第49話 発動アウェイク
勝った……
コノハが放った自爆呪文の直撃を喰らった魔将バァールモス。
ダンジョンマスターの名は伊達ではなく、正攻法で討伐する事は今の俺達にはまず不可能だっただろう。
だが――奴は滅んだ。
自慢の魔力制御を発動する事も出来ずに。
塵も残さず完全に消滅した事を確認し、俺は膝をつく。
特技の影響なのか知らないが眼球が痛い。
さらに脳髄に響くほど頭痛がする。
まるでアイスピックを直接こめかみに突き立てている様だ。
俺は何とか歯を食いしばり耐える。
まだ――やらなければならないことがある。
笑顔で駆け寄ってくるコノハや心配そうに俺を抱きかかえようとするミズキに唇を歪め、どうにか笑顔に見えなくもないっぽいものを返す。
奴は最後まで何があったか分からなかっただろう。
それはいきなり実戦で【力】を使用する事になった俺も同様だ。
この力は安易に振るうべきものではない。
反動もだが、予測がつかない。
制限があるとはいえ、まさに世界を思いのままに改変する事が出来る。
大きな力には責任と自制が伴う。
最低限この力に振り回されないという自覚がない限り自重するべきか。
ナイアルと名乗った邪神との邂逅。
あの仮想空間での会話が俺の妄想でないなら、俺の使った力は間違いなくあいつの力の一端なのだろう。
世界の法則を歪め摂理を上書きする圧倒的な力――マルクパーシュ。
今更ながら俺はその力に戦慄する。
俺は現実空間に復帰した時の事を思い返す。
ナイアルと契約後、意識はすぐに通常の自分に戻っていた。
ただ……あの時間が停止した感覚はそのままだった。
いや、実際時間は停止していたのだろう。
魔将から放たれた無数の魔力棘が宙に浮いている。
あとコンマ一秒もしない内にそれは俺とミズキに降り注ぎ、惨たらしい死を晒す事になる。
くそっ……どうにも出来ないのか?
こうやってただ自分達が死ぬのを待つだけなのか?
そこまで認識した瞬間、猛烈に痛む眼球。
抑える指の間から虹色の光が零れ出ている。
何事かと思った俺は驚愕した。
世界が――変容した。
ありとあらゆるものが全て文字……物語へと変化したのだ。
ダンジョンを形成する建材はその構成する物質と硬度などに。
この場にいる俺達や魔将のプロフィールや過去に至る生活歴まで。
ありとあらゆるものが全て文字として描写される。
この頭痛は【それ】を理解しようとする脳の悲鳴なのかもしれない。
とはいえ、俺の乏しい描写では何が起きたかイメージし辛いだろう。
要はアレだ。
のけぞりスローモーション救世主で有名な、あの電脳世界の映画。
あれはデジタル空間0と1で構成された世界を自由に改変するものだったが、俺が今発動したマルクパーシュと思しき力も同様だ。
任意に物語世界に干渉し、事象を改変できる。
まさに神にも悪魔にもなれる力だ。
その時俺が行ったのはまず物語の先を読む事。
そして書かれている文章【魔将から放たれた数多の魔力棘により俺とミズキは全身を完膚なきまで刺された】という記述を読み取った。
このまま何もしなければ、まさにその通りになるだろう。
そこで俺はマルクパーシュを発動。
文章を改竄する事により起こり得る事象を改変した。
全身を【刺】されたという記述。
これを全身を【癒】されたと改変したのだ。
使い方は何故か完全に理解していた。
マルクパーシュはこの記述に干渉出来るのだ。
今の俺では一文字と記述時間数秒が限界。
されどその内容は想像の及ぶ限り自由。
つまりこの事により未来が変わる。
記述された物語が【魔将から放たれた数多の魔力棘により俺とミズキは全身を完膚なきまで癒された】という未来に。
元を正せば魔力棘は不可視の魔力が具現化したものだ。
魔力とは不定形の力である。
攻撃を望めば攻撃用に。
回復を望めば回復用に。
なのでその副次効果~内容は容易に改変可能。
これにより致命傷を負ったはずのミズキの身体は文字通り徹底的に癒された。
不思議そうに自分の身体を見渡すミズキ。
先程まで余命幾ばくも無い状態だったので無理はない。
さあ――ミズキの命が助かった以上、あとは奴だけだ。
頭蓋に響く苦痛を堪え、再度奴とその背後に待ち受ける物語を読む。
どうやら今の改変は奴にとってかなり衝撃だった様だ。
自身のアイデンティティがどうのこうのとか小難しい事を考えている。
――嗤わせる。
その傲慢さも、その矮小さも全て。
だから俺は改変してやった。
奴が全身に纏う【魔】力を【無】力へと。
これにより全身全霊を込めた魔力波は無力波へ改竄。
矛盾する記述は基本上書きされる。
よって残るのは――ただ無力な小物のみ。
結果を見届けた俺は自身でも驚くほど冷たい声で処刑を命じる。
待機していたコノハがすぐさまクレイモアを発動。
無力な奴に抗う事は出来ず殲滅呪文の直撃を喰らう。
奴は……ダンジョンマスター魔将バァールモスはこうして消滅した。
実際ギリギリの勝利だった。
マルクパーシュの発動はあと数回が限度だったし、何よりコノハの自爆呪文が無ければ決め手に欠けていただろう。
しかし俺達は勝った。
恐るべきアオバダンジョンの主を斃したのだ。
さあ、後はコアを砕くだけだ。
未来への記述を先読みしどうなっているか知っている俺。
やがて予定通り奴のいた位置に浮かぶダンジョンコア。
奴自身がコアだったパターン。
俺はミズキの肩を借りてコアに近付く。
そして積年の想いを込め、ボロボロになった太刀を振り下ろす。
バキッ!
甲高い破砕音と共に砕け散るコアと折れる太刀。
長年使ってきたのもあるが、先程の戦いで限界を迎えたのだろう。
ありがとうな……相棒。
共に戦ってきた愛刀に別れを告げる。
そしてコアを砕いた時よりダンジョン中に風が吹き始めた。
轟轟と唸る音はまるでダンジョンが上げる悲鳴のようだ。
……これでこのダンジョンは攻略出来たのだろうか?
あいつらの仇は……取れたのだろうか?
色々あった為か、いまいちが確証を得られないまま――
我慢して支えていた俺の意識は限界に達し、再度暗闇に墜ちていった。
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