11:倒産(たおす)か、卒倒(たおれる)か

 同居人かつ相棒に対する、珠蛍みほとの不穏な懇願。 



 ソシャゲ業界の第一線で活躍しているエイトとの不相応っりと、彼を縛り付け、(本人が望んでいるとはいえ)あまつさえ公私共にサポートさせているという罪悪感。



 皆が一様に「覚えが無い」の一点張りで、誰の仕事か分からぬまま置かれた、ソフビを始めとした、染色済みのホビーたち



 まるで心当たりがいのに、ふとした拍子に感じる、実体の掴めない、得も言われぬ違和感いわかんと胸苦しさ。



 依然として店長たる振る舞いが一つも出来できないでいる現状からの、自己嫌悪。



 目前に迫りつつある期限と、一向に進まない仕事と、未だ達成が困難なノルマからの、ストレスと焦り、睡眠の質の低下。



 決して居直る、申し開きをするもりはい。

 ただ、そうなった要因の心当たりはいくつかる。

 という、だけの話である。



 それはそうとして。

 大黒柱たる店長が、職場でいきなり気絶するなど、以てのほかでしかない。

 


 しかも、しがない小売でしかない『トクセン』に、保健室などという大層な場所が備えられているはずく。

 今日も今日とて、珠蛍みほとの開発室に運び込まれ殊更、気が気でない。

 


 本当ほんとうに、どうしてここなのか。

 いや、まぁ、休憩室やマネージャー・ルームで転がっているわけにもいかないのは確かだが。

 それに、この開発室は珠蛍みほとの自室でもあり、出不精かつ凝り性な彼女のために、簡易ベッドや枕、布団なども置いてある。

 だからって、こんな仕打ちは、あんまりなのではなかろうか……。



「……そんなに警戒せずとも、岸開きしかいなにもプラスしない」



 友灯ゆいが青ざめていると、不意に珠蛍みほとが声をかけた。

 心なしか、いつもと比べて、気持ちばかりソフトだった。

 おまけに、作業に没頭するために普段から装着し続けているヘッド・フォンを外し、首に掛ける始末。

 一体、どんな心境の変化がったというのか。



「……三八城みやしろ 友灯ゆい

「は、はいっ!!」



 名前を呼ばれ起き上がり、正座する友灯ゆい

 相変わらず、どちらが立場的に上なのか分からない状況で、珠蛍みほとは機械的に言う。



「……もっと、楽にしてくれてい。

 率直な意見を、岸開きしかいにプラスすべし。

 今日、三八城みやしろ 友灯ゆいが倒れたのは。

 やはり、岸開きしかいが余計な一言をプラスした所為せいか?」

「い、いやー……。

 ……どーかなぁ……」

「……そうなのだな」

「な、なんでバレた!?」

気付きづかなんだか?

 返答に困った時、三八城みやしろ 友灯ゆいの行動パターンは、おおよそ一つにマイナスされる。

 今のが、それだ」

「うわぁ……」



 決まりが悪そうに、目を逸らす珠蛍みほと

 あまり触れたこといリアクションに、友灯ゆいはアワアワし。

 意味もく、百裂拳みたいなモーションをしたあと大人おとなしく寝転がった。



「……一因では、ある……。

 ……かな……」

「……そうか」

「で、でもっ!

 それだけじゃないってーか!

 それ以外はほとんど、あたし

 あたしだけの、所為せいだから!!

 岸開きしかいさんは、なにも悪くないから!!

 そもそも、その件だって岸開きしかいさん、別に悪いことはしてないし!!」

三八城みやしろ 友灯ゆいの相棒をき下ろした。

 しかも、それについて詳細な理由を一切、プラスせず、黙秘を決め込んでいる。

 そんな岸開きしかいが、マイナスではないと?」

「それは、まぁ……そうだけどっ!

 かく、違うのっ!!」



 まるで説得力のい、フォローにすらなっていない反論。

 ここに来て友灯ゆいは、みずからの語彙力、アドリブ力の低さを心から呪った。

 感情的になったあまり、病み上がりに近いコンディションで急に起き上がった、自分の子供っぽさを恨んだ。



 そんな中、コピペしただけのような無表情で、珠蛍みほと友灯ゆいに近付き。

 彼女の体を倒し、布団を被せた。



「……同じことを、何度も言わせるな。

 しばらく、横になっていろ。

 今度ばかりは、岸開きしかいにも非、責任がる。

 三八城みやしろ 友灯ゆいに、強く当たれない」



 友灯ゆいは、再び否定しようとし。

 ぐに思い直し、撤回した。

 


 カバーしようとした結果、かえって気を遣われてしまう。

 そんなビジョンが、見えてしまったのだ。



 だからといって。

 なにも言わず休んでいられるほど友灯ゆいの物分かりはくない。



「……なんだかんだ、優しいよね。

 岸開きしかいさんって」



 ほんの少しの感謝と、些細な抵抗。

 


 岸開きしかい 珠蛍みほとは、分かり辛いが、善人。

 ちょっと素っ気なく、相性とタイミングが悪いだけ。

 だからこそ、こういう、良心に語り掛けるような、しおらしい発言をすれば、少なからず影響を与えられると思った。


  

 友灯ゆいの読み通り。

 岸開きしかいは散瞳し、ほどなくして再び細目になった。



「……弱り目な所為せいで、誤認しているだけだろう。

 それより、見てしい物がる」



 ややわざとらしく話題を変え、椅子に腰掛けたまま、テーブルへと移動する珠蛍みほと

 照れてるんだな、と友灯ゆいは判断したが、反撃が怖いので黙っておいた。



 数分後。

 珠蛍みほと友灯ゆいに見せたのは、スマホを模した謎のツール。

 色が塗られていない辺り、未完らしい。



岸開きしかいが制作した、腕時計型デバイス。

 言うなれば、スマート・ウォッチの簡易版だ」

「……時計……?」

「失敬」



 友灯ゆいの手首を取り、デバイスを乗せる珠蛍みほと。  

 刹那せつな、バンドが巻かれ、ばっちりフィットした。

 彼女は知らなかったが、それはさながら、変身アイテムを身に着けた時のようだった。

 


 なにはともあれ。

 これは間違いく、腕時計型である。 

  


「スマホと同様の使い方が可能で、ほぼすべてのアプリに対応。

 使用料金も一切、負担しなくて済む。

 軽く頑丈で防水、防塵、熱も持ちにくく、10Gくらいに早く、最早シームレスの域。

 無論むろん、取り外しての使用も可能。

 主にソーラーでバッテリーを蓄えるが、充電も可能な他、長持ちする。

 ペアリングにより、周囲の電子機器の簡易操作も可能な、万能リモコン。

 ルーターの役割も果たすので、制限知らず。

 ディスプレイをポップ・アップさせ、貼り付けやリモートの他、画面を拡大、分割、複製、展開も可能。

 特に岸開きしかいが推しているのが、『ラクラック』という機能。

 シュリンクのい状態でバーコード、ISBN、その他コードを読み取ることで、購入済みの本、音楽、DVDなどを持ち運べる、という優れ物だ。

 なお、岸開きしかいが独自の細工を施し、犯罪防止のための対策も徹底してある。

 例えば、未購入商品のコードは認識出来できない上、リードしようとしたが最後、デバイスから防犯ブザーが鳴り、最寄りの警察署に通報、居場所と諸々の個人情報が特定され、強制起動したGPSで探られる仕様となっている。

 他にも、非合法な使用を避けるべく、様々なロックを設けている。

 アフター・ケアも万全だが、そもそも壊れないし壊せないし壊させない。

 と、ユーザビリティ、及びコンバージョンは高いと自負している。

 見ての通り、ペイントが済んでおらず、開発途中だがな」

「……途中の時点で、既存のすべてのツールの、遥か彼方に到達してるんですが……」

「造作もい。

 岸開きしかいが、ちょっと本気をプラスすれば、な」

「これで、『ちょっと』……?

 これを、二日で作ったの……?」

いな

 サンプルならば、すでに1000台、確保してある。

 無論、立案から開発まで、始めたのは昨日からだがな」

「……」



 思い返してみれば元々、エンジニアとしての彼女の腕はピカイチだった。

 その技術力、使い道、興味がようやく、万人受けの方向へと傾いた。

 蓋を開けてみれば、なんことい、ただそれだけの話である。



 もっとも。

 その結実とペースが、かなり企画、規格外だったのだが。



「で?

 これを、どうすると?」

「『トクセン』で売りたい」

「……。

 ……はい?」

「『トクセン』で売る」

「二回も言わないで!!

 しかも、決定事項みたいになってるし!!」



 想定外の事態に、友灯ゆいは再び頭を抱える。

 が、やや経ってから、持ち直す。



「……あのさぁ、岸開きしかいさん。

 うちってば、特撮グッズ専門店じゃん?

 そりゃ今までにも、ホビーの枠を超越した大人向けとかにも、ビクビクしながら触れて来たけどさ。

 でも、ここまでではなかったじゃん。

 そもそも、こんな高性能な物が出てた作品、今までったっけ?

 あたしが無知なだけかもだけどさ」

「ゼロワ◯の100◯%の着けていた物を、参考にした」

「出てはいるのね。

 なら、撤回する、ごめん。

 で、それはそうとして、商品化は?」

「されてない。

 大してクローズ・アップもされていないし、なんなら名前すら不明。

 というか、恐らく無名。

 おまけに、現実的に」

「てことは、関連性をたてに取った、元ネタありき商法も難しいよね?

 今までとは違う意味で、実現性にとぼしいよね?

 そんなアイデアで上層部を黙らせる、唸らせられると思う?」

「通常の会議を素っ飛ばして30分で企画が通る。

 そんな、変神パッ◯並みの、どんなミラクルも起き放題なことを切に願う。

 というか、起きろ、起こせ」

「あれこれ振っといて結局、ラストはあたしに丸投げかよっ!!」

手柄てがらならばプラスする。

 三八城みやしろ 友灯ゆいが発案者、ということにしてくれても渋々、構わない」

「未練、不満タラタラじゃないかよぉっ!!

 そして、要らんわっ!!

 そこまで野心いわっ!!」

「それでも店長か?」

「ねぇ今、あたし、責められるいわるぅ!?

 店長だからこそ、必死にブレーキ掛けてるんですけどぉ!?

 そもそもなんで、いきなり、そこまでしてくれるのさぁ!?」



 直情的ながらも、もっともな質問をする友灯ゆい

 珠蛍みほとは、躊躇ためらいがちに答えた。



「……とむらいだ。

 ここで働くことを切望していたが、夢なかばで消えてしまった、相棒の」

「……あ……」


  

 そう言えば昨日、言っていた。

 大事な相棒を、失ったと。

 


 腕を強く握り、うつむ珠蛍みほと

 それはまるで、今まで遊び呆けていた、真面目まじめに取り組んで来なかった自分を恥じているようだった。



「……ズルいよ。

 岸開きしかいさん……」



 すっかり大人おとなしくなった友灯ゆいが、弱々しく苦笑いする。



「そんな、いじらしい、健気な姿見せられたら、言えないじゃん……。

 ノーだなんて、そんな……」



 下を向いていた珠蛍みほとが、顔を上げ、友灯ゆいを見詰める。

 その瞳は、いつにくキラキラと輝いており。

 本気なんだ、と友灯ゆいは悟った。



「では……!!」

「掛け合ってみるよ。

 で、なるべく前向きに検討してもらえるよう、尽力する。

 元々、わらにも縋りたかった所だし。

 まぁ確かに、変身アイテムっぽくはあるし存外、どうにかなったりするんじゃないかな?」

「……恩に着る……!!」

あたしこそ」



 友灯ゆいの手を取り、涙を流して喜びと感謝の意を表する珠蛍みほと



 友灯ゆいは、複雑だった。

 まさか、ここまで珠蛍みほとに助けられ、打ち解ける日が訪れようとは。

 棚ぼたもい所である。


  

 でも、こうなった以上、いつまでも苦手でいてはならない。

 これからは、きちんと積極的に接して行かないと。

 一緒に働く、大切な仲間なのだから。



岸開きしかいさん。

 改めて、よろしくね」



 まだ頭も体もメンタルも本調子ではないが、出来できる限りの笑顔を向ける友灯ゆい

 珠蛍みほとも、ぎこちないながらも微笑ほほえみ返し。


 

「冗談はマイナスしろ」



 いきなりてのひらを返し、手を離し、分かりやすく拒絶した。



「な、なんでぇ!?」

「……?

 それは、岸開きしかい台詞セリフ

 何故なぜ三八城みやしろ 友灯ゆいが、岸開きしかいの部屋にプラスされている?

 岸開きしかいは、聞いていないし、許可もしていない」

何故なぜって、そりゃあ」



 弁明しようとして、友灯ゆいは言葉に詰まった。

 


 思い出せないのだ。

 ここに運び込まれた、その経緯を。

 


 訳も分からないまま、友灯ゆいは左の手首を眺めた。

 まるで先程まで、そこになにかが着けられていたかのように。



「……どうした?

 頭痛が、プラスされていたのか?」

「……分かんない……」

「過度なストレス、強いショックやトラウマ、脳過労。

 いずれかによる、記憶障害かもしれない。

 少なくとも、この前のケースとは、まるで異なっているようだ。

 であれば、これ以上の追求は避けよう。

 しばし、そこで安静にしているがい。

 それと、もし頻発するようなら一度、精密検査を受けた方が身のためだ。」

「……そ、だね……。

 ありがと、岸開きしかいさん……」

「……今回だけだ。

 次からは、しっかり体調管理をプラスしろ。

 少し、買い物に出る。

 なにか、プラスしてしいリクエストはるか?」

「フライド・ポテト……」

「……仮にも、病人なのでは?」

「平気……。

 あたしなら、それで治る……」

「どんな肉体構造をしている……?

 だが、了解した」



 珠蛍みほとが、左手に装着していたデバイスを操作。

 すると、友灯ゆいを覆っていた布団ふとんが反応し、彼女は簀巻すまきにされてしまった。



「な、なにこれぇ!?」

「ホバク・ホーバーくん。

 見ての通り、ホーバーク型の捕縛システムだ」

「そこじゃないっ!!

 なんで、そんなのが備え付けられてるのさぁ!?」

「知らん。

 大方おおかた、暴れ狂うスタッフを抑え付けるために、岸開きしかいが開発したのだろう。

 生憎あいにく、それに関するデータは、岸開きしかいのメモリーからマイナスされている」

「そっちこそ、精密検査受けたらぁ!?」

「気が向いたらば。

 では、失礼する。

 いから、静かにしていろ。

 決して、荒らしてくれるな。

 岸開きしかいの予測が正しければ、装着者が穏やかになれば、至って普通の布団ふとんに早変わりするだろう」

「別に、好きで着てるんじゃないんですけどぉ!?

 無理矢理、着させられてるんですけどぉ!?」



 友灯ゆいのツッコミを華麗に無視し、珠蛍みほとは開発室を後にした。

 不服ではあるが、友灯ゆい大人おとなしく横になった。



 珠蛍みほとの読み通り、布団はぐに友灯ゆいを解放した。

 友灯ゆいは、割と安心した。



 にしても、だ。

 一体、自分はどうしてしまったのだろう。

 確かに、期限のこととか、英翔えいしょうとの不釣り合い具合で、頭を悩めていたのは事実だが。



 いや。

 本当ほんとうに、それだけだろうか?

 もっと他に、重大ななにかを、自分は抱えてはいなかっただろうか?



「……」



 友灯ゆいは、思案に暮れた。

 こういう場合、普段だったらさきに相談していたのは、決まって英翔えいしょうだった。

 しかし現在、その英翔えいしょうが、悩みの種の一つとなっている。

 ゆえに、相談しづらい。

 が、だからこそ話したい気持ちもる。

 しかし、それより恐怖が勝る。

 


「あぁ〜……」



 思いあぐねていると、不意にスマホの着信音が鳴る。

 ベッド脇に置かれていたのを回収し、画面に表示された発信源を見て。

 友灯ゆいは、微妙な顔色を見せた。



 それはいつぞや、璃央りおたちとの一件で悩んでいた際に、頼りそびれた相手。

 あの時とは、英翔えいしょうと立場が逆転した相手。



「……あねぇ……」





友灯ゆい

 久し振りね。

 元気にしてた?」

「見ての通り。

 変な開発者の変な発明品で、変な捕縛されてる」

「あら?

 私には、くつろいでいるように見えるけど?」

「どぉりゃぁっ!!」



 友灯ゆいが意図的に気張ると、秒で固定されてしまった。

 まさかの体を張った自虐ネタに、ビデオ通話中の優生ゆうたおやかに笑った。



すごいわね。

 それなら、寝返りを打って落っこちても安心だわ」

「そこぉ!?

 てか、クッションやエアバッグや寝袋じゃないんだけどぉ、ぐぇっ!?」


  

 よりキツく縛られ、友灯ゆいは身動きが取れなくなる。

 すべいので、友灯ゆいは一旦、頭を冷やした。



「で?

 なんの用?」

「心配で、電話したのよ。

 友灯ゆいが倒れたって聞いたから」

「誰から?」

「……さぁ?」

「『さぁ?』て……」



 雰囲気に当てられ、友灯ゆいまで緩くなってしまう。



 昔から、そうだった。

 なんでも出来できるのに、ちょっと抜けているというか、どこかズレているというか、大人びた容姿に反して子供っぽいのだ。

 といっても、天然具合であれば、(詩夏しいな拓飛たくとを筆頭に)うちのスタッフもい勝負なのだが。



「それより、友灯ゆい

 友灯ゆいを元気付けようと、ご飯作ったのよ。

 肉じゃが、コロッケ、フライドにジャーマン。

 見ての通り、ポテト尽くしよ。

 一緒に、食べましょう?」

「……あねぇは京都で、あたしは宮城なんだけど?」

「気分よ、気分。

 こう、匂いだけでも、どうにか届けられないかしらね?

 う〜ん……えいっ、やぁっ、ちょあーっ!」

「無理だよ。

 あと、スマホ持ったままポーズ取らないで。

 画面酔いする」

あきらめちゃ駄目ダメよ!

 きっと、なにか手段はるに違いないわ!」

「主人公かヒロインみたいな補正入れんな。

 いから、早く食べなって。

 あたしはもう、同僚にバーウー頼んでるし」

「ん〜!

 我ながら、美味おいしいわ〜!」

「食べてる、んでもって手前味噌……。

 本当ホント、自由人……」


 

 なかば呆れながらも、友灯ゆいは思った。

 こういう、ケレン味のる、肝の据わった人物こそ、店長の素養がるのかもしれない。


 

 自分は、ポテト大好き芋娘。

 姉の真似マネしかして来なかった芋っぽい自分には、店長なんて、はなから土台無理だったのかもしれない。



いじゃない、それで」



 スマホを向かい側に置き、箸を進めながら、不意に優生ゆうが告げる。

 まるで、心を読んだ風に。



「特撮のことも、自分のことも、右も左も分からない。

 そんなあなたが、右往左往しながらも直向きに突っ走る姿に、みんなが感銘を受けたから。

 だからこそ、『トクセン』は今日まで、やって来れたんじゃないかしら?

 そもそも、そうでもなきゃ、少なくとも一年なんて持たないわよ」

「……褒めてる?」

「褒めてるわよ。  

 それに、ポテトのなにが悪いのよ。

 世界中で愛されてる、超人気食材じゃない。

 それに、ビル◯世界のポテト株は、すごいんだからね。

 今度、観てみなさい」

「……まぁ、うん」

い?

 絶対ぜったいよ?

 確約だからね?」

「はいはい、気が向いたらね」

「もうっ!

 友灯ゆいの、いけずっ!」

「言っとくけど、あねぇだけだかんね?

 F2層間近で、そのムーブは、中々キツイかんね?」

「じゃあ、向こう3年は平気ね」

「ポジディブだな、ぐぇっ!?」



 毒気もモヤモヤもすっかり払われ、布団ふとんにロックされながらも、普段通りになる友灯ゆい

 思い返してみれば、いつだって姉は、こうして自分を助けてくれてたっけ。

 ……まぁ、そもそも悩ませていた張本人も、大体は姉だったが。



 なお、当事者である姉は、インスタントの紅茶をマドラーで掻き混ぜている。

 本当ほんとうに、どこまでも優雅、どこ吹く風である。

  


友灯ゆい、書き損じする?」

「……いきなり、なに

 いつものことだし、まぁミスるけど」

「じゃあ、それが消せないタイプで、修正液とか印鑑を用いずに、それを訂正する時、どうしてる?」

「二重線」

「そう。

 それが、『大人』よね。

 でも、『子供』は違う。

 みんな、グチャグチャッと、渦巻き、竜巻きにして覆い隠すじゃない。

 つまりは、そういうことよ」

「……なにが?」



 お決まりの説明ベタによる、中身がようさそうな話に付いて行けず、困惑する一方の友灯ゆい

 さながら、マジ◯で出て来た、レイヴ◯の教え子のようではないか。

 そう言えば、珠蛍みほとの喋り方は、彼の魔法の「17時限目」みたいだなと、ぼんやりと友灯ゆいは思った。



 対する優生ゆうは、グルグルとカップで円を描く。

 見た目が頭脳に伴っていない彼女のことだから、説明しているうちに、やりたくなったのだろう。



「これは、あくまでも私の見解だけど。

 人間って本来、凄く複雑なのよ。

 色んな感情がゴチャ混ぜに散りばめられ、幾重いくえにも嵩張かさばって。

 中でも程々に本音、核心を捉えた、取り分け大事な一言だけを抽出し、相手に日々、送り届ける。

 その際、不況、不協和音を招く、リスキーな気持ちに蓋をするのよ。

 綺麗で細くてぐで、飾り気の面白味のい、たった2本の筋でね。

 それが、『大人』という生き物であり、生き方。

 ここまでは、理解出来できた?」

「大体は。

 なんか、勉強教わってるみたいで、ちょっと不服だけど」

「立派な社会勉強だもの。

 さほど、間違ってはないわね」

「こっち既に社会人なんですが……」

  


 流麗なクラシックをバックに、上品な姿勢でソファに腰掛け、紅茶を嗜む優生ゆう

 如何いかにも淑女っぽく振る舞いながら、優生ゆうは続ける。

  


「これもまた、あくまでも私の感想だけど。

 真に『大人』な人間なんて、存在し得ないと思うのよ。

 なにかと入用、多忙で、制約も誓約も、たずさわる人も多い。

 自分の意見、主張ばかり、押し通してはいられない。

 だから、押し殺す必要がる。

 そうやって、本心を狭め、縛った結果、取らざるを得なくなるまで追い詰められた。

 そうして導き出されたのが、『大人る』という、選択肢なのよ」

「……」



 どうやら、友灯ゆいは大きな思い違いをしていたらしい。

 先程や、普段の言動はさておき。

 この話には、実も中身もる。

 少なくとも、今の自分には、おおいに利益となり得る。


 

「『大人』である以上、我儘のみを貫くわけにはいかない。

 ましてや、友灯ゆいは店長。

 重責を果たすべき立場にある都合上、殊更、負担も不安も不満も増える。

 でも、だからって四六時中、年中無休で演じる必要まではいのよ。

 定期的に、毒なりガスなり息なり肩の力なり抜かなきゃ、やって行けないもの。

 今回は、それが図らずも暴発しちゃっただけ。

 時には無条件に、思春期真っ只中の青少年に立ち返って、叫んだり、騒いだり、ぶつかったり、ぶつけたり、してもいのよ。

 傷付けた、傷付けられたミスを塗り潰す、塗り替えるために、ガチャガチャな内面をつぶさに晒し出して。

 人間なんて、その実、感情の塊なんだから」



 優生ゆうのアドバイスが、友灯ゆいの心を静かに、自然に潤して行く。

 ピタッと、ヒタヒタと。



「……あねぇも?」


 

 わずかばかりの瑞々しさを取り戻した心が、無意識に問い掛ける。

 優生ゆうは、少し困った風に笑んだ。



「……どうかしら。

 私は、怒ったりしないし、出来できないから。

 教えを説いといてなんだけど、あまり参考にはならないでしょうね」



 それもそうだ、と友灯ゆいは思った。

 かれこれ30年近く妹をしているが、これまであねが本気でいきどおっている姿など、見たためしい。

 精々せいぜい、拗ねたりする程度だ。

 大っぴらには決して言えないが、サンプルとしては外れである。



 けれど、少なからず助かったのは確かである。

 これからも、付かず離れず、良好な姉妹関係を維持するためにも、礼の一つくらい言っても、ばちは当たらないだろう。



「……あんがと、あねぇ。

 ちょっと楽になれた」

「それはなによりね。

 私も、楽しかったわ。

 久し振りに、水入らずで話せて。

 それで、友灯ゆい

 次に気絶するのは、いつ頃かしら?」

「別に、イベントとかじゃないし、イレギュラーだし!

 縁起でも滅多めったこと、言わないでよ!

 てか、そういうのしで、電話くらい、普通にいつでも平気だから!」

「そう?

 なら、かった。

 友灯ゆいったら、そっちに行ってから、めっきり連絡くれないんだもの。

 てっきり、嫌われたのかと思ったわ」

「それは、ほら、アレだって。

 こっちにも、色々と都合って物がるってーか……」

「そうよね。

 お姉ちゃんとしては、ちょっと寂しいなぁなんて」

「シスコン」

「ご挨拶ねぇ。

 まぁ、そういう所も、愛おしいんだけど」

「せめて『可愛かわいい』って言って!?

 なんか、ガチ感がすごい!」

「大丈夫よ。

 目では一切、見てないもの」

「信じるかんね!?

 本当ホントに信じ切るかんね!?

 頼むよ、あねぇ!

 色々とタブーだかんね!?

 じゃないと、比喩とか誇張じゃなく、マジで困、ぐぇっ!?」



 並々ならぬ危機感を覚えた結果、またしても布団ふとんに包まれる友灯ゆい

 流石さすがに笑えなくなりつつあるので、友灯ゆいは一旦、落ち着くことにした。

 


「ところで、友灯ゆい

「ん〜?」



 再び布団ふとんから開放されたタイミングで、優生ゆうが切り出す。



「あなた、まだアパレル志望?」

「え?

 そりゃあ、勿論もちろん

出来できことなら、今からでも自分のブランドを持ちたい?」

「うん」

「その言葉と気持ちに嘘、偽りはい?」

なんで、裁判仕立て?

 まぁ、いけど」

「そう。

 それを聞いて、安心したわ」

「……なして?」

なんででもよ。

 近々、い報告が出来できるかもしれないわね。

 その時まで、楽しみにお待ちなさい。

 サプライズのプライズ、略してサプライズよ」

「まんまじゃん」


 

 友灯ゆいのツッコミを物ともせず、優生ゆうは優雅に伸びをした。

 謎の質問で散々さんざん、人を困惑させておいてからに。

 どこまでも、自由奔放である。



「今日は、楽しかったわ。

 今度、また一緒にご飯しましょう」

あたしは食べてへんて」

「細かいことは、言いっこしよ」

「ねぇさもあたしがナーバスみたいに言うの、止めてくんな、ぐおっ!?」

「そのネタ、好きよ。

 でも、ちょっと薄味かしら。

 お父さんと比べたら」

「比較対象が、おかしい!!

 そもそもあたし、お父さんのこと、あんま知らない!!

 産まれた時には、旅立ってたし!

 むしろ、そんなに年は変わらんのに、なんあねぇは覚えてっし!?」

「なるほど。

 一理有るわね。

 もっと練習して、また披露してね。

 じゃあ、達者でね、友灯ゆい

「最初に見せたの以外は、ネタじゃないわ!

 てか、もう切ってるし!」



 いつの間にか暗転していた画面に文句を言いつつ、友灯ゆいはスマホをベッド脇に戻した。

 ついで、布団ふとんからも解放された。



 本当ほんとうに、どこまでも無軌道な姉だ。

 普段のバリキャリっりと、ギャップぎだろ。

 よく、あんなフワフワした調子で、やって来れた物だ。

 いや、今のあたしも中々だけどさ。



 そんな心境に至り、ふて寝をする友灯ゆい

 すると、その拍子に、背後のドアからノック音が届く。


  

 大方おおかた珠蛍みほとか、あるいは璃央りお(と紫音しおん)か拓飛たくと(と詩夏しいな)か若庭わかば(とオカミさん)辺りだろう。



「全員じゃん……」



 小声で自分にツッコミを入れていると、室内が静まり返った。

 どうやら、自分の承諾がいと入り辛いらしい。

 律儀だなぁと思いつつ、友灯ゆいは少し頭を掻いて、少し雑に返事をする。



「どーぞ」


 

 合図を受け、開かれるドア。

 誰だか知らないが、妙に真摯である。

 まるで。


 

「……っ!?」



 そこに至り、友灯ゆいは絶句した。



 違う。

 うちの、スタッフじゃない。


 

 珠蛍みほとが重んじるのは、相手からの礼儀だけ。

 付け足せば、ドアの前まで来ているのに一言も発さない、勝手知ったる無口なタイプはない。

 少なくとも、『トクセン』には。



 そう。

 現状、それらしい該当者はゼロである。

 たった一人……同居先にしか。


 

「……ユーさん」



 森円もりつぶ 英翔えいしょうしか。



珠蛍みほとさんから、連絡った。

 はい、これ。

 頼まれた物」   

「……あんがと……」


   

 英翔えいしょう謹製のフライド・ポテトを渡され、萎縮しながら受け取り、脇に置く友灯ゆい

 ベッドの下で腰を預け、英翔えいしょうは本題に入る。

 


「……なんで、俺を呼ばなかったの?」

「……」



 数日間とはいえ、核家族チックとはいえ、一緒に暮らしていたから、分かる。

 こういう時、いつもの英翔えいしょうであれば、「呼んで『くれ』なかった」と言うのだ。



 でも、今回は違った。

 その原因が『怒り』にるのを、友灯ゆいは悟った。

 それも、ただの『怒り』ではない。

 友灯ゆいに頼られなかった、不甲斐ない自分に対する、強い『憤怒』。

 


 かなわない。

 そう、友灯ゆいは思い知らされた。

 自爆っただけなのに、英翔えいしょうなにも悪くないのに。

 そんな時でさえ、彼は自身を責めるのだ。

 間違っても、友灯ゆいには当たらないのだ。


 

 またしても友灯ゆいは、彼との出来でき、格の違いを見せ付けられたのだ。



「『なんで』は、こっちの台詞セリフだよ……!」



 気付かぬ間に、珠蛍みほとがコントロールを解除したのだろう。

 先程まで自分を封印していた布団ふとんを蹴飛ばし、友灯ゆいは面と向かって、英翔えいしょうを睨む。



なんで、あたしを糾弾しないんだよ!?

 エイトは、なにも悪くないだろ!?

 なんでエイトが、エイトを責め立てるんだよ!?

 そんなん……どう考えても、明らかにおかしいだろ!?」

「俺は、ユーさんのバディだから。

 そこまで追い詰められた友灯ゆいさんを助けるのが、本来の筋だ。

 なのに、それを俺は怠った。

 自分に怒って、当然じゃないか」

「だからっ!

 そもそも、その認識と前提からして、違うんだって!

 あたしは、ただ、自滅しただけ!

 この件に関しては、エイトにはなんの落ち度もいんだって!」

「……本当ほんとうに?」

  


 腰掛けるのを止め、立ち上がった英翔えいしょうが、友灯ゆいを見詰める。

 見透かすように。

 白状させるように。



「……ユーさん。

 なんか最近、様子ようすが変だった。

 ずっと、俺を避けてた。

 リビングにも、顔を出さなくなってた。

 4日前……忘れ物を取りに、友灯ゆいさんが実家に帰って、戻った時から。 

 昨日は、特に顕著だった。

 オフにさえ、俺とは会わないようにしてた」

「……っ!!」



 バレていた。

 というか、露呈しない方が奇妙だ。

 それくらいに、自分の行動は、普段に比べてちぐはぐだだったのだろう。

 


「……ごめん……」


  

 上手い言い訳が思い付かず、えず友灯ゆいは非礼を詫びた。

 逆撫でするだけだと、理解した上で。



「……俺……。

 ユーさんに、なにかした……?」

「違っ……そうじゃなくって!!」

「じゃあ、なんなの?」


  

 追従する、英翔えいしょう

 どうやら、掻い潜るのは不可能らしい。

  


 友灯ゆいは負けを認め、自供を決意する。



「……なりたかったの。

 エイトの同居人、相棒に見合う、一人前の大人に。

 少しでも、早く」



 思わぬ答えに、英翔えいしょうは肩透かしを食らう。



「……ユーさんは、もう立派な大人だよ?」

「どこがっ!?

 てんでみんなと連携、コミュ取れないし、業績だってくない!

 家事も不得手だし、だらしないし、色々と不安定!

 しまいには、業務中に知恵熱出したり、無理が祟って気絶までしたり!

 あたしなにもかも最悪じゃん!!

 エイトとは、住む世界が違い過ぎるじゃん!!」

「……倒れたりするのは、流石さすが不味まずいよね」

「ほら!

 エイトだって、同感なんじゃん!!」



 項垂れ、体育座りをする友灯ゆい

 口に出すと余計、その事実が重く伸し掛かった。


 

「……仕方しかたいじゃん。

 店を、倒産させるわけにはいかない。

 みんなが立てた見通しを、あたしが倒すわけには行かない。

 あたしには、みんなを引き込んだ、巻き込んだ責任がる。

 ここまで出遅れたのだってあたしが、特撮の知識とか処世術とかみんなの気持ちとか、そういうのに疎かったのが敗因。

 だから、『トクセン』は、なんとしてでも守らなきゃいけない。

 まだみんなが、ここにたいと願ってくれてるうちは。

 ……ううん。いつか、ここを旅立つ日が来ても、残しとかなきゃいけない。

 ここを、みんなにとっての母校、誇りにしなきゃならないの。

 あたしたちの『トクセン』は……こんな所で、倒れてる場合じゃないの」 

「だから、ユーさんを倒すの?

 みんなを、『トクセン』を成り立たせるために。

 ユーさんが、傷付き倒れても構わないっていうの?」

「……今回は、ちょっとミスっただけ。

 次からは、もっとける」

「気持ちだけじゃ足りない。

 目標に気持ちが追い付かない。

 だから、卒倒したんだよ?」

「……じゃあ……!!

 じゃあ、どうすりゃかったってんだよぉっ!!」



 我慢、勘弁ならず、友灯ゆいは激情を押し出す。

 八つ当たりだなんて、百も承知で。



「分からない……!!

 分からないんだよ、あたしはぁ!!

 特撮のこと、エイトのことっ!!

 これからも『トクセン』でみんなと働いて行くための方法っ!!

 あたしには、何一つ……どうすればいか、分からないんだよぉっ!!」



 力く、英翔えいしょうの肩を叩き、崩れる友灯ゆい

 英翔えいしょうは、友灯ゆいの細い腕を取り、訴える。



「俺だって、同じだよ。

 この前、分かった。

 結局の所、俺はユーさんのこと、まるで理解してなかったんだって。

 ……パートナーとしてしか、見てなかったんだって。

 プロフィールだけじゃない。

 俺は、俺達は、互いに互いを無知ぎる。

 ……でもさ、ユーさん。

 だからって、悲観することばかりじゃないんだ」



 英翔えいしょうは、二人の手を合わせ、指を絡める。

 


「『分からない』のは、悪いことじゃない。

 きっと、『分かりたい』っていう願望の裏返しだから。

 分からない上に不必要なことなら、そもそも、『分かりたい』とさえ思わない。

 どうでもくなって、興味もくなって、流して、ぐに忘れるだけだから。

 大切だから、必要だから、っとないから、余計に悩んでるんだよ」

「エイト……」

「……だから。

 だからさ、ユーさん」



 真っ赤な顔で、少し躊躇ちゅうちょしてから、意を決し。

 英翔えいしょうは、友灯ゆいを抱き締めた。



 思い返してみれば、これまで、友灯ゆいからハグすることは何度かった。

 けれど、今回は違う。  

 英翔えいしょうから、行動に出た。



 友灯ゆいことが、もっと知りたいから。

 友灯ゆいことが、本当ほんとうに大切だから。

 友灯ゆいだけを、誰よりもなによりも守りたいから。



「難しいし、むず痒い。

 煩わしいし、恥ずかしいし。

 なにより……恐ろしいけど。

 次の台詞セリフで、何もかも失う、突き放されるんじゃないかって、いやな想像ばっかしちゃって。

 そんなふうに、先を見据えてるのは俺だけで、単なる思い上がり、独りよがりなんじゃないかって、

 きちんと、照らし合わせ、答え合わせしたいんだ。

 だって……俺達は、つながれたから。

 折角せっかくこうして、縁を紡げたから。

 2週間近く前までは、確かに違ってたかもだけど、少なくとも今は。

 俺達の世界は、同じで、一つだから。

 なんたって、住処も一緒なんだから」

「あ……」



 身に覚えのる、フレーズと空気。



 友灯ゆいは、愕然とした。



 すっかり、失念してしまっていた。

 彼が友達にこだわる理由と思しき、黒歴史。

 理不尽に孤独を強いられ、虐げられ続けていた、彼の過去を。

 


 友灯ゆいは、どこまでもエゴイストな己を恥じた。

 みっともない言い訳だってしない。

 少し注意すれば、容易く避けられるケースだった。

 自分の配慮が欠如していたに過ぎない。



 自分だって、その辛さや寂しさを、身をもって熟知させられたはずなのに。



「……ごめん。

 本当ほんとうに、ごめん、エイト。

 あたし……また、エイトを苦しめた」

「故意じゃないよ。

 それに、今のは俺の自爆」

「地雷原までリードしたのはあたしだ」

「分かった上で踏み抜いたのだって、俺だよ」



 友灯ゆいから離れ、不器用に微笑ほほえみ、英翔えいしょうは話を終わらせた。

 このままでは、水掛け論。 

 キャッチ・ボールやドッジ・ボールさながらに、互いに罪を奪い合う、被り合うだけだと悟ったのだ。



「……ごめんついでに、エイト。

 いくつか質問、い?」

いくらでも」

「グラビティめろ。

 あたし……君を、傷付けてない?

 昔の、ファンとは名ばかりの乞食みたいに、なってたりしない?

 本当ほんとうに、迷惑になってない?」

「だとしたら、夜遅くに、手作り持参で駆け付けなんてしない」

「もっと、頼っても、い?」

「大歓迎」

「……あたしこと、好き?」

「ん。

 今みたいに、甘えたがりの時は、特に」

阿呆アホ

 誰が、そこまで言えって頼んだ」

「……難しい」

「せやな。

 でも……だからこそ、ないがしろには出来できない。

 粗末にしちゃ、駄目ダメなんだと思う」

「……だね」

 

 

 コツンと、英翔えいしょうの胸に額を押し当てる友灯ゆい


 

 感情の環境整備は、まだ途中だ。

 見付けるのも大変だし、仕分けも難航してるし、包装だって困難。

 しかも、それ以外に、本業がマルチ・タスクぎて、脳にも精神にもリソース、容量を割けそうにい。



 一つ一つ解体、解決するには、案件が大型ぎる。

 断捨離するのに、まだまだ時間を要する。

 年末年始の大掃除を通り越し、まるで引っ越しでもするかのように、気が滅入る。



 今まで、知らなかった。

 知ろうだなんて、思いもしなかった。

 自分の胸の中に、こんなにも多くの荷物が詰まっていただなんて。

 しかも、どれもこれも、不鮮明で壊れ易く、取扱厳重注意で、それでいて重い。

 送る相手とタイミングを見誤れば、たちまち大惨事となり兼ねない。



 でも、と友灯ゆいは思う。

 エイトなら、大丈夫なんじゃないかって。

 エイトなら、自分の積荷を余さず、喜んで受け取ってくれる。

 それどころか、片付けにも積極的に参加してくれるんじゃないかって。

 

 

 友灯ゆいは、英翔えいしょうから離れる。

 覚悟を決め直した面持ちで、彼と向き合う。


 

「最後に、一つだけ。

 これが、メインなんだけど。

 あたしに、隠しごととか、してない?

 流石さすがに、込み入りぎたプライベートまでは、踏み込まないけどさ。

 なるべく包み隠さずに、あたしに接してくれてる?」

「……してない。

 と、思う。

 なにも、思い当たらない。

 俺の知る限り、もう秘密はいと思う。

 ……多分」

「……そっか」



 納得、満足には程遠い、曖昧な答え。 

 それでも友灯ゆいは、今日の所は、これで手打ちにすることにした。

 


 結局、エイトのことは分からず終いだった。

 でも、細かいことは、この際、どうだってい。

 エイトのことは、エイトが一番いちばん、分かっているはず

 その本人が、こう断じているのだ。

 であれば何故なぜ、これ以上の追求が必要か。




「もう、平気?」



 迷いを振り切った、晴れやかな顔色をする友灯ゆいに、英翔えいしょうが尋ねる。

 腰に手を当て、友灯ゆいは返事する。



「おう!

 悪かった!

 これからも頼むぜ、相棒!!」

「喜んで、心得た。

 ところで、ユーさん。

 ちょっと、付いて来てくれる?」

「ポテト食べながらでもい?」

「思ってた以上に元気になって安心した。

 行こ?」

「りょ」



 すっかり回復した友灯ゆいを連れ、英翔えいしょうは開発室を出る。



 当人が気付きづいていないだけで、彼女のバイタリティーは、割と高いのかもしれない。



「エイト」

「うん?」



 部屋を出、ドアを締めたタイミングで、友灯ゆいは彼にげる。

 


 先程まで話していた開発室から、出た。

 しばらくは、『トクセン』に専念する日々に逆戻り。

 今日みたいに、腹を割って英翔えいしょうと話す日は、向こう1ヶ月は訪れないだろう。  

 あるいは、突発的に衝動に駆られ、こういった機会を設けるかもしれないが。

 出来できる限り、気持ちに蓋を、封をしておかなくては。



 でも。

 それじゃ、足りないから。

 今までと、変わらないから。

 現状維持のままだと、先に進めないから。

 


 せめて、予定がしい。  

 また近い内に、風の向くまま気の向くままに、英翔えいしょうと談笑するという、確約が。



 だって、そうではないか。

 自分達は、特撮の話をするためにも、契約を結んだのだから。



「今は、ちょっと無理かもだけど。

 今度、聞かせて。

 エイトのこと

 エイトの好きな、特撮のこと。  どの作品の、どのキャラの、どの話の、どのシーンが、どういう理由で好きなのか。

 余さず、教えてしい。

 あたしさ……もっと、きちんと知りたいんだ。

 エイトの好きを、分かち合いたい。

 分かち合って、しいんだ。

 エイトが、大切で。

 ……大好き、だから」



 別に、意味ではない。

 異性としてはさておき、依然として、恋愛対象としては見ていない。

 


 でも、彼を好いている、求めていることに変わりはい。

 きっと、ご都合主義なポジションのみならず、彼の人柄などにも惹かれつつあるのだろう。

 


 もっと、彼を勉強したい。

 今以上に彼を好きになりたい、彼に好きになってももらいたい。



 我ながら、笑える。

 こんな思考、普通に考えたら、バカップルのたぐいに当て嵌まる。

 だというのに、そんな色めき、浮き足立った趣はいと来た。

 さながら、お飯事ままごとで夫婦を装う、未就学児のようではないか。

 これでは、「子供っぽい」と揶揄やゆされるのも、うなずける。

 自分達は一体、いくつになってまで、こんな、友情結婚ですらない、妙でいびつな関係を維持しているのか。

 一番いちばん恐ろしいのは、しっくり来ぎているあまり、永住を希望してしまっている、自分の現状だが。



 無論むろん、彼との仲を違えたいのではない。

 ただ、契約更新したいのだ。

 もっと、安心、安定した間柄になるために。

 もう二度と、誰かに穴を突かれないように。



「……俺も。

 ユーさんに、聞いてしいし。 

 ユーさんの話を、聞かせてしい。

 ユーさんか、大切で……大好き、だから」



 変な話だ。

 と、友灯ゆいは思った。

 あれだけ知りたかった本音、不安がっていた言葉が、こうもあっさり引き出せるとは。



 立ち返ってみれば、なんの変哲もい。

 大多数の人間は好感度、貢献度、信頼度などにより、相手との接し方、距離を変える。

 友灯ゆいが不自然に避けているのに、英翔えいしょうから迫るなど、有り得なかった。

 今日みたいに、詰め寄れる、大っぴらに話し掛けられる、隙を見せられるだけのけでもい限りは。

 ただでさえ英翔えいしょうは、向こう見ずな自分と違って、ガンガン、グイグイ行くタイプではないのだから、尚更である。



 とどのまり、またしても友灯ゆいの取り越し苦労。

 すでに天丼となりつつある、お約束のパターンである。



 友灯ゆいは、溜息ためいききたくなった。

 これからの徒労を思うと、なんとも気が、足取りが重くなる。

 大体が自分の所為せいだと、承知していても。



 それでも、友灯ゆいは歩きたいと願う。

 隣に英翔えいしょうが、周りにみんなてくれるのであれば。



「にしても、ポテト美味しいな。

 結構、時間経ったのに、アツアツでホクホクでサクサクだし。

 しかも、フレーバー違うし」

「俺も、食べてい?」

「作ったの、お前だろ?

 シェアすっぺし」

「ありがと」

「だぁかぁらぁ」

「……ところで。

 俺とユーさんって、ユーさんで、誰に注意されたんだっけ?」

「そりゃー、お前……。

 ……誰だっけ?」

「……ま、っか」

「だな。

 その内、思い出すだろ」



 やっぱり、妙な関係だ。

 堪らず笑いながら、友灯ゆい英翔えいしょうと進む。

 さながら、これから映画を観にでも行くような状態で。





「うぉぉぉぉぉ!!

 つえ出来できたぁ!!

 幼少ぜんせの自分がつえぇ培ったつえぇ力を、つえぇ発揮出来できたぁ!!

 ご総和ください、我の力をぉ!!」

「あははぁ。

 拓飛たくとくん、マジおいしろぉ。

 シィナァ、その設定せってぇ、マジ大好物だいこぉぶつってるぅ。

 八舞姉◯みたぁい」

「ちょっとぉ!

 なにしてくれてるのよ、拓飛たくと!!

 あたしよか断然、上手いじゃないのよ!!

 とんだダーク・ホースだわ!!

 腹立たしいぃっ!!」

璃央りおちゃんのが、原型留めてぎるだけじゃないのかい?」

「リオねぇ、画伯だから……。

 可愛かわいい……」

「そ、そんなことりませんよっ!

 ちょっと、前衛的ぎるだけですよっ!

 私は、好きですよっ!

 チャーミングでっ!

 うち新凪にいなが作ったみたいでっ!」

信本しなもと 璃央りおに、リコールをプラスする。

 高額商品ひく信本しなもと 璃央りお

 イコールコスパ」

「違うのよぉ!!

 ちょっと、今回のがディティール的にベリハだっただけなのよぉ!!

 あたし、イケビジョオーだもの、もっと出来できはずなのよぉ!!」

「高難度をプラスした張本人。

 イコール他ならぬ信本しなもと 璃央りお

 いやならば、見栄をマイナスすればい」

「この、ロジハラ女!!

 あんたこそ、もっと集中力マイナスしなさいよぉ!!

 拓飛たくとの次に出来できいじゃないのよぉ!!

 なんなのよ、あんたぁ!?」

「確かに、見事な出来栄えですね。

 経験でも、おりで?

 差しつかければ、教えてしいです」

生憎あいにく、理由は分からん。

 それに関するデータはマイナスされており、バック・アップも残っていない。

 以前、誰かにプラスされたような、誰かの姿を横目で眺めていたような。

 ……やはり、不鮮明だ。

 だが不思議と、不愉快ではない」

「はーっはっはっはぁっ!!

 あるいは珠蛍みほと殿どのも、前世でつえぇ特訓されていたのかもしれませんなぁっ!!」

「一緒にするな。

 守羽すわ 拓飛たくとの発言たす岸開きしかい

 イコールすべて心外、侵害。

 近寄るな、鬱陶しい。

 岸開きしかいのデータ・バンクが破損する。

 それ以上、詰め寄ってみろ。

 岸開きしかいの全戦力を懸けて、その人生を、バグらせてくれる」

「だ、駄目ダメです、珠蛍みほとさんっ!

 どうか、ご勘弁をぉっ!!」

「あははぁ。

 今日も『トクセン』はぁ、おいしろにデリシャッてるぅ」



 すでに就業時刻をぎた、『トクセン』の店内。 

 にもかかわらず、スタッフが一同に会し、各々おのおのに、遅延していた作業を進めていた。

 顔や手を、カラフルに塗りたくりながら。



 ホビーの、リペイントを。



なに……。

 してんの……?」



 戸惑っている友灯ゆいの言葉で、全員が肩を揺らし一瞬、フリーズする。

 そのまま一斉に、振り返る面々。

 さきに、一目散に駆け出した若庭わかばは、勢い良く友灯ゆいに抱き着く。

 倒れ掛けた友灯ゆいの背中を、空かさず英翔えいしょうが支えた。



「店長さん!!

 ご無事だったんですねっ!!

 良かった……!!

 私……私ぃ……!!」



 嗚咽しながら、盛大に涙する若庭わかば

 オーバーだなぁと思う反面、心配を掛けたのは事実なので、その背中を友灯ゆいはポンポンッと叩いた。



「ごめん。

 あと、あんがと。

 めちゃうれしい。

 てか、普通に馴染んでんね、若庭わかば

 今更だけど」

「当たり前だろう、店長。

 私の自慢の娘だ」

「ごめん、オカミさん。

 ただでさえ過多なのに、この期に及んで、親バカまで掛け合わせないでくれない?

 誇らしいのは、うなずけるけどさ」

「……エイコンなボスが言う?」

「シオコンな信本しなもと 璃央りおにも、そこを突く資格はい」



 立ち上がった珠蛍みほとが、英翔えいしょうを睨む。



森円もりつぶ 英翔えいしょう

 岸開きしかいは、あなたに見張りをプラスしたはずだが?」

「『連れて来るな』とはプラスされてない」

本当ほんとうに、妙に口が達者な男だ。

 まぁ、一向に構わん。

 元より、そこまでの成果を期待していない」

ひどい……。

 ユーさん……」

「あー、はいはい、いらっしゃい。

 本当ほんとうに、この子ったら、甘えん坊なんだから。

 喧嘩売るなら、ちゃんと相手を見極めて、入念に用意を済ませてからにしなさいよ。

 てか、若庭わかばにも奪われてるからあたし、両手塞がっちゃったじゃないのよ」



 二人をナデナデしつつ、困ったふうに笑う友灯ゆい

 気付きづけば、その瞳からは涙が溢れていた。

 きっと、若庭わかばに当てられたのだろう。

 自分みたいな天邪鬼が、センチになるはずい。



「そもそも本当ホントなんなのや、みんなして……。

 揃いも揃って、サビ残しやがってやぁ……」

「見ての通り、単なるお絵描きだよ、店長」

「特撮マニアなら、誰もが一度は通る、憧れる道よねぇ?

 従って、とやかく言われる筋合いはいわよねぇ?」

「仕事の範疇には含まれない、です……」

「はーっはっはっはぁっ!!

 殿とのぉ!!

 ご心配には、及びませぬぞぉ!!

 自分は最初から、存分につえぇ楽しんでおりまするゆえぇ!!」

「シィナもぉ、そぉうぅ。

 バリカタ、マシマシに、デコデコにエンジョイってたぁ」

「私もぉ……。

 最近、新凪にいなと二人でしていたのでぇ……。

 僭越ながら、特に苦ではなかったですぅ……」

「ここ自体が、岸開きしかいのテリトリーも同然。

 なにをどうしようが、岸開きしかいの自由」



 本当ほんとうに。

 一人として、真面まともじゃない。

 こんなの、常軌を逸脱してる。



 こんなサプライズ……捻くれ者な自分でさえ、泣かされるに決まってる。



 みんなと、『トクセン』でやって行く。

 その方法を見付けるには、どうすればいか。

 そんなの、考えるまでもかった。

 心機一転、一丸となって、働く。

 ただ、それだけでかったのだ。



 自分には、こんなにも頼もしい、正しい、楽しい仲間が、付いているのだから。

 一緒に模索し、改善に努めればい。



「バーロー……。

 通りで、誰も見舞いに来なかったわけだ……。

 店長に無断で、粋な内職しやがってからに……」



 照れ隠しに、憎まれ口を叩く友灯ゆい

 若庭わかば英翔えいしょうへのナデナデをめ、空いた両手で顔を隠す。

 そんな店長の元に、一同が集まる。



「がははははっ!!

 精が出るなぁ、息子達!!

 明日は非番なんで、加勢に来たぜぇ!!

 色塗りなら、俺に任せときなぁ!!」

「夜分遅くに、失礼します。

 即席ではありますが、夜食をお持ち致しました。

 それから、爺でよろしければ、お力添えをば」



 英翔えいしょう以外には『トクセン』のスタッフしかない店内に、妙に賑やかで豪快な声と、対象的にシックな声が届く。

 現れたのは、守羽すわ兄弟の父親である棟梁と、友灯ゆいの行き付けのバーの店長だった。

 


「がははははっ!!

 く見れば、この前のにいちゃんじゃねぇか!!

 元気にしてたかぁ!?」

「棟梁には負ける」

「がははははっ!!

 当ったりめぇよ!!

 こちとら、気力と腕力だけが取り柄だからなぁ!!」

「はーっはっはっはぁっ!!

 父上ぇ!!

 つえぇ急な誘いにもかかわらず、足を運んで頂き、つえぇ感謝しますぅ!!」

「がははははっ!!

 おいおい、拓飛たくとぉ!!

 それを言うなら、『足』じゃなくて『腕』だろぉ!?」

「はーっはっはっはぁっ!!」

 これは、つえ一本強つえぇ取られましたなぁ!!」

「がははははっ!!」

「はーっはっはっはぁっ!!」

「がははははっ!!」

「はーっはっはっはぁっ!!」

「……」



 うるさい。

 シンプルに。

 マッチョボケも。

 


 だが、こうしてはおられない。

 店長として、歓迎の意を示さないと。

 といっても恐らく、呼んだのは英翔えいしょうだろうが。



「初めまして。

 店長の、三八城みやしろ 友灯ゆいと申します」

「がははははっ!!

 こいつは、ご丁寧に!!

 いつも息子達が、世話になってんなぁ!!」

「ええ、まぁ、それなりに」

「がははははっ!!

 ストレートな姉ちゃんだ!!

 えず、飯にしようぜ!!

 折角せっかくのご馳走が、勿体無ぇかんな!!」

「はーっはっはっはぁっ!!

 父上ぇ!!

 今のは、『かんな』と『かんな』を掛けた、つえぇギャグでごぜえますかぁ!?」

「がははははっ!!

 おうよ、拓飛たくとぉ!!

 お前も、筋肉道がなんたるか、分かって来たじゃねぇか!!」

「……」



 本当ほんとうに、騒がしい。

 困るから、少し静かにしてしい。

 こんなに、やかましいと。



「『孤独に打ちひしがれる暇もい』。

 だよね?

 ユーさん」

「〜!!

 お前が一番いちばんうっさいわっ!!

 エイトのバーカ、バーカ!!」



 またしても心の内を見抜かれ、英翔えいしょうの背中を軽く叩く友灯ゆい

 


 それはそうと。

 職員でもない相手にここまでご厚意を賜って、なんのお返しもしというのは、嘘だ。

 なにか、サービスに見合った報酬を考えなくては。

 例えば、クーポンを差し上げるとか。



 ……クーポン?


 

「……あ〜っ!!」



 全員で夜食を囲んだタイミングで、友灯ゆいが絶叫しながら立ち上がり、周囲の視線を独り占めする。



「……ユーさん?」

「ど、どうしたんですか?」



 英翔えいしょう若庭わかばが、心配そうに見上げる。

 友灯ゆいは、一同を見回しながら、嬉々としてげる。



「思い付いたんだよっ!!

 こっから巻き返すための秘策っ!!

 取って置きの、打開作をっ!!」



 大見得を切りながら、アイデアを熱烈にスピーチする友灯ゆい



 数秒後。

 彼女以外の全員から発せられた叫び声が、こだまとなり、『トクセン』を掛け巡るのだった。





 秘策を思い付いてから、3日。

 1月は終わり、ついに2月となり。

 ついに、その時が訪れる。



 緊張が走る、『トクセン』。

 ストレッチをしたり、メモを確認したり、お茶を飲んで一息入れたり。

 そういった具合に、各々おのおのが気持ちを整えている。

 相変わらず、開発室の主である珠蛍みほとも今頃、用意を済ませていることだろう。

 


 これから始まりしは、『トクセン』以外でも前代未聞となろう戦い、その初日。

 スタッフ総出という、万全の態勢で迎え撃つ所存ではある。

 が、やはり少なからず不安は付き纏う。

 発案者である友灯ゆいとて、それは同じ。


 

 けれど。

 いつまでもビクビクはしていられない。

 こういう場合こそ、店長である自分が、景気なり血気なり付けなくては。

 覚悟を入れ直し、友灯ゆいが立ち上がった。



「すみませーん。

 遅れましたー」


  

 と、その時。

 この場にないはずの、最後のメンバーが到着した。



 チカチカと点滅するゴーグルを額に装備し。

 カラフルな差し色だらけの白衣を身に纏い。

 ついでに、何故なぜかベビー・ショルダーも装着し。

 全員の視線を独り占めにしながら、保美ほび 彩葉いろはは、明るく笑った。



「ごめんなさい。

 ちょっと、予期せぬトラブルに巻き込まれちゃって。

 でも、ご安心ください。

 不肖、保美ほび 彩葉いろは

 只今、『トクセン』に帰還しました。

 今後とも、改めて、よろしくお願い致します」

「ううん。

 来てくれてうれしいよ、彩葉いろはちゃん。

 ごめんね? 実家から戻って、ぐに入ってもらっちゃって。

 しかも、彩葉いろはちゃんがない内に大分、話を進めちゃって」

「とんでもないです。

 むしろ、光栄です。

 私が急いで予定を済ませて来たのは、1日でも早く『トクセン』に復帰するためなので」

「いや、まぁ……そう言ってくれるのは、ありがたいんだけどさぁ……。

 なんてーか、こう……責任者として、罪悪感が……」

「その辺にしておきましょうよ、ボス。

 すべ保美ほびが、自分の意志で、考えて決めたことよ。

 なにも、ボスが負い目を覚える必要はいわ」



 煮え切らない一方の友灯ゆいを慮り、助け舟を出す璃央りお

 普段はシオコン一直線だが、こういう時は決まって仲立ちしてくれるのが、中々にありがたかった。


 

「しっかし、保美ほびのホビホビっりには恐れ入ったわよ。

 まさか、折角せっかくのお見合い蹴ってまで戻ってくれるとはねぇ」

「だって、時代錯誤なんですもん。

 今時、強制送還かつ寿退社とか、尊厳破壊でしかないじゃないですか。

 おまけに、うちの親類ってば、ひどいんですよ。

 搦手まで使って、意地でも私を跡取りに嵌め込もうとして」

「『髪と目がオレンジ色だから、きっとお気に召す』。

 あんたのことだから、そんな謳い文句に釣られたんでしょ?」

「そうなんですよ!

 汚いさすが縁者きたない!」

「当たりかい。

 自分のだけじゃなくて、親戚の尊厳も大切にしろよ」

「今は、どうだっていんです!」

「まぁ、『今だけ』ならいか。

 で? なんったの?

 指し詰め、ウイッグかカラコンで偽造してたとか?」

「それだけじゃないです!

 てんで似合ってないし、やっつけ感しかぎて、その場でやっつけてやろうかと思いましたよ!

 具体的に言えば、カズラバ星のコウタ神ばりに似合ってなかったんですよ!」

絶対ぜったい、許してもらえなさそうな口の聞き方を慎め」

「鎧◯のみならず、ウィザー◯のネタまで入れて来るぅ!

 これは、ホビ・ポイント高いですね!!」

「キ◯・ポイントみたいに言うな」

「すみません、話戻しますね?

 本当ほんとうに、あの親類、信じられないっ!!

 久し振り会った従姉妹いとこに、お酌まで強要したんですよ!?

 おまけに、相手も相手で満更でもなくて、鼻の下伸ばしてるんですよ!!

 もう、思い出すだけで腸切りたくなる……!!」

「せめて、煮えくり返らせなさいよ。

 どこのリゼ◯のなんてエル◯よ。

 あと、テンションとキャラの移り変わり激しい」

「しかも、保美ほびの仕事を失笑したんですよ!?

 もう本当ホント絶対ぜったいただじゃおかない……!!

 今に、目にもの見せてやる……!!

 今度は向こうから求婚させて、完膚きまでに叩きのめして、全身、綺麗で自然な保美オレンジ色に染め上げてやる……!!」

「ピッコ◯さんかい。

 じゃあもし、仮に、なんの手入れもく最初からオレンジで、なおかつ仕事と特撮に理解のる男が現れたら?」

「検討の余地はありますね!」

ただし、ヒモだったら?」

「関係いですね!!

 オレンジは、すべてを凌駕するので!!

 オレンジと特撮の前に、障害なんていので!!」

「あんたは一生、結婚しない方がいと思う。

 よしんば、それらしい相手と出逢えても、ゴールインは無理よ?

 何故なぜなら、その前にあたしが立ちはだかる」

「あ、すみません。

 お気持ちはうれしいんですが私、ノーマルだし、ホビーとカラーと添い遂げるもりなので。

 それに、璃央りおさんにはオレンジは合わないと思うので。

 友灯ゆいならともかく」

「そういう意味じゃないわよ。

 てか、性格的にも合わないわよ。

 なによりあたし、既婚者よ」

「ごめん、そろそろいかなぁ!?

 すでに玄関で、お客様も大勢、お待ちだしさぁ!!」



 いつまでも続きそうだったので、友灯ゆいが無理矢理、話を遮った。

 忘れかけていたが、開店数分前である。



「ところで、彩葉いろはちゃん。

 ずっと気になってたんだけどさ。

 それ、なに?」



 彩葉いろはが着けていた、ショルダーに食い付く友灯ゆい



「あー。

 ケーちゃんです」

「……んぅ?」



 あっけらかんと返された予想だにしない答えに、首を傾げる友灯ゆい

 いや、確かに、髪色とかは背丈とかは同じだが。

 何故なぜそんな、コアラの親子みたいな感じに……?



なんか、しばらく私と離れ離れになったのが応えたらしくって、いつにく求められちゃって。

 で、私も私で、今までケーちゃんには袖にされてばかりだったので、悪い気もしなくって。

 つまり、ギブ&テイク、Win-Winですね」

「はぁ……」



 ……いくなんでも、変わりぎじゃない?

 てか、そのためだけに、ショルダー作ったの?



「安心してください。

 仕事はきちんとするようにと、確約してくれたので。

 しかも、それだけじゃないんですよ。

 ほら、ケーちゃん。

 さっきの、試しにみんなに見せてあげて」

「……分かった」

しゃべったぁ!?

 ほ、本物だぁ!?」

  


 友灯ゆいのリアクションを無視し、珠蛍みほとはボタンを押し、ショルダーを解除。

 赤ちゃんモードを止めた彼女は、一行の前に立ち。



「『トクセン』の皆さーん!!

 こーんにーちはー!!」



 いつもの無愛想さが吹っ飛ぶ、司会のお姉さんとなった。

 司会のお姉さんならぬ、岸開きしかいのお姉さん、爆誕である。

 目を閉じ、腰に手を当て得意気、満足気に胸を張る、後方母親面の彩葉いろは以外、一様にポカンである。



「お姉さんねー。

 普段は、ちょっとアレだけどー。

 大好きな保美ほびに頼まれたからー。

 今回くらいは、みんなと一緒に頑張ろうって、決めたんだっ!

 みんなも、お姉さんのお手伝い、してくれるかな?」



 手を後ろに回し、意味もく横に移動し、持ってないマイクを一同に向ける珠蛍みほと

 あまりのキャラ変に全員、否応く絶句する。



「とまぁ、こんな調子に、レジを受け持ってくれるらしいので。

 大人に対しては、それなりに受け答えしてくれるらしいので。

 これで、今度こそ万全ですね」

「まぁ……。

 ……かなぁ?」



 思わぬ助っ人の登場に、友灯ゆいは言葉をぼかした。

 あと、彩葉いろはの笑顔と、珠蛍みほとの変貌りが怖いので、えず触れないことにした。



 なにはさておき。

 これで、『トクセン』のメンバーは揃った。

 


「それじゃあ、店長。

 気合いの入る掛け声を1発、お願いするよ」

「うへぇ!?」



 オカミさんからのまさかの提案に、友灯ゆいは奇怪な声を出す。

 無茶振りもい所だが、他の面々からも期待と羨望、信頼の眼差しを注がれ、断り辛い。

 かといって、特撮の知識もい自分には、それらしい台詞セリフはパっと思い付かない。



「あれー?

 どうしたのかなー?

 君ならー、もっと大きな声、出せるよねー?」



 そこに、岸開きしかいのお姉さんの煽りが上乗せ。

 今度は友灯ゆいにピン・ポイントに、エアでマイクを向けられてしまう。



 悩みに悩んだ結果。



「……シュワッチ」



 と、ウルト◯兄弟に応援された鳥羽◯郎みたいなリアクションを取ってしまい。



「デアーッ!!」

「デュアッ!!」

「フーンッ!!」

「トゥアーッ!!」

「ヘァッ!!」

「テァーッ!!」



 そっち方面に明るい、ネタに飢えている6人も、速攻で乗る。

 無論むろん奥仲おくなか親子は置いてけぼりにして。



 すでに記憶を操作されているので、友灯ゆいたちには知る由もない。

 彼女から保美ほびたちを奪った張本人の目的は、依然としてベールに包まれているものの。

 こうして、友灯ゆいの同僚、家族、友人は戻り。



 やや締まらない形ではあったが。

 ここから、『トクセン』のターン、ステージが始まった。

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