第46話 憤怒リベリオン
強大な力を持つ中位業魔でも長時間の魔力の具現化は難しいらしい。
無数の棘を形成していた魔力が、時間の経過と共に霧散していく。
窮地の俺を救う為、弾き飛ばした俺の代わりに槍衾になったミズキ。
ビキニアーマーとからかわれつつも、見る者を魅了してやまなかった均整の取れた身体。よく鍛えられた柔らかな肢体が、血に染まりながらゆっくり崩れ落ちる。
咄嗟に手を伸ばし抱き留める。
軽かった。
まるで体重を感じさせないくらいに。
「ミズ……キ?」
恐る恐る俺は腕の中のミズキを見下ろす。
ポニーテールに纏められていた長髪はすでに解け乱れている。
いかなる時も意志の強さを感じさせる柳眉とは裏腹に、蠱惑的な輝きを放っていた瞳は閉じられている。
美人というよりはハンサムな印象を与える美貌。
その美しい顔が今は苦悶に歪んでいた。
「ミズキ――どうして!?」
聞きたい事はいっぱいあった。
何故、ここに来た?
何故、俺の身代わりになった?
――仲間は? ――傷口は?
何故何故何故何故何故――????
言葉にならない疑問が渦巻き思考が定まらない。
焦りを含んだ俺の声に震えながら眼を開くミズキ。
今にも泣きそうな俺の顔を見て幸せそうに微笑む。
「よかった……無事、なんだな」
「馬鹿! お前の方がボロボロじゃねえか!」
怒鳴りつけ取り出したハイポーションをミズキに掛ける。
焦燥に駆られる俺。
通常ならすぐ気化した様に反応し瞬く間に傷を癒してくれる筈のハイポーション。
それが――作用しない。
まるでただの溶液みたいにミズキの身体を流れ落ちるのみ。
何で……何で……何でだよ!
――そうだ、掛けるのが駄目なら飲ませればいい!
焦りに震える手で口元に持っていこうとする。
しかし首を振り拒否するミズキ。
そこには何かを悟ったような聖人の様な崇高さがあった。
「そんなことをしても……無駄だ……
身体の中の……命の灯が消えたのが分かる……
私はもう……ここまでのようだ……」
「馬鹿、何を言ってんだ!
こんなの傷の内に入るか!
待ってろ、すぐに何とかするから!」
「自分の身体の事だ……
自分が一番よく分かっている……
もう、助からないよ……」
「くそっ……なんで……
ミズキ、何でこんな無茶をしたんだ!?」
「貴様に救われて……仲間を逃す事が出来て……
最後に残ったのが貴様の安否だった……
おかしな話だが……借りを返さなくっちゃと……
そう、思ったんだ……」
「馬鹿……大馬鹿だよ、お前は。
そんなこと気にしないでいいのに」
「貴様に貰った命だ……
貴様に……ううん、ショウを護る為に使いたかった。
これは私の……我儘だな」
血の気の引いた蒼白のミズキは満足そうに俺を見る。
紅に染まった手を躊躇う様に俺の頬に伸ばし、愛おしそうに撫でる。
「ちゃんと間に合ったんだ……
褒めてもいいぞ……?」
「ああ、すごい奴だお前は。
だから死ぬな! 諦めるなよ!」
「そんな一生懸命な貌は初めてだな……
それにこうして抱き締められて……
フフ、まるでおとぎ話のお姫様みたいだ。
正直悪くない、な……」
「ミズキ!」
「ショウ……お前ならやれるだろ?
あいつを……ダンジョンマスターを斃せ。
誰よりも強いお前ならきっと……」
言葉の途中で頬から滑り落ちる手。
俺はその手を咄嗟に握り締める。
ピクリとも動かないミズキ。
死ぬ……このままじゃあと数分もしないうちにミズキは死ぬ。
何とかしないと……しかし俺じゃ駄目だ。
なら、俺が駄目ならコノハは!?
一縷の望みを込めて棘に刺し飛ばされたコノハを見る。
致命傷はないも手足を貫かれ無残な姿。
こちらに来ようと蜘蛛みたいにもがいているも――すぐには動けない。
「さあ……末期の話は終わったか。
高貴なる我は寛大だ。
汚れた裏切り者に対しても一片の慈悲はある。
せめてその娘共々――苦痛を与えず殺してやろう」
俺の前まで近寄り、静かに告げる魔将バァールモス。
宣言通り、再度具現化展開される――魔力棘。
先程より明らかに数も魔力の質も違う。
あれが放たれれば即死は必至。
ならば何か手を……と思うが、何もない。
何も思いつかない。
このまま……アレに貫かれて死ぬ。
俺はいい。
奴と対峙した時から覚悟は出来ている。
だが――ミズキは?
こんな俺を助ける為に自らを省みず助けに来てくれた勇敢な少女。
彼女を巻き添えにしていいのか?
それに――コノハは?
俺が死んだ後、奴が告げた言葉が真実なら、死ぬよりもおぞましい目に遭わされるに違いない。
だというのに――伏して運命の時を待つというのか?
これが因果と、抗う事なく家畜の様に処断されるのを受け入れるのか?
――ふざけるな!
何が因果だ……何が運命だ……
理不尽な不条理を運命というなら――俺は変えてやる。
定められた因果へと反逆し、嘲笑う言葉で馬鹿にしてやる!
心を焦がす激情。
燃え上がる憤怒で決意したその時――
「座して服従し、盲目的に祈るのではなく――
己が傷つく事を躊躇わず、定められし因果への反逆を志すというのか……
ふむ――気に入ったぞ、その魂」
全てが凍り付いたように静止した世界で――
いずこからか不思議な声が聴こえた。
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