第99話 妙案プロポーザル


「困ったことになった」


 飾り気のない実務優先のデスク。

 自らの執務室に俺達を呼び寄せたタガジョウダンジョン行政管理官、立花ヨウジは開口一番そう言った。

 くたびれた背広に捩れたネクタイの七三分け。

 いかにも木っ端役人風の外見だが騙されてはいけない。

 スタンピードの危険を抱える各ダンジョンの行政管理者は無能では決して務まらないからだ。

 慣例や天下りなどを徹底的に排した実力至上主義で選出されている。

 となればこのしかめっ面の中年も狡猾な狸の一人に違いない。

 来客用に据えられた深く沈む黒革のソファ。

 極上の感触に身を委ねながら、俺はここへ至る経緯を思い浮かべるのだった。





 

 探索者証に付与された緊急脱出の力。

 それはあまりの遭難率の高さに行政が施した施策の一つだ。

 チャージしない限りは1回しか使えないものの、どんな者も念ずるだけで扱う事が出来るという、今のとこタガジョウダンジョン専属の魔導である。

 ベイルアウトとも揶揄されるその効果は絶大で、これを施行してから探索者の死亡率はかなり低下したらしい。

 しかし未だ1回の施行に数百万円掛かる為、他ダンジョンでの導入は見送られているのが現状だ。

 俺達も今回使用したので再充填には数百万円掛かる。

 それは命の値段としては格安。

 だが駆け出しには大きな負担だ。

 行政側の急務としてこの費用の軽減と周知が上げられるのも最もだろう。

 これが一般技術として普及すれば探索においてかなり有利になる。

 俺が以前コノハに驚かすように告げたのもこれを事前に知っていたからだ。

 施行は簡単で、探索前に申請書と一緒に探索者証を呈示すれば、大した待ち時間もなく行える。

 ならば何が高価なのかといえば脱出用魔力を留める魔導金属の精製費らしい。

 こればかりは希少素材を使用しているのでコストダウンが難しい。

 探索が進めば希少素材も普及されるようになり結果として改善されるだろう。

 そこまで今の世界が持てば、だが。

 っと、またまた話が逸れたので戻すとしよう。

 緊急脱出先に設定されているのは専用のゲートだ。

 通常の迷宮脱出呪文とはそこが違う。

 俺達はそこで待ち受けていた職員による聞き取りを受ける。

 緊急脱出に至った経緯のモニタリングを行い、どういった危険があるのかを把握しようとする為だ。

 まあ一人数百万もするお金が吹っ飛んだのだ。

 原因を追究しようとするのも当然だろう。

 別室に案内され事情聴取を各自受ける。

 特に今回は勇者がいるから念入りだ。

 杜の都が誇る三人の勇者。

 偶然とはいえそんな三人が揃って緊急脱出しなければならない事態。

 行政側とすればいったい何事かと思うだろう。

 俺達もその事情が分かるだけに大人しく話す。

 最深部に辿り着いたこと。

 仲間を無くしたマフユがいて臨時にパーティを結成した事。

 迷宮主は最下層と一体化した業魔である事。

 それ故に生還者が今までいなかったであろう推論等etc。

 俺だけなら荒唐無稽と一笑される内容も他の勇者からも同様の話が出ればさすがに真実味が増さざるを得ない。

 ダンジョン前広場の行政機関は急に活気づき始めた。

 そして時間をおいて呼ばれたのがこの行政管理官執務室である。

 挨拶と共に着座を勧められ、開口一番相談されたのは困ったものだが。

 しかし俺はある程度の勝算を以てその呟きに応じる。


「何がお困りで?」

「それは無論、迷宮主の事に決まっておる。

 君達の話が本当なら奴に太刀打ちできるものはいない。

 このままでは半月もしない内に浸食率が限界を超えてしまう。

 そうなれば杜の都の生活圏はまたも縮小の一途を辿る。

 我々に残された時間はあと僅かだというのに」

「行政管理官、貴方は知って――」

「立花で構わない。

 アリシアから伺っておる。

 君たちも事情を知っているのだろう?

 人類に残された時間が少ない事を」

「……ええ」

「ならば遠慮は無用だ。

 率直な話でいい。

 奴をどうにか出来ると思うか?」


 懇願する様に尋ねてくる立花さん。

 このまま火消し役に依頼するにしても階層そのものが敵であるという奴を相手取るのは難しい。

 いや、多分ウチの親父あたりなら何とかしそうだが(汗)

 ただその親父も他県の応援に赴いている以上、戦力外。

 となれば残された人員で何とかするしかない。


「一つだけ提案が。

 妙案というより奇策ですが……構いませんか?」


 悪戯小僧っぽく不敵に笑い応じた俺の言葉に――

 立花さんは驚く様に瞳をパチクリとさせるのだった。



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