第47話 契約オープンアイズ
「ここは……?」
気が付くと――俺は真っ暗な闇の中を漂っていた。
どこを見渡しても無明の闇。
自分の身体ですら確かではない。
「俺は――
死んだ、のか……?」
ここが噂に聞く死後の世界だというのか?
もっと華々しい場所を想像していたが。
それとも――こここそが地獄なのだろうか?
救いすら見出せぬ漆黒の世界。
まあ人でも業魔でもない半端者な俺には相応しい場所なのかもしれない。
唯一の心残りがあるとすれば、二人を救えなかった事。
俺が死んだ以上、ミズキとコノハの生存は絶望的だ。
いったい奴にどんな目に遭わせられるのか……
思い浮かぶ最悪の想像。
どうしようもできない不甲斐なさに拳を震わせたその時――
「……いいや?
汝は生きている。
今はまだ、な」
闇の中、俺の独り言に対し冷徹な声が響く。
――誰だ!?
先程も聞こえた声。
それは男性的で深い声色。
しかし一番恐ろしいのは――声だけで分かる圧倒的な存在感。
威厳を伴うその声は無意識に畏れすら抱く。
聞こえなかった事にして、このままやり過ごしたいと切望する程。
だが――現状を知らなくては話が進まない。
俺は腹を据えると、勇気を振り絞り尋ねる。
「……先程から俺に語り掛ける声。
貴方はいったい何者なんだ!?」
「――我か?
我はまあ……汝らの認識でいうところの超越者――神の一柱だな。
ただし、邪神というカテゴリーに属される」
「じゃ――邪神だと!?」
「そうだ」
「ならば業魔に与するものなのか!?」
「廃絶主義者のあのモノらとは我は違う。
人類に対し友好的ではないが、特に敵対している訳でもない。
まあ――汝が望むなら姿を見せて対話するとしよう」
韜晦(とうかい)するような気配と共に闇に響くスナップ音。
その瞬間――闇は瞬時に駆逐され、広大な白の部屋に俺はいた。
――空間移動?
しかし何の浮遊感も違和感も感じなかった。
術や魔道具特有のあの空間を歪める感覚がない。
つまり一瞬にしてダンジョンからここへと飛ばされたのではない。
されど俺は似たような現象を知っている。
ならば、これはもしや――
「こちらだ」
――いつの間にそこに?
背後から声を掛けられた俺は恐る恐る振り返る。
部屋の一角に設けられた応接室。
年代物っぽいアンティークな椅子へ優雅に腰掛ける一人の男。
幾重にも丁寧に染められた布で織られた衣。
和服にも似ているが、見覚えはない不思議な感じの色彩。
その衣装を、作法など無粋とばかりに粋に着崩し纏っている。
歳の頃は30前後だろうか。
整ってはいるものの、どこか皮肉げに歪む口元が印象的だ。
森羅万象全てに冷めた様な視線も余計に拍車を掛けている。
何より言葉の端々に滲み出る知性と……
計り兼ねる凶悪な魔力が秘められている事に俺は身震いする。
マズい……これは俺の想定を超える力量差。
この空間の在り方からも分かる通り、ここは仮想空間。
つまり邪神を自称するこの男の言う事は本当だ。
さらにいえばアリシアとは比較にならないくらい神としての格が違う。
昇神し神になった亜神ではない。
最初から神であったもの。
紛うことなき真の神――真神。
「何をしている? 座りたまえ」
出方を待ち立ち竦む俺だが、男はお茶を飲む手を休め声を掛けてきた。
幾分か逡巡した後、覚悟を決め男と向かい側になってる椅子に腰掛ける。
今気付いたが――いつのまにか鎧姿ではなく制服を着ていた。
仮想空間では常日頃の自分を投影する。
さぼり気味とはいえ無意識に自己が思い浮かべるのは探索者ではなく学生の自分という事なのだろう。
しかしアリシアを超える存在が俺に何の用だ?
当惑する俺に、男はうん? と目を向ける。
「なんだ。汝も飲むかね?」
――お茶を勧めてきた。
いやいや、天然なのか?
今聞きたいのはそうではない。
「……もう一度伺いたい。
俺は死んではいないんだな?」
「ん? ああ、そうだ。
汝の肉体はまだ滅びてはない。
とはいえ――死に向かいつつあるのは事実だ。
既に気付いてはいると思うが……
汝を招いたここは仮想空間。
時の流れが違うとはいえ、物質界にある汝の身体は、今まさに串刺しにされそうになっている」
ああ――やっぱり。
告げられた事実に衝撃を受ける。
そんな俺の反応を面白がる様に見ながら、男は話を続ける。
「ここにいる汝は云わば魂だな。
放っておけばあと数瞬もせず汝は死に――消滅する」
握った拳に力が籠る。
自分の無力さがこんなにも惨めだとは。
「が、汝が望むならチャンスを与えよう」
「――え?」
「汝は絶体絶命の窮地に、盲目的に祈るのではなく――
己が傷つく事を躊躇わず、定められし因果への反逆を志した。
微力でもいい、凛然たる揺るぎ無い意志。
英雄の介添人たる我が望むのはその心意気よ」
「ほ、本当か!?」
「嘘は言わん。
我は確かに邪神だが、意味の無い嘘は言わぬ。
時に言葉を騙るが、約束は絶対だ。
ただし――相応の対価は頂くがな」
「対価?」
「そう、等価交換だ。
汝の命を救う為、汝の人生の一部をもらう」
「どういうことだ?」
「契約に応じるなら、汝には我が使徒となってもらう。
使徒がどういったものかは事前に説明はせぬ。
ただ、汝にとってそれは苦難の日々となるやもしれん。
それでも――生を望むか?
それとも――安寧な消滅を望むか?」
――迷う事はない。
あいつらを……ミズキとコノハを助ける為ならば、取引相手が神でも悪魔でも構わない。魂でも何でも売り渡そう。
ただ――ふと疑問に思う。
「――そういえば貴方の名は?」
「我か……名が多過ぎて、どれを語ればいいのか分からぬ。
が、汝の世界における我の名はナイアルなんとやらと呼ばれてたな」
「ナイアル……?」
「汝が呼びたいならそれで構わぬ。
さて――どうする?
生を望むなら、そろそろ猶予がないぞ。
こうしてる間も、非常に緩やかとはいえ時は確実に進んでいるのだから」
「ナイアル」
「何だ」
「――何故、俺を助けてくれるんだ?
普通なら死んだらそこで終わりなのだろう?」
「そうだな」
「では――どうして俺だけが例外なんだ?」
「汝の因果律に興味を惹かれたからだ」
「因果律?」
「そうだ、狭間ショウよ。
お前は人と業魔の狭間をゆく孤独な道化師。
ならば狂えるこの世界という舞台で――
愚かしくも哀しいSHOWを踊るがいい。
外なる神たる我に連なるものの証として。
――運命を嘲笑え。
――過酷な定めを踏みにじれ。
お前が望むなら――いかなる苦難をも打ち破る力を授けよう。
――返答は如何に?」
芝居掛かったナイアルの誘い。
返答は無論――決まっている。
俺はすぐさま承諾の意を示す。
ナイアルは満足そうな笑みを浮かべ頷いた。
まるで――哲学者(ファウスト)を唆した悪魔(メフィストフェレス)のごとく。
「いまここに――契約は為された。
さあトリックスターの真の力――マルクパーシュ開眼の時だ」
仮想空間に響く歓喜を交えたナイアルの哄笑。
何かとんでもない過ちをしてしまった後悔を感じつつも、俺の意識は瞬く間に現実空間へと復帰していくのだった。
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