第50話 決着モノローグ
――夢を、見ていた。
哀しい事にすぐ夢だと気付いてしまった。
ナイアルと対話した仮想空間の様な暗闇。
幽かに差し込む月光だけが明かりの川岸には、あいつらがいたから。
あれほど会いたいと願った――二人がいたから。
二人は俺の姿を見つけると安堵するように踵を返す。
追い掛けようと必死に足掻くも、まるで縫い留められたみたいに動かない。
――もどかしい。
なんで自由に動かない!
せめて声だけでも――と俺は必死に叫ぶ。
――待ってくれ。
謝りたい事、話したい事、報告したい事がいっぱいあるんだ!
俺の声が対岸まで届いたのか、振り返る二人。
しかし二人は顔を見合わせ困ったような顔をした後――
さようなら
頑張って
と告げ、満足そうに微笑むと彼方へ歩み去ってしまう。
俺はそれが永劫の別離になると頭で理解しつつも、二人の姿をもう一度見れた事に止まらない涙を流すのだった。
「知らない天井、か……」
覚醒した俺の視界に飛び込んできたもの。
それは無機質な病室の天井と照明だ。
何やら夢を見ていたのか俺は泣いていた。
――哀しくも嬉しい。
相反する感情に揺れる不思議な夢だったのは覚えている。
残念ながらその内容は忘れてしまったが。
ただ――胸の内にあった重しが晴れ晴れと消失しているのを実感する。
ダンジョンを攻略した達成感と充足感。
あいつらに向けて誇らしい気持ちが意識を高揚させる。
零れる涙を拭う為、疲れた身体に活を入れる俺。
動かそうとした右腕が何やら柔らかいものに触れる。
「……んっ」
右耳で囁かれる艶めかしい声。
慌てて右を向けば、俺の右腕を枕に寝ているミズキがいた。
半裸に近い例のビキニアーマーではなく、スタイルの良さを強調するような洒落たパジャマ姿で。
俺が右腕を動かす度に何やら重量感のあるものに触れる。
こ、これはもしかしなくとも――
「うぇrちゅいおま――」
焦りからか変な声が出る。
大変な感触を伝える右手の事は意識から外し、慌てて左手でミズキを起こそうとすればそちらにも伝わる極上のシルクの様な手触り。
「ん……ダメだよぉ……」
おそるおそる左を向けば、そこにいるのはTシャツと短パン姿で俺の左腕を抱え込むコノハの姿。
左手が触れているのは太ももの上の大事な――
「あsdfghjkl※!?」
な、なんだこの状況――!?
ダンジョンコアを砕いた後の俺に何があった!?
ラブコメなどではよくある羨ましいシーンだが、実際自分がそういう場面に遭遇してみると、とんでもないと分かる。
異性と密着した上で記憶なし。
自分がやらかしたかもしれない事に対し、恐怖と戦慄を覚える。
――瞬間、俺の狼狽を見計らったみたいに響くノックの音。
ちょ、ちょっと待ってほしい。
今この場面に誰か踏み込まれたら、たとえ有能な弁護士でも有罪が確定する!
た、頼むから空気を読んで立ち去ってほしい……
そんな俺の切なる祈りは無情にも無視されるばかりか、不機嫌そうに入ってきたのはよりにもよって妙齢のスーツ女性である。
腰先まで伸びた艶のある黒髪。
フレームレスの眼鏡から覗く切れ長の眼。
美人だがどことなく酷薄な印象を受ける容貌。
即ち――魔女こと御神レイカさんであった。
終わった……俺の探索者人生終わったわ、これ。
――何でここに魔女が!?
という疑問よりもこれからの人生を思い、燃え尽きる。
戦い抜いたボクサーみたいに真っ白になっている俺。
その枕元まで来ると、魔女は備え付けの椅子を引っ張り出し腰掛ける。
いつも黒ドレスじゃない、タイトなスカートから伸びる白い足を見せつける様に組み替えながら、呆れたように声を掛けてくる。
「まったく……いつまでそうしてるの?
それとも君はどこかのハーレム系主人公なのかしら?
いい加減離れたら?」
矢継ぎ早に叩き込まれる嫌味。
ただ……それにしては迫力がないような……?
いつも生き生きと人を追い詰めるSチックさが足りない。
彼女の好みである二人をはべらかしたこの状況は格好の標的案件なのだが。
拍子抜けしつつも俺はミズキとコノハの身体から腕を抜き、身を起こす。
どういった経緯でこうなったかは知らない。
だが――二人には命を救われた。
どれだけ感謝してもし足りないくらいだ。
もぞもぞ動く二人に乱れた布団を掛けてやる。
さあ――まずは魔女に色々聞かなくては。
「あの、レイカさん――」
「――ダンジョンを形成するコアはちゃんと砕け散ったわ。
ダンジョンマスターを斃した君のお陰で、ね。
アオバダンジョンは無事攻略され、ダンジョン内の業魔は全て消滅。
緩やかにダンジョンは消えていってるわ。
今は残された資源が取り放題の祝福期間に入ったところよ。
それで君だけど――戦闘による疲労で昏睡状態に陥っていた。
もう二日も寝たきりだったのよ?
時間が経てば回復するという治療院の見立て通りだったようだけどね。
その二人には感謝なさい。
自身の体調を顧みず、ずっと君に付き添っていたのだから」
俺が訊きたいことを全部話してくれた。
そうか……俺はあの戦いの後、二日も倒れ伏してたのか。
二人の顔を見れば、俺同様涙が乾いた痕が見える。
ずいぶん心配を掛けてしまったな。
俺は二人の頭を撫でる。
そんな俺の様子を面白くなさそうに観察する魔女。
いかん、火に油を注いだか。
俺の懸念をよそに、魔女は肩を竦める。
「大したものね、君は」
「? ――何がですか?」
「ダンジョンマスターを斃すという偉業を為し得たのに――
まったく変わらない。
いつもの優柔不断で情けない君のままだわ」
「はは、酷い貶されようですね」
「――逆よ、逆。
わたしは褒めているのよ。
上位職になったからこそ理解してるし、君も充分思い知ったでしょ?
ダンジョンマスターの名は伊達じゃないわ。
高レベル所持者で構成された政府のエージェントですら、討伐に失敗する事があるんですもの。
それをほぼ二人で斃した君とコノハちゃん。
どうかなってしまってもおかしくないのに……君は君のままだわ。
わたしはそれが嬉しいのよ」
言って微笑むレイカさん。
この人がこんな穏やかに笑うところを初めて見た。
いつも人を喰ったような意地の悪い笑みを浮かべているのに……
気恥ずかしさを覚え赤面する。
上気した顔を誤魔化すように俺は口を開いた。
「そ、それでレイカさんは何の用でここに!?」
「ああ、今日は……
君をスカウトしに来たのよ」
「スカウト?」
「そう、行政側の……ダンジョン庁の職員としてね。
君のお陰でアオバダンジョンは閉鎖。
わたしとウルカはお役目ごめんで、このままだと無職で路頭に迷うわ」
「ごほんごほん!
そ、それって……俺のせい?」
「冗談よ、冗談。
ダンジョンがある限りわたしたちに休みはないわ。
ただ、出向先が提示されてね――
わたしたちの次の行き先はタガジョウダンジョン。
勇者二人が探索に向かっているも、未だ攻略されていない場所よ。
あそこは杜の都の最終防衛ライン。
早急な攻略が望まれるわ。
だからね――ショウ君」
「は、はい」
「わたしたちと一緒にタガジョウダンジョンに来ない?
学兵である君はダンジョンを攻略した時点で既に予備役からも外れる。
報奨金を手に豊かなその後を送ってもいいけど……
わたしは、いやこの世界は――
君を……君たちの力を欲している。
お願いできないかしら?」
真剣な顔をしたレイカさんの要望。
確かにダンジョンを攻略した者には政府から莫大な報奨金が入る。
贅沢をしなければ残りの人生を遊んで暮らせるだろう。
探索業についても同様だ。
強制力を免れ、自分から危機に飛び込む必要もなくなる。
安心安全な生活への道。
ただ……それでも思う。
俺の内に燈る業魔への憎しみ。
紅蓮のごとき焔はアオバダンジョンを攻略したことで確かに弱くなった。
だが――足りない。
あいつらはそんな事を望んでないかもしれないが……償いと報いの為にはもっともっと多くのダンジョンの断末魔がいる。
だから――レイカさんの誘いに対する返答なんて決まっている。
「俺で良ければ……喜んで」
「即答――さすがね。
これからもよろしく頼むわ」
満足そうに頷き、手を差し伸べてくるレイカさん。
握手を返そうと手を伸ばす俺。
その身じろぎに対し、ミズキとコノハ二人が同時に目を覚ます。
「ショウ!」
「ショウちゃん!」
泣きそうな笑顔で同時に抱き着いてくる二人。
恥じらいも何もない純粋な行為に俺は抗う事なく押し倒される。
全身で感じる極上の感触と、ジト目で「リア充なんて、死ねばいいのにね」と呟くレイカさんの声を耳にしながら、俺は無事生き残って迎える事が出来たこの今という瞬間の幸福を噛み締めるのだった。
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