第75話 恋愛テリトリー
ふたりと過ごすパーティは凄く楽しかった。
よく食べて、
よく飲んで、
よく語り合った。
こんな日々がずっと続けば、と思う。
だが明日も探索だ。
夜更かしはせず程々にして切り上げる事になった。
順番で入浴後――
自室に戻りパジャマに着替えた私――倉敷ミズキは、深呼吸をする。
昨日は不覚にも酔っぱらってしまい記憶が曖昧だったが……
ショウと同じ建物で過ごす夜なのだ。
緊張するなという方が難しい。
日中あいつからホームの提案があった時はドキドキが抑えきれなかった。
事の重大さをあいつだけが自覚してないのが少し恨めしい。
まったく……お前はそういう事を意識しないのか?
同志であるコノハと目線を交わし、苦笑するしかなかった。
ああ、自分は恋をしているんだな。
彼の些細な挙動や言動に揺れ動く私。
そんな自分がとても滑稽で――
幸せなんだな、と思う。
他人からどう見られるているかは分からないが……
私はあまり恋愛に聡い方ではない。
どちらかといえば疎い方だ。
男性と付き合った事もない。
堅苦しい体育会系育ちなので面白みがないのを自覚している。
ミアとミイはそこがいい、とかお姉様萌え! とか騒がしいけど。
でも――異性にとって一緒にいて楽しい存在ではないだろう。
男性が望むのは儚げで可憐な――
そう、守りたくなるような存在なのだから。
私のような可愛げのない女はきっと選ばれないし。
治療院の見舞いの際に嗚咽を堪えながらそんな愚痴を零したら――
「核兵器を胸に備えた奴が世界平和を唱えてますよ」
「死ねばいいのに(チッ)」
と双子に本気で怒られた。
恋愛が絡む時の双子は何だか怖い。
ショウに窮地を救って貰ってから抱くこの気持ち。
いや、想い自体は以前からあったのだろう。
そのことを相談したら小学生レベルですか、と呆れられた。
そんな事を言っても仕方ないじゃないか。
こっちにとっては生まれて初めての感情なんだから。
自分自身が制御できないなんて、初めての経験なんだから。
むくれる私に双子はそれでも親身に様々なアドバイスをくれた。
「良いですか、おねーさま?
自覚はないと思いますが、おねーさまは美人です」
「加えて無駄にエロい身体つきをしてます。
間合いというかテリトリーを図るのもお上手」
「ならば――答えは簡単ですね?」
「ふむふむ、なるほど……
つまり求められる技術は――
接近戦、体当たりか」
「字面は一緒だけど絶対意味が違いますわ、カスが」
「何故そんな発想になるのか小一時間ほど問い詰めたい。
黙って指示に従いやがれ、ですわ」
ダメ出しをされた。
とにかく双子の話では、風呂上りにパジャマ姿になったらショウの元へ行かなくてはならないらしい。
その際は枕を抱え同衾を申し出るということ。
あとは流れに任せて、らしい。
――よくは分からないけど。
私は双子の指示通り枕を抱え廊下へ出る。
エアコンが入ってるとはいえ、湯上りだと板床が足裏に冷たく感じる。
コノハはもう寝たのだろうか?
これは抜け駆け行為に値しないのだろうか?
逡巡しながらも階段を降り、ショウの部屋に到着する。
ドラムの様に激しく打ち響く心臓の鼓動。
思考が霞掛かり、頭が沸騰しそうになるのを自覚する。
こ、これほどのプレッシャーは今まで感じたことがなかった。
どうしよう……
ええい、私らしくないぞミズキ!
私は意を決するとノックをする。
「は~い……
ってミズキ、どうした?」
幸いまだショウは起きていた。
ドアを開けると、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべ尋ねてくる。
ど、どうしたと言われると……どうしたいんだろう?
私は――何をしたいんだろう?
ぐるぐる回転しまとまらない思考。
「えーっとだな……」
「ああ、ひょっとしてコノハと一緒か?
慣れない部屋だと何だか落ち着かないってやつ。
だから一緒に寝ようという提案?」
「――うえ?」
背後の部屋を親指で指し示すショウ。
そこには私同様にパジャマ姿で枕を抱え……何故小悪魔っぽく片目を瞑り舌を出すコノハの姿があった。
どっと疲れる私。
どうやら考える事は一緒だったらしい。
でも――却って互いに知れて良かったと思う。
やっぱりこそこそするのは性分に合わない。
それから三人で話し合い、結局ロビーに布団を並べる事にした。
皆がいた方が安心できる。
さらに暖炉が暖かい上、ここなら緊急時にも即応できる。
苦しい理由付けだったがショウは受け入れた。
真ん中がショウ、左右に私とコノハ。
川の字よろしく仲良く枕を並べる。
こうしてると修学旅行みたいだな、と能天気な感想の呟き。
駄目だ。
こいつ、全然分かってない。
コノハと眼を合わせ、ふたりで盛大に溜息をもらす。
当の本人だけが不思議そうな顔をしてるし。
消灯後、昼間の疲れからかすぐさま眠りに落ちるショウ。
私も同様だ。
気を張っていた神経が緩み、圧倒的な眠気が襲ってくる。
眠りに屈する直前、コノハから――
「……お互いに頑張ろうね、ミズキちゃん。
ボク、負けないから」
との宣戦布告。
ああ――私もだ、コノハ。
私は私らしく戦う。
探索も恋愛も。
たとえ泥臭くても非効率でも、それが一番なのだろうから。
それこそが私、倉敷ミズキなのだから。
心の澱が払拭され、どこかすっきりした心地好さを感じながら――
私は極上の睡眠に身を委ねるのだった。
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