ビギンズナイト㉗


「き、聞きたいことがあるんだが……構わないか?」

 

 背後からいきなりそんな風に話し掛けられたのは、最深部――

 アオバダンジョン第10階層到達祝いをしている最中の出来事だった。

 左右を見渡し周囲を確認する俺。

 酔いが回って、へべれけ気味な宝生マイカ。

 こちらは場の雰囲気に酩酊したのか、時折奇声を上げる閏峰ルリア。

 意味不明なハイテンションでケタケタ笑う宇佐美ミコ。

 いつもと変わらぬ地獄絵図である。

 最近この日常に慣れてきている自分が怖い。

 このケアを誰がすると思うんだ、まったく。

 しかしそんなパーティメンバー達は驚いたように俺を見ている。

 どうやら声掛けの対象者は俺らしい。

 慌てて振り返る俺の視線の先にいたのは軽装の女戦士だった。

 年齢は俺とそうは変わるまい。

 長い黒髪を活動的なポニーテールに纏め、意志の強さを感じさせる柳眉が、美人というよりはハンサムな印象を与える。

 だが一番特徴的なのはそのスタイルだろう。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。

 それでいてバランスの良いモデルのような肢体。

 野暮な防具が却って扇情的に見えるほどだ。

 初対面から大変失礼な感想なのだが、まるでファンタジー小説に出て来る、女騎士みたいだな~と思った。

 しかも理不尽な目に遭い「くっ殺せ」っていうタイプの。

 俺が茫然とそんなことを考えてると女戦士は顔を赤らめ沈黙する。

 そして幾分かの躊躇いの後、拳を握り話し始める。


「突然すまない。

 私の名は倉敷ミズキという。

 今日は貴様に聞きたい事があって話し掛けた」

「聞きたい事?

 ――俺に?」

「ああ、そうだ」

「俺で分かる事なら……

 んで、何?」

「狭間ショウ。

 貴様はこのアオバダンジョンに来てまだ一月半。

 僅か6週間に過ぎない新参者だ」

「だな」


 唐突な現状確認。

 一瞬、新手の絡みというか因縁でもつけてきたのかと思った。

 しかしミズキと名乗った少女の瞳に宿る真剣さに、そうではないと悟る。


「だがそれなのに――

 貴様は本日付けで到達者に至ったと先程受付で聞いた。

 のみならず、貴様が率いるホロウパイレーツは最深部に到達したとも」

「間違っちゃいない。

 ただ、リーダーは一応マイカさんなんだけどな」

「そ、そうなのか?」

「うん。皆誤解してるけど確かなのよねー

 あたし、存在感ないけど」

「ただのエロエロおねーさんだと思われてるのです」

「意外と容赦ないミコね、ルリア……(汗)

 まあ参謀っていうか……

 ミコ達の急躍進の影に少年の力があるのは間違いないミコよ」

「な、ならばこそ――貴様に伺いたい。

 その強さの秘密はなんだ?

 どうして個としてでなく集団としてそこまで強くなれる?」

「ん……?

 要は強さの秘訣を聞きたいって事?」

「ああ」

「そういわれてもなぁ……

 美味い食事と適度な運動、としか」

「美味い?

 稽古後に強制的に飲まされる、あの毒みたいな薬草茶とかのこと?」

「適度?

 地獄なのです、アレは」

「こいつ本気で理解してないっぽいから怒るに怒れないミコだからね……」


 俺の事をジト目で睨みながら呪詛を投げ掛けてくる三人。

 な、何だよ。

 そんなに恨まれる事したか、俺?

 あの程度、我が家の日常なんだが。

 仕方ない……身を以て分からす為にも稽古時間を増やすか。

 俺の決意を感知したのだろう。

 これ以上増えたらストライキだぞ、こんちくしょーと目線ビームを放つ三人。

 いやいや。もうちょっとイケる筈です、と返す俺。

 水面下でそんな問答をバチバチやってると、ミズキは困惑する様に尋ねてくる。


「なら特別な事は何もしてないということか?」

「それなりに鍛えてはいるし、戦力を有効活用すべく戦術を組んでいる。

 でも――それはどこのパーティだってやっている事だろう?」

「まあな」

「だからこそ、そこで重要なのは――

 ただ漠然と戦う事だけじゃ駄目なんじゃないかな?」

「え?」

「自分が出来る事。

 自分がしたい事。

 自分が為すべき事。

 これらを常に想定して進むことが大事だと思う。

 俺は遊び人だ。

 でもそれに甘んじてパーティのお荷物になるのは御免だ。

 だからこそ自分に何が出来るかを考えたし、自分が何を為すべきかを常に心掛けてきた。

 レベルが上がりやすい遊び人というのもあるけど、そんな俺を忌避せず支えてくれた仲間達のお陰で到達者に至れた。

 これは一人では……孤独な個(ソロ)では絶対に無理だった。

 ならば最終的に重要なのはどれだけ仲間を信頼できるか、って事だろう」

「確かに……

 仲間を信じる、か。

 良い事を言うな、貴様は」

「それほどでも」

「うん、今日は助かった。

 最近私も行き詰ってしまってな。

 後輩たちとパーティを組む事になったのだが……

 他人の命を背負う重さに逃げだしそうになっていたんだ。

 でも貴様のお陰で吹っ切れた。

 この礼は改めてさせてもらう」

「いいよ、別に。

 大したことじゃない」

「そう言うな。

 自分で言うのも何だが、結構義理堅いんだぞ私は。

 そうそう、最後に一つだけ聞きたいんだが」

「何だ?」

「貴様は桃太郎の恰好をして強くなったと聞いた」

「うっ……あんまり言うなよ、それ。

 意外と本人は気にしてるんだぞ」

「そ、そうなのか?

 すまない」

「いや、いいけどさ。

 それで?」

「あ、ああ。

 なら聞きたいのだが……

 女戦士の私はどんな格好をすれば強くなれると思う?」

「う~ん……

 それは多分……」


 ミズキの身体を上から下まで見る。

 羞恥に身をよじるミズキ。

 うん、これはアレだ。

 いやらしさを交えず率直な感想を述べる。


「やっぱ、ビキニアーマーとかじゃないか?」


 我ながら会心の助言に返ってきたのは……

 俺をして反応できない程の強烈なビンタだった。

 



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