第97話 推測ミステリー

「さて、結界が切れる前に確認したいことがあるんだが……構わないか?」


 鎮魂の祈りを捧げた後――

 頃合いをみて俺はマフユに尋ねる。

 コクンと素直に頷き応じるマフユ。

 手荒いコミュニケーションと弔いの儀。

 これらを以て、どうやら仲間と認定して貰えた様だ。

 警戒バリバリだった険のある表情でなく幾分かリラックスした貌をしている。

 信頼は難しくとも信用はされたかな?

 年齢相応の無垢な眼差し。

 ……少しチョロ過ぎて心配になるが。

 まあ――無理もないかもしれない。

 多くの勇者は行政側によるレベリング受け、そのまま過保護に育てられる。

 慣例を無視して俺と行動を共にしたコノハが異端なのだ。

 それだって俺が到達者に至ったからこそ許可されたのだろう。

 勇者が世間慣れしてないのは普通なのである。

 古来より雑事はお供の仕事なのだから。

 逆に金や利害関係にうるさい勇者がいたら幻滅されるだろうし。

 っと、話が逸れた。

 今は情報取集に専念しなくては。


「君にとって聞き辛い事を訊く。

 でも大事な事だから聞かせてくれないか?

 答えにくい時は無言で構わない」

「分かったわ。

 そんなに気を遣わなくて大丈夫よ。

 貴方達は十分礼を尽くしてくれた。

 今度はあたしが報いるべきでしょ」

「ああ、そう言ってもらえると助かるな。

 まず迷宮主の件だが――

 君は霧と共にドラゴンが現れたと言った。

 それは間違いないか?」

「ええ、間違いないわ」

「転移でなくいきなり出現したんだな?

 重量物のある物が動く音や質感による圧力や転移特有の空間の揺らぎもなく、何の予兆も感じなかったと?

 君を支えるレベルの探索者なら、斥候役も優秀な筈なのに」

「あたしの仲間は誰も気付いてなかったわ。

 本当にいきなり、気付いたら目前に現れていた感じ。

 言われてみれば……変よね。

 これだけ広大な空間で奴の動向を掴めていないなんて」

「疑問はもう一つある」

「何かしら?」

「君は出会い頭にブレスを喰らったと聞いた。

 それは本当に炎のブレスだったのか?」

「何よ、疑うの?

 奴が大口を開けた瞬間、灼熱のような吐息を感じたわ。

 全身の細胞が悲鳴を上げるのを感じた。

 皆を見れば分かるじゃない!」

「確かに君の仲間を見れば何が起きたか分かる……

 けどな、マフユ。

 炎系のブレスに晒された人間はあんな奇麗な遺体にはならないんだ」

「……えっ?」

「幸い俺達の仲間は巻き込まれなかったが――

 ブレス攻撃に巻き込まれたパーティの惨状を見たことがある。

 酷かったよ、皆苦悶の顔を浮かべ事切れていて。

 そう、あまりの熱さに歯を喰いしばり胎児のように身をかがめて」

「な、何を言いたいのよ!?」

「だからさ、あんな奇麗な遺体にはならないんだ。

 まるで火葬したように……骨すら残らないなんておかしい。

 つまりこれから推測できる迷宮主の力は一つだ。

 その能力は脱水」

「脱水?」

「そう、君の仲間はブレス攻撃で焼き尽くされたんじゃない。

 体中の水分という水分を乾燥させられ瞬時に干乾びた。

 だからこそ急激な酸化で腐食されても武具や探索者証は残されたんだ。

 俺が一番最初に感じた違和感はそれだ。

 身体中がボロボロに炭化するほどの高温のブレス。

 だというのに――何故、武具類はそのままなのか?

 急激なフリーズドライによる風化。

 これが奴の力の本質。

 つまり迷宮主は霧状のドラゴンというより霧状の群体生命体……

 ――とまあ、そういう風に我々に錯覚させるのが目的なんだ」

「えっ――?」

「上手い手さ。

 相手がドラゴンなら、普通探索者は炎対策を取る。

 奴の正体が霧状態なら本当は炎系こそ有効なのにな。

 正体を知らなくては対策すら取れない。

 そしてここが肝心だが――

 正体を見破ったと錯覚し、焔装備で意気揚々と討伐に乗り出す探索者。

 その愚行を嘲笑うのが奴の目的だろう」

「どういう……意味っすか、師匠?」

「奴の真の正体、それは――

 この階層そのものだ」

「――はっ?」

「この最下層は奴の体自身。

 洞内じゃない……胎内なんだ。

 そうだろう、迷宮主。

 先程から息を潜めて盗み聞きしているのは分かってる……

 いい加減、正体を現せ!!」

「悪知恵の働く小癪な小僧よ……

 よくぞ吾輩の正体に気付いたものだ」


 俺の裂帛の誰何に――空間が割れる。

 そこに浮かぶのは瞳。

 巨大な紅の瞳が俺達を忌々しそうに見つめていた。



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