ビギンズナイト㉜


「は? ミコ?

 何ですか、珍しく神妙な顔して――」


 何事かと訝しげに問い掛けた声に答えず、ミコは俺の脇から頭を突っ込むなり部屋内を確認し始める。

 はて……いったい何の用だろう?

 多少疑問に思ったが、好きにさせることにした。

 どうせこの少女は何かに興味を抱いたら満足するまで止まらない。

 探索時にも幾度か危ない目に遭った事がある。

 斥候役のマイカさんから、その都度口を酸っぱくして注意したのだが……ちっとも改まる様子がない。

 まったくとんだトラブルメーカーである。

 まあ致命的なものや悪質なものは無いのである程度好きにさせる様にしたのだが。

 しかし――自分の容姿に無防備なところは何とかしてほしい。

 正直、年頃の男として目のやり場に困る。

 身長差もあり寝巻用のスエットからチラホラと垣間見える下着。

 好奇心に輝く瞳に目鼻の整った端麗な顔。

 喋れば毒舌家で辟易するが……黙ってれば本当にアイドル級の美少女なのである、この宇佐美ミコという少女は。

 湯上りなのだろう。

 まだ半渇きで結い上げた髪からはトリートメントの香りが漂う。

 いつものサイドテール風に下した幼い印象とは違い、何だか大人びた感じ。

 桜色に染まったうなじを見て思わずドキドキさせられる。

 彼女とは互いに乗りツッコミをし合うくらいの気の置けない仲だが、そういう部分に意識を向けると年上の魅力的な女性であるという認識が出てきてしまう。

 躊躇う仕草を見せていたミコだったが、意を決した様に口を開く。


「――入ってもいいミコ?」

「別に構いませんが」

「んじゃ失礼して、と……って、ベッドがある!」


 誰もいない事を確認したミコは畏まって入室したものの部屋の隅に置かれたベッドを確認すると放たれた矢の様に潜り込む。


「ちょっ……何やってるんです!?」

「明日の防衛について打ち合わせに来たミコだけど……

 ベッドを発見してしまったミコ。

 ミコの部屋は純和風でとても気に入っているミコだけど、布団なのがいまいち。

 無性にベッドが恋しくなる時があるんだミコ!

 にゅふふ~やっぱベッドはいいミコね」


 うはー男臭いミコ~。

 等と騒ぎながら布団をスリスリ、スプリングをギシギシ振動させるミコ。

 やめなさい、はしたない。

 さすがに見兼ねて口出ししようとした俺だったが、はしゃぎ回るミコの指先が微かに震えているのを発見し開き掛けた口を閉じる。

 怖いのだ、彼女も。

 ……無理もあるまい。

 先程間近に感じられた濃密な死の感触。

 親しい者を亡くした人々の魂の慟哭は耳にこびりついている。

 やたらとハイテンションなのは虚勢に過ぎない。

 無慈悲な現実に委縮しそうな心を無意識に鼓舞しているのだろう。

 負けず嫌いなのは俺も一緒だ。

 彼女の気持ちは痛いほど分かる。

 かと言って下手な慰めは自尊心を損ねることに成り兼ねないだろう。

 だから深呼吸後、俺は無言のまま近寄りベッドに腰掛ける。

 そして触れるか触れないかの距離までミコに近付くと……震えている彼女の指先を自分の手で覆う。

 ――冷たい。

 湯上りだというのに彼女は冷え切っていた。

 身体だけでなく……おそらくは心も。

 肌から伝わる温度に俺まで凍えそうになる。

 この娘はどれだけ一人で抱え込んできたのか。

 ムードメイカーとして陰からパーティを支えてきた彼女。

 辛い時、苦しい時も明るく振る舞い続ける。

 そんな彼女の苦悩と煩悶が俺には感じ取れた。

 なので、俺は強く想いを込めて指を握り締める。

 俺の想いが彼女の氷を融かせれば、と願いながら。

 最初は驚いた様な彼女だったが恥じらう様な躊躇の後、俺の指を握り返してくる。

 熱が伝わっていく度に震えが緩やかになり……やがて止まる。

 上気した頬は見えるも俯いた顔からは表情が見えない。

 ただ、幾分かリラックスした感じが見受けられた。

 これなら大丈夫かな?

 それにしても我ながら随分大胆な事をしたもんだ。

 結構際どい距離だし離れないと。

 ベッドから立ち上がろうとした俺だったが指先を引く強い力にバランスを崩す。

 ――何だ?

 疑問に思うより早く首元に纏わりつく腕。

 間近に迫るのは赤面した奇麗な顔。

 双眸の中に写る俺の姿。

 蠱惑に揺れる瞳は何を求めているのか?

 驚きに漏れた吐息が唇をくすぐる。

 これは……ヤバイ。

 理性を保てなくなる。

 重力に引かれる様に導かれそうになるのを意志の力を総動員させ自制する。

 だというのに――


「……いいミコよ?」


 優しく微笑んだミコの囁きが俺を惑わす。

 ――どういう意味、なのか?

 目線で問い掛ける俺にミコはゆっくりと……懸命に言葉を紡ぎ始める。


「いつの頃からか分からないミコだけど……

 ふと少年の事を目で追う自分がいたミコ。

 少年の言葉に、仕草に、表情にドキドキしてる自分がいたミコ。

 初めてだから分からないけど……

 これが恋かな、って。

 少年の事を想うだけで幸せになる自分に気付いたミコ。

 ただ本当は……言わずに秘めておこうと思ったミコ。

 この想いが少年の負担になるのは重々承知だから。

 マイカとルリアに勘違いしちゃダメ。

 そう少年に釘を刺した自分が恋しました~じゃ示しもつかないし。

 ただ……さ、

 ただ、ね……

 この想いを少年に知られずに死んでしまったら……絶対後悔するって。

 少年を想う気持ちを伝えなきゃ絶対に後悔するって。

 そう……思ってしまったんだミコ」


 激情を吐き出すように吐露するミコ。

 言うだけ言ったその顔が泣き笑いを浮かべる。


「な、何を言ってるんだか。

 ミコが少年に選ばれる訳がないし。

 ミコが少年でもマイカやルリアを選ぶに決まってるのに――

 あ~あ、独占欲とかホント痛い女ミコね」


 自嘲し涙を零すミコ。

 そんな顔は見たくないし、何より――涙を浮かべさせたくない。

 だから俺も自分の中にある気持ちを素直に述べることにした。


「――そんなことないです」

「うえっ!

 ど、どういう意味ミコなの?」

「俺だって……ミコに惹かれていく気持ちはありましたよ。

 頑張り屋で、努力家で……

 いつも陰ながら皆を支えてきて。

 そんなミコの姿を偉いな、凄いな――ってずっと思ってました」

「な、何を言ってるミコよ……

 期待させるのは酷なんだからね?

 だってミコは可愛げないし、ズバズバ言っちゃうし……

 スタイルもその、全然女らしくないし……」

「――ミコ」

「ふぁい!」

「俺は別にそういうところを好きになったんじゃないです。

 貴女の良い所は他にもいっぱいあるでしょ?

 それともミコは俺の見てくれを好きになったんですか?」

「――ぷっ。

 そうミコね……そうだった。

 ミコは……私は、少年のそういったとこを好きになったんだった」

「――でしょう?

 そうじゃないと趣味悪過ぎですよ」

「――ううん。

 全然そんなことないんだけどな。

 ただ……言葉にしなかっただけで惹かれたのは本当なの。

 ――怖かった。

 言えば全てが終わってしまいそうで。

 でも――私はもう我慢しない。

 ショウ、私は――君が好き。

 この気持ちを知ってほしい。

 報いてほしい。

 お願い、返事を聞かせてほしい……ミコ」


 とってつけたような語尾。

 いつだったか話に聞いた。

 アレは呪いだと。

 本当に好きな人と結ばれるまで縛り続けるギアス。

 ならば――呪いを解く事を含め、俺は彼女に応じなくちゃならない。

 期待に輝く顔に俺は返事を告げる。

 歓喜の声と共に抱き着いてくるミコ。

 ベッドの中で互いの気持ちを確かめ合う。

 







 ……この日、俺はオトコになった。














「――って、痛いミコ!

 そっちは場所が違うミコでしょう!

 何で優しくリード出来ないの!」

「そんなこと言っても仕方ないじゃないですか!

 こちとら純粋培養型のDTなんだから!

 経験値0のビギナーなんですよ!」

「ミコが初めてなのは嬉しいけど、痛いのは困るミコ……

 あ、回復魔法を併用するミコよ!」

「それです!

 それならきっと……って、あっ」

「どうしたミコ?」

「……すみません、ミコ。

 その出ちゃったんで、もう一度やり直しを……」

「あ~ん……早過ぎミコ!

 なんでこう、もっとロマンチックに色っぽく出来ないミコなの!(涙)」

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る