番外編 京都試練場異聞録①


「アヤカちゃん、どうしよう……

 ボク、勇者になっちゃったよぉ」


 心地よい惰眠を堪能してた私を強引に叩き起こした幼馴染、鈿女(うずめ)ミドリは開口一番そう言った。

 気を抜くと再び癒着しそうになる瞼。

 頑張って何とか薄目を開けると家族よりよく知った顔が視界に入る。

 ボブカットで揃えられた、きめ細かい黒髪が印象的な整った容貌。

 飾り気のない無地のTシャツ。

 色落ちしたジーンズのショートパンツから伸びる、バランスの良い肢体。

 さらに私を見つめる蠱惑的な黒瞳。

 そこには今にも零れ落ちそうなほど、涙が溜まっているのが見えた。

 同性でも羨ましくなる愛らしさ。

 きっと私が男だったら庇護欲を駆り立てていただろう。

 お馬鹿な級友達の様に何が何でも彼女を守ろうと誓いを立てたかもしれない。

 私こと御神アヤカは深々と溜息をつくと――


「そんなことは知らないわ。

 もう少し寝かせて」


 布団を被り、再度安らぎの世界に身を委ねる事にした。

 この返事は予測していなかったのだろう。

 ミドリが慌てたように体を揺すってくる。


「ちょっ、どういうこと!?

 幼馴染がこうして恥じらいもなく哀願してるのに……

 何でそこで躊躇なく寝れるのかな!?」

「今時ボクっこは流行らないと思うわ、ミドリ。

 痛々しいからキャラ作りは程々にね?」

「ひ、ひどい!

 ボクのはキャラ作りじゃないもん!

 長年培ってきた個性だもん!」

「――それはそれで問題だと思うけど……

 何だか触れちゃいけない闇を感じるわ」

「ぐっ……いつもそーいうことばっか言うし。

 アヤカちゃんはどうして意地悪なの?」

「貴女の戯言に付き合ってるから、かしら」

「付き合ってるって!

 ……そうだよね。

 いつもアヤカちゃんはボクに付き合ってくれてる♪

 まあこの罵倒も愛情の裏返しってやつかな?

 そう思えば詰られることにすら愛を感じるかも」

「ねえ、話聞いてる?

 貴女には哀しか感じてないのだけど」

「フフ……つれないアヤカちゃんも大好きだけどね。

 ホント、素直じゃないんだから(クス)」

「かっこクス、じゃないわ。

 ミドリもそろそろ可愛さだけじゃやっていけないということを自覚した方がいいと思うの。

 それに残念だけど……

 貴女に対して今更一片の慈悲も情けもないわ」

「わっわっわ。

 ひどいよ、アヤカちゃん!

 ボクの気持ちは重々知ってるくせに……

 そうやって、ボクの事を弄んだわけ!?

 この鬼畜! アクマ!!」

「人聞き悪いことを朝から叫ばないで。

 それにいつ、私が貴女を弄んだのかしら?」

「……ボクは絶対忘れないよ?

 あれはねーまだ二人が幼い幼稚園の時――」

「あーあの劇の話?」

「恥じらうボクの手を取って――」

「王子様役とお姫様役の時でしょ?

 って、聞こえている?」


 彼女の頭の中ではどうなっているのか分からないけど……

 そう、あれは12年前。

 お遊戯会の劇で私達は王子とお姫様役を行う事になった。

 当時からミドリは可愛いらしい娘だった。

 幼少期の愛情表現は時として意地悪で発露される。

 ミドリはそんな男の子たちの格好の標的だった。

 落ち込むミドリ。

 そんなミドリを元気付ける為に掛けた言葉。


「……私が絶対守ってあげる。

 だから一緒に頑張ろう、って。 

 アヤカちゃん、本当にカッコ良かった~」

「ごめん今だから言うけど……

 あれ、実は先生に言わされたのよ?

 主役がああでは使い物にならないからって」

「えっ……マヂで?」

「残念だけど、ホント」

「うう……

 ボクの心の中の宝箱が汚されたぁ」

「真実はいつでも辛く重いものよ」

「この世界はなんて無慈悲で残酷なんだろう。

 きっと神も仏もいないのか休業中なんだ……死にたい」

「駄目よ。ミドリ。

 貴女は勇者だからいいけど――

 普通のクラスは死んだら蘇生出来ないのよ?」

「知ってる」

「それに仏はいないけど神様や超越者はいるわ」

「それも知ってる。

 綺麗な女神様だけだったらいいのに」

「……ぶれないわね、貴女」


 神とか超越者とかオーバーロードと呼ばれる存在。

 その寵愛を一身に受けたのが特殊クラス【勇者】

 このクラスの凄い所は、死んでも復活するところ。

 色々条件はあるが決して滅びることはない。

 ミドリとの会話はいつもこんな感じだ。

 低血圧な私もさすがに目が完全に覚めた。

 今更寝直すのも却って疲れる。

 私は気怠げに身体を起こすとベッドから足をおろす。

 そんな私をニコニコ見つめながら向かいにある椅子へ座るミドリ。

 少しの思案の後、疑問に思った事を聞く為、私は口を開いた。


「着替えるんだけど?」

「うん、知ってる」

「出て行ってくれない?」

「何で!?」

「そんな必死になられても……

 幼馴染だろうが同性だろうが嫌なものは嫌よ」

「よよよ……これが楽しみでここに来たのに」

「……ミドリは女に生まれて本当に良かったわね。

 男だったら即、通報ものよ」

「誰でもいいわけじゃないよ。

 アヤカちゃんの裸だから見たいんだよ!?」

「力説されても……

 シャバに居られるギリギリの変態度よ、貴女」

「えへへ……褒められちゃった」

「しかもマゾだし。

 私、交友関係を考え直したい。

 可能なら幼稚園時代から。

 それで、そんな変態さんが朝早くから来たのはまさか――」

「勿論、アヤカちゃんとパーティを組みたいからに決まってるじゃん」


 曇りなき眼で満面の笑みを浮かべるミドリ。

 私は寝起きで血が回らない頭が激しく痛み出すのを自覚した。

 








 元々の構想にあった、主人公が女性だったら編です。

 男女どっちがいいかで悩みましたが本編は狭間ショウになりました。

 外伝的な位置のこちらではレイカの親戚、御神アヤカが主人公に。

 京都のダンジョンで繰り広げられる自爆無双です。

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