第100話 奇襲アサルト
「愚かなる人間どもめ……臆したか」
深き闇の中――
身を焦がす憎悪を抱きながら魔将司令ゾォールマは呟く。
罪深き存在である矮小なる人間。
さらに神に至る器どもを取り逃した失態を思い返す度、羞恥が過る。
もう1週間もの月日が経つというのに奴等が来る気配は無い。
上階層を探れば反応はある為、まったくダンジョンに潜っていない訳ではないのだろうが。
「小癪な小僧……いや、人族が。
なにゆえもがき、生きるのか?
滅びこそ喜び、死にゆくものこそ美しいというのに。
まあ良い、次に相まみえた時が貴様の最後よ。
我が腕のなかで、息絶えるがよい!」
嘯き、人間共をいたぶる妄想に身を委ねる。
ここ数日、自らを慰めてきた束の間の至福。
それは全身を突き刺す痛みによって突如破られた。
「こ、これは何事だ!」
原因を追究するゾォールマ。
結果、驚愕。
タガジョウダンジョン最下層部と一体化している自らの体。
それが攻撃を受けていたのだ。
侵入口である階段から溢れ出てくる膨大な量の粘液によって。
毒を孕んだそれらは酸を撒き散らし広がっていく。
流れていく先々で煙を上げながら。
「ぐうう……
何故、あんなものが……」
個々の粘液がもたらすダメージは微細だ。
それこそ1ダメージに届くか否か。
だがこの場合、その量と効果範囲が問題だった。
次々注ぎ込まれるスライムは留まる事を知らず最下層に充満していく。
階層と一体化しているゾォールマにとっては、まるで胎内を無数の細菌に侵されている状況に等しい。
恒常的なHP回復は確かにある。
しかしこれだけの範囲から一斉にダメージを喰らうと、それを凌駕してしまう様なのだ。
慌てて分身体を顕在化させゾォールマは追い払う事にした。
これら分身体は最下層内ならどこでも、更に姿形を自在に操る事が出来る。
戯れにドラゴンの姿を取る事が多いが今はその様な余裕はない。
獣のような形でとにかく数を放つ。
ある一定数以上は同時展開出来ないものの、スライムの天敵ともいえる脱水能力持ちだ。
瞬く間に駆逐してくれるに違いない。
昏い愉悦。
それがフラグだとはさすがに気付かなかった。
「な、なんだあいつらは!?」
三下悪役のように絶叫するゾォールマ。
無理もあるまい。
せっかく顕在化した分身体。
それらは自慢の脱水能力を使う間もなくどんどん斃されていくのだ。
階段より稲妻のように進入してきた4人によって。
それは忘れもしない怨敵ども。
忌まわしき屈辱を自らにもたらした人族の小僧とその仲間たちだった。
伸び縮み、拡大する不思議な武具を用いて瞬く間に分身体を駆り立てていく。
一番の脅威は先日見受けなかった長髪の女だ。
奴が振るう九つの形状を持つ神秘的な武具。
それが煌めく度にユニット単位で分身体の軍勢が掻き消される。
鮮やかな手並みを見るまでもない。
アレは対集団に特化した者だけが持つ力だ。
「き、貴様らああああああ!!
許さんぞ、虫けらどもめが!!」
分身体を強く顕在化させ巨人を出現させる。
容量のほとんどをこちらに注ぎ込んだ以上、最早自分そのものといっても差し支えないだろう。
簡単には打破できず距離を取る奴等。
すると一人の男がゆっくりと歩み出て来る。
まごうことなきそいつの姿を見間違えるものか。
恥辱をもたらした件の小僧、狭間ショウに間違いなかった。
激昂するゾォールマだったがショウはどこまでも冷たい視線で見つめてくる。
まるで分かり切った結果を観察する科学者のように。
何故こいつは吾輩の威容に畏まらない?
思わずたじろぐゾォールマ。
するとショウは溜息まじりに口を開く。
「お前の負けだ、ゾォールマ」
「な、何だと小僧!
これしきの事でこの吾輩が敗れると思うのか!?
吾輩のこの力はまだまだ健在だと言うのに!」
「いいや、違う。
お前は勘違いをしている」
「……どういう事だ?」
「お前の力の本質はその隠密性にあった。
階層そのものと一体化したという驚異。
想定外の角度から行う奇襲こそがお前の強みだったのに。
俺達が生還しその秘匿性が失われた今、いくらでも打つ手はある。
このスライムもそうだ。
上の階層から有毒化したスライムを流し込むというシンプルな攻め。
行政に申請し多量に用意した魔石によって行われている物量作戦。
これだってお前の本質に届かなければ意味はない。
正体がバレた今、身動きの取れないお前は絶好のカモだ。
とっとと尻尾を巻いて逃げれば良かったのに。
なまじ自分の力に驕るからこのザマだ。
優越を喪ったお前に勝機は無い」
「き、貴様!
吾輩を愚弄する気か!
貴様ごときを一撃で葬る力ぐらいは持っておるわ!」
叫びと共に剛腕を振り下ろすゾォールマ。
応じたのはショウの神速の一閃であった。
「――断ち切れ、華霞」
抜き手すら見せぬ驚異の抜刀。
しかし真の驚きはその威力にあった。
分身体は通常幾らダメージを受けてもゾォールマに被害をもたらす事はない。
分身体であり本体ではないからだ。
だが今のショウの一閃は、間違いなく自分の本体――星幽体(アストラル)を断ち切った。
そんな事は並の人間では叶わないというのに。
激痛に胸を押さえ恐れ慄くゾォールマだったが、ふと気付く。
矮小と侮った少年の瞳、その双眸が虹色の輝きを燈している事に。
「まさか貴様は……
いや、貴殿は彼の外なる神の――」
「お喋りに付き合う気はない。
お前はここで朽ち果てていけ。
やれ、コノハ」
「了解――ショウちゃん。
いくよ……絶技【メガルーラ】発動!」
超新星のような爆光。
次の瞬間、ゾォールマは迷宮と一体化した自分が崩壊していくのを感じた。
神の器である小娘の燈した輝き。
それはダンジョンそのものを崩壊していく恐るべき反物質。
触れただけで迷宮が、自らが滅んでいく。
ここに至り、ゾォールマは敗北を悟り哄笑する。
最後の最後で足掻くのは滅びの美学に反する。
ならば精々、悪役らしい誇り高き死を迎えよう。
「ふふ……見事だ、人の子よ」
「褒められることはしていない。
ただ俺達を侮ったお前の驕りこそが敗因だ」
「かもしれぬ。
貴様たちを雑魚と侮った吾輩が愚かだったのだろう。
お前たちの信ずる希望の燈火。
その力を見誤ったが故に。
だがな、外なる神の使徒たる者よ。
光ある限り闇もまたある……吾輩には見えるのだ。
吾輩を超える存在が再び闇から現れよう……
果たして貴様はその時は絶望せずに太刀打ち出来るかな?
わははは………ぐふっ!」
今際の呪いを残し完全崩壊するゾォールマ。
無敵と思われた魔将司令の最後はあっけないくらい簡素なものだった。
「やったのか、ショウ?」
不安げにショウへ尋ねたのは姫騎士となったミズキだ。
怪物のような存在の為、斃したと思っても甦ってくる可能性もある。
油断せず残心を行う。
だがショウは虹色に輝く瞳を閉ざし微笑む。
「ああ、間違いない。
奴の存在はたった今、物語から消えた。
完全に討伐出来たよ」
「やったね、ショウちゃん!」
「師匠ぉ~さすがっす!」
いつの間にか合流してきた関城と共に喜びの声を上げ、はしゃぎまくるコノハ。
そんな仲間を苦笑しながらショウは眺める。
コノハの新呪文【メガルーラ】の威力は凄まじいの一言だ。
迷宮に対する反物質の様な光。
ダンジョンという根底を揺るがす力に驚きを感じえない。
通常であれば対価として街一つが吹っ飛ぶだけの事はある。
無論、デメリットをそのままにするショウではない。
禁じ手のマルクパーシュによって内容を改変。
街じゃなくマーチを代償にする。
発動する度に新車200万円前後が廃車になるが――その驚異的な効果を考慮すればとんでもない等価交換だ。
実証もされたことだし今後は積極的に扱うようになるだろう。
感慨深げに拳を握るショウに長髪の美女が話し掛ける。
レイカの要請でショウ達とパーティに合流した御神アヤカだ。
九綾流星刃(ナインエッジ)と名付けられた変幻自在の武具を自在に操る凄腕の【唯一職(オンリージョブ)】舞刃姫(ブレードダンサー)である。
「上手くいって良かったわね、ショウ」
「ありがとう、アヤカ。
お陰様で助かったよ」
「そうかしら?
私がいなくても制圧出来ていた気がするけど」
「そんな事はない。
この作戦で心配だったのは奴の顕在化スピードを超える速さで分身体を殲滅出来るかが重要だった。
俺達は対多数にどうにも弱くてコノハに頼り切りだったからな。
対集団に特化した君がいなくては成功が覚束なかった」
「お世辞でもそう言って貰えると嬉しいわ。
あっ、ほら。
ついにダンジョンコアの出現よ」
迷宮主であるゾォールマが斃れた今、コアを隠す者はいない。
空間から滲み出る様に宙へ浮き出るクリスタルの様なコア。
脈動を打つ様に赤黒い光を明滅させているのが不気味である。
「こんなものの為にどれだけ命が喪われたのか知らないが……」
抜き放った樫名刀【細雪】と【華霞】を構えるショウ。
呼吸を整え十字に振り抜く。
甲高い破砕音と共に迷宮に吹き抜ける豪風。
悲鳴のようなその風音は果たしてダンジョンの断末魔なのだろうか。
完全に割れたコアを見下ろしショウは凛然と宣言する。
「そんな日も今日で最後だ。
いや――これからも俺達が終わりにし続ける」
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