9:氷のクイズ女王

 今までのは、単なる余興、前座であり、前哨戦。

 これより相手するは、我が家の実験を独り占めしている結貴ゆき

 フィクションでは、にこやかなタイプが実は断トツで怖かったりするが、うちも同じ。

 怒らせたくないのは、実は結貴ゆきこそなのだ。

 実際、結貴ゆきを敵に回した結果、その月のお小遣いをしにされた経験が、友灯ゆいには何度もる(陰で悠一ゆういちが埋め合わせしてくれたのが殊更ことさら、申し訳かった)。



 そんな、裏ボスがついに、動き出す。

 その証拠として、英翔えいしょう悠一ゆういちのみならず、自分にまで敬語を使い始めた。

 これは、結貴ゆきのスイッチがオンになった兆候。

 友灯ゆいは、心して掛からんとする。

 これから臨むのは言うなれば、こんにゃ◯の羽山◯己ルートのワン・シーンみたいな物なのだから。



「繰り返すようですが。

 どうして、なにも言わなかったんですか?

 どうして、実親じっしんである私やお父さん、ましてや優生ゆうにまで、なんほうれんそうかったのですか?

 多忙を極める身であるのは存じてますし、私のお小言を嫌いRAINレインを避けたかったのもうなずけます、ですが。

 だとしても、メールや電話の一通くらい寄越よこしてくれてもばちは当たらないのではないですか?」

「えと……」



 確かに、その通りだ。

 いくら親元を離れ、近くに住んでいるとはいえ、別に恋人や旦那がわけでもない、事実上の独身女性である友灯ゆい

 そんな彼女が、同居人や引っ越しについての説明を怠り、結果的に両親に心配を掛けたのは、紛れもい失策、汚点である。

 しかも、友灯ゆいは家事が不得手で、生活力もゼロに等しく、新しい仕事を始めたばかりな上に不案内で、しかもお見合い相手とは破局済み。

 これを黙っていた、隠していたとなれば、どれだけ善良な人間でも、流石さすがに眉をひそめるだろう。

 といっても、RAINレイン云々に関しては偶発的なミスだし、それについてだけはすでに釈明も済ませたのだが。



 ……冷静に考えると、中々にデタラメだな、自分。

 などと思い、言葉に詰まる友灯ゆい

 流石さすが英翔えいしょうも、こればかりは絶句、思案している。

 助け舟を出そう、えず誤魔化ごまかすべくなにかを話そうとする悠一ゆういちも、結貴ゆき一瞥いちべつされ、萎縮する始末。



 先程までのコメディチックな流れは一転。

 状況は、すっかり暗澹あんたんたるさまになってしまった。



 そんなムードを作りながらも痺れを切らした結貴ゆきは、あきらめた様子で溜息ためいきを零し。

 続いてテレビを点け、何故なぜかDVDを再生する。



「では、次のニュースです。

 本日、結婚詐欺の疑いで、男性が逮捕されました。

 逮捕されたのは、鷺島さぎしま 常習つねのり、32歳、無職。

 調べによりますと被告は、同時に複数の女性をたぶらかし、大金を騙し取っていたと見られます。

 被告は、依然として容疑を否認している模様もようです。

 また、怪物を模した緑色の何かと、白い服を着た女性が犯人を追い詰めたという情報が入っておりますが、詳しいことは判明しておりません。

 続報をお待ち下さい」



「……あ」

「あー……」



 なにかに気付きづいた様子ようす英翔えいしょうと、気不味きまずそうに頭を抱える友灯ゆい



 ここに来て、二人は理解した。

 一体、結貴ゆきなにに対して、もっと憤怒ふんぬしているのかを。



「少々、見てれが悪く、有り合わせ感、継ぎ接ぎ感は否めませんが。

 母の目は誤魔化ごまかせません。

 これは、どう見ても友灯ゆいのお手製。

 この、怪物と女性というのは、あなたたちですよね?」

「はい……」

「相違りません……」

「つまり、あなたたちが彼を追い詰めた。

 すなわち、あなたたちは彼の悪行を知っており、被害者としてではあるものの、くだんの騒動に関与していた。

 にもかかわらず、娘が犯罪者の毒牙にかかりかけていた事実をの当たりにした母が、どういう気持ちになるのかまでは知らなかった。

 少し考えれば、分かるはずでしょうに。

 友灯ゆいの未来を案じるあまり、お見合い相手の調査と認識が甘く、仕損じた私にも落ち度はりますが。

 候補として彼を紹介した私にとっても、責任問題だというのに。

 ことの重大さを、ご理解頂けましたか?

 万が一にも私が昨晩、ニュースを観ておらず、この事実を知らなかったら、どうするおもりだったんですか?

 まさか一生、騙し通すお積もりだったとでも?

 ともすれば私は、間接的に、自分の産んだ娘を手に掛けてしまっていたかもしれないんですよ?

 その償いをさせず、なにも教えられないまま、のほほんと生き長らえさせられるだけなんて。

 あんまりじゃあ、ありませんか?」

 


 徹頭徹尾、正論である。

 自分達、取り分け友灯ゆいには、報告義務が付き纏っていた。

 だというのに、それを放棄していた。

 これを怠慢と呼ばずに、なんと定めようか。

 この体たらくでは、結貴ゆきに問いただされている現状も、しかるべきではないか。



「……すみません。

 少し、話しぎましたね。

 では、今度こそ本題です」



 立ち上がり、ブリザードでも呼び起こしそうな冷たい瞳で、英翔えいしょう友灯ゆいを睨む結貴ゆき

 その圧迫感は、ただ事ではなかった。



森円もりつぶさん。

 すみませんが、友灯ゆいとは別れてください。

 あなたたちは、確かに好ましい関係のようですが。

 いささか幼稚、自分勝手、心許こころもとぎる。

 世界は、あなた方だけで回っているわけでは、決してありません。

 あなた方は、二人だけで生きているのでは、断じてありません。

 どうやらお二人は、スマホの画面に付いたほこりくらいにしか認識していない様子ようすですが。

 もっと、周囲に注意し、敬意を払い、配慮すべきです。

 臨機応変といえば聞こえはいですが、アドリブ任せ、その場限りでばかりいてはなりません。

 先程は、えて付け加えませんでしたがね、森円もりつぶさん。

 私は友灯ゆいに、『平和』に生きてしいんですよ。

 その性格上、ただでさえ友灯ゆいは、トラブルを招き易い。

 二人が出会ったタイミング的に仕方無いとはいえ。

 鷺島さぎしまの件も含め実際、森円もりつぶさんが止められた、助けられたのも、限り限りギリギリの場面ばかりじゃないですか。

 それに、ご近所さん伝いに耳にしましたが、楠目くずめという暴漢の襲撃には、あなたは間に合わなかった。

 大方おおかた、新しい友達とのお喋りにご執心で、友灯ゆいないがしろにしたのではありませんか?

 もしあの場に、守羽すわさんとやらが間に合わなかったら、信本しなもとさんとやらが一緒じゃなかったら、どうなっていたと思いますか?」

「……楠目くずめ?」

「……あ」



 知らない名前に、ポカンとする英翔えいしょう

 不味まずい、と顔で訴える友灯ゆい

 これを見逃すほど、今の結貴ゆきは弱くない。



「……それみたことですか。

 だから常々、言ってるんですよ、友灯ゆい

 もっと周囲を見ろ、頼れ、話せ、関心を持てと。

 あなたは、なにも変わっていないじゃありませんか。

 今日の反応を見る限り、森円もりつぶくんとは随分ずいぶん、お喋りに夢中になっている様子ようすですが。

 それはあくまでも、現状を楽しみ、安住してるだけなのではありませんか?」

「そ、そんなことっ!!」

「『彼のことなら、なんでも知っている』と。

 そう、豪語するのですか?

 では、答えてみなさい。

 彼の誕生日は?

 彼の出身は?

 彼の血液型は?

 彼の星座は?

 彼の十二支は?

 他にも、履歴書に乗せられそうな彼のプロフィール、エピソード、アピール・ポイントなどを一つでも言って見事、的中させてみなさい。

 さすれば私も、諸々の発言を即座に撤回致しましょう」

「そ、それは……」



 繰り出される、質問攻め。

 これが、『氷のクイズ女王』の異名を冠した所以ゆえんである。



 結貴ゆきの解釈は、正しい。

 自分達が話している内容は、あくまでも趣味趣向のことばかり。

 現に友灯ゆいは数分前まで、英翔えいしょうの前職すら知らなかった。

 楽しい、明るい話題ばかりで、後ろめたいこと、面倒そうな内容は、すべて眼中にかった。

 


 はたから見れば、それは完全に。



友灯ゆい

 こんなことを言うのは、私とて気が進みませんが。

 あなたが必要としているのは、『森円もりつぶさんのような好都合な相手』であって。

 現状、『森円もりつぶさん自体』ではありません。

 彼のような方なら、誰でもいのではありませんか?

 あなた方は、目先の享楽、快適さばかり優先しぎなんです。

 互いのことを、将来を、老後を、きちんと正面から見据えていない。

 それでは、双方にとって失礼ですし、あなた方の刹那せつな的な身勝手に振り回される周囲も気の毒です。

 大体、友灯ゆい

 さっきから、なんですか。

 自分から進んで電話もせず、こんな遅くまで寝るなど自堕落に過ごし、森円もりつぶさんにばかり語らせて。

 あなたは、合いの手を入れているだけじゃないですか。

 そういう態度が、『甘え』だと言っているんです。

 彼は、あなたの心の翻訳家ではないはずですが?

 それはつまり、趣味にかまけ現状維持に甘んじ、彼に頼り切り、おんぶにだっこ、傷の舐め合いに没頭していたという、動かぬ証拠。

 万人向けなパーソナルなデータをほとんど知らずにいたという、なによりの証拠ではありませんか」

「……っ!!」



 駄目ダメだ。

 悔しいけど、言い返せないし、言い負かせない。

 自分は、英翔えいしょうを知らなさぎている。

 彼の趣味、共通、性格にしか、興味を持たなさぎていた。



「本来、友灯ゆいは今頃、素的な殿方に、心身共に守られている手筈でした。

 上述の通り、その相手とおぼしき男性を失ったのは、私が原因です。

 しかし、だとすれば、新しい方を探せばいだけのこと

 一時の快楽に身を委ねたいがためだけに、確約された、安定した平穏を手放し目をそむけ伏せようなど、言語道断。

 危険と隣り合わせな今の社会に、無防備で独り身な愛娘を平気、笑顔で送り出す母が、どこにますか。

 有事のさいに娘を守れないような方を、私は絶対ぜったいに認めません。

 同性だろうと、異性だろうと、屈強な方だろうと、トコシエだろうと、関係い。

 現時点では、私はあなたを、あなた方を徹底的に許しません。

 それがいやなら、もうあなた方には一切、関与、感知致しません。

 この場で、絶縁しなさい。

 二度と、ここに足を踏み入れるんじゃありません。

 さぁ。覚悟が決まったのなら、ぐに出て行ってください。

 片方でも、両方でも。

 私も、すでに腹を括りました。

 どのような選択でも、私は一向に構いませんので」



「……」



 万事休す。

 八方塞がり。



 流石さすが英翔えいしょうも、ここまでだろう。

 今度ばかりは、分が悪ぎる。

 事前の準備が圧倒的、致命的に足りなさぎる。

 だからといって、ここで父に助力を願えるほど友灯ゆいは豪胆でも愚かでもない。



 最早、手札がい。

 自分達では、母に太刀打ち出来できない。

 思いが、場数が、執念が違う。

 あまりに、手強ぎる。



 無論むろん友灯ゆいとてあきらめたくはない。

 こんな所、こんな場面、こんな理由、こんな結末で、英翔えいしょうと離れるなど、死んでもごめんだ。

 だからといって、社会的にとはいえ、本当ほんとうに死ぬのは困る。

 今の自分には、店長としての責任が伴っている。

 スタッフたちを巻き沿いには出来できない。

 家族に絶縁された事実が明るみに出たら、『トクセン』は廃業待ったしだ。

 そんな人物が店長を勤める場所を、誰が好んで訪れようか。

 


 終わりである。

 英翔えいしょうとは、何もかも、おしまい。

 せめて『トクセン』だけは、どうにか存続出来できよう、尽力しよう。

 今度からは、自分一人で。



「……」


 

 そんな逡巡を友灯ゆいがしていると、不意に英翔えいしょうが立ち上がる。

 どうやら、道を違える決意を固めたらしい。

 遺恨は残るが、やむを得ない、さもありなん。

 ここまで付き合い、健闘してくれた彼を糾弾することなど、友灯ゆいには出来できない。

 


 深呼吸し、ぐ瞳を輝かせる英翔えいしょう

 彼から、次に発せられた言葉は。



「……東京です」



「ーーは?」



 意図が取れず、間の抜けた声を出す結貴ゆき

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする、悠一ゆういち友灯ゆい

 英翔えいしょうは、なおも続ける。



「水瓶座で、未年で、AB型。

 誕生日……は、置いといて。

 友灯ゆいさん、復唱」

「へ!?

 えと、東京、水瓶座、未年、AB型。

 誕生日は、不明」

「そこはいよ。

 あと、ありがと。

 出来できました。

 さて、お母さん。

 以上が、俺のパーソナル・データです。

 そして、その4つを、友灯ゆいさんはピタリと言い当てました。

 つまり、あなたが提示した『一つでも答えろ』という必要条件は、十分以上に満たしました。

 100点中400点です。

 よって、俺と友灯ゆいさん、及びお二人と友灯ゆいさんの関係は、現状維持ということで。

 異論はりませんね?

 はい、Q.E.D」



 ……。

 …………。

 ……………………。



「……はぁぁぁぁぁ!?」



 まさかの、ラグ頓知とんち。 

 さながら一休◯ んのごときゼンカイ脳っり。

 これを受け、発狂する結貴ゆき

 身を乗り出し炬燵こたつを叩き、英翔えいしょうを指差す。



「そんなのは詭弁、欺瞞です!!

 そのテストは、すでに失格!!

 娘には、もう受験資格さえりません!!

 第一、仮にチャンスが奇跡的に残っていたとしても、今のはれっきとした、堂々たるカンニング、違反行為じゃないですか!!」

「『カンニング禁止』なんて御布令おふれ、尾ヒレは、別にかったはずです」

るかぁ!!

 普通、考えなくても分かるわぁ!!」

「なら、俺達が普通じゃないだけ。

 俺達の業界では、ご褒美ですね。

 次からは精々せいぜい、お気を付けください。

 もっとも、次なんてありませんけど。

 なんせ今、勝ったんですから。

 敗者に相応ふさわしい、エンディングを見せたんですから」

「このっ……!!

 ああ言えばこう言う論の宣教師か、貴様……!!」

下手ヘタだなぁ、今の例え」



 先程までの、親馬鹿っりはどこへやら。

 友灯ゆいばりにツッコむ結貴ゆき



 炬燵こたつに乗せた両手で上半身を支え、肩で息をしながら、結貴ゆきも反撃に出る。



いでしょう。

 そっちがそう来るなら、こっちも新たな策、柵をこうずるのみです」

「あ。

 頭固いの、認めた」

「お黙り、若造。

 今度は、友灯ゆいのパーソナル・データを、あなたが全部、今この場で、ノー・ヒントで的中」

「宮城県。

 ……8月3日、未年、獅子座、AB型」

「させおったぁぁぁぁぁ!?

 うっそだろ、お前ぇぇぇぇぇ!?

 なんだ、こいつぅぅぅぅぅ!?

 なんだ、この怖さぁぁぁぁぁ!?」

「ジョイウーマ◯ですか?」

「ちゃうわ!!

 なんで、言い当てられた!?

 お前、自分のプロフィール明かし合ってなかったはずだろ!?」

「そもそも、出会って一週間も経ってないのに、知ってる方が不可解、不自然では?」

「じゃぁかしい!!

 この期に及んで、ことここに至って今更、正論振りかざして逃げおおせると思うな!!

 大体、ただならぬ関係であれば、知ってても、そこまで不思議じゃないだろ!!」

「少しは、不思議なんじゃないですか」

「揚げ足を取るな!!

 ブラック・リスト入り、出禁できん待ったしの、うるさ型の迷惑クレーマーか、貴様ぁっ!!」

「今の例えは、さっきより気持ち増しマシでした。

 ちょっとくどかったけど」

なんで、私まで採点されてるんだよぉ!!

 いから、教えろ!!

 なんで、友灯ゆいのプロフィールを知ってた!?」

「……ホーム・ページに記載されてて……?」

「そんなわけるかぁ!!

 個人情報、明けっ広げぎじゃろがいっ!!

 まだ芸能人じゃないんだぞ!?

 てか、思いっきり丸っきり疑問形だったろうが!!」

「……じゃあ、勘?」

「『じゃあ』ってなんだ!?

 お前の勘、さっきから一体、どうなってるんだよ!?

 こよなく恐ろしい、なんなの本当ホント全体的にぃ!!」

「……俺も正直、なんで分かったのかは知りませんが、結果オーライ。

 今度こそテストをパスしましたし、もういですよね?

 友灯ゆいさん、帰ろー」

「いや、帰らすかぁ!!

 流石さすがに、この状況では無理だろぉ!!

 今のお前、ただただ、娘のストーカーだぞ!?」

「ゴーストみたーい。

 略して、ゴーストーカー」

なんっでだよぉっ!!

 割と上手いことつなげんな、腹立つなぁ!!」



 結貴ゆきからのツッコミさえ物ともせず、呑気な英翔えいしょう

 そんな中、友灯ゆいは吹き出し、声を上げて爆笑した。



あきらめなよ、お母さん。

 こいつは、どんなシリアスな場面もたちまち喜劇に塗り替える天才なんだ。

 おまけに偏屈だし、何故なぜか知らんけど、あたし絡みでは全知全能、アンサー・トーカ◯並みに鋭い。

 ちょっと時間差るのが難点だけど。

 さっきの、見たでしょ?

 あたしはともかく、あたしことでこいつを敵に回したら、さしもの母さんでも、勝ち目なんて微塵もいよ」

「だ、だからといって!!

 娘の幸せを守れないような男に、友灯ゆいを任せられるかっ!!」

「結婚に反対する頑固親父みたいでした、今の」

「とりま、黙るぇぇぇぇぇ!!」

「まぁまぁ結貴ゆきさん、落ち着いて」

「今更のこのこ、しゃしゃり出て来んな、この駄目ダメ亭主風情ふぜいぐぁっ!!」

「んぐぉぉぉぉぉっ!?」

「お父さぁぁぁぁぁん!?」

「あ。

 ハン、バー、ガー」



 まさかの、八つ当たりからの両手グーパンチ。

 それを食らい、迫真のヤラレ芸を披露しつつ、倒れる悠一ゆういち

 憂いる友灯ゆい

 勝手にネタと取っている、英翔えいしょう

 事態は、すでにカオスとなっていた。



「あの、お母さん」

「お前に『お母さん』呼ばわりされる筋合いはいっ!!」

「そういう時代錯誤な寒いノリ、いんで。

 ちょっと、聞いてください」

「お前が振ったんだろがいっ!!

 しかも、拒否権しか!!」

「まぁまぁ、母さん」

「だから、ぁってろ、性懲りなしの、腰抜けマヌケがァ〜〜!!」

「んうおぉぉぉぉぉっ!?」

「お父さぁぁぁぁぁんっ!?」

「ワン・オー・エイトー。

 俺、エイトー。

 そーのーちーの、さーだーめー」



 根性無しみたいに言われながら、今度はガトリングをお見舞いする結貴ゆき

 冒頭からの貴婦人たる貫禄かんろくりが、嘘のようである。



 それはさておき。

 どうやら聞く耳は持つらしく、腕を組み胡座あぐらをかき、結貴ゆきは大人しく座る。

 ちなみに横では、悠一ゆういちがKOされている。



「確かに、俺は未熟です。

 友灯ゆいさんの体も、心も、未来も、幸せも、平和も、笑顔も、仕事も、仲間も。

 まだ守れないかもしれません。

 ……けど」

  

 

 結貴ゆきの眼前で、土下座する英翔えいしょう

 そこまでするとは思わず、結貴ゆきわずかにたじろぐ。

 が、英翔えいしょうは続ける。



「……今、ここに確約します。

 俺は、友灯ゆいさんを『自由』にしてみせます。

 この世界の、他の誰よりも。

 俺の命が、続く限り。

 俺の持てる、すべてを捧げて」



 それは最早、さながらプロボーズのようだった。

 そんな台詞セリフを、平然と言ってのける同居人。

 どう考えても、普通じゃない。



 しかし。

 この場で結貴ゆきを動かすには、充分だった。



「……もう結構です。

 これじゃ、まるでらちが明きません。

 あなたを打ち負かすには、私の寿命があまりに脆弱、脆弱です。

 いえ……友灯ゆいことであなたに勝てる人間など、もうこの世にないかもしれませんね。

 友灯ゆいの言った通り」

「お母さん……!!」

「それじゃあ……」


 

 姿勢を正し、英翔えいしょうに土下座し返す結貴ゆき

 そのタイミングで目覚めた悠一ゆういちも、それにならう。



「……英翔えいしょうくん。

 くれぐれも、友灯ゆいをお願いね。

 あと二人共、もう少し落ち着いて、社会人らしく、節度る行動を常に意識し、念頭に置くこと

 それさえ遵守出来できるのであれば。

 渋々、仕方しかたく、なくなく、ほんの一欠片だけ。

 ……認めるわ」

「あ。

 父さんは、最初から別に問題視してなかったから」

「あなた今回、ただスイーツ堪能しただけのお飾りでしたね」

「人を散々さんざん、サンドバックにしといて、言うか」

「失敬。

 でも、あれは、あなたが悪いんですよ?

 女の戦いに、無粋にも邪魔張りして」

「何を言っているんだ?

 英翔えいしょうくん、男性だろ」



 顔を上げ、痴話喧嘩を繰り広げる夫婦。


 

 友灯ゆい英翔えいしょうは、気付けば笑ってしまっていた。



「ところで、エイト。

 さっき、言いよどんでたけどさ。

 あんたの誕生日、いつなの?」

「……」



 英翔えいしょうの笑顔が、真顔に変わった。

 まるで、フリーズでもしたかのようだった。



「えと……。

 ……言わなきゃ、駄目ダメ?」

「うん」

「……どうしても?」

「不平等だし、遠慮だよね?」

「い、いやー……。

 ……どーかなぁ……」

「エイトー。

 あたし達に、遠慮は無用だったよねー?」

「……」



 急に、選手宣誓ばりに手を上げる英翔えいしょう

 さながら、旗揚げゲームのようだった。

 つまり白旗、降伏ということらしい。



「いつ、ってーか、そのぉ……。

 ……今日?

 ……的な?」

「……」



 今日は、1月25日。

 そして、英翔えいしょうは、水瓶座。

 ついでに、先程までテーブルに置いてあったのは、バースデー用と見紛うサイズのケーキ。



 つまり。

 今日こそが、英翔えいしょうの誕生日。

 



「はぁぁぁぁぁ!?

 なんで、そんな大事なこと、黙ってたんだよっ!?」

「……友灯ゆいさんに、要らん気を回させるかな、って」

「ったり前だろがいっ!!

 てか、要るわ!! めちゃくちゃ必要だわっ!!

 誕生日、馬鹿にすんな!!」

「……俺のだけどね」

「お前が、自分に興味持たなぎだからだるぉ!?」

「……友灯ゆいさんが言う?」

「お前が言わない代わりになっ!!

 てかあたし、プレゼントなんも用意してないんだけど!?」

「……もう、もらった。

 友灯ゆいさんの、笑顔と、自由」

「チャラい!!

 だが、嫌いじゃない!!」



 いつも通り、平坦ボイスで語る英翔えいしょう

 が、少し憂いを帯びた眼差しで、決まりが悪そうに告げる。



「……俺、友灯ゆいさんと違うから。

 物心がついた時にはもう両親|他界済みだし、育ててくれてた祖父母も見送ったし、兄弟や姉妹、従兄弟もない、天涯孤独の身だから。

 それに、前述の通り、友達や彼女も、出来できためしい。

 だから……友灯ゆいさんの仲直りのついでに、俺のことも、って。

 本当ほんとうの家族ではなくても、祝ってはもらえなくても、誕生日気分だけでもひそかに味わえたら、って。

 みんなを、都合良く利用しちゃった。

 ……ごめん」



 明後日の方を見ながら、神妙に身の上話をする英翔えいしょう

 それを聞きたまれるほど友灯ゆいは物分かりがくない。



「……っ」

「……友灯ゆい、さん?」


  

 無言で、英翔えいしょうに抱き着く友灯ゆい

 訳が分からず、視線を戻しながら受け止める英翔えいしょう


 

 本当ほんとうは、もっと熱く行きたい。

 激情のままに、思いの丈をぶつけたい。

 けど今は、今だけは、何としてでも抑えなくては。

 折角せっかくのパーティーに、水を差してしまう。



「……都合良く利用してるのは、あたし

 いつも、いつも、エイトを便利に扱ってる。

 エイトが、ノリノリで活用されたがるのをことに。

 あたし……ずっと、不満だった。

 今更、この関係を崩したりは出来できそうにい。

 ほぼ完璧なエイトに、あたし出来できことなんて、限られぎてて、パッとは思い付かない。

 エイトがしてくれた分に見合うかどうかも、はなはだ怪しい。

 ……けど、それでも

 せめてあたしだって、それなりの事を、エイトにしたいな、って。

 借りを、恩を、きちんと返したいな、って。

 そんな絶好の機会が、やっと来たんだ。

 おあつらえ向きなタイミングが、ようやっと訪れてくれたんだよ。

 ……うれしくって、飛び付きたくもなるよ」


 

 母が言っていたのは、間違いい。

 自分達は、少し刹那せつなぎる。

 目先の楽しさに気を取られてばかりで、周りを見ていない。

 互いのことを、知らなさぎている。



 ゆえに、こういう大事なことや、悲しい背景だって、分からない。

 そういう流れが生まれない限り、しんみりした過去、気持ちなんて、把握出来できない。  

 この一週間で自分は、これだけの体たらくを、臆面もく、エイトに披露し続けているというのに。


 

 もっと、話したい。

 もっと、打ち明けてしい。

 特撮だけじゃなく、バディとしてでもなく、エイト自身のことも、もっと勉強したい。

 

 

 もう、手遅れかもしれない。  

 自分達の関係を見直し、改善して行くことなど、難しいかもしれない。



 だとしても。

 変わりたいという気持ちがれば、きっと、可能性はゼロではない。

 そう、信じたい。

 


 であれば、この席で自分が言うべき一言は。

 プレゼントの代わりになりそうな台詞セリフは。

 今、最も、主賓に届けるべき言葉は。

 そんなの、パッと思い付く。



「……お誕生日おめでとう、英翔えいしょう

 ……産まれて来てくれて、ありがとう。

 ……あたしと出会ってくれて、ありがとう」

「……友灯ゆい、さん……」



 少し離れ、彼の胸に顔を当て、両手を繋ぎ、精一杯、友灯ゆいは伝える。

 全身全霊で、感謝の意を表する。

 


 自分は、頭も要領も、口調も性格も悪い。

 でも、今日くらいは、最低限だけ着飾りつつ、なるべくオープンに、祝いたい。



 彼を、い意味で泣かせたい。



 そんな心境を、汲み取ってくれたのだろう。

 アイ・コンタクトを取り、うなずき合い、結貴ゆき悠一ゆういちが二人に近付く。



「お誕生日おめでとう、英翔えいしょうくん」

「おめでとう、英翔えいしょうくん。

 ただ、そういうことは、次からはきちんと共有なさい。

 あなたたちは、相棒なんだから」


 

 腕組をし、少しバツの悪そうに頬を掻き、結貴ゆきが告げる。



「……それと、来年からはうちで祝うといわ。

 同僚さんやお友達も呼んで、盛大にリベンジしましょう。

 あなたはもう、立派な家族だもの」

「……お母さん……」

「それは禁止」

「……難しい……」

「悔しければ、もう少し好感度を上げられるよう、精進なさい」

「つまり、レスバ……」

「言ってるそばから下げないでくれません?

 バトル漫画方式で仲良くなろうとするんじゃありません」



 またしても火花を散らしそうな二人。

 英翔えいしょうは、ぼんやりとした調子で、ふと腕時計を眺め。



「……あ。

 あと、1分」

巫山戯ふざけんなぁぁぁぁぁっ!

 誕生日、おめでとよぉぉぉぉ!!」



 こうして、いつも通り締まらない形にはなったが。

 三八城みやしろ家にて、英翔えいしょうの誕生日パーティーが始まった。





  帰り道。

 一仕事終え、友灯ゆいは伸びをしていた。



「いやー、なんとかなったなー!

 どうにか、耐え抜いた、生き抜いたっ!!

 RAINレインのID交換もせずに済んだ!!

 これで、あたしは……自由だぁぁぁぁぁ!!」

「犬井ヒロ◯?

 そぉーれはどうかなぁ~?」

「ハリケンジャ◯出てたクイズ番組!

 あと、文脈入れろ!

 これ、RAINレインじゃないんだぞ!?

 てか、なんじゃ!?」

「それ」


 

 ヒョイッと掲げられたのは、最早お馴染み、ビム太郎たろう

 無論むろん、カラーは赤。

 この時点で、友灯ゆいは察した。



「お前……。

 ……まさか……?」

「我、結貴ゆきさんと悠一ゆういちさんのID、得たりー」

巫山戯ざっけんな、手前ぇぇぇぇぇ!!

 何回、友達に増やしに行くんだよぉ!!」 

「夏休みに旅行に行きまくる対象Fにツッコむ会長」 

「クイズ形式で元ネタ当てるの、めるぉ!!

 てか、あたしを、誰よりも自由にするんじゃなかったのかよぉぉぉ!?」

「それはそれ、これはこれ。

 節度、大事」

「このっ……!!

 このぉぉぉぉぉっ……!!」



 言葉を失うほどに、怒り狂う友灯ゆい

 念の為に沿えておくが、完全に理不尽である。

 


 ムシャクシャした友灯ゆいのスマホから、やにわにメールの通知音が鳴る。

 差出人は、母。



「……」

  


 見たくない……でも、見ないと連れ戻される……。

 


 背に腹は代えられず、確認する友灯ゆい



 瞬間、言葉を失った。


 

「……友灯ゆいさん?」

  


 立ち止まった友灯ゆいを憂い、前方から振り返る英翔えいしょう

 スマホをしまい、友灯ゆいは背中を向ける。



「ちょっと、スマホ忘れた!!

 取って来る!!」

「今、持ってた……」

「じゃなくて、えと……!!

 お前、ムカつく!!

 別行動!!

 先、帰れ!!」

なんで片言?」

「うっさい、バーカ!!」

「満点回答」



 マイ・ペースな英翔えいしょうを置き去りに、本当ほんとう三八城みやしろ家に帰る友灯ゆい



 玄関にて、すでに母が待機済みだった。



「お母さん!!」

 年甲斐もく、ストレッチもしに全力疾走した結果、崩れた息を直しつつ、友灯ゆいは確認する。

「『エイトには言えない、大事な話』って、なに!?」



 メールの文面を、そのまま読み上げる友灯ゆい

 


えず、中に」

いから、教えて!!

 多分、エイトが待ってる!!

 まだ、外で!!

 あいつは、そういうやつだから!!

 早くしないと、あいつ……あいつ、風邪引いちゃう!!」



 気遣いを無視し、促す友灯ゆい

 結貴ゆきは、やや迷ったあと、打ち明ける。



 友灯ゆいは、そこで唐突に思い出した。

 今でこそ一戦を退いたが、母は元々、心理学の第一人者、エキスパートだったことを。

 高名かつ公明正大な、この町では知らない人がない、なんなら他の県からも患者が訪れていたほどの、精神科医だったことを。



「……英翔えいしょうくんに、けて。

 い子なのは、今日の一見、一件で熟知した。

 けど、彼は……明らかに、がおかしい。

 それがなになのかは、今の私には見当もつかない。

 けど、これだけは確かよ。

 彼は、私達とは、似て非なる存在。

 占いとか予知能力とか、そんな生易しい、チャチなたぐいじゃ断じてない。

 もっと遥か先を行く、恐ろしい、現代の文明、人知を超えた存在……。

 もしかしたら……」

「……『もしかしたら』?」



 視線を泳がせ、自身のコートを脱ぎ友灯ゆいに重ね着させ、結貴ゆきは告げる。

 体ではなく、心……芯から凍えそうな、一言を。



英翔えいしょうくんは……。

 ーー『』ーー。

 ……かも、しれない……」



「ーーえ」



 雪の降り頻る町にて、新たに生まれる疑い。

 突如として刻まれる、カウント・ダウン。



 謎に満ちた相棒、森円もりつぶ 英翔えいしょう。 

 彼の真実が明かされる時は、刻一刻と、目前に迫りつつあった。

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