ビギンズナイト②


「気を付けて下さいね、ショウ君」


 トレードマークとでもいうべきいつものおっとりとした笑みが消え、心配そうな顔をするミハルさん。

 美人だけど、どこか眠そうな眼も今ばかりは真剣だ。

 10年近く前からウチの道場に住み込んでいる彼女は、俺と幼馴染にとって、実のお姉さんみたいな存在だ。

 そんな人が俺の身を案じてくれている事に少しくすぐったい思いを抱きながら……安心させるように明るく答える。


「大丈夫ですよ、ミハルさん。

 昔からクソ親父に徹底的にしごかれてましたし……

 早々遅れは取りません」


 心配性なミハルさんを安心させたくて虚勢を張る。

 本当は不安を吐露して弱音を吐き出したい。

 しかしそれ以上にこの人の前では強い自分でいたい。

 複雑に絡み合う俺の気持ち。

 子供っぽい安い自尊心。

 だが、彼女にはお見通しだったのだろう。

 俺の言葉に苦笑すると、慈母のような眼差しでやんわり窘められる。


「ショウ君……

 本心を隠して自分を曝け出せないのはあなたの悪いところですよ?

 あなたは昔からそうやって強がるところがありましたから。

 年齢相応でいいんです。

 弱い自分を見せて構わないんです。

 人は一人じゃ何も為せない。

 特にダンジョンでは。

 確かにあなたは卓越した技量を持っています。

 しかしそれだけでは生き残れない。

 あなたが背中を任せられる、信頼できる仲間。

 そういった人を見つけられるよう願います」


 どこか悲し気なミハルさんの顔。

 俺の身を案じるその言葉に、俺は深い彼女の想いを知った。



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