4:嘘と本音と謎理論

 三八城みやしろ 友灯ゆいは、店長である。

 ゆえに、どんな時も、どんな相手にも、どんな場面でも、毅然とした態度、対応が求められる。



 だが彼女とて、尊重されるべき一人の女性であり、ロボットとは違う。

 例えば、「身内に不幸」「財布を無くした」「スマホが壊れた」などなど。

 そういった、止むに止まれぬ事情により、ご多分から外れるのを許されるケースもまれに存在する。 



 では、と友灯ゆいは思う。

 それを踏まえると、自分が今、ベスト・パフォーマンスで臨めないでいるのは、どっちに該当するのだろうと。

 


 仕事は仕事、公私混同など以てのほか

 そう割り切って、「都合良く、何も聞いてなかった」風を装い、いつも通り業務に没頭する。

 ……もりだったが、思っていたよりもダメージが根深く。

 こうして休憩時間中に、一人でバーにる実情だったりする。



「大丈夫ですか?

 お嬢さん」



 気を遣ってくれたマスターが、まだ注文してもいないのにモクテルを出してくれた。

 初対面でありながら見抜かれるほどに、今の自分は根詰めていたらしい。



 ……いな

 そういえば、まるっきり「初対面」ではなかった。



「あ、あのぉっ!

 先日は大変、失礼致しましたっ!」



 恥の上塗りと言うべきか。

 またしても大人気おとなげない部分を見せてしまった負い目から立ち上がり、頭を下げる友灯ゆい

 マスターは、まったく意に介してなさそうな雰囲気で、柔和に微笑む。



「いえいえ。

 あの時は、本当ほんとうに大変でしたね。

 ご無事でなによりです」

「……?」



 確かに一昨日おとといの自分は、中々にハートがブレーキングしていたが。

 だからって、そこまでだっただろうか?

 多分、英翔えいしょうが連れて帰ってくれる所を見ただろうし、彼の人となりは割とぐ見破れると思うのだが。



 ひょっとして、これはマスターなりの気遣い?

 自分を激励、鼓舞するためのボケ?



だなぁ、マスター!

 大袈裟ですよぉ、『ご無事』だなんてぇ!」



 相手がまったく怒ってなかったのをことに、勝手に独自解釈し、ぐに調子に乗る友灯ゆい

 一方のマスターは、それまでのスマイルを崩し、少し驚いた顔色を見せ、背中を向ける。



 なるほど。

 あの紳士的な彼は、お嬢さんが粉をかけられたことを伏せているのか。

 恐らく自分が(あくまでも冗談で)鎌をかけたことも、黙しているのだろう。

 その上で、『閉店だったし、住所も聴き取れずタクシーも呼べなかったから』などと、事実と嘘をミックスさせ、納得させたのだろう。

 彼女に気取けどられぬ、いぶかしまれぬ、傷を付けぬよう

 いやはや。不器用ながら、どうして中々しっかりしている。


 

 しからば、とマスターは再び笑顔を作る。

 この場に置いては、口裏を合わせるのが男、友としての礼儀である。



「そうですね。

 いささか、大仰おおぎょうでした」

「お、おう?

 い、いえ……あたしも、その……。

 ……失礼、しました……」



 どうやら勘違い、拡大解釈だったらしく、再び意気消沈する友灯ゆい

 


 マスターは、思案に暮れた。

 今の彼女をフォローするには、自分が持つ情報てふだが少なく、抽象的ぎる。

 自分は、彼女の苦労も、好みも、ルーティンも知らない。

 かといって、素面しらふな上に凹み中の彼女に聞くのは、良心が痛む。

 だからって、(業種は不明だが)仕事中、日中にアルコールを与え酔わせて聞き出すのは、マナー違反もい所。



 とどのつまり、今の自分には、彼女のオーダーを受けるか、軽食やドリンクのサービスくらいしか、選択肢がいのである。

 もっと、彼女を深く、広く理解した人物の当て、伝手つてでもあれば、話は別なのだが。



 ……はて?

 と、あることに気付くマスター。



 るではないか。

 自分と彼女に共通し、自分よりも多くを彼女と共有してそうな知人が。



「申し訳ありません。

 喫緊きっきんの発注を思い出しまして。

 少々、失礼してもよろしいでしょうか?」

「あ……は、はい。

 どうぞ」



 スマホを掲げつつ、確認を取るマスター。

 物思いとも自己嫌悪とも取れる状態にあった友灯ゆいは、ややぼんやりした様子で答える。



 スマホを操作するマスターに当てられたのか。

 特に目的も意図もいままに、気付きづけば友灯ゆいもスマホを握っていた。



 無意識のうちに、電話アプリを起動する。

 そこに表示されるは、こういう時、決まって連絡を取り、愚痴なり相談なりに付き合ってもらった相手の名前と番号。

 地元を離れ共に働いていた時は初中後しょっちゅう、真面目にもラフにも話していた。

 今となっては、会うことも頼ることも難しくなってしまった。

 物理的にも精神的にも距離、遠慮、溝が出来できてしまった相手。



「……」



 思考の末に、コールせずホーム画面に戻す。

 そのまま、ボーッとしつつ、ドリンクで体を潤わせる友灯ゆい

 心の渇き、わだかまりは消せない、満たせないなぁなどと我ながら馬鹿バカことを考える。



 ふと、店の外からバイク音が聞こえ。

 少しだけ雑に開かれたドアから、自分の同居人が駆け込んで来た。



「え……エイトォ!?

 え、な、なんで!?」



 驚いた拍子に立ち上がり、マスターと英翔えいしょうの顔を行ったり来たりして眺める友灯ゆい

 


「どうやら、注文が届いたようですね」

「『発注』って、そうゆうぅ!?」



 ここに来て、友灯ゆいは察した。

 どうやらマスターとエイトの間には、自分が知る以上のつなるらしい。



「……『なんで』は、こっちの台詞セリフだよ。

 ユーさん……」



 アンニュイな彼にしてはめずらしく、やや崩れた呼吸のままに近付き、英翔えいしょう友灯ゆいの肩を掴む。



「……『ピンチの時は、助け合おう』。

 そういう、ルールだったじゃん……。

 なんで……さきに俺を呼んでくれなかったの?

 俺……る意味、薄れるでしょ……。

 もっとさぁ……俺を、便利に使ってよ……。

 使い込んでよ、使い倒してよ……。

 使おうよぉ、頼むからさぁ……。

 俺……嫌なんだよ。

 ユーさんが落ち込んでる時、助けられないの……。

 ユーさんが困ってる時に、何も知らずに、のほほんとしてるだけなんて……。

 もう……耐えられないんだよ……」



 英翔えいしょうは、感情をあまり声に乗せない。

 自分の声が目当てだった所為せいで、ジレンマに陥った過去を持つから。

 ゆえに、彼は常にフラットに、ダウナーにしゃべよう、自分を制御してる。

 いつだって、「!」を使わないし、本来の美声もちあじを意図的に損ねている。



 でも、そのデバフ範囲は、あくまでもだけ。

 彼の表情、言葉、行動、涙には、彼の心境が如実に表れている。

 友灯ゆいを案じ、無力な自分を嘆く、彼の気持ちが。



 迷惑を掛けまいとした結果、周囲に心配、負担を掛け、それ自体がかえって迷惑になってしまう。

 不満やストレスを溜め込み過ぎて暴発させてしまいがちな、頑張りぎ屋の友灯ゆいには、そんな経験がる。

 事実、前の職場で、そうストレートに言われたことった。



 なのに自分は、英翔えいしょうを頼らなかった。

 遠慮はしないと、確かに誓ったはずなのに、えておこたった。



 余計な心配を掛けたくなかった?

 まだ出会って日が浅く、慣れてないから?

 いや、違う。そうじゃない。



 自分は今、軽い人間不信となっているのだ。

 鷺島さぎしまだまされたことを、未だに引きずっているから。

 同僚に友人、家族にすら嘘をき、あらゆる事実をひた隠しにしている都合上、そもそも自分すらも欺いているから。

 それが起因し、肝心な時に、こうべを垂れられなくなっている。

 


 果たして、それは正解なのだろうか?

 本当ほんとうに、「これが自分」だと、胸を張って言えるのだろうか?

 これが、店長としてのあるべき姿なのだろうか。



 そんなはずい。

 そんなことが、まかり通ってはずい。

 そうやって、笑顔をバラ撒き、表面上だけ付き合っている八方美人がトップに立つ職場が、立ち行く道理はい。



「エイト……。

 ごめん、エイト……。

 色々、ホント……ホント、ごめん……」



 英翔えいしょうの袖を掴み、非礼を詫びる友灯ゆい

 気付きづけば自分も泣いていたが、そんな己の心に、友灯ゆいは鞭を打つ。



 貰い泣きしている場合じゃない。

 彼を追い込んだ、巻き込んだ自分に、そんな資格はい。

 自分が今、最初に、最速でしなければならないのは。



 頬を伝う雫を拭い、引き締めた凛々しい顔で、心機一転した友灯ゆいは、改めて訴える。



「……エイト。

 あたしの、話……聞いて、くれる?」



 まだ若干の抵抗、後ろめたさが垣間見える、まるで英翔えいしょうみたいな、ぎこちない、ゆっくりな話し方。

 


 ポンッと友灯ゆいの頭に手を置き、不器用に英翔えいしょうは微笑む。

 なけなしの勇気を振り絞り懇願する彼女の健闘を讃えるかのごとく。



「……聞かせて?

 ユーさんの、話。

 でも、その前に」

「……『その前に』?」

「……ご飯に、しよっか」

「……」



 緊張感のい、今の流れに相応ふさわしくない提案に、友灯ゆいは堪らず笑ってしまった。

 


 でも、彼の言うことは正しい。

 健啖家な自分が、お昼休憩の真っ最中なのだから。

 精神的にも危ないのに、体調的にもコンディションを整えられないのは思わしくない。

 


「……せやな!

 ちゃんと、食べにゃあな!」

「うん。

 折角、丹精込めて作ったのに、勿体ない」

「あんがと!」



 友灯ゆいは、鞄に入れ持参していた弁当をテーブルに広げる。



「お話の最中に、失礼します。

 当店は持ち込み可ですが、ワン・オーダー制となっておりますので、ご注意を。

 それと、そちらの男性も、なにか摘まんだ方が、お嬢さんに不要な気遣いをさせずに済むと思いますが」

「……ちゃっかりしてるなぁ。

 この好々爺こうこうや、商売上手だなぁ」

「お褒め頂き、光栄です」

「どういう関係なの!?

 さっきから気になってたけど!」



 こうして友灯ゆいに真相を明かさないまま、『エスペランサー』での時間は過ぎて行った。





 友灯ゆいは、職場での現状を洗い浚い白状した。



 特撮を知らないがゆえに、真面まともな仕事が出来できずにいること



 特撮に明るいスタッフと、プライベートでの交友がまったこと



 特撮が門外漢なのをオープンにしつつも、自分とは対象的に溶け込んでいる、羨ましい人もこと



 特撮が専門外なのをバレたくないあまり、食事や飲みなどにもほとんど不参加という姿勢を貫き通していること



 特撮の話題に付いて行けないがゆえに、休憩中も一人でたり、仕事中にヒート・アップしたスタッフに注意したりと、職場で少し浮いていること



 そんなスタンスだから、やっかまれても仕方のい、むしろ自然と思えるまであること



 そういった暴露を、聞き役に徹した英翔えいしょうは、黙って受け止めた。

 時折、説明不足だったがゆえに補足や質問こそすれど、頷いたり相槌こそ打てども、話を反らしたりは決してしなかった。

 友灯ゆいに寄り添おうと、尽力してくれた。



 友灯ゆいは、自らを恥じた。

 こんなに好印象な同居人に、自分にも特撮にも造詣ぞうけいの深い理想的な相手に、どうして最初から話を持ち掛けなかったのかと。

 いつもは唐突、言葉足らずながらも、こういう時は真摯に向き合ってくれると、信じていたのに。

 自分が英翔えいしょうと一緒に住んでいるのは彼の、そういった部分も理由の一つなのに。




「多分、齟齬がるんじゃないかな?」



 食事と話を一通り終えたタイミングで、英翔えいしょうはそう切り出した。



友灯ゆいさんは、その信本しなもとさんの話を主語、一部始終しか聞いていない。

 彼女の修飾部分を、きちんと把握していない。

 それゆえに、独り歩き、先走っている部分が、多かれ少なかれると思う」

「要は、あたしの勇み足、被害妄想ってこと?」

「大っぴらには言えないけど、端的には、その可能性がる」

「ううん、言って。

 エイト、割と鋭いから、凄く参考になる。

 それにエイトだったら、きちんと配慮してくれるから、そんなにキツくない」

「ユーさん。

 あらぬ誤解を招きそうな発言は、慎んで。

 無遠慮になって来たのは、い兆候ってか、素直に嬉しいけど。

 ただでさえユーさんには、『立場』って物がるんだから」

「あ、あはは……。

 ごめん……」



 確かに今のは、ちょっと怪しい、危ない一言だった。

 ともすれば、妙な噂を囁かれ兼ねなかった。

 時間帯、立地、客層が味方し、店内がまばらだったお陰で、命拾いした。



「ところでさ、ユーさん。

 プレ・オープンって、いつまで?」

「……2月末……」

「俺の偏見かもだけど。

 3月までの営業成績で、『トクセン』の来季の存続が決まるんじゃない?

 俺も前、接客業やってたことあるから、そっちと照らし合わせただけだけど」

「……当たり……」

「現状、ユーさん、他の皆をコントロール出来できてないってか、監督不行き届きになってない?

 てことは、業績ヤバくない?」

「……かなり……」

「てなっと、3月が勝負、ラスト・チャンスってことになるよね?」

「……はい……」

「だったら、それまでの間、残り1ヶ月弱で、諸々の企画考えるなり、施設揃えるなり、スパートかけるなり、親睦深めるなり、一致団結しなきゃだよね?」

「……そうです……」

「結論述べっとさ。

 そろそろ、カムアしないと、本気で不味まずくない?

 特撮明るい、明るくない以前の問題として。

 どっちつかず、パッとしない、コウモリのままだと」

「……そうだげど……!

 ……そうだげどさぁ!!

 そごまで言わずともかんべや!!

 突然、そんな一度に言われでも、おどげでないわ!!」

「……ユーさんが、自分から言ったんじゃん」

「ああ、言っだどもさ!

 あだしが、エイドに、『もっと大っぴらに』っで言っだどもさ!

 それはそうどしで、も少し優しぐ接しろや!!

 こちどら、豆腐メンタルなんじゃい!!

 傷付かないげども、傷付くんじゃい!」

「この人、かなり無茶言うよぉ……」

「だって、そんなに沢山たくさん、指摘されっと思わんべや!」

「俺かて、そこまでユーさんが不発弾まみれだと思わんかったよ……」

「『不発弾』言うなぁ!!

 てか、油断すんなし!!

 あたし、まだまだトラップだらけだかんなぁ!!」

「ねぇそれ、大見得切ってまで、この場で流れで言うこと?」



 ガシッ、ガシッ、ガシッと英翔えいしょうの脛を軽く蹴る友灯ゆい

 波は引いたのか、友灯ゆいは再び、だらしなくテーブルに伏せる。

 


「……ごめん、エイト。

 八つ当たりして、かと思いきや急に沈んで、ごめん。

 全部、分かってる。

 そろそろ本気で、皆ときちんと向き合わなきゃなことも。

 ロジハラ気味ってかキャパイけど、エイトが言ってくれてるのは全部、間違ってはいないことも。

 全部、あたしが原因で、あたし自身が、あたし自身の手で解決しなきゃいけないことも。

 マジで、ガチで、本当ほんとうに、リアルに色々足らんことも。

 全部……ちゃんと、分かってる」

「……ん」



 英翔えいしょうが、みずからの手を、友灯ゆいの手に重ねる。

 俺の手だって、ユーさんの物だよ。そう、主張するように。

 友灯ゆいは、いじらしい英翔えいしょうの行動が、愛おしく感じられてならなかった。



あたしさぁ。

 なんだかんだで、今の職場、嫌いにはなれないんだ。

 そりゃあ、てんで特撮は知らんし、ちょっと前まで食わず嫌いしてたし。

 話とかノリとかネタとか、まるで分からんし。

 商材だって、場所とかはなんとなく分かるけど、名前とか色だけで商品検索出来できほどじゃないし。

 そもそも、これまでと業務内容まるで異なるし。

 シームレスに発狂したり、売れない変なの作ったり、所構わずイチャイチャしたり、新しい扉開かせかけたり、造語だらけで言葉通じなかったり、えず暑苦しくてうるさかったりと、問題児だらけの、やりたい放題の無法地帯だけどさぁ。

 ……心地い人しかなくてさぁ。

 お客様も、悪い人そんななくってさぁ」

「……ん」

「正直、ギリのギリッギリもとこだけど。

 それでも、9ヶ月は営業出来できた。

 あとちょっとで、1年……ううん。

 みんなと一緒に、その先も、もっとやって行きたいんだよ。

 だから」



 英翔えいしょうと手を繋いだまま、友灯ゆいは立ち上がる。

 決意に満ちた表情が、妙に晴れやかだった。



「……話すよ。

 みんなと、ちゃんと。

 これから『トクセン』をどうしたい、どう変えて行く、存続して行きたいのか。

 あたしが、特撮詳しくないこと

 全部……ちゃんと、話す。

 そんで、謝った上で、お願いする。

 これからも、一緒に働いてしいって」

「……手伝おっか?」

「ちーがーう〜。

 ここは、『そうだね』『頑張ってね』って背中押す所でしょぉ」

「分かりにくい」

「そゆこと言うな。

 笑うだろ」

忌憚きたんない意見」

「うっさい」

「……そこは、『バーカ』もセットで」

「だから、知らんて!」



 英翔えいしょうの鼻を突きながら、友灯ゆいは破顔した。

 なんだかんだで英翔えいしょうとて、自分に気兼ねがくなりつつあることに。



「……責任感強いユーさんなら、そう言うと思った。

 だから、今回に関しては、この場ではもう、何もしない。

 でも、やっぱり心配だから、サポート・アイテムを用意した。

 ユーさんがみんなと接しやすくなるための、みんなのテンション、好感度を底上げるためのアプリを。

 意地っ張りな、ユーさんのために」

「一言、余計だな!?」



 言いながら英翔えいしょうは、スマホを操作し、友灯ゆいに見せた。



 起動された、謎の画面。

 友灯ゆいに読み上げられた、そのアプリの名は。



「……『特トーク』?」





 数時間後。

 すっかり常連となりつつある『エスペランサー』の前で、友灯ゆいは一人、待っていた。



「お疲れさまです、司令。

 本日はお招き頂き、ありがとうございます。

 初めて司令からお誘いしてもらえるなんて。

 私、感激です」



 何やら大荷物をたずさえ2番乗りしたのは、『トクセン』の良心その1、保美ほび 彩葉いろは



 聞き上手で清淑せいしゅくな、しっかり者の最年少。

 ホビーの心得を網羅しており、その道なら右に出る者はない知恵袋。

 ……なのだが、熱が入り過ぎたり、トロトロ、キラキラ顔で脱線しがちな、天然寄りの、少し困った人。

 また、デザインやプレイ・バリューは勿論もちろん、特に『色』に多大なる、尋常ならざる興味を持っている変人でもある。

 本人曰く「好きな相手は自分色に染めたくなる」的な心理で、お気に入りの玩具のメイン・カラーをオレンジやスカイ・ブルーにしていたりもする。

 主に玩具、色にしか興味が無く興奮もしないので、生涯独身を貫くことを公言している、中々の残念さ。



 彩葉いろはは現在、『トクセン』では、中古品やオリジナルのリペイント、破損品のリペアなどを受け持っており、『リペ担当』と略している。

 元々は『パンダイ』で働いていたが、「なんでもかんでも自分色に染めたがる」気性が災いし、『トクセン』に左遷されるという、異色の経歴の持ち主である。



 と、問題点をあげつらうと切りがいが、スイッチさえ入らなければ基本的には常識人。

 友灯ゆいにとっては、職場での頼もしい味方、き理解者、可愛かわいい妹分である。

 ちなみに、スイッチの入った彼女は「ケルベーロ・モード」、「ケルベロってる」「ベロる」「ケロッてる」などと職場で称されている。 

 友灯ゆいには、未だに経緯が不明だが。

 


「あ、う、うん。

 お疲れ様、保美ほびちゃん。

 ごーめん……一瞬、気付かなかったわ」

「無理もいですよ。

 今の私、私服ですし。

 このスタイルだと、ギャップり過ぎて分かりづらいですよね」



 普段着のゴーグル、差し色だらけのカラフルな白衣から一転し、モコモコした可愛かわいらしい衣装に包まれた彩葉いろは

 でかいかばんを背負いながら軽く踊ってみせる様が、実に若々しかった。



 などと思っていたら突如、彩葉いろはは落涙した。

 (少なくとも今は)まるで心当たりの友灯ゆいは、まさかの展開にあたふたし始める。



「ほ、保美ほびちゃん!?

 ど、どした!?」

「す、すみません……。

 私……ずっと、司令に塩対応してたかな、ぞんざいだったかな、ご迷惑だったかな、空気読めてなかったかなって……。

 飲みに誘う度に司令、断ってたし、上手うまいフォローとかも、出来できためしいし……。

 司令……私のこと、嫌いなんじゃって……。ずっと、思ってて……。

 ここに入るまでだって、『あざとい』とか、『い子しい』とか、『男ウケ狙ってる』とか、『オボコ』とか『カマトト』とか『負けヒロイン』とか、同性に散々さんざん、目のかたきにされて……。

 今だって、いつもいつも、やらかして、司令に怒られてばっかりだし……。

 でも、今日、声掛けてくれて……私のことも、誘ってくれて……。

 なんか、もう……胸も、頭も、一杯で……。

 この袋ばりに、色んな感情が詰まってて……」

「……もしかして、それを分かりやすく表現するメタファーにしたいがために、持って来たとか……?」

「いえ……これは、ただの趣味ってか、布教です……」

「ああ、そう、良かった……のかな?

 てか、違う、そうじゃなくて。

 あぁもう、保美ほびちゃん、泣かないで。

 そんなわけいじゃん。

 保美ほびちゃんは、あたしにとって大事な、実妹みたいな存在なんだから。

 てか、今まで不参加だったのも、完全にこっちの都合ってだけで。

 保美ほびちゃんも含めて、みんなには一切、非はいんだから」

「……本当ほんとう

 、私のこと嫌いじゃない?」

「ガッ!?」



 ここに来て、まさかのタメ口、名前呼び。

 友灯ゆいのメンタルに、10101のダメージ。

 なんかもう、本当ホント、テラてぇてぇ、吐血しかけた。



 まるで、NGワードゲーム回での、氷の姫と対象Fを彷彿とさせるやり取りではないか。

 ポヨ味が強肩アンパンでエグすぎるというか、カンブリア宮殿というか、そもそもイング系で八幡屋やはたや公園サブアリーナというか。

 要は、人目が気になるし、真冬に外では寒いから、そろそろ中に入りたいのだが。

 それを忘れるくらいに、体温もテンションも高まってしまっている。



 にしても、ヤバい……!

 まだ『さん』付けだったお陰で、かろうじて取り留められた……!

 このままだと、本当ほんとうに取り返しがつかない……!

 具体的には、百合が百花繚乱する底無しの暗黒面に落ち兼ねない……!

 いや、自分で言っといて、てか伝わるけど、何だそれ……!



 ここで雑に否定、はぐらかすのもミステイク……!

 こんな、なんの混じり気のい、期待と羨望、わずかな不安で構成された眼差しを向けられ、無言を貫くことは不可能……!

 自分の中に眠る欠片ばかりの良心は、そこまで落ちぶれてなどいない……!



 ……であれば。



「あぁ、もぉ!

 おだずなよ、っこの!

 い、いぎぎっ……いぎなり好ぎに、決まってぺさぁ!!」



 リンゴーン……リンゴーン……

 何やらウェディング・ベルみたいな音が響く、友灯ゆいの脳内。

 友灯ゆいは知らなかろうが、有識者からすれば完全に、どこぞのマジー◯とママのそれである。



「……嬉しい。

 私も、司令が、好き……!

 友灯ゆいさん、大好きっ!!」



 感慨も一入ひとしおだったのか、友灯ゆいに飛び込み、抱き着く彩葉いろは

 年上、店長の意地を見せ、どうにか受け止める友灯ゆい



 賢者のような顔をしながら、ぼんやりと友灯ゆいは考える。

 果たして自分達は今、本当ほんとうにノーマルなんだろうか。

 自分と彩葉いろはの「好き」は、度合いも歩合ぶあいも意味合いも、本当ほんとうにイコールなのだろうかと。



 そして、なにより。

 自分達はいつまで、HUGっとしているのだろうかと。



「あ、あのぉ……。

 保美ほび、ちゃん?」

友灯ゆいさんの、スカポンタン」

「なして!?」

「私の台詞セリフですよ

 なんで、『彩葉いろは』じゃないんですか。

 友灯ゆいさんの、にぶちん、アホ、甲斐性し。

 正直、興醒めです。

 百年の恋じゃないですけど、急冷です」

「あーもぉ!

 分かったよぉ!

 ただし、プライベートの時だけね!?

 タメ口も!

 じゃないと、示しが付かないから!」

「『二人きり』の時もセットじゃなきゃ、

「もう、それでいよ!

 今後ともよろしくねぇ、彩葉いろはちゃん!!」

「雑。

 言わされた感、半端はんぱい。

 リテイク、改善を要求します」

「あーた結構、めんどいね!?」

「今まで、多少は猫被ってたんですよ。

 流石さすがに、純度100%、天然由来だけで生きて行ける程、大人も女も世界も社会も仕事も楽じゃないので。

 てか私かて、ここまで友灯ゆいさんが抜け作だと思いませんでしたよ。

 まぁでも、いきなり多くを求め過ぎるのは欲たかりですよね。

 しからば後日、『どういった趣旨で私を好んでいるのか』について、レポートの提出を求めます。

 なお、拒否は認めません」

「やっぱ、めんどい!!

 いや、やっけどもさぁ!!」

「よく出来できました。

 偉いですねぇ、司令」

「た・ち・ば!!

 たちば、た・ち・ば!!

 今のあたし、大分、立場いんだけどぉ!?

 あと、どういう立場ぁ!?」

「コンボボイス風に仕立てたのは、ポイント高いですね」

「大体分かった!」

「世界の破壊者の追撃ですか。

 これは、加点ですね。

 ところで、私へのナデナデは、まだですか?」

「やっぱ、分からんっ!!

 まぁ、やりますけどぉ!」



 後半は何が何やらだったが、えず色々と誤解は解け、より一層、打ち解けられたので、友灯ゆいは良しとした。

 その結果、二人組の女性が互いに頭を撫で合っているという、摩訶不思議な光景は出来上がったが。



 それはそうと。



「……彩葉いろはちゃん」

「呼び捨ては?」

「そこはまぁ、追々?」

「疑問形かぁ。

 しょうがないなぁ、友灯ゆいさんは」

「情に流されるとロクな事にならない、めて?

 で、本題だけど。

 あたし、いつまで、この体勢?」

「……悪いのは、友灯ゆいさんだし……。

 私を、いたずらに翻弄しまくるから……。

 この、魔性の女……」

「人聞き悪いな、とんだ言いがかりだな、誤解だらけの結果論でしかないんだけどなぁ!?」

「言っとくけど、違うから……。

 ここまでするのは、相手が友灯ゆいさんだからだし……。

 他の人には、するのもされるのも御免だから……。

 精々せいぜい、ケーちゃんくらいだから……」

「それ聞いて安心した!」

むしろ、少しは危機感持ってしいんだけどなぁ。

 まぁでも、今日の所は、これくらいで勘弁して差し上げます。

 友灯ゆいさんの本心を曝け出せただけで、今日のメイン・ノルマは達成出来できたってか、ここに来た甲斐がりました」

あたしもまぁ、良かったよ。

 彩葉いろはちゃんのわ」

「ん〜?」

「……わだかまり、無くせて」



 友灯ゆいの言葉に、嘘はい。

 彩葉いろはの葛藤を減らせたのは、僥倖ぎょうこうだ。

 勇気を出し、話し合いの席を設けて正解だった。



「良かったですねぇ、司令。

 最後の最後で、赤点免れられて。

 私に、愛想尽かされずに済んで。

 危うく、これから延々と、塩分高めの業務対応され続ける所でしたよぉ」



 ……その所為せいで、面倒な一面が新たに発見、発掘されたが。

 彼女がより笑顔、素直でいられるのなら、安い代償だ。

 と、思うことにしておこう。 



「ところで私、遅刻しましたか?

 すみません。お待たせしてしまって。

 以後、気を付けます」



 平静を取り戻し、友灯ゆいから離れた彩葉いろはが、質問して来る。

 友灯ゆいは、上目遣いに悶えそうになりながら、答える。



「ううん、もう全っ然!

 あたしが、せっかちなだけだから、気にしないで」

「分かりました。

 でも、司令。あまり、早く来ぎないでくださいね?

 それが無理なら、せめて店内で待っててください。

 司令のことですから、初めて訪れる私達にも分かりやすよう、外でマーカーになっていてくれたんでしょうけども。

 それに私も皆も、到着間近になったらRAINレインしますし。

 司令に倒れられたら、ことなので」

「あ、ごめん……。

 あたしRAINレインのデータ、消し……消えちゃってさ」

「なるほど。

 道理で、未読スルーだったわけですね。

 いつからなのか分かりませんし、件については、追求もお咎めも無しで構いませんが。

 であれば、早めに知らせて頂きたいです。

 なにってからじゃ、遅いので」

「痛み入ります……」

「いえ。

 司令の因果応報とはいえ、私こそ、いきなり不躾な発言、失礼うひょぉはおはぁぁぁぁぁ!!

 シレー、シレー! 今の、見ました!?

 保美ほび好みの、超キュートな車ちゃん!!」

「えと……ごめん、見てなかった」

「なんと!?

 あんなに綺麗なオレンジが実在しているというのに、知らずに呑気に生きていたと!?

 シレーだけに、シレーっとしてたってんですか!?

 くお天道てんと様に顔向け出来できてましたね!?

 まだ、あの車を見てないって? 損だぞ!!」

「そこまで言う!?」

「紛れもない事実です!

 いえ、それは保美ほびも同じ……!

 あんなにビビッド、ビビッと来るサイキューちゃんが現存しているとは……!

 地球は、オレンジかった!」

「宇宙飛行士!?」

「すみません、ちょっとチェキもらって来ますぅ!!

 さぁ、張り切って……振り切るぜぇ!!」

「待って!?

 今は、こらえて!

 今だけは、ね!?

 後生、後生だからっ!!

 止まって、保美ほびちゃん!!」

「『保美ほび』って呼ぶなぁ!!」

「マルチ・タスク、めろやぁ!!」



 キレ合戦を始める二人。



 ちなみに、好みの色(=オレンジやスカイ・ブルー)を見付けると、彩葉いろはぐに意識と体を持ってかれる。

 また、マシマシで特撮ネタを口にする失礼キャラになり、一人称も変わる。

 といっても数分前から、「友灯ゆいと二人きりの時」という特定条件さえ満たせば、その片鱗は全面に押し出されていたが。



 それはそうと。

 まさか、業務中以外でも学ばされるとは思わず、友灯ゆいは複雑な気持ちになった。

 ただでさえ彩葉いろはには人一倍、小言を並べている都合上、余計に微妙である。

 といっても、あれは彩葉いろはが暴走してるからなのだが……。

 それとも、あるいは今の自分が、同レベルだとでも言うのだろうか。



 ……いや。

 それは、流石さすがいな。





 「おまたせ、ボス」

「遅くなってすみません、キャップ……。

 は、恥ずかしい……」



 中々に失礼なことを考えながら彩葉いろはを取り押さえていると、『トクセン』の名物夫婦が現れる。

 何故なぜかペア・ルック、そして女性が男性に寄り掛かったポーズで。



 可愛かわいい系細マッチョ男子であり、『トクセン』のオアシス、イジられ役、守羽すわ 紫音しおん

 体は細くクビレもあるが、身体能力が高い細マッチョで、素手で林檎を握り潰すなど容易い。

 それでいて、磨き抜かれた運動センスが売りという、アンバランスさ。

 個人的には、運搬係としても積極的に働いてくれるので、男手の少ない『トクセン』では、そういう意味でも重宝されている。

 れっきとした男性だが、前述の性格、趣味のお菓子作り(=差し入れ)が功を奏し、現在では『トクセン』で誰よりも好感度を荒稼ぎしており、馴染んでるなんてレベルじゃなくなっている。

 優しく気遣い屋だが、怒らせたら一番怖い(という噂)。

 やや内気で人見知り気味で、慣れるまでは「……」を多用する。

 懐くと構ってちゃん。

 年齢とか性別とかをガン無視した、英翔えいしょうに負けず劣らずの女子力、あざとさの持ち主。

 ちなみに、友灯ゆいの個人的推しポイントは、一人称が「ぼく」でも「ぼく」でもなく「ボク」という、ボクっ娘みたいな所である。 


 

 もう一人が、宝◯に所属してそうなハスキー系イケジョ、信本しなもと 璃央りお(仕事では旧姓を用いている)。

 クールでストイック、マニッシュでスタイリッシュな立ち振る舞いにより、周囲からまれに『リオ様』と呼ばれている。

 特撮のセリフやキャラ名を完コピしており、作品知識はトップ・クラス。

 自分を芸術視しておりナルシスト気味だが、格好かっこいいので許される。

 褒められたがりで、詭弁きべんを捏ねくり回してでも自分を賛美させようとする。そうじゃなくても詭弁を多用する。

 かく、「イケビジョさ」にこだわっており、そのためか、壁や紫音しおんなどに寄り掛かるのがお決まりのポーズである。

 そして特筆すべきは、度を超えた紫音しおんコンプレックス、略して『シオコン』で、彼に対してのみ束縛が激しくなることである。

 余談だが、友灯ゆいひそかに、「いつ自分も『リオ様』と呼び始めようか」と虎視眈々と狙っている。



 二人は元々、遊園地でヒーロー・ショーの劇団員をやっていたが、職場が廃園してしまったため、『トクセン』に入社した過去を持つ。

 ちなみに、紫音しおんがスーツ・アクター、璃央りおがシナリオ兼ボイス・アクターを担当。

 息ぴったりなのだが、まれ紫音しおんがアドリブを入れた結果、完璧主義者でプラン、マニュアル人間の璃央りおに叱責されたあと、ベタ褒めされていたりした。

 ちなみに、実はリオねぇの方が紫音しおんより年下だったりする。



「二人共ぉ!

 そういうのいから、保美ほびちゃん抑えるの手伝ってよぉ!

 特に、紫音しおんくん!」

「ご挨拶ねぇ。

 それに、ボス。そんなこと出来できわけないじゃない。

 あたしの目の前で、あたしの最カワ最愛の紫音しおんが、その他の女Aの命令で、その他の女Bに触るですって?

 ボスさぁ……そんな身空で、地獄を楽しまされたいの?」

「間違っちゃないけど、なんかムカつくなぁ、そのキャスト・クレジット!」

「まぁまぁ、リオねぇ

 こういう時は、保美ほびさん対策で預かって来た」

紫音しおんくん、あたしにもフォローしろぉ!」

「あー。

 あの、『ホゴーグル』とやらの出番ね。

 ボス。ちょっとそのまま、保美ほびをロックしてて頂戴ちょうだい

「ねぇさっきからあたしの扱い、雑くないっ!?」

「ボスが、きちんと対保美ほび用のデバフを用意して来なかったからよ。

 身から出た錆、自業自得」

「そもそも、なんらかの対策講じるの前提で行われる飲み会って、何っ!?」



 友灯ゆいのツッコミ、扱いはさておき。

 唐突にフィンガー・スナップを決めた璃央りおは、かばんからゴーグルを出し、彩葉いろはにセットする。

 瞬間、それまで暴れていた彩葉いろはが、たちま大人おとなしくなった。



「あ、あれ?

 なんだか、暗色系しか識別出来できない?

 暖色だけが分からないようになってます。

 彩度が、低い?

 すごい、新感覚」

「あんたが暴走した時用に、岸開きしかいから授かって来た物よ」

「なるほどです。

 流石さすがは、ケーちゃん。

 私のことく分かってくれてますね」

「……世界広しといえど、そうはないわよ。

 ここまでの本性バレRTA最速記録の保持者」

「必要なのが、『綺麗な色』だけだもんね」

「違いますよ、紫音しおんくん。

 色は、私にとっての『命』。

 言うなれば、分霊箱です」

「そこら中にあるわ!

 大問題だわ!

 7巻どころの騒ぎちゃうわ!」

「そしてホビーは、私……いいえ!

 ホビーは、保美ほびの……『魂』、だぁぁぁぁぁ!」

「いや、効力、うっすぅ!?」

「こいつがスイッチ多い上に早押し、長押し過ぎるのよ!

 イメージだけでぐ切り替わる!

 紫音しおん、麻酔の注射!」

「ボク、チョッパ◯!?

 保美ほびさん、ごめん!」



 手刀ならぬ足刀で峰打ちを貰い、気絶する彩葉いろは

 友灯ゆいは思った。人選、ミスったかなぁと。



「さて、と。

 ボス。ちょっと保美ほび、席まで運んで頂戴ちょうだい

あたしぃ!?」

「当たり前でしょ?

 紫音しおんに他の女を運ばせられないし。

 有象無象がちょっかいかけないよう、いつ如何いかなる時も、紫音しおんあたしの監視下に置かれてなきゃならない。

 となれば、この場で動けるのは、ボスを置いて他にないじゃない」

「いつもみたいに、紫音しおんくんの膝で運ぶの付き添えばいじゃん!」

「そしたら、あたし紫音しおんが奇異の視線でめつすがめつ眺められるわ」

あたしも、されますけど!?」

「ここ、ボスの行き付けなんでしょ?

 だったら、今に始まったことじゃないじゃない。

 それにボスには今日、問題児ほびを呼んだ責任がる」

「分かったよぉ!

 やればいんでしょぉ、やればぁ!?」

「物分りがい子は、好きよ」

あたしは、シオコンの時の信本しなもとさん、嫌いっ!!」



 こうして、彩葉いろはの運搬係に任命された友灯ゆい

 今日が貸し切りで本当に良かったと、友灯ゆいは思った。



 余談だが、マスターは平然としていた。

 友灯ゆい的には、少しは慌ててしかった。





「おや。

 随分ずいぶん、早いね、店長。

 もう着いてたのかい」



 彩葉いろはをソファに寝かせ戻って来た友灯ゆい

 タイムリーに声を掛けたのは、『トクセン』の良心その2、奥仲おくなか 寿海すみ



 接客業の大ベテランで、高校の卒業式と同日に結婚式も済ませた猛者。

 メンタル最強で臨機応変、にこやかながらも徹底的に屈しないし動じない重鎮、守護神的なポジション。

 そんな立ち振舞から、本名より一部抜粋し、「オカミさん」と呼ばれるに至る。

 特撮方面は友灯ゆいと同レベルで明るくないが、奥様らしくイケメンには興味津々で、作品名をキャスト名で認識しつつある。

 PTAの会長をしていたことり、趣味は食べ歩き。

 困っている人は見過ごせない世話焼き気質である故に顔も広く、彼女に教えられた行き付けの穴場では、後に皆が一人で行っても負けてもらえる。

 

 

 そんなオカミさんこと寿海すみなのだが。

 彼女の手は現在、見知らぬ少女とつながっていた。



可愛かわいい……」

「オカミさんの、娘さんですか?」

「『お世辞』としては正解だが、残念ながら、『解答』としては不正解だよ。

 ほら、新凪にいな。自己紹介しておやり」



 新凪にいなと呼ばれた少女は、少し恥ずかしがったあと、手をパーに広げ、3人に見せた。

 オカミさんは、苦笑いしつつ、手を閉じさせる。



「惜しい。

 それは、新凪にいなの年だ」

「ニーナ、わかんない」

「じゃあ、新凪にいな

 ちょっと、私を呼んでくれるかい?」

「バーバ」

「そうだよ。

 出来できたねぇ、偉いねぇ」



 新凪にいなの頭を撫で、抱っこするオカミさん。

 店長という都合上、すでに知っていた友灯ゆいはさておき。

 まさかの三世帯バレにより、紫音しおん璃央りおは驚愕していた。



 奥仲おくなか 寿海すみ、その正体は。

 既に息子、娘も就職しており、家族で仲良く暮らしていた。

 可愛い孫や義子、老後のために貯金すべく『トクセン』に入った、二回りは若く見られる美魔女である。



「すまないねぇ。

 出掛けるって言ったら、『付いて行く』の一点張りでねぇ。

 少し前まで停職して、共働き夫婦に代わって面倒見ていたら、すっかりお婆ちゃんっ子になってしまったんだよ」

「ニーナ、バーバ、いっしょー」

「こんな調子でねぇ。

 最近は祖母離れ出来できたと思ったんだが、しばらく溜めていたツケが爆発してしまったらしくてね。

 いきなりで申し訳ないが、孫も同席して構わないかい? 店長。

 勿論もちろん新凪にいなの食事代は、私が払うからさ。

 見ての通り、トラブルとは無縁の大人おとなしい子だから、迷惑は掛けないと保証するよ」

「ええ、勿論もちろん

 あたし三八城みやしろ 友灯ゆい

 よろしくねぇ、新凪にいなちゃん。

 お姉ちゃんとも、仲良くしてねぇ」



 いつも通り、子供と目線を合わせて会話する友灯ゆい

 人柄の良さが伝わったのか、新凪にいなはオカミさんの方をまじまじと見詰めたあと、余っていた手を友灯ゆいに差し出した。



「ユーちゃん」

「そう。

 出来できました」



 新凪にいなに応え、握手を交わす友灯ゆい

 その様を、オカミさんが不思議そうに眺めていた。



「いつも思っていたが。

 店長、妙に子供慣れしてるね」

あたしの幼馴染が、新凪にいなちゃんと同じくらいの女の子の母親なんです。

 こっちに入るに当たって、特訓も兼ねて、その子と過ごす機会を設けてもらって。

 そしたら、すっかり打ち解けて、今では友達です」

「なるほど、それで。

 でも、それだけでもなさそうだね。

 子供ってのは、大人より余程よほど、相手をく見てるからねぇ。

 きっと、店長の優しさを、瞬時に察したのさ。

 そういう意味でも、『トクセン』は店長にとって天職だったのかもしれないねぇ」



 天職。

 何気なく放たれた一言に、友灯ゆいは深手を負いかけた。



 仕方がいのだ。

 友灯ゆいは特撮無知を絶賛、秘匿中。

 それを含まずとも、鷺島さぎしまの件、飲み会お断りの件、休憩ぼっちの件などなど、隠蔽工作を重ねている。

 くだんの、女友達の子供との特訓をする時だって、具体的な仕事名、業務内容についてはかたくなに霧に撒いていた。

 そんな欺瞞だらけの自分が、『トクセン』向きなのか、本当に優しいのか、はなはだ疑問である。



 が、友灯ゆいは、ぐに立ち直る。

 今の自分に、落ち込んでいる、自問自答している暇はい。

 自分は今日、ケジメを付けに来たのだから。



「すみませーん」



 などと覚悟を新たにしていると、再び、新参者。

 現れたるは、新凪にいなに瓜二つの、眼鏡をかけた素朴な女性だった。



「マーマ。

 おつかれさまー」

「ありがとぉ……新凪にいな……」

若庭わかば

 来れたのかい。

 面接は、どうしたんだい?」

「どうにか、間に合わせて……」

「こっちのこといから。

 えず、呼吸を整えな」

「マーマのコキュー、シジューカタ!」

可愛かわいいけど、何もかも違うよ、新凪にいな

「もう、わけ、わかんねぇ」

「私の台詞セリフだよ。

 今度はなんのネタだい」



 目の前でコントを展開されながらも、オカミさんに従い、落ち着かせる若庭わかば

 そのまま彼女は、改めて友灯ゆいたちに挨拶をする。



「初めまして。

 お……奥仲おくなか若庭わかばと申します。

 この度は、大事な席に娘がお邪魔してしまい、申し訳ありません」

「ニーナ……おじゃま?」

「ち、違うの、新凪にいな

 今のは、言葉の綾というか……。

 新凪にいなが邪魔だなんて、そんなわけいわ。

 でもね、新凪にいな。大好きなのは分かるけど、あんまり、おか……ばっ、バーバを困らせちゃ、駄目ダメよ?」

「バーバ……ニーナ、キライ?」

「そ、そうじゃなくてね、新凪にいな

 ああ、もう……どう説明すれば……」



 見るからに、子供慣れしていない若庭わかば

 どうやら、オカミさんが新凪にいなを見ていたというのは、本当ほんとうらしい。

 もっとも、二人を責めることなど、友灯ゆいたちには到底、出来できなかった。

 共働きが義務化しつつある昨今の圧迫事情を、身を以て知っている手前。



「じゃあ、こうしましょう!

 折角せっかくですし、若庭わかばさんも同席してください!

 それなら、新凪にいなちゃんのことも安心ですよね!」



 手を叩き気を引き、即座に折衷案を出す友灯ゆい

 まさかの誘いに、若庭わかばは驚いた。



「……いんですか?

 なんの関係もい、私が?」

関係無くなんかないです。

 うちのスタッフは、家族も同然。

 つまり、家族のご家族も、あたしの家族です」

「……何その、オエージ理論」



 いや、そのネーミングこそ何ってか誰よ?

 と思うものの、必死に耐える友灯ゆい

 ここでカムアするのは、やや早計である。

 


「と、かくっ!

 あたしも、もっと新凪にいなちゃん、若庭わかばさんと話したいので。

 若庭わかばさんさえ良ければ、是非ぜひ



 持ち直し、立て直す友灯ゆい



 躊躇ためらっていた若庭わかばだったが、新凪にいなに手を握られ見詰められ、諦め顔になった。



「……では……新凪にいな共々、ご相伴しょうばんに預かります。

 本当ほんとうに、ありがとうございます。

 えと……」

三八城みやしろ 友灯ゆいです」

「あなたが……。

 話は、く聞いています。

 聞きしに勝る、素敵な店長さんで安心しました」

「い、いやいやいや!

 普通! 普通ですから!」

「そういう発言する奴って、高確率で普通じゃないのよね」

「実は一番アレだったりね」

「そこの夫婦ぅ!

 ちったぁ助けろ、仕事しろぉ!」

「今、オフよね」

「残業、反対はんたーい、です……」

「バーバー。

 マーマー。

 おたから」



 友灯ゆいが軽く怒る裏で、新凪にいななにかを見付けたらしい。

 一同が視線を向けた先にったのは、彩葉いろはが背負っていた大きな袋。

 ……の中身を持った、純粋無垢な少女。


 

「あー!

 保美ほびさんの、私物の『プレパン』グッズー!」

「あのドデカ袋の中身、それぇ!?」

「しかも、あの大量のホビーの中から、さきにカイザギ◯取ってる!?

 嘘でしょ!?

 あれ、5万は下らない代物しろものよ!?」

「ちょ、ちょっと、新凪にいな

 離しなさい! お願いだからぁ!」

「おやおや。

 流石さすがは、私の孫。

 お目が高いねぇ、才能ありだねぇ」

奥仲おくなかさぁん!

 感動してないで、新凪にいなちゃん止めてぇ!

 てか早速、トラブってるんですけどぉ!?

 フラグ回収、早過ぎませんかねぇ!?

 保証期間、どうなってるんですかぁ!?」

「ちょっと、紫音しおん

 あんたは、そこでジッとしてなさい!」

「リオねぇ!?」

「こんな時までシオコン発動しないでよぉ!?」

うっさい!

 あの子だって、立派なレディーでしょうが!」

流石さすがは、璃央りおちゃん。

 く分かってるじゃあないか」

奥仲おくなかさぁん!?

 いから、手伝ってよぉ!!

 こんな時くらい、少しは揺らいでよぉ!?」



 こうして、真冬に外で騒ぐ友灯ゆいたち

 自分を除外すると現状、7人居るメイン・スタッフの中から、まだ話が成り立つ半数を選んだのだが。

 だけでみはしない辺り、どうやら人選ミスもはなはだしい模様だ。



 頼みの綱だったオカミさんまで、ここに来て、まさかの家族同伴+孫バカの併発。

 柔軟を装った対応と笑顔で誤魔化ごまかしてはいるが、内心、穏やかではない友灯ゆい。 

 事実、「やっぱエイトに同席してもらうべきだった、変に片意地張らずにオエージ理論とかで家族扱いして来てもらえば良かった」などと思っている真っ最中である。



 はっきり言って前途多難であるが、果たして友灯ゆいは今夜、目的達成が叶うのか。

 英翔えいしょうのサポートしで、どうにか打開出来できるのか。

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