第93話 困惑カァヴァン


 前人未到の第30階層に足を踏み入れた俺達。

 延々と続く階段を下りた先に広がっていたのは広大な洞窟だった。

 遥か彼方の上方にそびえる鍾乳石を見るまでもなく鍾乳洞型の。

 莫大な広さを持った洞窟であり、野球場がすっぽり入るどころか奥行きすら視えないレベル。

 水晶の様に煌めく洞内。

 厳かな雰囲気は神殿の様な神秘性を秘めているといってもいいだろう。

 だが、俺の中の第六感は警鐘を鳴らし始める。

 あまりにも危険性を感じないのだ。

 そう、見渡す限り業魔どころか動くものすらない。

 これは探索において異常な事だ。

 探索者は本来危険な筈のダンジョンに安全を見い出すと逆に不安を感じる。

 それはどうやら俺だけではないらしい。

 コノハもミズキも……何より本能に忠実な関城が一番焦った様な顔をしている。


「師匠……理由は分からないっすけど……

 ヤバくないですか、ここ?」

「うん、この階に来てからボクもそう感じる……」

「二人もそうなのか?

 私も竜の逆鱗に触れる様な……あるいは虎の尾の上でタップダンスを踊る様な何ともいえない危機感を覚えるんだが……」

「それだけ分かれば大したもんだよ、みんな。

 ここはおそらく最下層。

 俺の推測が間違いでなければ迷宮主――ダンジョンマスターがいる場所であり、迷宮核であるコアが眠る場所だ」


 神魔眼の力を解放しながら俺は警告を改めて告げる。

 読み取る情報が膨大な為、激しい頭痛がし始める。

 錐でこめかみをえぐられる様な痛みを強引にシャットアウト。

 情報の精査にのみ意識を注ぐ事に専念する。

 すると驚く事が判明した。


「前踏者がいる……」

「え?」

「本当に?」

「オレ達が最初じゃなかったんすか?」

「ああ、前方約500m先。

 キャンプを張ってるが間違いない。

 誰かがいる」


 キャンプとは普通の意味合いではない。

 探索においてはそれは、聖水を以て円周上に描かれる簡易結界の事である。

 最大6名まで内包できる優れもので、この中にいる限り業魔に探知されることなく攻撃を受ける事もない。

 難点といえば聖水が乾くまでが有効時間といったぐらいか。

 なのでキャンプ内では食事や仮眠などの小休憩をしたり、探索先で迷った際には今後の方針の相談をしたりするなど、何かと重宝する基本ツールの一つだ。

 探索者のパーティ構成において6名が多いのも、このツールの恩恵を最大限得る為というのが大きい。

 この杜の都は幸か不幸か超越者によってド〇クエ型のフォーマットが適応された為、3~4人のパーティが多いが。

 人数が少ない事によるメリットも明確だ。

 収入は勿論、分割で得られる経験値の差が大きい。

 探索者証を用いてパーティを結成してしまえば、同じ階にいる限り、戦闘に貢献しようが貢献しまいが業魔を斃した経験値は平等に分割される。

 だから無理のない範囲であれば人数は極力少ない方が良いのだ。

 俺やコノハの結成したソレイユ、ミズキの所属していたロゼリアの構成人数が少ないもそういった理由からだ。

 これらを統括するとソロが一番に思えるかもしれない。

 しかしやはりソロは危険だ。

 多くの業魔の力が判別してきたとはいえ、まだまだ奴等の生態は詳しくない。

 もし万が一、何か致命的な状態変化(重篤な麻痺・石化)を喰らえばHPに関わらず即ゲームオーバーである。

 最低限ペアが探索において推奨されるのもトラブルに対する経験則な所が多い。


「こんなところでキャンプ……?」

「多分先行している例の勇者だろう。

 このダンジョンは組み換え型だが最下層は全て合流する造りなのかもしれない」

「さすがミズキの姐さんっすね。

 同じことをウチの賢者さんが言ってましたよ。

 全てはダンジョンコアとそれを護る迷宮主に集約される、って」

「まあここで議論してても仕方ない。

 まずは行ってみて、何があったか話してみよう」


 先読みした情報で、ある程度の事は判別できる。

 ただ俺はパーティの理解を深める為にも当事者の意見を窺う事にした。

 賛同後、キャンプに向かいダッシュする俺達。

 普段はこんな無謀な真似はしないが他に業魔がいないのは明白だった。

 そして数分後――


「誰よ、アンタ達……

 あたしに――何か用?」


 明らかに命がないと思われる数体の黒焦げの死体の前で膝を抱えて座る……今にも泣き出しそうな女の子がそこにはいた。






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