第83話 混沌エフェクト


「世界結界が崩壊……?」

「そんな事があり得る訳が……」


 衝撃の内容に理解が追い付かないのか、茫然と応じるふたり。

 俺だってこんな荒唐無稽な話を聞いたら「はいはい、妄想乙」で片付ける。

 ただ情報源が俗世に興味すらない外なる神ナイアルである事。

 さらに神妙な顔で話す俺をアリシアが否定しない事が何よりの証拠だ。

 ふたりとも徐々に驚愕の事実を受け入れ始める。

 俺は驚愕に揺れる狼狽するふたりを見ながら昨夜の夢を思い出していた。







「よくぞ我が元へ来たな、ショウよ。

 心より歓迎しよう――」


 夢という認識の中で俺へ語り掛けるナイアル。

 親しげな言葉とは裏腹に、微塵も温かさを感じさせぬ声色。

 まるで全てを視通すようなその視線。

 全身が、俺という矮小な存在が震えるのが分かる。

 圧倒的な奔流に委縮し、何もかも捨ててしまい崇めたくなる。

 しかしそれは俺という個の敗北だ。

 強がりも意地を張る事もおそらく筒抜けの今、大した意味はない。

 だが――些細な事だがそれこそが俺の人間としての矜持だ。

 彼を前に俺は震える拳を握り隠しながら応対するのだった


「こうして貴方の領域である、夢幻郷(ドリームランド)へわざわざお招き頂くとは光栄ですが……俺に何か用事があるのですか?」

「少しは勉強してきたようだな、我の事を」

「有名ですから、貴方は。

 旧支配者の総意にして外なる神々の使者。 

 闇に咆哮するもの。

 暗黒のファラオ。

 最近ですと――這い寄る混沌の方が通りがいいですかね?」

「ふむ……確かによく言われるな。

 では汝の前では銀髪にしてバールでも持てばよいのか?」

「――お戯れを。

 貴方は数多の異名を持つ畏敬すべき存在。

 しかしそのどれもが貴方であり――貴方ではない。

 何故なら貴方の本質とは無貌であることに意味がある。

 現在、過去、未来。

 その礎となる舞台を照らす演出家。

 それこそが貴方だ」

「ほう……人間風情が聞いたような口を」


 ナイアルから放たれる威圧的なプレッシャー。

 ただそれだけで俺という存在が掻き消されそうになる。

 負けるか……ここで屈してなるものか。

 懸命に抗う俺だったが、実際には一秒にも満たない時間だろう。

 肩を竦めたナイアルがおどけた様に薄く嗤う。


「――冗談だ」

「……ちょっと冗談の質が悪過ぎませんか?

 いま――リアルに一瞬心臓が止まってたみたいなんですけど」

「おお、すまぬ。

 我は加減というものを知らぬのでな。

 詫びという訳ではないが――

 一つ我の使徒たる汝に良い事を知らせよう」

「――何でしょうか?」

「汝らの世界を護りし結界があるな」

「ええ、オーバーロード達によって築かれたものです。

 地球に侵攻する業魔の力を削ぎ、変容させ弱体化させる」

「その結界だが……

 あと半年もせずに消滅するぞ」

「――なっ!? 本当ですか!?」

「以前にも汝に告げた筈だぞ。

 我は嘘は言わん。

 意味の無い嘘は特にな。

 嘘とは弱き人のみが発する偽証よ。

 我が行うはどちらとも取れる言葉で人を唆すのみ。

 苦渋に満ちた決断を下す人の強さと弱さこそが愛おしい。

 まあ我の信条など、どうでもよいがな。

 結界が消滅する事――それは間違いない。

 これから汝らの身に降り掛かるは人智を超えた災厄よ。

 人ならば抗う事すら叶わぬ。

 だからこそ狭間ショウよ――我の使徒たる汝に告げる」

「何を……ですか?」

「差し迫りし破滅を喰い止めてはみせよ。

 個々ならともかく人類の存亡は見過ごす訳にはいかぬ。

 不確定因子であるお前が自由に動き回れば因果律が変動する。

 定められし未来すら揺れ動かすカオス。

 洒落た言い方をするならバタフライエフェクトというのか?

 それこそが混沌を司る神の使徒の証よ」

「貴方は……何故そこまでして……」

「ん?」

「どうしてそこまで人に関わるんですか?

 真神にとって人類など、塵芥の様な価値しかないのでは?」

「理由は……ただ一つ」

「――?」

「観客がいないとつまらん。

 つまりは――趣味だな」

「……趣味?」

「――そうだ。

 なまじ全知全能に近いとな、何かをする前に結末が分かる。

 汝ら風に例えるなら推理小説のネタバレをされながらその本を読むようなものだ。

 いかなる内容だろうがこれではつまらぬし、第一面白くない。

 そこでショウ、汝の様な数奇な運命を持つ存在は貴重なのだ。

 運命の輪から逸脱した予想外の因子保持者。

 汝の様に因果律を変動させる者を支援するのが我の趣味よ。

 故に我等は英雄の介添え人とも呼ばれる。

 まあ自作自演という負い目がないでもないが、な」


 照れ隠しではなく自分自身さえ嘲笑うような蠱惑的な嗤い。

 俺は恐ろしくて仕方のなかったナイアルに親しみを持ち始めていた。

 




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