第78話 絶品クッキング
日の出よりも早く起床する。
長年の習慣なのか意識しないでも自然と目が覚めてしまう。
ショートスリーパー気味なので5時間も寝れば十分だ。
電源を入れた様にパチリ、と開眼。
視界に入るのは見知らぬロッジ風の天井。
そういえば、昨日からハウスを賃貸したんだっけ。
まだ火が灯っていない頭が徐々に覚醒してゆく。
ここは暖炉のあるロビー。
そういえば、ふたりと一緒に……
と確認する前に気付く。
両腕にずっしりとした重みと痺れ。
まさか――嫌な予感に慌てて首を巡らす。
案の定、俺の腕を枕にスヤスヤ眠るコノハとミズキがいた。
こんな風になるまで気付かない俺も俺だ。
常在戦場が聞いて呆れる。
前回治療院でも似たような事はあった。
だが、あの時は意識不明だったので仕方ない。
それならば今回の不覚も一緒か?
外なる神、ナイアル直々の召喚。
夢を媒介とする彼の啓示に人である俺が抗える筈もない。
俺は未だ鮮明に残る彼との会話――
使徒としての使命と役割、何より世界に迫る危機に身震いする。
しかし俺に出来る事はそう多くはない。
自分に為せることをただ愚直に為すのみ。
即興舞台を嘲笑しながら鑑賞する観客に対し、道化の本領を見せつけるだけだ。
決意と共に身を起こし、ゆっくり腕を引き抜く。
安定を求め、むずかるふたりの頭には代わりに枕を移植しておいた。
タガジョウダンジョン初探索で疲れていたのだろう。
幸せそうな寝顔でまどろんでいる。
これもセクハラかな~と思いつつ顔に掛かってる髪を指でどかす。
……守りたいな、このふたり。
ふと強く感じる。
改めてこうしてじっくり見ると本当に奇麗だ。
こんなふたりと一緒に夜を過ごした(注:ただ枕を並べただけ)のか。
今更ながら羞恥を感じる。
誰が監視してる訳でもないのに周囲を確認。
苦笑した俺は台所に向かう。
ミハルさんが内弟子となり住み込みで家事を扱うようになってからも、俺は食事の世話を手伝ってきた。
大したものは作れないが、そこそこの腕前はあるつもりだ。
今日はその腕を振るう事にしよう。
昨晩食べたカニやエビの殻を集める。
軽く流水に晒し汚れを落とす。
鍋に湯を張り火を掛け、その中にどんどん放り込んでいく。
コンソメの素を湯に溶かし、隠し味に醤油を数滴垂らすのが美味さの秘訣だ。
殻から溢れ出るエキスが極上の出汁へと変貌する。
頃合いをみて殻を取り出す。
あまり長時間煮込むと味が濃すぎてかえって風味を損ねる。
事前に刻んで置いた葱を投入し、備え付けの米を投入。
昨晩の残り物である肉や魚、そしてトマトとチーズも同様に刻み、鍋へ敷き詰めていく。
仕上げに溶き卵を落とし掻き混ぜれば、はい完成。
お手軽ブイヤベース風魚介雑炊の出来上がりだ。
「ふあ……いい匂いがする~」
「うう……胃に響くこの香りは寝起きに反則だ……」
テーブルの上を片付けてるとふたりも起きてきた。
「おはよう、ふたりとも。
よく眠れたか?」
「おはよーショウちゃん。
うん、バッチリだよ」
「おはよう、ショウ。
居心地が良過ぎて何だか寝過ごしてしまったようだ。
すまない」
「いや、よく寝れたなら良かった。
よく寝床が変わると安眠出来ないって奴もいるからさ」
「それは枕が……(ごにょごにょ)」
「ん?」
「いや、何でもない!
それにしてもこの御飯、もしかしてショウちゃんの手作りなのか?」
「大したものじゃないけどな」
「やった♪
ミズキちゃん、あんな事言ってるけどショウちゃんの料理は絶品だよ。
自身が美食家だから結構こだわるの」
「へえ~それは楽しみだな」
「ほら、無駄話は後だ。
冷める前に朝御飯にするぞ、手伝ってくれ」
「「は~い」」
人数分のご飯茶碗を配膳し中央に鍋とお玉を置く。
残り少ないサラダ類や揚げ物も皿に添えて出す。
あとは好き勝手やってもらうのが俺流だ。
朝食は身体に活力を注ぐ一日の始まりを告げる儀式だ。
食べない派の意見を軽んじる訳じゃないが、俺はしっかり食べたい派だ。
「んじゃ、今日も探索を進めようと思うがその前に……
いただきます」
「「いただきます」」
皆の声がロビーに唱和し、美味しい時間の開幕を告げるのだった。
朝から旺盛な食欲をみせるふたり。
気持ち多めに作っておいたのだが全て空っぽになった。
評価も上々で料理した者としてこれは非常に晴れ晴れしい。
ご飯後は洗い物に水を張り昨晩のごみを簡単に片づけておく。
ハウスの清掃も賃貸契約に入ってるのでこういう時は非常に楽だ。
着替えをしてダンジョンへ向かう。
なんだかんだ時刻は6時過ぎくらいになった。
朝の冷え切った空気が肺に凍みる。
もうそろそろ雪が降るかもしれない。
コートの前を合わせふたりと雑談しながら歩く。
そういえば去年は忙しくて光のページェントを観に行けなかったな。
今年はふたりを誘ってみるか。
徒歩数分の道のり。
そんな取り留めもない事を考えていた時――
「おはようございます、アニキ!
オレを弟子にして下さい!!」
突如現れた変態が、惚れ惚れする様なジャンピング土下座をかましてきた。
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