1年目:「解決」編

1:観戦者…U/ビギンズデイト

「今日も疲れたね。

 お疲れ様、リオねえ

「お疲れ様、紫音しおん

 確かに、マガオロ◯級だったわね」

むしろマガタノってるまでありますよね。

 でも保美ほび的には、造形も色味もマガオロちゃんの方が好みで……」

「話逸れてるしトロトロになってるわよ、保美ほび

「ところで皆、これから予定ある?

 良かったら、飲みに行かないかい?

 明日の朝ウルトラマ◯には間に合わせるからさ」

「チョーイイネ!」

「サイコ~!」

「ゴチです、オカミさん」

「あんまり期待しなさんな。

 精々せいぜいお安くしてもらう程度だよ。

 あと、もう少し分かり易く答えておくれ。

 私ゃあ、そっち方面まだ明るくないんだよ」

「『まだ』ってことは、興味はおりですね。

 お教えしましょうか?

 オカミさんなら、ジェットマ◯とか特に刺さると思いますが」

「しまった、墓穴掘った」



 仕事終わりの休憩室にて。

 後ろで賑やかに展開される話に耳を傾けつつ、友灯ゆいは身支度を整え、そそくさと去ろうとする。



「あれ?

 司令は、飲みに行かないんですか?」



 ドアノブに触れたタイミングで肩を揺らす友灯ゆい

 最年少からの無邪気な一言だったのも手伝い、気不味きまずさは倍増である。

 もっとも、ここの同僚達は全員、好印象なのだが。



 名指しまでされた以上、素通りは出来できない。

 覚悟を決めた友灯ゆいは振り返り、空かさず笑顔を振り撒く。



「い、いやー……。

 ……どーかなぁ……」



 ……もりだったが、罪悪感が勝り、ぎこちなくなってしまった。



 思案に暮れていると、不意にスマホから通知音が届く。

 差出人を確認した刹那せつな、「げっ」と、危うく本音が零れかけた。



「おんやぁ?

 もしかして、彼氏と先約でもったのかい?」

「え!?

 いや、まぁ……」



 どっちかってーと、『急遽きゅうきょ出来できた』が正しかったりする。

 が、そんなリアルな実情を説明した所で、同情なりドン引きなりされるだけ。

 かといって、飲み会こっちを優先するのも、それはそれで追い詰められる。



「大変……!」

「そうですよ!

 司令、ぐに行ってください!」

 折角せっかく、彼氏さんが待ってててくれてるんですから!」

「こっちのことは気にしなさんな。

 また近い内に、気軽に誘うさ」

「御馳走はあたしに任せて、お行きなさい、ボス。 

 たらふく食べて来てみせるから」

「だから、奢りじゃないってるだろ。

 内の家計、圧迫するんじゃあないよ」



 おどけた調子で友灯ゆいを送ろうとする面々。

 そんな神対応をされた手前、友灯ゆいにはうなずく他かった。



「……本当ホント、ごめんね。

 今度、埋め合わせするから」



「礼にゃあ及ばないさ。

 行くよ、皆の衆」

「ガレット」

「ロジャー」

「ギョイサー」

「……店長。

 早い所、有能な翻訳家をスカウトしてくれないかい?」

「あ、あはは……。

 善処します……」



 全面的に同意しながら、4人に手を振って見送る友灯ゆい

 他に誰もない休憩室で着席し、肘杖をつきながら、スマホのメッセージ画面とにらめっこしつつ嘆息する。



 ここに来て、プレ・オープンしてからおよそ半年。

 正式に店長に大抜擢されてから、早1週間。

 にもかかわらず、店長というポスト上、参加せざるを得なかった初顔合わせ以降、一度たりとも誰かとプライベートで合ったことい。

 その現状に、友灯ゆいは心を痛めていた。



「っと……」



 が、せっかちで束縛しいな彼氏は、どうやら落ち込む時間すら与えてくれないらしい。

 そうこうしてる間に、またしてもRAINレインの通知が来た。



 友灯ゆい仕方しかたく休憩室を出て。

 重い足取りのまま、待ち合わせ場所のバーへと向かった。





「別れてしい」



 オーダーする前から、労いも挨拶も無しに、開口一番に切り出された。

 一張羅を纒い駆け付け着席した友灯ゆいを目の前にして。

 予想済みだったとはいえ、その精神的ダメージまでは織り込めていなかった。



めてくれないかな。そんな顔するの。

 さも僕が一方的に悪いみたいじゃないか。

 断っておくけど、僕はあくまでも被害者だよ。

 自分の立場を弁えなよ、三八城みやしろくん」



 先に注文済みだった鷺島さぎしまは、膝を組み、何とも偉そうな素振りでワインを開け、グラスに注ぐ。

 その裏で、火に油も注いでいることになど気付きもせずに。



「驚いたよ。

 特撮なんていう低俗な物を、まさか君の店で扱っているなんて。

 あんなの所詮、子供番組じゃないか。

 いつもいつも、似たようなパターンとセリフで綺麗事を押し付け。

 あまつさえ、最近では次から次へと、阿漕あこぎな商売をしている。

 悪行の片棒をかついでいるなんて、君は大人として恥ずかしくないのか?

 僕は恥ずかしいよ。今まで、こんな相手と付き合ってたなんて。

 良くもまぁ、おめおめと僕の前に来れた物だ。

 その胆力にだけは、一周して敬意を表するよ。

 要件はこれで終わりだ。

 さぁ。とっとと帰って、痛々しい連中と不気味な論争でも繰り広げて来るとい」



 テーブルの上にドカッと足を起き、行儀悪く「しっ、しっ」と手を払う鷺島さぎしま

 が、友灯ゆいが一向に何も言わないので、不愉快そうに渋面を作る。



 そこで、友灯ゆいは完全に切れた。



「……それだけ?」



 握り拳を震わせ、血が出そうなまでに噛み締め、俯いていた顔を上げ。

 友灯ゆいは、怒りをぶつける。



「こっちの事情も苦労も汲まずに、いきなり一方的に呼び付けて。

 折角せっかく、皆に誘ってもらえた予定、キャンセルさせて。

 着いたら着いたで、『遅過ぎるし、着替えくらい済ませて来るのが最低限のマナーでしょ』とか追い返して。

 真冬の寒空の下、雪を掻き分け、滑らないように細心の注意を払いながらドレスでダッシュして。

 仕事の内容、わざと隠してたのに、勝手に調べて、たいして知りもしないのに馬鹿バカにして。

 そっちが言う所の『恥ずかしいこと』を、皆が見てる前で、こんな静かな、ムーディな場所で口にして。

 自分から命令したくせに、『よく来れた』とか抜かしやがって。

 どう考えても、あたしのが余程よほど、明らかに被害者だろうが。

 てか、テーブルに足乗っけてる無作法な無法者にマナー説かれるほどあたしかて非常識ちゃうわ」



 語気を荒らげ、面倒そうに頭を掻き、自嘲しつつ、友灯ゆいは続ける。



「こちとら、もう三十路だからさ。

 親が揃って『結婚、結婚』、やいのやいのとやかましいから。

 あんたの自己中にも目ぇ瞑って、適当に結婚して、早々に離婚してやるもりだった。

 バツイチにでもなりゃ、親もあきらめてくれっかな、ってな。

 でも……もう勘弁ならない」



 グラスを奪い、怒りの形相で、鷺島さぎしま目掛けてワインをかける友灯ゆい



 どよめきが走る店内。

 同時に、鷺島さぎしまの目が明らかに血走る。



巫山戯ふざけるなよ、小娘風情ふぜいが!

 りにって、ワインなんかぶっかけやがって!

 このスーツ、いくらしたと思ってる!?」

「あんただって、あたしの服の値段なんて知らないでしょうが。

 自分以外、どーでもいってタイプだもんね。

 どーせそっちだって、世間体のためだけに結婚する腹だったんでしょ?

 あーあ、清々せいせいした」



 場違いにも呑気に伸びをしつつ、纏めていた髪を解き、電話帳などから鷺島さぎしまを抹消し、友灯ゆいは背中を向ける。

 白いYシャツのシミを滑稽に思いながら。



「あんたの心のが、その服の何倍も汚いよ。

 別れられて良かった。

 二度とあたしに面ぁ見せるな、クズ



 サムズ・ダウンしつつ、預けていたコートを無言で回収し、友灯ゆいはドアを開ける。



「……寒っ」



 襲い掛かる猛烈な寒さに震えつつコートを纏い、ポケットに入れていたマフラーで口元を覆い、イヤ・マフも装着する。

 そこまでは順調だったが、思い出した。

 あの直後に家に帰れるほど、自分は切り替えが上手くないことを。



 遅ればせながら飲み会に合流しようか。

 一瞬そんな考えが浮かんだが、あまりの図々しさにより却下した。

 そもそも店の場所も名前も知らないし、今から聞くのは都合ぎだし、行ったら行ったらでドタ参とか痛々しいし、そもそもいつも通り会話で詰むし、もうお開きになってるかもしれないし。

 けど、このモヤモヤと爽快感の合体した気持ちを整理するには、やはり直帰では物足りない。



「お?」



 そんな心境で周囲を見渡していると、丁度さそうな場所を見付けた。

 古き良き、モダンな喫茶店である。

 近付き、『エスペランサー』という店名の書かれた看板を見てみる。

 どうやらアルコール類も置いており、あと1時間は営業中らしい。



「しめたっ」



 ガッツ・ポーズをしつつ早速、入店する友灯ゆい

 店内には、ロマンス・グレーのマスターのみ。

 雪が幸いし、人気も薄いらしい。

 これは益々、丁度ちょうどい。



 これもなにかの縁だ。

 正直、あまり酒は得意ではないが、こうなったら自棄ヤケだ。

 どうせ明日は非番なのだ。今夜は、とことん飲み明かすとしよう。



 そう決意し、童心に帰った友灯ゆい



 が案の定、何杯かで意識朦朧となり。  気付きづけば寝落ちしてしまい。

 なにやら派手な髪と目をした男性が入店した辺りから、記憶がおぼろげで。



 そして気付きづけば、謎のイケメンの部屋にワープしていた。

 しかも俗に言う、彼シャツ状態(下にカーデは羽織っている)で。





 そんなこんなで、冒頭の数分前に至る。


 

「ん……」



 中々に危険な状況に置かれながらも、呑気に目を開け上体を起こし伸びをする友灯ゆい



 なんだか、いつにも増して目覚めがい。

 きっと、高いベッドに新調したお陰だろう。



 ……いつ新調してたっけ?



「ん〜?」



 薄ぼんやりした視界で、周囲を見渡す。

 ……もりだったが、映画館みたいに暗い部屋で真っ先に飛び込んで来た巨大スクリーンに、たちまち眠気が吹き飛ぶ。



「うひゃおわぁ!?」



 奇妙な悲鳴を上げつつ下がると、横からパリパリという音が届く。

 横を見やると、喫茶店にた派手な男が、ベッドの下でクッションに座りながら、悠長にポテチを食べていた。



 友灯ゆいから見て、左側が黄色のメッシュ入りのフワフワした緑(何故か髪留めがクリップ)と、紫の差し色の入った黒という、中々に風変わりな髪色。

 明らかにカラコンの入っている赤い両目。

 どこか達観してるような、落ち着いた物腰。

 大学生くらいだと認識させる、童顔。

 ロング・パーカーにベスト、ネクタイ、極めつけに犬耳という、なんともユニークでミスマッチな衣装と、それを見事に着こなす謎の雰囲気。



 普通じゃないオーラがヒシヒシと伝わってくる彼は、やがて友灯ゆいに気付き、食べる手を止める。

 かと思えば、モニターの画面を落とし照明をともし、横に置いていた新しいポテチを取り。



「……どーぞ?」

 と、疑問系で手渡して来た。



「……」



 受け取りつつも、友灯ゆいは頭を抑え、考える。

 この謎過ぎる現状に、どこからメスを入れようか。

 あるいは、今直ぐにでも逃げ出すべきなのでは?

 そもそも自分は、目の前の奇天烈くんと致してしまったのだろうか?



「……誓って言うけど、何もしてない。

 一人酒してたら、なんか絡まれて。

 おまけに、『閉店の時間だから』って、店長が申し訳無さそうにしてたんで、あなたを連れて退店して。

 住所聞いても呂律回らんくて聞き取れなかったから、仕方しかたく俺の家に案内した。

 ほいで服は、酔っ払いながらも、あなたが自分で着た。

 渡した後は、俺は席を外してた。

 ちな、未開封かつ未使用品。

 で、外で待たされてたら寝息が聞こえて来て。

 俺は今夜、ここで特撮視聴する予定だったけど、あなたの様子が心配だったから。

 もしもの時のために、こっちに運んで来た。

 その反応見る限り、杞憂で済んだみたいで、良かった。

 当たり前だけど、変なことは一切してない。

 証拠、保険として、一連の流れをムービーで撮ってたから、不安だったら確認してくれて構わない。

 なお、プライバシー保護のため、役目を果たしたら、この動画は即座に消すし、無論むろんバック・アップも無い。

 てな感じだけど。

 他になにか、質問る?」



 5chのスレタイみたいに締め。

 男性は自分のスマホを、なん躊躇ためらいも友灯ゆいに差し出す。

 


 友灯ゆいは、すっかり面食らった。

 奇抜な格好の割に、少し引きそうなまでに細やかな、彼の気配りに。



「……ううん。大丈夫。

 疑って、ごめんなさい。

 助けてくれて、ありがとう。

 えと……」

英翔えいしょう

 森円もりつぶ 英翔えいしょう

 あなたと同じで、30歳」

「タメェッ!?」



 居住まいを正し礼を述べたはいものの、相手の名前が分からず困っていると、向こうから名乗ってくれた。

 さっきから受け取れたが、彼の察しのさは見上げた物だ。

 続いて本当ほんとうくだんのムービーは消している辺り、正しく紳士らしい。



「あれ?

 なんで、あたしの歳……」

「『トクセン』のホームページ」

「あ〜……」



 ったなぁ、そういえば。

 などと、友灯ゆいは他人事みたいに思い出した。



『トクセン』。

 現在、友灯ゆいが店長として勤務している、主に特撮商品を扱うショップ。

 ちなみに名前の後半は、『専門』『最先端』『宣伝』『センター』『センセーション』から取っている。

 まだ創設されたばかりであり、『新規の女性ファンを開拓する』というコンセプトもためほとんどが女性スタッフである。 



「ここ、俺の別荘。

 握手会とかが『漫画博まんがはく』である時に、ベスコンで参加すべく、前乗り用に建ててもらった。

 っても、東京で失業したと同時に家も手放したから、今日からはメインだけど」

「はぁ……」



 ……なんだかサラッと物凄い発言が出てるし、本筋にはあまり関係無い気もするが、スルーしよう。

 ただ、『ベスコン』とは『ベスト・コンディション』の略称という解釈でいのだろうか?

 それと、『別荘』という割には、ちょっと設備が本気過ぎやしないだろうか。

 カラオケの、一番いちばんでかい部屋に置いてそうなレベルじゃないか。

 流石さすがは、元東京人。



「ところで、森円もりつぶくん」

英翔えいしょう

「じゃあ、英翔えいしょう

 どうして、あたしを助けてくれたの?」



 ここに来て友灯ゆいは、本題に入る。

 英翔えいしょうは、やはりポテチを食べ進めながら答える。



森円もりつぶ英翔えいしょう

 今回の、3つの理由。

 1つ。傷心のあなたを、見るに見兼ねた。

 2つ。『優しさを忘れないで』って、特撮から教わった。

 3つ。ライダーは助け合いでしょ」

「ごめん。

 最後だけ、良く分からない。

 なにかのネタ?」



 オープンに本音を明かした刹那せつな友灯ゆいは慌てて口を抑える。

 


 今までの流れからして、英翔えいしょうが特撮好きなのは自明の理。

 そして自分は、肩書上は、特撮グッズを扱う店のボス。



 つまり英翔えいしょうは、同類のよしみ友灯ゆいを拾ってくれたというだけで。

 友灯ゆいが特撮に不案内と知れば、寛容な英翔えいしょう流石さすがに怒り、自分を追い出すのではないかと。



 ふと、そんな考えが友灯ゆいの頭をよぎる。

 助けられてなお、自分本位な思考に嫌気は差すが。だからといって、真冬の外気に晒されるのは御免被りたい。

 それとこれとは、話が別である。



 一方の英翔えいしょうは、非オタバレしたにもかかわらず、微動だにせず。 

 それどころか、得心した様子を見せた。

 


「だと思った。

 さっき、『トクセン』に行った時、他の人達に助けられてばっかだったから。

 それにホームページに、『前職はアパレル系』って書いてた。

 大方おおかた、元々は衣装メインで雇われたけど、他のスタッフがクセ強とで、研修、試験運用をなし崩しに進めた結果、消去法で抜擢されたってオチでしょ。

 あるいは、最初から暫定で店長だったけど、後から正式に任命された」



 またしても友灯ゆいは、彼の勘、人の良さに唸らされた。



 ここまで露呈した以上、開き直ろう。

 自らに言い聞かせ、ベッドの上で体育座りをしつつ、友灯ゆいは話し始めた。



「当たり。

 他のみんなは、アクションとかスイーツ、もしくは特撮には詳しくない接客業の専門家とか、そんな感じ。

 あとは、ペット・ショップの店長」

保美ほびって人、面白いよね。

 機械や物に話す人は見たことあるけど、あそこまで極端に振り切れてるのは、流石さすがに初見だった。

 あれはもう、まごことくペット・ショップの店長。

 実際には、『プレパン』からの派遣社員だけど」

「いやホントに鋭いな、おめさん。

 なんか妙に気が合うし」

「お互い様でしょ?

 長かったり説明不足だったり唐突だったりと極端な俺の話も、飽きずに諦めずに真剣に聞いてくれてるし」

「そう?

 あたし英翔えいしょうと話すの、今の時点でかなり好きだけど」

「うん。

 俺も、友灯ゆいさんと話すの、ハチャメチャ好き」

「いちいち可愛かわいいな、おめー!」



 彼の無邪気なオーラに当てられたか、久しぶりに臆面もく話せたからか。

 面と向かって喋ったほんの数分の内に、友灯ゆい英翔えいしょうは打ち解けていた。

 友灯ゆいの口調が砕けているのが、その証拠である。



 本当ほんとうに、不思議な男である。

 ここまで異性を意識せず、それでいて最低限、適切な距離とラインは守り、向こうから過度に近付いて来たりはしない。

 どこまでも都合だけがい、その道を極めたラブコメ作家の妄想と煩悩を、そのまま絵に描いたような男である。



「で?

 英翔えいしょうは、何を観ようとしてたの?」

友灯ゆいさん、ネタバレ大丈夫な人?」

「前の会社で『ファスト系』って言われるくらいにはウェルカム。

 いや、ファスト映画は見てないけど。あくまでもネタバレ記事とか感想読み漁ったり、食事もバーガーやポテトばっかだったけど、それで満足するってーか……。

 その上、特撮は門外漢だけど、それでもあたし、触れてみたい。

 あたしが好きな英翔えいしょうが好きなら、あたしもハマれると思うし、興味りモハメド・アリ」

「……友灯ゆいさん。

 それ、大分クリティカルな殺し文句……。

 最後以外……」



 それまで気怠げ、無表情だった英翔えいしょうが、うれしさと恥ずかしさが入り混じった顔色を見せる。

 友灯ゆいは、ますます親近感が湧いた。



 依然として顔を赤らめたまま、英翔えいしょうは部屋を暗転させ、スクリーンに再び投射する。



 映ったのは、英翔えいしょうの髪よろしく、緑と黒が特徴的なライダーだった。



「これ、あたしでも知ってる!

 ほら、あれでしょ! 菅田◯暉!」

「デビュー作」

「だよね!?

 うひゃー! わっか!」

「10年以上前。

 俺は、もう一人の相棒が推しだけど」



 と、こんな調子で、温度差も交えつつ、オーコメ風に視聴開始する二人。

 


 が、やがて友灯ゆいの表情に、曇りが差し込み始める。



「……ねぇ。

 なんか、アバンから轢き逃げお見舞いされたんだけど?」

「探偵物だから。

 仕方しかたいね」

「特撮のターゲットって、子供じゃなかったっけ……?」

「最近では、大人や主婦層に向けても作られてるから。

 子供は、ヒーローは勿論、派手なアクションや爆発だけでもキャッキャするし」

「進化してるなぁ……」

「ライダーだけに、時代に合わせて『変身』してる」

「座布団1枚」



 2分後。



「ねぇ。

 なんか、車に貫通されて死んだんだけど?」

「あの車、最初に轢き逃げされた人の怨念が宿ってる自動操縦型。

 今回の被害者、山村 幸さんは、結婚詐欺師に騙されてたのを知って傷心中に、ストリート・ギャングの運転する車に轢かれた。

 けど直前に、ガイア◯モリってアイテム使って、精神だけ怪人化した結果、それが車に乗り移った」

「幸さん、不運ぎない……?

 なんか、いやぎるシンクロニシティとシンパシーが……。

 あと、てんで子供向けじゃなさぎる……」

「中の人の趣味。

 別世界でも、『愛していた彼女が実は敵の操り人形、つまり死人で、自室で不気味な化け物や胎児を書いてた末に、主人公の腕の中で死ぬ』ってシナリオ書いてた人だから」

「子供向けって、なんだっけ……?」

「このサブ・ライターさんの手掛けたライダー、半分くらいこんな話」

「ねぇ、子供向けってなんだっけぇ!?」



 そして前編が観終わり、後編の半分に差し掛かり。




「お前ぇ!

 居候いそうろうの結婚詐欺師のくせに、女を囮にすんな!

 ちゃっかり自分だけ生き延びやがってやぁ!」

「そもそも、こいつが今回の巨悪なのにね」

本当ホントだよっ!

 おめーが責任持ってパープル・ヘイ◯止めろや、恥知らずがっ!

 あーもぉ無理……!

 ちょっと湯島、殴って来るぅっ!」

めて。

 スクリーンに罪はい」

 


 更に後編も観終わり。



「湯島ぁっ!!

 きさっ……貴様ぁぁぁぁぁ!!」

「ちな公式続編で、結婚詐欺に遭った女性が出て来てて。

 原因こいつ説がまことしやかにネットでささやかれてて微レ存」

「湯島ぁぁぁぁぁっ!!」

「ポテチ食って気ぃ紛らぁすしかねぇな」

「おーともよ!」



 冷静に考えれば意味不明な上に、口調が変わってることから元ネタありきなのがバレバレ。

 なのだが、そこにツッコめるだけの冷静さを、今の友灯ゆいは持ち合わせていなかった。

 従って、英翔えいしょうの提案に乗る。



 が、そこまでして友灯ゆいは気付いた。

 といっても、信憑性の欠片かけらい謎理論にではない。

 なんと、ポテチの1枚1枚に、Wの顔が描いていることにだ。



「……英翔えいしょうさん?

 これ、市販じゃないよね?

 見るからに、手作りだよね?」

「これが本当ホントの『仮面ライダ◯チップス』」

「誰ウマっ!」



 まさかの器用っりを披露され驚きつつも、友灯ゆいは勢いのままにポテチを平らげるのだった。

 ちなみに、妙なテンションでもはっきりと知覚出来できほどに絶品だった。



「どう?

 大人になってから改めて味わった、特撮の感想は」



 食べ終え(英翔えいしょうが手渡したティッシュで)手を拭いたタイミングで、英翔えいしょうが尋ねる。

 友灯ゆいは、ややバツが悪そうな様子で、忌憚きたんない意見を返す。



「『真っ先に見せるのが、こんな激重回かよっ!』ってのは置いといて。

 正直、面白かった。

 内のスタッフがそろって夢中になるのもうなずけたよ」

「俺の解説、邪魔じゃなかった?」

「まさか。

 むしろ、それがなきゃ分からない所だらけだったわ。

 感謝してるくらいだっての」



 照れているのか、後頭部を掻き明後日あさっての方を眺め。

 やや経って、きちんと向き直り、正面から友灯ゆいは告げる。



「……ありがとね、英翔えいしょう

 特撮に触れる切っ掛けを、あたしにくれて。

 あたし、ちょっと拗ねてたし、偏見持ちぎてた。

 三八城みやしろってより、ヤミしろってた」

「その名前、ちょっと格好かっこい。

 あと、無理もいよ。

 特撮が子供の物で、世間からの風当たりが未だに強いってのは、不動の事実だし」

「それだけじゃなくってさ。

 ……ごめん。ちょっと自分語り、い?

 あと、思いっ切り寝てもい?」

「どぞ」

「……ん」



 ベッドに横になり天井を見上げる友灯ゆい

 いつしか、そこにはプラネタリウムが広がっていた。

 またしても、英翔えいしょうの粋な計らいだろう。



あたしさぁ。

 ずっと、バリバリ働いてた。

 激務に追われながら、『いつか絶対、自分のブランド持つんだ』って、年甲斐もく無茶な夢見て息巻いてさ。

 で、気付けば、こんな歳になって。

 夢は所詮、夢のままで。

 そろそろ覚悟はしてたけど、『い加減、里帰りして見合いでもしろ』って、親に言われて。

 で、いざ付き合い始めたら、中々の相手で。

 こんな田舎に個人経営アパレルなんてわけくて、それでも性懲りもく探し続けて。

 その果てに、ようやく『トクセン』にありつけて。

 でも結局、裏口で。あたしの力じゃなくって。

 コレジャナイ感を覚えながらも必死に働こうとしてたら、他の有能な研修仲間を差し置いて、なんか本格的に店長に指名されて。

 知識も時間もいのに、周りは決まって特撮の話ばっかしてて、時にはあたしにまで振られて、知ったかって誤魔化ごまかして、なかば嫌いになりかけてて。

 けど本当ホントは、それが単なる逃げ口上で。

 メイン業務である以上、そんな理由で調べないのは契約違反、卑怯だって自覚してて。

 もっときちんと勉強したかったし、自分の不案内っりを明かして、みんなと仲良くなり直したかった。

 あたしと同じで、特撮詳しくないスタッフだってるのに、気のい皆に嘘いてさ。

 ぼちぼち本気で、っ壊れかけててさぁ。

 要はさ……限界だったんだよ。色々と。

 相当、ヤミしろってたんだ」



 落涙を袖で隠し、嗚咽おえつを堪え、友灯ゆいは告白する。

 英翔えいしょうは、真剣さの増した面持ちで彼女に近付き、その手を取る。



「……違うよ。

 友灯ゆいさんは、卑怯者なんかじゃない。

 だって俺ずっと、『トクセン』で見てたから」



 彼女の両手を包み、英翔えいしょうは否定する。



友灯ゆいさん、特撮分からないなりに、友灯ゆいさんなりに仕事してたじゃん。

 子供のごっこ遊びに即興で付き合ったり、大友の話に合わせたり。

 迷子が泣いてたら、さま駆け寄って、あやしたり、保護者さん呼んだり、高価フィギュアご褒美したり。

 店内放送とか飾り付けとかも、積極的に行ったり。

 店員さんたちが困ってないか、こまめにチェックしたり。

 レジ応援だって、誰より早く、多く来てたり。

 必死に商品知識身に付けようとした結果、ピグモ◯Tシャツとガラモ◯Tシャツの違いは分かるようになったり。

 ピーク・タイムだからってダイナーに駆り出されても、不満そうな素振り見せずに笑顔振りまいたり。

 駄目ダメこと駄目ダメだって分かってて、きちんと特撮勉強しようともしてたり。

 友灯ゆいさんさぁ……精一杯、店長してたじゃん」

「あ……」



 ここに来て、やっと、友灯ゆいは悟った。

 本当ほんとうしかったのは、自分のブランドでも、恋人でも、特撮の知識でも、仲間にカムアする勇気でもない。

 今の自分にとって、もっとも必要なのは。

 

 

 自分を認め、労い、褒め、甘やかし、休ませ、楽しませ、助け、導いてくれる理解者。

 森円もりつぶ 英翔えいしょうその人だったのだと。



「今日一日だけだけど。

 たった、数時間だけだけど。

 そんな短い間、遠巻きに眺めてた俺でさえ、友灯ゆいさんのい所、こんなに言える。

 読んで字のごとく、枚挙にいとまいんだよ。

 特撮だったら、ゆっくり知って行けばい。

 あなたは今でも偉いよ。三八城みやしろ 友灯ゆい店長。

 そう思ってるから、同僚さんたちだって、あなたを店長って呼んでるんでしょ。

 各々おのおのの呼び方で」



なんだよもぉ!

 なんなんだよぉ、おめー、本当ホントにやぁ!

 なんで……なんで、そこまでしてくれるんだよっ!

 あんたにゃ関係無いだろぉ!?」



 どこまでも際限なく注がれる優しさに耐え切れず、ついには泣き顔を隠すことさえ困難になった友灯ゆい

 英翔えいしょうかがみ、不器用、それでいて自然に微笑み、上目遣いで言う。



「関係るよ。

 友灯ゆいさんも、『トクセン』も、昼からの長い付き合いだから」

「……どうせ、それも受け売りのくせに」

友灯ゆいさんを慕ってるのは、本当ホントだよ」

「お前本当ホントなんでそんな可愛かわいいの……。

 逐一、あたしの琴線に触れんなし……」

「ベストマッチなのかもね、俺達」

「知るか……。

 あんた本当ホントなにからなにまで、あたしに都合ぎて怖い……」

「いーんじゃない?

 そーゆータイプが1人くらいても。

 ばちなんて当たらんし、誰も咎めたりせんでしょ」

「お前、本当ホント……」

「ちな俺、結婚願望とか特にし。

 そこそこ特撮に明るくて、ファスト的に美味おいしい部分だけ摘み食いするのも余裕でありなタイプ。

 1時間で足りるショート・スリーパーで在宅勤務だから、呼び出しフリーで定期連絡可能。

 友灯ゆいさんのことは、異性云々ではなく、気の合う話し相手くらいにしか思ってないので人畜無害。

 極め付けに、趣味及び得意分野は家事。

 果てしなく便利な優良物件だと思うけど、どう?

 今なら入居者枠、1つだけ空席かつ絶賛募集中で、敷金礼金家賃無しだけど?」

「入るぅ!!」

「はい、契約完了かんりょー、毎度ありー」

「ありぃ!!」



 片方は緩く、もう片方は激しいテンションでハイタッチする英翔えいしょう友灯ゆい

 この物語の主役コンビは、こうして出会ったのだった。



「ほいじゃあ友灯ゆいさん。

 今日から、よろ。

 同居人、俺の特撮話の相手として」

「……ん?」





 テーブルに所狭しと置かれた、Wを模した数々の料理、ドリンク、スイーツ。



 それを目の前にして、友灯ゆいは思う。

 こやつ本当ほんとうに、無限に好都合だなぁと。

 それはもう、ちょっと引くくらいに。



「で、英翔えいしょう

 さっきの、どういうこと?」



 箸を動かしながら尋ねる友灯ゆい

 一方の英翔えいしょうは、ハーフ・ボイルドな色味のドリンクを飲んでから答える。



「俺、特撮話の出来できる相手がしかったんよ。

 それが今の俺にとって、一番の望みだった」

あたしにとっての英翔えいしょう、みたいな?」

「かなぁ」

「でもそれだったら、あたしに限らんくない?

 英翔えいしょうだったら、引く手数多あまたでしょ?

 優しいし、イケメンだし、金持ちだし、イケボだし、イケカジだし。

 あたしは現状、英翔えいしょう以外は考えられんけど」



 マドラーで掻き混ぜながら、率直に確認する友灯ゆい

 英翔えいしょうは、やや気不味きまずそうな表情で返す。



「俺、ネタバレ我が魔王だから。

 故意でも無自覚でも食らわせちゃうタイプだから。

 特撮に興味持ってくれる相手が何人かたとしても、そこまで許容してくれる人はまれなんよ」

「あー……。

 あたしが選ばれたのって、そういう……。

 ところで、なんで『我が』?」

「様式美ってか、本能ってか、義務ってか」

「なら仕方しかたい」



 思い返してみれば、確かにネタバレのオンパレードだった。

 事前知識もほとんい上、視聴したのが第1話ですら無く、そこに更にネタバレを上乗せされるという有り様。

 これを嬉々として受け入れられる逸材は、そうはないだろう。



「テニミ◯とかモデルとかオオカミくんとかジュノ◯とか、若手の登龍門とか言われて。

 主演だって人が、裏話とか積極的に暴露してくれるようになって。

 イケメンとか人気声優とかレジェンドとか大物アーティストとか可愛かわいいいマスコットとか名作リブートとかで、新規ファンも開拓出来できるようになって。

 それでも未だに、特撮は恥ずかしい物という風潮は強く、根強い。

 BLに比べて、市民権を確立出来できていない」

「それは、まぁ……」



 確かに、BL漫画や映画、それ系の免疫や興味や理解のい大衆の面前にも近年、普通に晒されるようになった。

 タイトルや表紙、あらすじなどで直感的にビビッと来た作品が、蓋を開けてみれば耽美だったことなど、ザラである。

 事実、隠れ腐女子、可愛い系男子などを主人公に置いた漫画や映画、ドラマなども多く見掛けるようになった。

 何気く映画館に足を運んだら、衆道映画のポスターがでかでかと貼ってあり、危うくポップコーンを落としかけた経験が、友灯ゆいにもる。

 というか、そっち系の友人たちに何度、誘われ、断ったことか。

 


 そんな多様性、プライバシー、プライベートを重んじる時代において、特撮はどうだろうか?

 特撮をテーマにした漫画や小説、アニメや映画なども増えた気はする。

 が、世間の認識は改められたかと言うと、否である。

 たとえ日本で400億、世界で500億稼いだとしても、アニメ全体のイメージは底上げされなかったのと同様に。



 それすなわち、現代は未だに、特撮ファンには世知辛いのである。

 となれば、特撮について語れ、ましてやネタバレ大歓迎な相手など、ごく少数だろう。



 ここに来て、友灯ゆいは考え直した。

 自分にとっては「それだけ?」なことでも、英翔えいしょうにとっては死活問題なのだと。



「ごめん、英翔えいしょう

 あたし、意識低かった」

「……いくなんでも、最初からノー・ヒントで、そこまで読み取れってのが、こくでしょ」

「だとしても。

 あたしは、どっか他人事に構えてた。

 これからは、注意する」

友灯ゆいさんなら、そこまで気にしないよ」

「ちょっとは気にするんでしょ?

 だから、ごめん。

 英翔えいしょうもさ。なんいやこととかったら、ちゃんと教えて。

 あたし絡みでも、そうじゃなくても、いからさ。

 英翔えいしょうとだったらあたし、どんな話でも、きっと出来できると思うから」

「……うん。

 ありがと」



 英翔えいしょうは、ぎこちなく笑った。

 それが、友灯ゆいには少し辛かった。



 分かってる。

 いくら気が合っても、利害が一致しても、何でもかんでも、本音や不満を余さず話せるわけではない。

 隠していたい、引かれたくない、遠慮したい、線引きしたい、互いに気付いていない部分も、まだまだ沢山たくさんるに違いない。

 どれだけ意気投合したとしても、一緒に暮らすとなれば別問題なのだ。



 でも。それでも友灯ゆいは、英翔えいしょうを手放したくない。

 自分に特撮を教えてくれるとか、気が置けないとか、気配り上手とか、家事万能とか、大金持ちだとか。

 理由なら、山程る。



 けど、そんなのよりなにより、助けたいのだ。

 悲しみと絶望に暮れていた自分を敬い、救いの手を差し伸べてくれた英翔えいしょうを。

 今度は自分が、彼の力になりたいのだ。



 正直、自分にメリットなんてほとんい。

 ネタバレ耐性と、特撮への興味と、ピタリと合う波長と、彼の唐突さへの読解力と、少しばかりの運のさを兼ね備えていたにぎない。

 取り分け可愛かわいわけでも、綺麗な声をしているわけでも、魅力的な個性を秘めているわけでも、得意分野がわけでもない。

 無論、幼馴染とか、前前前世からの運命とか、まして一夜のあやまちとか、そういう色めいたイベントさえい。

 おまけに、公私共にダメダメと来た。

 正直、役満レベルだろう。



 けど。

 そんな自分を受け入れ、受け止め、執拗に必要だと、彼が思ってくれるのなら。

 それだけの利点が、彼にとって、自分にもるのなら。

 

 

英翔えいしょう

 改めて、お願い。

 あたしを……ここに、住まわせて。

 あたし……もっと多く、奥まで知り尽くしたいの。

 特撮のことも、英翔えいしょうことも。

 まだ出会って間もないけど……もうあたし英翔えいしょうしじゃ生きて行けない気がする。

 理屈でも、本能でも」



 気後れ中の英翔えいしょうの手を、友灯ゆいは迷わずに取った。

 丁度、彼がしてくれたように。



あたし、もっと色んなこと、色んな物を、英翔えいしょうと分かち合いたい。

 そりゃ、生活習慣も、生まれた環境も、仕事も趣味も、なにもかも違うし。

 そもそも、異性である以上、すべては無理だろうけどさ。

 出来できる限りは、英翔えいしょうに寄り添っていたい。

 英翔えいしょうにとって一番いちばん、親しい間柄でありたい。

 英翔えいしょうと、あたしために」



友灯ゆいさんはもう、俺にとって最大、最強の理解者だよ」



 普段の無表情を崩し、英翔えいしょううれしそうに綻ぶ。



「確かに、まだ特撮には明るくないけど。

 こっちがいくらネタかましても、億劫そうにしないし。

 伝言ゲームばりに脈略く話しても、閑話休題する素振り見せないし。

 ツッコミに対しての答えが説明不足でも、なんとなくでも納得してくれるし。

 昨日の仕事振りを見て、この人ならって確信したけど。 

 俺にとって……ここまで貴重な人、他にないよ。

 ただ、今の不満点を強いて挙げるとするなら……」

「ん?」

「……ご飯、早く食べてしい。

 冷めちゃう」

「お・ま・えっ……!

 そういうとこだぞっ!

 本当ホントになぁ!」



 握っていた手を放し、グシャグシャと彼の髪を撫でる友灯ゆい

 わずかに嫌がりながらも、満更でもない英翔えいしょう



 二人の食事の時間は、そうして賑やかに過ぎて行き。

 


友灯ゆいさん」

「言っとくが、譲らんぞ!?

 あたし真面まとも出来できる、数少ない家事の一つだからなぁ!」

「皿洗い真面まとも出来できないのはルフ◯くらいしかないし。

 その力説はどうかと思うけど笑えるってのはさておいて。

 ちょっと、話が」



 食器洗い中に声をかけられた友灯ゆいは、一通り作業を終え手を拭いてから、英翔えいしょうと向き合う。

 彼がテーブルを指差したので、「大事な話がるから、そこに座れ」という意味だと悟り、従う。



「善悪のニュースがるんだ」

「『どっちとも取れるニュース』ってこと?」

「『どっちでもあるニュース』、かな」



 お喋りな彼にしては珍しく勿体ってシリアスに語る英翔えいしょう

 彼に当てられ、友灯ゆいも身構える。

 先程までの流れから推測するに、契約解消とかではないと思うが、それでも不安は色濃く残っている。



 緊迫した空気の中、重たい口を英翔えいしょうが開く。



「あの、鷺島さぎしまって男なんだけど」





 長閑のどかな昼下がり。

 噴水広場のベンチに座り、仲良さそうに語らう、二人のカップル。



 絵になるかどうかはさておき、これだけならなんの変哲、問題はい。

 惜しむらくは男の方……鷺島さぎしま 常習つねしげが、昨日まで別の女性と交際していたことだ。



「……あ?」



 そんな彼の前に突如、怪人が降り立つ。

 緑と茶色、触手、目深まぶかに被った白いソフト帽、同じく白いベストという、明らかにミス・マッチな出で立ち。

 そんな、謎かつ特徴的なレイヤーを、道行く人達は嘲笑。

 中には、法律違反なのを知ってか知らずか、無断撮影する者まで現れる。



ようやく見付けたぞ……。

 鷺島さぎしま 常習つねのり……。

 この、卑劣な裏切り者め……」

「な、なんことだ?」



 なにやら雲行きが怪しくなりつつある状況。

 それに反し、次第にギャラリー、野次馬も増えて行く。

 心当たりしかい浮気者は、すでに怯え足が震えている。



 ニュアンスこそ異なれど、怪人擬《もど》きの一挙手一投足に一同が期待する中。

 彼は鷺島さぎしまを指差し、明らかに加工されたドスの利いた声で断罪を始める。



「1つ。いつも傍にさせられてる彼氏の闇を知らなかった。

 2つ。抗う決意が1ヶ月、にぶった。

 3つ。その所為せいで自分を泣かせた」



 何故なぜか右を向いた後、再び鷺島さぎしまを睨む怪人。

 


「彼女は自分の詰みを数えたぜ……マツ。

 さぁ、今度は」



 鷺島さぎしまを右手で指差し、クルッと一回転させた後、姿勢を維持したまま、怪人は左にけて行く。

 特に制裁のかった鷺島さぎしまは、困惑する一方である。



「……なに

 てか、誰?」

「『鷺島』の『ま』と、『常習』の『つ』を合わせて、『マツ』なんじゃない?」

「そこじゃねぇ。

 てかお前、余裕ぎんだろ」

「もういでしょ、ツネりん。

 早く帰ろうよ」

「ああ……」



 彼女に促され、足早に去ろうとする鷺島。



 そんな彼の背後からもう一人、誰かが接近しているなど、気付きもせずに。



鷺島さぎしま



 今度こそ聞き覚えのる、むしろ聞き覚えしかい声。

 思わず、鷺島さぎしまの肩が激しく上下する。



 振り返った先にたのは、案の定。

 昨夜、にべもなく振ったキープ、三八城みやしろ 友灯ゆい

 真っ白いワンピースと手提げかばんを装備した彼女は、雨でもないのに差していた赤い傘を放り投げ。

 先程の怪人と同じ仕草で鷺島さぎしまを指差す。



「おい。

 ……お前の詰みを数えろ」



 言うやいなや、鷺島さぎしまの顔面目掛けて全力パンチをお見舞いする友灯ゆい

 哀れな不道徳男は、情けなくアスファルトに突っ伏しながら、友灯ゆいを見上げる。



「お前……!?

 なんで……!?」

「あのバーには、あたしを気遣い、敬ってくれる相棒がた。

 あたしをスカウトするためにな。

 そいつからタレコミがったんだよ。

 あたしが帰った数分後に、あんたが別の女を呼び寄せていたという事実をね。

 まさかとは思うけど、『偶然、居合わせて、初対面で打ち解けただけ』なんて戯言ざれごと、抜かさないだろうな?

 会ってから数秒でダッシュしてキスしてたっていう、目撃情報もるけど?

 要は、そういうことでしょ?

 適当なこじつけで、面倒なのを切り離したかっただけなんだろ?」

「ぼ、暴行だ!

 いきなり、女に殴られたぁっ!

 誰か! 誰か、警察を呼んでくれぇ!」



 この期に及んで往生際おうじょうぎわと底意地の悪い鷺島さぎしまに、友灯ゆいは失笑した。



「性懲りもいなぁ。

 あー……懲りる性がいのか。

 なら、どうしようもない」

「黙れっ!

 こっちは、被害者なんだよ!

 目撃者だってる!

 お前はもう、おしまいだ!」

「おしまいなのは手前てめえだ、ツネりん」



 ここに来て、まさかの裏切り。

 先程まで隣にた現役の恋人に、鷺島さぎしまは背中を踏み付けられ。

 挙げ句の果てに、友灯ゆいとアイ・コンタクトまで取られている始末である。



「SNSって、超便利。 

 試しに写真添付して、お前の秘密、洗い浚いリーク、拡散してやったよ。

 今までの、全員に」

「はぁ……!?」



 鷺島さぎしまが混乱していると、付近にたギャラリー達が、次々に変装を解いて行く。

 その正体は全員、鷺島さぎしまだましていた女性達。

 フラッシュ・モブが始まりそうな人数を、これまで鷺島さぎしまは踏みにじって来たのだ。



「どの口が『警察』とか言ってんだ、このクズが!」

「リクエスト通り呼んでやったよ、この結婚詐欺師!」

ただし捕まるのは手前てめえだ、最低野郎!」

「これがラスト・チャンスだ!

 散々さんざんもてあそばれた分、それまで精々せいぜい、遊んでやんよ!!」



 こうして、因果応報でしかない公開リンチが開始された。

 


「じゃあ皆さん。

 あたしは気が済んだので、あとはお任せしまーす。

 煮るなり焼くなり、お好きにどうぞぉ。

 殺しさえしなければ、ご自由にー」



 最後に、再びサムズ・ダウンする友灯ゆい

 友灯ゆいが即興で用意した衣装で怪人役になりすまし、私服に戻った英翔えいしょうも合流。



「あー、スッキリしたぁ」

「失恋記念パーティする?」

「それ、最高。

 メニューは?」

さっきの元ネタとか、卒業キッ◯回とか?」

なんで疑問形?

 食べ物じゃないし。

 でも、面白そう。帰宅がてら、概要よろ」

「りょ」



 程なくしてパトカーのサイレンが聞こえ始めた頃、二人は撤収した。

 帰りぎわに、合図もしに拳を突き合わせてから。

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