第94話 自嘲トーキング


 あまりの惨状に声を失う。

 返事がない俺達を気丈にも睨み付けてくる少女。

 年の頃は俺達とそう変わらない17~8くらいなのだろう。

 だが、どことなく年下のような印象を受ける。

 それはおそらく髪型や服装の影響なのかもしれない。

 色素の抜けた明るい髪色をツインテールに分け、さらに着ている服はおよそ実戦的とはいえない少女趣味丸出しのドレス。

 まるで人形の様に可愛らしい顔立ちと相まって、尚更彼女の幼さを駆り立てている気さえする。

 彼女が持つ違和感に目を向けなければ、だが。

 普段はどちらかというと勝ち気で快活そうな顔立ち。

 それは今――溢れる涙で汚されていた。


「師匠、この娘っす……例の勇者の」

「――ああ」


 痛ましい表情で囁いてくる関城に俺は頷く。

 彼女はもう一人の勇者こと、吾桑マフユに間違いない。

 先読みした物語と現在彼女の置かれている惨状。

 状況を鑑みれば何が起きたかは一目瞭然だ。

 それでも俺は同業者として彼女の身を案じつつも尋ねずにはいられなかった。 


「俺の名は狭間ショウ……こっちはパーティの仲間たち。

 昨日からタガジョウダンジョンに来た者だ」

「ふん――聞いてるわよ、その名前。

 アオバダンジョンを攻略したソレイユの面子でしょ?

 それ以外のメンバーもいるみたいだけど。

 あたしの名は吾桑マフユ。

 このタガジョウダンジョンの――勇者よ!」


 キッとした目線でミズキと……関城を睨む吾桑。

 確かに攻略時のメンバーであるコノハ以外、何より自分とはライバルにあたる他の勇者がいたら心穏やかにはいかないか。

 俺は彼女の心情を慮りつつ、それでも無神経に内面に踏み込む。


「今は臨時でパーティを結成している。

 まあ先行してる君の後を追ってきた感じだな」

「そうなのね……あたしたちが先だったんだ」

「ああ、一番乗りだ。

 だから――聞かせてくれないか?

 ここで何があったのかを」

「初対面なのに不躾な奴ね、貴方」

「すまないが性分でね。

 事は一刻を争う……頼む」


 真剣な俺の表情に怯え竦む吾桑。

 それでもグッと拳に力を籠めるとゆっくり語り始める。


 ――それは危機感に煽られての蛮行だったと彼女は語る。

 初日にして第10階層を突破した俺達ソレイユ。

 その情報を聞いた彼女たちは焦った。

 自分たちがダンジョン攻略に乗り出して半年近くが経過しようとしている。

 だというのに未だ迷宮主どころか最下層にすら辿り着いていない。

 このままでは面目が立たなくなる。

 勇者というのは行政のバックアップを一身に受けた存在だ。

 民衆の期待もおのずと無責任に高まっていく。

 同業者や行政職員に居丈高に、横柄に振る舞えるのも大義名分があればこそ。

 パーティが掲げるその大義が脅かされるというのは、えも知れない恐怖だったと彼女は述懐した。

 安いプライドより、自分たちの生命こそ最も守らなくてはならなかったのに。

 彼女たちのパーティは無能なのではない。

 ただ、どこよりも誰よりも慎重だったのだ。

 おそらくこのまま探索を続ければ数ヶ月もしない内に最下層に辿り着いていた。

 しかし後続に追い付かれるかもしれないという恐怖は一番の持ち味であるその慎重さを欠いてしまった。

 故に反論なく決行される無謀なアタック。

 地力は高いパーティ故、傷つき消耗しながらもここ最下層に辿り着いた。

 そして――壊滅したのだ。

 遭遇した、迷宮主の手によって。


「濃密な霧と共に突如現れた巨大なドラゴン……

 それがこのタガジョウダンジョンの迷宮主よ。

 必殺だったあたしの雷撃魔法は全てカウンターされ……

 パーティは地獄の業火のような灼熱のブレスによって焼き尽くされた。

 あたし一人だけが勇者の特性……異能生存能力によって生き延びた。

 いっそ……一緒に死ねたら良かったのに」


 自嘲するように呟き、彼女は歪んだ笑みを浮かべる。

 堪え切れない激情の雫を、熱く零れさせながら。

 

 

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