第37話 颯爽アピアランス


「すみません、おねーさま……もう限界です。

 あとを頼みます……」


 支える力を無くした手から杖が滑り落ち、耳障りな音を立てる。

 双子の探索者である女魔法使いミアは悔しげに告げると、その場に崩れ落ちた。

 私――倉敷ミズキは慌ててその身体を支えると、ゆっくり床へ横たえる。

 その隣にはミアの妹、僧侶のミイがやはり同様に昏倒していた。

 双子ゆえ良く似通った可愛いらしい顔立ちの後輩たち。

 しかし精魂尽き果てた今の二人は、痛々しいまでにやつれ果てている。


「よくやってくれた、二人とも……」


 水筒の水を浸したハンカチで二人の顔を拭う。

 汗を拭き取り、少しでも不快感を払拭してやりたかった。

 それが束の間の気休めにしか過ぎなくとも。


「――あと数分といったところか」


 愛用の武器である戦斧を手にすると、萎えそうな身体に活を入れる。

 ミイが張り、ミアが維持してくれた業魔を阻む結界。

 だが――それも限界を迎えようとしていた。

 次々と押し寄せては消滅し、それでも尚群がる奴等。

 犠牲を厭わないその攻勢の前にはさすがの聖域結界も敵わなかった様だ。

 ギチギチと結界の境界を軋ます音を立てて……この狭い玄室へ今にも押し入ろうと迫っている。

 なぜ――こうなったのだろう?

 私は泣きそうになる弱い心を叱咤しながら思い返す。

 今日も何も変わらない探索の延長だと思った。

 アオバダンジョン最下層、第10層魔城エリア。

 探索者にとってそこはダンジョンで一番危険度の高い場所だ。

 とはいえパーティは十分にやっていく実力があったし、実際順調に探索をこなせていた。

 たった一つ違うのは――

 不幸にも遭遇した一体の業魔の存在。

 そいつが次々と召喚する眷族の前に、私達は撤退を余儀なくされた。

 戦闘に次ぐ戦闘――

 蓄えていた魔石も使い果たし、消耗してしまった。

 何とかこの玄室に籠り結界を張ったものの、所詮は一時凌ぎだ。

 早く脱出しなければ全滅は必至である。

 けど……帰還の魔道具が作動しない。

 正確にいえば作動はするが、無意味に崩壊するのみ。

 こんな現象は――ある場所でしか確認されていないのに。


「まさか……そうなの?」


 その場所とは各階層を結ぶ境に陣取る階層主フロア。

 奴等の前では魔導具は作動しない。

 ボスからは逃げられないのだ。

 ならこの現象から逆算するなら――

 私達が遭遇したアレは、この階層の主。

 つまり最下層であるここならば――このダンジョンの主、ダンジョンマスターに違いない。

 でも……それはあり得ない。

 通常、階層主は定位置から動かない。

 だからこそ充分レベルを上げ挑むことが出来る。

 ましてダンジョンマスターともなればコアを守る為にも絶対動かない筈……


(――世の中に絶対なんてものはないんだよ、ミズキ)


 私の脳裏に、その愚かな幻想を打ち砕く声が響く。

 ああ、あいつは――確かに言っていた。

 探索者が勝手に思い込む固定観念、それは非常に危険だと。

 業魔は論理の通じぬ異界から来訪する異形の輩。

 経験則だけでなく――常に考え、事態を打開する柔軟さが必要だと。

 その言葉は間違いではなかったようだ。

 あいつの指摘通り、考える事を怠った私達は死に逝こうとしている。

 でも……そんな時だというのに、不思議と思い浮かぶのは――

 いつも人を食ったような、憎めないあいつの顔ばかりだった。

 おかしな奴だった。

 ふらりとダンジョンに現れ、瞬く間に名を上げた遊び人。

 杜の都のお家芸である柳生心眼流の家人であり腕も確かだが――

 周囲が瞠目したのはその育成能力だ。

 あいつの仲間となった少女らは、どこにでもいる一般探索者だった。

 しかしあいつの指導の結果――まるで蛹が羽化するように才能を開花し、一流へと上り詰めたのだ。

 当時伸び悩んでいた私も頭を下げ、教えを乞いに行った事もある。

 その後スタンピードの不幸に巻き込まれ半ば引退し掛けるも――

 何とか先日から復帰できたようだ。

 新しく仲間となった勇者と共に、最近酒場で何かと話題になっている。

 あいつなら……どうするのだろう?

 不思議とあいつならこんな事態も簡単に打破できそうな気がした。

 何事もなく容易にこの場を切り抜け「危ないところだったな、ミズキ」って声を掛けてきそうな感じがする。


「会いたいな……最後に」


 私の願いは――叶いそうにない。

 探索者になり一年以上が過ぎダンジョンの現実を知った。

 この世界が無慈悲で残酷な事を、最前線で戦う私は誰よりも知っている。

 だから――目の前のこれは都合のいい夢なんだろう。

 ガラスの割れる様な音を立てて砕け散る結界。

 雲霞のごとく押し寄せる業魔。

 抵抗むなしく引き倒される私。

 なのに――とどめを刺そうとする奴等が、次々斬り伏せられていくのは。

 左右両方の手で振るわれる大小の刀。

 その手が風車の様に振るわれるたび、数多の業魔が斃される。

 まるで剣豪時代劇のごとく。

 魔法の様なその技術は日々培われた鍛錬の証。

 何より合金を拵えた鉢巻に頑丈な胴丸と鎖を編み込んだ陣羽織。

 貴様は桃太郎かとからかった事もある、その勇ましい恰好は――


「危ないところだったな、ミズキ」


 絶対泣かないと思っていた決意が緩み、視界が滲んでいく。

 胸が熱く、声が出なくなる。

 見間違うはずもない。

 それは最後に一目でも会いたいと願った人物――

 狭間ショウの獅子奮迅たる勇姿だった。


 

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