ビギンズナイト⑲

 

「にゅふふ~大した色男ぶりミコね」


 案山子のようにボーっと立ち尽くす俺。

 その俺にからかいの声が投げ掛けられる。


「ミコ……」


 いつの間に目を覚ましたのだろう?

 半身を起こし裾元を露わにした危険な姿勢でこちらを窺っているのは宇佐美ミコに間違いなかった。

 何が楽しいのかニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 悪戯小僧の様な稚気をその瞳に視た俺は慌てて目線を逸らす。


「お、おはようございます」

「ん~おはようー」

「いったい、いつから起きていたんです?」


 疑問に思ったことを尋ねてみる。

 ミコは眼を細めて口を開く。

 薄く開けられた口の形は半月。

 ああ、あれは間違いない。

 歪んだ欲望に満ちている証だ。


「いつって……ついさっきミコよ」

「そ、そうですか。

 それなら声を掛けてくれても……」

「いや~ねえ?

 こっそりバレない様に盗み見るのが楽しいミコ」

「あ、悪趣味な」

「にゅふふ~それは誉め言葉ミコよ。

 いや~それにしても」

「ん?」

「マイカのお色気アプローチとルリアのヤンデレムーブに狼狽える様はDT丸出しで……すっごく可愛いと思うミコよ♪」

「最初から起きてるじゃねえか!」

「年上に迫られてアタフタする様を特等席で観戦させて頂きました。

 御馳走様ミコw」

「はいはい……どうせ俺はDTですよ」

「素直でよろしいミコ。

 ただ少年、勘違いしないように言っておくと……」

「分かってますよ。

 二人が俺に求めているのは父性としての承認欲求。

 幼少期に喪われた愛情の欠落を埋める代償行為でしょう?」

「気付いていたミコか?」

「分かりますよ……俺だって母を亡くしてるので。

 自分の欠落を客観視すれば見えてきます。

 そんなにイケメンでもないのに、突然モテ期が来る筈ないし」

「まあ、少年の言う通りミコ。

 まったく記憶がない赤子だったミコと違い……あのふたりは『父親』という存在に憧れがあるミコ。

 お前さんは良くも悪くもそういう部分を刺激しやすい。

 面倒かもしれないけど、そういうとこも面倒を見てくれると助かるミコ」

「ようは異性としての度量を示せ、ってことですか?」

「まっ、そういうことミコ。

 大変な役目だけど頑張ってほしいミコ♪」

「気楽に言ってくれますね。

 ……でもまあ、頑張りますよ」

「ん。あんまり気負わなくていいミコ。

 おっ、これ少年が作ったミコか?」

「ええ、あんまり大した朝食じゃないですが……」

「いやいや謙遜するな。

 少年の年齢でここまで出来れば大したものミコ。

 ウチのパーティではミコが料理番だったから助かるミコ。

 あいつら、食材から毒物を錬成するから専属で面倒だったミコだし……洋食専門のミコと違って和食派の少年が入ってくれれば心強いミコ」


 何か……違和感を感じた。


「あの、これからも俺が作るんですか?」

「? そうミコよ。

 だって了解してたじゃないミコ?

 今日からこのハウスに引っ越してくるって」

「はあ!?

 いえ、初耳なんですけど……」

「昨晩熱く返答してたミコよ?

 パーティ代表であるマイカのお願いに「泥船に乗った気で任せて下さいよ! 

 あ、船名はタイタニックで!」とか寒いギャグを交えつつ」

「マジか……何を約束してるんだ、泥酔状態の俺」


 本気で記憶がない。

 頭を項垂れ反省する俺。

 今後二度と深酒はするまい。

 そんな俺の頭を爆笑しながらポンポンしてくるミコ。


「にゃははは☆

 まあ、男に二言はないって言ってたし……

 諦めて覚悟を決めるミコね。

 美人のおねーさん達と暮らせるんだし、不満はないミコでしょ?」

「それはそうですが……

 女性経験の少ないDTには共同生活はハードルが高いですよ」

「まあそう言うな。

 習うより慣れろ、ミコ」

「ほん~と、さっきから気楽に言ってくれますね」

「皆少年と暮らせるのを楽しみにしてるミコ。

 無論、私生活だけじゃなく探索も含めて」

「そうなんですか?」

「うん、勿論♪

 それにさ……

 さっき少年は自分をイケメンじゃないと自嘲してたミコだけど……」


 いつの間にか耳元に顔を寄せたミコが囁く。


「ミコは、結構いい男だと思うミコよ?」


 言葉と共に注ぎ込まれる熱い吐息。

 思わず跳ね起きる俺。

 そんな滑稽な仕草を意地悪く指差し笑うミコ。

 やれやれ……どこまで本気なんだか、この人。


「あれ~おはよーミコ。

 何だか仲良さそうだね」

「遅くなったのです」

 

 シャワーを浴び終えたのだろうか?

 髪をにタオルを巻いたマイカさんとルリアがやってきてテーブルに着く。

 俺達も二人に倣い四人掛けテーブルに腰掛ける。


「昨晩痴態を晒した少年をからかっていたとこミコよ」

「あ、ズルい!

 あたしだってやりたかったのに」

「ルリアも交ぜてほしいのです」

「俺はいったい何をしたのやら……」

「あはは、それは後でじっくり教えてあげるミコ。

 でもまずは少年が作ってくれた朝食が冷めない内に頂こうミコよ」

「あ、そうだね」

「賛成なのです」

「どうぞお手柔らかにお願いします……うう」


「「「「いただきま~す!」」」」


 一名を除き元気な挨拶が唱和する。

 この後俺への弄りを踏まえるであろうパーティの方針ミーティングを行い……

 俺達は装備を整え、アオバダンジョン第二層へと挑む。

 

 

 

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