番外編 金剛石の夜③

 

「いつ来ても変わらないな~ここは」


 返事がないと分かってるノックの後――

 ボクはショウちゃんの部屋に足を踏み入れた。

 和風な狭間家の中、数少ない洋間のフローリング。

 整えられたベッドに勉強机、クローゼット。

 そのどれもが色気のない簡素なもの。

 まさに質実剛健。

 生活に必要最低限な物しか置いてないのが彼の性格を表している。

 

「しかしエッチな本の隠し場所は変わらない、か。

 ショウちゃんらしいというか何というか……」


 場所は知ってるけど、プライバシーに配慮し漁るは我慢。

 でもちらりと覗き見えた本に載ってる女性の胸は……かなり大きい。

 そこにがっくり来てしまう。


「やっぱりショウちゃん、大きい方が好みなのかな……?」


 限りなく平坦というか絶壁。

 自分の頼りない武装に大きな溜息をつきながらふと周囲を見渡す。

 何か違和感を感じたのだ。

 その正体は勉強机の上に飾られている写真。

 以前は伏せられていて見れなかったその中身が露わになっていた。

 仲良さげにショウちゃんを取り囲む、女性探索者三人。

 ショウちゃんの……前のパーティの人達。

 屈託のない彼の笑顔に自分の知らない彼の姿を見い出す。

 死に別れてしまった彼女たち。

 彼と苦楽を共にしたその時間はボクには分からない。

 けど――過去に囚われてばかりじゃ駄目だと思う。

 この写真がちゃんと飾られたのは、ある意味決別した証なのかな。

 先日の、苦悩を吐露した彼の無防備な姿を思い出し――胸が苦しくなる。

 赤子の様に泣きじゃくるショウちゃんを抱き締めるなんて……

 今更ながら思い出す度に赤面してしまう。


「ん? こんな朝早くから何をしてるんだ、コノハ?

 今日は探索休みじゃなかったか」


 そんな時を見計らったように部屋に戻ってくるショウちゃん。

 シャワーを浴びたばかりなのだろう。

 まだ乾いていない髪をタオルでゴシゴシしながら入ってくる。

 火照った身体を包むTシャツにジーパンという軽装。

 引き締まった筋肉と洗い立ての香りがふんわり立ち昇る。

 意識しない彼の色気にクラクラしてしまう。


「あ、あははは――

 おはよ~ショウちゃん!

 今日はいい天気だね~」

「外、雪になりそうな曇天だぞ」

「う¨っ……」

「まあ、いい。

 何か用事があったんだろう?

 そんなお洒落してきて」

「うん」


 覚悟は決めてきた。

 普段履かないスカートだって履いてきた。

 友達に教わったメイクだってしてきた。

 あと必要なのは、ホンの僅かな勇気。

 関係を一歩進めるだけの願い。


「ショウちゃん……明日はクリスマスイブだよね?」

「ああ」

「何か……

 ううん、誰かと予定はある?」


 眼をつぶり、清水の舞台から飛び降りるつもりで聞いてみる。

 胸がドキドキうるさい。

 頭がカーッとなって耳の裏がジンジンする。

 は、早く答えを聞かせて。

 じゃないとボク、私は……


「あるぞ」


 気取らない肯定の返答。

 その言葉に、心臓がズキッと痛くなる。

 ああ、やっぱり……

 ショウちゃん、モテるもんね。

 泣いちゃいけないと思いつつも目頭が熱くなる。

 しかし――そんなボクの気持ちを知らない様にショウちゃんは続きを話し始める。


「コノハさえ良ければ、明日のイブ……

 そしてクリスマスも一緒に過ごしたい。

 ――構わないか?」


 え? それって……


「――本当に? ボクでいいの?」

「ああ、コノハじゃなきゃダメなんだ」


 真剣な彼の表情。

 ボクは嬉しさのあまり堪え切れず流れそうになった涙を袖で拭う。

 そして最大限努力し、何気ない素振りで彼に応じる。


「しょうがないな~ショウちゃんは。

 なら……ボクが付き合ってあげるよ」

「――マジか!

 ありがとう、コノハ!

 今年のクリスマスは最高の二日間になりそうだ!」


 ボクの手を取り大喜びするショウちゃん。

 ああ、恋って本当に単純だ。

 好きな人が喜ぶ姿でこんなにも嬉しくなるなんて。

 ボクこそありがとう、ショウちゃん。

 大好きだよ。

 まだ言葉に言い出せない想いを呟きながら――ボクは彼に微笑むのだった。














 二日後。


「――ねえ、ショウちゃん?」

「ん――?」

「これは――どういうこと?」

「何がだ?」

「いきなりイブに拉致されて飛行機――

 あげく丸々二日もダンジョン漬けなんだけど!」

「仕方ないだろう。

 ここのダンジョンに出てくるユニーク業魔。

 そいつは何故かクリスマスにしか出ないんだからさ。

 しかも男女ペアの探索者の前にしか現れない。

 嫉妬の焔に身を包むそいつの名は、誉れも高きしっとマスク!

 経験値バカ美味い上にドロップアイテムは何故かダイヤモンド。

 なら狙わない訳にゃいかない」

「うう、もうやだ~この探索馬鹿~

 女心をちっとも分かってない~

 一緒にいてほしいけど、こんな汗臭く血生臭いのは違う~絶対に~」

「何を急に訳を分からない事を……

 って、来たぞコノハ! 奴だ!」

「うう……アナタに恨みはないけど、今はゴメン!

 全力で行くからね! メ〇ンテ!!」


 こうして杜の都から遠く離れた聖夜のダンジョンに――

 幾度も爆音と爆発と光が燈るのでした。

 めでたしめでたし……

 って、全然めでたくないよ! うう(涙)


  

        

  ~番外編 ナイトオブダイヤモンド おわり~


 

 


 

 


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