがポツンと一脚だけ置かれていた。

 それは、「ここに座って待て」と言わんばかりの存在感だった。

 


 えず、従う英翔えいしょう。  

 瞬間、檀上のカーテンに謎の投射。

 何故なぜか、江戸時代を彷彿とさせる映像が映し出された。

 かと思えば、舞台袖からいななき、パカラッパカラッという音が轟き、くだんのBGMが鳴り出し。



 マツケ◯(サンバの方)に扮した、『エスペランサー』の店長が現れた。



森円もりつぶー。

 1アウトー」



 突如としてイヤホンから届く、元ネタっぽい声。

 辛うじて2発目を食らいそうになるも、英翔えいしょうは必死に耐えた。



 よもやよもやである。

 まさか、こんなワンダフルな仕掛しかけとは。

 おまけに、『京映きょうえい』でも『漫画博まんがはく』でもない店長が、こんな大役を買って出て、こうもノリノリで演じられるとは。

 確かに、初対面の時点で、それっぽさは見受けられたが。

 しかも、本物の馬を乗りこなすとは。

 というか、どこから借りたのだろう?

 近くの神社とかだろうか?


 

 つまり、その……何?

 これから自分は、将軍さまを相手に、笑ってはいけないまま、割引券を勝ち取れと?

 中々、無茶を強いるというか、度しがたいというか。



 だが、英翔えいしょうは挫けないし、砕けない。

 なんとしてでも、ここでクーポンを勝ち取り、ダイナーで使うのだ。

 あわよくば、それを参考に料理のレパートリーを増やし、友灯ゆいを楽しませるのだ。



 などと決意を固めていた、次の瞬間。

 バイクの轟音と共に、二人目の将軍。

 に変装した、守羽すわの棟梁が現れた。



森円もりつぶー。

 2アウトー」

 


 まさかの、Wマツケ◯。

 オー◯とライドベンダ◯くらいは想定していたが、まさかのWキャスト。

 これは流石さすがに、顔プルプルは不可避である。



 にしても、だ。

 中々な威圧、存在、重厚感。

 最早、神々しいまである。

 流石さすが、プレス◯2のゲームで唯一、変身せずに生身でプレイアブル参戦し、面切りと刀を武器に、並み居る猛者ライダ◯たちと渡り歩いていただけのことる。

 もっとも、そんなふうに没頭出来できるのも、二人の演技力、堂に入りっりのせる、巧みな技なのだが。



 などと思っていたら。

 今度は舞台袖から、ポテチ(コンソメ味)を持って。

 竜崎のちがう方のマツケ◯に化けた、『アッセンボー』の見先みさきが現れた。

 ご丁寧に、アンクみたいな腕とアイスキャンデーまで引っ提げて。



森円もりつぶー。

 3アウトー」



 まぁまぁ煽って来るイヤホン。

 間延びした棒読み加減もそうだが、呼び捨てにされているのも、意外と来る。 

 


 にしても、である。

 この、本家本元に負けず劣らずの自由、破天荒っりよ。

 まさか、『アッセンボー』で自分を対応してくれた彼まで駆り出されるとは。

 しかも、伸びに伸びていた久々の再会が、こんな席でとは。

 心なしか、向こうも涙目、憔悴し切っている様子ようすである。 

 そりゃそーだ……と、英翔えいしょうは心から同情した。



 なにはさておき、これで3アウト。

 これが野球ならば今頃、自分の打席は終わっている。

 残りの7枚のクーポンを、締まって守らなくては。



 英翔えいしょうが気合を入れ直していると、周囲にヤミ◯の群れが出現。

 あっという間に、取り囲まれてしまった。

 が、これは想定内なので、慌てふためきはしない。

 


 ここから、W将軍が殺陣たてを開始するのだろう。

 見先みさきは……ポテチ食べてるだけで笑いが取れるし、くるる◯ばりになにもしないのだろう。

 そうして、このショーが終わるまで耐え凌げばい。

 と、英翔えいしょうは高を括った。



 友灯ゆいの、捻くれ者加減。

 ここの従業員たちのガチ、なんでもりっりを。



「スタンバイ!!」



 呑気に舞台を眺めていると、店長マツケ◯が指示を出す。  

 棟梁マツケ◯がドライバーをセットし。

 続いて、竜崎マツケ◯がオースキャナ◯を渡す。



 完全に、エグゼイ◯の第2話のオマージュである。

 しかも、将軍が変身するという、原作改変。

 おかげで、英翔えいしょうは4回目のアウトを食らう。



 余談だが、「スタンバイ」のイントネーションが完全に「成敗」だった。



 物々しい空気に包まれるシアター。

 店長マツケ◯がスキャナーを構え、ベルトをなぞり。



「ガ〜ッタ、ガッタ、ガッタ、ガッタキッリバ〜!!

 ガタ〜、ガッタッキッリ〜バ〜ッ!!」



 何故なぜかビッグカメ◯、富士サファリパー◯みたいな感じで、演歌調に歌う。

 初代キョウリュウバイオレッ◯ばりのセルフ音声に、5発目のアウト。

 


 などと思っている間に、場内に異変。

 隠し扉が反転。

 次いで、隠れ身の術よろしく潜んでいたシートを捨て。

 上様は勿論、大剣を担いだ学生やサラリーマン、チャラ男やDJも含め。

 総勢50人にも及ぶマツケ◯が、一堂に会した。

 さながら、本家にゲスト、サプライズ登場したピカチュ◯のよう

 ついでに、しれっと友灯ゆいの友達の栞鳴かんなまで混ざっているのがツボだった。



 6枚目のアウトをもら英翔えいしょう

 彼を他所よそに、激しいチャンバラ合戦を始めるマツケ◯軍団。

 なにやら、竜崎やら松太郎も混ざっており、ノートに名前を書いたり、突っ張りで倒したり、車を模した段ボール製のキャタピラで轢いたりしている。

 というか、無愛想なカーナビ宇宙人やダダ、フルーツバスケットな大将軍までる。

 そんな場内で、後ろで流れるはドスコ◯人生。 

 舞台上の三人は、無言で眺める馬をバックに、再現度高めに、何故なぜか仮面ライダ◯サンバ、パーティーするのみ。



 控え目に言って、カオスである。

 あまりに笑いぎた結果、7枚目のクーポンまで奪われてしまった。



 小慣れて来たのか、悶え苦しみながらも、どうにか奮戦する英翔えいしょう

 そうしている間に、ヤミ◯たちは成敗され、マツケ◯軍団も元の配置に戻った。

 余談だが、このマツケ◯軍団ことエキストラは、元同僚のよしみで紫音たちに呼ばれた劇団員、及び今の一派、同業者である(栞鳴かんなは有志、ボランティア)。

 


 こうして場内に残されたのは、4人だけ。

 英翔えいしょう、店長、棟梁、見先みさきとなった。

 しくも1ヶ月前、この町に本格的に引っ越した初日に出会った面々である。

 

  

 いや。

 負けず嫌いの友灯ゆいことだから、これも計算の内やもしれない。



くやった、英翔えいしょう

 ここまで生き残ったのは、お前が初めてだ」

「でしょうね」

  


 特撮に多少なりとも明るく、普段からアンニュイだったおかげで、どうにかなった。

 もっとも、下手ヘタに三人を関わっていたばかりに、ギャップ効果で苦しんだ面も少なからずるのだが。

 なにはともあれ、結果オーライである。



英翔えいしょう

 これを」



 オー◯のミラクルライダーボックスキャンペー◯の箱を懐から出し、3枚のメダルを華麗に、抜群のコントロールで投げる店長。

 英翔えいしょうは、それをなんとかキャッチした。

 


 メダル型の割引券だった。



「『トクセン』に献上された物だ」

「でしょうね」



 徳川家に献上されるはずかった。



 役目を終えた三人は、馬に乗り、ステージを去った。

 置き去りにされるライドベンダ◯。

 というか、く見たらトライドベンダ◯だった。

 まるで、紅白のステージ上に忘れられた、音撃鼓・火炎◯のようだった。

 などと思っていたら、本当ほんとうに隅っこにった。

 芸が細かい。



「……お腹空いた」



 案のじょう、疲労困憊になった英翔えいしょう

 えず、ダイナーに向かうことにした。

 璃央りおたちに会いに行く気力すらくなった。





 翌日、英翔えいしょうは塗り絵コーナーに来ていた。

 それも、自作ソフビを持参の上で。



 誘いを掛けた彩葉いろは曰く、「遊びに来た新凪にいな結愛ゆめが広めた結果、既存、市販のソフビでは物足りなくなったお子様が何人か出てしまった」とのこと

 そういうことなら、と英翔えいしょうは快諾し、すでに別口として置かせてもらっている。



 最初こそ違和感いわかんは拭えなかったが、子供達のキラキラした笑顔が見られてからは、あまり気にならなくなった。

 まるでサンタクロースにでもなったかのような心境だった。



「エーくん、ありがとぉ!!」

結愛ゆめも、これ好きぃ!!」

「俺も、そう言ってくれるみんなが、好き」



 今日も今日とて遊びに来ていた新凪にいな結愛ゆめたちに感謝され、顔を綻ばせる英翔えいしょう

 最初こそ複雑だか、来てかった。

 少なくとも現状は全員、自分を受け入れてくれている。

 ならば、問題はいのかもしれない。



「あぁ!?

 どういうこった、そりゃあ!?」



 などと和んでいたら、トラブル発生。

 この場に似付かわしくない、明らかに酔っ払っている、異分子が現れた。

 しかも、その男が悪絡みしているのは、自分の友達であり、若庭わかばの娘の新凪にいなと、仲良しの明夢あむではないか。

 


 タイミングの悪いことに現在、彩葉いろははレジで査定中。

 そして、塗り絵コーナーからダイナーまでは距離がり、絶賛大忙しの都合上、若庭わかばを呼びにも行けない。

 おまけに、今この場に成人男性は、自分しかない。

 親御さんとおぼしき女性陣はるが、荒々しい酔っぱらいの雰囲気に押されている上に、自分の子供を守るので手一杯。

 


 こうなれば。


 

「……すみません。

 ぐに、出て行ってもらえませんか?」



 逡巡したすえに、二人の盾となる英翔えいしょう

 それまで新凪にいなたちに向けられていた矛先がたちまち、英翔えいしょうに牙を剥く。



「……誰だ手前てめえ

 俺は今、そいつと話してんだよぉ!!

 なんも知らねぇ部外者が、しゃしゃり出て来んじゃねぇよ!!」

「『話』ってのは、相手と同じ目線に立って、初めて成り立つ物です。

 今、あなたがしているのは紛れもく、犯罪紛いの暴力です」

「……んだと?」



 一見ひ弱そうな、ヒョロヒョロした英翔えいしょうに反論され、露骨に怒りを溜める酔っ払い。

 こういう場合、静かな方がかえって怖いのだが。

 ここまで来た以上、引くに引けない。



「それに、さっきから見ていたので、事情なら把握しています。

 新凪にいなちゃんが今、あなたにソフビを販売しようとした。

 それで得たクーポンで、お母さんにプレゼントしようとしたんです。

 けど、あなたは、そんな彼女の純真を、スパイクで踏みにじった。

 最初から甚振いたぶもりで、彼女の提示した値段にブチギレた。

 なにか、違いますか?」

「けっ!

 うるせんだよ、コドオジ風情ふぜいがっ!!

 い年して、こんな乳臭ぇとこに来てんじゃねぇよ、ロリコンがっ!!

 くだらねぇし、気持ち悪いんだよ、クソがっ!!」



 正当な理由がると知るやいなや、人格と趣味を攻撃し、謂れのい風評被害まで仕掛ける酔っ払い。

 そういう手合いだとは承知していたが、それでもやはり、気分が悪い。

 れっきとしたモラハラ、罪の上塗りである。



 そっちがそう出るなら。

 英翔えいしょうは、売られた喧嘩けんかを買う。



「だったら。

 あんたは、なんでここにるんだ」

「あぁ?

 目上に対して、敬語も使えねぇのかよ。

 とんだクソガキだな」

「あんたが尊敬するに値しないからだろ。

 それに、話を逸らそうったって、そうは行かない。

 こっちの言い分も聞かないんじゃ、フェアじゃないだろ。

 あるいは、なにか?

 その程度の良心さえ持ち合わせていないくらいに、あんたは狭量だとでも?

 だとしたら、とんだ駄目ダメ親父だな」

「……手前てめえ!!」



 左手で胸倉を掴み、殴り掛からんとする酔っ払い。

 だがしばらくして、右手を下ろした。



 思った通り。

 この手のタイプは、酒の力を借りないと本音を出せない。

 つまり、普段は気弱、ヘコヘコ、ペコペコしている人種なのだ。



 続けて、英翔えいしょうの服を掴んでいた手も離す酔っ払い。

 話してみろ、という合図だと悟り、英翔えいしょうは従う。



「あんたは、ここを『くだらない』と侮辱した。

 つまり、好きでこの場にるんじゃない。

 加えて、こんなみっともない部分を平気で晒しているのを見るに、この場の誰かの保護者でもない。

 つまり……現状、あんたがここにる、真面まともな動機はい」

「だから、なんだってんだ?」

「その上で、俺なりに考えた。

 なのに、どうして、ここに足を運んでいるのか。

 その理由は、ただ一つ。

 自分より弱い、複数の人間に、当たり散らしたいたいだけなんだろ?

 スマホさえれば大抵のこと出来できる、いくらでも暇が潰せる、この文明社会で。

 周りを顧みずに迷惑を掛けることでしか、ストレスを発散出来できないなんて。

 本当ほんとうにコドオジ、クソガキなのはどっちだよ。

 自分の心くらい、最低限、自分で管理、コントロールしろよ。

 気分が悪いんだよ、老害」



 論破され、たじろぐ酔っ払い。

 これで逃げるかと思いきや、新凪にいなの持つソフビを指差し、往生際おうじょうぎわと底意地の悪いまま、反撃に出る。



なんで、そこまで言われなきゃなんねんだよっ!!

 友達だぁ!?

 なんで、そんなんで、そこまでチビを肩入れすんだよっ!!

 大体、そんなガラクタをコケ下ろしたからって、なんだってんだ!!

 別に、手前てめえが作ったわけでもあるまいし!!」



 悲しいことに、こういう輩はすべからく、自尊心の塊である。

 ゆえに、素直に負けを認めない。

 相手を黙らせないと、気が済まないのだ。



 英翔えいしょうは、呆れて物も言えなくなった。

 この男は、本当ほんとうなにも知らなかったのだと。

 本当ほんとうに、一切れの興味もしに、怒鳴り散らしたいがためだけに、ここに来たのだと。

 それも、素面しらふのまま玄関を潜り、飲食禁止の『トクセン』に酒を持ち込み、中でアルコールを含んでから。

 正直言って、救いようい腐れ外道である。

 自分が脳人であれば、この場で散らしていたことだろう。

 


 哀れみを越えて侮蔑の目を向けていると、後方で人気がした。

 ひそかに進めていた手筈が、ようやく整ったらしい。



 であれば、もう、遠慮はらない。

 英翔えいしょうは、最後の言葉を放つ。



「それを作ったのは、俺だ。

 そして、あんたを作り直すのは……刑務所だ」



 瞬間、数人の警察官がブースに現着。

 手際く容疑者を拘束し、手錠を掛け、連行。

 残った数人が、被害状況の確認と、事情聴取を開始した。



英翔えいしょうくんっ!!」



 離れていた彩葉いろはが、慌てて駆け付けて来た。

 どうやら、カウンターも落ち着いたらしい。



「すみません!

 私が、目を放したばっかりに!

 皆さん、ご無事ですかっ!?」

「……お陰様で。

 助かったよ、彩葉いろはさん」



 英翔えいしょうは、こっそり背中で操作し、彩葉いろはに連絡していたスマホを見下ろした。  

 気付いてくれるか怪しかったが、安心した。

 彩葉いろはの責任感が強かったので、どうにか事なきを得られた。



「それより」



 膝をつき、目線を合わせ、新凪にいな結愛ゆめを見る英翔えいしょう

 ずっと後ろで、震えていたのだろう。

 二人の目からは、涙が溢れていた。



 英翔えいしょうは、二人の頭に静かに手を置き、申し訳さそうに語り掛ける。

 


「怖がらせちゃって、ごめん。

 もう、悪い人、ないよ」

「エーくんは……?」

「エーくん、もう、怖い人じゃ、ない……?」

「え」



 二人に指摘され、ハッとした。

 言われ、思い返してみれば、先程までの自分は、中々に悪っぽかった。

 口調もそうだが、恐らく柄も。

 二人が恐れていたのは、くだんの酔っ払いだけではない。

 守ろうとした自分にさえ、二人は恐怖を覚えずにはいられなかったのだ。



 これは、計算外だった。

 しかし、結果は結果。

 不測の事態であれど、否を詫びなくてはならない。



「……うん。

 もう、平気。

 重ね重ね、ごめんね」

「っ!!」

「エーくんだぁ!!」

「いつもの、エーくんだぁ!!」



 信じてくれたのか、二人が同時に英翔えいしょうに抱き着く。

 倒されてしまった英翔えいしょうだったが、二人を引き離さず、そのまましばらく横たわっていた。



 怖かっただろうに。

 勝算と落ち着き、経験値のった自分と違い。

 おまけに、図らずも、この騒動の発端ほったんとなってしまったという、後ろめたさ。

 二人を襲い、縛り付けてた恐怖、その胸中は、計り知れない。



 それでも、二人は騒がなかった。

 怯えてはいるものの、英翔えいしょうの足にしがみついてはいたものの。

 逃げず、喚かず、無作為に反撃にも出ず、い子にしてくれた。

 希望を絶やさず持ち、待ち続けていてくれた。



すごいですよ、英翔えいしょうくん。

 く無事に、この窮地を救ってくれました」

「……大したこといよ」

 


 自分の腕の中でる、二つの勇気に比べたら。

 そう言おうとしたが、止めた。

 なんだか、水を指すような気がした。



 ほどくして、どこからともなく、万雷の拍手が降り注ぐ。

 見れば、この場に居合わせた子供達、親御さんたちが、讃えていた。

 英翔えいしょう彩葉いろはの機転、新凪にいな結愛ゆめのガッツを。



本当ほんとうにありがとうございます、店員さん!」

「今時こんな、立派なスタッフさんがるだなんて。

 若い子も、捨てたもんじゃないわね」



 口々に、英翔えいしょうを持て囃す面々。

 喜ばしい反面、英翔えいしょうは複雑だった。



 自分は、職員ではないのに。



「『仲間』ですよ」



 そんな心中を、見抜かれてしまったらしい。

 屈み込み、彩葉いろはげた。



英翔えいしょうくんは、『仲間』です。

 私達の、大切な『仲間』。

 それなら、なにも間違ってないし、悪くないですよね?」



 自分は、『仲間』。

 自分達は、『仲間』。

 その言葉は、実にスムーズに、静かに、英翔えいしょうの心に、この場で生まれた認識の相違に、収まった。



「……うん」



 二人を放し、大の字に寝転がり目を閉じ、英翔えいしょうは答える。



「……どこも、悪くない……」



 本当は、ずっと願っていた。 

 自分も、『トクセン』に入りたいと。

 


 けれど、自分から志願は出来できなかった。

 友灯ゆいが、それどころではなさそうだったから。

 エンジニアの自分には、ゲーム作り以外に秀でたスキルなんて、ように思えたから。

 こんなピンチの時に願い出るなんて、無神経、不謹慎に思えたから。

 ただでさえ『トクセン』は、なかば女系家族だったから。



 ゆえに、羨ましかった。

 ほんの数日差とはいえ、自分より後に友灯ゆいと出会った若庭わかばが、あっさり誘われ、加入したのが。

 役割、人柄、つながりがったからと、分かっていても。

 同性で、境遇も似ていたからだと、言い聞かせても。



 そんな中、「世界」だの「身分」だのといった、この前の騒動だ。

 自分達は、そんなに違わないのに。

 確かに性別、出身、名前などは異なるけれど。

 同じ人間で、同士で、同居人。

 相棒なのに、いざって時に頼ってもらえないなんて。



 だから、英翔えいしょうは疑問に思っていた。

 自分は、本当ほんとうは不要、不用なんじゃないかと。

 友灯ゆい勿論もちろん、『トクセン』のみんなにも、快く思われていないんじゃないかと。

 


 でも、違った。

 自分は、きちんと認識、受け入れられていた。

 きちんと、求められていた。

 しかも、友灯ゆいを賭けてバチバチしまくりな彩葉いろはにも。



 それに、完全ではないにせよ、痼は残っているにせよ。

 友灯ゆいとの関係も、ある程度までは改善された。

 そして、『appri-phoseアプリフォーゼ』とて、まだ余裕がる。



 であれば。

 もう、迷う必要はい。



みんなぁ!」

新凪にいなぁぁぁぁぁ!!」

「大事いかい?」


  

 タイムリーに、現場に合流する友灯ゆい若庭わかば寿海すみ

 三人は、巻き込まれた方々、警官たち会釈えしゃくし。

 若庭わかば寿海すみは、ぐに新凪にいなを抱き締め。

 明夢あむが無傷なのを視認してから、友灯ゆい英翔えいしょう彩葉いろはに事実確認をする。



「良かった……。

 負傷者はなかったんだ……。

 てか、ごめん……。

 あたしのチェックが杜撰ずさんだった所為せいで……」

仕方しかたいですよ。

 キャパ一杯でしたし、プライバシー保護の観点からして、抜き打ち審査までは出来できませんし」

「でも……。

 それじゃあ、あたしの気が済まないんだよ」



 めずらしく、大人おとなし目の友灯ゆい

 そういえば、こういう偽装は得意だったのを、英翔えいしょうは思い出した。



 と同時に、気付きづいた。

 これは、好機なのではと。



 こんな言い方は、ズルいかもしれない。

 でも、仕方がい。

 他に方法、シチュエーションが思い付かないし。 

 この機を逃すと、もう二度と言えないかもしれない。

 またズルズル、グズグズ引き摺ってしまうかもしれない。



 だったら。

 ノイズなんか、振り払え。

 内なる声に、耳を傾け、従え。



「なら、ユーさん。

 お礼ったら、なんだけど。

 俺を、『トクセン』に入れて」

「この流れで!?」

「ん」

「『ん』て!」



 まさかの提案に、驚く彩葉いろは

 若庭わかば寿海すみも、顔を見合わせている。

 対する友灯ゆいは。



「え?

 いの?

 本業もあるのに、大変じゃない?」

「ん」

「家事は?」

「楽勝」

「いつから?」

「……今日?」

いよ。

 願ったり叶ったり。

 じゃあエイトは、ここが持ち場ってことで。

 諸々の相談とかるから、ちょっと店長室来て」

「りょ」



 こうして、すごくあっさり加入した英翔えいしょう

 これまで同様に、またしても早合点、相互理解が足りなかっただけらしい。



 数時間後。

 他のメンバーにも熱烈歓迎された英翔えいしょう

 

 

 みんなに囲まれながら、英翔えいしょうは痛感した。

 友灯ゆいだけじゃない。全員と、もっと話したい、話すべきだ、と。





 起死回生を図った、一世一代の大盤振る舞い。



 ともすれば無料といううたい文句に惹かれ連日、『トクセン』を訪れる挑戦者達。

 無論むろん友灯ゆいが誇る精鋭たちの前に全員、えなく撃沈するも、その顔は一様に満足

 少ししか減額、増額にはならずとも皆、全力全開で楽しんでいた。



 一方で、騒ぎに乗じて、妙な気を起こす手合いも少なからずた。

 しかし、珠蛍みほとが店内中にセットした隠し監視カメラで現場を捉え、不届き者たちを一斉に検挙。

 頂けない悪党連中は、ほどなくして現れなくなった。



 2週目からは、明夢あむを筆頭とした配信者たちが解禁。 

 中でも明夢あむは、『トクセン』のアンバサダーに抜擢。

 ショーの模様もようを動画投稿したら、一気に再生数が伸びた。



 そうした、徹底した防犯対策、忌憚無いダイマも拍車を掛け、『トクセン』は毎日、大盛況、大繁盛となった。



 お祭りムードが落ち着いて来た頃。

 後半戦に際して、友灯ゆいの命により、新たに一般用に調整した、珠蛍みほと謹製のグッズを大量投入。

 優れた性能とマニアックな元ネタ、あまりに安直で残念なネーミングが話題となった。



 同じ頃、バレンタイン付近では、英翔えいしょうの手掛けたグッズも販売開始。

 ラブコン◯を始めとしたソフビ、ポテチ、キャンディ、チョコなどは瞬く間にムーブメントとなった。

 それはもう、「バレンタインに『トクセン』のチョコを送ったら意中の相手と結ばれる」なんてジンクスまでまことしやかに囁かれたレベルだった。



 そうした二人の活躍が、遠のいていた客足を、再び呼び戻した。



 そして最終、4週目。

 ついには、最後の切り札。

 伝家の宝刀、「交渉システム」を導入した。

 これにより、値上げ、値下げが可能となり、下火になりつつあった動員数を底上げした。



 もっとも、相手取るのは不動のチーム女帝。

 臨機応変に動けるオカミさん。

 ロジカルに相手を追い詰める珠蛍みほと



 二人がオフの日に代役として立てられしは。

 詭弁論使いの璃央りお

 長文と熱量で相手の戦意を削ぐ彩葉いろは

 まったく特撮を解さない、批判も意に介さない友灯ゆい

 極めつけに、『トクセン』切っての女子力の持ち主、あざとさ王の称号を我が物とする紫音しおんによる浄化、洗脳。



 盤石の布陣で迎え撃ち、またしても見事に打ち負かし、されど笑顔で送り出す。



 こうした様々な施策により、『トクセン』は次々に新記録を樹立。

 紆余曲折を経、ついに、ノルマを達成。



 本当ほんとうに、色々とったが。

 特に年明けからは、怒涛の展開のオンパレードだったが。

 辛くも、来年の存続が決まったのだった。



 無論むろん、この事実を、成績を、全員が手放しで喜んだ。

 拓飛たくと詩夏しいなを肩に乗せ、雄叫びを上げ。

 奥仲おくなか親子は、静かに涙しながら抱き合い。

 胸をスリスリ、クンカクンカして来た璃央りおを、紫音しおんが困りながらハグし。

 犬猿の仲だった友灯ゆい珠蛍みほとでさえ、互いに笑顔でハイ・タッチをした。

 もっとも、性懲りも彩葉いろはに抱っこされていたので、台無しだが。

 そんなさまを遠巻きに眺めていた英翔えいしょうは、やがて一同で友灯ゆいを取り囲み、彼女を胴上げした。



 全員が、歓迎していた。

 その場にた、戦友たちを。

 最後の最後でようやく勝ち取った、一つになれた、という事実を。



 そう。

 、全員は。



「コングラッデュエーション。

 といった所かな」



 英翔えいしょうたちから、かなり離れた場所。

 京都に構えた、『京映きょうえい』の本社にて。

 代表取締役の玄野くろのは、死に際に目標を達成した面々を、ワインで祝福した。



「さて、と。

 となれば、こちらもそろそろ、ゴッジョブに動かねばなるまい。

 君も、そう思うだろう。

 三八城みやしろくん」



 同じく、社長室に居合わせた女性。 

 友灯ゆいの姉、三八城みやしろ 優生ゆうは、渋面を作りながら、腕を抑えていた。



「……本当ほんとうに、やるもりなんですか?

 こんなの……こんなの、横暴ですっ!!」



 優生ゆうの言葉を、フィンガー・スナップでさえぎ玄野くろの

 視線だけで人を殺せそうな、鋭くドス黒い瞳で、彼は優生ゆうを捉える。

 思わず、優生ゆうもたじろいでしまう。



「人聞きが悪い。

 なにも、嘘は言っていない。

『業績次第で、運営が決まる』。

 元々、君の妹君とは、そういう契約だった。

 君も、あの場に立ち会わせていた、立派な証人だ。

 相違、異論はかろう」

「だからって……!

 こんなの詐欺、虚偽じゃないですかっ!!

 そんなこと友灯ゆいには一言も教えてなかったじゃないですかっ!?」

「だから、なんだね。

 メタ・メッセージを悟れなかった彼女の見聞が狭く、認識が甘く、バッジョブだった。

 ただ、それだけの話だろう。

 私が悪しざまに責め立てられる謂れはい。

 それに彼女にとっても、バッジョブばかりではない。

 これから社会でやって行く、い勉強、経験になったのだから。

 むしろグッジョブ、ゴッジョブに働いた。

 そう、私は受け取っている。

 ゆえに、話は終わりだ」

「……っ!!」



 今日も今日とて、一方通行。

 質問も確認もせず、有無を言わせぬまま、己の主張を押し通すのみ。

 相手は、ただ、従うしかい。



「……さて、と」



 見るからに高級そうな椅子いすを離れる玄野くろの

 自分の足で立つ玄野くろのを、優生ゆうは初めて見た。

 常に座った姿しか拝めなかったので、てっきり歩けないのかと誤解していたくらいだ。



「バッジョブな余興は終わりだ。

 そろそろ、グッジョブに我々も向かおう。

 慰労会で、共にゴッジョブに祝おうではないか。

 君の妹君と、『トクセン』の、新たなる、ゴッジョブなる門出を」



 どこまでも一方的に言い包め、玄野くろのは社長室を出た。

 


 静まり返った社長室。

 ややあってから、膝をき泣き崩れた優生ゆうの慟哭だけが、室内に空しく響いたのだった。



 これまで、全体を通しての悪役がなかった物語。

 その水面下で暗躍していたラスボスが、ついに重い腰を上げ。

 友灯ゆいたちの前に、最大の障壁として、立ち塞がる。

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