2:観戦者…E/ビギンズエイト

 どうしてかは、分からない。

 どうやって来たのかも、それまでなにをしていたのかも、何故なぜ眠っていたのかも、朧気おぼろげだ。



 それでも、気付きづけば。

 森円もりつぶ 英翔えいしょうは、そこにた。



「おーい。

 大丈夫ですかー?」



 自分を呼んでるとおぼしい、何者かの声。

 それに導かれ、呼び起こされ。

 英翔えいしょうは、目を覚ました。



「……?」



 視界を広げ、辺りを見回し、英翔えいしょうは首を傾げる。

 


 自分は一体、なにをしていたのだろう。

 何故なぜ、ここにたのだろう。



「んー……。

 まだ、本調子じゃないのかな……」



 横たわっていた自分に合わせ、かがみ、何故なぜか熱を測る女性。

 妙に近いというか、初対面のはずなのに変な安心感がるというか。

 なんとも、不思議な女性だった。



「……平気、です」



 優しく手を払い、起き上がり、軽くストレッチする。

 やはり、目立った異常はい。 



「そっか。

 なら、かった」



 快活に笑う女性。

 明るい中に、どこか闇を秘めた、印象的な表情だった。



「おっと、いけね。

 ごめん。

 あたし、そろそろ行かなきゃだから。

 それと、これ。

 良かったら、遊びに来て」



 腕時計を見、わずかに焦りつつ、女性は英翔えいしょうなにかを手渡す。

 それは、『トクセン』とやらの場所のチラシだった。


 

「……俺に?」

「うん。

 君、特撮好きっぽいから。

 ほら。君のかばんに、ラバスト付いてるし」



 指を差され見てみれば、確かにセブンガ◯のアクセサリーが視認された。

 それはそうと、中々の観察眼の持ち主である。



勿論もちろん、無理強いはしないけど。

 気と興味が向いたら、来てみて。

 歓迎する。

 てことで、そんじゃあ!」



 言うだけ言って、女性は走り去った。



 お礼を告げようと、手を伸ばす英翔えいしょう

 しかし、途端とたんに世界がボヤけ、グチャグチャ、真っ黒になり、なにも分からなくなり。



「お客様。

 大丈夫ですか?」


 

 わけも分からぬまま、気付きづけば駅員さんに起こされていた。

 分かり切っていたが付近に、くだんの女性はなかった。



 どうやら、今の今までのは、夢だったらしい。


 

 怪訝けげんそうに見詰められ、英翔えいしょうは立ち上がり、軽くストレッチする。

 問題く動いたので、えずうなずく。


 

「なら、かった。

 二十歳はたちになって、興味を持つのは分かるがねぇ。

 お酒は、たしなむ程度に控えた方がいですよ」



 どうやら、酔っ払った大学生とでも勘違いされた模様もようだ。

 自分はれっきとした社会人、三十路みそじだというのに。



「にしても」



 英翔えいしょうの手を見下ろす駅員。

 そこには気付きづけば、なにかのチラシが握られていた。



余程よほど、大切だったんですね。

 まさか、睡眠中まで手放さないとは」

「……?」



 確かに、特撮は好きだし、ここに来た目的の一つではある。 

 しかし、妙だ。

 一体、自分はいつ、チラシなんて掴んでいたのだろう。 

 ここで寝ていたのも、単に長旅で疲れていたに過ぎないのに。

 近くに、大量に置いてあったわけでもないのに。

 


「……」


  

 長考したすえに、英翔えいしょうは考えるのを止めた。

 駅員さんに会釈えしゃくし、自前のバイクに乗り、チラシをかばんに忍ばせ。



 新天地での生活を、英翔えいしょうは開始した。





 駅から程近く。山の上に位置する、仕事斡旋所『アッセンボー』。

 森円もりつぶ 英翔えいしょうは突如、そこに降り立った。



 四色から構成された派手なボサボサ髪と、童顔と不相応に物憂げな雰囲気。

 来室と同時に、その場にた全ての人間が、英翔えいしょうに意識を奪われた。 

 そんなこととは露知らず、くだんの男性は不意に立ち止まり、周囲を見回す。

 どうやら、システムが分からないらしい。



「あの、お客様。

 なにか御用でしょうか?」



 立場上、カウンターの、筋骨隆々の男性が声を掛ける。

 自分が呼ばれていると気付き、英翔えいしょうは己を指差す。



「……すみません。

 一つ、確認、いですか?」

「はい。

 なんでしょうか?」



 く通る透明な声を意図的に崩し、気怠い雰囲気を演出し、ゆっくりと英翔えいしょうは質問する。

 受付の男性も、笑顔で対応する。



「ここって、仕事の依頼とかも、出来できますか?」

「!?」



 男性スタッフは驚いた。

 遊んでばかりの大学生がオール明けにバイト探しにでも来たのかと思えば、まさかの雇用側。

 たとえ自分でなくとも、大なり小なり驚くに違いない。

 


 が、そこはプロ。

 そんな心中を開けっ広げなどにはせず、にこやかに返答する。



「ええ。

 ご案内致しますので、お席にどうぞ」



 リードするも、英翔えいしょうは動く素振りを見せない。

 スタッフが不思議がっていると、おもむろ英翔えいしょうは開口する。



「……すみません。

 もっと、静かな場所、ありませんか?

 出来できれば、密室とか……」



 極度の人見知りか、はたまた人前で口にするのははばかられるのか。

 いずれにしても怪しさしかいが、求められた以上、応えるのが仕事。

 


「畏まりました。

 では、あちらにどうぞ」



 少し考えた末に、奥の部屋へと招く男性。

 英翔えいしょうは、やや申し訳なさそう、それ以上にうれしそうに、彼に告げる。



「……ありがとう、ございます。

 優しいスタッフさん」



 本当に男性なのか、疑わしく思えるレベルの可愛かわいらしい台詞セリフ

 おかげでスタッフは、危うく新たな扉を開きかけた。

 ノックとかドアノブ握るとか、その程度で抑えられた。



滅相めっそうもないことでございます。

 ささ、どうぞどうぞ」



 動揺した拍子に、なにやらゴマすりみたいな口調になるも、仕事はこなすスタッフ。

 英翔えいしょうも、彼に続く。



 個室に入り、きちんとドアを締め、念の為、施錠もする。

 こうして、部屋にるのは英翔えいしょうとスタッフだけとなった。



「ここは防音で、外部への音声は全て遮断され、盗聴の危険は有りません。

 本来、高額のご依頼に限り、プライバシー保護の観点から使用を許可されるのですが。

 有事のさいには、特例として認められております」

「それ……大丈夫、ですか?」

「ご心配無く。

 これも仕事ですから」



 明らかに異様なオーラに包まれた、ともすればご意見クレーム案件になり兼ねない相手の対応。

 この、誰もが嫌がるだろうミッションを平穏無事に終え、おまけに新たな依頼を承ったとなれば、誰も文句は言うまい。



 一瞬、過ぎったブラックな思考を捨て、笑顔を作り直し、着席する男性スタッフ。

 テーブルと椅子だけという、殺風景かつカツ丼の出てきそうな、取調べ室みたいな場所で。

 かくして二人は向き合った。



「して。

 早速ですが、ご依頼内容について」

「……すみません。

 その前に、いですか?」



 おずおずと手を挙げ、話を切る英翔えいしょう

 妙に注文の多い客だなぁと思いつつ、スタッフは笑顔で返す。



「はい。

 なんなりと」

「もっと、ラフに話せませんか?

 こういう、フォーマルなのは、苦手で……」

「と、おっしゃいますと?」

「タメ口とか、そんな感じに」

「な、なるほど……」



 ここに勤務して早5年。

 今まで数々を相手取って来たが、こんなリクエストは流石さすがに初めてである。

 が、お客様の意向に沿えるのであれば、自分に出来できる範囲で尽力するのが業務。

 なれば、自分が取るべき行動は一つ。



 大人、人間としてのマナーを守る為の最終確認である。



「差しつかえなければお聞かせ願いますが」

「30」

「いや、読み取り飲み込み早っ!

 しかも、え、年上!?」

「……と見せ掛けて、20」

「いや、流石に無理るよ!?

 ルックス的にはまった違和感いわかんいけど、流れ的に無理よ!?

 絶対ぜったい今、この場だけでも俺より若くなろうとしたでしょ!?

 見せ掛けられてないから、もう全っ然、これっぽっちも!

 アイドルでもしてないレベルでサバ読んだでしょ!?」

「ケチ」

「俺ぇ!? 俺が悪いの、ねぇ!?

 あと、さっきから気になってたけど、なんで言い方ちょいちょい可愛かわいいってか思わせりなの!?」

「いけず」

「止めるぉぉぉぉぉ!!

 俺は……! 俺はノーマル、ノーマルなんだぁ!!

 嫁も子供もるし、家と車のローンだってまだ残ってるんだぁ!!

 愛娘を安心して進学させるために、まだまだジャンジャン稼がなきゃなんだぁ!!

 頼むからこれ以上、俺を目覚めさせかけないでくれぇぇぇぇぇ!!」



 というわけで、男性スタッフは敬語を崩すこととなった。



 数分後。



「マジ?

 英翔えいしょう、東京からバイクで来たの?」

「大変だった」

「そりゃそうだろ、かなりの遠出だよ。

 いや、お疲れさん」

「ありがと」

「てか、住む所は?

 こっち、別に出身地でもないんだべ?

 仕事もだけど、そっちだって大事だいじだろ?」

「今日、別荘が出来できる予定」

「いや、抜かりっ!

 あざとぎんだろ、マジで」

「今度、来る?

 大歓迎」

「おー、行く行く。

 でもま、そのためにも、ずは仕事だ」

「りょ」



 持ち前のコミュ力も手伝い、すっかり打ち解ける二人。

 が、閑話休題。



「で?

 どんな仕事をお望みで?」

「特撮」

「……ん?」

「特撮の話を、聞いてもらう仕事」



 トントン拍子に進んでいた会話が、やにわにブレーキした。



 術中に嵌まる形とはなってしまったが、それでも英翔えいしょうを理解したと自負していた男性。

 が、それは自惚れ。完全ではなかったと、身を以て思い知った。

 


「えと……英翔えいしょう

 それが、仕事?

 え、他には?」

「特に」

「ですよねー」



 拍子抜けもい所な展開に、テーブルに突っ伏す男性。



 まったく。今までの苦労はなんだったのか。

 そんな業務内容なら今時、小学生の小銭すら稼げないではないか。

 前代未聞の業務内容がゆえに、承認されるかどうかもだが一体、誰が興味を持ち、引き受けてくれるというのか。



 でも、仕事は仕事。

 それに(不覚、不可抗力とはいえ)、仲良くなった義理もある。

 ないがしろに終わらせる訳にはいかない。

 与えられた役割は、きちんと果たさなくては。

 そう言い聞かせ、兜の緒を締め直す。



ちなみに、月給は?」

「ん」



 スタッフからの質問に、人差し指を上に向けて立てる英翔えいしょう

 1000円か。まぁ、そんな所だろうと油断し、メモしようとした次の瞬間。



「100万」



 ズコーッ!!

 派手に音を立て、テーブルに頭を打ち付ける男性。

 まさかの展開の連続に、頭が追い付かなくなりつつあるも、ツッコまずにはいられない。



「いや、おっかしいだろぉ!?」

「足りない?」

「そうじゃない!

 なんっで、そんなに高額なんだよっ!?

 特撮トークするだけだろ!?」

「んーん。

 住み込み、生活費込み、使用人込み、確定申告の代理込み」

なに、更に好条件にしてんの!?

 込み込みぎんだろっ!

 賃貸じゃないんだぞぉ!?

 特に確定申告、最高かよっ!

 てか、使用人ってなんだよっ!?」

「ん」

「あんたかよぉ!!

 家事まで出来できるし、してくれんのかよぉ!!

 あんた本当ホントなんなんだよ、意味分かんねぇよ、姫くりより余程よほどつ・つ・つ都合いいお・お・お男じゃねぇかよ、ただただ怖ぇよぉ!!」

「偏見を持たない、あんまりディスったりアンチしない人が望ましい。

 特撮に興味持ってくれない人はお断り。

 SNSハシゴしてたり、裏アカ持ってる人は、要検討。

 色々とだらしない人は無理。

 プライバシー尊重しない、自分の要望ばかり押し通して来る、下ネタばっか連発する、パーソナル・スペース守らない人は、論外」

「いや、多っ!?

 フワッとした内容に反して条件、多っ!?

 と思いきや、ほぼ常識的なことしか言ってない!」

「ちな、日割りも可。

 成績によっては昇給、ボーナス付き。

 業務中以外は、犯罪以外は何してても構わない。

 有給、長期休暇もり。

 あと、掛け持ちも可能」

「はいはーい!!

 俺! 俺とか、どーだ!?

 特撮興味る、なんでもする、いくらでも聞く、いつでも働けるぜ!?

 なんなら今日、今からでもっ!!」

「……どうせ一緒に住むなら、女の人がい」

「そらそーだ!」

「あと、赤髪ロングかつオレンジ色の目で、ツッコミ上手うまくて、8月3日生まれの未年のAB型の人が望ましい」

「いや、またしても限定条件多っ!!

 しかも、常識的じゃないし、最後の要るぅ!?

 なんで、そこまで細かくしたしっ!!」

「……なんでだろ?

 ……直感?

 ……なんく?」

「いや、知らんのかーいっ!!

 てか、結婚相談所じゃねぇから、ここ!

 ついでに言うと、シャルモ◯でもねぇ!!

 そしてなにがダンチで恐ろしいかって、俺の奥さんの友達に、全て当て嵌まる人が奇跡的にことだよっ!!」

「すごーい」


 

 プライドも体面もかなぐり捨て調子に乗った結果、もっとぎる身も蓋もない正論を受け、愕然としつつ、心から賛同する。

 こうして男性スタッフの夢は、志半ばで、泡沫うたかたと消えた。



「っくしょー!

 悔しいぜ!

 なんで男に生まれて来たんだ、俺のバカヤロー!」

「これ、うちの住所。

 友達として、いつでも遊びに、おいでやす」

「サラッと体く断ってんじゃねーよ!

 でも、ありがとよ!

 今度、ダチとして、家族で行くわ!」

「うん。

 待ってる。

 対応してくれたのが、あなたで良かった」

「……それは、俺も思う。

 受付にたのが女性スタッフだったら、危うく唐突にヘッド・ハンティングされる所だった」

「……?

 掛け持ち、自由……」

「あんだけ楽に稼げりゃ専業主婦にジョブ・チェンジ一択だろ!?」

「『主婦』、じゃない。

 あくまでも、『バディ』、『対等』、『同居人』止まり。

 今は、男女平等の時代。もっと、尊重すべき」

「あんた意外と、しっかりちゃっかりしてんのなっ!?

 だが確かに、失言だった!

 今のは多方面に失礼だった!

 すまん!」

いよー」

 

 

 ガッチリと握手を交わす二人。

 こうして英翔えいしょうは、気のい男性スタッフに見送られ、『アッセンボー』を後にした。



 なお、「希望者が殺到しパンクするから」という理由により、英翔えいしょうの依頼は却下された。





 森円もりつぶ 英翔えいしょうは、マイペースなアンニュイ人間。

 職業斡旋所の仕組みが分からずとも、対応してくれた男性スタッフの浮き沈みが(彼にとっては)激しくても、大して動じない。



 そんな彼でも、目の前の豪邸……いな

 目の前にそびえる3階建ての我が家は、流石さすがに圧巻だった。



「あの……」



 覚束おぼつかない足取りで、一仕事終えた親方らしき人物に声を掛ける英翔えいしょう

 守羽すわというらしい大工は、なんとも豪快な雰囲気で近付いて来た。



「がははははっ!!

 あんたが、依頼人さまかい!!

 随分ずいぶん、若ぇナリしてんな!!」

「話と違う……」

「んおぉ!?

 なんのこった!?」

「ここまでなんて、頼んでない……」

「がははははっ!!

 そうは言われてもよぉ、あんちゃん!!

 1億なんて大金その場で積まれちゃあ、こんぐれぇサービスしねぇと割に合わねぇってなもんだぜ!!

 こちとら、ボッタクリじゃねぇんだからよぉ!!」

「そうなの……?」

「そうだよ!!

 っても、スケジュールや人数、資材の都合上、これ以上でかくは出来できねぇんで、他は内装や設備、耐震強度、家具で補わせてもらったぜ!!」



 あ、これ、あれだ。

 1分のギャラ渡した積もりが、相手にとっては1分だった、アマゾン◯的なオチだ。

 いや、でも今回は自分がスポンサーだったから、逆アマゾン◯的か。

 ……『逆アマゾン◯的』って、なんだろう?

 他に使う機会、果たしてるのだろうか?



「おぉ!?

 どうした!? あんちゃん!!

 ビビって腰抜かしちまったかぁ!?」

「まぁ……」

「がははははっ!!

 思ってたより素直じゃねぇか!!

 気に入ったぜ、あんちゃん!!」



 気に入った。

 その言葉は、英翔えいしょうにとって特別な意味を持ち。



「……友達?」

「俺と、あんちゃんがか!?

 がははははっ!!

 こんな老いぼれでけりゃあ、好きにダチ扱いしてくれや!!」

「する」

「がははははっ!

 随分ずいぶん、面白ぇあんちゃんだ!!

 まぁなんだ!!

 都会に揉まれて、疲れちまっただろ!!

 こっちでは、ゆっくり、気長にやんな!!

 おら、野郎共!! 我等が依頼人さまのご到着だ!!

 とっとと挨拶しねぇか!!

 そしたら各自、帰宅してシャワー浴びて着替えて家族も誘って、今夜はド派手に、どんちゃん騒ぎと洒落込もうぜっ!!

 がははははっ!!」



 ……すでに充分、騒いでような。

 ともすれば、工事現場の騒音より気になるような。



 何はともあれ、賑やかな職人たちに挨拶、見送りを済ませ。

 こうして英翔えいしょうは、新しい友達と住処すみかを手に入れたのだった。





 続いて英翔えいしょうが向かったのは、『漫画博まんがはく』。

 ライダ◯のスーツやベルトの展示の他、他作品と様々なコラボもしている、町のシンボルの一つである。

 


 英翔えいしょうがそこに来たのは、聖地巡礼のため

 ではなく。



「いやぁ、お待たせして申し訳ない。

 まさか、私服でお越し頂くとは思わず」

「……こちらこそ、すみません。

 今、他の服、持ってなくって。

 こっちに引っ越しするまでの間に、着替えの服、全部、捨てちゃたみたいで」

「大変でしたね。

 でも、それはそれ、これはこれ。

 では気を取り直して、面接を始めさせて頂きます。

 よろしくお願い致します」

「どうぞ、よろしくお願い致します」



 そう。

 就職面接を受けるためである。



「して、もり……。

 ……すみません。

 お名前、なんと読むのでしょうか?」

「あ……。

 えと……」



 どうやら、持参した履歴書の振り仮名欄を埋め忘れたらしい。

 ぐに答えようとする英翔えいしょうだったが少々、面食らい、緊張も手伝い、言葉が出ない。

 そんな心境を察したのか、面接官が気を回す。



「『モリマル』、さんですかね?

 失礼しました。

 あまりお見掛けしない名字だったので、つい」



 モリマル。

 =愛称。

 =友達。



「あ、あれ?

 違いました?」

「モリマルですっ。

 どうぞ、どうか、何卒なにとぞそうお呼びくださいっ」

「あ、はい。

 すみません、ちょっと圧、下げれますか?」

「頑張りますっ」

むしろ頑張らないでください。

 余計に圧が増すので」



 本日、そして人生で3人目の友達(英翔えいしょうの中では)と出会い、浮き足立つ英翔えいしょう

 が、その友達のお願いなので、大人おとなしく従う。



 余談だが、すで英翔えいしょうは、今が面接中であることも、自分が絶賛ニートなのも失念しかけている。



「では始めに、モリマルさんのことを知るために、履歴書の内容について質問、確認させて頂きます。

 ず前職が、『アプリ関係』とありますが……」

「『appri-phoseアプリ・フォーゼ』です」

「『appri-phoseアプリ・フォーゼ』ェッ!?」



 二人が口にした、『appri-phoseアプリ・フォーゼ』。

 それは、巷で大人気のゲームのサブスクの名前。

 月1000円で、公式からの承認の下、名作レトロ・ゲーム、PCゲーム、ケータイ・ゲームなどが合法的に遊べるというアプリ。

 課金前提の現代の風潮に正面から喧嘩けんかを売っている優れ物。

 発表とサービス開始が同時だったのも相俟あいまって、当初から大人気を博し、未だにセルラン上位入りを維持している、かくスペシャルなアプリである。

 


 その関係者が今、目の前に鎮座している。

 ひそかに舐めてかかっていた面接官は、気を引き締めるべく、ネクタイを直す。



「し、失礼しました。

 私も『appri-phoseアプリ・フォーゼ』のファンなのでつい、興奮してしまいました」

「ありがとうございます」

「こちらこそ。

 ちなみに、『appri-phoseアプリ・フォーゼ』とは一体、どのような意味なのでしょうか?」

「『絆、関係を作る』というフランス語、『Apprivoiserアプリポワゼ』。

 それに、『変身する』という意味の『Metamorphoseメタモルフォーゼ』。

 この2つを合わせた造語で、『ユーザーの方々との絆を培うアプリに変身する』というコンセプトの元、自分が命名しました」



 まさかのルーツ、名付け親の発覚。

 確か、それらの情報は未発表な上、中々に凝っておりハキハキと受け答えしている所から察するに、考察や推測とは考えにくい。



 つまり……本当に、関係者なのだ。



「なるほど。

 ちなみに、モリマルさんは、どういった形で『appri-phoseアプリ・フォーゼ』にたずさわっていたのでしょうか?」

「それぞれの著作権会社へのコンタクト及び承諾獲得。

 スマホ版に移行する上での新しい操作性の確立。

 デバッグ、テスト・プレイ、音量やアスペクト、スクリプトや時事ネタなどの微調整。

 プレイヤーからのリクエストや質問、手紙の確認。

 未完シナリオなどの補完、データ容量のコンパクト化。

 海苔や光のカット。

 悪質な違反者への対処。

 SNSやホーム・ページでの情報発信。

 ご新規さまための今風にリデザインしたナチュラルな別案の作成。

 あとはお留守番ですね」

「……」



 日本中でブームを巻き起こしたゲーム会社が、まさかのワンオペ。

 長年、館長を勤めていた面接官でさえ不測、未曾有の事態である。



「えと……つまり、あれですか?

 あなたが、孤軍奮闘し続けていたと?」

「いえ。

 他に、何人か上司がたみたいです」

「『か』?

 それに、『た《みたい》』?」

「会ったこといので。

 自分をスカウトしてから毎日、接待に明け暮れていたので」

「な、なるほど〜」



 ……「それって他力本願のサボりってか、ただ遊び三昧だけしていた呑んだくれでは?」とか言っちゃいけない。



い人達なんですよ。

 会社に住まわせてくれたり、『取り分は一人当たり50万でいから、好きにながら作業していよ』って言ってくれたり。

 おかげで、伸び伸びと仕事が出来できました」

「あ、そ〜……」



 ……「取り分多ぎだし、それってサビ残、つまりブラックってか、第1話の刑事さんとオエージの会話みたいな感じでは?」とか言っちゃいけない。



「あと、仲良しなんですよ。

 定時まで働いた後に、俺の奢りで、いきなり3次会まで誘われたこともあって。

 お酌とかの古臭いノリとか、無理やり連れて行かれたキャバクラで逆セク受けたり。

 その後にハンドル・キーパーとして、深夜に四人の上司を送ったり、住所を事前に知らされなかった上に道案内もままならなかったので、何度もガソスタに行き、追加で酒や煙草も買いに行ったり。

 終わって早々、一睡もしないまま、早朝から定時までの出勤を余儀なくされ。

 経費は落ちなかったですけど、プライス・レスですよね」

「かなぁ……」 



 ……「この人、なんで怒らないの、聖人君子なの、パワハラ、モラハラ、アルハラ、スモハラじゃん」とか、言っちゃあけない。

 


「ただある日、何故なぜか急に音信不通になっちゃって。

 そんな状況で住み込み、生業なりわいにしているわけにもいかないので、会社に置き手紙だけ残して、こっちに来たんです」

「タイヘンデシタネー」



 ……「それって悪酔いした結果、いよいよもって取り沙汰され、揃って検挙されただけでは?」とか言っちゃいけないっ!!



 ……「そんなセンセーショナルな事件なのに、『酔っ払いの戯言ざれごとだ』と相手にされなかったか、『何も悪くないこの人を傷付けたくない』『ユーザーたちを悲しませたくない』一心で隠蔽されていただけなのでは?」とか言っちゃいけないっ!!



 てか、この人、どんだけ純粋で優しいのっ!?

 アクマイ◯光線受けても平気そうなくらい、じぇんじぇん悪の心がいんですけどっ!?

 てか今の話がマジのガチに本当ほんとうなら、とんだ一大スキャンダルだし、物凄いチーターなんですけどっ!?



 そもそも、別の仕事求めてるのも、よりによってうちに来たのも謎なんだけどっ!?

 今まで色々語ってたけど、それって、あなたの感想ですよね!?

 もう完全に、『appri-phoseアプリ・フォーゼ』はあなたの物ですよねっ!?

 罪悪感とか一切覚えなくてい、むしろ誇っていレベルですよね!?

 こんな勿体い人、雇ってたまるか!

 これ完全に、エグゼイ◯のオーディションで「君、なんで来たの?」って言われた岩永◯也さんパターンだろ!

 どう考えても、役不足にしかならない!



「あ、あのぉ……」

「すみませーん。

 ちょーっと失礼してよろしいでしょうかー?」

「あ……はい……」



 席を離れた面接官は、英翔えいしょうの元住所を参考に、近くの警察署に電話。

 案のじょう、優しい理由で伏せられていただけと知り、アドリブで大人の対応を求められるのだった。



「あー、モリ……マルさん、お待たせしました。

 あなたの上司の方々と連絡が付きまして。

 これからは『appri-phoseアプリ・フォーゼ』の全権を、あなたに一任するとのことです。

 どうやら全員、のっぴきならない諸事情により、今のタスクは満足にこなせなくなったようでして」

「そうだったんですか?

 良かったぁ……お元気だったなら何よりです」

「ええ、本当ほんとうに。

 これからはモリ、マルさんに、『appri-phoseアプリ・フォーゼ』を、押しも押されもせぬ人気メーカーにしてしいとのことです。

 従って、うちでの採用は、申し訳ありませんが……」

「大丈夫です。

 お手数お掛けしました。

 おかげで、迷いも憂いも晴れました。

 心機一転し、これからは堂々と、『appri-phoseアプリ・フォーゼ』を作って行きます」

「楽しみにしています。

 折角せっかくお越し頂けたのに、ご期待に沿えられず、力になれず申し訳ございません」

「いえ。

 むしろ、明日からも頑張るための活力をもらいました。

 本当ほんとうにありがとうございました。

 失礼します」

「御機嫌よう。

 ご健康とご多幸をお祈り申し上げます」

「館長も、お元気で。

 次は、プライベートで来ます」

「いつでも、お待ちしております」


 

 こうして館長に見送られ、英翔えいしょうは『漫画博まんがはく』を離れた。



 なお、彼のバイクが見えなくなった頃、ドッと押し寄せた精神的疲労により館長は気絶、しばらく休憩室にる羽目になった。



 また後日。

 くだんの警察署が掛け合ってくれたおかげで、英翔えいしょうにリメイクの許可を出すゲーム会社が殺到。

 のらりくらりと、英翔えいしょうは仕事をクリアして行くことになるのだった。





 次に英翔えいしょうが訪れたのは、『トクセン』という、プレ・オープン中の施設。

 なんでも、「特撮グッズを広く扱ったショップで、グランド・オープンしたあかつきにはヒーロー・ショーなども行われる予定」らしい。

 事実、ドームらしき建物が建設中で、それだけで英翔えいしょうの胸は高鳴った。



 ここに来た目的は二つ。

 観光と、特撮好きの同居人(女性)探しである。



 期待に心を震わせ、いざ入店。



「あ。

 ……お疲れ様です、お客様」



 早々に、可愛かわいらしい店員さんが、変わった挨拶をくれる。



 中性的な、どこか自分と似た顔立ち。

 爽やかで甘く、高い声。

 細身で小柄。

 優しそうなオーラ。

 清潔感の有る手袋。

 ……と、うずたかおびただしく綺麗に積まれた、『プレパン』の段ボール。



 よく見ると、華奢と思われた腕はなんとも引き締まっており、実に逞しく、ギャップが凄い。

 更に、何故なぜか名札に『守羽すわ 紫音しおん(男性です)』と書いてある。

 つまり……俗に言う、可愛かわいい系男子。

 with細マッチョ。



 英翔えいしょうは先程、『同居人は女性がい』と宣言した。

 それを撤回しよう。可愛ければ、それでい。



「あのぉ……お客様?」



 上目遣いで、英翔えいしょうを心配する紫音しおん

 色んな意味でショックを受けていた英翔えいしょうは、ブルブルと顔を振り迷いを払い、荷物をテーブルに置いた店員さんに声を掛ける。



「あ、あの……。

 特撮は、お好きですか……?」



 ガッチガチになった結果、お見合いっぽく尋ねる英翔えいしょう

 店員さんは、少し驚き、顔を赤らめ気恥ずかしそうに伏し目がちに。

 けれど、彼にまったく引いたりせず、笑顔で返す。



「……はい。

 大好き、です……」



 英翔えいしょうは今日、『アッセンボー』にて、ひたすら「可愛かわいい」と連呼された。

 正直、「男の可愛かわいさとは?」と思っていたが。



 今、はっきりと分かった。

 男だろうと、カワイイはつくれる。

 証拠に自分は今、オチかけていた。

 大好きのタゲを、自分だと誤解してしまいそうになった。



「ちょっと。

 なにやってるのよ、紫音しおん



 危うく戻れなくなりつつあった英翔えいしょうを引き戻すかのごとく、謎の声。

 振り返った先には、同じく中性的な、長身とハスキー・ボイスが特徴の美形。

 その胸には、「信本しなもと 璃央りお(女性です)」の文字。

 まり、所謂いわゆるイケジョ。



 ……紛らわしくない?

 と内心、思ったが英翔えいしょうは踏み止まった。



「リオねぇ

 見ての通り、商材運びだよ?」

「じゃなくて」



 リオねぇとやらは、紫音しおんに近付き、その顎に手をやり。



「……なにあたしに許可無くなくなってるのよ。

 急に消えたから、心配したでしょうが。

 いつも言ってるでしょ? 『持ち場を離れる時はかならず、あたしに一声かけなさい』って」



 ヅカ系女子、まさかの構ってちゃん&束縛しい発動。 

 まるでSFや冒険物の、主人公とヒロインの、感動の再会シーンみたいな台詞セリフと共に。



 瞬間、二人はラブコメ・フィールドを展開。

 英翔えいしょうの脳内では、あの日あの時あの場所で的なBGMがすでに流れている。



「ちょ、ちょっと、リオねぇ……。

 めてよ、そんな、いきなり……。

 今、仕事中……お客様が、目の前に……。

 てか、ここ玄関……。

 流石さすがに、恥ずかしいよぉ……」

「知ったこっちゃない。

 あたしたぎらせた、あんたに落ち度が有る。

 てな訳で、紫音しおん。ちょっと、するわよ。

 意見、質問は認めない」

「きゅ、休憩、って……。

 ど、どういう意味で……?」

「あら?

 一体、このあたしに、どうしてしいのかしら?

 あんたの口から直接、お聞かせ願おうかしら。

 それとも……あんたの体で直接、確認した方が早いかしらねぇ……」

「……もぉ。

 リオねぇの意地悪、馬鹿ウマシカさん……」



 相手の上半身を妖しく指で弄り、耳つぶし、明らかにスイッチの入っている璃央りお

 限り限りギリギリの理性で拒絶しながらも、満更でもなさそうな紫音しおん



 そんな二人を眺めながら、英翔えいしょうは思った。

 これ、お子様向けのショップでなくても不味まずいのでは。



「おらおらぁ、退けです退けですぅ!

 トッキュートなバイスケボーイきゅんのお通り様ですぅ!!」



 今度は横から、雑な敬語が届いた。

 続け様に「キキィィィィィッ!!」という物凄い音を立て、セブンガ◯の両目みたいなゴーグルを着けた、研究服の女性が現着した。

 ちなみに、白衣にしては蛍光色多めだった。



 三人が耳を塞ぐ中、真っ先に声を掛けたのは璃央りお



保美ほび……。

 あんたねぇ。仕事中に何やってるのよ」

「それは、保美ほび台詞セリフです!

 紫音しおんくん! 超トッキュートちゃんたちを持って来るのに、いつまでかかってるんですかっ!

 あまりに遅いから、新発明のバイスケボーイきゅんで駆け付けちゃったじゃないですか!

 保美ほびは怒ってます! もう、プンプンです!」

「ほほぉ?

 あんただったのね?

 このあたしなんの承諾もしに、うち可愛かわい可愛かわいい愛しの紫音しおんそそのかしパシリやがったのは。

 いい根性してるじゃないのよ、このすっとこどっこい。

 そもそも、そんな手段があるなら、あんたが最初から来れば事足りたんじゃなくって?」

「そうです! 忘れる所でした!

 見てください、これ!

 ケーちゃんが仕上げたばかりの新作!

 名付けて、『バイスケボーイきゅん』!

 バイ◯のジャッカル◯ノムのデザインをベースに開発され、立体映像により劇中ばりに顔が動き、軽くなら飛行も可能!

 コナンく◯も驚愕の超高性能ターボ・エンジンとソーラー搭載、ついでに方向指示器と数独じゃない方のナンプレも付けた優れ物きゅん!

 更に、ケーちゃんにキレられボコられながらも保美ほび色、すなわちオレンジ、スカイ・ブルーに染め上げた結果、完成されたトッキュートちゃんを!

 もう、もう、もうっ……サイッキューでしょぉ!?」

「いや、ついでの方が大事だし、商品にならないし、埃被っててまったく分からないわよ」

「あれだけ派手に飛ばして来たら、ねぇ……」

「ガーン!!」


 

 何故か背中を向け、海老反りしながら叫ぶも、自信作をコテンパンに叩かれ、気落ちする彩葉いろは

 そのまま膝をつき、泣き出す始末である。

 かと思えば、なにやらハッとした顔色を見せる。



「……何を言いますか!!

 違います、バイスケボーイきゅん!!

 君は一切、悪くないです!!

 君の罪は、あくまでもサイキューなこと、ただそれだけ!!

 そもそも!! 埃や垢、ニキビやフケ塗れになったくらいで、保美ほびのバイスケボーイきゅんはキラメンタルを失いません!」

「そうはならんやろぉ」

「な〜る〜のぉ〜!!

 悪いのは、こんなにラブリーでチャーミングでキャワワワワンダー!! なバイスケボーイきゅんの魅力をまったく理解しない、子供心とイマジネェェェェェショォォォォン!! を忘れた、ナンセンス。な、この人達です!!

 こんな人達が同僚なんて、保美ほびはただただ恥ずかしいですぅ!!」

「限度を知れよ、マッド色彩エンティスト」

「そのフレーズ!!

 いですね!!

 レッツ・イタダキ・ストライクです!! 

 実にキャッチーで美しく、おまけにトッキュートです!

 流石さすがは、信本しなもとさん!!

 しくも保美ほびの仲間を名乗っているだけはあります!

 そうです、保美ほびこそはぁぁぁぁぁ!!

 空ぅぅぅ前っ絶後のぉぉぉぉぉ!!」



 バイスケボーイきゅんに耳を当て、泣きながら抱き締め、人を指差し、てのひらクルクルさせ、ひたっすらに騒ぐゴーグル女子。

 そんな彼女は、紫音しおんに峰打ちされ、気絶した。

 なお何故なぜか手刀ではなく、足だった。



「もぉ、保美ほびさん。

 そんなに騒いじゃ、めっ。

 お客様にご迷惑でしょぉ。

 ごめん、リオねぇ。ちょっと保美ほびさん、返して来る」

「40秒で戻って来なさい。

 いわね? これは命令よ」

「分かったぁ。

 騒がしくてしてごめんなさい、お客様……。

 ゆっくり……は出来ないかもですけど、楽しんで行ってください……」



 英翔えいしょうにお辞儀した紫音しおんは、彩葉いろはを膝に乗せ、大量のダンボールにスケボーを足し、ホッピングの要領で片足だけで移動し始める。



 英翔えいしょうが口をあんぐりと開けていると、璃央りおも持ち場に戻った。



 一騒動の後の結論。

 見てる分ならともかく、あの愉快な三人は、同居人としては無し寄りの無しだ。



「うぇーん……うぇーん……」



 台風一過の後、店内を物色していると、やにわに子供の泣き声が聞こえた。

 見ると、迷子らしき少年が一人、ポツンと立っていた。

 周りの客も気付いているが、思いあぐねている様子ようす

 止むを得ず、英翔えいしょうが声を掛けようとすると。



「はいはーい。

 どーしたのかなぁ?

 お姉さんに、話してごらーん」



 程無くして、女性スタッフが一目散に駆け付け、屈んで目線を合わせ、声をかける。

 すると少年は僅かに泣き止む。



ぼくぼく……。

 ママと、はぐれちゃって……」

「そっかぁ。

 こんなに沢山たくさん、お宝が有るんだもん。

 そりゃ、お母さんも見失っちゃうよね」

「……トリガ◯……」

「と、トリガ◯?

 って、どれだっけ?」

「ん……」



 三八城みやしろさんが困っていると、少年がウルトラ◯ンのフィギュアを取る。

 どうやら、それが気になっていたら、迷子になってしまったらしい。



「そっか。

 じゃあ、お姉さんと一緒に、あっちでお母さん呼ぼっか?

 それまで、そのトリガ◯さん、君が預かっててくれるかな?」

「……うん……」

「決まり〜。

 君、お名前は?

 私は、三八城みやしろ 友灯ゆい

「……カケル……」

「カケルくん!

 格好かっこいねぇ!

 じゃあ、お姉さんと一緒に、あっち行こっか!」

「……ん……」



 立ち上がり、迷わずに手を差し出す三八城みやしろさん。

 カケルくんは、少し躊躇ためらいがちに、やがて笑顔で、その手を取り。

 二人は、放送用のマイクの有るカウンターへと歩き始めた。



 数分後、無事に合流を果たし。

 大人おとなしく待ち続けた、頑張ったご褒美にフィギュアをプレゼントされ、カケルくんは笑顔で帰って行き。

 三八城みやしろさんも、クールに微笑ほほえみ、手を振って見送った。

 その一連の様を傍観し、英翔えいしょうは脳内を整理する。



「……」



 現時点での最新作を知らない辺り、特撮の知識は薄い。

 けれど、ここにる以上、大なり小なり、興味は持ち合わせてるはず

 そして今の、別け隔てなく助けんとする心、姿。



 彼女こそ、自分の同居人に適しているのではないだろうか。





  職場を去り。

 待ち合わせ場所におもむき。   

 何故なぜか追い返され。

 戻って来て数分で恋人と別れ。

 近くのバーに行く。



 そんな友灯ゆいの跡を付けながら、英翔えいしょうは思う。

 これはあるいは、ストーカーなのではなかろうか、と。



 いな。断じて、違う。

 彼女の働きりから人、相性の良さを感じ取った上で、スカウトのタイミングを見計らっているに過ぎない。

 決して、犯罪行為などではない。

 ちょっと、状況がかんばしくないだけだ。



「あのぉ」

 


 などと言い訳していたら、目の前に別の女性が立っていた。

 英翔えいしょうは、自分が道を塞いでいることに今更ながら気付く。



 慌てふためきつつも頭を下げ横に移動し、玄関へと通す。

 くだんの女性は、軽く会釈えしゃくした後、中に入り、誰かとハグをする。

 驚くべきことに相手は、先程まで友灯ゆいの彼氏だったはずの男だった。

 


「……!?」



 素通り出来できなくなった英翔えいしょうは、再び入店。

 交わされた会話の内容から二人が、『前々から面識が有る、婚約を前提とした、しっぽりとした関係』であることを確信。

 瞬間、はらわたが煮えくり返りそうになった。

 普段、怒りとは無縁の英翔えいしょういきどおるなど、滅多めったことだった。



 勘弁ならず、鷺島さぎしまを問い詰めようとする。

 が、今は不味まずい。

 先程、そして今の様子から察する限り、相手の女性にはなんの罪もい。

 悪いのは、鷺島さぎしまだけだ。

 一時の激情に駆られ、ここでことを構えるのは好ましくない。

 確たる証拠もいし、荒立てなくないあまり、店も知らぬ存ぜぬを通すかもしれない。

 


 それに、あの女性には申し訳ないが今、自分が優先すべきは、彼女ではない。

 鷺島さぎしまだまされているなどと微塵も思わず、傷付いた心を癒やすすべも持たない、友灯ゆいだ。

 真相を知った自分には、友灯ゆいに伝える義務が有る。

 急ぎ、彼女に会わなくては。

 たとえ彼女に怪しまれようと、「偶然、現場に居合わせた」とでも誤魔化ごまかせば、その場は納得してくれるだろう。



 そう思い立ち、二人や店員に不審がられぬように注意しながら退店し、英翔えいしょう友灯ゆいを追ってバーに入る。



 が、そこで思わぬ壁に当たる。 

 なんと、すでに閉店中ではないか。

 


 看板をよく見ると、なんと不都合なことに、都合祝日きょうの営業時間が雪に覆われてしまっていた。

 つまり友灯ゆいは、隠されていない平日の部分だけを見、限り限りギリギリの時刻に入店していたのだ。



 しかし、にしては妙だ。

 ドア越しに映る店内はまだ明るく、なにやら女性(というか友灯ゆい)の、間の抜けた声も捉えられる。

 ひょっとしたら、店長が気を利かせてくれたのだろうか。



 こうしていても、埒が明かない。

 意を決し、英翔えいしょうは突入する。



 さいわい、友灯ゆいはまだ店内にた。

 彼女は、あられもない顔でカウンターに突っ伏しており、自分を見た途端、なにやら寝言を呟きながら眠りに落ちた。

 ただならぬ形相をしていたからか、落ち着いた雰囲気のマスターが、英翔えいしょうに声を掛ける。



「いらっしゃいませ。

 そちらの女性の、お知り合いの方ですか?」

「えっと……」



 知ってはいるが、大して詳しくない。

 さらに、友灯ゆいは自分のことず把握していない。

 知り合ってはいない関係性により、英翔えいしょうは、くぐもってしまう。



 そんな機微きびを推し量ってくれたのか。

 マスターは、一杯のモクテルをテーブルに置いた。



「立ち話もなんです。

 サービスさせて頂きましたので、どうぞお召し上がりください」

「……」



 英翔えいしょうは、少し考えた。

 店に入る前に確認したが、ここの閉店時間は、数分前に過ぎている。

 つまり、自分も友灯ゆいも、本来であれば、もうここにはられない立場にある。

 にもかかわらず、着席を促し、無料で一杯やろうなどと、おいそれとは出来できない。

 そこまでの図太さ、愚鈍さを英翔えいしょうは持ち合わせていなかった。



「先程から、なんとなく伝わっては来ましたが。

 随分ずいぶんお優しい方なのですね」



 英翔えいしょうが迷っていると、再びマスターが話し始めた。

 英翔えいしょうは、その言葉を否定したくなった。



 自分は、優しくなどない。

 本当ほんとうに優しいのであれば、友灯ゆい鷺島さぎしまにワインを掛けた時、彼女が泣きながら走り去った時、声を掛けていたはずなのだ。

 彼女に同居人になってしいという自分の都合を最優先した結果、無下むげにされるのを恐れるあまり、見ていることしか出来できなかった臆病、未熟、卑怯者だ。

 現に今だって、鷺島さぎしまの新たなる犠牲者をみすみす、ほっぽって来てしまった。

 そんはエゴイストが、優しいはずい。



だよ。

 マジで営業中じゃねーか」

「だーから言ったろ?

 明かりいてるんだから、やってるって」



 落ち込む英翔えいしょうの後ろで、分かりやすく柄の悪い二人組の男が来店する。

 二人は、通り道を塞いでいる英翔えいしょうを突き飛ばし、奥へと進む。



「すみません、お客様。

 今日はもう、閉店でして」

「固ぇこと言うなって、ジジイ。

 金なら持ってんだからよぉ」



 店長の言葉を無視した二人は、店内を品定めし始め。

 今にも蛇のごとく舌を出しそうな瞳は、やがて友灯ゆいを捉えた。



「おいおい。

 上玉じゃねぇかよ」

「マジだ。

 うっは、ツイてる!」



 慇懃無礼な態度の目立つ二人は、友灯ゆいの近くまで移動。

 おまけに、カウンターに置かれていた、英翔えいしょうへのサービスとして出されたドリンクを、なんの承諾もく呑み。



「ざっけんなよ、手前てめえ

 ノンアルなんか出してんじゃねぇよ!

 もっと俺様に見合った、シャレオツなもん出せやぁ!

 一銭も払ってやんねぇぞぉ!」



 などと勝手にキレ、地面に投げ付け、グラスを割る。



 堪忍袋の緒が切れた英翔えいしょうは、態勢を整え殴りかからんとする。



「がっ!」

「ぐえっ!」



 よりも早く、テーブルの下に仕込んでいた棍棒で、二人は頭を叩かれ、呆気く気絶。



 二人を一瞬で片付けたマスターは、瓶やグラスに当たらない範囲で、得物を回してみせる。

 年齢を微塵も感じさせない、カンフー・スターも真っ青な見事な棍棒捌きを披露し、英翔えいしょうに微笑みかけた。



「実に他愛たわいもない。

 近頃の若人わこうどは、どうも歯応えがありませんなぁ」



 カウンター越しに二人を同時に棍棒ですくい、そのままドアへと投擲とうてきするマスター。

 こうして悪漢コンビは、雪が降りしきる極寒に放置された。



 ちなみに、ドアを開けた棍棒は、まるでダーツの矢のごとくピンとくっ付いたまま、離れなかった。

 どうやら、マグネット仕掛しかけらしい。

 一体、どんな内部構造なのだろうか。

 そもそも、某アメリカのケツの盾ばりに物理法則を無視しているような……。

 というか先程から、まるでエスカノー◯の如ごとく、ご立派な体になってるような……。



「お騒がせして申し訳ありません。

 今、新しいドリンクをご用意致しますので、少々お待ちを。

 それと、今ご覧頂いたのは、どうかご内密に。

 私が手を下すのは、店の景観を損なう場合に限りますゆえ

「……はぁ……」



 煮え切らない、鰾膠にべい返答をしつつ、英翔えいしょうは黙って着席。

 そして、(体が元通りになった)マスターの振る舞ったドリンクを頂く。



「して、お客様。

 お見受けした所あなた様は、当店の本日の営業時間を把握した上で、お越し頂いたようですが。

 やはり、彼女のためですか?」

「まぁ……」

「やはり、そうでしたか。

 最初から、確信しておりました。

 随分ずいぶん、素敵な男性とお付き合いをなさっているようで」

「いや……」

「おや。

 、そういう関係ではありませんでしたか。

 これは、失礼致しました」



 英翔えいしょうが飲み終えたグラスを洗い終えたマスターは、それを後ろの棚に置き、友灯ゆいの方を見る。



「しかし、実に豪胆なお方ですね。

 あれ程の賑やかさでも一向にご起床なされないとは。

 余程よほど、心身共に疲弊し切ってているご様子で。

 この調子では、お一人でのご帰宅は困難でしょう。

 かといって、タクシーをお呼びして財布を痛めさせるのも思わしくない。

 それでは、当店がボッタクリのようではありませんか」

「まぁ……」

ちなみに、あなた様のご自宅は、この付近で?」

「……」



 先程から散見されたが、このマスター、どうも老婆心が強いらしい。

 英翔えいしょうと彼女を、ことあるごとに、必要以上に結び付けようとしている。

 別に現段階、というか友灯ゆいの中で英翔えいしょうは、まだ出会ってすらいないというのに。



「ふむふむ。

 なにやら、わけりのようですね」

「まぁ……」

「彼女になんらかの興味はるものの、お招き、お持ち帰り出来できような間柄ではないと?」

「はい……」

「あい、承知しました。

 では今晩の所は、彼女は当店でお預かり致しましょう」

「……はい?」



 そんな、「お取り置き」みたいな感覚で拾われても困る。

 そして、いつの間に彼女を、お姫様抱っこしていたのか。

 


 それまで防戦一方だった英翔えいしょうも、流石さすがに黙ってはいられない。



「あの……。

 それは流石さすがに、不味まずいんじゃあ……」

「お話を聞いた所、彼女は今、フリーということ

 であれば、この老いぼれにもチャンスがるのではないかと。

 じじいとて、まだまだ心は現役ですゆえ

「どこの世界の名医ですか……。

 いや、少なくとも俺より余程よほど、動けますし……」

「はっはっはっ。ご安心を。

 流石さすがに、いきなり仕掛しかけたりは致しません。

 順を追って、籠絡ろうらくしてご覧に入れましょう。

 もっとも彼女は、私との間柄を誤解してしまうやもしれませんが」

「すみません。

 全部、分かった上で、狙って言ってますよね?

 さっきから」



 痺れを切らしつつある英翔えいしょう

 そんな彼を、それまでの柔和な雰囲気を崩し、マスターが鋭い眼光で射抜く。



「では、なんでしょうか。

 あなた様が、この女性をおもてなしすると?」

「……」



 臆病、未熟、卑怯者。

 英翔えいしょうは先程、そう自嘲していた。



 が。

 ここまで虚仮こけ、お膳立てされては、着火せずにはいられない。

 というか。



「……ハメましたね?」

「はて。

 なんことでしょうか。

 近頃どうも物覚えが悪くて。

 いやはや、お恥ずかしい」



 記憶が覚束おぼつかない人間が、いきなり孫悟◯ばりの武術を振る舞える道理はい。

 が、ここで彼の機嫌を損ねるのは望ましくない。

 ゆえに、英翔えいしょうえて触れなかった。



「ささ、ご準備を。

 今から、あなた様のご自宅までお届け致しますので」



 車の鍵を用意したマスターは、ドアの看板を『closed』に裏返し、支度を整える。

 察するに、自宅まで送ってくれるらしい。

 ……だったら彼女の家に向かえば、と思ったが、意識朦朧としているため、難しいだろう。

 そもそも起きた所で、状況の説明も、混迷を極めている。

 やはり、不承不承ながら、英翔えいしょうの家に招くのが手っ取り早いらしい。

 無難、最善策かどうかはさておき。



 こうして二人を乗せ、マスターの運転する車は一路、英翔えいしょうの自宅へと向かう。

 余談だが、彼の家を見た結果、好き者な好々爺こうこうやの顎と腰が外れそうになっていた。

 そのさまを見て、英翔えいしょうひそかに勝ち誇った。



 数分後、『エスペランサー』の住所、電話番号の書かれた名刺がポケットに忍び込んでいたのを知り、驚愕する英翔えいしょう

 ゲスト・ルームのソファーに友灯ゆいを運び終えたマスターは、したり顔で英翔えいしょう会釈えしゃくし、その場を去った。

 


 引っ越してから、何人もの友達が出来でき英翔えいしょう

 ここに来て、どうやら厄介なタイプまで増えてしまったらしい。





  不可抗力とはいえ、向こうにとっては面識のい女性を連れ込んでしまった英翔えいしょう

 最早、「異性とか関係とか特撮の知識とか結婚詐欺されてたとか置いといて、同居人になってしい」などと頼める立場にはない。

 このに及んで、この機に乗じてそんな発言をするなど、素っ頓狂にもほどる。



 長考の末に、英翔えいしょうが辿り着いた対策は、いざという時の保身。

 すなわち、「是非ぜひはともかく、みずからの潔白を証明するための材料作り」である。

 我ながら下卑げびた思考ではあるが、異性で初対面である手前、信用を得るには必要な過程、最低限の礼儀である。



 では、首尾良く証拠を提示するには、どうすべきか。

 やはり、録音、録画か。



 そう思い至り、英翔えいしょうはスマホを構える。

 が……ややってから、躊躇ためらいながらもポケットにしまう。



 確かに、これが一番いちばんのアリバイだ。

 が、そういった考えも利己的ではないか?

 自分の安全を図ろうとした結果、彼女の恥ずかしい面を捉えてしまうまいか?

 良かれと思っておこなったことで、彼女への気遣いをおこたり、かえって反感を買うまいか?

 それっぽく述べて、スマホを差し出すだけで事足りる、信用に足るのではなかろうか?

 そもそも、こうしてウダウダ悩んでること自体、問題なのではなかろうか?



 今日一日で、色んなことった。

 おまけに、ここに来るまでの道中も、かなりの長旅だった。

 極め付けに、時刻はすでに深夜。



 とどのつまり英翔えいしょうは、心も体も限界になりかけていた。



「ん……ん〜……。

 ごご……どごぉ……?

 んぁ……? だれだ、おめぇ……」



 眠気と疲れと目眩に襲われていた英翔えいしょうの耳に、友灯ゆいの、気の抜けた声が届く。

 まだ酩酊めいていに近いが、少なくとも泥酔でいすいではなくなった模様もようだ。

 焦点の定まらないままに、起き上がった友灯ゆい英翔えいしょうを指差す。



 このままは、よろしくない、

 英翔えいしょうは急いで、マスターの用意してくれた未使用のシャツとジャージを友灯ゆいに手渡す。

 明らかに客用の衣装ではないが、緊急時なので、多目に見るなり目を瞑るなりしてしい。



「……ん〜……。

 あり〜……」



 汲み取ってくれたのか、友灯ゆいは服を受け取り、着替え始める。

 流石さすがに眺めてはいられないので、空かさず離れる英翔えいしょう

 部屋に戻り、(残ったお金で大工さんが購入してくれた)リラックス・カプセルへと入り、コンディションを整える。

 


 1時間後。

 快調になった英翔えいしょうは、友灯ゆいの待つリビングに戻る。

 ドア越しに聞き耳を立てるも、何も聞こえない。

 試しに少しだけ開け中を覗くと、ラフな服装になった友灯ゆいは再び眠っていた。



 念のため、ノックしてから入室する英翔えいしょう

 こんな謎、スキャンダル過ぎる状況でも呑気に寝ていられる辺り、確かに彼女は大物だ。

 そんな彼女に英翔えいしょうは、同居人候補として、好感を持ちつつあった。



 だからこそ、辛坊ならなかった。

 弱みに付け込み、こんな気のい彼女に手練手管をろうし、散々さんざんこき使い愚弄ぐろうし、嘲笑っていた鷺島さぎしまに、憤怒ふんぬを覚えてならなかった。

 それはもう、ともすればグロウルを上げそうなまでに。



 はたと、英翔えいしょうは気付いた。

 そういえば自分は、その事実を、渦中の友灯ゆいに明かしていなかった。

 それこそ、彼女のためにならないではないか。



 だが、しかし。

 一体、どのような手段を講じて、彼女に教えるべきか。

 なにか、やや婉曲えんきょくな表現方法はいだろうか。

 あまり彼女がショックを受けないような、真実に至る前のワン・クッションを置けはしまいか。

 


 そんな風に頭を働かせていると、ふと全身鏡に自分の姿が映る。

 明らかにWを意識したカラーリングの、髪と目が。



「……そうだ……」



 英翔えいしょうは、ハッとキラッとピカッと、ひらめキーングした。

 るではないか。

 自分の最オシたる番組に、今回の趣旨、需要と供給にベストマッチな回が。

 


 正直、そのイヤミス的な作風も相俟あいまって、初心者にはハード、ハードルが高い。

 おまけに、『トクセン』での仕事振りを踏まえると、彼女は特撮の知識、免疫をまだ持っていない。

 しかも、これから見せるのは、導入回ですらない。

 何から何まで、悪条件。



 けど、それゆえに、そこに込められた願いがメタ・メッセージとなり、ストレートには届かない効果が期待出来できる。

 つまり、彼女が真実を知るための抗体、心を準備出来できる。



 行ける。もう、これしかい。

 説明不足な部分は、自分が補えばい。

 実況視聴を強制させられている理由も、それとなく繕えてしまえばいい。



 でっち上げと言われようと、格好かっこ付けと罵られようと、知るものか。

 細かい諸々は無しに、ただひたすらに自分は、今の彼女を救いたい。

 あんなに気立てのい、あんなに苦しめ、追い詰められた人が報われないなんて、世も末だ。

 そんな世界、自分が変える、壊す、根絶やしにしてやる。



 覚悟を決めた英翔えいしょうは、自然さを装うべく、食べ物とジュースを用意。

 続いて、自分的なオフっぽい、それでいてフィリッ◯っぽくもる衣装を着用。

 仕上げに、大型スクリーンを配置し、部屋を暗転。

 こうして、あたかも映画館、鑑賞中のようなセットを作る。



 いざ、視聴開始。

 あとは、本日の主賓、ターゲットが独りでに目覚めるまで待機していればい。



 そこまでして、英翔えいしょうは気が付いた。

 自分はもう、今の時点で、かなり友灯ゆいが大切になっているのだと。

 初日にして、まだ真面まともな会話さえしていない状況にして、友灯ゆいとの生活が、ごくごく自然になっているのだと。

 


 彼女が、自分をどう思うのかは定かじゃない。

 けど自分には、彼女とやって行くビジョンが見えており、実際に生活して行けそうだ。



 そう考えると、うれしいようくすぐったいような、不思議な心持ちになった。



 すで英翔えいしょうの中から、「彼女に嫌われるかもしれない」という恐怖は薄らいでいた。

 早く、目を覚ましてしい。

 早く、彼女のリアクションが見たい。  早く、彼女に心から、自由に笑ってしい。

 英翔えいしょうの頭には、それしかかった。

 


 そうやって英翔えいしょうは、友灯ゆいが起きるまでスクリーンを眺めていた。

 思い入れが詰まった大好きな内容が、めずらしくろくに頭に入って来ないまま。



 これが、友灯ゆいには知られざる、もう1つの物語。

 友灯ゆいの奮闘りを観戦し、無自覚ながらも、どこまでも友灯ゆいおもんぱかる、無骨な男の物語。

 後に親友エイトが産まれるまでの、本当の始まりたる、とある一夜の物語である。

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