5:卒・業・切・苦

「あ、ユーさん。

 いらっしゃーい。

 いや……おかえり?」



 た。

 思いっ切り、店内に。



「何やっとんじゃ、おめぇぇぇぇぇ!?」

森円もりつぶ 英翔えいしょうって言います。

 いつも、ユーさんがお世話になってます。

 これ、つまらない物ですが、お近付きの印に、良かったら受け取ってください」

「話聞かんかい、グォラァ!!

 大体、『ルパパ◯まんじゅう』と『ユグドラ汁』ってなんじゃあ!?」

「え!?

 もしかして、お手製でござりますですか!?

 少なくとも前者のアイテムは、保美ほびの記憶にウルトラいですよ!?」

「この前、紫音しおんに絡んでた、紫音しおんのパチモン男じゃない。

 てか、うち紫音しおんの次の次の次の次の次の次の次の次の次、永遠かつ絶対に越えられない壊せない無数のかべの次くらいい男ね。

 ちなみに、順位は。

 1位は、満面朱を注いで蒸気出しながら、あたしに告白、プロポーズしてくれた時の、勇敢な紫音しおん

 2位は、強気でドSなフィジカル中のギャップ萌え紫音しおん

 3位は、ツンれてる可愛かわい紫音しおん

 4位は、スーアク中のキレッキレな紫音しおん

 5位は、益荒男ますらおキッカーの格好かっこ紫音しおん

 6位は、優しく穏やかに寄り添ってくれる紫音しおん

 7位は、無邪気で楽しそうに美味しく料理してくれる紫音しおん

 8位は、一人でると決まって無意識に鼻歌口ずさみ、バレて恥ずかしがってる紫音しおん

 9位は、年甲斐もく『もぉ』『ウマシカさん』と連呼してる紫音しおん

 10位は、雷と虫と注射と暗所と高所と閉所を怖がって泣きじゃくる紫音しおん

 以上、盤石ばんじゃくの布陣。

 あたしのかんがえたさいきょうの紫音しおんデッキよ」

「リオねぇ……。

 恥ずかしいし、その比較とランキング、要る……?

 ボーボ◯さんみたいになってる……。

 その盤の石、薄紫しかい……。

 もぉ……リオねぇの、ウマシカさん……。

 あと、ありがと……」

「今時は、料理上手の男も多いんだねぇ。

 時代は変わったねぇ」

「カラフルおにいちゃん、ごちそうさまー」

「ちゃんとお礼言えて偉いわよ、新凪にいな

「いや、揃いも揃って、適応性の高さっ!!

 てか保美ほびちゃん、いつ起きた!?

 そして、シオコン極めれり、アドリブ力ヤッバ、流石さすがシナリオ・ライター、あと夜の紫音しおんくんエッモロッ、サイッキュー!」



 盛大にズッコケそうになったのをなんとか耐え、面々にツッコむ友灯ゆい

 サポート役とおぼしい英翔えいしょうだったが、早々に騒動の元になった。



「あのぉ……結局、どちら様で?」

若庭わかばさん、ナイス!!」



 自分以外にもストッパーがたと知り、ガシッと厚い握手を交わす友灯ゆい

 先程、ひそかに若干、迷惑扱いしていたくせなど、うに棚に上げている。

 相変わらずの、自分勝手さである。



「失礼します」



 困りながらも満更でもなさそうな顔を若庭わかばがしていると、二人の手を保美ほびが離す。

 彼女は、そのまま友灯ゆいを見詰める。



「結局、司令とは、どういったご関係で?

 いや、私は別にいってか、関係も興味もいんですけどね。

 今のだって、閑話休題したかっただけで、『なに友灯ゆいさん独り占めしてるのよ、ムカつく、私にもニギニギさせろ』なんて一切、全く、てんで、微塵も、これっぽっち、欠片かけらも思ってないんですけどね」



 いや、思ってるだろ、どう見ても。

 この場にる全員の声が、一つに重なった。



「……あんたたちも、どういう関係なのよ」

「羨ましいんですか?

 あげませんよ?」

「要らんわ。

 うち紫音しおんさえれば、あたしは無人島だろうと大気圏だろうと生き抜いてやるわよ」

「オブラート!」

「リオねぇの中のボクって、なに……?」

「同居人です」

「お前ぇ!

 今この場で一番、重要なこと、サラッと言うなぁ!!」

「はぁぁぁぁぁ!?」

「あ。

 化けの皮、剥がれたわ」

「Ad◯さんみたいな声だったね」

「ジャジャジャジャーンヌー」

「それ、他人の空似よ。未発表だけれど」

「そんなの、どうでもいです!

 てか、友灯ゆい!!」

「捨てたな!?

 衆人環視の場で、ついに呼び捨てレベルまでベタ踏み込んで来やがったな!?

 ルール違反者ばっかだなぁ、あたしの回り!」

「ユーさん、おまゆう、おまつみ、ダウト」

「それです!

 さっきから気になってましたが、なんで愛称なんですか!?

 その人ばっか、ズルいです!

 若庭わかばさんも!

 私という親友がありながら……!!

 私でさえ……保美ほびでさえ、あだ名もニギニギもまだなのにぃ!!」

「ケルる覚醒条件、増えたわよ。

 ホビホビ、イロイロと来て、ユイユイね」

「悪魔の◯染みて来たね。

 しかも案の定、建前だったね」

「難儀だねぇ、若者は」

「おい、援軍ぅ!!

 はよ助っ人せぇやぁ、キャンセラーせぇやぁ!!」



 友灯ゆいの叫びを無視するかのごとく、冷静さを取り戻した彩葉いろは英翔えいしょうの前に立ち、彼を一方的に睨む。



「初めまして。

 保美ほび 彩葉いろはっていいます」

一昨日おととい、会いましたよ」

「そうだったんですね。

 すみません、気付かなかったか忘れてしまいました。

 その時点では、あなたにまるで興味も用もかったので。

 で、先程、私の友灯ゆいさんと『同居』してるという、素通り出来できない発言がありましたが?」

あたしは物じゃないし、ましてや保美ほびちゃんは所有者でもないんだよなぁ」

「上述の通り、同居してます」

「っても、部屋どころかフロアさえ別な、アパートみたいな感じだけどね」

「『同棲』じゃなくて、『同居』なんですね?

 つまり、恋愛、フィジカル関係ではないと?」

「どーせいっちゅうねん、この状況」

「うん。

 本当ホントはお金の関係になるもりだったけど、断られたし」

「おかっ……はぁぁぁぁぁ!?」

「エイト、貴っ様ぁぁぁぁぁ!!

 断トツで稚児ややこしいとこさきに持って来んなぁ!!」

「ちょっと黙ってて、友灯ゆい!」

「ごめん、保美ほびちゃんにだけは絶対、言われたくないし、言われたくなかった!!」



 話が進まないのは確かなので、しゃくだが友灯ゆいは黙ることにした。



「さぁ、始まりました、第1試合。

 実況は私、世紀のイケビジョオー、信本しなもと 璃央りおがお送り致します」

「おめーも黙れ!

 面白がりたい時だけ都合良しゃべんな!」



 無理だった。



「だって、あれでしょ?

 男慣れしてなさそうなボスのことだから、フレンド・チックな関係でしょ?

 お金云々はともかく。

 なら、なんの心配も問題もいじゃない」

「だとしても少しは同性、同僚として気にしてくれないかなぁ!?」

「知らないわよ。

 あたしは、紫音しおんさえ無事、清廉潔白なら、放任主義を貫くわ。

 だから、さっさと事実確認だけ済ませて、本題に入りましょうよ。

 いわね? 保美ほび



 我関せずっぽく振る舞いながらも、要点は掴んでいる璃央りお

 不承不承としていたが、納得したのか、彩葉いろはも首肯した。



「『お金』って、なんことですか?」

「特撮トーク聞いてもらう仕事」

なんだ。

 意味不明ですけど、至って健全じゃないですか」

「俺達、『トモコイ以上シンエン未満』、略して『トコシエ』だから」

「更に意味不明ですが、分かりました。

 つまり、本当ホントに何もいんですね?

 プラトニック以下の、なんでもない関係なんですね?

 キスとか、それ以上とか、ワン・ナイトとか、特にいんですね?

 まぁ? 私はぁ? 親友だからぁ?

 さっきまでぇ? 友灯ゆいさんとぉ?

 抱き合ってましたけどぉ?」

「……ハグは、った?

 あと、一夜は明かした?」

「ドアホォォォォォ!!」

「ハァァァァァグゥゥゥ!?

 一夜はぁぁぁぁぁ!?」

「地味に使いこなしつつあるわね、あいつ」

「持ちネタにしてるね」

「まちゃまち◯染みて来たねぇ」

「はぐた◯みたい」

「あ、あのっ、あれですよ、きっと!

 友達としての、親愛のハグですよ!

 ね!? 店長さん!」

若庭わかばぁ!!

 あ……アネキ〜!!

 俺と結婚してくれ」

「え、えぇっ!?

 すみません、もうしてます、無理です、不義理になるので、娘もるので!

 どうか、平にご勘弁を!」

「同性云々、スルーしたわね」

「ユーちゃん、やさしいもん。

 ユーちゃんになら、マーマ、あげる」

「多様性の時代だねぇ」

「い、一夜は、スルー……。

 は、恥ずかしい……」

「そこ!!

 親密度と悩みの種、増やさないでください!!」

「おめーの所為せいだべ、半分くらいはぁ!

 あと紫音しおんくん、可愛かわいいけどラグい!

 それから新凪にいなちゃん、言質、許可ありがとう!!」



 友灯ツッコミが機能しなくなりつつあるので、以下割愛。



「なーんだ。

 どこも怪しくないじゃないですか。

 現代的で、い関係ですね。   英翔えいしょうさん、これからも友灯ゆいを、よろしくお願いします」



 と、長きに渡る攻防戦の末、最終的には満面の笑みで受け入れる彩葉いろは

 ようやく本題に入れそうで、友灯ゆいを始めとした面々は一安心なのだった。

 


 一方、騒動の元になった英翔えいしょうは、ぼんやりとした様子で、友灯ゆいに尋ねる。



「……妹?」

「まぁ……かなぁ?」

「把握。

 英翔えいしょう彩葉いろは、ともだーちー」

「SNSのフォロー感覚で友達増やすの止めろや。

 リアア◯でもしたいんか」

いですよ。

 その方が筒抜けで、私も色々と安心なので」

「おめさん、本心隠さなくなって来たな」

むしろ、隠なくなって来てるのは置いといて。

 森円もりつぶさんは、どうして、ここに?

 今の所、単なる愉快な愉快犯でしかないけど?」

「目的は、幾つかる。

 ずは、これ」



 英翔えいしょうは何枚かのカードをだし、友灯ゆい以外の全員に配る。

 そこには、QRコードとURL、『特トーク』という名前が記されてあった。



「近日、サ開。

 特撮専門の、顔出し自由のラジオ、動画配信アプリ。

 色んな会社が協賛してくれてて、無料で合法的に、実況動画とかも挙げられる仕様にするもり。

 他にもレジェンドのキャスト、スタッフのオーコメも導入予定。

 スパチャやコメントなども設けるけど、無法地帯になるのを避けるべく、配信自体は、りすぐりの特トーカー、少数精鋭で行いたい。

 そのために、熱くてキレのい『トクセン』の力、お借りしたい、頼んます」

あたし以外にも披露すんなや。

 特濃な情報量、一言でギッチギチに詰めるキャリー・バッグぐせ

「つまり、多かれ少なかれ特撮通な私達を、ベータ・テスターとしてスカウトしたいと?」

「面白そうじゃない。

 イケビジョ脚本家の腕が鳴るわね」

「イケビジョ、要る?

 でも、顔出し無しなら、ボクもしてみたい、です……」

「ほんでもって本当ホントに臨機応変だなぁ、うちはぁ。

 まるであたしがリソース不足みたいだわぁ。 

 てか、あんたそれ、どうやって用意したのよ」

「……頑張った」

「入居して当日、即フローリングから和室に作りを違くした轟少年か、おめーは!」

「つまり、詮索無用ってことかい?

 でも、折角せっかくのご厚意だけど、私は力になれないよ?

 お恥ずかしながら、私は特撮について不案内だからねぇ」

「問題ありません。

 むしろ、あなたをメインで誘いに来たまであるので」

「ほう?

 面白いことを言う坊やだ。

 一体、どういう魂胆だい?」

「こういうのです」



 特撮の知識こそ薄いが、客商売の大ベテランではあるオカミさん。

 事実上の『トクセン』のドンに対し、正面切って向き合える辺り、こやつメンタルお化けだな、と友灯ゆいは遠巻きに思った。



「『トクセン』同様、『特トーク』も、ご新規様への門を広くしたい。

 故に、新鮮なリアクションを見せてくれるビギナーの配信者も仲間入りしてしい。

 特撮に詳しくないけど、興味はる、詳しくなりたい、丁度あなたみたいな人。

 そして……」



 友灯ゆいをチラ見し、覚悟を決め直す英翔えいしょう



 彼と衣食住を共にしている友灯ゆいには、分かった。

 彼が『特トーク』を用意した、真の意図が。



「ーーユーさんみたいな、新人を」



 流れる静寂。

 注がれる視線。

 遅くなる時間。

 止まりかける呼吸。



 ああ、そうだ。

 友灯ゆいは、改めて思い出した。

 英翔えいしょうは、そういう男だ。



 不器用で、不鮮明で、長々しくて、辿々しくて。

 でも、友灯ゆいに対する思いだけは、誰よりも熱く、ぐな好青年。

 これまで幾度となく卑怯な選択を繰り返して来た自分に代わって、その罪を一身に背負い、償う時間チャンスをくれる、最高のバディ。

 それが、自分が出会い、選んだ、森円もりつぶ 英翔えいしょうという男。



「……なんなんだよ、馬鹿バカ

 不格好に、格好かっこ付けやがってやぁ……」

「ユーさんも、割と一言、余計」

「『この件に関しては、何もしない』って、明言したくせにやぁ……!」

「『この場では』って言った。

 今は、ではない。

 場所は、同じだけど」

「屁理屈も、ジョークも、ド下手なくせにやぁ……!

 計算だけは、外さずに当てやがってやぁ……!!」



 誰よりも性格、都合、察し、用意、格好かっこい。

 あたしの、あたしだけの、あたし専属のヒーロー。



「ユーさん」


 

 心も顔も頭もグシャグシャな友灯ゆいの肩を、英翔えいしょうが優しく、抱き締める。

 ポンポンと背中を叩く。押してくれる。



「……頑張ろ?

 一緒に」



 待ち望んでいた言葉を、絶好のタイミングで届けてくれる。



 友灯ゆいは、もう迷わない。

 だって、迷ってる暇なんてい。

 誰が、いつまでも相棒に、自分の重荷を背負わせてばかりいるものか。

 


 大丈夫。

 勇気も、元気も、好機も、英翔えいしょうもたらしてくれた。

 嬉し泣きは、えず先延ばしだ。



 あたしは、やれる。

 いや……やれなきゃ、ならないんだ。



みんな……!!

 ……ごめんっ!!

 あたし……あたし本当ホントは!!

 特撮、全然、知らないのっ!!

 むしろ、ちょっと前……エイトに出会うまで、一笑に付してた!!

 子供向けだろ、カラバリ出し過ぎ、薄利多売の4番エース、子供向けと大人向け何が違うんだよ、値段バグってる、ちょこちょこダサい、やっかましいわって!!

 店長に抜擢されたとか訳分からんけど、成り行き上、『トクセン』に入っただけなのっ!!」



 英翔えいしょうから離れ、負担がかからないレベルで腰を折り、陳謝を開始する友灯ゆい

 本当ほんとうは土下座でもしないと気が済まない所だが、そしたらかならず、英翔えいしょうが起き上がらせる、自分が再び土下座、英翔えいしょうが起き上がらせるの無限ループが出来上がる。

 しかも、目の前にはお子様、自分達が最も大事にすべきお客様がる。

 これ以上、大人気おとなげない部分は見せられない。



 いや……ひょっとしたら、これも単なる言い訳、自己満足やもしれない。

 なんの意図も悪意も無い一言が、当て擦りに思えてならず、苦しみや悲しみや悩みから解き放たれたいだけかもしれない。

 自分が想像するより、三八城みやしろ 友灯ゆいは、悪賢く利己的なのかもしれない。



 でも、知ったことか。

 だから、なんだというんだ。

 


 どんな形、姿勢だろうと、これも自分の心。

 真実はどうあれ、今は誠心誠意、全力で謝り通すのが筋だ。



 実際の所なんて、どんだけ考えても分からない。

 迷宮入り、堂々巡りを繰り返すだけだ。



 ならば、そんなのは後回し。

 優先すべき場面は、ここじゃない。

 


「それだけじゃない……!!

 保美ほびちゃんさっき、『おざなりにしてるかも』って言ってたけど、違う!!

 してたのは、あたしあたしが皆を、おざなりにしてたの!

 あたし……本当ホントみんなと、もっと一緒にたかった!

 休憩室やお昼もそうだし、飲みにも映画にもカラオケにも行きたかった!!

 でも、無理だった!!

 しかも、形だけ、名ばかりの最低男を優先したからじゃない!

 偽りだらけのポスト、ちっぽけでどうしようもないプライド、時代遅れの世間体のために、適当に取り繕ってた!!

 やろうと思えば、あんなやつ、いつでも捨てられた、でも出来できなかった!

 好都合な理由が、それしかかったから!

 みんなからも、現実からも、自分からも逃げるための、口実が!!」



 自分の罪深さ、欠点の多さ、未熟さにもろさ、その他諸々。

 エイトに出会ってから自分は、己のダメダメ加減を思い知らされてばかりだ。

 


 本当ほんとうに……なんでこんな、特撮以外、自分のことさえ右も左も分からないド素人が、店長なんて大役を仰せ付かったのか。

 一体、上層部は何を考えているのか。

 あるいは、何も考えていないのだろうか。



 真相は依然いぜん、闇の中。

 自分のような無力で無知で厚顔無恥な新参者は、確かめるすべを持ち合わせていない。



 でも、きっと、自分にはあるのだ。

 上が、エイトが認める、期待してくれる、なにかが。

 伊達や酔狂、一時の気の迷い、見栄えなどで選ばれたわけでは、決してないはず



 なれば自分には、与えられた職務を全うする義務がともなう。

 店長に任命された以上、従業員にもお客様にも、それらしい毅然とした態度で接しなくてはならない。

 


 だから自分は、たった今、それまでの自分をかなぐり捨てるのだ。

 すべての嘘を打ち明け、清算しなくては、みんなに対して不義理でしかない。

 自分だって、どんどん追い込まれ、ドツボに嵌まる一方だ。



 い加減、決別しなくては。

 嘘吐きで、非力で、ズルくて、他力本願な自分と。

 みんなと、もっとちゃんと向き合う、つながるために。



 ヒート・アップしていた精神を落ち着かせ、深呼吸し、友灯ゆいは静かに、真顔で向き直る。

 ひょっとしたら、これが終わりかもしれない。

 最後くらいは、店長それらしい姿で締めたい。

 たとえ似合わない、不釣り合いなのは、百も承知であったとしても。



「……みんな

 今まで、本当ほんとうに、ごめん。

 あたし……みんなが思ってくれてる、期待してくれる、信じてくれてるほどの器じゃないの。

 今朝、信本しなもとさんが仕事前に言ってたのも、当然だと思う。

 あたしに幻滅したのなら、リコールしてくれても一向に構わない。

 正直、かなり複雑だし、次の食い扶持ぶちの目星もまだだけど。

 全部、あたしがしでかした馬鹿バカだから……甘んじて、受け入れる」



 みんなと働けて良かった、とか。

 本音を言えば、とか。

 今までありがとう、とか。



 そういった未練がましい言葉を、友灯ゆいえて慎んだ。

 そんな思わせ振りな、みっともない発言が許される立場にはない。

 それだけの裏切りを、自分は重ねて続けて来たのだから。

 


 これから向けられるかもしれない罵詈雑言も、自分は聞き入れなくてはならない。

 みんなに、ちゃんと報いるためにも。



 これでも、仮にも、曲がりなりにも、自分は店長。

 普段の困らされっりはさておき、みんなの人となりくらいは最低限、把握済みだと自負してる。

 あくまでも仕事、同僚の範囲内で、ラインを超えた部分まで誹謗中傷が及ぶこといだろう。



 そう思い、友灯ゆいは頭を下げ、謝罪を終えた。



 故に、気付かなかった。

 璃央りおたちの間で、どんなやり取りが行われていたかなど。



「……あー。

 これ、もしかして……」

「もしかしなくても、リオねぇ所為せいだよね」

「な、何よっ!?

 あたしが、あたしだけが一方的、全面的に悪いっての!?」

「悪かったのは、言い方とタイミングだけど。

 リオねぇも、引き金にはなってるよね」

「さ、さぁ、信本しなもとさん!

 みそぎも兼ねて、どーぞ前にっ!」

保美ほびぃっ! あんたねぇっ!

 二人揃って、背中押すなぁ!

 てか、紫音しおん保美ほびだって、同罪でしょうがっ!

 あんただって、あの場にたし、ずっとペンディングしてたじゃない!

 あたしにだけ責任転嫁するんじゃないわよっ!」

「『今は様子見、泳がせときましょう』って言い続けてたの、リオねぇだよね」

「『本当ホントに限界そうだったら、あたしが切り込む』って言ったのも、信本しなもとさんですよね?」

「ここで全部、きちんと正面切って言えたら、リオねぇ、イケビジョオーってるよ」

「あんたたち……!!

 ここぞとばかりに、このあたしを出しにしてからに……!!」



 ……さっきから、なんの話をしてるのだろうか。

 謝っている都合というか態勢上、友灯ゆいは現状を掴み兼ねていた。

 


 なになにやら、ちんぷんかんぷんではあるが。

 気付けば璃央りおの靴が視界に入った。

 どうやら、彼女が一歩、前に出た? 出された? 模様だ。



「あー……ボス?

 えず、直ってくれないかしら?

 あたしからも、説明ってか釈明がるし……」

「え?

 う、うん……」



 えず、従う友灯ゆい

 気付けば彼女の周囲には、バツの悪そうな顔をした3人と、どことなく訳知り顔な英翔えいしょう奥仲おくなか親子、ポカンとしながら若庭わかばの服を引っ張る新凪にいなた。

 


 静まり返った店内。

 やがて、後頭部を掻き、腹を括った璃央りおが語り出す。



「実を言うとさ、ボス。

 あたしたち、大なり小なりお見通しだったのよね。

 ボスが、特撮に不案内なのも。

 ボスの彼氏が、人でなしっぽいのも。

 ボスが、あたし達を遠ざけ、避けていたのも。

 朝に語ってたのも、『何度も陰でコソコソと3人で、ボスと仲良くなるための作戦会議してたけれど、ここらで本気で、腹を割ってボスと話したいわね』ってだけの内容なのよ。

 なんてーか、その……色々、悪かったわね」

「……。

 ……ぇ……」



 不測の事態に、金魚みたいに口をパクパクさせる友灯ゆい

 璃央りおの後を追うように、保美ほび紫音しおんも続く。



「だってキャップ、ティ◯とトリ◯ーの見分け付かないし……」

「司令、ウルトラマンセブ◯撲滅委員会に狙われそうでしたし……」

「ボス、顔だけだと、マンと新マンとゾフィ◯とネオ◯とリブッ◯の違いも分からないし……」

「最後だけ、やったらハードル高くない?」

「そうですよ。

 せめて、V1とV2とスプリー◯くらいにしましょうよ」

「それ言ったら、ブレイ◯とバーニングブレイ◯の方が分かりやすいと思うなぁ」

「浜田◯二と松田◯二、イモトアヤ◯と井本◯香、岩永◯也と岩永◯哉、中村◯一と中村◯一、甲斐◯真と町井◯真、中井◯哉と吉井◯哉、福山◯と福島◯くらいには紛らわしくないですか?」

「何言ってるのよ。

 トウサ◯魂、アーマー無しのレベル99、アナザーアギ◯(2019)、リアライジングホッパ◯、オールマイティセイバ◯くらいには違うじゃない」

「全部、同じじゃないですか!?」

「違いますよーーっ」

「これだから、しろうとはダメだ!」

紫音しおんくん、なんで寝返ってるんですか!?

 あと、言いたいだけでしょ!?」

「最初に始めたのは保美ほび、あんたよ」

「誘発させたのは、璃央りおさんじゃないですか!?

 ご丁寧に数まで揃えて!」

「やるからには、徹底的かつ完璧かつ忠実に。

 それがイケビジョオーたる、あたしのポリシーだもの」

「合体ロボ?」



 やいのやいのと騒ぎ出す三人。

 すっかりスペキャ顔になった友灯ゆいの横に、英翔えいしょうが並ぶ。



「要するにさ。

 ユーさんが願ってるほどではなかったにせよ。

 ユーさんが思ってるほどみんなはユーさんのこと、嫌ってなんかなかったんだよ」

「……おめさん、もしかして……?」

「睨んでたよ。

 だって、ユーさん分かりやすぎだし。

 未だにユーさんが店長やれてる時点で、そういうことかぁって。

 でも、ユーさんの成長を促すために、わざと黙ってた」

「先に……!

 先に、言えやぁ……!!

 あたし、大恥の掻き損やろがい……!!」

「『損』はしてないじゃない。

 お陰で、杞憂で済んだし、スッキリもしたでしょ?

 かったね。

 ちゃんと、自発的に解決出来できて。」

「ちょせぇ……!!」



 朝から引っ切り無しに続いていた苦悩は一体、なんだったのか。

 蓋を開けてみれば、単なる取り越し苦労ではないか。

 英翔えいしょうの読み通りにもほどる。

 こんなの、公開処刑もい所である。

 穴がくても作って入りたい。



 堪らず友灯ゆいは、両手で顔を覆い、跪いた。



「ユーちゃん、だいじょーぶ?

 おかお、いたいの?

 とんでけー、する?」



 無垢な新凪にいなが、訳も分からないまま頭を撫で、なぐさめ始めたのが殊更ことさら、滑稽。

 というか、とどめだった。





 台風一過の店内。

 肩の荷が下りた友灯ゆいは、今もドンチャン騒ぎ真っ只中の面々から離れ一人、モクテルを呑んでいた。



「お疲れ様です、店長さん。

 相席、いですか?」 



 おかずの追加を持って、不意に若庭わかばが現れた。

 断る理由も特にいので、友灯ゆいは了承した。



勿論もちろんです。

 でも、新凪にいなちゃんはいんですか?」

さいわい、保美ほびさんが遊んでくれているので」



 言われて見てみると、確かに新凪にいな彩葉いろはと一緒だった。

 が、やや杜撰ずさんに私物を扱われ涙目で奇声を発している辺り、むしろ遊ばれている気がしてならなかった。



「立場、逆じゃないですか?」

「『持参したのは試作品だけだから』との談だったんですが。

 それはそれとして、複雑みたいで……。

 すみません、うちの子が……」

「いえ。

 そういう話なのであれば、本人の責任ですし。

 まぁ、保美ほびちゃんからすれば、土足で逆ハー天国を踏みにじられてるような物みたいでしょうけど。

 あたしには、ピンと来ませんし」



 話が一段落したタイミングで、友灯ゆいは切り出す。



「それで?

 どうかしたんですか?

 あたしに、なにか用がったから、ここまで足を運んでくれたんですよね?」

「お礼を……言いたくって」



 羞恥:嬉しさ=3:7。

 みたいな顔で、胸の前で腕を組み、若庭わかばは思い切って告げる。



「……さっき、言ってくれましたよね?

 私のこと、『家族』だって。

 それについて改めて、謝辞を述べさせてください。

 本当ほんとうに、ありがとうございます。

 あなたが私に伝えてくれた言葉は。

 きっと、店長さんが思ってる以上に、私の胸に届いたので」



 はたから見たら、大袈裟に見えただろう。

 若庭わかばの、元々のネガティブ気質も相俟あいまって余計、そう取られ兼ねない。

 


 でも、友灯ゆいは違った。

 若庭わかばが駆け付けた時点で、なんとなく推し量っていたのだ。



「……間違ってたら、ごめんなさい。

 間違ってなくても、ごめんなさい。

 こんなこと、初対面で言うのは場違いかもしれませんけど。

 ーー若庭わかばさん、お嫁さんだし、バツイチですよね?」



 数秒、目を見開いたあと若庭わかばは苦笑いした。



「……やっぱり、気付いてたんですね」

如何いかんせん、伏線ヒントが多かったので。

 若庭わかばさん、『奥仲おくなか』『お義母かあさん』『バーバ』って呼ぶのに抵抗ったし。

 そこスルーしても若庭わかばさん、なーんか寿海すみさんと上手うまく行ってなさそうってか妙にヘコヘコしてたし。

 寿海すみさんと新凪にいなちゃんは『水タイプ』っぽいのに、若庭わかばさんだけ『草タイプ』っぽい名前だし。

 若庭わかばさんも新凪にいなちゃんも、お世辞にも寿海すみさんと似てないし。

 若庭わかばさんが微妙にネガいのも、前の旦那にそでにされたのがトラウマってるからっぽいし。

 それに、アラフォー成り立ての寿海すみさんが祖母で、アラサーの若庭わかばさんが娘ってのは無理、乖離かいりが生じていたので。

 大方おおかた、『デキたのを打ち明けた結果、当時の旦那に逃げられ、寿海すみさんの息子さんと年の差婚してから、新凪にいなちゃんに名付けた』って顛末ですよね?」

「……店長さん、前職ガンマンさんだったりします?

 または、アーチェリー選手さんとか?」

「昔ちょこっとギャルゲー囓ってただけですよ。

 あと、境遇が似てるからか、どーも若庭わかばさんにはシンパシー、シンクロニシティを禁じ得ないってーか……。

 事情聞かずとも、ビビッと来るってーか……。

 それが、確信ですかね。

 手放しじゃ喜び切れませんけど」

「なるほどです。

 慧眼、お見逸れ致しました。

 それと、嫌なことを思い出させてしまい、申し訳ありません」

「こっちこそ、いきなりアレな尋問して、すみません。

 でも、大事なとこなぁなぁにして、勝手に相互理解深めた気になって、名ばかりの絆ごっこする方が余程、失礼に値すると思って」

「どうやら、『トクセン』さんにはイケビジョオーさんのみならず、イケジョ探偵さんもようで」

「止めちくりー。

 ようやくリオ様コール出来できそうな流れ来てるのにー。

 不毛な争いが始まってまうー」

「あははっ。

 本当ほんとうに……面白い方ですね」



 口元を丁寧に隠し、若庭わかばは微笑んだ。

 そろそろ頃合いかなと、友灯ゆいは思った。



若庭わかばさん、知ってます?

 どうして寿海すみさんが、『トクセン』で働き始めたか」

「……?

 いえ……」

「『ここには、子供にとっての宝物が沢山たくさんる。

 ここで働いていればおのずと、新凪にいなに提供する話題、プレゼントが用意出来できる。

 店内業務だけじゃなく、義母としても、祖母としても仕事が行えるようになりたい。

 堅い口調の所為せいで、嫌味なしゅうとめだと誤認されたくない。 

 だから、来た』。

 ……らしいですよ」

「……っ!!」



 驚きのあまり、倒れそうになる若庭わかば

 空かさず友灯ゆいが手を引き、背中を支え、直立させる。

 次いで眼鏡を外し、彼女の瞳から零れる涙を拭う。



「店長さんっ……!!

 私……!

 私ぃ……!!」

若庭わかばさんが願ってたほどじゃないにせよ。

 若庭わかばさんが思ってたほど寿海すみさんは若庭わかばさんのこと、嫌ってなんかなかった。

 ……あたしの相棒の受け売りだし、産地直送並みの鮮度ですけどね」

「……っ!!」



 若庭わかばは、泣いた。

 友灯ゆいに抱き着いたまま、声を抑えて、静かに涙した。

 みんなに心配を掛けたくないのだと察した友灯ゆいは、一同に背を向け、若庭わかばを隠す壁となった。



「……ありがとう、ございます。

 店長さん。

 あなたには今日、2度も助けてもらいました。

 それだけじゃありません。

 どちらも私には勿体い、余りに大きな借り、大恩です」  

「あー、いや、まぁ……結果的には、ね?」

 


 一頻り出し切った若庭わかばが、まだウルウルした瞳で、友灯ゆいを見詰める。



 一方、友灯ゆいはやや気後れしていた。

 若庭わかばに庇護欲、独占欲を刺激されまくった所為せいで、よからぬ扉を開きかけていたからだ。



 バツイチ子持ち。

 特に目立ったくせい、純朴さ。

 ツッコミもフォローもこなせる二刀流。

 少し内気で弱々しく、どこか儚いオーラ。

 ホビホビもイロイロもユイユイもしていない、自分の理想とする彩葉いろは

 


 これは……ヤヴァイ。

 もし自分が男だったら、うの昔にオチていただろう。

 いや……ともすれば、同性すらも対象になり兼ねない破壊力ではないか。

 奥仲おくなか 若庭わかば……恐ろしい子…!



「それで、店長さん。

 折り入って、ご相談なのですが……」



 あ、あれ?

 なんだろ? この、ムズムズする感じ。

 若庭わかばさんも、意味深にモジモジしてるし。

 あと顔、ちっかっ! めっちゃ吐息、掛かってる!

 フローラル!!

 


「こんなこと、出会って数時間でお願いするのは、我ながら気が引けるんですが……。

 私、もう……耐えられなくっ、て……!」



 あーっれるぇー?

 おーかしーぞー?

 もしかしてー、若庭わかば√、突入しちゃったー?

 いつー、開通ー、したのかなー?



「私っ……!

 もっと、あなたと一緒にたいっ……!

 あなたとると私、おかしいんですっ……!

 明らかに異変をきたしてるのに、嫌じゃない心地良さがあって……!

 もう、ダメなんです……!

 どうにも、止まれないんですっ……!!

 ……だから……っ!!」



 おいなにを、おれ見て、泣こうとしてんだ、やめてくれ。

 頼むから、泣かないで。

 泣くな、やめろ〜〜…。



「……私をっ!!

 あなたに、雇ってしいんですっ!!」



 友灯ゆいの脳内にて、火山が大噴火した。

 出て来たのは火山灰ではなく、何故なぜか白百合で、風に吹かれて舞って行き、友灯ゆいの頭を真っ白にする。



 薄れつつある思考の中、友灯ゆいは考えた。

 これは、ルール違反に当たるのだろうか。

 こうなった以上、英翔えいしょうとの関係を解消しなくてはならないのだろうかと。



 いや……そんな取り決めはかったはず

 つまり……合法。

 今日から晴れて、若庭わかばは自分だけの物。



 しかし、彼女にも立場が有る。

 どうにかオカミさんにも旦那にも新凪にいなちゃんにも気付かれずに、芽生えてしまった愛を大切に育てなくては。



 そう決意し、禁断の花園を進む覚悟を決める友灯ゆい



 かくして友灯ゆいの物語は、新たに始まったのであった。

 激動の果てに、二人の女性は、どんな結末を迎えるのか。



 ーーなんてことく。



「……店長さん?」

「……若庭わかばさん。

 一つ、いかな?」

「?

 はい」

「お願いだからさぁ……。

 もう少し、自覚持ってくれないかなぁ……?

 そういう匂わせ的な部分、直してくれないかなぁ……?

 まだ私が、かろうじてノーマルなうちにさぁ……」

「ノーマル……?」



 程無くして察した若庭わかばは、ボンッという音を立てて真っ赤になり、フラフラと目を回し。

 倒れかけた所で我に返り、ヘドバンみたいな勢いと回数で謝り始めた。



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!

 どうか、それだけは平に、平にご容赦ください!!

 違うんです、誤解です、そうじゃないんです、いて言葉を仕損じただけなんですぅっ!!

 あーでも、でも! 店長さんが好きなのも、『トクセン』さんで働きたいのも本当ほんとうで!!

 いや、でも『好き』は『好き』でも、そういうんじゃなくってですね!?」

「わ、分かってる、大丈夫。

 危うかったけど、どうにか持ちこたえたから。

 それより一旦、落ち着こ? ね?」

「あ、はい。

 分かりました」

「……」



 ……アップ・ダウン、激し過ぎじゃない?

 助かるっちゃあ助かるけど、これはこれで微妙というか……。

 てか、ただでさえ共通点多いのに、そんな所まであたしに似てなくてもかんべや……。



「確か若庭わかばさんは、飲食店で働いてたって話でしたよね?」

「はい……。

 でも少し前に、閉店してしまって……。

 この1年、どのお店さんも、私が入ると高確率で畳んでしまっていたので、なかば疫病神みたいになってしまって……」

「それは、その……。

 ……お疲れ様です……」

「ありがとうございます……。

 そんな訳で、新凪にいなでも入り易そうなお店さんを探していたんですけど、中々……。

 けど、『トクセン』さんなら、厳密には飲食店ではないし、新凪にいなが好きなホビーも、店長さんも揃ってて、助かるんです……。

 本当ホント、突然だし、自分勝手で、アレなんですけど……」

「ううん。

 そんなことありません。

 新凪にいなちゃんのことを第一に考えてて、好感持てますよ。

 それに、こちらとしても助かるんです。

 丁度、ダイナーの人員を補充しようとしていた所なので」

「では……!」



 友灯ゆいの手を掴み、目をキラッキラさせる若庭わかば

 それを受けながら、友灯ゆいは思った。

 勘違いのままで、勘違いしなくてかった。



「……今度、履歴書を持参の上、『トクセン』に来てください。

 そこで改めて、面接……いや。お話しましょう。

 もっとも、今の時点で、ほぼ内定してるので、あくまでも形式上ですが」

「あ……ありがとうございますっ!!

 不束者ふつつかものですが、よろしくお願いしますっ!!」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。

 そして余談だけど、そういうとこだぞ?」



 思わせりな人間、多いなぁ。

 ぼんやりと、そんなことを考えながら友灯ゆいは思い出した。

 そういえば、まだ若庭わかばをハグしたままだったと。



「えへへ……」



 もう一生このまま離れられなくてもいかも……なんて勘違いしかけていると、不意に下から笑い声。

 視線を下げれば、満点の笑顔の若庭わかば



「『うちのスタッフは家族同然』、でしたよね?

 これで私も、正真正銘、店長さんの家族ですね。

 よろしくお願いしますね? 店長さん。

 いや……友灯ゆい、さん?

 ……友灯ゆい?」

「……」



 まさかの追い打ちを食らい、グロッキーの友灯ゆい



 失神寸前ながらも、思った。

 彩葉いろはが自分に抱いていたのは、こういう感情だったのかもしれない、と。



「ユーさーん」



 などと考えていたら、唐突に英翔えいしょうがやって来る。

 目をキラキラさせた彼の手には、幾つもの、玩具の銃が握られていた。

 恐らく、『トクセン』の発明家が作ったのだろうと友灯ゆいは察した。



 ちなみに、気を遣ってくれたのか、いつの間にか若庭わかばは席を外し、新凪にいなの元に向かっていた。



「『エンムス・ビム太郎』。

 彩葉いろはさんが、くれた」



 また妙ちきりんな名前だなぁ。

 して、今度はなにが元ネタなんだか。

 てか、仲良くなるの早いなぁ。

 あと、めっちゃフワフワ、フニャフニャしてる。

 余程よほど、友達になれたのがうれしかったんだろうなぁ。

 こやつ、はがない系だからなぁ。

 それ作ったの、俺ガイル系だけど。

 なんさっき保美ほびちゃんの袋開けてた新凪にいなちゃんみたいな顔してる。

 いや、誰がお母さんじゃい。



 などと逡巡する友灯ゆい

 折角せっかく英翔えいしょうが楽しそうなのに、ともすれば台無しにし兼ねん本音を晒すわけにはいかない。

 ここは、乗っておこう。



格好かっこいじゃん。

 これ、なにがモチーフ?」

「特に言及かったけど、『ドンブラ』と、『あかいせ』だと思う」

「あか……なんて?」

「『戦隊レッド異世界◯冒険者になる』っていう漫画」

「へー。

 面白そー」

「持ってるし、まだそんなに巻数出てないし、漫画ならサクサク読めると思うよ?」

「今度、貸してくれぇい。

 で、これ、なに出来できるん?」

RAINレインのID交換。

 スマホを、スリットにセットしちゃいなさい。

 宴会芸の力を使えるはずだ」

「確かに。

 まぁ、盛り上がるってか、溶け込むネタにはなるな」

「緑が主色だけど、差し色で役割が違う。

 赤は、運命。

 桃は、本命。

 黄色は、同盟、友達。

 青は、共鳴、趣味友、チル友、親友。

 黒は、不明、義理」

「最後ぉ!

 止めたげてよぉ、そんな、バレンタインやホワイト・デーみたいな、地味にキツい複雑、ヒエヒエしたのぉ!

 いや、確かにるけどさぁ!

 なんか、なんとなく或いは仕方く成り行き上、流れで交換したはいものの、滅多めったRAINレインしない、下手すれば広告や郵便局よりも更新頻度少ない、だからって気不味きまずくなりたくないから消せない、ただリストに入ってるだけの人ぉ!」

「発光ギミック有るよ」

「毎度のことながら、無駄に凝ってんな!?

 んで、LEDめっさ綺麗だな!?」

「様式美。

 あと、変形ギミックも」

「ねぇ今、ドミネータ◯みたいになったんだけど!?

 はじめしゃちょ◯が持ってた奴じゃん!?

 用途に反して、お金|掛けぎだろっ!

 ドン引きさせるだけだわっ!」

「なお、試作品」

「これ以上、なにをどうしようってのよ!?

 却下だ、却下! 店長権限っ!」

「え〜……。

 ところで、『親友』って?」

「知らんのかいっ!!

 今度、教えるわっ!!

 今日は、ツッコミ疲れたっ!!」

「りょー」



 結局、商品化は取り止めとなった。

 残当ざんとうである。





 えんたけなわではあるが、飲み会は終わり、解散し。

 友灯ゆいは現在、璃央りおに送られなが、人通りの少ない道を行く最中である。

 ちなみに英翔えいしょう紫音しおんは、特撮や友灯ゆいについて語りながら保美ほびの家に向かって行った。

 大方おおかた、彼女を届け終えたら戻って来るだろうと、友灯ゆいは判断した。



「にしても、意外だなぁ。

 まさか、リオ様が付き添ってくれるなんて。

 あれだけ、紫音しおんくん絶対主義者なのに」



 二人で帰路につきながら、唐突に友灯ゆいが本音を明かす。

 璃央りおは、ポケットに手を突っ込みクール振りながら、返す。

 


あたしからすれば、ボスに『さま付け』されてる現状のが意外なのだけれど」

「だって、呼んでみたかったんだもん」

「これからは、お好きになさい。

 あたしも、嫌な気はしないし。

 して」



 それまで歩を進めていた璃央りおが急に止まり、鋭い視線で振り返る。



けるのなら、もっと慎重になさい。

 そんなにアピールしてちゃ、露呈するのが自明の理よ」

「え?」



 混乱しつつも、璃央りおに続く友灯ゆい

 視線を辿った先……物陰から、何やら見るからに不審者っぽい男が現れた。



「やっぱりね。

 こんなことだろうと思ったわ。

 あんた、楠目くずめ 真正しんせいでしょう?

 若庭わかばの、元旦那の」

「そうなの!?

 てかリオ様、なんで!?

 聞けてたの!? あの距離で!? 他の皆と話を合わせながら!?」

あたし、コスパ民だから。

 ながら観がデフォだし、12本までだったら、アニメや特撮を同時視聴出来できるのよ。

 無論、きちんと聞き分け、識別、没入しながらね。

 ビジーだけどイーズィーよ、そんなの。

 この程度の盗み聞きなんて、訳|無いわ」

「どこのオタメガ、ピッコ◯さん!?

 てか、倍速やバック・グラウンド再生で良くない!?」

「それだと、味が薄まるじゃない。

 あたしのモットーは、『百聞は一見にかず』。

 何事も、我が身を介して確認しないと気が済まない。

 エアプなんて、冗談じゃないわ。

 けれど、それを貫き通すには作品数が膨大だから、その特殊スキルを身に着けたってわけ

 まぁ、推してる作品は、きちんとタイマンだけれど」

「何その表現、格好かっこい!」

「それはそうと、ボス。

 もうちょっと、危機感を持って頂戴ちょうだい

 今、バトル展開よ? 一応」

「リオ様が話長いんじゃん!」

「説明責任を果たしたまでよ」

「またそうやって、詭弁使う!

 リオ様の出身、詭弁論部!?」



 緊張感のいやり取りをしながらも、ポケットから手を出す璃央りお

 友灯ゆいも、見様見真似でファイティング・ポーズを取る。

 


 一方、楠目くずめというらしい男は、ここに来てやっとしゃべった。



「邪魔なんだよ……!

 みんな……!」



 フラフラ、ユラユラしながら、説明不足で殺伐としたワードを羅列する楠目。

 困惑している友灯ゆいに、璃央りおが補完する。



けるのよ、ボス。

 あいつは言うなれば、若庭わかばガチ勢。

 自分と若庭わかば以外、殲滅せんとほっする、危険思想の持ち主よ。

 だから、若庭わかばと別れたの。

 若庭わかばの中に、赤ちゃん……新凪にいなが、出来できたから」

「そんな最低な理由!?」

「それだけじゃないわ。

 あいつは5年、山籠りして、野生動物相手に研鑽していたらしいのよ。

 長い修行留学を終え戻って来た楠目は、若庭わかばの就職先が決まる度に、裏で関係者達を脅し、SNSでディープ・フェイクを拡散、炎上させ続けていたのよ」

「山に5年も修行留学って何!?

 しかもネット頼りで、特訓の成果、ほとんど活かせてないっ!」

「この世には、筋肉留学も闇留学もるわ。

 修行留学だって、っても不思議じゃないわよ」

「てか、なんでリオ様そんなに詳しいのっ!?」

「試しに調べてみたら、あいつのTwistarツイスターに全部、書いてあったわ。

 自己顕示欲が旺盛なタイプなのは見て取れたけれど、あそこまでとは計算外だったわよ」

なんで、捕まらんの!?」

大方おおかた、誰も歯牙にもかけなかったんでしょう。

 これみよがしに、ここぞとばかりに意気揚々と、同調、嘘ツイ、袋叩きして無知を知らしめるのは、SNSの悪習よね。

 フォローもフォロバもしてないくせに、都合のい時ばっか」

「完全に警察案件じゃん!

 鷺島さぎしまといい、今回といい!

 この町の男、ろくでなしばっか!」

「逆ハーならぬ、逆風都って所かしらね」

「どうでもい……!」



 アスファルトを殴り、ひびを入れる楠目くずめ

 思いっ切り修行の成果を見せ付けながら、ゾンビかキョンシーみたいな不気味な動きで、二人に近付く。



若庭わかばには、俺がる……!

 俺さえれば、他になにらない……!

 子供も、親も、仲間も……!

 ……お前等まえらもぉ……!!」

「そういう熱烈なアピールは、普段から欠かさず、本人に真正面からお伝えなさい。

 じゃなきゃ、意味をなさない。

 なんの価値も持たない」

「そーだ、そーだ!

 若庭わかばにはもう、新しい夫も、新凪にいなちゃんも、優しい義母も、あたしたちるっての!

 お呼びじゃないんだよ、引っ込め!

 この、クズめっ!」



 そんなこんなしているうちに、いつの間にか行き止まりに追い込まれた友灯ゆい璃央りお

 空かさず璃央りおが、友灯ゆいを庇うように前に出る。



「リオ様!?」

いのよ、これで」

「でもっ!」

「安心なさい。

 今この場でボスに迷わず捧げられるほどあたしの命は、軽くも安くもない。

 きちんと、算段あっての物種ものだねよ」

「え?」



 友灯ゆいは、ずっと失念していた。

 言われてみれば璃央りおは、テンパリまくりの自分とは対象的に、ついぞ動揺していない。

 むしろ、余裕でまである。



「全部、計算尽くなのよ。

 あたしの調べた今までの傾向からして。

 あたしたちが別行動し出せば確実に、あんたをおびき出せると踏んだ。

 その確率を上げるため態々わざわざ、袋小路を選んだ。

 そして、若庭わかばをスカウトしたボス……あんたからすれば、自分と若庭わかばの中を引き裂いた張本人を、真っ先に狙うと確信した。

 あんたは、まんまとあたしの術中に嵌まったのよ」

「だから、どうしたぁ……!!

 お前は、あくまでも脚本家で声優……!!

 アクション担当でもない、ただの女が……!!

 武者修行して来た、この俺に勝てるとでも……!!」

「思った通り男尊女卑、超古代の遺物、異物ね。

 そんな時代は、っくに終わりを告げてるのよ、山男。

 そしてあたしは、ブレインであり、策略家。

 あたし同僚かぞくを泣かせ、間接的にあたしに喧嘩を売った、あわれな愚夫ぐふ

 命知らずなあんたに、ことを教えて進ぜるわ」



 手が触れそうな距離まで迫る悪漢あっかん

 それでも璃央りおは、勝ち気に微笑む。



あたしのマーカーシステムは、年術無休で作動してるのよ」



 刹那せつな、突風が発生。

 かと思えば、楠目くずめの頭上に、何者かが出現。

 その脳天に踵落としをお見舞いし、有無を言わさぬまま、彼に白目を剥けさせた。



「紹介するわ、ボス。

 戦闘モードの紫音しおん、ジオンよ」

「……」



 あまりの展開に、絶句する友灯ゆい

 二人のピンチに駆け付けたナイト、紫音しおん改めジオン。

 彼は、普段の可愛かわいさとは正反対のシュッとした雰囲気で華麗に着地し、クールにネクタイと手袋を直した。



「手は下さない。

 素手で僕に触れていのは、璃央りおいて他にない」



 いや、ピンからキリまで最高かよ。

 キャラのみならず、一人称や呼び方、声や口調まで変わってるし。

 てか、手袋着けっぱだった理由、それかよ。

 そっちもだが今の仕草、フェティッシュてかドタイプぎてヤヴァい。

 具体的には、迂闊に近付けない、くまでも眼福レベルに留まっていたいほどに。



 が、見入ってばかりいられない。



「し、紫音しおんくん?

 なんで、ここが?

 リオ様と、示し合わせてたの?」



 声を掛けられスイッチし、たちまち真っ赤になり、緊張で目を逸らす紫音しおん

 どうやら、友灯ゆいが一緒なのは予想外だったらしい。



「い、いえ……。

 特に、なにも聞いてません……。

 確証はいけど、リオねぇに呼ばれてる気がして……。

 だから、飛んで来ました……。

 具体的には、屋根から屋根へと……。

 勿論もちろん、壊さずに、物音を立てずに……」

「文字通り過ぎるし、配慮が過ぎるっ!!

 てか、どんな高性能レーダー!?

 女の涙が落ちる音を探知出来できるサン◯並みじゃん!?」

「造作もいわよ。

 あたしと、親愛なる紫音しおんの間柄ならね」

「り、リオねぇ……。

 もぉ……恥ずかしいこと、言わないでよぉ……。

 本当ホント、ウマシカさんなんだから……」



 ……紫音しおんくんさっき、ともすれば歯の浮くようなキメ台詞セリフ口にしてたよーな……。

 てか正直、「もぉ」とか「ウマシカさん」とか言ってるのも、年齢的にも性別的にも中々キツいよーな……。

 すべて、無意識なのだろうか……。

 怖いから言わんけど……。

 あと、抜群に似合ってるし、飛び切りに可愛いけど……。

 


だまして悪かったわね、ボス。

 もう警察は呼んだわ。

 あらかじめ一部始終を報告してあるし、犯行現場もライブ通話で繋げていたから、事情聴取もらないでしょうし。

 流石に、今度ばかりは言い逃れも無理でしょうね。

 さっさと帰りましょう」

「りょ、りょー……」



 続け様にショックを受け、気付けば腰を抜かしていた友灯ゆい

 そんな彼女に、ぐに手を差し伸べる璃央りお

 紫音しおんファーストではありながら、なんだかんだで優しい彼女の神対応に、友灯ゆいは泣かされそうになった。



「おらおら、どけどけぇ!!」

「ぎゃはははははぁ!!」



 そんな空気を、一気に打ち壊す不届き者。

 3人から少し離れた道路に、暴走族がたむろしていた。

 交通量が少なくマークの薄い深夜を狙って、出没したらしい。



 たちまち、友灯ゆいたちは否応なく言葉を失う。

 頭を抱えつつも、やがて璃央りおが口火を切る。



「……ジオン」

「御意」



 たった一言。

 たった3文字。



 それだけで意図を察したジオンは、近くの小石を拾い、飛び上がライズ。

 現在進行系でトップを激走するバイクの前に現れ、蹴った小石をタイヤに命中、パンクさせる。

 バランスを崩した先頭に巻き込まれ、情けなく泣き叫びながら、ドミノ倒しとなるバイクの群れ。

 一方、薙ぎ倒したジオンは、涼しい顔でシュタッと着地し、璃央りおたちの元に戻る。



騒々そうぞうしい。

 璃央りお迷惑に他ならない」



 そんな、「近所迷惑」みたいな感じで言われても……。

 ひょっとして、シオコンよりリオコンのほうが致命的なんじゃあ……。

 と思うが、友灯ゆいは黙った。


 

 こうして友灯ゆいの中で、「ジオンだけは敵に回してはならない」という教訓が出来た。 

 こんな、ウソッ◯とコナ◯のハイブリッドみたいな人間の怒り、恨みなんぞ買ってなるものか。

 店長、危うきに近寄らずである。



 こうして友灯ゆいは、従業員の半数と仲直りし、新たなスタッフ(暫定)も確保。

 まだ『トクセン』のビジョンの擦り合せは済んでいないが、理想の店舗に向けて、新たに好スタートを切ったのだった。



 余談だが。

 楠目くずめを逮捕しに来た警察官たちによって、くだんの暴走族は一斉検挙された。





「ユーちゃん、見っけー!」

「マジだ、ウケる!

 超友灯ゆい、めっちゃ友灯ゆい!」

「ふむ。

 以前、まみえた時より、イキイキとしている。

 抜山蓋世ばつざんがいせいといった所か。

 さては、良き伴侶はんりょでも見付けたか?」

「二人共、大袈裟。

 あなたの職場、ここだったんだ。

 意外。

 お疲れ。

 元気そうで安心した。

 いきなりなくなったから、びっくりした」



「……」



 友灯ゆいの元に三度、訪れる大ピンチ。

 親友×3と、その子供への仕事バレ。

 


 果たして友灯ゆいは、この困難を乗り越えられるのか。

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